「ふぅ〜……温まる……」
調練も済んで、すっかり夜も更けた。
綺麗な夜空を見ながら風呂に入るってオツだよな。
先に恋たちは上がってるとはいえ、なんて言うかこう、独り占めするのがもったいないシチュエーションていうか……
まぁ、一緒に入れるような人間がいないんじゃ仕方ないな。
「この洛陽での夜景……元いた世界での夜空の数倍は綺麗だな」
「へぇーそうなん?」
「そうだよ?元いた場所なんて星がこんなに綺麗に見えな──んん?」
え、俺誰と会話したんだ?
この風呂には今俺しかいないはず……
「誰だ?!」
「ウチやウチ。そんな驚かんといて」
「霞?!っておい!?」
なぜ全裸なんだ!?
いや、風呂場だからか……
あ、ちが、そうじゃなくてだな!!
「さっき入ったんじゃないのかよ?!」
「ええやん?もっかい入ったかて」
「だとしても俺がいるんだから後にするとかだな……!」
「ナオキが上がったら、風呂掃除してまうやん?ほんなら一緒に入ったらええやん?」
ある程度文脈が整ってるのが腹立つ……
だからって混浴とか勘弁だって……
「分かった分かった。そんなに入りたいなら俺さっさと上がるから少し待て」
「一緒に入りたいんやけど?」
「……………あのなぁ」
「ほら、酒も持ってきたで?それに、このままやとウチ、風邪ひいてまうし、早よ浸からせてぇな」
「……もう、好きにしろ……」
何か口論する気が失せた。
そうだった、霞はこういう適当な奴だった……
俺がOK出してすぐに湯に浸かってきた。
……せめてバスタオルくらい巻いておいてほしかったんだが……
「あぁ〜……やっぱ風呂は気持ちええなぁ」
「そこには同意しておく」
「なんでそんな離れるん?」
「悟れ」
恥ずかしいからに決まってんだろうが!
まったく……
「ほら、ナオキの分の酒。呑みぃな」
「貰っておくけど……何か巻いてくれない?流石に目のやりどころに困る」
「そういうナオキかて、何も巻いてへんやん?」
「そりゃ俺一人だけだと思ってたからな」
誰もいないのに何で隠す必要あるかね?
と言うか、俺はすでに手拭い巻いたっての!
湯に浸かってるとは言え、全裸なのは霞の方だって……
恥じらいとかそういうモノ持ってないのか?
「恥ずかしいとか言ってるけど、ココはめっちゃ元気やん?」
「どこ触ってんだコラ?!」
「にゃははは♪何やったらナオキも触ってええで?」
「そこかしこ揉みしだいてやろうか……?」
油断してたから本気で焦ったぞ……
「せやけど、ほんまに星が綺麗やな」
「急に話題変えやがって……」
「まだコッチの方がええのん?」
「御免被る」
「なら星を肴に呑もうや」
俺の隣にちゃっかり居座りやがって……
もう胸が普通に見えててもいいんだな?
誰かこの子に羞恥心とは何かを教えてやってください。
「くはぁ……!やっぱナオキと呑む酒は違うわぁ」
「何が違うってんだ?」
「どう言ったらええんやろうな……?その、安心して呑めるって言うんが一番合ってるかな?」
「安心して?仕事の最中でも呑み耽ってるくせに?」
「それとこれとは違うんやって」
言いたいことがよくわからん。
それに、誰と呑んでても変わらず楽しそうにしてるよな?
人によって気の持ちよう変わるのか?
「はぁ〜……」
「……何を人の肩の上に頭置いてんだ?」
「気が楽」
「……霞、今日どうした?なんかいつもに増して甘えてくるじゃねぇか」
本当にいつもと違う。
甘えてくるのは普段通りだとしても、ここまでしてこない。
「……なぁナオキ」
「何だよ」
「ウチって……女として見える?」
「それ以外には見えないが?」
「……そう見てくれるんはナオキくらいやねん」
……何が言いたいかさっぱりだ。
「誰かに何か言われたのか?相談くらい乗るぞ?」
「言われたんとちゃうねん……言われへんねん」
「じゃあ何を言ってほしかったんだ?」
少し考え込んだ霞。
両手の人差し指をもじもじさせながら、言おうとしてることを頭の中で整理しているみたいだ。
ほんと、いつもらしくない。
もっとおちゃらけてほしいと、何となく思った。
「ウチだってさ、時には女として見てほしいわけよ」
「まぁそういう気分の日もあるんだろうな」
「けど、普段から女として見てくれてんのって、ナオキくらいやん?」
「普段の行動が行動だからな」
「ほな、何でナオキはウチを女として扱ってくれるん?」
「……何でって──」
だって、霞はどう見ても女性だし……
男っぽい口調もまれに見えるけど、外見がそもそも女性だ。
時折可愛らしいしぐさだってする。
豪胆だけど、女らしい気の使い方もする。
そんな相手を、女として扱わないわけないだろ?
「……恥ずかしいこと言わそうとするな……」
「へ?」
「だ、だから……!俺はちゃんと、見た目以外の部分でも霞が女だって認識してるから、そういう扱いしてるだけであってだな……!」
あー……もう!
こんな恥ずかしい話したくねぇ!
酒呑むんじゃなかったのか?!
と言うか、こんな話、酒呑みながらじゃないとできるか!
「ええ呑みっぷりやなぁ」
「こんな話させた霞のせいだからな?」
「けど、そう見てくれてて嬉しいわぁ」
霞も自分の猪口を空にして、また酒を注ぐ。
俺の空になった猪口にも注いでくれた。
んで、二人して空を仰いだ。
降ってきそうな星空は、ずっと静かに煌めいている。
「でも、霞もそんなこと気にするんだな」
「時々やけどな……何か今日はこんな気分やねん」
「俺はいつもの方が好きだけどな」
「そうなん?」
「霞は元気いっぱいって印象が強いせいもあるけど、いつも以上にしおらしいとかえって心配になる」
「そんなもんなんや……」
……何を柄にもなく俺は小恥ずかしいこと言ってんだ?
これは、その、あれだ!
早々と酒に酔ってるせいだ、うん!
「なんかもう酔ってきた気がする……」
「ええんとちゃう?ウチはもうちょい、この空気に酔ってたいんやけど?」
「……そんなら、のぼせるまではこのまま呑むか」
「ほんなら、それで……」
●
流石に長湯しすぎたか?
少しフラフラするな……
ま、部屋まではそんなに距離もないし、ゆっくり歩けばいいか。
……んで?
「霞の部屋は向こうの筈だけど?」
「今日はナオキと一緒に寝よう思ってるんやけど?」
「俺に拒否権は?」
「今日くらいええやん」
霞ものぼせてるのか、ゆったりした足取り。
その足取りのまま、俺の腕へとしがみついてくる。
互いに火照ってるから、ちょっと暑苦しい。
「恋とは何日か一緒に寝てたんやろ?」
「確かにそうだが……」
「せやったら、ウチともええやろ?」
「……ハァ、いいけど、少し体を冷ましてからな?」
長湯のせいで熱いんだって。
すぐに横になりたくない。
冷たいものでも飲んでからにしたいんだよ。
……牛乳とかはないから、水ぐらいしかないがな。
「冷酒でも持って来よか?」
「流石にもう酒はいい」
「ほんならどうするん?」
「部屋に水を置いてあるからそれでいい」
水差しは常備してあるんだ。
風呂上りとかだけじゃなくて、夜中不意に喉が渇いた時とか用に。
霞も飲むとか言っても問題ないはずだ。
そのくらいの余裕はある。
「……………」
「ん?霞、どうかしたか?」
「んーん、何もない」
じゃあ俺の顔チラチラ見んなよ。
……っと、もう部屋に着いたか。
「いつも思うけど、ナオキの部屋って綺麗やな」
「散らかすほど物がないからな」
腕を解いて、俺はさっさとベッドに腰掛ける。
上着は風呂場からすでに脱いでるから、後は横になるだけでいい。
その前に水だけは飲んでおくが。
「あ、霞も水飲む?」
「貰うわ」
「んじゃ、先に飲んで。湯呑みは一つしか無いんで」
「ほなお先に」
湯呑みに水を注いで霞に手渡す。
やっぱ喉乾いてたんだな、すぐに飲み干しやがった。
「ほい」
「ども」
俺も一気に飲み干す。
ふぅ、冷たい水が火照った体に染み渡る。
ちょっと伸びをして、改めてベッドに向かう。
「んで?マジで霞も一緒に寝るの?」
「そう言うたやん」
「んなら、先に横になる?後がいい?」
「ほな後で」
別にもうどっちでもいいんだがな。
霞が後からって言ったから先に横になる。
勿論、霞に背を向けるように。
「何でそっち向くん?」
「寝てる時に間違って変なところ触りたくないから」
「そんくらい構へんで?」
「俺がよくない」
「ええからって!こっち向いてぇな」
何を今日に限って駄々っ子になってやがる……
んー……そっち向けって?
「ほら、これでいいか?」
「後は腕伸ばしといて?」
「腕を?何する気だ?」
「ナオキの腕、枕代わりにするだけやて」
あぁ、腕枕しろってか。
でも聞いた話だと、これってした方の腕痺れるんだろ?
それは嫌なんだが……
……でも、この部屋に来ることOKにした時点で拒否権とかないよなぁ……
「ほれ」
「〜〜〜♪」
随分と嬉しそうに横になってきた。
別に重くはないけど、これは下手するとマジで朝になったら痺れてそうだ。
それはともかく、顔の距離がマジで近い……
「顔近いが大丈夫か?」
「ウチは平気やで」
ならいいか……
「ン……やっぱ、ナオキと一緒におる時が一番安らぐわぁ」
「急にどうした?」
「月の気持ちがよぉ分かるなぁて思っただけ」
何でそこで月さんの名前が出てくるんだ?
まぁ、あの人も少し俺に甘えてる部分があるかもだけど。
「なぁ?」
「何だ?」
「ここまで優しくしてくれるん、何でなん?」
「……………」
別に優しくしてるつもりはない。
ただ、放っておけないだけだよ。
「俺はさ」
「うん」
「いつも元気な女の子が、こんなにしおらしいと、心配なだけだ」
「律とかやと、“なよなよするな!”で終わるで?」
「俺がそう言わないと分かってて来たんだろ?」
「……せやな。ナオキやったら、多分、弱い部分見せても笑わんって思ったわ」
別に霞に限った事じゃない。
俺は人の弱みを握りたいとかは思わない。
でも、自分から見せてくれるなら、力になりたいとは思う。
今、霞の力になれてるのかな……?
「戦場やったら、自分で自分のこと笑えんねん。せやけど、何もない普通の日々の中やと、ホンマに稀に、不安になんねん」
「その気持ちは分からなくないよ」
「ウチは律みたいに阿保やない。詠みたいに頭も良ぉない。だからどうしたらええかわからん」
「……そっか」
「なぁナオキ、ウチ、どうしたらええかな?」
こんなに不安に押しつぶされそうな霞を見るのは初めてだ。
どうにかしてあげたいけど、俺程度でどうにかなるんだろうか……?
「俺も頭がいい方じゃないからわからない」
「……そうなん?」
「でも、力添えはできると思う。今、どうしてほしい?」
「……ほんなら、ギュって、力一杯抱きしめてほしい」
「そんなんでいいのか?」
「そうしてくれると嬉しい」
言われた通り抱きしめる。
豪傑と呼ばれる目の前の彼女は、年相応に細い腕とふくよかな体つき。
胸と胸とがくっついて、互いの鼓動も聞こえる。
シンクロすることはないけど、ずれて聞こえるその音がどこか心地いい。
「なんや、温かいわぁ」
「風呂上がりだからじゃないのか?」
「それとは違う温かさや」
言わんとすることはよく分かる。
俺もその温かさを感じてる。
心を包み込んでもらってるって言う感覚かな。
「ナオキは強いな……こんな弱い人間、受け止められるなやんて」
「俺だって弱い部分はあるよ。そうじゃなきゃ、今こうやってて、安堵なんかしない」
「ナオキも落ち着いてんの?」
「鼓動は早いけどな?」
「にゃはは♪せやな、なんか音も大きいわ」
女の子抱きしめてりゃ、そりゃ早くも大きくもなるって……
「けど、ナオキの音のおかげで落ち着いてきたわ」
「そりゃ何よりだ」
「ウチが先に寝てもこのまんまでいてくれる?」
「霞がそれでいいんなら」
「ほんなら……おやすみ……」
「おやすみ」
それから数分と経たないうちに、穏やかな寝息が腕の中から聞こえてきた。
正直、驚いてばっかりだった。
いつもは豪放磊落で、戦場では一騎当千な彼女も、こんな女の子らしい弱さを持ってた。
でも、それを俺に見せてくれた。
信頼されてるって証拠だろう。
なら、その信頼に応えてこそ男ってもんだ。
これからの日々も大事にしていこう。
誠実に、着実に、その信頼に応えられるような人間になるために。
後書き
何となく普段とは違う霞を書いてみたかったのでこんな感じになりました。
もうちょっと普段通りのイベントにしても良かったかとは思うんですが……
でもまぁ、個人的に魅力のあるキャラなので、頑張って脚色してみました。
ではまぁ、また次話で
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