白旗を持って出てきた相手の様子を伺うために、星と一緒に赴くことになった。
普通に考えれば降参するってことだろう。
ま、こちらを油断させる策だってことも考えられるし、用心はしておこう。
「えっと、俺は白石直詭。こっちは趙雲。白旗を掲げてるということは、降参するってことでいいのか?」
「いいえ、まだ決めたわけではありません」
「ならば何故白旗を?」
「この戦いを一時中断し、あなた方に話を聞こうと思ったがためです」
そう言って俺たちと会話してるのは、紫の長髪にかなり胸の大きな女性。
この軍の代表らしいが、ひょっとして……
「話、か……それは構わないけど、今更俺たちの話を聞いてどうする気?」
「誇りのために死ぬか、大義のために生きるか……それを決めるためにお話を……」
「分かった。では、心して承ろう」
「ありがとうございます。訊きたいことは一つ……劉備さんは益州を平定し、いったい何を目指そうというのですか?」
この女性、おそらく黄忠と見て間違いないだろう。
ただの軍使ってだけなら、ここまで核心に迫るような質問までさせるとは思えない。
黄忠自ら出てきた、ってことだな。
「……返答次第では?」
「命尽きるまで、あなたたちに抵抗するでしょう」
「……………」
真剣なまなざしだけど、圧されるような圧力はない。
ただ、心の底からこちらの心意を問いたいんだろう。
……なら、こういうのは直接聞いてもらったほうがいいんじゃないのかな。
「んじゃ、ちょっと待って」
「直詭殿?」
「桃香を連れてくる」
「……成程、お頼み申す」
「分かっ──ん?」
桃香を呼びに行くため振り向いた。
たったそれだけの動作で、その必要性がないと判断することになった。
「えへへ、来ちゃった♪」
「……朱里も一緒か……」
「すいません、一応はお止めしたのですが……」
まったく……
「ごめんね、直詭さん、星ちゃん」
「構いません、お好きなようにすればいい」
「ったく、危ないことは無しだぞ」
「えへへ、ありがとう。えーっと、あなたが黄忠さんですよね?」
桃香が尋ねると、黄忠は小さく頷いた。
ま、予想通りだったか。
「あなたが劉備?」
「うん、そうだよ」
桃香は普段通りの口調で答える。
白旗を掲げたからって、少し心を許し過ぎじゃないのか?
……だから変な奴だって周りから言われるんだ……
「劉備さんのお話を聞いたことがあります。仁徳に満ちた心優しい人間だと……」
「な、何か照れちゃうなぁ……」
「でも、どうして益州に攻め入るのです?なぜ、戦乱を巻き起こすような戦いを?」
「んーっとね……それしか方法がない、からです」
「方法がない?」
黄忠の問いかけに、桃香は必死に言葉を探す。
今この時は、周りにいてやることしかできない。
俺たちがどんなに言葉で飾ったって、それは桃香の言葉ではない。
桃香自身の言葉でないと、多分、黄忠も納得してくれないだろう。
「この乱世は、黄巾党の乱から始まったと思うんだけど、その乱世を治める為に必要なもの、黄忠さんは何だと思います?」
「……力、でしょうね」
「うん。人を思いやる心も、話し合いで解決しようとする優しさも、私は誰にも負けないつもり。でも、私が掲げる理想に近づくには、結局力がいるの」
言葉に力がこもっているのがよく分かる。
特に、“力”と言う単語を口にしたときの桃香の目は強く輝いて見えた。
「誰にも負けないような大きな力を、力のない人々の幸せのために使う。それが私の理想であって、私たちはそのために戦ってるんです」
「……ではなぜ、益州を攻めるのです?」
「……人々に求められたから、って言うのが一番大きな理由かな」
「求められたから?」
「うん。重税が掛けられて、その勢が内乱を続ける軍資金にされている……それっておかしいと思うんです」
救いを求められたら、誰よりも率先して動きたい。
それが桃香と言う人物だっていう事は、これまで一緒に過ごしてきてよく分かってるつもりだ。
感化されてるという自覚もある。
何せ、周りに集まってる奴ら全員、桃香に感化されてるからな。
「私たちは、内輪揉めに熱中して、庶人の事を考えもしない人たちをやっつけたい。でないと、この国の人たちは、より大きな戦火に巻き込まれて、もっと悲しい思いをすると思うんです」
……ま、俺らが来なければ戦に巻き込まれなかったともいえるが……
その辺は、流石に桃香も分かってるだろう。
「私は自分が有能だなんて思ってないけど、少なくとも、今この国を治めている太守よりは有能だって自覚があります」
「……………」
「内乱を収めて、外敵から人々を守る……そんな最低限の事さえできない今の太守を、住民たちは欲しているんですか?」
「そ、それは……」
「だからこそ、私たちはここに来たんです」
ずっと、黄忠にしゃべってる間ずっと、桃香の目は輝いていたように見える。
それだけ言葉に力がこもってたって言う証拠なんだろう。
……どこか、羨ましくも思えたのは、きっと気のせいなんかじゃない。
桃香は、強いな……
「……お話は分かりました。劉備さんの言葉は多くの真実を含んでいるんでしょう」
「うん」
「ですが、私たちには城を守り、民たちを守るという責務がある」
「だからこそ戦ったというわけだな。その心意気には、心からの尊敬を覚える」
桃香の話が終わって、待ちわびたかのように愛紗が口を開いた。
ま、ここからは各々口を開いても大丈夫だろう。
俺が口を開く機会があるかどうかは知らないが……
「将として、城主として……あなたの行動は正しく、そして誇り高いものだ」
「民を守るという責務、しっかりと果そうとしていたしな」
「だからこそ、私たちに降って欲しいんです。決して悪いようにはしませんから」
「……………」
朱里の言葉を受けて、黄忠が押し黙った。
ま、考えることも色々あるだろうとは思う。
けど、俺もこの人には降って欲しい。
歴史を知っているからとか、そんな軽い理由ではなく、本当にこの人の人柄を見てそう思えたんだ。
「こ、黄忠様!」
突然、黄忠の後ろから一人の兵が走ってきた。
何かあったのか?
「どうかしたの?」
「城壁上に住民たちが続々と集まってきております!」
「えっ?!」
遠目からでも分かるほどに、城壁の上には住民たちが集まってきている。
その住民たち全員が、各々声を張り上げているのも聞こえてきた。
「劉備様ー、よくお越しくださいましたー!」
「劉備様ぁ〜!」
「住民一同、大歓迎ですぞ〜!」
それは桃香を受け入れるという声。
あんなに声を張り上げるほどに、桃香を待ちわびていたんだろう。
そして、そんな桃香に対する声に続いて──
「黄忠様ー、もう戦わなくていいんですよー!」
「そうですよ、黄忠様!劉備様、黄忠様を助けてくださいませ!」
「そうですぜ!黄忠様ほど素晴らしい城主様はおりません!だから、黄忠様だけはお助けを!」
「黄忠様ぁ〜!」
黄忠を思う声が次々と飛んでくる。
そんな声を一心に受け止めて、桃香も住民たちに答えた。
「大丈夫だよー!黄忠さんに乱暴なことはしないからねー!」
「……ふふっ、民は正直なようですね」
「だが、あれだけの数の人たちが、あなたの助命を嘆願しているということも、十分にすごいことだと思う」
「えぇ、素直に嬉しく思います」
黄忠はにっこりと、民たちからの言葉を受けて笑った。
包容力がある、って言う言い方は違うか?
でも、そんな穏やかな笑顔だった。
「そんな黄忠さんだからこそ、私は一緒に来てほしいんです。ダメ、ですか?」
「……………」
また押し黙った。
でも、さっきよりも表情は穏やかだ。
「分かりました、この身、あなた方にお預けしましょう」
「ほんとにっ?!」
「それが民たちの望むことですから」
「……つまり、黄忠自身は納得してないのか?」
さっきから黙りっぱなしだし、ちょっとくらい口挟んでもいいだろ?
「いいえ、劉備さんのお話を聞いて納得はしていますよ」
「……そっか」
「器の大きさと志、そして志に溺れない冷静さ……それがあるからこそ、私は劉備さんを信用できる」
信用できなけりゃ何するつもりだったんだろうな。
ま、済んだことをとやかく言ったところで仕方ないか。
「じゃあ改めて……私は劉備、字は元徳、真名は桃香!黄忠さん、これからは仲間としてよろしくお願いね♪」
「えぇ。我が名は黄忠、字は漢升、真名は紫苑。劉備さん、我が真名をあなたにお預けいたしましょう」
黄忠──紫苑が、優雅な物腰で頭を下げた。
そしてその瞬間に、この戦いが終わりを告げた。
●
入城して、ようやく一段落ついたかな。
今は朱里や雛里の手配で、けが人の手当てなどを行ってる。
他にも、後方から交代要員が来る手はずになってるなどの報告が入っていた。
「じゃあ、今日の進軍はこれで終わりってことでいいのかな?」
「はい。曹操さんに追われてから、兵隊さんたちに休息の時間はあまりありませんでしたから」
「このあたりで大休止をとったほうがいいと思いますよ」
「疲れたままの進軍は大怪我の元ですしねぇ」
軍師のお三方の意見も尤もだな。
確かに、諷陵で少し休めたからとは言っても、全員が全員完全に休めてたわけじゃない。
「うぅむ……のんびりしていて、成都への道をふさがれるやもしれんが……」
「愛紗さんのいう事も尤もですけど、今は休息も大事かと」
「それじゃあ、一日しっかり休みを取って英気を養おうよ。私たちは兵隊さんたちが休みを取ってる間に、次の戦いに向けて作戦を練るってことで」
基本方針は固まったな。
とは言え、次の戦いってどこになるんだ?
ここから成都までだと、確か三つくらいの進路があったような……
「次の戦……朱里ちゃん、どこになると思う?」
「成都までの道のりを考えると……巴郡・江陽・巴東県辺りになると思われますが……」
「朱里ちゃんの言う通り、その三つの進路が妥当でしょうねぇ。でも朱里ちゃん、何か思うところあるみたいな言い方だけど?」
「摘里ちゃんの言う通りです。実は、紫苑さんの意見も聞いてみたくて」
あぁ、確かに元からこの地に詰めている人間に訊くほうがいいよな。
「それもそっか。訊いてもいい?」
「えぇ、なんなりと」
「じゃあ、さっき朱里ちゃんが上げた三つの進路のうち、どの進路が与しやすいかな?」
「そうね……与しやすさだけで言えば、江陽・巴東の二つでしょうね」
「……その言い方からして、巴郡には強敵でもいるのか?」
「如何にも」
紫苑に並ぶほどの実力者か。
確かに、できることなら避けて通りたい道ではあるな。
……ただ、紫苑の言い方からして、どうも巴郡を通って欲しそうだが……
「ですが、桃香様にお勧めするのは、その巴郡ですね」
「言っていることが矛盾しているように聞こえるが?」
「でしょうね。ですが、だからこそ桃香様に引き合わせたいのです。巴郡城主厳顔と、その部下魏延に」
厳顔に魏延……
一応は知ってる名前だな。
確かに、演義の方でも劉備の配下になってた名前だ。
特に魏延の方は色々覚えてる。
「引き合わせるってことは……その二人も仲間になってくれるってこと?」
「はい。元々懇意にしていた間柄ですから、説得の仕方によっては分かってくれるかと思います」
「説得で済むのであれば、確かに江陽や巴東を征くより早いかもしれんな」
「いえ、城を落とす速さで言うならば、江陽や巴東の方が早いでしょう」
それでも尚且つ巴郡を勧める、か。
と言うことは、厳顔も劉璋の配下の中では力がある部類だな。
そっちを仲間にできたなら、他の城も桃香のものになるだろうし。
「紫苑の言い方からして、人望の厚い人間のようだけど?」
「そうですね。ただ、一つ問題が……」
「問題?どんな?」
「実力も人望も申し分のない二人ですが、そんな二人だからこそ頑固なところもありまして……」
「……素直に説得に応じるかは分からん、ってことか」
「えぇ……おそらく、一戦して力を示せ、と言うことになるでしょう」
偏屈、ではあるな。
まぁ、紫苑が説得の工作をしてくれれば何とかなるだろう。
「偏屈な奴なのだ」
「鈴々もおんなじこと思ってたか……」
「でも、自分に自信のあるやつは得てしてそういうもんさ」
「そうだな……それに、そういう自分なりの判断基準を持っている奴の方が信用できるけどな」
最後の最後に白蓮が付け加えてきた。
何だ、いたのか……
ちょっと影が薄かったから気付かなかった。
「それじゃあ、紫苑さんの提案でいこっか。説得工作、よろしくね」
「御意」
「他の皆は休息をとった後、明後日の出陣に向けて部隊を整える。こんな感じでいいかな」
「それでいいと思います」
「それじゃ、みんなよろしくね♪」
「「「御意」」」
後書き
ワーカーホリック……
……かかってないことだけを祈ってます(汗
なんか時々仕事してないと不安な時あるもので……
あ、SS書くのは好きでやってるのでご安心を。
では次話で
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