「たっだいまーなのだー!」
元気よく叫んだ鈴々を迎えてくれたのは、やっぱりいつものメンバーだった。
「鈴々……まったく、いくら平和になったからとは言え気が抜け過ぎではないか?いったいどこをほっつき歩いていた?」
「まぁ愛紗、そう強く言ってやるな」
「そうそう♪……あれ?鈴々、そっちの人誰?」
愛紗に星に蒲公英……
以前と何も変わらない皆に少し安心した。
よかった、あの大戦で大怪我とか負ってなくて……
「さっき、屋台で知り合ったのだ」
「そう易々と屋敷に連れてこられても困るのだが……」
まぁ、愛紗の言い分も分かる。
見ず知らずの奴を屋敷に入れたくないってのは普通だ。
「それで?鈴々が連れてきたのにも何か理由があるのだろ?」
「そうなのだ!このお兄ちゃん、ものっすごく強いから手合わせしてみたかったのだ!」
「そうなの?フーン……確かにイケてる顔してるけど、ホントに強いの?」
「……さぁ?張飛が勝手に言ってるだけだし、俺としては何とも……」
屋敷に戻るまでに、それほど会話を交わしたわけでもない。
なのに、鈴々は俺が強いと言う。
普通に考えれば、誰も信じるわけがない。
俺だってそう思ってた。
「ふむ……鈴々の見立てが外れることもまずない。確かに、相当腕が立ちそうだ」
「ほぉ?愛紗も私と同意見か」
「何で二人ともわかるの?」
「佇まいとか気配とかで、ある程度は分かるというものだ」
「過大評価だと思うぞ?」
自然、全員から笑みがこぼれる。
……この輪の中に入れたのは素直に嬉しい。
でも、やっぱり……
どこか寂しい……
「それはそうとお兄ちゃん、鈴々と手合わせしてくれるのだ?」
「ん?あぁ、いいよ」
「なら得物取ってくるのだ!ちょっと待ってて!」
言うが早いか、鈴々はあっという間に駆け出して行った。
「……元気いいな」
「アレが鈴々というものだ」
「如何にも……あれから元気を取れば何もなくなるのではないか?」
「同感〜♪」
「……そんなこともないと思うけど……」
以前に、元気のない鈴々と話したこともある。
見た目や言動から子供っぽく見られがちだけど、真剣に悩むことだってある女の子だ。
何時も真っ直ぐで、その真っ直ぐさに不安を感じて、甘えられたこともあったっけ。
そんな日々が懐かしくて、愛おしくて……
「いかがされた?」
「あ、いや、何でもない」
「……そう言えば、あなたの名前聞いてないよね?」
「あ、名前?悪いけど無いんだ」
「名が無い?」
「ちょっと色々あってね……あ、ちなみにみんなの名前は聞かせてもらってもいい?」
「あ、あぁ……私は関羽、字は雲長だ」
「たんぽぽはねぇ、馬岱って言うの」
「私は趙雲。ま、これも何かの縁だ。気兼ねなく字の子龍と呼んでくれて──」
不意に星が口を止めた。
流石に全員の視線が集中する。
その星はと言うと、何やら手を口元に当てて考え込んでる。
「どうした星?」
「……お主」
「ん?」
「失礼を承知で頼むが、その眼帯、取ってみてはくれまいか?」
「コレを?」
何を思ったんだろう?
ただ、星の目は真剣そのもの。
コレを有耶無耶に返すのは悪いな。
「ま、いいよ」
言われた通りに眼帯を外す。
……この左目の傷を誰かに見せる機会も少なかったっけ。
「へぇ〜……こうやって見ると、ちょっと女の子っぽく見えるね。ねぇ星姉様」
「……………」
「星姉様?」
「星?」
俺の左目を見たまま星が固まっている。
正直、こんな星は見たことがない。
何て言うか、“信じられない”とでも言いたげな表情の星は……
「あの……何かマズかった?」
「……お主、その目はどこで?」
「随分昔にちょっとした事故で、ね」
「……………」
星の表情が不機嫌な時のそれになった。
その理由、何となく分かる。
「……本当のことを言ってほしいのだが?」
「あんまり言いたくない……ってのは無し?」
「……いや、それならそれで致し方ない」
眼帯を付け直す。
すっかり置いてけぼりの愛紗と蒲公英が呆然としてる。
「星……一体どうしたというのだ?」
「……私とてそれなりに武を極めた一人だ。自分の付けた傷かどうかは見れば分かる」
「えっと……つまり、この人の目の傷が、星姉様の付けたモノだったってこと?」
「その通りだ。だが……私と会うのはこれが初めてなのだな?」
「……あぁ」
「だとすると、全く理由が分からん。なぜ初対面の彼に、私がつけたであろう傷があるのかが……それに先程のやり取りも、どこかでしたような気が……」
……聡い人は本当にすごい。
普通、自分の付けた傷なんて覚えてるか?
少なくとも俺には無理だ。
こういう部分、素直にすごいって尊敬させられる。
「愛紗ちゃーん!」
「っ!」
何とも言えない重い空気を、快活な声が払拭した。
全員その声の方を向けば、一人の少女が手を振ってこっちに走ってくる。
「(……桃香)」
天真爛漫な笑顔。
あぁ、前と何ら変わりない。
俺が好きになったあの笑顔で、桃香はいてくれてる。
寂しいって気持ちと嬉しいって気持ちが同時胸に込み上げた。
「桃香様?どうかされましたか?」
「ちょっとね?……あれ、この人は?」
「先ほど鈴々が連れてきた者です。なかなか腕が立つとか」
「そうなんだ!ねぇねぇ、名前は何て言うの?」
「……失礼、名は無いんですよ」
「あ……そうなんだ……ご、ゴメンね?嫌な話して……」
「お気になさらず」
ばつの悪そうな顔をする桃香。
……んー、そんな表情は似合わないなぁ。
「それで……腕が立つってことは、仕官したいってこと?」
「そこまで考えてないんですけどね。腕を見たいと誘われたので来ただけですよ」
「……むぅ〜」
「どうかしましたか桃香様?」
「あ、ううん?何となく、この人に敬語使われるのが嫌だなぁって思っただけ」
「いや……一国の当主に敬意を払うのは普通でしょ?」
「でも、なんか嫌なんだよねぇ……なんでだろ?」
……脳の記憶がないって言うのも酷な話だ。
雰囲気で俺の事を覚えてる。
でも、その雰囲気の説明ができない。
きっと、ここにいるみんな、もどかしくて仕方ないんだろうな。
「それより桃香様、どうしてここに?」
「あ、うん。ねぇ、恋ちゃん見てない?」
「……また、ですか」
「うん……」
恋が、どうしたんだ?
「……あの、何かあったんですか?」
「あ、実はね──」
「桃香様!いくら何でも初対面の相手に内情を話すのは……!」
「でも、この人なら大丈夫な気がするの。愛紗ちゃんは違う?」
「それは、その……」
愛紗がこれ以上止めないと分かったらしい。
桃香はそのまま俺に話を続けてくれる。
「あのね、あなたと大体同じくらいの背の、紅い髪の女の子見てない?」
「いえ……見てないですね」
「実はね、ちょっと前から様子がおかしいの。陽も昇らない内から屋敷を出て、そのままどこかを彷徨うように歩き回って、日がとっぷり暮れるまで帰ってこないの」
「以前からそんな傾向があったんですか?」
「有ると言えばあった。だが、精々3日に一度くらいの割合だったのが、ここずっと毎日だ。我々も気にしてはいるのだが、本人に聞いても答えてくれなくてな」
……恋、どうしたんだ?
無性に気になる。
ただ、その原因が全く思い浮かばない。
「……心配にもなりますね」
「でしょ?」
「私も一度、行動を共にしたことがあるのだが、アレは何かを探しているような感じを受けた。聞いても答えてはくれなかったが」
「愛紗にも言わないとなると、よほど深刻かもしれんな」
「でも、恋のことだし、そんなに心配しなくてもいいんじゃないかな?」
「でもでも!恋ちゃん、最近全然寝てないんだよ?!こんなこと今まで一度もなかったのに!」
……ダメだ、打開案が思い浮かばない。
今の俺が言ったところで、みんなの助力になるかは分からないけど……
「ま、恋の事は頭に置いておくとしよう。それよりもお主」
「あ、何?」
「よければ今夜……どうだ?」
酒を飲むジェスチャーをやってのける星。
いや、一応初対面ってことになってるんだぞ?
そんな相手と酒呑んで楽しいか?
「いや……確かに予定もないし、付き合う分には構わないけど……」
「なら決まりだな。美味い酒と肴はこちらで用意しよう」
「……何でそこまで?」
「……私にもよく分からんのだが……何となく、お主と呑む酒は楽しいと思ったのだ。それではダメか?」
「……そう言ってくれたなら、断る理由もないよ」
……でも、今俺の思考を支配しているのは恋の事だ。
一体何があったのか……
ただそれだけが気になる。
桃香や星たちと同じように、恋も俺の事は忘れてるはず……
だから、俺の事を探してるとかはないだろう。
なら、一体何で……?
後書き
さて、いよいよ次話で最終話となります。
思い返してみれば、最初にこの話を投稿したのが2011年7月10日……
寄り道したり道草食ったりで随分と時間がかかりました。
最後は思い残すことのないように、全力でぶつかります。
もしよろしければ、最後までお付き合いいただければと思います。
では、次話で
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