「うりゃりゃりゃりゃー!!!」


最前線から鈴々の雄叫びがこだまする。
どういった相手とぶつかってるかは分からないけど、その雄叫びに圧されてこちらの士気も上がる。
本隊が動くまでにはまだ時間がかかるか……?


「このワタシを打ち倒せるものはいるかー!?」

「ここにいるぞー!!」


敵の武将に負けじと、蒲公英も吠える。
……この会話のやり取り、どっかで聞いたような見たような……
たしか、三国志演義の方で──


「……あぁ、そういや、相手は魏延だっけか」

「……直詭?」

「あぁ、何でもないよ恋」


首傾げるのも分かる。
何せ一人で勝手に納得してるんだからな。
でも、あの本を読んだことがあれば、今のやり取りは有名じゃないかな?
元ネタ知らなくても、聞いたことあるってやつもいるだろうし……
……おっと、戦に集中しねぇと……


「直詭さん、恋さん!突撃の準備を!」

「本隊も動かすのか朱里?」

「はい!敵の勢いは盛んなので、鈴々ちゃんたちだけではそろそろ厳しいかと……」

「了解」


言われるがままに抜刀……
そして、大きく深呼吸……
実際に刃を振るう直前に行う、俺なりの儀式みたいなもんだ。
戦場の空気が肺の中に満ちるのが分かる。
この感覚に至って初めて、刀を振るうことができる。


「恋、準備は?」

「いつでもいい」

「よし……!」


互いに目で確認を取って、大きく頷き合う。


「先鋒の部隊の支援に向かう!本隊、遅れずについて来い!」

「「「応!」」」


兵士たちに号令を出すのにも慣れたもんだ。
一声かけて、恋と一緒に駆け出す。
後ろから地響きが聞こえそうな勢いで兵たちがついてくるのが分かる。


「──ふっ」


前方に敵を確認して、すぐさま一閃──
火傷しそうなくらいに熱い血潮が顔にかかる。
そんなのを拭う前に、状況をすぐに確認する。


「鈴々!翠!」

「あ、お兄ちゃん!」

「直詭!それに恋!ちょうどよかった、こっちは大丈夫だから、雑魚の始末頼む!」

「引き受けた!」

「……(コクッ)」


相手方は、剣兵を基本に構築された部隊らしい。
間合いとしては俺と同じくらい。
恋なら少し間合いが短いか。
同じくらいの間合いなら、練度が高い方が勝つのが定石だ……
たとえそれが、一対多であっても──


「──ハッ!」

「……邪魔」


本隊を引っ張ってきた俺と恋とが、先んじて敵に斬りこむ。
まだまだ余力があることを見せつける為でもある。
急にこちら側に戦力が増えたことで、相手方に僅かながら動揺も見える。


「鈴々達を援護する!露払いを全力で引き受けろ!」

「「「応!!!」」」


一騎当千なら言わずもがな……
兵たちの強さは武将のそれとは違ってくる。
だから大抵の場合、数人で一人を確実に仕留めるのが基本だ。
愛紗をはじめとする指揮力の高い将が揃ってる軍だ。
そう言った調練も日頃から行ってる。


「──っ!!!」

「──っ!!!」

「──っ!!!」


あちらこちらから、言葉とは言い難い声が響き渡る。
相手を圧すための罵詈雑言だったり、この世で最期となる断末魔だったり……
聞いていて吐き気のするオーケストラみたいなもんだ。
でも、俺自身も演者の一人だ。


「……………」


人を殺すことに慣れたとは決して言わない。
未だに怖いと思う部分はあるし、日によっては悪夢に魘されることだってある。
ただそれ以上に、戦場に立ってその感覚をこの身に満たしている内は、生き残りたい一心だ。


「(右斜め前……そのあと、どっちに走る……?)」


頭の中で思考が巡ることもザラだ。
ただ、戦場に馴染んだ体は、思考が追いつくよりも早く動いてくれる。
その思考に、人を斬り殺す感触が追いつくのは、戦が全部終わってから……
その感触を味わう事だけは、未だにゾッとする。


「お兄ちゃん!こっち、手伝ってほしいのだ!」

「分かった。白石隊の半分、張飛隊に加勢する!残りの半分は呂布隊と共に突撃を続行しろ!」

「御意!」


鈴々と対峙しているのは、厳の旗標を掲げた部隊。
つまりは、厳顔率いる部隊ってことか。
まだ厳顔自身は見てないけど、突貫力は鈴々の部隊と互角以上……
将の実力が見て取れるようだな。


「鈴々、相手は?」

「真正面から突撃してくるのだ」

「……で?」

「愛紗と星のお蔭で、何とか陣を崩してないって感じなのだ。お兄ちゃんも来てくれたし、これから反撃に移るのだ!」

「分かった」


小さく深呼吸……
これから対峙する部隊に目を向け、決意を新たにする。


「突撃なのだー!!!」











「敵勢が崩れたのだ!みんな、敵陣に押し込むのだー!」


鈴々が叫ぶ。
本隊が加わったことで勢いを増したこちら側が一気に優位に立った。
そこから、相手を圧し崩すのにそう時間はかからなかった。


「よし!関羽隊、敵陣の中央を猛撃する!」

「趙雲隊は敵の左翼に突入後、敵陣を真一文字に突っ切る!攻撃の必要はない!駆け抜けることだけを考えよ!」


左右に展開して援護していた二人の部隊は、さらに敵勢を崩す方針か。
なら、先鋒を務める鈴々と翠が更に突撃って感じだな。


「おっしゃ!あたしは左手の兵を蹴散らす!たんぽぽ、右手の方は頼んだぞ!」

「はーい!いってきまーす!」

「やれやれ、元気だなぁたんぽぽは……」

「それがアイツの取り柄だからな。白蓮も頼むぞ」

「……あぁ、功の一つでも立ててやるさ!」


鈴々の補佐を白蓮が、翠の補佐を蒲公英がするみたいだな。
なら、補佐の補佐を俺と恋で請け負うか。
……そういや、説得工作はいつするつもりだ?


「紫苑?説得はいつ頃?」

「あの二人が納得いくまで戦ってからよ」

「戦好きを納得させろ、か……一騎打ちでもして勝負付けろと?」

「えぇ……そうでもしないと、戦には負けたが喧嘩には負けていないと言い張るでしょうね」


体育会系の脳筋が……
まぁ、こちらには一騎当千が少なくとも5人はいる。
先鋒を務める二人も問題なく戦えるはずだ。
あと、地味な期待ではあるが、蒲公英にも期待してる。
猪武者の扱いとかは得意そうだし……


「じゃあ恋、鈴々の方は頼むな」

「直詭は?」

「蒲公英の応援に行ってくる。要らない心配だとは思うけど、一応な」

「……………(コクッ)」


さぁて、確か蒲公英は敵の右手に向かったよな。
俺も追うか。


「白石様、我々もご同行いたします!」

「いや、どうせ一騎打ちしたがる相手なんだ。それよりも、他の部隊の手伝いを頼む」

「……お気を付けて」

「ありがと」


兵の一人にそれだけ伝えて、蒲公英の姿を探す。
……あぁ、いたいた。
で、何してんだ?


「……蒲公英?」

「あ、直詭兄様」

「兵に指揮して何してんだ?」

「ちょっとねぇ〜♪それより兄様、あそこにいるの見える?」

「ん?」


蒲公英が指差してるのは、こっちの兵士が数人がかりでも止められそうにない一人の武将。
確か、俺が突っ込む前に見た白と黒の髪の奴だ。


「アレ、たんぽぽが討ち取っちゃってもいいんだよね?」

「あぁ、一騎打ちがお望みのようだからな。手伝おうか?」

「多分必要ないと思うけど、一応兄様も待機しておいて。それじゃ、行ってきまーす♪」


そのまま蒲公英は突っ込んでいく。
……一応一緒に行こう。
何か不安だ。
……主に相手が……


「──誰か、このワタシの相手になる奴はおらんのか!」

「ここにいるぞーっ!!」


あーあー、相手が構えるよりも前に……
てか、相手も良く防げたよな。
一騎打ちで奇襲とか相当卑怯なんだが……
……まぁ、いざとなったら俺でもするが。


「き、貴様っ!突然現れてすぐさま攻撃するとは卑怯だぞ!」

「え〜?」

「まぁ卑怯と言われても仕方ないよな」

「兄様まで〜?」

「……その上2対1……貴様ら、将としての誇りはないのか?!」


誇り高いって言うのは強ちウソじゃないようだな。
でも、別に俺は加勢するとは言ってないんだが?


「俺は別に見てるだけだから。蒲公英、応援くらいはしてやるから頑張れよ?」

「やーだーよー!こんな体育会系の脳筋女とまともに戦いたくないもん!」

「誰が脳筋だ!ワタシを愚弄するのか!」

「愚弄って言うか……できれば避けたい感じ?」


相手には悪いが、今回は蒲公英に同意だな。


「なら立ち去ればいいだろう。ガキの相手をしているほど暇では──」

「隙ありぃー!」


今のは上手いな。
相手を取り違えたとでも言いたげに、向うが蒲公英から意識を逸らした隙を突いた。
油断大敵の絵を見た気分だ。


「ちぇっ、また外しちゃったか」

「き、貴様ぁ……!さっきから何の前触れもなく攻撃してきて、卑怯だとは思わないのか?!」

「ん〜……全然?」


流石蒲公英。
そこに呆れる反吐が出る……
一切合切尊敬しない。
良い子は真似しちゃだめだぞ?


「そ、それでも将か!?」

「そうだけどぉ〜?って言うかさぁ、そこまで必死こいたって、そっちの負けは確定的じゃん?どうしてそこまで必死になるの?脳筋だから?それともバカなの?アホなの?死ぬの?」

「……………っ!!!」


あ、キレたな……


「うらぁぁあ!バカって言うなこのガキぃー!!!」

「わわわっ?!」


間一髪で避けたけど、喰らってたら複雑骨折じゃすまないぞ今の……
金棒の一撃で地面に穴空いてるし……
ものすごい怪力だとは思うが、乗せられ易い性質なんだろうなぁ。


「すっげぇな。大丈夫か蒲公英?」

「びっくりしたぁ……」

「魏文長の底力、篤と見たかぁ!!」

「……でもこれって、底力って言うより馬鹿力だよねぇ兄様?あ、アホ力の方が合ってる?」

「知らん」

「貴様ら揃いも揃ってまだ愚弄するかぁ!!!」


あーあ、完全に怒っちゃった。
俺知らねぇぞ?
怒らせたのは完全に蒲公英の責任のはず、だ……
……あぁ、今思ったけど、やっぱりこいつが魏延でいいんだな。


「うわっ、怒った?!」

「そりゃ怒るだろう……」

「こっわー、逃げろー!」

「待てこのガキ!尋常に勝負しろ!」

「やだよーだ」


あ、俺はアウトオブ眼中?
それはそれで楽できるからいいんだが……


「一騎打ちを仕掛けておきながら逃げ出すとは……!それ程自分の武に誇りを持てないのかぁ!?」

「うんうん、如何にも体育会系の言いそうなことだよねぇ〜」

「まだ言うかぁ!!」


狙いすまして凄まじい一撃が振り下ろされる。
それを蒲公英はひょいっと避ける。
まぁ、軌道が単調だから避けやすいだろうな。
と言うか、あんなの受けたくない。


「当たらなければどうってことないもんね〜♪」

「ちょこまか動くな!いい加減、さっさと討たれろ!」

「バカだなぁ、はいそうですかーって討たれる人間がどこにいるの?」

「それはご尤も」

「貴様も貴様で、ちょくちょく口を挟むなぁ!」

「手は出してないんだから気にすんなよ」


別に口ぐらい出していいだろ?


「やっぱ脳筋だねぇ〜♪もうちょっとお勉強したほうがいいんじゃないの?きゃははは♪」

「──────」

「あ、またキレちゃった感じ?」

「……貴様、なぜそこまでワタシを挑発する?」

「え、え?」


……流石に気付くか。
蒲公英、ちょっとやり過ぎだ。
……やり過ぎだとは思うが、うん……
上手いって素直に褒めてやるか。


「な、何でもないよー?バカをバカにしてるだけで──」

「大方、何か罠でも張っているのだろう……卑怯が取り柄の貴様の事だ、そこにワタシを誘き寄せようとでも?」

「してないしてない!ホントにそんなことしてないってー」

「そんな戯言を信じるほどバカに見えるか?」

「うん」


即答しやがった……


「……っ!し、しかし、どんな罠があろうとも、このワタシには効かな──」

「「……あ」」

「あ?──アッーーーーーーーーーーー!!!」


あーあ、見事に落とし穴に落ちたよ。
なんだかんだで器用に誘導してたもんなぁ。
大丈夫かな?
結構良い音した気がするんだが……?


「うわー……偉そうなこと言ってたのに引っかかっちゃったよ、この人……」

「引っかかっても容赦ないな」

「見て見て〜♪失神しちゃってる〜♪」

「随分と嬉しそうだな」


頭でも打ったんだろう、可愛そうに……
……こんなんで説得に応じてくれるのか?
蒲公英の何が不安かって、こういう部分がだな──


「ねぇねぇ兄様、コレ、たんぽぽの功績にしちゃっていい?」

「ん?良いも何も、俺は何もしてねぇし……名乗り、上げなよ」

「やったー♪ではでは……ゴホンッ!」


嬉しそうに頬がヒクヒクしてやがる。
ま、大手柄には違いない。
後でちゃんと労ってやるか。


「蜀の将軍、魏文長!劉備の家臣、錦馬超の親族、馬岱が召し取ったり〜♪」



















後書き

2月15日をもって誕生日を迎えました。
いろんな方にお祝いの言葉をいただきました。
この場を借りてお礼申し上げます。

一つ年を取ったから、何か変わるというわけでもないですけど。
少なくとも前の年にはできなかったことにも挑戦してみたいですね。
それが何になるかは分かりませんが、頑張っていきたいです。


では次話で



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