<私は過ぎたことをいつまでもネチネチと言う男ではないが。だが失敗にそういつまでも寛大なわけでもない>

 モニターの向こうでジブリールは、愛猫の背中を撫でながら言ってくる。ネオは、神妙な面持ちで頷いた。

「は……」
 
<今回のエクステンデッドの損失ももう仕方がないさ。戦闘となれば敵も必死だ。そうそう君の思ったとおりにはいかんだろう。それも分かってはいる。だが、 目的は達せられなければならないのだよ……全ての命令は必要だから出ているのだ。遊びでやっているわけではない>

「ええ、その事は充分に……」

 ネオの言葉を遮り、ジブリールは嫌みったらしく言った。
 
<分かっているというのなら、さっさとやり遂げてくれないかね? 言われた通りの事を。でないと、こちらの計画もみな狂う>

 計画――と言われ、ネオは正直、うんざりした。現場では常に計画表通りにいくとは限らない。様々なアクシデントが折り重なり、計画通りにいかない事の方 が多いのだ。

 が、ずっと地下に閉じ篭って、現場の事を分かっていないジブリールは、尚も熱くなる。

<あのミネルバは今や正義の味方のザフト軍だなどと反連合勢力に祭り上げられ、ヒーローのようになってしまっているじゃないか。まったく! コーディネイ ター共の艦(ふね)だというのに! それもこれも奴等が勝ち続けるからだろう?>

「そうですかね……」

 ネオは少し意味ありげに答えた。別にミネルバが正義のヒーローではなく、連合のしている事が悪なのだと思うが、それを指示している人間が相手なので口に は出さない。が、ジブリールは嘲笑を浮かべる。

<民衆は愚かなのさ。先の事などまるで考えもせずに、今自分達に都合の良いものばかりを歓迎する>

「そりゃまあ確かに……」

<何故ああも簡単に騙されるのか。あのコーディネイター共が我等ナチュラルに本気で手を差し伸べることなどあるはずもないだろう! どうせまたすぐに手を 返される。だからあの艦は困るんだよ。危険なのだ! これ以上のさばられては……今度こそ討てよネオ。その為のお前達だということを忘れるな>

「ええ、肝に銘じて……」

「そうネオ君を責めてやるな、ジブリール」

 その時、部屋の扉が開いてキースが穏やかな表情で入って来る。その手には、二つのマグカップがある。

「閣下……」

<キース……>

「ネオ君、ウサギさんとコアラさん、どっちが好きかな?」

 スッとコーヒーの入ったマグカップの柄を見せる。カップには、可愛らしいウサギとコアラの絵が描かれている。何で、そんなものをチョイスするのか分から ないネオだったが、とりあえずコアラと答える。キースは微笑を浮かべ、カップを渡す。

「ジブリール。そうカリカリするな。あのアークエンジェルとワイヴァーンの乱入は、思った以上に大きいのだよ」

<キース。貴様なら、そのようなイレギュラー、無いに等しい筈だ>

「確かに……だが、安心したまえ。次は私もマジだよ」

<…………期待しているぞ>

「ありがとう、親友」

 フッと笑うキース。ジブリールも満足げな笑みを浮かべ、通信を切った。キースは、コーヒーを啜ると、ジッと自分の方に顔を向けているネオに気付いた。

「どうした? 私の入れたコーヒーは口に合わないかね?」

「あ、い、いえ……頂きます」

 中将という自分よりも階級が上なのに、妙に献身的で、何を考えているのか分からないキースに戸惑いつつ、ネオはコーヒーを啜るのだった。

 


機動戦士ガンダムSEED Destiny〜Anothe Story〜

PHASE−20 動く者



 


「申し訳ありません。記録、盗聴する前に見つかり、会話は聞き取れませんでした……」

 艦長室でルナマリアは、アスランを尾行した事への報告をした。タリアは、フゥと息を吐くと特に彼女を咎める様な言葉は出さなかった。

「仕方ないわね……相手を甘く見ていた私のミスだわ……貴女は大丈夫? あのワイヴァーンの副長に何もされなかった?」

「あ、はい……大丈夫です」

「そう……ゴメンなさいね、スパイみたいなマネをさせて」

「いえ……」

 労いの言葉をかけられるが、ルナマリアは堅苦しい態度で返す。

「あの……出来ましたら少し質問をお許しいただけますでしょうか?」

 自分達が『隊長』と呼ぶ人物の監視をさせられた彼女からすれば、ごく普通に尋ねたい事だろう。タリアは、その事を察して頷いた。

「当然の思いよね。良いわよ、答えられるものには答えましょう」

「ありがとうございます」

 ルナマリアは、戸惑いながらも疑問を口にした。

「アスラン・ザラが先の戦争終盤ではザフトを脱走し、やはり地球軍を脱走したアークエンジェルと共に両軍と戦ったというのは既に知られている話しです」

「ええ、そうね。本人もその事を隠そうとはしないわ」

「しかし、その事も承知の上でデュランダル議長自らが復隊を認め、フェイスとされたという事も聞いています」
 
「ええ」

「ですが、今回の事は……あの……そんな彼に未だ何かの嫌疑がある、ということなのでしょうか?」

 ぶっちゃけると、その嫌疑は当たっていた。アスランは、最初からデュランダルを疑って、探る為にザフトに復隊した事をルナマリアは知ってしまった。が、 その事をタリアには報告出来ないでいた。

「私達はフェイスである事、また議長にも特に信任されている方という事でその指示にも従っていますが……」

「そういう事ではないわ、ルナマリア」

 どうやらタリアは、ルナマリアがアスランをスパイだと思っていると考えたのだろう。アスランは、デュランダルを探ってはいるが、別に後ろ盾があって行動 している訳ではない。ただ個人的にデュランダルを探っているのだ。

「貴女がそう思ってしまうのも無理はないけど、今回に関しては目的は恐らくアークエンジェルとワイヴァーンの事だけよ。彼が実に真面目で正義感溢れる良い 人間だという事は私も疑ってないわ。スパイであるとか裏切るとかそういう事はないでしょう。そんな風には誰も思ってないでしょうし」

 確かにアスランは、いざ戦闘になると本気でミネルバを守る為に戦っている、というのはルナマリアも知っている。きっと彼は、ザフトそのものには何の疑問 も持っていないのだろう。彼が疑っているのはデュランダル一人。彼が、必死にミネルバのクルーの為に戦っているというのも事実なので、ルナマリアは、その 事を言えなかった。

 現に、彼の友人達が、本物のラクスという人物と行動を共にし、その人物がデュランダルによって命を狙われたという話を聞いて、ルナマリア自身、デュラン ダルを100%信じる事が出来なかった。
 
「でも今のあの、アークエンジェルの方はどうかしらね? 確かに前の大戦の時にはラクス・クラインと共に暴走する両軍と戦って戦争を止めた艦だけど……で も今は? 海賊に艦を拿捕され、仕方なく協力している、というのは恐らく芝居ね。アークエンジェルが、海賊を隠れ蓑にしている方が、まだ納得いくわ」
 
「……はい」
 
「何を考えて何をしようとしているのか全く分からない。どうしたって今知りたいのはそれでしょう」

 何の為に戦闘に介入し、何の目的を持って動いているのか全く分からない。少なくとも、あのレンと駆け引きするのは、無謀だと思えて来た。

「アスランもそう言って艦を離れたのだけれど。でも彼はまだあの艦のクルーのことを信じているわ。オーブの事も……ほんとは戦いたくはないんでしょう…… だからそういうことだと思っておいてもらいたいんだけど、良い?」

 そうタリアに言われ、ルナマリアは頷いて敬礼すると艦長室から出て行った。部屋から出ると、ルナマリアは、早足で廊下の角を曲がると、ハァと大きな溜息 を零し、床に座り込んだ。

 タリアに対し、嘘の報告をしてしまった事に良心が痛んだ。シュティルには、『話したければ好きにして良い』と言われ、途中まで聞いていた会話の内容を話 す事は出来た。

 が、彼女はしなかった。すれば、アスランの身が危うくなるのもあったが、彼女自身、何が正しいのか分からなくなりかけていた。

 連合のしている事は絶対に悪い。それは間違いない。だが、アークエンジェルのクルーはともかく、レンやリサ、そしてシュティルといったワイヴァーンの面 々を悪いと決め付けれなかった。

 確かに戦闘に介入したが、彼らは最初、停戦を呼びかけた。死んだと思っていたハイネも救助し、治療したと言う。ルナマリアは、シュティルに撫でられた頭 を自分で撫でる。少なくとも、その手は温かく、大きかった。





「生化学の再チェックのデータは!?」

「待ってください、今!」

「駄目だ! 酸素マスクを!」

 シンが、医務室を訪れると、まるで戦場の様だった。軍医と看護師が慌てふためいている中、ステラは酸素マスクを取り付けられ、苦しそうな表情を浮かべて いた。
 
「ステラ!? どうしたんですか、一体!?」
 
「下がっていなさい!」

 思わず全身が凍り付きそうになり、部屋に駆け込んで来るシンを、軍医が厳しく制する。

「どうもこうも私にだって分からんよ。薬で様々な影響を受けていてまるで分からん体だと言ったろう?」

 軍医は、生体データを見ながら言う。

「え……でも……」

 数時間ぐらい前にも来たが、その時、彼女は包帯は取れていないが、体調は落ち着いているように見えた。なのに今、まるで病人のように苦しんでいる彼女の 姿に、シンは言葉を詰まらせた。
 
「一定期間内に何か特殊な措置を施さないと、身体機能を維持できないようでもある……あの海賊の彼も言っていただろう?」

 『このまま放置してると一週間持たない』……そうレンは確かに言った。一週間持たない……シンは、その現実に顔を青ざめさせた。

「それが何なのか、何故急にこうなるのか、現状ではまるで分からんさ」

「そんな……」

 愕然となって立ち尽くすシン。すると、ステラが彼に気付いて、震える声で呼んだ。

「シ……ン?」
 
「! ステラ!」

 固定された手が伸ばされ、シンは慌てて彼女の手を握り返した。彼女の、赤い瞳に涙が滲んだ。
 
「い……や……恐い……シン……まもる……」

 シンは、手を強く握って唇を噛み締める。絶対に守ると約束したのに、今、自分には何も出来ない。それが、歯痒くて堪らなかった。
 
「こういった薬の研究に関しちゃ、我々よりナチュラルの方が遙かに進んでるからな……まったく」

 溜息混じりの軍医の言葉を聞き流し、シンは強くステラの手を握り締めた。今、自分に出来るのはそれぐらいしかなかったのだ。




「というように、まぁ策としては至ってシンプルです」

 オーブ軍空母、タケミカズチへとネオは赴いて作戦の詳細を語った。副官であるアマギ一尉は、厳しい表情でネオを見ている。

「しかしそれで本当に上手くいきますか?」

 作戦を全て聞き終え、トダカが疑問の声を上げた。ネオの言った作戦は、入手したミネルバの航路で待ち伏せし、迎え撃つと言うものだった。

「そもそもその情報の信頼度はどれくらいなのです? 網を張るのはよいのですがミネルバがもしも……」

 違うルートを辿れば作戦そのものが崩壊する。あくまでミネルバが情報通りのルートを辿る事を前提とした作戦なのだ。地球連合の情報収集力を甘く見ている 訳ではないが、トダカの質問はごく普通の、当たり前のものだった。

「おいおいおい! 此処まで来てそんな事を言い出されても困るだよんなぁ」

 そんな彼の考えなど分かる筈も無く、ユウナが会話に割って入って来た。

「当てずっぽうで軍を動かすような真似を誰がするか? ミネルバは間違いなくこのルートを通ってジブラルタルに向かうさ……出港ももう間もなくだ」

 自分で作戦の全てを立案したかのような口調で喋るユウナ。

「そういう事は大佐と僕でもうちゃんと確認済みなんだから……君達はこっから先のことを考えてくれれば良いんだよ!」

 確かにユウナの言う通り、軍人は指揮官の命令に従わなければならない。が、彼らが忠誠を誓ったのはセイラン家ではない。アスハ家、そしてオーブの理念を 守る為、軍に身を投じたのだ。ハッキリ言って、彼らにとってユウナは、苛立ちの対象でしかなかった。
 
「ユウナ様は的確ですなぁ。決断もお早い。オーブはこのような指導者を持たれて、いや実に幸いだ」

 が、ネオの見え透いたお世辞にユウナは、益々、偉そうな態度になる。

「いえいえ、このくらいの事」
 
「厳しい作戦ではありますが、だがやらねばならない」

「そして我がオーブ軍ならできる!」

 ネオの言葉に同調し、高らかとユウナが言う。

「しかし! これでは我が軍は……」

「これでミネルバを討てれば我が国の力もしっかりと世界中に示せるだろうね〜」

 アマギの反論を遮り、この遠征は明らかにオーブの為ではなく、権力と地位の為だというような台詞を吐くユウナに、トダカ達は苦い表情を浮かべる。
 
「出来るだろ?」

「……ご命令とあらばやるのが我々の仕事です」

 トダカは目を閉じ、同意するとアマギは悔しそうに唇を噛み締めた。

「今度はあの奇妙な艦は現れないと思いますが……」

 ネオが、ふとそう言うとユウナは、ギクリと身を竦ませた。

「万が一そのような事になっても大丈夫ですね? あれは敵だと、あの代表と名乗る人物も偽者と仰いましたな。ユウナ様は?」
 
「ッ……そ、そうだ!」

「ユウナ様!」

 自らの婚約者を偽者呼ばわりするユウナに、思わずアマギが声を上げた。

「あんなものまで担ぎ出し、我が軍を混乱させようとする艦など……我等にとっても敵でしかない! そうだな、トダカ一佐! だから貴様も撃った!」

「……はい」

 ユウナの言葉に、トダカは握り締めた拳を震わせながら顔を俯かせた。

「では、そういう事で」

 ネオは、彼らの返答に満足した様子でブリッジから出て行った。





「わ〜い!! キレーなねーちゃんだ〜!!」

 どぐしゃっ!!

「誰、コレ?」

 フリーダムから降りて来たキラとミリアリアは、彼女にとって久し振りのアークエンジェルのドックに立った。すると、レンが彼女に向かって飛びついて来た が、見事なカウンターパンチが決まった。

「ひゅ〜……やるな、嬢ちゃん。そんなんじゃ、嫁の貰い手が無くなるぜ?」

「いいのよ。アタシのやることのあーだこーだ文句言う男なんてこっちからフッてやるんだから」

 キラやマードックを始めとするミリアリアを懐かしむクルーが、その言葉に表情を引き攣らせ、頬を真っ赤に腫らしているレンを見る。キラは、とりあえずレ ンを紹介する。

「ほ、ほら……この人がアスランの尊敬する先輩のレン・フブキさん」

「この人が? ただのセクハラじゃないの?」

 話には聞いていたが、アスランが尊敬するほど凄い人物に思えずズバッと言い放つミリアリアに、キラは表情を引き攣らせながらも否定出来なかった。

「ふ……甘いな、お嬢さん」

「うわ、復活早っ」

 ムクリと起き上がり、口から出てる血を拭きながらレンは、笑みを浮かべて言った。

「街中で綺麗な女性を見つけたら、その人を、つい視姦したり、頭の中で犯すなんて男にとっては自然現象で、私みたいに少しソレが強いのは何ら不思議ではな いのだ!!」

「「「「「「お〜」」」」」」

 拳を握り締めて力説するレンに、周りのマードックを含めた整備班は拍手する。中には、涙を流して頷いている連中もいる。此処は、変態の巣窟かと思いつ つ、ミリアリアは、頬をヒクつかせ、学生時代から知っているキラに尋ねた。

「…………そうなの?」

「ち、違うよ!」

「大体、最近の男どもは、女性に圧されてなっちょらん。亭主関白って言葉は廃れ、尻に敷かれる者ばかり。ツンデレ? そんな萌え要素、私には利かんばい。 ツンデレとは、ツインテールであって初めて、そのエフェクトを発揮するものぶっ!!」

 何か意味不明な事を、訳の分かんない方言で講義を始め出したレンを後ろからリサが蹴っ飛ばし、後頭部を踏みつける。洗面用具を持っている所を見ると、温 泉に入っていたようだ。

「兄さん、もし次、街に出てそんな事してるようでしたら後ろから容赦なく刺しますよ?」

「ご、ごべんばざい……」

 床とキスして謝るレン。ついさっき『亭主関白』やら『尻に敷かれる者ばかり』とか言って昨今の男性を嘆いていたのは、現在、妹に踏まれている彼である。

 ミリアリアは、リサの容貌に驚いて凝視しているが、彼女は特に気にした様子も無く、ペコリと頭を下げて挨拶した。

「初めまして。この愚兄の妹をしていますリサ・フブキです。この度は、兄が大変、ご迷惑をおかけしました」

「い、いえ……」

「今、お詫びをしようにも出来ませんので、後程、ドラゴネスへとお越し下さい。料理などをご馳走します」

「お、お構いなく……」

 リサの歳不相応な対応に、ミリアリアはつい戸惑ってしまう。リサは、レンの襟首を掴むと、ブリッジへと向かう。

「さ、兄さん、行きますよ。キラさん達も早くお越し下さい」

「え?」

「オーブ軍がクレタに展開したようです」




「オーブ軍がクレタに展開!?」

 レン達が、アークエンジェルのブリッジに着くと、カガリの驚いた声が耳に入った。

「という事は、やはりまたミネルバを?」

<十中八九そうだろうな。今じゃミネルバは英雄扱い。連合としては潰しておきたいだろうさ>

 モニターには、ドラゴネスの艦長、ラディッツがマリューの質問に肩を竦めて頷いた。

「どうしたんです?」

 キラが声をかけると、深く考えていたマリュー達が、ミリアリアを見て、表情が明るくなった。
 
「ミリアリアさん!」

「お久しぶりです」

 ミリアリアは笑顔で懐かしい面子に挨拶する。リサは、その間、ラディッツにミリアリアの事を説明している。

「元気? エルスマンとは?」

 チャンドラが、声を弾ませて尋ねると、ミリアリアはシレッと答える。

「フッちゃった」
 
 どうやらディアッカは、ミリアリアに、あーだこーだ言ってフラれたようである。すると、レンがキラに尋ねて来た。

「エルスマンってディーすけ?」

「は?」

「ディアッカ・エルスマン」

「あ、は、はい、そうです」

 アスランの先輩なら、ディアッカの事も知っていておかしくない。キラは頷くと、レンはミリアリアを見て、「ふ〜ん」と笑みを浮かべた。

「ディーすけめ……私の楽しみに取っておいたエビフライを食べたんで、鼻の穴にタバスコを流し込んで泣き叫んでいたアイツが、こんな可愛い娘にね〜……」

「そんな事したんですか!?」

「うむ。以来、彼は何故か私を見ると泣いて逃げて行った」

 そんな事されたら誰だって恐がるとクルー全員が心の中でディアッカに同情した……ミリアリアさえも。

「(もう少し……優しくしてあげれば良かったかな……)」

 あの馬鹿にも、そんな辛い過去があったのかとミリアリアは、少しだけ目頭が熱くなった。その時、通信機が鳴った。

「あ……」

 ラクスに代わり、通信士席に座るカガリが、慣れない手つきで電文を開こうとするが、もたついてしまう。すると、ミリアリアが、後ろから手を伸ばし、慣れ た手つきで電文の内容を読み上げた。

「暗号電文です……“ミネルバはマルマラ海を発進、南下”」
 
 その内容にクルー達の表情が強張る。レンは、一人だけ眉を顰め、真剣な表情になる。ミネルバは、南下してジブラルタルへ向かうだろう。しかし、その先に はクレタがあり、オーブ軍が待ち伏せしている。

<これで決まりだな。クレタで、派手な祭りが始まるだろうぜ>

 皮肉げに、ラディッツが言うと、ブリッジ全体が沈黙する。すると、レンが口を開いた。
 
「行くしかないんじゃない?」

 その言葉に皆が、驚いた顔になる。今まで、あくまでも決断は相手に委ねていたレンが、こういう積極的に参戦するような発言はしなかった。

「今の状況だと、地球軍の幹部も焦れてる筈だ。そうなると、少なからず何らかの成果を求めてくる。キースは、次辺り、ミネルバのMSを本気で落としにかか るよ」

 そう言われ、キラやカガリは、ミネルバにいるアスランを思い出した。レンは、目を閉じてフゥと息を吐くと、ゆっくりと瞼を上げる。その目は、今までのお 気楽な雰囲気は感じさせず、真剣な目つきになっていた。

「今、連合を率いていると思われる“未来の見える死神”……キース・レヴィナスは、大昔っからのライバルでね。ハッキリ言って、アイツが本気を出したら、 ミネルバぐらい一瞬で沈められる。私個人としては、ミネルバに死なせたくない人物がいるんだけど?」

 そう言い、レンは、キラ達を見る。彼らも、アスランは元より犠牲は出したくない。それが、連合であろうとザフトであろうと。

 マリューは、皆が頷き、そしてモニターの向こうでラディッツが頷くのを確認すると、ノイマンを見る。ノイマンは、笑みを浮かべて頷き、操舵席に座る。

「アークエンジェル、発進準備を開始します!」

「ほら、兄さん! 私達もドラゴネスに戻りますよ!」

「はいはい」

 レンとリサは、ドラゴネスに戻るのでブリッジから退出する。すると、ミリアリアが、ソッとカガリからインカムを取った。

「どいて」

「え?」

「貴女には他にやることがあるでしょう? 此処には私が座る」

 そう言って、ミリアリアはカガリと席を替わる。それを聞いて、マリューが少し戸惑った様子で尋ねた。

「貴女がそこに座ってくれるのは心強いけど、でも良いの? 折角……」

 軍を辞め、新しいフリーカメラマンの道を歩み出したのに、再びその席に座り、戦いに参加するのは、キラやマリューを躊躇わせた。が、ミリアリア本人は、 笑顔で頷いた。
 
「ええ。世界も皆も好きだから写真を撮りたいと思ったんだけど……今はそれが全部危ないんだもの。だから守るの。アタシも」

「そう……ありがとう」

 その言葉に、キラやマリューは微笑んだ。



 地球軍空母、J.Pジョーンズでは、スティングとアウルが、ミネルバの艦影を捉えたので、パイロットスーツを着て、それぞれMSへ乗り込む。その時だっ た。アウルが、キャットウォークを走っている途中、ある違和感に気付いた。

「ん?」

「どうした?」

「あ……いや……何か此処……」
 
「あん?」

 そうして、2人が見上げた先には、それぞれの機体――カオスとアビスとバースト、クライスト、そして新型機がある。が、アウルが見ているのは、それらと は別の所だった。

 何かが足りない……そんな気がする。

 アウルは、その違和感に気付かず、自分の機体に乗り込んだ。

「な〜んか大事なこと、忘れてる気がするんだよなぁ」

<何だよ? 大事なことって>

 ボヤくアウルに、通信機でスティングが尋ねてくる。

「それが分かんねーっつってんの!」

 何に違和感を感じているのか分からず、苛立って返すアウル。スティングは、苦笑いを浮かべて、からかうように言った。

<ひょっとしてルシーアか? たかが街に遊びに行ったくらいで、心配なのか? 意外と可愛い趣味……>

「だぁ〜! 違うっての! あんなガキの事、心配するわけ……ガキ?」

 ガキってルシーアだけだったか?

 何だか、妙な感じがしてアウルは胸の中のモヤモヤが晴れないまま、発進するのだった。



「前方に艦影!」

 エーゲ海を走るミネルバ。普通だったら、美しい海の景色を見ながら、という所だったが、バートの声に一気にブリッジ内に緊張が走る。

「なんだと!?」

 アーサーが驚きの声を上げ、メイリンが手元の景気を見る。

「空母1! 護衛艦3!」
 
「例の地球軍空母は?」

 言うまでも無く、カオスとアビスを備えている空母の事だ。

「確認できません」

「索敵厳に! 急いで。オーブ艦だけなんて事はないはずよ」
 
「はい!」

「ブリッジ遮蔽! コンディション・レッド発令」
 
 遮蔽されるブリッジ。警報が鳴り響き、メイリンがクルー全員に通達する。

「コンディション・レッド発令! コンディション・レッド発令! パイロットは搭乗機にて待機せよ。繰り返す、パイロットは搭乗機にて待機せよ」

 タリアは、その間、相手が明らかに待ち伏せしていた事に唇を噛み締めた。万全の状態で網を張り、待ち構えていた相手に、こちらは何の対策も持っていな い。ただ、MSを発進させて迎え撃つしかなかった。

 そうしている間に、相手のMSが発進されてきた。

「インパルス、セイバー、バビを出して」
 
「はい!」
 
「面舵30。東に針路を取る」

 指示を出しながらも、タリアは、あの地球軍空母が姿を見せない事が、気がかりだった。格納庫では、各MSが発進準備に入っている。その時、バートの叫び 声が響いた。

「砲撃、来ます!」

 オーブ艦隊から、ミネルバに目掛けてミサイルが発射された。タリアは、即座に指示を飛ばす。

「MS発進停止! 回避しつつ迎撃!」

 マリクが大きく舵を取り、CIWSで相手のミサイルを薙ぎ払う。が、次の瞬間、ミネルバの真上で、ミサイルが一斉に炸裂した。

「「「「「!?」」」」」

 クルーの誰もが度肝を抜かれ、気付いた時には、大量の弾丸の雨がミネルバに降り注ぎ、艦の装甲を貫いた。

「上面装甲! 第二層まで貫通されました!」
 
「くっそー! 自己鍛造弾のシャワーだ!」

 敵の攻撃にアーサーが歯噛みする。

 自己鍛造弾……爆発成形弾とも呼ばれ、母体となる弾の中に小さな弾がたくさん詰め込まれ、炸裂した際の爆炎で砲弾に変形し、超高速で対象に降り注ぐ兵器 である。

 もし、ブリッジクルーが、上にいたら全員、その場でお陀仏だっただろう。

「ダメージコントロール! 面舵更に10!」
 
「9時の方向に更にオーブ艦! 数3!」

「えぇ!?」

 アーサーが再び驚きの声を上げる。

「2時方向上空にオーブ軍ムラサメ9!」

 これでは、完全に挟まれ、相手のペースになってしまう。タリアは、焦りながらも指示を飛ばす。
 
「シン、アスラン、エリシエルを出して! トリスタン、イゾルデ照準、左舷敵艦群!」

「はい!」

 タリアの指示に従い、アーサーはコンソールに飛びつき、彼女はバートにも指示を飛ばした。

「まだあの空母がいる筈よ。索敵急げ!」

「はい!」




「(弔い合戦……にもならんがな……ステラ……だが今日こそはあの艦を討つ!) 」

 J.Pジョーンズのブリッジでは、ネオが仮面の下でステラに対し、そう呟いた。彼の視線の先には、オーブ艦隊自慢の八式弾を受け、穴だらけのミネルバの 姿があった。

「さて……と」

 その時、後ろの席に座って“ケーキの歴史”というタイトルの本を読んでいたキースが、パタン、と本を閉じて立ち上がった。

「閣下?」

「私も出るとしよう」

「はっ! 格納庫に、エンペラー出ると伝えろ!」

 キースがそう言うと、艦長は敬礼して指示を飛ばす。

「ああ、ネオ君」

「はっ」

「恐らく例の竜と天使が来ると思うが、決してユウナ氏を刺激しないように……黙って見ていたまえ」

「は? 何故でしょう?」

 来たら、恐らくまた、あのオーブの代表とかいう人物が戦闘停止を呼びかける筈だ。なのに、彼はユウナには、何もするなと言うのだ。分からず、疑問を口に すると、キースは目に凍てつくような冷たさを宿らせ、笑みを浮かべた。

「その頃には、そんな暇が無いからさ」

 そう言って、白衣を翻して去るキースに、ネオは異様な寒気を感じた。そして、その間にカオス、アビスが発進したのだった。




 格納庫では、キースが新たなMSを見上げて笑みを浮かべていた。

「閣下。パイロットスーツは付けなくてよろしいのですか?」

 軍服に白衣という格好のまま、MSに乗り込むキースに整備班の――まだ若い――青年が尋ねると、本人は笑顔を浮かべて言った。

「心配してくれてありがとう。だが、心理学的に、自分が最も気に入ってる格好だと士気が高揚するのだよ。一種の暗示だね……だが、君がそう言うのなら、着 ても構わないが……」

「い、いえ! 申し訳ありません! 出過ぎたマネを……」

 敬礼して謝る整備班の青年に、キースはフッと笑う。

「君は確かクライストの整備もしてくれていたね……いつも感謝しているよ。もし、この戦いで生き残れたら、君の昇進を申請しておこう」

「そ、そんな……勿体無いであります!」

「君達、整備班のお陰で私は安心して戦いに臨む事が出来る。君達は、自分に誇りを持ってくれたまえ」

「は……はいっ! ありがとうございます!」

 整備班の青年は、自分みたいな下っ端に、こんな風に声をかけてくれるキースに心の底から感動した。相手は中将……正に雲の上の人物だが、常に部下を気遣 い、相手の先の先の先を読む“未来の見える死神”と呼ばれ、軍で彼を慕う者は多かった。

 やがて、MSのコックピットハッチが閉まり、灰色のボディが紫色に染まる。そのMSは、普通のMSより一回りほど大きく、両肩に巨大な円盤状のシールド が特徴的で、背中からは、後ろに長い突起物が伸びている。両腰には、ビーム砲が二門ずつ、両手のアーマーには鋭い刃が四つずつ光らせている。

<GAFX−X99Z“エンペラー”、発進どうぞ>

 目の前のハッチが開き、機体の緑色の双眸が怪しく光る。

「キース・レヴィナス……エンペラー、発進するぞ」





 〜後書き談話室〜

リサ「はい、キースさん。クライストを殆ど使わないまま新型MSで発進しました」

キース「はっはっは。いや、私が余りに強過ぎて使い所が無いのも原因なのだがね」

リサ「ちなみに、どういう機能なんです?」

キース「うむ。まず、両肩のシールドはビームカッターとなりドラグーンシステムで遠隔操作可能。また、ゲシュマイディッヒパンツァーの機能も装備してお り、ビーム攻撃を曲げる事も可能。まぁ機体自体が、フェイズシフト装甲で核動力だからダウンする事も無い。しかも、ミラージュコロイド搭載で、両腕は、か のアルトロンガンダムやドラゴンガンダム、ガンダムヴァサーゴのように伸縮自在なので、姿を消して攻撃する事も出来る。そして、何よりも強力なのが背中に 搭載された超大型ポッドだ。これは、ドラグーンシステムで遠隔操作できるのだが、今までのように大量のポッドから包囲攻撃ではなく、一機のポッドを操り、 様々な場所から陽電子砲を撃つのだ。しかも、ポッドもフェイズシフト装甲なので、ちょっとやそっとじゃ壊れない。言ってみれば、超小型版遠隔操作式ジェネ シスみたいなものか」

リサ「はい、説明長々とありがとうございます。分かった事といえば……ユニウス条約完璧無視の最悪最強過ぎるMSですね。デストロイなんか玩具じゃないん ですか?」

キース「やはりボスキャラたるもの、これぐらい最強のMSに乗らなくてはならん」

リサ「あ、ボスキャラって自覚あるんですか?」

キース「当然だ。この物語は、私とレンの世界すら揺るがす因縁の下に作られているのだからね。レンのライバルである私がラスボスなのは当然だろう? かの ア○ロとシャ○のように……いや、彼らほど私達は偉大ではないな」

リサ「此処まで清々しいと議長みたいに腹黒さを感じませんね……寧ろ主人公の兄さんの方が腹黒?」

キース「議長殿は、あの声で相当、損してると思うな〜、私は」

リサ「私もそう思います……ところで前々から気になってたんですが、貴方と兄さんの関係は?」

キース「とても一言では語れないな……さて、次回は私のエンペラーが正に皇帝の名の如く史上最強の力で活躍するので期待してくれたまえ」

リサ「ミネルバの皆さん、兄さんやキラさんが行くまで持ち応えれるでしょうか? まぁシンさんは別に死んじゃっても……」

キース「おやおや」

感想

厳無さん申し訳ない……

本日はあまり時間が無いので感想は後日と言う事で(汗)


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