ブラストインパルスに飛行能力は無いが、海面をホバリングするくらいなら可能だ。両脇から伸びているビーム砲“ケルベロス”を艦隊に向けるが、海の下か らアビスが出て来て、放てなかった。

「くっ!」

 アビスのシールドから放たれたビームを避けながら、シンは、先日、ディオキアで、ステラを探していた二人の少年を思い出す。

 ひょっとしたら、彼らもステラと同じようにロドニアの研究所で酷い扱いを受けていたのではないかと考えてしまう。そして彼女がガイアに乗っていたよう に、カオスとアビスにも……。

 シンは、海中に潜って攻撃の隙を窺っているアビスに注意しながら、そう考えていた。すると、アビスが飛び出して来て、再びビームを放って来た。シンが、 何とか避けながら、余計な事を考えていては殺られるとビームシャベリンを構えた。

 が、突如、上空からビームが降って来てハッとなり避けた。

「新手!?」

 慌てて上を見るシン。そこには、紫色の見た事の無いMSが太陽を背にして佇んでいた。



機動戦士ガンダムSEED Destiny〜Anothe Story〜

PHASE−21 散る正義




「(パパ!?)」

 ミネルバの一室で軟禁されていたルシーアは、キースを感じ取りハッと目を見開いた。

「(パパ……ちょびっと本気だ。そろそろ……かな)」

 ルシーアは、フゥと息を吐くと、髪の毛を結んでいたリボンを弄る。すると、リボンの裏側にくっ付いていた小型チップを取り外し、扉にくっ付ける。する と、小さな爆発が起こり、ロックを破壊した。

 廊下に出ると、案の定、戦闘が始まっている為、見張りはいなかった。ルシーアは、“ある感じ”がする方に向かって走って行くと、そこは医務室だった。 ソッと中を覗き込むと、軍医と看護士が、席に座って待機している。

 ベッドでは、ステラが拘束され、苦しそうに酸素マスクを付けられていた。ルシーアは、一気に医務室に駆け込んで、軍医に突っ込んで行く。

「な……!?」

 机に置かれていたメスを取ると、驚く軍医の足に向かって投げ付け、そして、看護士の鳩尾を殴って気絶させた。その直後、足を押さえて蹲る軍医の顔面を 蹴っ飛ばし、壁にぶつけて意識を奪った。

 とても、10歳とは思えぬ体術である。ルシーアは、苦しんでいるステラを見て、目を細めると、棚にある薬品などを確かめると、それらを混ぜ合わせ、薬を 調合する。

 その薬を注射すると、息を荒くしていたステラは、やがて呼吸が正常になっていくのを見て、ルシーアは安堵する。酸素マスクを外すと、ステラはゆっくりと 目を開いて、ルシーアを見る。

「ルー……シー……?」

「おっはよう、ステラ」

 ニコッと笑い、ルシーアは挨拶して彼女の拘束具を外していく。ステラは、ベッドから降りると、キョロキョロと周りを見る。

「シンは?」

「現在、パパとスティング達と交戦中」

「え? …………戦ってるの?」

「多分ね………ステラ」

「?」

 ステラは、急に真剣な顔になったルシーアに首を傾げる。

「これからもシンと一緒にいたい?」

「え?」

「何があってもシンと一緒にいたい? シンと一緒に生きたい?」

「…………ステラ……シンと……一緒……」

「ネオと別れる事になっても?」

「!?」

 ネオと別れる、そう聞いてステラは大きく目を見開いて驚愕した。

「ネオと……お別れするの?」

「別に一生、別れるって訳じゃないけど……ただ、このままだとステラは不幸なだけだから……ネオも、それは望んでない筈だよ」

「………ステラ……シン……好き……でも……ネオも好き………だけど……シンと……一緒が良い……」

 ルシーアの問いかけにステラはそう答える。ルシーアは、フッと笑って頷くと、机の引き出しを開けて護身用の銃を取る。

「行こう、ステラ! ルーシーがステラをシンとずっと一緒にしてくれる人の所へ連れて行ってあげる!」

 そう言って、ステラの手を引くとルシーアは医務室から出て行った。




「な、何だ、あのMSは!?」

 ブリッジでは、アーサーを始め、皆が新たに現れたMSに驚きを隠せないでいた。相手の新型機は、背中のポッドのようなものを射出すると、ミネルバに向け てきた。砲口が光り、次の瞬間、陽電子砲が発射された。

「! 回避ーーーっ!!」

「駄目です! 間に合いません!」

 操舵士のマリクが、操縦桿を握り締めて叫ぶ。目の前に陽電子砲の光が差し迫る。アーサーとメイリンは悲鳴を上げて頭を抱えた。

 ――――刹那。

 上空から別のビームが降り注ぎ、陽電子のビームに直撃し、その場で相殺した。強力なビーム同士がぶつかり合い、凄まじい衝撃波が艦内を襲う。

「(くっ! 一体、何が……!?)」

「か、艦長!」

 衝撃に堪え、歯噛みするタリア。その時、バートが報告して来た。

「上空にMSが三機……それと……ドラゴネスとアークエンジェルです!」

「えぇ!?」

「何ですって!?」

 スクリーンに上空の映像が映った。そこには、太陽を背に、SSキャノンを射出しているラスト、そしてフリーダム、ジャスティス、ストライクルージュの姿 があった。

「た、助けてくれた……のか?」

 呆然とスクリーンを見つめるアーサー。すると、今度は、ミネルバの中から振動が襲った。

「な、何だぁ!?」

<か、艦長!>

 思わず椅子からズレ落ちるアーサー。すると、回線でマッドがモニターに映った。

<た、大変です! あの捕虜の娘達が今のドサクサでガイアを奪ってハッチを破壊して逃走しました!>

「何ですって!?」

「ええぇぇ!?」

 外と内で派手にやられ、タリアはダンと手すりに拳を叩き付けた。




「アレって……ガイア!?」

 ルナマリアは、レイと共に甲板に出てザクで海中からの攻撃を迎撃していたが、突如、ハッチを破壊して飛び出したガイアに驚愕する。

<ルナマリア! レイ! ガイアには、あの連合の捕虜の娘達が乗ってるわ!>

「!?」

 タリアから入った通信により、驚くルナマリア。モニターでは、レイも少し驚いた顔になっている。

<仕方ないわ。こうなったらガイアを破壊して頂戴。アレを連合に返す訳にはいかない>

<了解>

「って、どうすんのよ!? ミネルバの上じゃまともに戦えないじゃない!」

 レイは命令を聞くが、彼女の言うように此処はミネルバの甲板なのだ。MS3機が戦えば、艦が破壊されてしまう。

<は〜い、ちょっと待ってね>

「!?」

 その時、回線に割り込んで来た声があり、上空からラストが降りて来た。すると、ガイアのコックピットが開いて、中からルシーアとステラが出て来た。





 レンは、まるで呼ばれるかのような感覚に陥り、ガイアの元へと降りた。すると、コックピットが開き、中からはルシーアと少し痩せたステラが出て来た。レ ンもコックピットを開いて近付くと、ルシーアが銃を向けて来た。

「ステラ……行って」

「え?」

 ルシーアの言葉にステラは驚いた顔になる。何しろ、相手は今まで戦って来た敵なのだ。そこへ、いきなり『行って』などと言われても戸惑うに決まっている だろう。

「大丈夫………レン、ステラを助けてくれるわよね?」

「ま、一応、装置は開発中だけど?」

「充分よ。この子は、シンと一緒にいる事を望んでいる。私とは違う……まだ未来を望めるから……お願い、助けて上げて」

「…………約束する」

 コクッと強く真剣な顔で頷くレンに、ルシーアはフッと笑みを浮かべると、ステラの背中を押した。

「あ……」

「大丈夫だよ、ステラ」

 押されたステラは、レンに引き寄せられ、彼の膝の上に載せられる。ルシーアは、銃を下ろしてニコッと笑うとステラに言った。

「ステラ……元気でね」

「ルーシー?」

 そう言うと、ルシーアはガイアのコックピットを閉じて、MA形態になるとその場から離れ、海中へと潜って行った。

「ステラちゃん……だっけ?」

「…………何?」

 警戒するようにレンを睨むステラ。レンは、苦笑いを浮かべるとポンッと彼女の頭に手を置いて、撫でた。その事にステラは驚いたが、撫でられている間に気 分がポヤ〜っとなり、剣幕が無くなる。

「ちょ〜っと揺れるけど我慢してね。まずは君をドラゴネスに送るよ」

 そう言い、レンは一先ず、ドラゴネスへと戻って行った。




「…………何だったのかしら?」

 ルナマリアは目の前で行われた行為に呆然となる。レイもそうだったが、ずっと撃つ機会を狙っていたが、下手に爆発させると、ブリッジをも巻き込んでしま うので出来なかった。共に接近戦用の武器が無い事が悔やまれた。

<ルナマリア、ボーっとしている暇は無い。来るぞ>

「! わ、分かってるわよ………!?」

 レイに言われてハッとなり、戦場に目を戻すルナマリア。その時、シンのインパルスがジャスティスと戦っているのに気が付いた。

「駄目……」

 ルナマリアの脳裏に、以前、シュティルと会話した時の事が思い返される。そして、温かかった手の大きさを思い出し、呟いた。

「駄目……シン……その人と戦ったら……」

 しかし、彼女の声は少年には届かなかった。




「くそっ!!」

 その頃、キラは謎のMSと戦っていた。ビームを撃つが、相手の両肩のシールドによって曲げられ、更には、あの陽電子砲を放つポッドを警戒して戦わなくて はならないので、かなり大変だった。

<キラ!>

「! アスラン!」

 すると、回線を通してアスランが話し掛けてきて、セイバーがフリーダムの横に移動して来た。

<何だ、あのMSは?>

 大抵のMSは、全長20m弱だが、相手のMSは23,4mはある。そして、腕が伸びたり、ビームを曲げたり、そして陽電子砲を放つポッドを射出したり と、滅茶苦茶な装備だった。

「分からない……でも……何だか分からないけど、凄く……怖い」

 怖い、と形容するキラに、アスランは眉を顰めた。が、キラには薄っすらと感じるものがあった。MSの装甲越しに、相手の威圧感のようなものを。

 キラの瞳は、相手のMSが更に巨大に見えた。2年前、彼が戦ったラウ・ル・クルーゼよりも深い闇を感じながらも、キラはビームライフルを向けて顔面を 狙った。

 が、相手のMSは避けると、両手にビームサーベルを持って突っ込んで来た。

「(速……!)」

 重装備な割に俊敏な動きに驚きながらも、キラとアスランは散開してビームサーベルで立ち向かう。すると、相手のポッドが狙いを定めて、エネルギーを チャージする。

<させるか!!>

 アスランは、ポッドの砲口に向けてビームライフルを撃つ。が、ポッドは少し上に移動して避けると、フリーダムとセイバーに向かって陽電子砲が放たれた。

<くそっ!>

「っ!」

 咄嗟に回避する二人だったが、陽電子砲は海へと直撃して海中のMSを何機か破壊していった。すると、その隙を突いて相手のMSがセイバーへと突っ込んで 来た。

<しま……!>

 そして次の瞬間、セイバーの頭と両手両足をぶった切り、海中へと蹴り飛ばした。

<うわあああああああああああ!!!!!!!!>

「アスラン!」

 海へ落下するセイバーにキラが気を取られている間に、相手のMSの腕が伸びて来て、両手のアーマーに装備されている四本の刃がフリーダムの腕に食い込ん だ。

「っ!」

 気付いた時には既に遅く、フリーダムの片腕がもがれてしまう。

「くそっ!」

 何とかビームライフルを相手に向けるが、相手の放ったビームが着弾し、もう片腕も吹き飛んでしまう。キラは、表情を苦くし、翼と両肩から、プラズマ収束 ビーム砲とレールガンを放つ。

 すると、相手MSの両肩のシールドが外れ、守るように二つ並んでビームを曲げた。そして、相手の両腕が伸びて来て、フリーダムの両脚に食い込んで、もぎ 取った。更にビームライフルで翼を撃ち落とし、フリーダムもセイバーに続いて海へと落下して行った。




「アスラン!?」

 カオスと戦っていたエリシエルは、あのアスランとフリーダムが手も足も出ず落とされた事に驚いた。その隙を突いて、カオスがビームを撃って来た。それで 片足をやられながらもエリシエルは舌打ちし、相手に向かって叫ぶ。

「邪魔よ!!」

 そう叫ぶと、彼女のバビにだけ装備されたビームウィップを叩きつける。そして、一気にMA形態になってミサイルとビームを連射して、カオスを撃墜した。

<エリシエル!>

「艦長?」

 アスランを助けに行こうとした所へ、突然、タリアから通信が入って来た。

<アスランは別に救出します! 貴女は、急いでミネルバの護衛に回って! ルナマリアとレイだけじゃ押さえ切れないの!>

 言われて、エリシエルはミネルバの方を見る。ミネルバは現在、ムラサメ部隊の攻撃で防戦一方だった。空からの攻撃に、ルナマリアとレイも苦戦している。

「分かりました……!?」

 エリシエルは、指示に従い、ミネルバへ向かおうとすると、あの紫色の謎のMSが、ミネルバへ向けてポッドのエネルギーを充填しているのに気が付いた。エ リシエルは慌てて、タリアに叫んだ。

「いけない! 艦長! 狙われてます!」

<!? 回避!!>

 タリアの指示と陽電子砲の発射音が重なる。陽電子砲は、ミネルバの脇を掠めるだけに済んだが、ルナマリアとレイのザクが余波により大破してしまった。

「くっ! ルナマリア! レイ!」

 エリシエルは急ぎ、ミネルバの援護へと向かった。




「フリーダムが堕ちただと……!」

 その頃、シンと戦っていたシュティルは、フリーダムがやられた事に驚いた。ブラストインパルスは、ビームシャベリンを用いてジャスティスに襲い掛かる。

<シュティルーーーーっ!!!!>

 シュティルの名を叫んで突っ込んで来るシンに、彼は舌打ちする。

「シン、やめろ! 今は、お前と戦っている時ではない!!」

<黙れ! お前は……お前だけはぁ!!>

「くっ……!」

 シンの怒りを感じながら、シュティルは唇を噛み締めた。そして、かつて彼と“家族”として過ごしていた時の事を思い出していた。




「どうした? 食べないのか?」

 シンがプラントのシュティルの家に来て半年以上が経った。シュティルの作ったトーストに全く手をつけないシンに、彼は眉を顰める。

 シュティルの古い知り合いであるオーブ海軍のトダカから連絡を受け、戦災孤児になった彼を引き取った。家族を失った彼に、シュティルは家族同然として振 舞おうと努めた。

 シンも、シュティルの考えを理解しているのか、この数日で打ち解けてくれた。

「あの……シュティル」

「ん?」

「シュティルは傭兵で、ザフトにいたんだよね?」

「ザフトだけじゃない…………地球軍にもオーブ軍にもいた事がある……時に名を変え、素性を偽り、金さえ貰えれば、かつて共に戦った奴とも命の奪い合いを した」

 コーヒーを飲みながら淡々と語るシュティルに、シンは尋ねた。

「何で? シュティルはコーディネイターなんだろ? 何でザフトだけで戦わなかったの?」

「………………そっちの方が楽だったからさ」

「楽?」

「俺の両親はブルーコスモスに殺された。だが、復讐しよう、という気にはなれなかった」

「何でさ?」

 コーディネイター、という理由だけで親を殺されて復讐を考えないなんておかしい。同じ家族を殺されたシンには理解出来なかった。シュティルは、その問い にコーヒーの表面に映った自分の顔を見て答えた。

「俺の両親を殺した奴だけに復讐したいと思うなら構わない。だが、その憎しみをブルーコスモス全てに向ける事が怖かった…………“ブルーコスモスだから許 さない”と考えるようになっては、俺の両親を殺した奴らと同じになってしまうからだ」

 だが、怒りを感じない訳ではない。が、怒りや憎しみに任せて戦いたくなかった。その捌け口として、シュティルが目をつけたのは傭兵だった。傭兵にさえな れば、金次第でどんな相手とも戦う。恨みやそんな事、関係なく自由気ままに戦うその道を彼は選んだ。

「…………シュティル……」

「ん?」

「頼む! 俺をザフトに推薦してくれ!」

 突然、ザフトに自分を推薦するよう頭を下げてくるシンに、シュティルは驚く。

「…………何故?」

「力が欲しい……あの時、俺の家族を守れなかった力が……また、あんな事があっても守れるだけの力が欲しい」

 ジッとまっすぐな瞳で自分を見据えるシンに、シュティルはしばらく黙っていたが、真剣な彼の眼差しに根負けする。

「分かった……」

「!」

 シンは、パァッと表情を輝かせる。シュティルはコーヒーカップを置くと、彼を見据えて言った。

「ただ、一つだけ約束しろ…………力を得て、その使い方を決して間違えるな。“守る”事を言い訳にして、ただ怒りと憎しみだけで戦うような人間にはなる な。“守る”という事は、お前が思っている以上に重い言葉だ」

「あぁ! 分かった!」

 力強く頷くシン。シュティルは、まっすぐで純粋なシンの目を見て、フッと笑みを浮かべた。




 その後、シンは軍のアカデミーにシュティルの――当然、ザフトの傭兵だった頃の偽名――コネで入学した。アカデミーに入ってからは寮生活で、時折、アカ デミーの成績を連絡してくる。

<でさでさ! 今日、シュミレーションで敵のMS三機、落としたんだ!>

 通信機で嬉々として報告してくるシンに、シュティルは「そうか……」と淡々と応える。

<後、レイっていう愛想の無い奴も凄くてさ〜……>

「シン……」

<え? 何?>

「悪いな……客が来ているんだ。切るぞ」

<あ、ゴメン。じゃあ、シュティル! 次に会う時は俺、赤服だから!>

「…………ああ」

 興奮するシンとの回線を切ると、シュティルはテーブルの向こうに座っている人物に向き直る。

「後悔してるんじゃない〜?」

 そこにいたのは、眼鏡の女性――キャナル・セイジだった。相変わらず、トロンとした表情で語る彼女に苦笑して向かいに座る。

「何をだ?」

「引き取った子をザフトに推薦した事〜」

「…………さぁな」

 素直じゃないシュティルに嘆息するキャナル。シュティルとキャナルは、かつてヘリオポリスに住んでいた幼馴染である。コーディネイター、ナチュラルの違 いはあるが、シュティルの両親がブルーコスモスに殺されてから疎遠になっていた。

「しかし、まさかお前がオーブ軍の通信士をしてたのは驚いたな……」

「こっちこそ……“ジェシー・オロゴス”なんて偽名でオーブ軍に雇われてたとは……」

 ちなみにその頃のシュティルの本名を知っているのは、重傷だった彼を保護したトダカだけである。

「で? 返事は?」

 コーヒーを飲みながらキャナルが尋ねる。

「海賊……か」

「そうだ。私の上司だったロジャー二佐とドクター・ロンって人が組んでやろうって事になったの。海賊とは言っても、奪うのは武力……戦争の火種になるのを 奪って破棄する組織よ。ぶっちゃけ、役人には任せられないからね〜」

 ヘリオポリスで妻と子供を失ったラディックは、戦争を憎み、ただ軍に属していては何も出来ない事を理解し、たとえ世間からは悪、と呼ばれようとも戦争の 抑止力となる為の組織を作ろうと考え、同志を募った。

 そんな彼を中心に、様々な人材が集まった。核を撃たれながら、核を動力にしたMSを造ったザフトに嫌気が差したドクター・ロン、そして彼と共に付いて来 たレン・フブキとリサ・フブキ兄妹。

 元は連合のMAのパイロットだったが、オーブ出身でラディックとは古い付き合いのアルフレッド・ボーガン、戦災孤児だったがラディックに拾われ、彼が海 賊になると決めると付いて来る事になったロビン・アッカード。そして、オーブ軍時代からラディックが強く信頼しているキャナル。

 最後に、キャナルが気にかけていたシュティルを彼女がこうして勧誘に来たのだ。

「進んで悪党になるのは正直、気が引けるな……」

「別に嫌なら嫌で構わないぞ〜。ウチらは基本的に来る者は拒まずだからな〜。ただ、世界を連合やプラント、オーブに任せておけないって馬鹿な連中の集まり だからな〜」

 少人数で世界に喧嘩を売るのは確かに馬鹿だ。が、何処か楽しそうなキャナルの口調に、シュティルもつい笑みが零れる。

「俺も独り身でなければ手を貸してやらない事は無いんだがな……」

 そう言って、シュティルはチラッと棚に飾ってある写真を見る。それは、シュティルとシンの写っている写真だった。

 シンがプラントに来た頃、家族になるんだから写真の一つでも撮ろうと言うシュティルに無理やり公園に連れて行かれて撮ったものだ。緊張してるシンは直立 して表情を引き攣らせ、その後ろでシュティルが腕を組んで少し穏やかに笑っている。

「偉く、その子を気に入ってるのだな?」

「…………ずっと戦場を渡り歩いて来た俺に出来た新しい家族だからな………少々、手のかかる弟だがな」

「その分、可愛いか」

「む……」

 言われて、シュティルは眉を顰めるとコーヒーを飲む。キャナルは、ニコッと笑うと席を立った。

「分かった……貴方が、そう言うなら、この話は無かった事に……」

「待て。俺は別に断ったつもりは無い」

「ほぇ?」

 帰ろうとしたら、急にそう言い出すシュティルに、キャナルは目をパチクリさせた。

「アイツが戦わなくて済む様な世界が作れるのなら……協力してやる」

「本気か〜? 下手すればザフトと戦う事にもなるぞ〜?」

「そうだな……シンには恨まれるかもしれないな」

「それでもか〜?」

「たった一人の弟の為に汚れ役になる事に後悔など無いさ」

 フッと笑うシュティルに、キャナルは目を細めながらも「分かった」と頷いた。



「(それが今では敵同士だとはな……)」

 ブラストインパルスのシャベリンをビームサーベルで受けながらシュティルは、回線で分かるシンの憎しみに目を細めた。

<アンタは……アンタは信じてたのに!>




「アンタは……アンタは信じてたのに!」

 目尻に薄っすらと涙が浮かぶ。シンにとって、シュティルの行いは裏切り以外、何でも無かった。




「シュティル! ただいま!」

 アカデミーを卒業し、晴れてトップの証である赤服を着る事を許されたシンは、その嬉しさを早く伝えたくて帰って来た。が、家の中に、シュティルの姿は無 かった。

「あれ……変だな。今日が卒業って知ってた筈なのに……」

 早く知らせたいので、友人達との卒業祝いも断って帰って来た。なのに居ないので、買い物にでも行ってるのかと思った。が、ふとシンは妙な違和感に駆られ た。部屋には埃が溜まっており、掃除していた形跡が見られなかった。

 不審に思いながらも、シンはテーブルの上に写真立てが置かれているのが目に留まった。そして、その下に挟むように置いてある一枚の置手紙。シンは、それ を読んで大きく目を見開いた。

『シン、卒業おめでとう。お前が、これを読んでいる時、俺は既にこの家にはいない。俺は、新しい戦いの場へ行く事になった。今まで俺は、全てを憎む気持ち に支配されないよう傭兵として金の為に戦ってきた。だが、俺は初めて金以外の……誰かの為に戦おうと思った。だから戦場に戻る。お前と過ごした半年、楽し かった。出来る事なら戦いの無い世界に戻れ。お前は純粋過ぎて戦いには向かない。それが俺からの最後の教えだ』

 シンは、震えながら手紙を握り締める。家族、と思っていた。家族を失い、独りになった自分に再び家族の温もりを教えてくれた。実の兄のように慕ってい た。しかし、それらが全てガラガラ、と崩れるような衝動に襲われた。

 今度こそ家族を守る為に力を望み、そして得た。しかし、その守りたいものが自分から離れ、戦いの場へと赴いた。シンにとって、それは許しがたい裏切り だった。ポトリ、と手紙に涙が零れた。

「う……あ……うあああああああ!!!!!」

 そしてシンは、大声で涙を流して咆哮した。




「アンタだけは許さない!! 俺を裏切ったアンタだけは……!」

 飛行能力が無いため、ホバーで海面をジャンプしながらジャスティスに攻撃する。一回一回攻撃を繰り出す度に、思い出が壊れていくような気がした。

 その時だった。敵機を表すアラート音が聞こえたのは。すると、海中からアビスが飛び出して来て、ランスを振って来た。シンは、咄嗟にアビスの攻撃を避け てレールガンを撃つ。アビスは、機体を回転させて避けると、MA形態になって海中へと戻る。

 シンは、ビームシャベリンを構えて警戒している。すると、背後からアビスが出て来た。慌てて振り返るが、ブラストインパルスのスラスターにビームランス が突き刺さった。機体のバランスが維持できず、海に落ちそうになった。が、シンはギリッと唇を噛み締めると、『負けたくない』という思いが強まった。

 その時の彼の頭の中には既に、アビスのパイロットもステラと同じかもしれない、という考えは消え失せていた。シンは、スラスターを外すと、両肩のシール ドを開いているアビスに向かって思いっ切りビームシャベリンを投げつけた。ビームシャベリンは、まっすぐアビスのコックピットを貫き、海に落とした。




 アウルは一瞬、何が起こったのか理解出来なかった。が、何かが自分の体を貫き、痛みが全身を駆け抜けた。そして、次の瞬間、自分は海の中にいた。

 冷たい……いつも自分が戦っていた海の中は、こんなにも冷たくて、静かだったのかと実感する。

 海……誰かが好きだった。そして、思い出されるのは金色の髪を持った少女。

「(そうだ……ステラだ)」

 どうして忘れていたんだろう?

 海が大好きで、小さな事に大はしゃぎして、死ぬ事を怖がっていた仲間。

 アウルは、赤く染まる視界の中で、薄っすらと笑った。

 そして、アビスは海の底深くで爆発した。




「シン……」

 アビスを撃墜したインパルスをシュティルは目を細めて見つめる。インパルスは、ソードインパルスへと装備を変換すると、エクスカリバーを手にしてジャス ティスへと突っ込んで来る。

 シールドでインパルスの攻撃を受けると、その勢いに押された。

「(タケミカズチ!?)」

 すると、シュティルは背後にタケミカズチがあるのを見つける。どうやら、大分、戦場から外れていたようだ。そして、タケミカズチのブリッジを見て目を見 開いた。

「(トダカ一佐!? 此処に来てたのか……!)」

 シュティルは、タケミカズチの甲板に乗り付けると、ブリッジを守るようにインパルスの攻撃を防御した。




「ひ、ひーーーーっ!!!」

 目前にインパルスとジャスティスが迫り、ユウナは思わず悲鳴を上げた。他の軍人も驚く中、トダカ一佐だけはジッと二体のMSを見据えた。その時、回線が 鳴った。

「! トダカ一佐! ユウナ様! ジャスティスからの通信です!」

「ジャスティスからだと!?」

「繋げ」

 驚くアマギ一尉に対し、トダカ一佐は淡々と命令する。オペレーターは戸惑いながらもジャスティスと回線を繋いだ。

<トダカ一佐>

「シュティルか」

 トダカ一佐は、モニターに映ったシュティルを見てフッと笑みを浮かべる。

<ユウナ・ロマ………そうか、貴様が指揮官か。トダカ一佐にしては、随分と粗末な作戦の筈だ>

「な、何だと!? か、海賊風情が何言ってるんだ!!」

 怯えて椅子を支えにして立ち上がろうとするユウナは、シュティルの言葉に顔色を変えて反論する。

<トダカ一佐、引いて下さい。シンは、私が食い止めます>

「…………シュティル、教えてくれ」

<?>

「このままオーブが連合に与したまま進めば、オーブの未来はどうなる?」

<…………知りません。ただ、真のオーブの平和を願うのなら、貴方が最も正しいと思う選択をすれば良い。アスハ代表は、だからこそオーブを出てでもオーブ の真の平和を願って戦っている……>

 その言葉に、トダカ一佐は大きく目を開くと帽子を深く被った。クルー達、全員の視線が彼に集中する。

<くそ!! このまま、空母ごと叩き斬ってやる!!>

 その時、別の声がブリッジに響いた。どうやらインパルスのパイロットのようだ。トダカは、その声を聞いて、あの時、自分が助けた少年の顔を思い浮かべ る。

 あの貧弱そうだった少年が、こんなにも怒りと憎しみに満ちた声を発するようになった。それは、戦争というこの状況が生み出したのかと思うと、トダカ一佐 は、ギュッと拳を握り締めた。

 が、突然、ユウナがトダカ一佐の襟を掴んで詰め寄って来た。

「お、おい! 何やってんだよ!? 早く逃げるんだ!! じゃないと艦ごとやられるじゃないか!! それとお前、死んでも良いのか!? だったらお前だけ で死ね! 僕は絶対に嫌だからな!!」

 先程のシンの言葉で、相当、パニックになってるユウナ。トダカ一佐は、反抗的な目で彼を睨み付ける。少なくとも此処にいる者達は、戦場に出るという事 は、いつ死んでもおかしくない事を理解している。軍服とは、いつ死装束になってもおかしくない事も理解している。

 それなのに、指揮官であるユウナが率先して逃げようとするユウナに、皆が白い目を向けたのは仕方が無いかもしれない。その時、シュティルの声が響いた。

<シン! やめろ! この艦にはトダカ一佐が……お前を助けてくれたオーブの軍人が乗ってるんだぞ!!>




「!?」

 シュティルの言葉に、シンはエクスカリバーを振り上げた手を止めた。トダカ、という名前を聞いて、家族を失った時、自分を励ましてくれたオーブの軍人を 思い出す。

『君だけでも、助かって良かった。きっと御家族はそう思っていらっしゃるよ』

 そう言われた時、シンは父親に言われたような気がして泣いた。その後、プラントへ行くまで世話を焼いてくれたり、プラントへ行く事を勧めてくれ、シャト ルまで手配してくれた。そして、シュティルを紹介して、新しい家族をくれた。

 操縦桿を握り締めるシンの手が震えた。そんな人が、こうして自分の敵として前線に赴いている。憎むべきオーブの中で、唯一、信頼していた人が。

 また裏切られた。

「あの人も……あの人も俺を裏切ったのか!!」

 もう何もかもが嫌になった。シンは、思いっ切りエクスカリバーを振り上げた。

 ――過去を断ち切ってやる!

 今を守る為、過去を無かった事にしてやる、とシンの中で何かがキレた。



 本気でタケミカズチごと叩き斬ろうとするインパルスを見て、シュティルは歯を軋ませると、振り下ろしたインパルスの腕を掴んで止めた。

<!?>

「この…………馬鹿がっ!!!」

 彼にしては珍しく大声で怒鳴り上げると、思いっ切りインパルスを蹴り上げて、タケミカズチから離した。空中で対峙するジャスティスとインパルス。

「守ると言っておきながら、お前のしてる事は何だ!? 敵を倒して、周りから褒め称えられ、勲章を貰って、それを誇りに思うのか!? そんな事より守った 人々の笑顔を誇りに思わないのか!? 言った筈だ………“守る”事を言い訳にして、ただ怒りと憎しみだけで戦うような人間にはなるな、と。トダカ一佐が、 この戦いにどれだけ悩み、苦しんだのかお前には分からないのか!?」

<っ! だって……だって!!>

「俺は、お前を戦わせたくない世界を作る為に、お前の傍から離れた。お前を家族と……弟と思っていたから戦いたくなかった。それでも、お前が怒りと憎しみ に支配されて戦うなら、俺はお前を倒す!!」

 それを聞いて、シンの目が大きく見開かれ、震えた。

<嘘だ……俺の為に……シュティルが……だって……>

 動揺するシン。シュティルは、ビームサーベルを振り上げ、インパルスを戦闘不能にしようとした。その時だった。インパルスの後ろから、謎の新型MSが ビームサーベルを突き出して突っ込んで来たのが目に留まった。

「シン! どけ!!」




「え?」

 突然の事だった。シュティルが叫んだと思ったら、ジャスティスが背後に回っていた。そして、次の瞬間、ジャスティスを謎のMSのビームサーベルが貫いて いた。その光景を理解した時、シンは叫んだ。

「シュティル!!」

 モニターには砂嵐が映っていて、音声しか入って来ない。しかし、シュティルの声は弱々しかった。

<まったく……手のかかる弟を持つと苦労する……>

「何で……」

<シン……自分で考えろ。そして歩け。お前が手にしたその力……本当は何の為に使いたかったのか……もう一度……>

 そこで通信が途絶えると、ジャスティスはまっすぐ海に落ちていき、次の瞬間、巨大な爆発が起こった。

「シュティ…………兄さ……うあ……うああああああああああああああ!!!!」

 シンは頭を抱え、両目から溢れんばかりの涙が零れ落ちて絶叫した。




「シュティ……ル……」

 ドラゴネスのブリッジでは、ジャスティスが落ちた事で静まり返っていた。ラディックが呆然とモニターを見詰める。

<ラディック艦長! シュティル君が!>

 モニターにマリューの焦った顔が映る。ラディックは、握り締めた拳を震わせた。

「ジャスティス……シグナルロスト」

 淡々とキャナルが、そう報告すると彼女は席を立って、早足でブリッジから出て行った。ラディックも、アルフレッドも、ロビンも、リサも誰も彼女を止めよ うとしなかった。リサは、顔を俯かせながら彼女の代わりに席に座った。

「兄さん……」

<分かってるよ>

 丁度、ステラをドクター・ロンに預け終え、再発進するレンにリサが話しかける。その目からはポロポロと涙が零れ落ちていた。

「シュティルさんが……シュティルさんが……」

<分かってる……後は私がやるよ。だから、泣くな……まだ戦闘中だ>

 そう言うと、レンのラストは再び戦場へと舞い戻って行った。



 ブリッジの外の廊下で、キャナルは眼鏡を外して膝を抱えて泣いていた。

「ひっく……ゴメン……シュティル……えぐ……私が……誘ったから……ゴメン……ゴメン……」

 滅多に感情を表さない彼女だったが、流石にこの時だけは涙を流した。



「シュティル……」

 インパルスを庇い、海に落ちたジャスティス。それを見たトダカは、彼に対して敬礼を行った。それに習い、アマギ一尉を始め、クルー全員が立ち上がって ジャスティスの沈んだ海に向かって敬礼する。皆、先程のシュティルの言葉を通信で聞いていた。

“敵を倒して、周りから褒め称えられ、勲章を貰って、それを誇りに思うのか? そんな事より守った人々の笑顔を誇りに思わないのか?”
 
 “守る事を言い訳にして、ただ怒りと憎しみだけで戦うような人間にはなるな”

 自分達は、オーブを焼かせない為に、オーブを守ると自分に言い聞かせて来た。軍人であるならば、たとえ理念を棄てようとも国を守るべきだと。

 が、彼らが守りたかった国は何だったか?

 そう問われると答えれなかった。

 何で国を守るのか?

 そう問われると答えれなかった。

 彼らは軍に入った。

 何故か?

 オーブを守りたいから。

 他国を侵略せず、他国の侵略を許さず、他国の争いに介入しない。

 その理念に守られ、平和に暮らしているオーブ国民。

 そこに住む人々――家族、恋人、友――の笑顔を守りたかった。

「(あのような若者に教えられた………)」

 トダカ一佐は、静かに目を閉じる。すると、ユウナが怒鳴り出した。

「おい、お前ら! 何やってんだよ!? 早くミネルバを落とせ! あの目障りなジャスティスもフリーダムもいないんだ! 今なら落とせるぞ!」

 ジャスティスに対して敬礼しているのが気に食わないユウナは、周りに怒鳴り散らす。トダカ一佐は、周りを見ると、皆、コクッと頷いた。

「では、本艦も前へ出るぞ!」

「へ?」

「機関最大!」

「はい! 機関最大!」

 トダカ一佐の指示に唖然となるユウナ。が、他のクルー達は一斉に彼の指示に従い、艦を前進させた。

「え、えーっと……」

 これまでの態度から一変して弱気になるユウナ。

「いや……だけど……」

 旗艦である空母が前進するのはどうかと思うユウナだったが、トダカ一佐は冷たい視線で彼を見返した。

「ミネルバを落とすのでしょう? ならば行かねば」

 そう言って、前方を見据えるトダカ一佐。そこには、黒煙を上げるミネルバがあった。



「(分からない……もう……)」

 シンは、海に落ちて行く。シュティルは自分を裏切ってなかった。ただ、自分を戦わせたくない世界を作る為、武力を奪い取る海賊に身を預けた。全て自分の 為だった。

 目の横に涙の跡を付け、空を見つめながら落ちて行くシン。すると、あのシュティルを殺したMSが自分にビームライフルを向けているのが見えた。シンは、 静かに目を閉じた。もう、抵抗する気すら無かった。

 その時だった。一条のビームが、相手のMSのビームライフルを撃ち落とし、インパルスの手を掴んで来た。

<無事かい、シン君?>

「アンタは……」

 シュティルの仲間の……と、シンは少しだけミネルバに乗っていた、あの掴み所の無いレンという名の青年を思い浮かべる。つい最近、ボコボコにされたばか りだ。

「何……で……?」

<何で? シュティルは君を守って死んだんだ。なら、戦友の意志は大切にしないと>

 そう言われ、シンはシュティルが死んだ、という事に体を震わせた。すると、相手のMSがビームサーベルで突っ込んで来た。レンは、インパルスからエクス カリバーを抜き取ると、それで受け止める。

<キース、この野郎……流石の私も今回は少し怒ったぞ>

「何で………戦うんだ……?」

<ん?>

 ポツリ、とシンが呟くとレンは、相手のMSの攻撃を捌きながら反応した。

「何で……アンタもシュティルも……戦うんだよ……?」

<戦う理由なんてそれぞれだ。私は、自分にとって面白おかしくない世界が嫌だからね>

 レンのその言葉を聞いて、シンはギリッと唇を噛み締める。

 戦う理由が分からなくなってきた。

 ミネルバを守ろうと戦ってきた。

 だけど自分は、シュティルを目の前にした時、ミネルバを放ってシュティルだけに向かっていった。

 守る事より、怒り、憎む気持ちが強くなった。

 シンは、混乱しながらももう一本のエクスカリバーを抜くと、相手のMSに向かって振るった。

「うおおおおおおおおお!!!!!!!」

 突然の事で相手も反応出来なかったのだろう。機体の片腕を切り裂いた。すると、相手のMSが両腰のビーム砲を上げて、狙いを定める。

<させるか!!>

 が、即座にレンが発射する前に、ビーム砲を切り裂く。すると、相手のMSは背を向けて、その場から去って行った。

<……………タケミカズチ?>

 ふと、レンが呟いたのでシンは海に視線をやると、オーブ軍の旗艦がミネルバに向かって突っ込んで行っていた。



「やめろ! やめるんだ、タケミカズチ!」

 ストライクルージュで、オーブ軍に停戦を呼びかけていたカガリは、ミネルバから集中攻撃を受けているタケミカズチに向かって叫ぶ。エリシエルのバビと、 何とか持ちこたえているレイのザクファントム、そしてミネルバの攻撃に、流石のオーブ軍空母も堪え切れず、炎上していた。

<カガリさん! キラくんの救助は終わったわ! 残念だけど……これ以上は、もう……>

 通信でマリューの悲壮な言葉が響く。ついさっきシュティルも死んだ。カガリは、目の前で次々と散っていく自分の国の人間達に、自然と涙が溢れ出た。

「やめろ……やめるんだ……!」

 しかし、カガリの声はタケミカズチには届かなかった。その時、一機のムラサメが、ストライクルージュの前にやって来た。

<カガリ様、どうかお下がり……>

 混乱する戦場で自分を守りに来てくれたのだ。そのパイロットは最後まで言い切る事無く、ミサイルに当たって散っていった。

「う……ああああああ!」

 自分の力不足が、この事態を招いてしまったのに庇って死んでいった。その事が、彼女の胸を深く抉るのだった。




「おま、お前! 何をやっているんだ、トダカぁ! これでは……」

 血相を変えてトダカ一佐に掴み掛かるユウナ。しかし、トダカは平然と彼を見返して言った。
 
「ユウナ様はどうか脱出を」
 
「え?」

 虚を突かれたかのようなユウナは呆然となる。トダカ一佐は、その間に指示を飛ばした。
 
「総員退艦!」

「は! 総員退艦!!」

 アマギが復唱すると、オペレーターの声と警報が艦内に響く。すると、唖然としているユウナの襟首を掴んで、トダカ一佐が睨み付ける。ユウナは、足を浮か せ、怯えてトダカ一佐を見返す。

「ミネルバを落とせとのご命令は最期まで私が守ります。艦及び将兵を失った責任も全て私が……これでオーブの勇猛も世界中に轟く事でありましょう!」

 タケミカズチを犠牲にする事で、地球軍がオーブに対して賞罰を与える事は無いだろう。これで、とりあえず時間稼ぎは出来た。いつか、カガリが帰って来 て、自分達が守りたかったオーブを取り戻してくれる。そう、トダカ一佐は胸に思いを秘めていた。

 責任を背負うと言ったトダカ一佐の言葉を聞いたユウナの顔に一瞬、笑みが零れる。それを見逃さなかったトダカ一佐は、自分の保身ばかり考えているユウナ を殴りたい衝動に駆られながらも、彼を思いっきり突き放すだけにした。

 が、誰もユウナを受け止めようとせず、勢い余って扉にぶつかったユウナは、床に倒れた。

「総司令官殿をお送りしろ! 貴様等も総員退艦!」

 床に倒れているユウナを見据え、戸惑うクルー達に凄然と命じる。

「これは命令だ! ユウナ・ロマではない……国を守るために!」

 その言葉にクルー達は、敬礼して「はっ!」と応えた。トダカ一佐の言った国は、間違いなく今のオーブではなかった。ユウナは、怒鳴る気力も無く、他のク ルーに支えられながらブリッジを後にした。

「私は残らせていただきます」

 クルー達が去って行く中、副官のアマギ一尉がそう言った。が、トダカ一佐は首を横に振った。

「駄目だ」

「聞きません!」

 アマギ一尉は引き下がらない。
 
「駄目だ!!」

 その時、激しい振動がブリッジを揺すった。二人は、咄嗟に近くにあった機器を支えにした。恐らく弾薬庫が誘爆したのだろう。トダカ一佐は、此処ももう長 くないと判断すると、アマギ一尉の胸倉を掴んで、自分の方へと引き寄せた。

「これまでの責めは私が負う。貴様はこの後だ」

「………いえ!」

「この戦いで分かっただろう? 今、本当に世界に必要で、我々が共に戦わねばならぬ者達が誰なのか!」

「あ……」

「オーブだけではない………彼らなら、きっと世界を正しい方へと導いてくれる。どちらかが滅ぼし合うような世界ではない……互いに手を取り合える世界 を!」

「だ、だったらトダカ一佐も……」

 アマギ一尉のその言葉に、トダカ一佐はフッと笑った。

「あのジャスティスのパイロットは、私の古い戦友だ。そして、彼と戦っていたミネルバのMSのパイロット……彼は私がオーブで保護し、ジャスティスのパイ ロットに預けた。彼らが戦う事になった責任の一端は私にもある………私の戦いは此処で終わりだ」

「トダカ一佐………」

「頼む………私と、今日無念に散った者達の為にも!」

 思いを継いで欲しい、と。ひょっとしたら此処で死ぬ方が楽かもしれない。だが、彼は敢えて託した。若者達に。

 アマギ一尉は、後ろ髪を引かれながらもブリッジを後にした。彼を見送った後、トダカ一佐は、フゥと息を吐いて空を見上げた。そこには、ラストに手を掴ま れているインパルスの姿があり、彼らに向かって敬礼した。

 目を閉じると、色々な事が思い返される。重傷だった傭兵を助けた時、歯車は回っていたのかもしれない。オーブ戦で家族を失った少年を保護し、プラントに 住んでいる傭兵だった戦友に預け、そして、二人が戦う事になり、戦友は散った。二人の若者を出会わせてしまったのは、間違いだったのかもしれない。

 戦友に対し、申し訳ないと思い、トダカ一佐はミネルバから放たれた閃光が迫っているのをジッと見据えた。

 自分の役目は終わった。後は、自分の意志を継ぐ者達が何とかしてくれる。トダカ一佐は小さく笑いながら、閃光に飲み込まれた。




 沈み行くタケミカズチを見て、ネオは自然と敬礼をした。他のクルー達も、タケミカズチの壮絶な最期に対し、敬礼している。彼らは、オーブの連合に対する 忠誠の高さを見せた。たとえ、無理だと分かりつつも、ミネルバを沈める。

 結果、ミネルバを沈める事は出来なかったが、世界はオーブの勇猛さを知り、そして、連合を憎む。が、連合はこれ程までに忠誠を示したオーブに手出しは出 来ない。

 ネオは、こんな所で高見に見物をしている自分が酷く矮小な存在に思えた。そしてまた、この地で、戦いしか知らなかった少年を犠牲にした事がネオの胸を深 く抉った。




<誰か……いたな。タケミカズチのブリッジに>

 そうレンが呟くと、シンは大きく目を見開いてハッとなった。彼の脳裏に、あの時、助けてくれたオーブの軍人――トダカ一佐が思い浮かぶ。

 何故だか分からなかったが、ブリッジにいたのが彼だと分かった。シンは、ギリギリと歯を噛み締めると、思いっきり操縦桿を叩いた。

「くそぉ!! 俺は……俺は……」

 何をやってるんだ?

 と、自問自答した。恩人を二人も死なせた。守る、と決めて手に入れた力を逆に彼らを殺す為に使ってしまった。

 ただ泣くシンに対し、レンは何も言わず彼をミネルバまで送って行った。






 後書き談話室

リサ「シュティルさん……死亡ですか」

シン「俺は……」

リサ「今回の話の主人公は、シュティルさん、シンさん、そしてトダカ一佐ですね。シュティルさんって意外と家族思いなんですね」

シン「うう……あ、あの砂漠の虎とか、エンデュミオンの鷹みたいに奇跡の復活は?」

リサ「あり得ませんね」

シン「うぅ〜……」

リサ「これでシンさんが悩み苦しんでアニメと違って成長してくれれば良いんですけど……いざ、ミネルバに戻ればステラさんやルシーアさんは脱走してます し、泣きっ面に蜂ですね」

シン「ちきしょ〜!!!」

感想

厳無さん申し訳ない……

本日はあまり時間が無いので感想は後日と言う事で(汗)


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