摘里が戻ってきたのは二日ほど経ってからだった。
すぐにでも合流するのかと思ってたけど、意外と向こうはゆっくりしてるみたいだ。
暫くはこの城で待機しろっていう内容を持って帰って来られた。


「そんなにのんびりしてて良いのか?」

「まぁ袁術も張勲もおつむが弱いんで、仕方ないですよ」


そんな理由で納得できるんだから怖いよなぁ……


「それで直詭さん、こっちはどういう動きをするんです?」

「まぁ、各地に斥候とかは出してる。その情報待ちって感じ」

「斥候?意外と余裕あるんですね、この軍」

「無いよ?無いから出したんだよ」


情報の重要性は色々な場面で学んだ。
だから、これ以上この軍の人間がいなくならないよう、集められるものは集める。
とは言っても、情報以外にも大きな問題はある。


「んで摘里?袁術に糧食の件は言ってくれたの?」

「あ〜……言っても無駄だと思って言ってません」

「そこは無駄を承知で言っておいてほしかったんだけど?」

「無駄なことは覚えない性分なんで」


こいつはいつか本気で殴ってやる……


「白石殿!」

「ん?どうしたの、音々音?」

「徐州中央に向かわせた斥候の一人が戻ってまいりました」


予定よりも大分早いな。
ま、早ければ早いほど嬉しいのは事実だしな。


「それで、何て?」

「劉備ら一行が入城したところらしく、一先ずはその報告だけだと」

「了解」


入城してから、大体全体の処理が終わるのには一ヶ月弱かかるかな。
普通なら、準備の整わないうちを狙うっていう策もあるだろう。
でも、袁術とかが“暫く待機しろ”って言ってる手前、こっちが勝手に動くわけにもいかない。
そもそも、都合のいいように動くつもりもさらさらない。


「さぁて……暫くは情報収集に力入れようか」

「そうでありますな。今のところ気がかりなのは、曹操・袁紹といったところであります」

「孫策のところはどうなの?」

「それは問題ないでしょうね。仮にも今は、袁術の客将っていう立場ですし、よっぽどのことが無い限り動かないでしょう」

「それに、袁術自身が孫策側に対して斥候や密偵などを放っている可能性が高いのであります」


懐に爆弾抱えてるようなもんだろうしな……
牽制って言う意味合いでもあるんだろう。


「あれ?そういや恋は?」

「数人ほど兵を率いて山に向かわれました」

「……恋なりに糧食問題を憂いてるって感じか」

「それは当然であります。白石殿も恋殿も、ご自身の食事量を減らして兵に分け与えている様ですし」


減らさないと食えない奴だって出てくるんだし……
それに、俺たちだけ満腹ってのは気が引ける。
恋も同じ気持ちなんだろうな……


「くぅ〜ん」

「ニャァォ」

「ん?」


いつの間に足元にいたんだお前ら?
片方はスミレで、もう片方は恋の一番の友達(動物の中で)の犬のセキト。
腹が減ったから飯よこせって声で鳴くんじゃねぇよ……


「生憎と食事は無いんだ、我慢してくれ」

「わふぅ」

「うにゃぁ」

「分かってるって、誰も意地悪してる訳じゃないんだ、な?」


恋と一緒にいる時間が長いってのもあってか、俺もある程度までなら動物の言いたい事が分かるようになってきた。
まぁ、セキトやスミレみたいに、俺たちと過ごしてる時間が長い奴に限るが……


「へぇ〜、直詭さんって動物とも会話できるんですね〜」

「ちょっと分かるくらいだよ。それより摘里、聞きたいことあるんだけど……?」

「はいはい〜、わちきが覚えてることなら聞いてください」

「えっと、お前って軍師だよな?」

「そうですよ?それが何か?」

「その割にはこの城と袁術の元とを行き来する回数多いよな?体力面もそうだけど、ほんとに軍師か?」


音々音然り、詠然り……
まぁ、軍師が貧弱って言うのはある種の先入観みたいなもんだが……
ただ摘里も見た限りだと、そんなに体力のある方には見えないんだよなぁ。


「脳筋軍師……とまではいきませんけど、わちきは結構体力ある方ですよ?一応は護身用に、こんなモノも持ってますし」

「……棒っ切れ?」

「三節棍ですよ。ほら、ここが鎖で繋がってるでしょ?」


確かにそうだけどもさ……
ほんとにコレ使えるのか、お前?
一つ一つの棒がそんなに長くないから、戦場では役に立ちそうにないけど……


「それで、何でそんな質問を?」

「ただ単純に気になっただけだよ。こっちの体調気にする相手が、実は疲弊困憊の状態でしたって言うのが嫌なだけ」

「それはつまり、わちきを心配してくれたと……?」

「そう受け取ってもらって良いよ」


以前に、自分が逆の立場だったこともある。
目から流血してるのに、他の面々の心配してたり、な……
だから、その時の周りの辛そうな表情が脳裏に嫌ってほど焼きついてるんだ。


「へぇ〜……そりゃ嬉しいですね」

「な、何をニヤニヤしてるでありますか!?」

「純粋に嬉しいから、にやけてるだけですよ〜?それともねねちゃんは、何か問題でもあるんですか〜?」

「そ、そそそそ、そそ、そんなわけ無いであります!!」

「漫才はその辺で終わっとけ」


こいつらほんとに軍師か?
緊張感ってやつをもっと持ってくれ……











それからさらに二週間ほど経った。
袁術側からなかなか出撃の指示が出なくて、糧食がいたずらに減って行く。
一日一食とかざらだ……
おかげで士気も駄々下がりだ……
将としての俺や恋も、普段の半分も力は出せないだろうな……

ただ、斥候からの情報で、乱世が始まる予感だけは痛感出来ていた。
袁紹が公孫賛の領地に攻め入ったという情報……
奇襲に近いモノがあったらしいから、袁紹が領土を広げるのは確実だろう。
……にもかかわらず、袁術はなかなか動かない。


「自分の従姉妹が勢力拡大してるってのに呑気だな……」

「……まぁ、袁家でありますから……」

「袁家だから仕方ないですね」

「それだけで納得できることが怖いな」


というか摘里?
お前、かなりのペースでこっちに来てるけどいいのか?
伝令とか使者としてじゃなくて、完全に“来たいから来てる”って感じだよな?


「あ、ちなみに今日は使者としてきました」

「もっと早く言え馬鹿野郎!」


お前にとってはそれってどうでもいいことだったのか?!
こっちにとっては死活問題に繋がるんだぞ!?


「呂布軍は袁術軍と挟撃する形で国境を落とす様に、とのことです。尚、その際には軍旗を掲げずに、と」

「旗を掲げるな?……ってことは、完全に自分だけの手取りにするつもりだな」

「でしょうね〜。都合良く呂布軍を使って徐州を手に入れ、領地の半分を譲った後も利用するつもりでしょう」

「それ以外にも、劉備軍を油断させる目論みもあるやもしれませぬぞ?」

「寧ろ、そっちの理由だけならどれだけ嬉しいことやら……」


とは言っても、出撃はしなきゃいけないのは当然だな。
形だけとは言っても同盟は組んだんだし、こっちも誠意は見せなきゃいけない。
逆に言えば、向こうが誠意を見せるそぶりが無ければ、同盟破棄をするチャンスもあるってことだ。


「そういえば……わちき、もう一つ命じられてたことがあった筈なんですが……」

「まさか忘れたってか?」

「で、でも?直詭さんたちの軍勢に関わることじゃ無かったのは確かですよ?」


本気でそれだったらマジで殴る。
いや、殴るだけじゃ済まさないかもしれないな……


「よっぽど重要なことなら忘れないんだろ?」

「よっぽど重要じゃ無かったってことですかね?」

「摘里殿の匙加減で言われても分からないであります」


……ハァ……
これで“宣戦布告”でも忘れてようもんなら、ただの侵略行為だぞ?











国境を落とすのはあっという間だった。
仮にも呂布がいるんだ。
普段の力が発揮できないと言っても、まだまだ手薄な国境を落とすのに響くほどじゃない。


「恋、お疲れ様」

「直詭もお疲れ様」


おなか減ってるだろうに本当によく頑張ってるよな。
……人のこと言えた義理じゃないか。


「直詭……おなかへった」

「だろうな。でももうちょっと我慢しような?劉備軍との戦闘が終われば、さすがに袁術側から糧食は提供してもらえるだろうし」

「……………袁術、信用できない」

「激しく同意するけど、そうも言ってられないよ」


基本的に袁家の人間って、利己的なイメージが強いんだよなぁ……
ちゃんとこっちのことまで考えてなさそうって言うか……


「取り敢えずは恋、音々音と一緒に部隊をまとめておいてくれる?」

「……………?直詭は?」

「同盟相手に一度も会わないって言うのもアレだし、せめて俺だけでも挨拶してくるよ」


上手くいけば、この時点で多少なり食事とかを都合してくれる……わけないか。
まぁ袁家だから(ry



武器はさすがに恋に預けてきた。
ただの顔見せにそんなもの必要無いだろうし……
仮にも戦力の一つの俺を後ろから刺して、向こうに得なんて一つも無いしな。


「あれ?呂布さんが来てくれると思ってたんですけど?」

「呂布には部隊の編成を任せてきました。すいません、人手が不足してるもので」


こいつが張勲か……
至って普通な感じがするんだけど、気をつけておいて損は無いな。


「袁術殿は?」

「美羽様はご休憩中ですよ、長旅でお疲れですしね〜」


……ま、大方そんなところだろうと思ってたよ。


「まぁ、こちらとしてはただの顔見せ兼挨拶だったんで、いらっしゃらないならそれでも構いませんが」

「そうですか。でも、あなたも呂布さんに負けずに頑張ってましたね〜」

「アレに武芸を仕込まれたもので……」


んー、なんだろうか?
この人の口調から何か黒いものを感じる気がするんだけど……


「それで?顔見せに来ただけなら、もう戻ってくれて大丈夫ですよ?」

「いやいや、さすがにどの辺りまで進軍するかは教えてもらわないと……」

「そうですねぇ〜……じゃあ、東海地方曲陽の辺りまで進軍してください」


“してください”ってことは、先導しろってことか……
そりゃそうだよな。
なにせ、仮に向こうの本軍が来るとすれば前方からに決まってる。
「弾避けor楯役よろしく」ってとこだろ……


「分かりました。すぐに出立しても構いませんか?」

「えっとぉ〜、十分ほど休んでからにしてください」


袁術が駄々捏ねるからか?
ま、こっちとしても少しは休ませてほしかったからちょうど良いか。


「あ、それと……」

「まだ何かあるんですか〜?」

「無理言って申し訳ないけど、糧食を少し宛がってもらえませんか?こちらのは現状かなり厳しくて」

「それは難しいですねぇ〜。こちらも必要最低限しか持って来させてませんし……でもまぁ、都合できるかは見ておきますよ」

「ありがたいです。それでは、失礼します」


うん、期待の欠片もしておかなくてよかった。
どうせ考えるとか言っても、実行には移してくれないだろう。
なにせ袁家だし……
……嫌だなぁ、このフレーズですべてが納得できるって……


「あ、直詭さーん」


あ、摘里か。
そういや国境の攻撃中は、袁術軍に戻ってたっけ?


「なんだ、見つかったか」

「わちきはそういうの得意ですよ〜?特に直詭さんって、遠目でも分かりやすいですから〜」

「そうか?ま、それはいいや」


取り敢えずは、曲陽まで進軍か。
こっちは疲弊困憊だし、進軍速度はちょっと遅くなるだろうな……


「なぁ摘里、糧食の件だけど──」

「無理ですね」

「ですよね」


聞くまでも無かったな。


「それじゃあ別件。こっから曲陽まで、ゆっくり目の進軍だとどの程度で着きそうだ?」

「3時間前後、ってところですかね」

「……厳しいな」

「ですね」


糧食問題が解決できてない以上、士気の低下は回避できない。
その状況で、関羽や張飛なんて豪傑と当たるのは厳しすぎる。
……ま、摘里が心配してるのは別のことだろうけど……


「軍の規模としてはこちらが上ですけど、中身を見れば数の不利は覆される可能性が高いですよ」

「兵の錬度は恐らく、劉備軍の方が上だもんな」

「袁術軍とのみ比較すれば、ですがね」

「いや、こっちも士気が下がってるから、トントンってとこだ」


逆転の手が打てるなら良いけど、そうそう打てるもんじゃない。
それに、袁術もそうだけど張勲もおつむが弱いと来てる。


「……あれ?ふと思ったんだけど、袁術軍って斥候出してる?」

「出してないですね」

「はぁ?!」


いやいやいや!
って言うか、気付いてるなら言ってやれよさすがに!?


「言いましたでしょ?わちきは劉備軍に勝たせたいって」

「……わざと言ってないってか?」

「危険度が増すのは承知の上ですが、お付き合いくださいよ」


手がわなわな震えてる。
いい加減にこいつに苛立ったんだ。
でも、それを声にする気が起きない……


「……ハァ。ちゃんと考えはあるんだよな?」

「半ば賭けですけどね」

「……改めて、お前って軍師に向いてないな」

「褒め言葉でしかないですよ、それ?」


俺もいい加減に分からなくなってきた。
いや、少なくとも袁術は使えるに値しない人間だってのは分かったか……
でも、劉備の人格が分からない以上、この戦の勝敗がどうなればいいか分からない。

何が最善なのか……
何をするべきなのか……
何を信じるべきなのか……

戦が始まってから、こんなに目の前が曖昧になるとは思わなかった……










後書き


完結が遠い……(泣
見返すと誤字ひどい(´・ω・`)
何度も見返してるんですが……
情けない作者ですが、お付き合いくださいorz




では次話で



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