「……すっげぇ怒号だな、しかし……」


門の内側まで聞こえてくるその声、さすがに圧倒される。
門を打ち破ろうとする破城槌の音も凄まじい。
耳がおかしくなりそうだな……


「御遣い様ー!」

「何だ?」


門の上から手を振るなって。
お前は観光名所にでも遊びに来たのか?
もっと緊張感持てよ、仮にも一部隊の隊長だろ?


「……ったく、緊張しっぱなしの俺がバカみたいじゃねぇか」


呼ばれてるようだから上がるか……
あんまり大した用じゃなさそうな気もするけどな?
ま、弓隊の重要性は分かってるし、様子でも見に行ってやるか。


「何か用か?」

「いえー、この光景見てどー思いますー?」

「どうって……いや、その、すごいとは思うが……」

「いやいやいやー、ひどすぎると思いませんー?特に進軍の仕方がー」

「あ、そっちか」


相手の総大将は袁紹らしい。
ま、それは史実知ってる以上予想は着いた。
ただ、その……何て言うか、だな?


「皆さーん、袁家の誇りにかけて、この門を突破いたしますわよ!」


当の総大将は弓の届かない位置で号令出してる。
それはまぁ良いとしよう。
俺も一応大将の位置づけだし、こうやって半ば安全な場所にいるし……
ただ、何て言うか──


「こうもまぁ、馬鹿正直に正面突破してくるか?」

「ですよねー?頭悪いにもほどがありますよねー?」

「……お前って時々毒舌よな?」


羅々の指摘はまぁ間違ってないけども……
兵の消耗なんてお構いなしに突っ込んでくるだけとは恐れ入る、違う意味でな?


「矢の方は間に合うか?」

「今のところは問題ないですー。でも御遣い様ー?」

「何だ?」

「いえいえー、さっきよりも顔色がマシになったよーですねー」

「そう見えるか?」

「はいー。なんかーホッとしましたー」

「そっか、ありがと」


なんだかんだ心配かけてたみたいだな……
まさか、『ホッとした』なんて言われるとは思ってなかった。
礼代わりと言っちゃなんだが、さっきみたいに頭でも撫でてやるか。


「あ、ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいー!」

「何だよ?」

「そ、そのー……頭撫でてくれるよりもー、もうちょっと別の何かのほーがー……」

「別って何が良いんだよ?」

「え、えっとぉー……そ、そのぉー……」


モジモジしながら顔赤くすんな。
何考えてるか知らないけど、さっさと指揮に戻ってくれないかな……


「ナオキ!ちょっとええか!?」

「霞?何かあったか?」


門の下で霞が呼んでる。
大将って大変だな、こうやって各部隊の様子も考慮しなきゃいけないってのは……


「悪いが羅々、指揮は任せるぞ?」

「あ、えー……はいー……」


何で残念そうな声出すんだよ……
……ったく、頭撫でる以上に何してほしいんだ?


「……さっさとしてほしいこと言え」

「え、え、え?!してくださるんですかー?!」

「他のことに頭使いながら指揮されても仕方ないだろ?それに、俺もちゃんとお礼はしておきたいし」

「じゃじゃじゃー、ここにお願いしますー!」

「は?」


自分で前髪上げて何してるんだ?


「おでこに何しろって?」

「そそ、そりゃぁー、ちゅ、チューをー……そのー……」

「はぁ?」


本気で何考えてるんだこの戦中に……
……時間取ってる余裕がないし、ったく仕方ないな……


──チュッ


「お、お、おぉおー!!」

「ほら、さっさと指揮に戻れ」

「はいー!」


めちゃくちゃいい返事と敬礼と笑顔だな。
そんなに嬉しいモンなのか?
……おっといけね、霞を待たせてるんだった。


「悪い、何か用だった?」

「いやな?間道の守備は、ウチの副官らだけでも今のところ問題ないし、こっちの手伝いでもと思ったんやけど?」

「攻めてくる気配は無いってこと?」

「皆無やな。そら、国ごとの斥候とかは見つけたりしてるけどもな?」

「まぁ、曹操・孫策辺りは警戒しておけって詠に言われてたしな」


でも、よっぽどだな。
やっぱり勝手な進軍とかしてないってことは、袁紹の力がそれだけでかいってことか?
もしくは……別な考えがあるとか、か?


「どないする?」

「んー、マジで詠か音々音がいてほしい状況だな」

「せやけど、無い物ねだりしたってしゃぁないで?」

「その位は分かってるんだけどね?でも、詠の褒めてくれた洞察力ってのにも限度はあるぞ」

「……それもそやな」


こんな大役任せるなら、前もってそういう指導してほしかったぞ?
さて、どうすっかな……


「取り敢えず、一緒に上に来てくれる?」

「ええで」


霞と二人で上に上がると、なんか羅々が張り切ってる。
何でそんなにテンション高いんだお前?


「そこですー!もっともっと射掛けてー!」

「ちょっと落ち着こうか羅々」

「御遣い様ー?下に降りたんじゃ?それに霞様もー?」

「ウチはついでかいな……」


まったくだ。


「んで、ウチは何したらええん?」

「うん。まず言ってた間道ってさ、どの辺りに繋がってるの?」

「えっとなぁ……まずはあの辺と──」


5本の間道の出口付近を、指さしながら教えてくれる。
そのうちの一つが、敵の一部隊の背後付近に繋がってるみたいだ。


「あそこか……動揺を誘うっていうならいいんだろうけど……」

「一番距離のある場所やしなぁ、ウチの部隊でもぎりぎり戻ってこれるかってとこやで?」

「……ただ、あそこを突ければでかいっていうのはあるよな?」

「そらな?あの辺の部隊は全体の後詰やろし、そこが突かれたら痛いやろ」


結構苦しい選択肢だな。
弓隊の矢も無限にあるわけじゃない。
かと言って、動揺を誘うために霞か律の部隊を危険に晒しても……


「んで羅々?後詰にはどんな軍が張ってんの?」

「えっとですねー……たしか義勇軍とからしーですよー?」


義勇軍?
……待てよ、この戦に参加してる義勇軍て言えば、どこだっけ?
確か……そうだ、劉備とかの一団だ。
てことは関羽もいるわけだから、律を向かわせたとしたら──


「あ゛ー……頭痛ぇ」

「もうちょい楽に考えぇな」

「そうは言うけどな?色々いきなりだし、これでも一杯一杯なんだぞ?」

「そらよぉ分かってるって。けどな、もうちょい過大評価してええんやで?」

「……………は?」


過大評価だ?
別に過小評価してるわけじゃないんだぞ?


「どうせナオキのことや、奇襲に出す部隊の心配でもしてんねやろ?」

「……さすがに分かるか」

「けどな、ウチも律も視線は何度もくぐってきてるんや。多少ギリギリなことも何度もあった」

「そう、か……」

「せやから、ちゃんと帰って来るさかい、命令出し?律でも同じこと言うで?」


……やっぱ、助けられてばっかりだな。
羅々に始まって、霞にも助けられて……
ハッ、大将の名が聞いて呆れる……


「んじゃ、律に奇襲の件を伝えてきて?」

「了解♪」

「あ、それと──」

「ん?なんやナオキ?」

「……ありがと、ほんとに助かった」

「ええって、気にせんで」


面と向かって礼言うって、時々小恥ずかしいよな……
さて、俺は俺で準備も始めないとな。
ここからちゃんと、“帰る”ための準備を──











詠からの伝令はまだか?
そろそろこっちの消耗も気にしなきゃならなくなってきたぞ?


「て言うかー御遣い様ー、大将なんだったら陣幕の中とかにいてくれませんー?」

「いたって落ち着かないだけだろ。流れ矢には気をつけてるから」

「そーじゃなくてー」


律の陽動が多少は効いたのか?
敵軍の中ほどが何かざわめいてる。
……にしても……


「んで、律はまだ帰ってこないの?」

「焦りすぎですってー」

「過大評価していいとか言われたとはいえ、心配しなくて良い道理は無いだろうが」


実際、動揺を誘うことには成功したんだろうけど……
そこで作戦が終了ってわけじゃない。
“ここに戻ってきてもらう”までが作戦の内なんだ。
もっと言えば、史実を知ってるのにそこにぶつけたって言う自責の念も強い。


「霞は?あれ、霞はどこ行った?」

「呼んだかー?」


門の下で何やってんだ?
そこには準備させといた“モノ”があるだけだろ?


「羅々、戦況が急変したら呼んで」

「了解ですー」


いつもの敬礼見て、と。
取り敢えず霞のとこに行くか。


「何やってんの?」

「いやな?火ィ使て足止めすんのは賛成やけど、油だけ用意したかてしゃぁないんちゃう?」

「当り前だ。だからその分の用意もしてある」

「どこに?燃えそうなもんなんて無いで?」

「珍しく節穴だな。俺たちの後ろにあるモノは何だよ?」

「後ろ?」


そこには陣幕がいくつか敷いてあるだけ。
ちょっと大きめのテントって考えてくれれば良いかな?


「へ?ナオキ、まさか陣幕燃やすつもりかいな?!」

「当り前だ。あんなもん片づけて持って帰ろうなんてしたら、手間だし足も遅くなる」

「せやかて、兵糧とかはどうすんの?」

「だから先に、俺の部隊の半分に使わない分の兵糧は持って帰らせてある」

「……手ぇの早いこって……」

「別の意味に聞こえるから、その言い方やめろ」


大将だからって踏ん反り返ってる訳にはいかねぇだろ。
特に、今回みたいに本番じゃないならなおのこと。
動ける奴は自分でも動かすべきだ。


「それで、律は?」

「まだ戻って来ぇへん」

「……苦戦、してんのか?」

「やろな。ま、最悪ウチが縛ってでも連れて帰るさかい」

「ほんと頼りにしてるよ」


実質的に、霞が大将みたいなもんだよな。
みんなの前で怒鳴ったとはいえ、俺じゃ色々力不足だし……


「けど、ウチもナオキがいて安心してるで?」

「どういった部分に?」

「自分で言うたこと忘れたん?『生き恥さらしてでも生き残れ』って」

「そりゃ覚えてるけど、それがどうした?」

「普通やとな、名が残るなら死んでもいいとか思っとる連中もおるんや。律とかもそのうちに入るやろ」


否定、出来ないな。
律なら死んだ方がマシだとか言いそうだ。


「それを見越してようがいまいが、帰って来いなんて言われるんは、相当嬉しいことなんや。死んでも任務遂行せぇ言われるよりよっぽどな」

「そっか……」

「せやからウチは、ナオキが大将で嬉しいで」

「そう言ってもらえるのも嬉しいよ」


……ったく、変に恥ずかしいだろ。
面と向かって褒められるってのも、その、くすぐったい……


「ったく、霞に助けてもらってばっかりだな」

「そうか?お互い様ちゃうん?」

「……ま、とにかくありがと」

「お礼言ってばっかりやなナオキ」

「そんだけ感謝してんだよ」


感謝してもしきれないほどにな。


「せやったら、ウチもなんか欲しいわ」

「は?なんだよ“も”って?」

「見えてへんと思た?羅々にチューしといて」


……見られてた、マジで?
やらかしたな……


「てことは何か?霞もそう言うのしてほしいとか?」

「あ、ええの?」

「……一人贔屓するなって顔に書いてるぞ」

「にゃははは♪ほな、ウチはここにしてもらおか」


左のほっぺ差し出してきたってことは、そういうことか。
……今、戦の真っただ中だよな?


──チュッ


「にゃははは♪くすぐったいな、こういうの」

「俺は恥ずかしいばっかりだよ」

「ま、ええやん?……ん、あれ律ちゃう?」


霞の指さした方には、疲弊の色が濃く見える律の部隊の姿があった。
……兵は多少消耗してたけど、帰ってきたことに一安心していた。
律の姿に目をとられてたのもあって、横から走ってきた兵士に気付くのがやや遅れた。


「御遣い様、賈駆様より伝令です!」

「……漸く来たか……」

「ナオキ!」

「分かってる。霞は律と一緒に、自分たちの部隊をまとめて先に虎牢関に」

「……後始末、請け負うんか?」

「口先だけの男にさせんな。ちょっとは仕事させろ」

「(……ちょ、なんでそんな言い方すんねや……て、照れるやん……)」


何で赤くなってんだ?
それより早く、部隊動かしてほしいんだけど。











「羅々!」

「はいー!」


門の上から弓隊を引き揚げさせて、一定の位置に配置させる。
もう間もなく、ってとこだな。
あの門が破られるのは……


「弓隊ー、構えー!」


矢を目一杯引いて、目標を構える姿はさすがに壮観だ。
その真中に立ってる羅々も、いつも以上に凛々しく見える。


「放てー!」


合図とともに、火矢が一斉に放たれて弧を描く。
目標のモノに刺さると、しみ込んだ油も相俟って一気に燃え上がった。
こっちから見ると、門の前に炎の壁が出来たみたいだ。


「御遣い様ー、行きますかー?」

「もうちょい待て」

「はいー?」

「こっちは少人数だ、敵の足が完全に止まったのを確認してからでも遅くない」

「さ、さすがに危ないですよー?」

「危険は承知の上だ。でも、さっきまでのみんなに比べればかわいいもんだろ?」


すぐそこに馬も準備してある。
危険って言うほどの危険でもない。


「(……そいや、一刀はどうなったんだろうな……)」


仮にも敵なのに、同郷ってだけで気にするか……
いや、ただの現実逃避だ。
この戦をどこかで受け入れたくない自分がいる。


「み、御遣い様ー!門が破られましたー!」

「……見りゃ分かるって」


敵の足は……止まったな!


「よし、全員虎牢関へ帰還する!」

「了解ですー!」

「「「応!」」」


馬の乗りこなしは以前より大分マシになったつもりだ。
なんとか、って言うレベルとは言え羅々たちに後れは取ってないし……


「虎牢関、か……」


今はこの単語がひどく恨めしい。
いっそ、史実なんて忘れてしまいたい。
半ば無意識に仰いだ空は、どこか残酷さを感じるほど青かった。













後書き


戦中に何してんだよね、ほんと……

しっかし、自分でも可笑しいと思うほどのペースで書いてます。
ただ、次話くらいでまた間隔開きますかね。
また病院戻るもんで……(汗
早く退院して、また良い感じのペースで投降していきたいです。

……だんだん後書きで書くこと減ってきたなぁ(オイ
ま、今はこんなもんで良いですかね。
ではまた次話で



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