丸一日休みを取って迎えたこの日。
いよいよ巴郡に向けて出立する。
士気も上がり、出陣の準備は万全といった感じかな。
まぁ、兵站の方は万全ではないらしいが、可能な限りは準備済みとのことだ。
んで、いざ出陣したわけなんだが……


「最近、碌なものを食べていませんわねぇ……」

「あたい、フカヒレが食べたい〜、ツバメの巣が食べたい〜」


袁家がまた喚いてる。
否が応でも耳に入るのが怠い。
役に立たないならせめて黙っておいてほしいんだが……


「もぉ〜……二人とも文句ばっかり言わないで下さいよぉ」


唯一の良心が文醜こと斗詩だ。
あ、ちなみに袁家の面々からも真名を呼んでいいとは言われている。
あんまり呼ぶ機会はないが……
しかし斗詩も気苦労が絶えないなぁ……
可愛そうだとは思ってやるが、代わってやりたいとは思わない。


「私たち、劉備さんに御厄介になっている身って言うの、忘れてませんか?」

「あらあら……三国一の名家の当主であるこの私が、劉備さんに厄介になっていると?」

「まさか本当に忘れてたんですか?」

「斗詩さん、何か誤解されていませんの?」


……袁紹こと麗羽のバカな言葉に耳を傾けてたくはないが……
勝手に耳に入ってくる以上放置しておくしかない。
突っ込んだら色々負けな気がする。


「……誤解、ですか?」

「そうですわ。なぜ劉備さんが私の世話をしているのか、そんなこと、考えてみれば分かることでしょう?」

「えーっと……」

「うーん……何ででしょうね〜?」


……ちょっとその答えは気になるぞ?


「それは、この私の秘めたる力を頼りにしているがため……そう!三国一の名家の当主であるこの私の!」

「……ハァ、そう来ましたか……」


期待した俺が馬鹿だった……
もういいや、放っておこう……
と言うかだな、あの耳障りな高笑いは本気でやめてほしいんだが……


「何を気疲れされておる直詭殿?」

「後ろの面々のせいだ」

「あぁ、袁紹の……それはそれは……」


星をしてこの反応か……


「まぁでも、高笑いしてるだけマシだと思うよ?」

「戦の事に口を挟まれたら、厄介なことこの上ないのだ」

「……違いない」


どうせ、「優雅に華麗に進軍!」とか言うんだろうなぁ……
水関では真正面からの突貫しか指揮してなかったし……


「どうしたら、あそこまでお気楽に生きられるんだろうなぁ、袁紹って」

「きっと袁紹さんには、お気楽な思考回路しかないんだよ。すごいよねー」

「お姉ちゃんとどっこいなのだ」

「ひどっ!私はそんなにお気楽じゃないもん」

「……いや、鈴々に賛成だな、俺は」

「直詭さんまでー?!」


普段の様子を見てれば誰だってそう思うと思うが……?


「ふふっ……」

「紫苑さん?何を笑ってるんですか?」

「いえ……心地良い空気だなと、そう思いまして」


ま、確かにそれはあるな。
俺もこの空気は嫌いじゃない。
むしろ好きだといっても過言じゃない。
何となくだけど、桃香の周りはあったかい空気に満ちている。


「俺もその空気は感じてるよ」

「……恋も」

「そうなんだ……自分ではよく分からないけど……」

「それが、桃香様の力と言う事でしょう」


だろうな。
そう言う力があるからこそ、これだけの人間が慕って集まってるわけだ。
きっと、今から出会うことになる相手にも、その力は通用する。
確信に近い何かがあるように思えた。


「申し上げます!」


紫苑とのやり取りで少し気が緩みかけていた時だった。
兵士の一人が報告に来た。
そろそろ敵の姿が見えてもおかしくない位置だったもんな。


「報告か?」

「はっ!前方に敵軍を発見致しました!」

「数と旗標は?!」

「数は約8万前後、旗標には厳と魏の文字です!」


ついに見えたか。
ん、でもちょっと違和感が……?


「敵は城を出て野戦で決着を付けようとしているらしいな」

「あぁそれでか……何か違和感があると思ったら……」

「籠城を捨てて野戦で挑むって、何考えてるんでしょうねぇ?」

「おいそこの軍師働け」

「だってぇ、わちきは頭良くないですしぃ?」


摘里はさておき、ちょっと相手の考えが分からないな。
籠城戦の方が楽だし優位だろう。
それを捨てるほど切羽詰まってるとも思えない。


「あ、紫苑さん!もしよかったら情報を教えてもらってもいいかな?あ、嫌だったら言わなくても大丈夫だよ?」

「ふふっ、お気遣いありがとうございます」

「そういうのじゃないけど……」

「では紫苑さん、知っている限りの情報を教えてもらってもいいですか?」


桃香が口ごもっている間に、朱里が催促していく。
ま、桃香の性格だから仕方ないか。


「えぇ。厳顔と魏延の二人は、共に心から戦を楽しむ生粋の武人です」

「籠城戦を捨てたってことは、戦に興じたいってことか?でも、援軍を寄越すなら籠城戦の方が楽だろ?」

「元々、あの二人は劉璋様を頂点とする現政権を口やかましく批判していましたから……」

「援軍を要請しても、今の成都が対応することは無い、か……」

「はい。それに、恐らくあの二人は成都に援軍など要請してもいないでしょうけどね」

「うわぁ〜……体育会系〜……戦うことが楽しいって人たちなんだねぇ〜……」


蒲公英の言う通りの人物像っぽいな。
でも、そうなると野戦を選んだのはただ単純にこちらの力を見たいからか?
聞く限りだと、名高い軍師もいなさそうなのに……
こっちには使えるのから使えないのまで含めて5人もいるんだぞ?


「下策に見えるけど……武人としての誇りを示すために、野戦で堂々と決着を望もうとしてるんだね、その二人は……」

「桃香様の仰る通りかと……私も、その気持ちは分かります」

「潔いやつらなのだ」

「だが、私とて賛同できるぞ。おそらく、酒と喧嘩と大戦が好きなのであろう」

「星ちゃんの言う通りよ」


誇りを示すために真正面から堂々と、か……
確かに鈴々の言う通り潔い。
……他に何か思惑とかがあるかな?


「他に何か考えられるか?」

「あら、直詭君は疑り深いのね?」

「そういう性格なもんで……で、朱里に雛里?」

「はい。籠城を選んだとしても、恐らくは場内に混乱が生じていたかと……」


そういや、紫苑の時も民から大歓迎されてたもんな。


「紫苑はよく抑えられたな」

「そこは紫苑さんのご人徳だと思います。ですが、籠城する側としては、中で混乱が起こることは避けたいという思いもあるでしょう」

「その思いから野戦を選択するということは、十分に考えられることかと」


どっちにしろ、誇り高い人間だってことだな。
まぁ、紫苑とは旧知らしいから説得工作は頑張ってくれるだろう。
あとは……


「ねぇ紫苑さん?厳顔さんや魏延さんの二人を説得すること、できるかな?」

「はい。あの二人も戦狂いの将ではないので、説得すれば必ずや味方になってくれるでしょう。ただ──」

「……戦って、勝つ。私たちの強さを見せつけなくちゃいけないってことだね」

「はい」


つまりは勝て、と。
その基本方針さえ見えれば、今は御の字か。


「では、部隊を配置した後、進軍を再開しましょう」

「了解♪それじゃあ、先鋒は紫苑さんに鈴々ちゃんに翠ちゃん。その三人の補佐に雛里ちゃんと白蓮ちゃんとたんぽぽちゃんがお願い」

「はい」

「畏まりました」

「はーい♪」


こう、桃香がしっかりと仕切ってるの見ると、やっぱりかの劉備だって思い知らされる。
普段の日々の中だと忘れそうになるけどな。
でも、きりっとしてる姿は見てて頼もしい。


「愛紗ちゃんと星ちゃんは左右に」

「はっ!」

「うむ」

「残りの皆は本体で待機。朱里ちゃんとねねちゃんも私のそばに居てね」


これで基本配置も済んだ。
後は進軍して、戦って、勝つだけだ。
相手の誇りを打ち砕く覚悟で、自分の誇りを折ることのないように……











「敵軍捕捉しましたぁ。各隊、作戦通り部隊の展開よろしく〜」


摘里の気の抜けた声でも、緊張は走る。
まったく、もうちょっと緊張感のある声出してやれよ。
兵士の皆がかわいそうで仕方ない。


「では鈴々たちは、前方で部隊を展開!」

「合点なのだ!行くのだ、翠に紫苑!」

「へへっ、焦ってヘマするんじゃないぞ?」


流石にこの二人は大丈夫か。
ま、この二人いてこそ士気も上がるようなもんだ。


「ふふっ、二人とも気を付けてね」

「……紫苑、二人の事よろしく」

「えぇ、分かってますわ」


紫苑はなんとなく頼りになるな。
こう、年の功ってやつか?
……何だろう、今ものすごく怖い笑顔を向けられた気がする。
余計なことは考えないようにしよう、うん。


「私と紫苑さんは先鋒中央で相手の出方を待ちましょう。説得の方はお願いします」

「了解ですわ」

「関羽隊・趙雲隊は左右に展開!柔軟に動くことこそ我らの骨頂と思え!」

「本隊は先鋒の後ろで魚鱗の陣を布いてください!」


各部隊に動きが伝えられる。
それぞれから気合のこもった声が上がり、柔軟かつ迅速に陣が布かれる。
俺も自分の部隊を率いて、本体の横に着く。


「じゃあみんな、攻撃開始ぃ!」


そして、桃香の声を合図に、両軍がぶつかり合う。


「行くのだー!」

「行くぞぉ!」


両軍の先鋒を務める将の声が響き渡る。
こちらは鈴々、向うは誰だろうか……?
ただ、名だたる将が厳顔と魏延の二人だということは、どちらかが先鋒を務めていてもおかしくない。
なにせ、その二人とも戦好きの体育会系と来てる。
軍師の言う事とかに耳を貸しそうにないんだろうなぁ……


「うわぁ……どっちともすごい勢いだねぇ」

「何を感心してる……」

「だって、厳顔さんも魏延さんも、誇り高い武将って聞いてたし、もっとこう──」

「誇り高いだろうが、戦好きの類だ。見てみな?」


桃香の視線を誘導するように指をさす。
そこには、こちらの兵を飲み込むような気迫で金棒を振るっている武将がいた。
何とかジャックみたいに白と黒の二色の髪を揺らしながら、武器を振るう姿は見ててゾッとする。
その姿は、いや、その表情は笑っているんだから……


「でも、鈴々ちゃんたちも負けてないよね!」

「あぁ。気迫の面では負けてない。こちらの方がやや兵数が少ないけど、気迫の強さで言えば、圧倒してるといっても過言じゃないはずだ」


あちらは勇将良将が二人。
対して、こちらにはその4倍の数の猛者がいる。
気迫で負けるはずがない。


「それにしても……」

「どうかしたの直詭さん?」

「いや……あっちには俺たち側の軍師より優れたやつはいるのかなぁって思ってな」

「何で?」

「何でって……味方と敵の軍の進め方、まだ始まって間もないけど分かるだろ?」


こちらの動きとしては、先鋒の突貫力がモノを言う。
鈴々・翠・紫苑の三人が、いや、鈴々と翠の二人の馬鹿力で敵を圧している。
その左右から、愛紗と星が柔軟に部隊を動かしている。
相手を焦らせるためだったり味方のアシストするためだったり……
だからこうやって、まだ始まって間もないとは言え、俺と桃香とが駄弁っていられる。

対して相手側は、後方から援護射撃をしてるだけ。
あとは厳顔と魏延とが気迫と誇りを掲げながら突貫してくる。
自然、最前線でのぶつかり合いはものすごいことになってる。
ただ、こちらと違って、味方のアシストが仇になることもちらほら見えるだろう。
時間が経てば、こっちは本隊って言う予備戦力の投入も可能だ。
気持ちの上で優位に立ってるのは、明らかにこちら側だろう。


「……まだ始まったばっかりなのに、直詭さんはもう戦局が見えるの?」

「完全に把握したわけじゃないぞ?それができてりゃ、軍師になってるさ」

「でも、すごいよ。私なんてまだまだそんな……」

「別に、誰も桃香にそこまで求めてないからいいんじゃねぇの?」

「ひどっ!」

「貶してるわけじゃねぇよ。皆が桃香に期待してるのは、ココだろ?」


そう言って、俺の胸をトンと叩いてみせる。


「……胸?」

「誰がそんな話してた?」

「え、でもだって……?」

「そうじゃなくて……心の強さとか、そういう事を言ったんだが?」

「え、あ、あぁ、そうだよね!」

「今更遅ぇよ」


しょんぼりとしたが、自業自得だからな?
俺に責任はない、はずだ……


「兎にも角にも、時間が経てば、戦局は大きく変わるさ」

「紫苑さん……説得上手くいくかなぁ?」

「まずはこっちの力を示してから。戦好きなら、こっちに相応の力があると分かれば、素直に聞くはずだ」

「だといいけど……」

「……ほら、何を不安そうな顔してんだよ。総大将らしく、もっと堂々としてろ」

「……うん!」


桃香の表情が真剣なものになった。
これなら大丈夫だろう。

さぁ、戦局が変わるまで、鈴々達がどこまで押し込めるか……
信じてるからこそ、こうやって落ち着いて戦場を見つめていられる。
勿論、俺の出番があるなら全力で武器を振るうつもりだ。
この戦、必ず勝ってやる……!


















後書き

あれ?来週休みねぇや!(爆笑
ま、いっか!(イイノカナァ
更新も頑張っていきたいと思ってます。
ラストは何話くらいになるか想像つかないのが怖いですが……


では次話で



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