結局……袁紹たちは保護する形になった。
愛紗をはじめとして、何人かは文句言ってたけど、桃香にはどこ吹く風みたいで……
ま、俺も正直に言えば反対だった。
曹操に突き出せばいいんじゃね、とさえ思ったし。
……ただ、月さんに──
「そこまでするのは可愛そうじゃありませんか?」
なんて言われたら退かざるを得ない。
俺って本当に月さんには弱い。
詠以上かもしれないな、これは……
ただ、賑わしくなったのに浸っている暇はなかった。
忘れるなと言い聞かせていても忘れていたい。
そんな報せを、国境を警備していた兵士が傷ついた体で持ってきたんだ。
「も、申し上げます!」
「何事だ?!」
「愛紗、少しは落ち着け。それで?」
「はっ!北方の国境に突如、大軍団が出現し、関所を突破!我が国に雪崩れ込んで来ております!」
遅かれ早かれ、この報せは来るとは思ってた。
何せ、俺は歴史を知っている人間だ。
「えっとぉ、北って言うと……」
「桃香様、北方にはもはや勢力は一つしかありません」
「曹操が攻めてきたってことなのだ!」
鈴々が言葉にするまでもない。
ここにいる全員、その事実を認識するのは早かった。
一気に表情が険しくなり、重たい空気がこの玉座の間を染める。
「ぬぅ……」
「愛紗ちゃん、どうしたの?」
「いえ……北方を平定し、治安を維持している曹操の手腕は認めますが、何故更なる戦いを望むのかと……」
「覇王として大陸を統一し、己の理想を現実のものとするためでしょう」
「わちきも朱里ちゃんの意見に賛成ですね〜」
大陸全土の統一、か。
曹操が本腰入れるとなると……
「あの人が本腰を入れたとなると、再び世は戦乱の騒乱に巻き込まれます」
「だけど、攻めてきている以上は戦うしかないのだ」
「鈴々の言う通りだと思うよ。それで?敵の兵数とかは分かってるの?」
「はっ……それが、その……」
ん、歯切れが悪いな。
よっぽどの数なのか?
嫌な予感がひしひしとする……
「て、敵の兵数は約50万ほどかと」
「「「ご、50万っ?!」」」
何だよその数……
えっとぉ、武道館でのライブで集まる人数が大体──
って、そんな現実逃避してる場合じゃねぇよ!
「我が軍の規模は約3万。義勇兵を募るなどをすれば、なんとか5万には届きますけど……」
「……勝負にならんぞ、これは」
「マジで数の暴力じゃねぇか……」
「とは言え、我が国の住民を守るためには、曹操軍を止めなければ……!」
「どうやってですか?少なくともわちきには、この戦力差を覆す策なんて献策できませんけど?」
「5万人で50万人に勝てる方法なんて、考えたって見つからないのだ」
ぶっちゃけ鈴々や摘里の言うとおりだよ。
朱里や雛里が何とか頭捻ってるようだけど、これなんて無理ゲー?ってやつだ。
伏竜・鳳雛が揃ったところで、これを覆させたらもはや奇跡だろう。
でも、俺も何か考えるべきだな。
桃香まで難しい顔して考えてるし……
策、策、策、策……策ねぇ……
「50万の相手とまともに戦えるはずはありません。しかし、せめて一太刀浴びせて、我らの信念を見せるべきかと」
「愛紗よ、今の時点で捨て身になってどうする。まだ、そのように思いつめるには早いぞ」
愛紗でさえ投げ遣りになりかけてる。
でも確かに、捨て身になるのは最後の手段だ。
まずは勝つ方法を模索する必要がある。
とは言ってもだなぁ……
「星の言いたいことは分かるけど、俺たちに勝つ方法なんてあるか?」
「むぅ……」
「そのようなもの、どこに存在している?私たちにできることは、決死の覚悟で曹操に一太刀浴びせるか、もしくは国を捨てて逃げるぐらいしか──」
「うん、なら、逃げちゃお?」
「「「「「は?」」」」」
……え、桃香?
何を急に言い出すんだよ?
え、ちょっと、考えるのが嫌になったとか言うんじゃないだろうな?
「今の私たちには曹操さんと戦う力はないし、それなら、逃げるって言うのも一つの手だと思うよ?」
「で、でも桃香?俺たちが逃げ出したら、この国の人たちの身の安全は誰が保証するんだ?」
「誰って、曹操さんだよ。きっと大丈夫だよ」
「……いったい、何をお考えなのです。桃香様は?」
マジに星と同意見だ。
「何って……これだけの圧倒的な差じゃ勝ち目なんてないし、勝ち目のない戦いに、兵の皆も民の皆も巻き込めないよ」
「……だから、逃げるのだ?」
「うん。悔しいけど……勝ち目のない無謀な戦いに民の皆を巻き込みたくないの」
「万一だけど、勝ち目があっても逃げてた?」
「ううん。勝ち目があるのなら、一緒に戦いたいって思うよ、絶対」
戦えば、一番に犠牲が出るのは住民たちだ。
桃香はそれを憂いてるってことか。
「戦って勝てるのなら、私は私たちのやり方が正しいんだって信じて、戦うことだってできる……でも、今回は違うでしょ?」
「軍備も諜報も、すべて曹操さんの後塵を拝していますからね……」
「これだけ先手先手を打たれていたら、五分の戦いに持っていくこともできません」
「朱里ちゃん雛里ちゃんに無理なら、わちきにはとてもじゃないけど無理な話です」
「なら、逃げるが勝ちだよ!兵の皆を引き上げておけば、曹操さんが街に住んでいる人たちに危害を加えること、無いと思うし」
確かに、曹操軍の軍律の厳しさはよく聞く。
見せしめとか、そういうのを除けば、無益な殺生は行わない。
多分、桃香の言うとおりになるんじゃないかな……?
そこまで考えて逃げるって言うなら、俺は乗っかってもいい。
「本当に、それで良いのでしょうか?」
「愛紗は何か不満でも?」
「不満というわけでは……ただ、折角、この国を発展させてきたことを思うと……」
あー、確かにそれはデカいわな。
「ですけど、わちきたちがこの国に残ってる以上、住民たちは迷惑しますし。再起を図るための退場、って考えればいいんじゃないですか?」
「再起を図るため、か……」
「でも、北には曹操、南には孫策がいて、再起を図る場所なんてあるのかなぁ?」
「んー、そんな都合のいい場所あるか?」
「そうですね……では、南西に向かうのがよろしいかと」
南西?
えっと、ここから南西って言うと荊州とかの方になるか。
そういえば荊州よりさらに西に、蜀があるんだっけ?
「荊州よりさらに西には蜀と言われる地方があるのですが、そこは劉焉さんと仰る方が治めていたのです」
「ですがつい先頃、継承問題がこじれて、内戦勃発の兆候が見られるようになりました」
「つまりは、その隙をついて入蜀するのがいいってことだね、朱里ちゃん雛里ちゃん?」
「うーん、でも……なんだか気が進まないなぁ……」
桃香の性分ならそうだろうなぁ。
「でも、内戦が起きれば血で血を洗う凄惨な戦いになりますよ?その隙をついて本城制圧すれば、結果的には流れる血は少なくて済みますよ?」
「それに、太守の劉璋さんの評判、あまりいいものではありませんから」
「雛里、どんな評判があるの?」
「税高く、官匪が蔓延っているのにも気づかずに、貴族は豪奢な暮らしにうつつを抜かしているとか」
悪徳太守の鑑だな。
そんな奴なら、別に攻め入ることに躊躇する必要ないな。
「……桃香様、納得されましたか?」
「……ん、状況が状況だもん。そんな贅沢を言ってる場合じゃないよね」
「てことは、今後の方針としては──」
「うん、身勝手かもしれないけど、劉璋さんの所に押しかけちゃおう」
●
方針が決まってからの動きは俊敏だ。
各所に詰めている警備兵たちを本城に引き上げさせて、夜逃げの準備を整える。
……ん、夜逃げって言い方は悪かったかな?
まぁ、やってることは変わらないんだからそれでもいいや。
ただ、流石はお人好しの桃香だ。
詰所や関所に備蓄している食料や資金などは、住民たちに施すために分け与えるよう指示を出してた。
まぁ、摘里の意見も交えてだけど、そこに気を向けるってのはさすがだと思った。
ちなみに摘里は、備蓄したままだと接収されるからって言ってたが……
愛紗と星は兵のまとめを、鈴々と雛里と摘里は書類をまとめを担ってた。
肝心の桃香は、朱里と一緒に長老たちに事情説明しに行った。
んで、俺と白蓮は……
「なんで袁紹のお守りかね……」
「ま、私同様、直詭もくじ運が悪いということだな」
そんな言葉で済ませないでほしいんだが……
「でも、袁紹たちがちゃんと言う事聞いてくれるかどうか……」
「聞いてもらわなきゃ困る。俺たちだって命がけなんだ」
「んで?私たちはなぜ袁紹の部屋の前で立ち話してるんだ?」
「入るのが面倒くさいからに決まってるだろ」
ちゃんと事情を説明したとして、あの我が儘っ子がちゃんという事聞くか……
そんな未来微塵も見えないから面倒くさく感じる。
でも役割である以上、全うしなけりゃならない。
「……ハァ。袁紹、開けるぞ」
扉に手をかけ、袁紹たち三人に宛がわれた部屋へと入る。
付き人の文醜と顔良の二人は、俺たちに一礼してくれた。
ただ、袁紹は何事だとキョトンとしたままだ。
「何事ですの、騒々しいですわね」
「遠回しに言うのが面倒くさいから直で言うぞ?桃香及びその傘下の人間はこの国を捨て逃亡することになった」
「逃亡?なぜですの?」
「曹操の大軍団が攻め寄せてきてるからだ。勝ち目のない戦で住民を危険な目にあわせたくないって言う、桃香の考えだ」
「またあのクルクル小娘ですの?あなた方でなんとかなさいな」
「何ともしようがないから逃げるんだ。んで、あんたらも一緒に来てもらうからな」
「はい?何を仰いますの?行く当てのない逃避行など、私は御免ですわ」
やーっぱりこういう展開になるか。
だからこいつのお守りは嫌だったんだ。
「じゃあ残るか?曹操軍に見つかったら、確実に殺されるだろうけど」
「あの小娘がこの私を殺す?なぜそう言い切れますの?」
「あんたは曹操に敗けたんだろ?」
「ま、敗けたわけではありませんわ!ただ、勝ちを譲って差し上げただけですのよ」
「何でもいいけど……でも、敗軍の総大将の首級を、曹操はまだ拝んでないんだよなぁ?」
意地悪く笑ってやる。
いや、いい加減に袁紹とのやり取りが面倒だからだけど……
「……っ!」
「そう。きっとあんたのその首、今度見つかれば刎ね飛ばされるだろうね」
「こ、この私を脅そうというなら容赦は致しませんことよ?!」
「脅かすつもりはない。俺は素直に事実を述べただけ。だからあんたらも、素直に逃避行についてこい」
「おいおい直詭……」
いや、正直に言えば曹操がそこまで拘ってるかとかは知らない。
下手すりゃ、小物扱いして、どうでもいいとか言うかもしれない。
でも今この段階では、曹操の名前を使わないと、素直に袁紹が動くとは思えなかった。
「ま、まぁよろしいですわ。それで、この私についてこいとまで言うのであれば、当然輿の準備はできていますわよね?」
「んなもんあるか」
「何ですってぇ!?この私を歩かせるおつもりですの?!」
「みんな歩きだ。特別扱いは誰一人しない」
……おい、白蓮。
何でさっきから俺ばっかり喋ってるんだよ。
守り役はお前もだろうが。
目で促して、やっと口を開いてくれた。
「袁紹、諦めて素直に歩きな」
「あなたまでそのように仰るの?猪々子さん、斗詩さん、何か仰いなさい」
「えー、でもですねぇ……」
「私たち、匿われてる身分でそんな無理言うわけには……」
「私は客将ですのよ?!然るべき待遇がなされて当然ですわ!」
「フーン……然るべき待遇、取ってもいいのか?」
「お、おい、直詭……?」
白蓮、止めたって無駄だ。
俺としては面倒くさいを通り越してイラついてるんだ。
荒い言葉を使わないだけマシと思え?
「漸くお分かりになって?でしたら、早急に輿の準備。あと、道中での食事も──」
「然るべき処置をとって、三人まとめて馬に引き摺ってもらおうか」
「ななななな……!?」
「それが嫌ならおとなしく歩きな。こっちも手が足りないんだ、あんたらにずっと構ってるわけにもいかない」
「あなた!この私を愚弄なさるおつもり?!」
「したいのは山々だけど、そんな時間ももったいない。迎えを寄越すまでに、歩くか馬に引き摺られるか、どっちか選んでおくんだな」
それだけ言い切って、白蓮を連れて部屋を後にする。
怒髪天の袁紹がまだ何か叫んでるけど、知ったこっちゃない。
袁紹にも言ったように、人手が全然足りてないんだ。
愛紗たちの手伝いもしに行かないといけない。
「直詭、流石にアレは言いすぎだろ?」
「なら媚び諂うのか?俺はそんなの御免だ」
「だけど、あんな言い方したら袁紹だってそりゃ怒るぞ」
「……悪いな、余裕がないんだよ」
「余裕?確かに、時間的な余裕はないかもしれないけど……」
「そっちじゃなくて、気持ちの上での余裕だよ」
相手が袁紹じゃなくても、今の俺は相当短気だろう。
覚悟を決めるとか言っておきながら、いまだに揺るいだまんまだ。
やっぱり怖いし、不安でいっぱいだ。
「なぁ白蓮」
「ん?」
「逃げ切れるかなぁ、あの曹操から」
「今からそんな心配してどうするんだ?」
「俺って小心者だから」
「ふーん、私の見解と大分違うんだな」
どんな見解してるんだよ……?
「もっと、豪胆かと思ってた。普段の皆との接し方を見てると」
「ハハッ、そんな見え方してたか」
それはただ、現実から目を背けてただけだろう。
戦乱の世は続いてるのに、一時の平穏に留まっておきたい。
そんな弱さがそう見せるだけ。
俺はずっとずっと弱い人間だよ……
「……大丈夫さ」
「何がだよ」
「やる時はやってくれるんだろ?それで十分だよ」
「……慰め方が下手過ぎるぞ、白蓮」
「ほっとけ」
やる時にはやる、か。
そんな結果を残した記憶は乏しい。
でも、やらなきゃダメなんだという自覚はある。
後は体が応えてくれるようになればいいだけだ。
「生き延びて見せるさ、皆一緒に」
後書き
ちょっと短かったかなぁ今回……(;^ω^)
ま、ま、まぁ?次は多分長くなるだろうし……
……すいません、ただの力量不足です。
もうちょっと精進するために、ちょっと詠に叱られてきます。
では次話で
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