「だからだなっ!」
「あのなぁ!」
……通りがかる給仕が足を止めるくらいの大声。
何してんだと聞かれれば、答えは簡単だ。
律と喧嘩してんだ。
「何度も言っているであろう!私一人で事足りると!」
「猪突な奴一人で行かせられるか!相手は頭使ってくるって何度も言ってるだろうが!」
「私が遅れを取るとでも言うのか!?」
「そう聞こえてんなら素直に聞け!」
……実はな?
最近、山賊が幅を利かせてるって情報が入った。
その討伐に律が行くことになったんだが……
詠や音々音に劣るとは思うが、軍師のポジにいる奴もいるらしい。
猪突猛進って言葉がぴったりの律一人で行かせるのが心配なの、分かってくれるかな?
「同行させろとは言わねぇが、せめて誰か連れていくとかだな!」
「山賊風情に後れを取るか!いい加減にしろ直詭!」
「いい加減にするのはあんたらよ!!」
怒鳴り合ってる俺たちに怒鳴り声で割り込んできた奴が一人……
否が応でもそっちの方を俺たちは向く。
まぁ、声で誰かは分かってたんだがな。
「詠、黙っていろ!そもそも直詭だがな──」
「今回は口出しすんなよ?律がだな──」
「さっきから耳障りなのよ!喧嘩するならよそでやりなさい!」
「「喧嘩じゃない!!」」
……いや、喧嘩か……
「互いの意見聞き入れるつもりがないならもういいわ!あんたら、二人だけで山賊とっ捕まえてきなさい!」
「私一人で十分だと言っているだろうが!」
「まだそんなことを──」
「うるさいってのよ!!いい、夕刻までに捕えてこられないなら、あんたたち二人とも外出禁止にするからね!」
……何だと?
今はもう昼過ぎだぞ?
こっから夕刻までって言うと、往復の時間を除いて4時間くらいか。
いくらなんでも厳しすぎるだろ?!
「詠!それは何でも横暴すぎるだろう!?」
「言い訳は沢山よ!律は自分一人で十分だって言う、白石は頭を使うやつがいるから誰か連れて行けという……ならあんたたち二人だけで行ってくればいいじゃない!」
「……チッ、分かったよ」
「直詭?!」
「喧嘩両成敗……そういう事だな?」
「白石……律に流されて一緒に熱くなってどうするのよ……?」
……言われりゃその通りだ。
聞き訳が悪すぎたせいだけじゃなくて、俺も少々短慮だったな。
もうちょっと言葉を選べば喧嘩まで発展することは無かったかも──
……後の祭りと言うやつだな、これは……
「……詠、情報くれる?」
「ダメ。律は山賊風情に負けるわけないんでしょ?」
「この……!」
「もういい……詠のお蔭で頭も冷めた。律、さっさと行くぞ」
「何だと?!だから待て、私一人でいいと──」
「これ以上話を拗らせるな。一緒には行くけど、後は好きにすればいい」
もうこれ以上は妥協しねぇぞ?
これでもまだ嫌だって言ったら──
「……………」
「んじゃ詠、行ってくるわ」
「分かってるわよね?刻限は夕刻までよ」
「憂さ晴らしがてら行ってくる」
少し律を引き摺る様にその場を後にする。
城門に向かうまで、お互い一言も口を利かない。
……てか、詠の奴、馬すら用意してくれないんだな……
「……律」
「……何だ」
「謝る気はないんだろ?」
「当然だ。私は何も間違ったことは言っていない」
「俺もだ。だから俺も謝らない、いいな?」
「……好きにしろ」
ハァ……
お互い大きな溜息を吐いた。
まだどこか熱が冷めてないんだろうな。
こうなったらこの熱、山賊どもにぶつけさせてもらうか……
●
「あれか」
「あれだ」
山間の中にある洞窟の中に、山賊たちのアジトを見つけた。
パッと見て、大体数は30人くらいか。
中の方までは暗くて遠くからは見えない。
とは言え、統率された軍じゃないんだ、周りにいる連中は見回りすらしていない。
「んで?突撃するのか?」
「当然だ」
「じゃあ俺は待ってるから」
「私一人で十分だということ、その目に良く焼き付けておくとよい」
はいはい……
ただし、焼き付けるというか、見ておくだけのつもりは毛頭ないんで。
「あ、律」
「何だ?」
「一応言っておく、武運を」
「……一応受け取っておく」
お互い目も合わせず、それだけの言葉を交わした。
一拍おいて、律が飛び出していった。
それを背に感じて、俺も行動を始める。
「さーて、と」
あらら、早速はじめやがったか。
もう悲鳴と怒声が聞こえてきたよ……
別に好きにしてはいいと言ったけど、もうちょっと警戒をだな──
「……いや、さっさと俺も動けばいいだけだ」
取り敢えず周囲を見渡す。
いくら何でも見回りがいないって言うのはおかしいと思うんだ。
この山賊は軍師を抱えてるって聞いてるし。
なら、多少なり罠の可能性を考えておかないといけない。
俺が言いたいのはそういう事だ。
「んー……伏兵の心配はなさそうだが……」
周囲からは大して気配は感じられない。
だとすると、他の罠があるかもしれない。
……待てよ?
アジトが洞窟ってことは──
「……閉じ込められたら一巻の終わり……あ」
そんなことを考えつつ、上の方を向いてみた。
洞窟の上に位置する崖の上に、巨石がいくつも積み重なってる。
あんなのが降ってきたら間違いなく閉じ込められるだろう。
閉じ込められなかったとしても、避け損ねたら大怪我するのは必至……
「……先に行っておくか」
少し気配を殺しながら、それでも急ぎ足に、崖の上へと向かう。
登攀する必要はないけど、道が悪いのは事実。
踏み外すと怪我するな、これは……
「よっと……ん?」
何とか崖の上へとたどり着いた。
そこには、二人の人物がいた。
一人は黒髪をなびかせた女で、片手に大剣を持っている。
もう一人はヒョロッとした男で、崖下の様子を眺めている。
山賊の仲間と見ていいのかな?
「(まずは話を聞かないと分からんな……)」
無暗に近づいたとしても仕方ない。
しばらく身をひそめて様子を伺うか。
「本当にお前の言ったとおりに、華雄一人で来たようだな」
「言ったでしょ姉御?でも、他の連中はどうするんです?」
「奴らには中に留まるように言ってある。頃合いを見て、私がこの岩を落として終いだ」
ふむ……
どうも、この女性が山賊の頭のようだな。
んで、その隣の男が軍師、か……
しかし何で、律が一人で来ると分かったのやら……?
「(こちらの情勢をつかんでるのか?だとするとこの軍師、結構やり手かもしれない──)」
「良将とは言え華雄は猪、僕らの情報が入れば一人ででも来るとは思ってましたよ」
「しかも、常に私たちは少数で動くようにしていたから、一人でも十分だと判断するだろう……流石お前だ」
……やり手だと思ったのは撤回しよう。
いくら何でも穴があり過ぎる。
他の武将が来たときはどうするつもりだったんだこいつら?
現に、俺もこうやって来てる訳だし……
「(所詮は山賊風情と言うか、ちょっと頭の回転が速いだけの奴だったか)」
ま、着いてきて正解だったな。
ちょっと律とは相性が悪かったかもしれん。
さてさて……
「そこの二人、動くな」
「「?!」」
刀を抜きながら、二人に対して声を発する。
驚きながらこっちを見た二人の顔、まぁそりゃビビるか。
ただ、軍師の方はいくらなんでも驚き過ぎだ。
「董卓の臣下の一人、白石だ。山賊行為を働いたお前らを捕縛させてもらう」
「なっ?!華雄一人で来たはずじゃなかったのか?!」
「白石、だと?……姉御、こいつは少々厄介な奴が引っ付いてきましたよ」
厄介とは失礼な奴だな……
「チッ……!まぁいい、華雄一人だけでも殺せれば、私たちの名も挙がるというもの……お前も私たちのお膳立てに使わせてもらうぞ!」
「まぁ、できるならすればいい。ただし、今の立ち位置も分からないようじゃ話にすらならないけどな」
1対2とは言え、相手の後ろは崖だ。
しかも、片方は多分戦う術を持っていないだろう。
足場も崖に近づくほどに悪くなってるようだし、明らかにこっちが有利だ。
ま、ぶっちゃけると、手を出すつもりはほとんどないんだがな……
「んで?ひょっとしてその岩でも落そうってのか?」
「御明察……今なら華雄を閉じ込めることもできるしな!」
「ほぉ?そんなこと考えてたのか……」
いや知ってたけどな?
「ただ、俺の方に気を取られ過ぎじゃないのか?」
「何だと?」
「まぁまぁ、下を見てみれば分かるぞ?」
頭の方が軍師に顎で合図した。
んで、軍師の方が崖下をのぞき込んだ。
別にこの隙に攻めるつもりもない。
さぁて、どんな光景が写ってるんだろうな……
「あ、姉御!下の奴ら全員がやられてます!」
「何だと?!」
「ま、律を止めたければもう百人くらい呼んでおくべきだったな」
しかも洞窟の中とか、そんな狭い場所だと戦い方も制限される。
律は腕っ節が強いだけじゃない。
いろんな戦い方も知っているからこそ強いんだよ。
「ま、安心しろよ。俺は別に刀を振るうつもりはない」
「何だと?」
「何せ、律は一人で十分だと言ってるんだ。俺はそこを否定したつもりはない──なぁ律?」
俺との話に夢中になってた山賊の頭が驚いた。
俺の後ろに、律が得物を構えて立っている。
どうやってこの場所を知ったのかは分からないけど、ま、早い方だったかな。
「……直詭、お前……」
「話は帰ってからでもできる。始末は任せるよ?」
「いいのか?コレを見つけたのは直詭の手柄だぞ?」
「ここに来る前から決めてたんだ、手は出さないってな」
「……………」
「手柄を譲るわけじゃない。詳しいことは帰ってからで、な?」
刀を収めながら律にその場を譲る。
……しかし、どうやってこの場所が分かったんだか?
いや、下にいた連中脅せばわかるな。
「さて……この華雄を謀ろうとしたこと、思い知らせてやろう!」
●
詠の言ってた刻限には余裕をもって間に合った。
結局あの後、山賊の頭の首を律が取ってお終い。
軍師の方はしょっ引く形になった。
……ただまぁ、まだ問題は終わってないわけで……
「……こういう時は、男の方から行く方が筋なのかな」
そんな感じに独り言ちながら、今、律の部屋の前にいる。
……何か緊張するが、このまま立ち尽くしていても仕方ないな。
「律、いるか?」
「直詭?何か用か?」
「まぁな。入っていいか?」
「……入れ」
許可が下りたので入らせてもらう。
律の部屋も俺の部屋に似て物が少なく整然としてる。
ベッドに腰掛けてる律は、どことなく考え事してる様に見える。
「私に何か用か?」
「あぁ……その、一応は謝っておこうと思って」
「謝る?何をだ?」
「その、な?やっぱ喧嘩したままってのは嫌で……」
山賊討伐の時からずっと気になってた。
喧嘩したままって言うのはやっぱり気分も良くない。
だから、ちゃんと謝って仲直りはしておきたい。
「……悪かった。頭ごなしに怒鳴ったって、互いに分かり合えるわけないな」
「直詭……」
「今日に限って、俺もどうかしてたんだよ。もうちょっと言葉とか選べば──」
「い、いや……!その、謝るというなら私もだ」
「律?」
……律が謝ってくる?
なんて言うか、珍しいような……
「ちゃんと直詭の言葉を聞いていなかった私にも責はある。と言うより、その、だな……」
「ん?」
「その、はっきり言うと、少し怖かった」
「怖い?何が?」
「詠や霞に言われるならまだしも、直詭に否定されると、その、見捨てられたような気になる」
見捨てるだと?
別にそんなつもりは微塵もない。
でも、こんな風に弱音を吐かれるとは思ってなかった……
「見捨てるなんて……俺はそんなつもりは──」
「分かっている!だが、その……直詭は、いつも先走る私の味方になってくれることが多い。だから、今日はそれがなくて、少し怖かった」
「……律が怖いって言うと、正直驚くな」
「戦場では恐れなど感じないくせにな……こういう日々の中だと、味方がいないことが怖いと思うことがある」
……貴重な言葉だった。
律は、いつも強く見える。
何事にも過剰と言うくらいに自信を持っている。
弱音を吐かれるなんて、考えもしなかった。
「……俺さ、怒鳴り合ってる時、何で怒鳴り合ってるか分からなくなってた」
「……直詭もか?」
「まぁな。普通に話し合いできる相手なのに、何でこんな風に喧嘩してるのかって……自分が馬鹿みたいに思えてた」
「私もだ。詠が止めてくれて、正直ホッとした部分がある」
「何だ、律もか……」
お互い笑みが漏れる。
なーんだ、俺も律も、喧嘩してて気分悪かったんだ……
さっさと互いの気持ちに気づいてやめればよかった。
ま、今更って言うのはあるけど、ちゃんとお互いの気持ちを伝えられたならそれでいいか。
「……くくっ」
「ふっ……」
「今回のはいい教訓になったよ。もうちょっとお互い、相手の言葉に耳を傾けることを覚えるべきだな」
「後は、すぐに熱くならないように、だな」
「まったくだ」
「と言うかだな、直詭。なぜ今日に限ってあんなに怒鳴ってきたんだ?」
うっ……!
そこを聞かれると少々面倒くさいんだが……
「た、ただの……」
「ただの?」
「ね、寝不足で、な……?」
「はぁ?!それだけのことで私は怒鳴られたのか?」
「い、言うなって!」
ここ最近ほんとに寝つきが悪くて、ちょっとイライラしてたんだよ……
お蔭で今日はこのありさまなんだ。
「なら今日はさっさと寝ろ。また怒鳴り散らされては堪らん」
「だよな。今日は早めに寝させてもらうか」
「……直詭」
「ん?」
部屋から出ようとしたあたりで再度呼び止められた。
何かと思って振り向くと、徳利が飛んできた。
勿論すごい勢いとかじゃなく、楽に受け取れるような勢いでだ。
「律?」
「仲直りの証と言うやつか、私の好きな酒だ。今日はそれでも飲んで寝ろ」
「おやおや、俺は気を遣わせちゃったのか?」
「気遣いと言うわけではない。ま、気に入らなければ飲まなくていい」
「いやいや、ありがたく飲ませてもらう」
中身は大凡半分くらいか。
少しふたを開けて中を開けてみると、ほんのりといい香りがする。
いつもの言動に似合わず、随分と可愛げのある酒を好むんだな。
「この酒強めか?」
「水と変わらん。だが、味は私の好みだ」
「そこまでは強くない、か」
なら、寝る前にはちょうどいいかもしれない。
ありがたく飲ませてもらおう。
「んじゃ、おやすみ」
「あぁ。よく寝ろよ」
笑顔で送られて、部屋を後にする。
ま、律と仲直りできて何よりだ。
この酒も、その証だってことだし。
「……ま、今日はよく寝れるだろう」
後書き
恋姫の中で、主人公と喧嘩してるような描写ってなかなか見られなかったので頑張って書いてみました。
ただ、冒頭だけなのが悔やまれます。
まぁ、桂花と一刀はしょっちゅう喧嘩してたかな?w
ではまぁ、また次話で
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