「……んー、どこ行ったんだ?」


もうずいぶんと日も傾いてきた。
なのに今日一日、まだ恋の姿を見ていない。
警邏を任されてるとか、調練に出ているとかも聞いてないし……
何より、昼食の時に顔さえ見てないって言うのはおかしい……


「あ、音々音」

「白石殿?ちょうどよかったのであります」

「ん?俺に何か用でも?」

「はい。恋殿をお見かけしていないのでありますか?」

「音々音もか……」

「白石殿もでありますか?!」


いつも一緒にいる音々音さえ見てないのか……
まさか何かあったのか?
いやでも、仮にもあの呂布だぞ?
大怪我おったとかそんなの冗談にも聞こえないし……


「音々音はいつから見てない?」

「朝食の際にはおられたのですが、それ以降は……」

「俺と同じか」


どこかにフラッと出かけただけなら全然問題ない。
ただ、大抵の場合だと誰かに一言あるもんだ。
それがないって言うのはちょっと心配だ。


「心当たりとかあるか?」

「皆目見当もつかないのであります……」

「……探しに行ったほうがいいのか?」

「ねねもそうした方がいいかと思っているのでありますが……白石殿、お願いしてもよろしいでありますか?」

「ん?音々音は外せない用事でもあんの?」

「急ぎで片付けなければならない雑務が……居ても立っても居られないのでありますが、白石殿にならまだお任せできるのであります」


そうだよなぁ……
いつもだったら、イの一番に恋を探すのは音々音の役目だ。
ま、その次くらいには信用されてるみたいだな。


「なんか面倒事でも起こったのか?」

「少々……どうも、ここ最近暴れまわってる賊がいるらしく、その報告書が」

「成程……」


詠だけじゃ処理しきれなかったってことか。
それとも、それほどの脅威でもないってことなのか。
とりあえず、音々音は忙しくて探せない、と。


「分かった、引き受ける」

「助かるであります」

「まずはほかの面々に訊いてからにするけど、何か聞いてない?」

「むー……」


考え込んじまったか……
多分、本当に何も聞いてないんだろう。
だとすると、見かけたやつを探した方が早いかもしれないな。


「じゃあ音々音、他の奴らに聞いてくるから、何か思い出したら言って」

「承知したであります」


音々音にそう告げて、とりあえず食堂に向かう。
今日の午前中はここで雑用してたけど、朝一番に恋の姿は一応見た。
ただ、それ以降は見ていないんだよなぁ……
午後からは代わってもらったし、見たやつがいるかもしれない。
多少賭けだが、まずはそこに向かってみた。


「お、律。ちょっといいか?」

「どうかしたのか直詭?」


調練でも終わった後なのか、律が一人で軽食を取っていた。
見かけてたら助かるんだが……


「なぁ、恋見かけてないか?」

「恋?いや、私は見ていないが……」

「そうか」

「何だ?いないのか?」

「あぁ。朝に見かけたキリだ」


そう言うと、何やら考え込んだ様子だ。
……何か思い出したとかかな?


「そう言えば、城門の方で霞と話しているのを見かけたな」

「それ、いつのことだ?」

「それこそ朝一番だ。何を話していたかまでは聞いていないが……」

「それで十分だ。ありがと」


ふむ、とりあえず霞と話していた、と……
なら霞に当たるのが妥当だな。
さて次は、霞を探すのか……
……これで先に恋を見つけたら何もいう事ないんだが……


「じゃあ律、霞はどこにいるか知ってる?」

「今の時間なら風呂に入ってるはずだが?」

「……風呂か」


別に霞は長湯する方じゃない。
でも、ちょっと急ぎたいからなぁ……
とは言え、上がってくるのを待つしかないな。


「ありがと。んじゃ、俺行くわ」

「あぁ。何か思い出したら声はかけるぞ」

「頼むわ」


そう告げて、律と別れる。
んで、次に向かうのは浴場。
頼むからいいタイミングであって欲しい……


「……っ!霞!」

「何や?」


ナイスタイミング!
ちょうど浴場から出てきた霞を捕まえることができた。
いやはや、日ごろの行いがいいせいだな、うん。


「ちょうどよかった、もう風呂は上がったのか?」

「せやけど……何かあったん?」


風呂上がりだからか、まだ乾き切ってない髪とかのせいで妙に色っぽい。
……てか、羽織くらいちゃんと着ろ!
晒だけとか、場所が場所なら捕まるぞ?!


「ちょっとな……それより、恋見てない?」

「恋?せやなぁ……朝に話したキリ見てないわ」

「その時、どこかに行くとか言ってた?」

「そん時?……ちょい待ってな、思い出すさかい」


頭をひねって、今朝の事を思い出してくれてるらしい。
何事もない事だけ祈ることしかできないな。
まぁ、恋だから多少なり安心はできるけど……
これだけの時間帰ってこないとなると、さすがにな……?


「せや。何や、河原の近くの洞窟がどうのこうの言うてたで」

「洞窟?」

「よぉ分からんけどな……多分、そこ行ったんちゃう?」

「ありがと、行ってみるよ」


それだけ言って、すぐに踵を返す。
ここから河原まではちょっと距離がある。
流石に急がないと完全に日が落ちる。
それまでに見つけておきたいって、何となくだけど思ってしまった。


「あ、ナオキ」

「ん?」

「あの辺、盗賊の一味がうろついてるらしいし、一応得物は持って行っとき」

「ん、分かった」


そんな物騒な場所に何しに行ったんだ?
まぁ、俺も怪我はしたくないから得物持って行くか。
……何事もありませんように……
なぜだか、そう強く思わざるを得なかった。











「くっそ……結局日は落ちたか」


もう辺りは真っ暗だ。
月明かりがあるとはいえ、河原の付近は森になってる。
森の中を通るなら、松明はあった方が無難だ。
……と言うわけで、左手には松明を持った状態だ。


「おーい、恋ー!」


呼びかけても返事はない。
件の洞窟って言うのも見当たらない。
んー……どうしたもんか……


──ピチャッ


ん?
今足元で変な音しなかったか?


「何か踏んだのか?」


そう思いながら、松明を足元に近づける。
……近づけて、思わずゾッとした。
そこにあったのは……


「……血溜り?」


かなりの量だ。
戦場でも見かけたことのある、致死量に等しい血溜り。
少し前の方を照らせば、人だったモノがそこには転がっている。


「……………」


思わず息を呑んだ。
何かあったのは間違いない。
ただ、その何かが想像できない。
代わりに、頭を過ったのは一人の存在……


「恋──」


さっきよりも大股に、辺りを捜索する。
そこにあったのは人一人だけのモノじゃなかった。
大凡、20人くらい……
人だったモノがいくつも転がっている。
それらのモノの中には、まるで、何かから逃げてきたような表情のモノもあった。


「……何があったんだ?」


一旦足を止めて、その死体を少し観察してみる。
どれもこれも似通った年の男ばかりだ。
腰には安物の刀を携えている。
人相も悪いと言っていいような奴ばかり……
……ひょっとしてこいつら──


「音々音や霞の言ってた盗賊か?」


どの程度の規模かは聞いていなかったけど、20人程度なら盗賊団としても成り立つだろう。
その盗賊が、無残にも死んでいる。
多分だけど、中には逃げ延びたやつもいるだろう。
だとしても、ほとんどが死んでるって……


「……ん?アレは……?」


死体の転がっている道をたどっていくと、少し大きめの洞窟があった。
多分、件の洞窟だろう。
……中に、何かいるのか?


「……………」


警戒は強めたまま、その洞窟の中へと足を踏み込む。
松明で中を照らすと、そこにはただただ目を疑う光景があった……


「……っ?!恋、どうした!?」


そこには、探していた恋がいた。
ただ、全身血まみれと言う凄惨な姿で横たわっている。
松明の弱々しい灯りでは、怪我をしているかまでは分からない。
幸い、息はしているようだけど……!


「恋、恋!?」

「……………」


……待て、少し落ち着け、俺……
脈は……正常だな。
だとすると、寝てるのか?


「クゥーン……」

「ワゥ」

「ん?何だ、野犬か?」


いや、オオカミなのかな?
恋の腹の下から顔をのぞかせてる。
松明の灯りでも何となく毛の色とか顔立ちとかが犬と違うってわかる。
3匹いるけど、どれもまだ子どもだな……
……ん、親がいないな……?


「何があったんだ?なぁ……?」

「ワゥ?」


子供のオオカミに訊いても分かるわけないか……
ただ、随分と懐っこいな。
少し手を出しただけで、それを甘えるように舐めてきた。


「ん、んぅ……」

「あ……」


俺とオオカミとのやり取りが耳に入ったのかな?
恋が、うっすらと目を開けた。
……さっきは気付かなかったけど、涙目?
何があったか、教えてくれるかな……?


「恋、起きたか?」

「直詭?どうしてここにいるの?」

「あんまり帰りが遅いから迎えに来たんだ……なぁ恋、何かあったのか?……いや、その前に──」

「……………?」


体を起こしながら、俺の方に顔を向けてくれる。
そのまま膝の上にオオカミを一匹乗せて、頭を優しく撫でつける。
見た感じ、怪我とかはしてないとは思うが……


「その血……どっか怪我したのか?!」

「……(フルフル)」

「そう、か……」


てことは、さっき見つけた奴らの返り血ってとこか。
まずは一安心だな……



「それで?随分帰りが遅かったようだが……?」

「この仔たちの親がいなくなった」

「代わりに世話してあげてたのか?」

「……………(フルフル)」

「じゃあ、探してたのか?」

「……(コクッ)」


ふむ……
つまりは、今朝の段階ではこのオオカミの親がいないと知ってたんだな。
昨日の時点で知ったと考えるのが無難か。
んで、霞にオオカミの親を探しに行くとでも伝えたんだろう。


「親、見つかったのか?」

「…………………………(コクッ)」

「……どこにいるんだ?」

「……あっち」


やや震えた声で、恋は洞窟の奥を指さした。
立ち上がって、松明で照らしながらその奥へと向かう。
……そこには、明らかな太刀傷で息絶えた、オオカミが横たわっていた。


「……これ、誰が?」

「外にいた奴ら……」

「……ってことは、恋があいつらを……?」

「……………(コクッ)」


……少しおかしい……
いくら恋が動物好きだとは言え、親オオカミを殺されたからと言って復讐まではしないだろう。
他に何か理由があったと考えるべきか……


「そいつら、他に何かしたのか?」

「……試し斬りって、この仔たちも、斬ろうとした」

「それで、守るために……?」

「……………(コクッ)」


……よっぽど、恋の怒りに触れたんだろう。
その光景を想像することはできる。
多分だけど、盗賊の連中はオオカミの一家に対して何も感じてなかったんだろう。
体のいい試し斬りの相手程度の認知だったんじゃないかな……?
そんな雰囲気や言葉を投げかけられたら、いくら恋だって……


「恋……疲れたんじゃない?」

「……怒らないの?」

「ん?何を怒れと?」

「……………」


別に怒るところはないんじゃないのか?
どうせあいつら、しょっ引いたところで打ち首だ。
そう言う被害報告も聞いてるし……
……ま、やり過ぎたとは思うけど、責める必要はないだろう。


「隣座っていいか?」

「……(コクッ)」

「よいせっと……恋、疲れたろ?」

「……分かるの?」

「そんな顔してる恋、滅多に見ないからな」


少し涙目になりながら、やつれた表情をしてる。
きっと、いつも以上に感情が爆発したんだろう。
そうじゃなけりゃ、戦った後の恋がこんな表情をしてる訳ない。


「恋のそういうところ、ほんとに好きだよ」

「……………?」

「そういう、人以外の動物のために、本気になれるところ、な。今回も決して間違ってない、俺が保証する」

「……ありがと」

「ん。どうする、もうちょっと休むか?」

「……………(フルフル)」


仔オオカミたちを抱えながら、恋は立ち上がった。
同時に首も横に振った。
……そっか。


「んじゃ、帰るか」

「あ、直詭」

「ん?」

「……おんぶ」

「分かったよ……お前ら、付いて来れるか?」

「ワゥワゥ」


俺たちの事を安心できる対象だと理解したようだ。
恋が優しく地面に下ろしても、足元から離れようとしない。
これなら、城までちゃんと付いて来れるだろう。
代わりに……


「ほら」

「うん……」


酷く疲弊した恋を背負う。
首に回ってくる腕も、背中に伝う柔らかさも、本当に普通の女の子そのもの。
血塗れになっていようと、飛将軍呂布であろうと、やっぱり女の子なんだ。
誰よりも優しい心持った……


「じゃあ、帰ろうか」

「……………」

「恋?」


背負ったばかりだってのに、もう寝たか……
よっぽど感情が大きく爆発したんだろう。
俺の背でよければ、ゆっくり休んでくれ。


「やっぱり……違う世界の違う場所で、出逢いたかったなぁ……」


月に向かって独り言ちる。
やけに澄んだ青白い月は、優しい光で照らしている。
俺の独り言、間違っても聞かれてないよな……?


「ま、無事で何より……ほんとにその一言に尽きる……」


恋としては無事じゃなかったかもしれないけどな。


「今日は、ゆっくりお休み、恋」











後書き


恋メインでシリアスなのを書いてみたかったんですが……
ちょっと無理あったかなぁとは思ってます。
ただ、それほど恋が好きだと思ってくださいw
今月も頑張ります。


ではまぁ、また次話で



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