「直詭兄様〜!」
「ん?」
なんか蒲公英がこっちに走ってくる。
それもすごく嬉しそうな顔して……
普通の女の子相手だと、こういう時は気持ちが昂ったりするんだろうか。
ただ、相手が蒲公英だと何故か不安になる。
悪いことが起こる前兆とでも言えばいいのか……?
「何か用か?」
「あのねあのね!兄様、今日って暇?」
「暇と言えば暇だな。警邏は朝の分だけだし、頼まれてる仕事も今のところないし」
「ならなら!たんぽぽの部屋に来て!」
「何で?」
「何でも!」
素直にOK出したくねぇなぁ……
あんまりいい予感しないし……
「行くのはいいとして、何するつもりか教えろよ」
「あ・と・で♪」
小悪魔的な笑みが無性に腹立つ……
「仮に断ったら?」
「今日寝られなくなってもいいの?」
「……どういう意味だ?」
「さぁ♪」
……鬱陶しいけど、夜中に何されるか分かったもんじゃないな。
腹括って行くか。
「……分かった、行きゃいいんだな?」
「そうこなくっちゃ♪」
おいおい、いきなり手を引くな。
んでもって走るな。
ついて行けなくはないけど、急に走りだされると危ないって。
「〜〜〜♪」
「何でそんなに楽しそうなんだ?」
「なーいしょ」
「……部屋に着いたら教えろよ?」
「大丈夫だって。兄様頭いいから、すぐ分かるよ」
部屋に何があるか心底不安だ……
多分、と言うか絶対、まともな物はないんだろうな。
何されるか分からんが、色々諦めた方がよさそうだ、うん。
「そういや蒲公英」
「なぁに?」
「部屋に行くのは承諾したけど、それだけでいいんだよな?」
「ふっふ〜ん♪それはどうかなぁ〜♪」
これはマジで面倒だぞ?
イタズラに関しては蒲公英の右に出る奴はいない。
日常で命に関わるようなことはされないだろうけど……
「さ、入って入って」
「分かったから押すな」
小走りだったから、蒲公英の部屋まではあっという間だ。
んで、後ろから押されて中に入る。
部屋の中には別にこれと言ってヤバそうなものは見当たらないが……
「じゃあ兄様」
「何だ」
「脱いで」
「……………は?」
え、いや、え?
「はーやーくー!」
「ちょ、ちょっと待て、落ち着け。いきなり脱げとは何事だ?」
「いいから早く脱いでよ!」
「……まさかとは思うが全部か?」
「んー……下着はいいや」
それでもいきなりパンイチになれって……
さ、流石に承諾しかねるぞ?
「理由の説明を求む」
「え〜……しょうがないなぁもう……」
そう言いながら、蒲公英が自分の箪笥の中から何か取り出してきた。
まぁ、箪笥の中だから服が入ってるのは分かる。
でも……それ、ちょっと蒲公英のにしては大きくないか?
「星姉様と一緒に見繕ってきたの。絶対兄様に似合うと思って」
「……それを着ろと?」
「うん♪」
「断ると言ったら?」
「星姉様に言いつけちゃう」
「別にいいが?」
「いいの?あることないこと色々言っちゃうよ?」
「……それは困る」
そうだった、相手は蒲公英だった……
星に何言われても問題はないけど、言う相手が蒲公英だと不安しかない。
そうなると、部屋に来る前に言ってた今夜の事も身震いするな。
「でもなぁ……ちょっとそれよく見せてくれ?」
「いいよ」
よくこんなデザイン見つけてきたな……
確か、チューブトップって言うんだっけか。
それとフリルのスカート。
両方とも黒で統一してあるけど、着たら確実に腹出しになるな。
「一応、兄様のために下着も買ってきたんだよ?」
「何でそこまでする?」
「だってぇ……恋が「可愛かった」って言ってたもん」
恋……
「ほらほら、着てよ兄様!それ着てお茶しに行こ♪」
「こんなに断りたくなるデートのお誘いも珍しいもんだ……」
「でぇと?」
「あーその……と、とにかくだ!俺としては着たくないんだが……」
「い・い・の?」
「…………………………」
……くっそ……
この報復はいつか必ずしてやる……
「……チッ、分かった……」
「やった〜♪」
「じゃあ着替えるから出てろ」
「一人で着れるの?背中に紐があるのに」
「……じゃあ手伝え」
「はーい」
●
「おい、アレ見ろよ」
「お!めっちゃかわいい!お前声かけろよ!」
「そういうお前がかけろよ!」
……ハァ、憂鬱だ……
雑踏の中を蒲公英とただ歩いてるだけならこんな気分にはならない。
ちょっとエロ目の服着てるって言うのが痛い……
しかもスカートは普通よりも丈が短いし、蒲公英の希望で少し腰よりも下に着けてる。
「なぁ蒲公英……俺、変態に見られてないか?」
「何で?すっごく可愛いよ兄様」
「……その評価は素直に受け取れない」
せめて上に何か羽織ればマシになるんだろうなコレ……
でも、コレに似合う上着は用意してないときてる。
俺が普段から来てる服でもいいかと聞いたら即却下された。
「……ハァ、さっさと帰ろうぜ?なんか視線が集まってるし……」
「ダーメ!今日は兄様はたんぽぽに付き合うの!」
「この格好である必要はないだろ?」
「あるよ?」
「何だと?」
態々女物着せる必要性……
んー、想像つかないなぁ。
まさか下着選ぶのに付き合えとかそういうんじゃないだろうし……
だとしても、もうちょっとマシな服選んでほしいところだが……
「お茶しに行くだけじゃなかったのか?」
「それはただの口実。そうでも言わなきゃ、兄様、付いてきてくれないでしょ?」
「この格好を他の奴らに見られたくないんだが……」
「いいからいいから♪こっちだよ」
少し前を行く蒲公英に連れられて、雑踏の中をひたすら歩く。
すれ違うたびに見られるのは、もう恥ずかしいというより面倒くさい。
……確か、以前にもこんなことあったような……?
「ほら、兄様こっち」
「……ここって?」
「入って入って」
なんか呉服屋っぽいところに連れてこられた。
促されるまま入ると、客も店員も女の人ばっかり。
……え、何?
さっきのくだらない想像が的中したとかか?
「ほーら!兄様、そんなところに突っ立ってないで、こっち来て」
「お、おい蒲公英……?」
俺の考えなんかよそに、蒲公英は目的の売り場へと歩いていく。
置いていかれるわけにもいかないしついては行くけど……
「じゃ、兄様。今からたんぽぽがいくつか見せるから、良いのあったら言ってね」
「……マジで?」
「マジで」
すでに2つほど下着を持ってるし……
……あー怠い……
こういうのって女の子同士の方がいいんじゃないのか?
俺がそんな的確なアドバイスできるわけないだろ?
「まずコレなんだけど……って兄様!ちゃんと見ないと分からないでしょ!」
「お、おい!そんな大声で“兄様”なんて呼ぶな。女装してるってばれたらさすがに摘み出されるだろ?!」
「ならちゃんと見て」
「……………ハァ」
そう言いながら、蒲公英は自分の胸にブラを当てて見せつけて来る。
勿論服の上からだが……
「どう?」
「どうって……」
「大人っぽく見える?」
「……ちゃんと答えなきゃダメか?」
「ダメ」
今当ててるのは水色のやつだ。
……これってどういう風に答えるのが正解なんだ?
思ったままを言うべきなのか、蒲公英がほしそうな答えを言うべきなのか……
「兄様、早く」
「その……大人っぽくは見えない、かな?」
「そっか。じゃあ……こっちは?」
「……その色はやめとけ」
「あ、やっぱり?」
ラメか何か入ってるのか知らんが、やたらキラキラした赤のブラはさすがに似合わん。
「じゃあねぇ……こういうのは?」
「黒、か。まぁ、さっきのよりは大人っぽく見えるとは思うが……」
「襲いたくなる?」
「なるか」
「へ〜……兄様ってこういうの嫌い?」
「そうじゃなくてだな……」
あー嫌だ……
早く終わってくれねぇかな、コレ……
蒲公英は楽しんでるっぽいけど、俺としてはいつばれるかもって冷や冷やしてるんだぞ?
そこんところ、この子はもうちょっとだな……
「じゃあじゃあ、兄様。こういうのはどう?」
「……まだ続けるのか?」
「兄様が気に入るのが見つかるまで」
「俺視点で選んでも仕方ないだろ……」
大体だな、さっきも思ったけど、俺はこういうのやったことないんだって!
見てくれが女っぽいとか言われても、結局は男だ。
居心地が最悪なの、そろそろこの子も分かって欲しいんだが……
「てか、星とか翠とかと来ればいいだろ?なんで俺なんだよ?」
「だって兄様は男でしょ?」
「何を当たり前なことを……」
「男の人の視点って、たんぽぽ分からないもん。そういう視点で選んだものを持っててもいいでしょ?」
「いや、その……悪いとは言わないけど……」
「だから兄様、真剣に考えてよ?はい、コレは?」
「あー……ったく……」
●
結局、3時間近くあの店にいたんじゃないか?
日の高さとか変わってるし。
「んで、それでいいのか?」
「だって、兄様が“いい”って言ったんだよ?」
「そりゃそうだが……」
「だから、これでいいの♪」
どうにも理解できない部分や納得できない部分はあるにはあるんだが……
やたらと蒲公英が嬉しそうだし、深く考えないようにするか。
「こういう買い物にはもう誘うなよ?」
「たんぽぽは誘わないかもね」
「……有り得るな」
星とか面白がって誘いそうだ。
何とか回避する術を考える必要があるな。
それに、蒲公英だってまた誘ってくる可能性はある。
これだけ恥ずかしい思いをすると分かったんだし、2回目がないよう気を付けないと……
「今度は、兄様の服を選びに行こ♪」
「男物で頼むな」
「大丈夫だって。たんぽぽに任せて♪」
……この顔は絶対にまた女物買う気だ。
そろそろ蒲公英も含めて、周囲の連中の意識改革を考える必要が……
「ねぇ兄様」
「……ん?」
「ありがと」
「……何が?」
「今日、楽しかった」
「……そっか」
……ただ、楽しい日々が過ごせるなら、多少は寛大になってもいいかな。
自分の思考がいろんな方向に走ってるのがよく分かる。
混乱しそうになる思考はそのままに、帰路に着く足取りはなぜか軽かったわけで──
後書き
連続で下着関連のお話とか……
引き出しの少なさが露呈されてるようです。はい。
でもこんな風に甘えてくれる妹がいてもいいかなとは時々思います。
流石に毎日は怠いでしょうけどねw
では次話で
押して頂けると作者の励みになりますm(__)m