第一話『後悔』
僕にとってそれは“ラッキー”なことだと思ってた。
何せ今まで外の世界という物をほとんど知らないまま生きてきた。
そんな僕に手渡された“コレ”を幸運と思わずにはいられなかった。
……そう、本当に、幸運だと思ってた。
その幸運が“絶望”に変わる直前まで、本気で──
生まれながらにして、人とは違うものを僕は持ってた。
「霊視能力」とでも言うんだったっけ?
まぁ簡単に言えばそんな感じ。
幽霊とかの類が見えるのが僕の……ある意味“個性”かな?
そう言う人間として生まれてきた。
おかげで両親は大はしゃぎ。
物心つく前に高名な神社に預けられて、神的術式の数々を教え込まれた。
……学校?
そんなの行ったことないよ。
友達だって一人もいない。
話したことがあるのは、預けられてる神社の神主さんとか巫女さんとか……
そうだな……後は何かしらの依頼を持ってきた人くらいかな?
親ですら全然会いに来ないんだから、世間一般的な人に比べて、人間関係がおかしいのはよく分かってるつもり。
依頼って言っても、お祓いとかは出来ないよ?
その人の守護霊を視たり、ちゃんと成仏できているか確認したり……
僕の腕前ではそれが精一杯。
人の為になっているのかすら分からないけど、一応は“仕事”としてやってる。
給金ってわけじゃないけど、依頼料の一部は僕の手元にも入ってくるし、まだ16にしてはちゃんと稼げてるんじゃないかな。
「信、今いいかね?」
「はい。何ですか?」
……ゴメン、まだ名乗ってなかったね。
僕の名前は神凪 信。
それで、今話し掛けてきたのがここの神主の藤村正階さん。
「先日の依頼者からコレをいただいたのだがね」
「……封筒、ですか?」
「どうも招待状らしい。その依頼者は依頼料を払えるだけ金銭的に余裕がないからと言うことでコレを渡してきた」
「それで、この招待状をどうするんですか?」
「信が行っておいで。修行の合間の息抜き……とは言えないけど、見聞を広めて損はない」
「……いいんですか?今まで外出許可とか全然もらえなかったのに……?」
「この招待状によると、対象年齢が18歳以下となっている。近い年の人と関わりを持つことも、人間として成長する上では必要なこと。信はそれなりに善悪の判別も付けられるようになったし、この招待状が届いたのも何かのご縁」
藤村さんから受け取った招待状には、すごく丁寧な字が並んでる。
一緒に地図とかも入ってるけど、今まで地図を見る機会があんまりなかった。
どうも地図の印の場所に集合するみたいだけど、一人で行けるかなぁ……?
「行きたくないならそれでもいいんだよ?」
「……でも、行ってみたいです!」
「そう言うと思った。集合場所までは私が車を回してあげるから安心なさい」
「はい!」
自分でも分かるほどに、僕は気分が高まっていた。
薄らと赤い模様の入ったこの招待状が、とたんにキラキラと輝いて見えるようにもなった。
そう、とっても嬉しい!
初めて外出許可が下りたこともそうだけど、僕の心が躍ってるのはそれだけが理由じゃない。
封筒に入っていた紙は3枚。
一つは地図、一つは招待券、そしてもう一つが招待状。
この招待状に書かれてる内容に、気持ちが昂るのを抑えられなかった。
『拝啓──
この度、私の先祖の創設した会社の200周年を記念致しまして、パーティを開催する運びとなりました。
その上で、ご一緒に記念を祝ってくださる方へ、この招待状をお送りいたします。
失礼ながら、私共の方でパーティにお呼びする方々を選別させていただきました。
その結果、あなた様を含む18歳以下の16名の方をお呼びする運びとなりました。
会場は我が社の保有する孤島で行う予定をしております。
つきましては、パーティ当日、同封しております地図の場所までお越しくださいませ。
島へは我が社の船でお送りいたします。
我が社の益々の繁栄と、あなた様の希望あふれる未来への祈願を、神秘島と言う希望に満ちた名前の島にて行いたいと考えております。
どうぞご参加くださいませ。
尚、当日欠席されます場合は、裏面に記載しております番号までご一報願います。
また──』
……っと、こんな風に書かれてる。
つまりは、同世代の人たちと一緒に楽しめるってこと!
それが何より嬉しくて堪らない。
どんな人たちが来るんだろう?
仲良くなれるかな?
目一杯楽しめるかな?
そんなワクワクが体中からあふれ出しそうになってる。
「では信。その招待状によれば3日後らしいから、それまでに支度をしておきなさい」
「はい!ありがとうございます!」
「ふふっ、信もまだまだ子供だな。そんなに嬉しいか?」
「はい、とても!」
「正直で何より。では、今日はもう遅い。支度は明日からにして、今日はもう休みなさい」
「分かりました。おやすみなさい」
誰も取らないってわかってるのに、招待状を胸に抱えて小走りで部屋に向かう。
鍵付きの引き出しの中に入れて、その鍵をしっかりと首から下げる。
……布団の支度をしたのはいいけど、こんなに興奮してて眠れるかな?
この小旅行の準備もあるけど、普段からの修行も明日はあるんだ。
「興奮して眠れませんでした」って言うのは言い訳にならないもんね。
「よしっ」
何回か深呼吸して気持ちを落ち着かせる。
鼓動が穏やかになってから、静かに布団へと入る。
「おやすみなさい」
楽しい時間はちゃんとやってくるんだ。
それまで逸る必要はない。
今の僕に求められるのは、当日まで健康でいること。
折角のパーティーに「風邪引いたので行けません」じゃ相手にも申し訳ない。
譲ってもらった物だけど、行けるからには行きたい!
だから、今は眠りにつく。
嬉しいと言うこの想いが消えないうちに。
……でも、よくよくその招待状を読み返してみればよかったのに、僕はそれをしなかった。
よっぽど嬉しかったって言うのは分かってるんだけど、一字一句読み返してみれば違和感に気付くことは出来たはずなんだ。
気付いていたら、僕はどうしていただろう……?
欠席するって連絡してたかな……?
それでもやっぱり参加してたのかな……?
たった一文。
そう、おかしかったのはたった一文だけ。
舞い上がってた自覚はあるけど、どうしてその一文を読み落としたんだろう……?
あんなあからさまな違和感に満ちた一文を……
『──では当日、神凪 信様のお越しを心よりお待ちしております』>
●
意識していなかったら日にちが経つのって早いよね。
気がついたらもう3日後……
そう、パーティ当日!
藤村さんが車で送ってくれることになって、助手席に乗り込んでからウキウキしっぱなしだった。
「ハッハッハ!信、今からはしゃぎすぎると楽しめんぞ?」
「……そんなにはしゃいでましたか?」
「誰が見ても分かるくらいにな」
「あはは……」
「まぁ、悪いことではない。ひょっとしたら友達の一人や二人、出来るかもしれない」
「はいっ!それが楽しみで……!」
「これまでなかなかそう言った機会を設けてやれなくて済まなかったな。今日は思う存分楽しんでくると良い」
「ありがとうございます!」
「本当に素直に育ったものだの。ほら、見えてきたぞ」
藤村さんの指さす方向に目を向けると、黒いスーツを着た人が一人立ってる。
車が止まると、その人は歩み寄って来て、丁寧に挨拶してくれた。
「ようこそおいで下さいました。招待券の方を確認させていただいてもよろしいでしょうか?」
「あ、はい。えっと……これを」
「確かに。では、こちらの方へ」
その人に誘導されるまま少し歩くと、小さな船があった。
僕と同い年くらいの男の人が先に乗ってて、僕に気付くと手を振ってくれた。
きっと、彼も僕と同じように招待客ってところかな。
「島まではこの船でお送りいたします。何分、島の周囲は複雑な海流に囲まれておりまして、これ以上大きな船だと転覆する恐れがありまして……」
「僕は問題ないです」
「ありがとうございます。ではどうぞ」
「はい。あ、藤村正階。えっと、その……」
「ハハハ、いいよ。いってらっしゃい」
「はい、行ってきます!」
少し揺れたけど、小船に乗り込んだ。
……うん、ワクワクする!
これからどんな人たちと出会えるんだろう……?
「初めまして」
「……あ、は、初めまして!」
「ふふっ、なに緊張してるの?」
「え、えっと……同年代の人と話す機会が今までなくって……」
「でも俺は君のこと知ってるよ。神凪 信君だよね?」
「え?何で僕の名前……?」
「自覚無いの?君、相当な有名人だよ?」
「……確かにテレビの取材とか受けたことあるけど、そんなに有名なの?」
「……ひょっとしてテレビとか見ないの?」
「うん。あ、じゃあ、君も有名人だったりするの?」
「そこそこ名前は売れてる方だと思うよ。俺は珠洲無 玲雄。所謂マジシャンでね」
「マジシャン……」
「パーティ会場でも機会があれば見せてあげるよ。それにしても……」
「……な、何?」
「いやね、本当にオッドアイなんだなって感心してるだけ」
「……おっど、あい……?」
「あー、そう言う言葉も知らないパターンね。ほら、神凪君って左右の目の色が違うでしょ?右は普通に黒だけど、左は……それ、銀かな?そう言う目の人のをオッドアイって言うんだよ」
「……知らなかった。え?じゃあ、珠洲無君の顔のその模様は……?」
「あ、コレ?これはただのペイントみたいなもん。刺青入れたかったんだけど、親から反対されたから描いて誤魔化してるだけ」
「へぇ〜」
船が進む中、会話がやけに弾む。
知らなかった言葉だとか、人だとか……
珠洲無君の言葉のどれもが魅力的に感じる。
「でも、どんな奴らが来てるんだろね?」
「うん、それは僕も気になってる!」
「随分と嬉しそうだね?碌な奴いなかったらどうするの?」
「そんなことないんじゃないの?だって、招待状にも“選別した”って書いてあったし……多分良い人たちが呼ばれてると思うよ?」
「どうだかね……」
船の進行方向に目をやりながら、珠洲無君はどこか不思議な表情をしてる。
全然言葉を知らないからうまく説明できないけど、“淋しそう”とは違うような……
“憂いてる”って言うのかな、こういうの?
「ねぇ船頭さん。どんな人が来てるか聞いてる?」
「私はあくまでお送りすることだけしか仰せつかっていませんので……」
「俺たちより先にどんな人送ったの?」
「お二方と同年代の方ですね。テレビなどで拝見した方も数名いらっしゃいました」
「やっぱり有名人呼んでるんだ!」
「そうみたいだね。まぁ……“ただの”有名人ならいいんだけどね」
「……どういうこと?」
「単に“有名人”って言っても色々あるってこと。まぁ、神凪君は知らないだろうけどね」
「……………?」
「ま、今はいいや。それより神凪君、アレが目的の島じゃない?」
「え?見えてきたの?!」
「はい。あちらに見えますのが、今回のパーティ開催地。その名も“神秘島”でございます」
視線の先に見えてきた孤島。
なんか大きな建物みたいなのも見える。
あそこでパーティするのかな?
それよりも、どんな人たちが来てるんだろう?
それが何より楽しみで、無意識に身を乗り出してた。
「ハハハ、神凪君。そんなに前のめりになると危ないよ?」
「え?あ、ホントだ」
「あんな島があるなんて知らなかったな。それにあの建物も」
「確か、全部で16人来るんだったよね?」
「その筈だよ。果たしてどんな連中が来てることやら……」
「……珠洲無君は何をそんなに心配してるの?」
「ん〜?まぁ、どうでもいいことなんだけどね。それこそ、話す必要もないような、本当に些細なことだから」
「そう、なんだ」
話しにくいことなのかな?
それ以上は話してくれそうになさそうに見えた。
だから島に着くまでは気持ちを落ち着かせて、純粋に楽しめるように心がけるようにした。
これからどんなパーティが始まるのか、全然想像もつかないし。
まぁ、そんなお祭り騒ぎに参加した経験もないけどね。
「間もなく到着いたします。少々揺れが大きくなりますので、船体にしっかりと掴まってください」
船頭さんの言う通りにしっかりと船を掴む。
ここで振り落とされちゃ何の意味もないもんね。
「これが……“神秘島”……」
そう。
希望に満ち溢れた名前を持つ島。
僕の将来すらも祝ってくれそうな名前には何とも言えない魅力があった。
……ただ、それはあくまでも上辺だけの話。
世間の事をほとんど知らないって言うのを抜きにしても、僕はここに来るべきじゃなかったって、後になって分かったんだ。
今まで誰からも教えてもらったことのない真実……
それは──
『希望を手にするためには、幾千もの絶望を乗り越えなければならない』という……
希望という物への道のりの険しさ。
例え知っていたとして、僕はその道のりを進もうとしただろうか。
踏み出してしまった今となっては、もう、引き返すことは出来ないという現実すら、僕はまだ気づいていなかった。
後書き
まずは12周年記念おめでとうございます。
本当はもっと早く投稿する予定でしたが、諸々事情が重なって遅れてしまいました。
すいません(;゚Д゚)
原作通りのようなものには程遠いんですが、続けていけたらいいなと思っています。
恋姫の方もまた再開する予定はあります。
気長にお待ちいただければ幸いです。
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