「あ、白石」

「ん?」


調練も終わって一息ついてた時だ。
後ろから詠に呼び止められた。


「何か用か?」

「えぇ。これからちょっと付き合ってくれる?」

「どこに?」

「街に視察に行くのよ。時間がある時には、実際に目で見ることも大事だもの」


まぁ、文章の上から全て分かるわけじゃないからな。
文官としてそういう情報もほしいんだろう。


「別にいいけど、せめて汗流してからでいいか?」

「……早く行きたいんだけど?」

「……分かった。じゃあせめて十分待て」

「十分で風呂にでも入ってくるつもり?」

「濡れた手拭いで体拭いてくる。そのくらいは待てるだろ?」

「いいわ、早く行って来て」


ったく、使える奴はとことん使うよなぁ詠の奴……
さて、言った手前、さっさと済ませないと怒られそうだ。


「お、律」

「どうした?風呂か?」

「……本当は入りたいところなんだがな」

「急務でも入ったか?」

「そんなところだ」


風呂に入っていくところの律をよそに、たらいに水を汲む。
そのまま上半身だけ裸になって、さっさと体を拭う。
……くぅ〜、火照った体に冷たいのが気持ちいいんだこれが……
熱い風呂の後だと殊更気持ちいいのに……


「そんなのでいいのか?」

「詠に呼ばれてるからな」

「何なら、湯は残しておいてやろうか?」

「もったいないだろ、いいよ」


てか、律は動揺一つしねぇのな。
恋は兎も角、他の面々だと俺が上だけ裸になっても赤くなったりするぞ?
……まぁ、中には嬉々として見てる奴もいるが……


「ほら直詭、乾いた手拭いはそこに置いたぞ」

「ありがと」


何だ、今日は気が利くな。
……明日は槍でも降るのか?


「そういや律、詠と視察に出かけたことってある?」

「何度かあるが……アレはなぁ……」

「あン?なんか問題でもあんのか?」

「……まぁ、詠自身も気にしていることだ、私の口からとやかくいう事じゃない」


何を隠してんだ?
別に俺に面倒がないなら何でもいいが。
ま、どうせこの後一緒に出るんだ。
何かしら分かるだろう。


「あー……青アザが出来てるなぁ」

「どこだ?」

「ほら、二の腕の部分。調練中の怪我だとは思うんだけど……」

「その程度なら放っておけば治るだろう。気にすることではない」

「律ならそうなんだろうけどな……」


別に肌がどうとかいう訳じゃない。
それなりに自分の武術にも自信が持ててきた頃だ。
気を付けてるつもりでもこういう怪我が残るとちょっとショックだったりする。
まだまだ未熟なんだなぁって痛感させられるからな。


「怪我は武人の誉れ。気に病むな、直詭」

「そういう事にしておくか……また相手頼むわ」

「いつでも受けるぞ」


体も拭き終った事だし、ずっと雑談に付き合ってくれてた律に別れを告げる。
詠は視察とは言ってたけど、一応は得物は持って行くか。
何かあったら面倒だし……


「あ、そうだ」

「ん?何かある?」

「私から一つ警告しておく。詠を子供たちと引き合わせるな」

「……は?詠って子供嫌いだったか?」

「そういう訳ではない。ただ、警告はしたぞ」


何が何やら……
子供嫌いだったなんて聞いたことないぞ?
それともほかに何かあるのか?
……んー、ちょっと行くのが面倒になってきた。


「……とは言え、引き受けちゃったしなぁ……」


行かざるを得ないか……
ま、よっぽどのことがあったら、無理矢理にでも逃げればいいだろう。
こちとらちょっと疲れてるんだし。
酔っ払いとかなら未だしも、それ以上の面倒事にまで付き合う気はない。


「……何事もありませんように──」











予想と反して、視察は非常にスムーズに進んだ。
酔っ払いに絡まれることも、どっかの馬鹿が喧嘩してるとかもない。
今日は非常に穏やかな一日だ。


「…………………………」


それでも詠は街のあちこちを見ながらブツブツ言ってる。
文官なりに思うところがあるんだろう。
この区画をもうちょっとどうこうしたら、人通りがどうなるかとか。
ただ単に警邏に出てるだけじゃわからないこともあるだろうな。


「詠、そんな道の真ん中に突っ立ってたら邪魔になるぞ」

「え?あぁ、そうね」


よっぽど熱中してたのか?
俺が言わなきゃ絶対気づいてなかっただろ今の。


「収穫はあったか?」

「それなりにはね。文章だけだとどうしてもわからないこともあるから、こういう機会は積極的に作ってるつもりなのよ」

「成程……それで?」

「市場のある通りがちょっとね……もうちょっと通りの幅そのものを広くしたいんだけど……」


文官なりの意見ってとこか。
でもまぁ、確かにあの通りは少し狭いかな?
いや、商人が通りにはみ出すくらいに陳列してるのが原因だろう。
だとすると、商人への交渉とかが必要になるか?


「でも、幅を広くして、何か変わるか?」

「大いに変わるわよ。人の通りも混雑しなくなるでしょうし、そもそも、混雑してるところって問題が起こりやすいのよ」


あー、確かにスリとかは人混みで起こりやすいって聞くな。
その人だかりの解消に、道幅の拡充か。
ちょっとやそっとでできるとは思えないんだが……


「それに、あんたたちの警邏も、道幅が広い方が都合いいでしょ?」

「そりゃ確かに」

「だとすると商人との交渉が先決ね。あ、でも、活気は盛り下げたくないし──」

「……だから詠、道のど真ん中に立つな」


まただよ、ったく……


「一度考えまとめたいんなら、どっかで茶でも飲むか?」

「……そうね。いい店ある?」

「俺の行き付けでいいなら」

「そこでいいわ」


と言うわけで、詠を引き連れて茶店に向かう。
その茶店は屋外にもテーブルが拵えてある。
街並みを眺めながら茶を飲みたい時によく利用する店だ。
まぁ、恋が友達の犬たちを連れてる時にも利用するかな。


「ここだよ」

「へぇ?感じのいいお店じゃない」

「味は保証するぞ?」

「でも今はお茶だけでいいわ」

「それには同意だな」


飯にはまだ早いし。
小さい点心でも頼んでもいいだろうけど、そんな気分でもない。
のんびりとお茶を啜るだけで十分だろう。


「店長さん、お茶を二人分」

「はーい、かしこまり〜」


ここの店長は随分と若いんだ。
だからか、そこまで畏まった口調でもない。
ついでに言うと可愛い女の子だ。
常連客も結構な数がいる。
……言っておくが、俺はそこに惹かれたわけではないからな?


「白石ってこういう店が好きなの?」

「そもそも好き嫌いはない。大抵、誰かから勧めてもらうことが多いな」

「じゃあこの店は?」

「兵士の奴らから。誘われて一緒に来たのが切っ掛けだな」


部隊の兵とも交流はある。
調練や警邏以外でも、時々雑談することもある。
普段は聞いてやれないような愚痴も聞いてやってる。
そのお礼なのか、こういう隠れた人気スポットを教えてもらってる。


「それに、この店だと警邏の休憩にちょっとだけ寄ることもできるしな」

「警邏の最中に?」

「勘違いすんなよ?声をかけられない限りは立ち寄らないからな」

「分かってるわよ。霞じゃあるまいし、白石がサボるようには見えないわ」

「ならいい」


そんな感じに雑談してると、店長がお茶を持ってやってきた。
飲茶のやり方は未だに覚えてないので、店長に全部やってもらう。
……覚えた方がいいんだろうか?


「……ふーん、結構美味しいわね」

「だろ?」

「こういう店先でお茶が飲めるって言うのは、結構な売りになるわね」

「ま、全部の店でやられても困るけどな」

「そりゃそうでしょう。こういう独自性を簡単に真似してほしく──」

「あー、おにいちゃん!」


詠の言葉を遮った声の方を振り向けば、商店街の子供たちが10人くらい集まってた。
警邏の最中にもよく見かける顔だ。
流石に名前までは無理だけど、顔くらいは覚えてる。
向うもこっちの顔を覚えててくれるらしい。


「お、どうかしたか?」

「なにしてるのー?」

「ちょっと休憩。皆は遊んでんのか?」

「「「うん!」」」


元気のいい声だ。
こういう活気も大切なんだろうな。
……だってのに、何故か暗い顔をしてる奴が一人。


「……詠、腹でも痛いのか?」

「そ、そうじゃないわよ……!」

「なら何でそんな暗い顔をしてんだ?」

「う、うるさいわねっ!放っておいて!」


……そういや、律が言ってたっけ?
詠と子供を引き合わせちゃダメだって……
でもなぁ、原因も分からないのに警告されても──


「……………」

「ひぅっ!?」

「ん?」

「……ぐすっ……ぅえーーーん!!」

「お、おい?!」


な、何だ?
詠と目を合わせてた女の子が急に泣き出したぞ?!
睨んでたわけじゃないよな?
いや、ただ睨まれただけですぐ泣くか普通……?


「ほ、ほら……何も怖くねぇから。こっちおいで」

「……っく、ぐすっ……!」


泣きじゃくってる女の子を膝の上に乗っけて頭を撫でる。
そのまま抱き付いてきたけど、まぁ為すがままにしておこう。
落ち着きゃ泣き止むだろう。


「……ハァ」

「詠?」

「……どうもね、ボクの目が怖いらしいのよ」

「は?」


いや、ちょっと釣り目かもしれないけど、別に怖いか?


「目、よりもメガネね。子供たちの視線からだと、反射して怖い顔に見えるんですって」

「……そりゃ、どっちともに災難だな」


目が悪いことがダメだとは言わない。
元いた世界にも、メガネかけてる奴はザラにいた。
俺は幸い必要ないけど……
でも、そうか、子供には怖く映るのか……


「(まぁ……この時代にコンタクトレンズなんてないしなぁ)」

「ボクとしても不本意よ?泣かせたくもないのに泣かせて……打開策も思いつかないし……」

「外せばいいんじゃねぇの?」

「そうしたら、今度はボクが何も見えなくなるのよ?打開策になってないわ」


そりゃご尤もで……


「普通に笑顔で接してやればいいんじゃね?」

「笑顔、ねぇ……」

「やってみろよ。ほら」

「……………」


俺のそばに集まってた子供の一人の視線を詠の方へと促す。
詠も少し深呼吸して笑顔を──
っておい、それは笑顔には違いないが、ほくそ笑んでるって言うんだよ!
そんな不気味な笑み浮かべる奴がいるか!


「……ひっく!」

「あー、ゴメンな。ほら、泣かなくていいぞ」

「……やっぱりボクには向いてないようね」

「おいおい軍師さん、逃げ出すのか?」

「……何ですって?」


……軽く挑発したら簡単に釣れた。
ま、この件は解決したほうがいいだろうし、ちょっとお相手願おうか?


「攻略条件は子供の笑顔、詠の振舞のみ使用可能。この条件で勝ってみろよ?」

「……ふ、ふふ……面白いこと言ってくれるわね」


さっき以上にニヤついてやがる……
でも、小気味いい笑みだ。
いつもの詠らしいって言うか、どこか頼もしく思えるような……


「……期限は?」

「そうだな……3日後でどうだ?」

「上等よ。その勝負、受けて立とうじゃないの!」

「いいぞ?なら、俺が勝ったなら、一ついう事を聞くって言うのでどうだ?」

「いいわ。ボクもそれでいい?」

「乗った」

「乗せたのは白石の方でしょ?」


それもそうだな。
でも、子供との触れ合いって結構大切なことだと思う。
詠も自然にやわらかい笑みを作れるようになれば、きっと垣根を越えられると思う。
元々俺は敗けるつもりだ。
さぁ軍師さん、一発逆転の策、楽しみにしてるぞ?











後書き


んー、ちょっと短かったかなぁと反省中。
詠の日常イベントを本編の方で書いた後だったので、少し手間取りました。
他のキャラでもよかったかなぁ……?



ではまぁ、また次話で



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