……おかしい……
何がおかしいって、ある特定の一人の挙動がおかしいんだ。
ここ最近、それが特に顕著だ。
当人にはそのつもりはないかもしれないが、傍から見れば気味が悪い。
「おーい──」
「……っ?!」
呼びかけてもこんな感じに、返事も振り返ることもなく逃げ去っていく。
ただ、聞いた限りだとどうも俺に対してのみの挙動らしい。
……ぶっちゃけ不愉快だ。
心当たりがあるかと問われれば全くない。
別に悪いことしたつもりもないし、隠し事もしてない。
どうにも居心地も悪いし、どうしたもんかと困ったもんだ。
「──と言うわけで、頭脳明晰な朱里に相談に来たんだよ……」
「はぁ……」
そう唖然とするなよ……
正直に困ってるんだからさ、力貸してくれよ。
「私に言えるのは、分からないってことだけですが……」
「そう言わずにさ……何か思いつくことない?」
「そう言われましても……直詭さんが接し方を変えたとかは?」
「無い。喧嘩とかもしてないし、思い当たる節がまるでない」
かの諸葛孔明の頭脳でも分からんか……
となると、本気でお手上げだ。
「一番はやはり、本人に確認をとってみるのがいいかと」
「だよなぁ……?ただ、話さえまともに聞いてもらえそうにない場合はどうしたらいい?」
「そうですねぇ……私から間接的に聞いてみましょうか?」
「そうしてくれるか?」
「本音を言えば、ちょっと気にはなってたんです」
この際、興味本位からでもいい。
あいつの最近の挙動の原因さえ突き止めてもらえるならな。
ただ、これでダメだった場合はどうしたらいいかな……?
他の軍師にも相談しておいたほうがいいか?
「理由を知ってそうな奴知らないか?」
「うーん……桃香様は──」
「普段からボーっとしてるから却下」
「随分バッサリ行きますね……」
桃香が普段から相手の心理を読み取ってるなら素直に平伏する。
でも、そんな訳ないだろ?
近くにいる存在とは言え、思考や心理まで分かってるとは思えん。
「後は……星さんはどうです?」
「なんか茶化されて終わりそうだ」
「あ、あはは……」
体のいいおもちゃとして扱われそうだし、星に相談すること自体念頭にない。
「ま、朱里で無理なら最悪諦める」
「でも不愉快なんですよね?」
「そりゃな」
「一応、言った手前ですし、ご本人に聞いてはみますね?ただ、あまり期待はされない方がいいかと」
「そんな弱気なこと言うなって……」
これでなんともならなかったらマジで詰むんだが……?
何とかは時間が解決してくれるとは言うが、どの位かかるか分からないんじゃ時間任せにするわけにもいかない。
出来れば朱里に期待したい。
「ところで直詭さん」
「何だ?」
「ずっと頭に乗せてて重くないんですか?」
「重いし怠い」
朱里に相談してる最中、ずっと俺の頭の上で寛いでる奴がいる。
……スミレの奴だ……
何だ、ココはお前の特等席とでも言いたいのか?
そもそも頭の上は居座る場所じゃねぇんだよ。
「おいスミレ、いい加減降りろ」
「……ニャァ」
「何だか“嫌だ”って言ってるみたいですね」
「実際そうなんだろうよ」
降りる気配を微塵も見せないしな。
と言うかこいつ、作業していようが警邏に出ていようが、問答無用に頭の上に乗ってくる。
おかげで一部では“片目の猫兄ちゃん”なんて渾名までつけられる始末だ。
酷く不本意だ……
「でも直詭さん、そのスミレもさることながら、猫をはじめとする動物に好かれてますよね」
「恋と一緒にいることが多いからだろ?」
「それだけではない気もしますが……」
あぁ、言いたいことはなんとなく分かる。
多分、スミレはこの周辺の猫のリーダー格なんだろう。
そのリーダーが常にそばにいるから、他の猫とかも集まってくるんだろうさ。
別に嫌じゃないけど、警邏の時に軽鴨の親子並についてこられたときは焦ったぞ?
「ま、スミレの事はともかくだ。あいつのこと、頼むな」
「努力はしてみます」
いい結果を期待して待つしかないな。
果報は寝て待てとは言うけど、何かもどかしいというか気味が悪い……
さっさと事が収まればいいんだが……
●
それから三日ほど過ぎた。
あいつの態度は相も変わらず……
朱里からいい返事も聞かないし、これは失敗したと見たほうがいいか?
……詰んだってことか……
「ニャァォ」
「お前はいいよなぁ、気楽で……」
「ニャァ?」
部屋の机に突っ伏して、どうしたもんかと思考を巡らせるも、いい案が思いつくはずもない。
仕方ないし、いつものように頭の上にいるスミレに愚痴を吐く。
一方通行でいいからとりあえず聞いてほしい。
「お兄ちゃ〜ん」
「ん?鈴々、どした?」
「愛紗見なかったのだ?」
「見てないが?」
「そっか。ならいいのだ」
愛紗がどうかしたのか?
「何かあったのか?」
「朝から姿見えないから探してただけなのだ」
「へぇ……」
「お兄ちゃん、何だかやつれてる様に見えるのだ」
御明察……
気疲れのせいだろうけどな。
あいつの態度が気になってよく寝れないんだ。
……何か腹立ってきた……
「……鈴々、愛紗を見つけたら俺の部屋に来るよう言っといて」
「お、お兄ちゃん?なんだかものすごく怖いのだ……」
「……そうか?」
苛立ちが表に出てたか……
悪いが謝ってやる気力は今ない。
鈴々、とりあえず出てったほうがいいぞ?
今余計なこと言うと、俺のイライラに巻き込まれるし。
「と、とにかく、愛紗見つけたら言っておく──ありゃ?」
「どした?」
「愛紗、見つけたのだ」
「……どこだ?」
「今、朱里に引っ張られてこっちに来るのだ」
……随分とシュールな絵だな。
どっちかって言うと、逆の方がしっくりくる。
「直詭さん、お連れしましたよ」
「……間接的に聞くとか言う策はどうした軍師さん?」
「実際聞いてみたのですが、直接聞いてもらったほうがいいと判断しました」
何だそりゃ……?
ま、ここまでくれば“あいつ”が愛紗の事だって言うのは分かってくれるか?
別に隠そうとしてたつもりはないんだがな……?
「……愛紗?」
「……っ!?」
「聞きたいことはいくつかあるけど、ちゃんと答えてくれるんだろうな?」
「な、直詭さん……それじゃあほぼ脅しですよ……」
……いかんいかん、まだ苛立ちが表に出てたか。
ちょっと深呼吸して──
ってスミレ、いい加減降りろ。
今から真面目な話するんだよ……
「ったく……」
「ゥニャァ?!」
無理やり頭の上から引きずりおろす。
こんな格好の奴に真面目な話するとか可愛そうだろ?
「すまん、ちょっとイライラしてて……」
「あ、いや、その……」
「……で?ここ最近の俺に対する挙動不審の理由を教えてほしいんだけど?」
本気で避けられてるように感じてたから不愉快だったんだぞ?
よっぽどの理由があるんだろうな?
……無いとは思うが、俺に原因でもあるのか?
仮にそうだったとしたら、イライラしてる俺ってただの間抜けか?
「……怒ったりしないか?」
「内容次第」
「うぐ……」
そりゃそうだろ?
俺は神でも仏でもないんだし。
「げ、原因なんだが、その……」
「ん?」
「その、その仔だ……」
恐る恐ると言った様子で、愛紗が指差した先にいたのは──
「スミレ?こいつが何かしたのか?」
「あ、いや、何かされたというわけではない。ただ……」
「ただ?」
「な、直詭殿の頭上に居座っている様が、その……」
……あー鬱陶しい!
言いたいことがあるならさっさと言え!
──と、本当なら怒鳴りたいところだが抑えろ俺……
久々にちゃんと面と向かって喋るんだし、相手の言い分聞いてからでもキレるのは遅くない。
「〜〜〜っ!な、なぁ朱里、代わりに言ってくれないか?」
「ダメですよ。こういう事はちゃんとご自分で言わないと」
「うぅ〜……!」
「……ハァ、何でもいいからさっさと言ってくれ」
こうじれったいと、怒りが空回りして気疲れする。
「わ、分かった……その、直詭殿は巷で何と呼ばれてるか知っているか?」
「ん?例の“片目の猫兄ちゃん”とか言うやつか?」
「そ、それだ。実はつい最近まで誰の事か知らず、こっそりと盗み見てしまったのだ」
……うん、それで?
「それが俺だって分かって、どうしたんだ?」
「あ、あまりにも、その……直詭殿の姿が、か、か、か──」
「……か……何だ?」
「か、可愛すぎて……!」
「…………………………あ゛ァ?!!」
久々にこんな大声出したぞ?!
え、何?
ただそれだけのことで今まで挙動不審になってたってのか?!
「その姿を一度見てしまって、直視できなくなってしまって、その……」
「声かけられても返事もできずにいた、と?」
「う、うむ……」
……何だこの脱力感……
本気で力が抜けて、重力に任せて頭を机に落とした。
ゴトッ、ってすごい音がしたけど、痛みとかどうでもいい。
……くだらな過ぎる……
「あや〜……お兄ちゃん、頭割れてないのだ?」
「それで愛紗は……たかがそんなことで……俺に接するのを避けてたと……?」
「じ、実はそれだけではなくて……」
「……まだ何かあるのか?」
もう何でもいい……
もはやどうでもいい……
好きなだけ白状してくれ……
聞くには聞くが、これ以上俺を脱力させるようなことだけは言うな……?
「直詭殿が警邏に出掛ける際、私もこっそりと後を……」
「後を付けてたと?何の為に……?」
「ね、猫に囲まれた可愛い姿を眺めるために……」
「……………」
「愛紗、いくらなんでも酷すぎるのだ……」
酷いとかそういう次元の問題じゃねぇ……
くだらねぇ……
ついでに言えば裏切られた気分だ……
愛紗はちゃんと俺を男として見てると思ってたのに……
「それで、その、コソコソと姿を眺めているのがばれるのではないかと思って──」
「……俺に話しかけられる都度、負い目を感じていたと……?」
「……っ!ほ、本当に申し訳ない!」
頭を振りかぶる音が聞こえるくらいの勢いで愛紗が頭を下げた。
いや、もう、なんて言うかね?
あまりにくだらなくて、何も言えないんですよ、はい……
これ、聞いて損してるの俺だけだよな?
「私も最初に聞いたときは唖然としましたので、今の直詭さんのお気持ちはよく──」
「分かるか?本当に?」
「あ、いえ、訂正します。やっぱり分かりません……察するだけならできますが……」
人間正直なのがいいとは言うが、コレは酷いしくだらない……
……ひょっとして、ちゃんと躾けてなかったって言う原因が俺にはあるのか?
「お兄ちゃん、そろそろ頭上げてもいいのだ」
「悪いが鈴々、今そんな気力ない……」
「愛紗さんも正直に白状してくれましたし、今後は普通に接することできますよね?」
「む、無論だ!わたしももう、そのような後ろめたいことはしないとここで誓う!」
「あぁ、そう……」
何もかもがどうでもいい……
もういっそ一人にしてくれない?
怒りが呆れになり、呆れが疲れになり、疲れが今、どうなってんのか自分でもよく分からん……
ただ、ただな?
この程度の謝罪ひとつで済むと思ってんなら、そりゃ大きな間違いだということを教えてやろう……
「……愛紗」
「な、何だ?」
「愛紗って何か苦手なものとかある?」
「苦手なもの?別にそのようなものは──」
「愛紗はお化けとかが苦手なのだ」
「ちょっ?!り、鈴々!そのようなことは無い、決して無い!」
……ほぉ?
「なら今夜、百物語に付き合ってもらおうか……それで全部許すことにする」
「百物語?どのようなものなのだ?」
「ただ、俺が色々お話しするだけだ。たったそれだけ」
「それに付き合うだけで許してもらえるのか?」
「……あぁ」
流石にこの時代、いやこっちの地方にはそんなのは無いらしい。
鈴々はともかく、朱里も首を傾げてる。
「途中退席は禁止、それだけ守ってくれればいい」
「鈴々も参加していいのだ?」
「あぁ、好きにしていい」
「では私も何人かお呼びしておきますね」
あぁ、好きにしていいぞ。
ただの俺の憂さ晴らしに付き合ってくれる奴がどれだけいるのやら……
……今夜がひどく楽しみだな、ククク……
後書き
後日談とか書いても面白そうなんですが、まぁそれはまたの機会に。
今年中に終わるのか今から心配になってきました。
だってもう一月終わるんですよ?
まぁ、ペース上げれば済む話なんですが、ちょっときついので……
何とか頑張ってはみますが、大丈夫かなぁ……?
では次話で
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