「白石、そっち持ってて」

「あいよ」


詠に引っ張られて、今日は酒蔵の修繕作業。
大分傷んだ部分が目立つようになってきたもんな。
この間なんか、翠が酒を取ろうとして、棚が壊れて引っ被ったって話だ。
それだけならまだしも、頭で酒瓶なり酒樽なり受けたら大怪我もいいところだ。


「あー、こっちも傷んでる……って言うか腐ってる」

「最近ジメジメしてたものね」

「てか、こういうのって大工に任せたらいいんじゃね?」

「自分たちでできることはするのが普通よ。第一、毎回毎回大工呼んでたら、お金がいくらあっても足りないと思わない?」


違いない……
ここの連中、特に鈴々や翠だが、しょっちゅう物を壊す。
そんなんで人を呼ぶのにも金がかかるし、自分たちで直すのが手っ取り早いのか。


「よっと……」

「ほんと、白石連れてきて正解だったわ」

「月さんはまぁ除外するのは分かるとして、他の連中じゃダメだったのか?」

「役に立つ名前上げてくれる?」


えっと……
……何でだろうか、思い浮かばない……
軍師連中は基本背丈が低いし、そのほかの連中は何かと面倒増やしそうだし……
で、でも、愛紗あたりなら多分──


「ね?妥当なのがいないでしょ?」

「……仰る通りで」

「だからあんたで良かったって言ったのよ。あぁ、扉の立て付け見てくるわ」

「あいよ」


何だ、ただの消去法で選ばれただけか。
まぁ別に、どんな理由だとしても断らなかっただろうけど……
いや、断る前に言いくるめられるか。
軍師の中でも特に詠には口で勝てる気がしない。
後は星にも勝てる要素がないな。


「ダメね、扉もいい加減変え時よ」

「いっそ建て直した方が早いんじゃね?」

「ボクもそんな気がしてきたわ」


しっかし、棚が大量にあるくせにどれもこれも腐りかけてるとか……
棚としての機能果たしてくれよ……


「他は大丈夫か?なんかこの調子だと、壁まで腐ってそうで怖いんだが」

「そこはさすがに大丈夫でしょ?」

「嫌だぞ?天井が降ってくるとか」

「そんなことあるわけないでしょ」


ま、それもそうか……


「ほら、馬鹿なこと言ってないで、他の補修場所探して」

「そうだな、棚は全滅だし、壁も一応見ておくか」


この酒蔵自体、木造ってこともさることながら、結構古くから建ってるらしい。
だから最近ジメジメしてたってこともあるけど、老朽化があちこちに目立つ。
柱とか大丈夫だよな?
素人目で判断して、後から手の付けようがないとか言われたくないぞ?


「なぁ詠、本気で建て直さないかココ?」

「まだ言ってるの?」

「壁の一部だけど、触っただけで崩れそうな個所もあるぞ?」

「ほんと?どこよ」

「ほれここ──」


そう言いながら、天井近くの壁を指さそうとした時だった。
ふと、地面が小さく揺れたのを感じた。
何だ、地震か?


「なぁ、今揺れなかったか?」

「そう?ボクは何も感じなかったけど?」

「気のせい、か?」


気のせいなり、ものすごく弱い地震ならそれでいいんだ。
こんなボロボロの建物の中で大きな地震になんて──


「っ?!おい詠!?」

「ちょっ?!シャレにならないわよ?!」


さっきの弱弱しい揺れから一拍おいて、ものすごい勢いで大地が揺れた。
震度がどの位かはさすがにわからない。
ただ、立ってるのがちょっとキツイ……


「っ!?詠、危ない!!」

「へ?!」











ん、んん?
あれ、何で辺りが真っ暗なんだ?
さっきまで間違いなく昼だったはずなんだが……


「ちょっと白石、これ、どうにかならないの?」

「へ?」


俺の真下から詠の声がする。
その方向に目を向ければ、確かに詠はそこにいた。
暗いとは言え薄ら見える。
でもなんで横になってんだ?
てか、俺どういう体勢だ今?


「すまん、現状把握させてくれ」

「説明したほうがいいの?」

「ちょっとわかってないから頼む」

「ハァ……地震で酒蔵が倒壊したのよ、覚えてないとは言わさないわよ?」


……そういや、天井が落ちそうになって、その真下に詠がいたから庇ったような……
ン……頭が少し痛い……
どっかで打ったか?


「それで、少し重いんだけど?」

「え?あ、ああ、悪い」


どうも詠に乗っかってたみたいだ。
体に柔らかい感触が確かに……
いや、さっさと立ち上が──


「っ痛……!何だ、足が動かないんだけど……」

「嘘でしょ?」

「こんな状況で何で嘘言わなきゃならん?」


何か挟まってるみたいだな。
四つん這いの状態にはなれるけど、身動きがほぼ取れん。


「詠は動けるか?」

「さっきまで白石が上に乗っかってたからわからないわ」

「だからそれは謝る」


てか、頭打って気でも失ってたのか俺は?
多分そうなんだろう。
そうでなきゃ、ここまでの状況の変化に頭がついてこれないわけない。
そもそも、詠の上に乗っかってたなら、その感触くらい覚えてるはずだ。


「……重かったよな?」

「そりゃね……」

「間違って変なところとか触ってないよな?」

「それは大丈夫よ。と言うか、頭打ってたみたいだけど大丈夫なの?」

「血が出てるか分かるか?」

「暗くてわからないわ」


別にそんな感触ないし、大丈夫だとは思う。
今一番痛む箇所って言えば足だ。
次いで頭って感じだし、そこまで心配しなくてもいいかもしれない。
足の痛みは、万力で挟まれてる感じって言うのが一番合ってる。


「身動き取れないのよね?」

「あぁ」

「誰か来るまでそのままの体勢でいるつもり?」


……確かに四つん這いの状態って、ある程度の体重を腕でも支えてるわけだし……
このまま数時間誰も来ないとかだとさすがにキツイな。
だからと言って、もう一回詠の上に乗っかるわけにもいかないだろ……?
相手は女の子だぞ?


「そんなに時間たたないうちに誰か来るとは思うけど?」

「そう思うの?」

「……詠はそう思ってないのか?」

「えぇ」

「根拠は?」

「今日は何の日?」


……今日?
何もなかったはずだぞ?
別に誰かが遠出するとか何も聞いてないし。


「何の日と言われてもだな……」

「じゃあ、ボクが関連することって言うのを付け加えたら分かる?」


……詠が関連する?
……………ひょっとして──


「まさかとは思うが、アレか?」

「御名答」

「嘘だろ……聞いてねぇよ……」

「まだ朝から白石ぐらいしか会ってないもの」


アレって言うのは、月一で詠が周囲に不幸を撒き散らす日の事だ。
と言うか、天災レベルだったのか?!
地震まで引き起こしたとか言うんじゃねぇだろうな?!


「……ちょっと待て、今日がアレの日だっていう事は……?」

「もうちょっと不幸が続くかもね」

「何でそこ嬉しそうなんだよ!?」


その不幸の真っただ中にお前もいるんだぞ?!


「……起こった以上、もう何も言わねぇよ。んで?」

「んで……って何よ?」

「詠は身動き取れるか?」

「あー、ちょっと待って」


俺の体の下でモゾモゾ動いてるのが感じ取れる。
……ちょっとくすぐったいんだが……
頼むから腕はあまり刺激すんな?
この体制崩すと被害受けるの詠だからな?


「瓦礫の隙間から外が見えるわ」

「そこまで行けそうか?」

「ボク一人じゃ無理ね。誰かに引っ張ってもらえば別だけど」

「んじゃ、誰か近づくまで待つか……」


ハァ、マジですか……?
どの位待つことになるんだろうか?
今日がアレの日だし、一時間は覚悟しておくべきだな。
いや、下手すると今日が終わるまでってことも……


「ちょっと白石、息がかかるんだけど……」

「悪い」

「……そんな体勢、いつまでも大丈夫なの?」

「分からん」

「分からん、って……」


こればっかりはマジで分からん。
腕を痛めてたらそりゃ無理だけど、幸いにして無傷だ。
時々足や頭の痛みが疼くけど、影響するほどじゃない。
多少は鍛えてるし、ある程度はもつと思うが……


「……ふと思ったんだけど、ボクたち、瓦礫の山の中にいるわけよね?」

「そうなるな」

「……白石、あんた重くないの?」

「何が?」

「何がって……瓦礫があんたの背中に乗ってるんじゃないの?」

「それがだな?どうも瓦礫の中にできた隙間の中にいるみたいでな、重みは一切感じてない」


ま、足は挟まれてるわけだが……
それ以外は別に重いと感じてない。
無理に動いたらどうなるかは分からんが……


「ならいいわ」

「何だ?心配してくれたのか?」

「う、うるわいわね!ボクが無傷なのは白石のおかげだし、そのくらいしたっていいでしょ?!」

「こんな至近距離で叫ぶな……ほとんど息がかかる距離だぞ」


……言って今更だが、こんなに近いんだな……


「──ってもいいわよ……」

「……何か言ったか?」

「だ、だから、その!あ、あんまり辛かったら、ちょっとくらい乗っても大丈夫だって、その……」

「気遣いだけで十分。持ちそうになくなったら言う」

「そ、そう……」


まだ大丈夫だとは思う。
問題は足の方かな?
血が出てる感覚はないんだが、ちょっと血の気が薄れてるような……
てか、挟まれっぱなしで感覚が麻痺しだしてるような……


「ん、この、くそっ!」

「ちょっと白石!急に動かないでって!」

「悪い……足がなんか変な感触で……」

「足?足がどうかしたの?」

「足は挟まれてるってさっき言わなかったか?」

「初耳よ……」


だからってどうなるわけでもないがな。


「──……!」

「──……!」


ん?
今、外で何か聞こえたような……?


「詠、今の聞こえたか?」

「何か聞こえたとは思うけど、誰の声かまでは分からないわ」


もうちょっと近づいてくるまで待たなきゃいけないな。
別に誰だっていいんだけど。
贅沢言うなら、この状況を一気に打破できるような……


「おーい!まさかとは思うけど、この中に誰もいないよなー?!」

「誰かいたならすぐに返事するのだー!」

「……誰かいると思う」


地獄に仏とはこのこと、ってか?
声からして、翠に鈴々に恋だ!
このトリオなら何とかなるかもしれない!


「詠、ちょっと代わりに返事してくれるか?」

「別にいいけど?どうかしたの?」

「少し足がだるくなってきた……大声出すと辛い」

「わ、分かったわ!ちょっと、そこに誰かいるの?!」

「うぉっ!?マジで中に誰かいるのか?!」


みょうちくりんな問答はいい!
さっさと何とかしてくれ!


「ボクよ、詠!それに白石もいるわ!さっさとこの瓦礫何とかして!」

「よ、よっしゃ!鈴々、恋、大急ぎでどかすぞ!」

「合点承知なのだ!」

「……………(コクッ)」


……返事がないところを見ると、多分恋は頷いたんだろう、うん。
はてさて、あの剛力トリオがどの程度でこの瓦礫を退かしてくれるか……
なるべく急いでもらいたいな……











あの後、30分ほどかけて救出してもらった。
詠の方は無傷で済んだが、俺は頭と足の治療で医務室に運ばれた。
感触はなかったんだが、両方から出血してた。
足の方は骨に異常はないとはいえ、一週間は安静にしろと言われた。


「ハァ……詠の不幸体質にも困ったもんだ……」


んで、部屋まで恋に運んでもらった。
何にしても、アレの日は本当に恐ろしい。
……以前に何があったか思い出すのも嫌なくらいにな。


「白石、入るわよ」

「詠?どうぞ」


ノックの後、詠が一言断って入ってきた。
もう日が変わってるから少し安心かな。
流石に二度もひどい不幸なんざ味わいたくない……


「容態はどうなの?」

「ご覧の通り……一週間は安静にだと」

「随分手酷くいったわね……」


……誰のせいだろうな?


「まぁ、命に関わらなかったから良しとしておく」

「寛大ね」

「俺にも多少なり責任はあるからな」


あんなボロボロの建物の中で地震を察知したら、早々に危険だと気付けばよかったんだ。
そうすりゃ、こんな怪我する必要もなかったかもしれない。
まぁ、地震が起こって、急に建物の外に出て安全かと聞かれれば疑問だが……
……この時代なら空から何か降ってくることもそうないか。


「それで?俺に何か用か?」

「え、あ、その……ちょっとお礼を言いに来ただけよ」

「お礼?」

「あの時、庇ってくれてなかったらボクも大怪我してたかもしれないじゃない?そのことに関してはお礼ぐらい言うわよ」


へぇ?
ま、薄情な奴じゃないとは思ってたけどな。
でも、態々部屋まで来てくれるとちょっと嬉しいかな。


「頭の怪我の方はどうなの?」

「こっちはちょっと切っただけだ。もう出血も止まってるし、3日もすれば傷も塞がるだろうってさ」

「ならよかったわ」


露骨に安心してくれたな……
なんかいつもと違う空気な気がする。


「んで、お礼言いに来ただけ?」

「何よ……それだけじゃダメなわけ?」

「そうは言ってないだろ?」


そう言いながら、互いに微笑を浮かべる。
やっぱ、こうやってちょっと腹の中探り合うのが楽しいよな、詠が相手だと。
なんかいつもの調子に戻った気分だ。


「思ったより怪我の具合もいいみたいだし、ボクも戻るわ」

「ん。態々ありがと」

「……………バカ」


ん、今最後何か言われたか?
まぁ気のせいだろう。

……ハァ、しっかし、しばらくは歩くのも厳禁なんだよなぁ……
警邏とか調練とかも代わってもらわんと……
そう考えるとちょっと気が重い。
ま、詠がその辺バックアップしてくれると信じよう。


「ハァ……さっさと怪我、治れよな」


自分に言い聞かせるように毒を吐く。
こればっかりは自分自身の問題だからな……
さっさと現場復帰できるよう努めるか。













後書き

詠とのイベント書こうと思うと、月を一緒に出さない限り、不幸ネタしか見当たらなくて……
いや、軍師として活躍してる場面でも書けばいいんですよね。
分かっちゃいるんですがこう、使いやすいのを書きたくなるというか……
……はいすいません、ただの勉強不足です。
次話はもうちょっとマシな奴掛けるよう頑張ります。


では次話で



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