「ねぇお兄ちゃん」
「どした鈴々?」
「なんでそんなに嬉しそうなのだ?」
「え?そう見える?」
「よく分かんないけど、何となくそう見えるのだ」
表に出してるつもりはなかったんだけどなぁ。
でも見て分かるってことは、表情に出てたってことか?
「それで?何で嬉しそうなのだ?」
「んー……多分、袁家のせいだよ」
俺たちが桃香の傘下に入ってそんなに日は経たなかった。
俺たちを置き去りにして逃げた袁術が、武装蜂起した孫策に敗走したっていう報せが入ってきたんだ。
他の領地を攻めて、自分の領地を取られるって世話ないよな。
その後の消息は不明だけど、風の噂だと死んだとかも聞く。
その辺の事実はわからない。
んで、ほぼ同時期に袁紹の敗戦の報せも入ってきた。
三国志を読んでたら分かるかな、この辺の流れは。
所謂、官渡の戦いってやつだな。
曹操軍にこっぴどくやられたらしい。
俺だけじゃないけど、元董卓軍の人間って、どことなく袁家に運命を弄ばれてた節がある。
だからか知らないけど、袁家の事実上の滅亡っていう報せは胸のすく思いだった。
他人の不幸は蜜の味、なんて言葉が自分に当てはまる日が来るとは思ってなかったがな。
「でも、喜んでばかりもいられない。そうだろ?」
「朱里も雛里もそう言ってたのだ」
「一応、摘里も言ってたはずだけど、まぁいいや」
現在、鈴々と警邏中。
見るからに徐州は平穏だ。
とは言え、この平穏は薄氷の上にあることを実感していなくちゃならない。
北には曹操、南には孫策。
こちらを遥かに上回る軍事力が近くにある状況だ。
更には、桃香も中規模的な位置で、注目され始めている勢力に名前が挙がってる。
目の上の瘤と見られる日も、そう遠くはない。
「でも大丈夫なのだ。鈴々がいれば、桃香お姉ちゃんに指一本触れさせないのだ」
「頼もしい限りだ」
「お兄ちゃんも頑張ってくれるのだ?」
「そりゃ頑張らさせてもらうよ?桃香には個人的にも恩があるし、仲間と言ってくれた相手を大切に思うのはごく自然だしな」
いつものように元気な鈴々。
そのおかげだろうな、こっちも明るい気分にさせられる。
それは俺だけに限った事じゃない。
鈴々を見る人見る人、みんな笑顔で返してくれる。
一緒にいるだけで、明るくなれるってすごい才能だよな。
「あれ?お兄ちゃん、あそこで何かやってるのだ」
「ん?ほんとだ。喧嘩……とは違うな」
「見に行ってみるのだ?」
「そりゃな。小さい面倒事でも解決するのが役目だし」
なんか拉麺屋の中でごちゃごちゃやってるみたいだ。
喧嘩というよりは、店主が文句言われてるような言ってるような……
……あれ、これを喧嘩と言わずになんて言うんだっけ?
でも、喧嘩に聞こえないような気がするんだよなぁ、なぜだか……
「おっちゃーん、どうかしたのだ?」
「あぁ、張飛様。いいところに」
「その口調と表情からして、随分と困ってるようですけど?」
「白石様もご一緒でしたか。いえ、こちらのお客さんが──」
店主が示した先にいたのは……
「何ですの?まさかあなた方まで、この私に意見なさるつもりですの?」
「麗羽様、そんな訳ないですから落ち着いてくださいって」
「文ちゃん、先にこっちの人たちに挨拶とかした方が……」
んと……こいつら何なんだ?
麗羽とか呼ばれてた金髪ロールの偉そうなやつが多分リーダー格か?
んで、文ちゃんて呼ばれてたボーイッシュな奴ともう一人とがお付きってことかな?
「なんでお前らこんなところにいるのだ!」
「え?鈴々、こいつら知ってるの?」
「まぁ!この私を差し置いて“こいつ”呼ばわりですの?!」
「あぁ、えっと、あんた黙ってて」
「何ですってぇ!!」
俺は鈴々に訊いてるのであって、あんたには質問どころか話しかけてないんだから。
「お兄ちゃんも知ってるはずなのだ!こいつ、袁紹なのだ!」
「……………え、マジ?」
「私を知らないとおっしゃるの?!とんだ馬の骨ですわね!」
あぁいやその……タイミングが悪かったというかなんと言うかだな……
俺、ぶっちゃけ今まで袁紹の顔知らなかったんだよ。
ただその、イメージにぴったり合うやつで助かった気がする。
「まぁ何でもいい。で、袁紹?こんなところで何してんの?」
「ただの昼食ですわ」
「……店主さん?」
「はい……私の味付けが気に入らないからお代は払わないと」
「分かった。鈴々、縛り上げて桃香の所に連れて行こう」
「お兄ちゃん?!」
え、何を驚いてんの?
堂々と無銭飲食しようとしてるんだからしょっ引くだけだよ?
俺、何かおかしいことしてるかい?
「この私を縛り上げるですって?!身の程を弁えなさい!」
「あぁ、そういうの良いから。鈴々、見張ってるから兵士数人連れてきて」
「ちょちょちょ、ちょっとお待ちなさい!まさかあなた、本気でこの私を縛り上げるおつもりですの?!」
「何か問題でも?」
「大有りですわ!!猪々子さんも斗詩さんも、何か仰いなさい!!」
「いやぁその……流石に食い逃げはあたいもマズイと思うんですよぉ」
「私も文ちゃんに同意見です……」
「何を仰いますの?!この私の舌に合わないものを出した店主が悪いんですのよ?!」
やべぇ、本気でイメージ通りだ。
ここまでお頭の弱い奴とは恐れ入る。
「ん?鈴々、どうかした?」
「……あ!ボーっとしてたのだ」
「呆気に取られてないで、ほら。さっさと連れていきたいから兵士呼んで来て」
「分かったのだ」
駆け足で出ていく鈴々を見送って、と。
「まぁ?あんたらが無銭飲食していようがいまいが、どの道連れていくつもりだったけどな」
「なら、縛り上げる必要などないではありませんの?」
「……お嬢ちゃん知ってる?お金を払わないでお店を出るってとんでもなく悪いことなんだよ?」
「ちょっとあなた!今相当私の事馬鹿にしましたわね?!!」
だって、常識知らなそうな言い回しするんだし……
お頭が弱いのか、世間知らずなのか、常識を学んだことがないのか。
そのどれか分からないからとりあえず一番最後で当たっただけだぞ?
「んじゃあ、縛られるのが嫌なら、決められた代金払えばいい」
「それが……その……」
「なんだよ?」
「あたいたち、一文無しだからさ?」
「……OK、縛り上げて引きずり回しながら連れていってやる」
●
「まったく……直詭殿もお人好しが過ぎる!」
「それ言っちゃうか愛紗?あの場で代金払ってもらえない店主の身にもなってやれよ」
「だからと言って、直詭殿が立て替える必要などないではないか!」
「誰が立て替えたなんて言ったよ」
「……へ?」
あの後、鈴々が連れてきた兵士たちに縛り上げた袁紹を引き渡した。
俺と鈴々はまだ警邏の途中だったし、鈴々に警邏は任せて兵士たちに同行した。
んで、袁紹たちの食事代を俺がその場では支払ったんだよ。
あの店の炒飯、俺結構好きなんだよなぁ……
だからか、店主の困った表情が見てられなくなったてのもあるけど──
「どうせ桃香のことだよ、袁紹の身柄は匿うとか言い出すんだろ?」
「そ、それは……!」
「だからツケ。あいつらが有益かどうかは別として、桃香の領地で好き勝手に無銭飲食されても困る」
「案外面倒見良いよな直詭って」
「白蓮だって人の事言えないとは思うがな」
……いや、貧乏くじ引いてるだけか。
「袁紹と一緒にいる顔良ってのは結構真面目みたいだからさ。あいつに今日の分の領収書は渡してある。近日中に返せって言葉も添えてな」
「しかし、今後あやつらが図に乗るようなことがあれば──」
「大丈夫だろ、直詭だし」
「それは信頼されてると受け取っていいのか?」
「単に直詭を怒らせない方がいいって知ってるだけだ」
それはそれでどういう意味だ?
愛紗怒らせた方が怖いと思うんだけど……
……ま、一部の事に関しては星を怒らせた方が怖いか。
「そう言えば、なぜ私や直詭殿はここにいるのだ?」
「袁紹の処遇に関して、文句言うと思ったからだろ?」
顔を知らなかっただけで、俺は袁紹に言いたいことは山ほどある。
でも、桃香の事だろうし、行く当てのない袁紹たちを保護するとか言い出すんだろう。
正直な話、俺はその件に関しては反対だ。
というか、ここにいるメンバーはまず反対意見を出すだろうな。
愛紗はまぁ、袁家を嫌ってるとは思うんだよ。
多分だけどな。
んで白蓮だけど、袁紹に追いやられたって聞いてる。
つまりは、敗走させられた相手を受け入れろってことだろ?
ここにいるメンバーは、感情に任せて反対意見出すと思われたから席を外させたって考えていいかもしれない。
「(ぶっちゃけ、反対意見出しても関係なさそうだけどなぁ……)」
「……そう言えば、鈴々はまだか?」
「え?愛紗、まだ帰ってないの?」
「少なくとも私は見ていないが……」
「……迎えに行ってくるよ。後の事、任せていい?」
二人とも首を縦に振ってくれた。
まぁ桃香のことだし、また人が増えることになるんだろうな……
「おっちゃーん、拉麺特盛おかわりなのだぁ!」
「はいよ!」
「はいよ……じゃねぇ!」
「ふみゃっ!?」
さっきのラーメン屋に戻ってみればこれかよ……
お説教代わりに、鈴々の頭を小突いてみたけど、おっちゃんも同罪だぞ?
「お兄ちゃん……いきなり頭叩くのは無しなのだ」
「仕事サボってる奴に文句言われる筋合いはねぇ。さっさと帰るぞ」
「まぁまぁそう言わずに……白石様もいかがです?」
「仕事がまだ残ってるんでまたの機会にする」
「お兄ちゃんはマジメ過ぎるのだ」
そういう鈴々はサボり過ぎな?
「そう言えば袁紹はどうなったのだ?」
「今、桃香と話してるところだ」
「あや〜……厄介な奴が増えるのだ」
「俺を見てそのセリフを吐くんじゃねぇよ」
内心そんなこと思ってたのか鈴々?
なら、帰ってからの説教タイムを増やしていいんだな?
愛紗でも交えればとんでもないことになるぞ?
「って、帰るとは言ったが、警邏は全部終わってるんだよな?」
「え、ぁ……えっとぉ……」
「終わってるんだよなぁ?」
「うぅ〜……ごめんなさいなのだ」
「予想はしてた。だから帰ってから楽しみにしとけ?」
「お、お兄ちゃんのお説教は怖いのだ!」
サボっていいとでも言いたいのか?
今のはそう聞こえなくもないぞ?
というかだな、鈴々にしても白蓮にしても、俺はそんなに怖くないだろ……
あんまり言われ過ぎるとさすがにショックだぞ?
「そうだな……あんまり叱ってもなんだし、この後の警邏ちゃんとやるなら考えてやるよ」
「本当なのだ?!」
「嘘は吐かねぇよ」
考えるだけだけどな……
説教がなくなるとは思うな?
「なら早く行くのだ!お兄ちゃんの気が変わらないうちに行くのだ!」
「何でもいいけど、支払いは済ませてからにしろ」
「そういやそうだったのだ……おっちゃん、これ代金なのだ」
「はい確かに。またのお越しを〜」
いそいそと金を支払って、俺の手を引いて駆け出す鈴々。
いや、急いだって挽回できると思うな?
急いては事を仕損じるとか言うだろ?
これ以上ボロを出されても困る。
「どうせ愛紗のことだ。迎えに行った俺の帰りが遅いってことは、鈴々のサボりもばれてるって」
「だ、だったらせめて、早く終わらせて帰るのだ」
「今更遅いって。諦めてしっかりと見て回って帰れ」
「うぅ〜……お兄ちゃんでも愛紗でも、お説教されるのは怖いのだ」
「俺の事をどういう目で見てるかよくわかった」
まったく……失礼な奴だな。
別に怒鳴り散らすようなことはしてないだろ?
ただちょっと、正論で黙らせるだけだって。
間髪入れてないだけで、そんなに怖いもんかね……
「……………ハァ」
「なんで溜息なんて吐いてるのだ?」
「なんて言うか、こんなに平穏な時間がいつまで続くのかなって不意に思っちゃってな」
「うにゃ?」
「周辺各国が強大な勢力ってのは、結構な緊張持たされるものだろ?」
「でも、鈴々達がいるから、滅多に攻めてこないと思うのだ」
「果たしてそうかな……?」
一個人の力だけでどうにかなるって言うなら、桃香の下には心強い人間が多い。
今こうして話してる鈴々もその一人だ。
でも実際には、一人の力なんて脆弱なもの。
数の暴力がどれほど脅威か、俺は何度と経験してる。
だからか、不安な要素が少しでもあれば気に病む。
もっと楽観的でもいいのかもしれないけど、拭えない不安を放置できるほど器はデカくない。
もっと言えば、歴史を知ってるわけだから、今後どの勢力がどういう動きをするかということもある程度は知ってる。
それは、桃香こと劉備の勢力だって例外じゃない。
……いや、劉備軍だからこそ知ってる事実がある。
「(時期からいってそろそろなんだよなぁ、アレは)」
「お兄ちゃん、どうしたのだ?」
「……いや、何でもない」
「その割には難しい顔してるのだ」
「何でもねぇよ。ほら、さっさと警邏済ませたいんだろ?」
どう足掻いたって拭えるわけのない不安。
なら、覚悟を決めればいいだけか。
とは言っても、俺はいまだに口だけの男なんだよなぁ……
虎牢関の時もそうだった。
誰よりも、起きることを知ってた戦いだった。
それならば、戦いに向けて覚悟を決める時間は誰よりもあったはず。
だけど、実際にはどうだった?
恋や律や霞に比べて、俺はどう振る舞ってた?
一学生としてみれば、十分すぎる活躍だったかもしれない。
でも、武人としてあの場に立ったにしては、どうだったんだろう……?
「……なぁ鈴々」
「にゃ?どうしたのだ?」
「鈴々ってさ、戦いに臨むとき、いつ覚悟を決めてるの?」
「いつって、その時すぐに決めるのだ」
「すぐに、か……」
「ウダウダ迷ってたら、皆を守れないのだ。だから、覚悟を決める時は一瞬で決めなくちゃいけないのだ」
……やっぱり、皆はとても遠い。
普段は破天荒な鈴々でさえ、こんなにしっかりとしてる。
俺自身の未熟さが露呈されるようだ。
「やっぱりすごいな、鈴々は」
「うにゃぁ?!きゅ、急に頭撫でるとびっくりするのだ!」
「ハハハ、ゴメンゴメン」
ちょいと乱暴に頭を撫でてやる。
それは俺の感じている羞恥心を隠すため。
逃げてることは自覚してる。
だけど、別に鈴々を見下しているつもりはない。
「(皆よりも時間があるんだ。今度こそ、今度こそは……)」
根強く、揺るぎのない覚悟を決めろ。
自分自身の為でもいい。
今度こそは、真正面から戦いと向き合うんだ。
後書き
原作で一文で終わってるのを引き延ばすのは本当にしんどい(´・ω・`)
ようやっと物語が進みます。
これからも冗長な分にお付き合いいただくかとは思いますが、よろしくです(;^ω^)
では次話で
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