「キサカ!」
オーブに入港したアークエンジェルの下に、オーブ陸軍特殊空挺部隊一佐、レドニル・キサカ。彼が突然、連合の仕官服を来てやって来た事にカガリは驚愕す
る。
アークエンジェルはオーブに戻ると、秘密ドックへと入港し、補給と修理を受けている。そして、彼と共にやって来た女性を見て、カガリは目を見開く。
「貴女は……」
「お久し振りです、アスハ代表」
ザフトの赤服を纏う女性――エリシエルに、キラやマリュー達は戸惑うが、彼女はニコリと微笑んだ。
「初めまして。貴方がキラ君ね」
「え? あ、はい……何で?」
僕の名前を? と、キラが不思議そうに問いかけると彼女は苦笑した。
「ふふ……アスランから聞いてるわ。心配の種が尽きない幼馴染だって」
「アスラン!?」
彼の名前が出て、カガリは過敏に反応する。
「彼女とアスランはザフトを抜け出したらしい」
「「「「「「「「(またか……)」」」」」」」」
キサカのその言葉に、そこにいた全員が、アスランがザフトを抜け出した事に驚くよりも、また脱走した事について表情を引き攣らせた。まぁ、元々、デュラ
ンダルを探る為にザフトに戻ったのだが。
「それで、アスランは?」
「それが……」
エリシエルは表情を苦くして話した。まずアスランがMSを奪って陽動して、その間にエリシエルは地球連合軍に潜入していたキサカと接触し、事情を説明し
て脱出した後、アスランと合流する予定だった。
が、途中でアスランの奪ったグフが撃墜されたという報告が入った。それを聞いて、カガリの表情が一瞬にして青ざめる。
「でも……レンが乱入して来たそうなの」
「フブキさん?」
「ええ。あの性悪のレンがいて、みすみすアスランを死なせるとは思わないけど……」
「マリューさん、今、ドラゴネスと通信出来ますか?」
「駄目ね。足が付くわ」
同じ地球上でもかなりの距離がある為、電波を辿られ、オーブに此処の存在がバレる可能性がある。あちらからの暗号電文でも待つしかない。
「アスラン……」
今はただ、彼の無事を祈る事しか出来なかった。
機動戦士ガンダムSEED Destiny〜Anothe Story〜
PHASE−26 ヘブンズベース攻防
「ジブラルタルからヘブンズベースに通告があったぞ〜」
同じ頃、ヘブンズベースへと向かうドラゴネスのブリッジにキャナルの報告が響く。ラディックが、読み上げるよう指示を出す。キャナルは、通信文を読み上
げた。
「『我等ザフト及び地球連合軍はヘブンズベースに対し以下を要求する。一、先に公表したロゴス構成メンバーの即時引き渡し。二、全軍の武装解除、基地施設
の放棄』だと〜」
「そんな要求、あのジジィどもが呑む訳ないでしょ」
ましてや、連中にはブルーコスモスの盟主のジブリールがいる。彼が、コーディネイターの言う事を素直に聞くような人物ではない。
「どっちが勝つと思います、先輩?」
「ま、普通に反ロゴス同盟だね」
さわさわ。
「きゃあ!?」
メイリンのお尻を触りながらアスランの質問に答えるレン。メイリンは甲高い悲鳴を上げて、アスランの後ろに隠れる。レンは、とっても素敵な微笑を浮かべ
て、手をニギニギさせる。
「うんうん。その初々しい反応が良いね〜。ステラちゃんは、無反応だからつまらなくてぶろっ!!」
「親父ですか、貴方は!!」
っていうか、セクハラ親父そのものであるレンに延髄蹴りをかますリサ。そこへ、冷ややかにラディックが言って来る。
「お〜い、レン。遊んでないで準備しろよ。俺らが行く頃には祭りが始まってるだろうしな」
「無理……死にそう……」
「早く行きなさい!!」
「わごんっ!!」
リサに蹴っ飛ばされ、ブリッジから追い出されるレンに、アスランはハァと溜息を零した。
「要求への回答期限まであと5時間」
アイスランド沖――ヘブンズベースを取り囲む数多くの戦艦。空にはMS部隊、海中には潜水艦、そして大気圏外ではMSの突撃部隊が控えている。それらは
全て反ロゴス同盟であり、ミネルバには司令部が設けられていた。
デュランダルの隣の椅子に座るタリアが腕時計を見ながら言う。艦長席にはアーサーが座り、その後ろにはデュランダル、タリアだけでなく、ザフトの幹部ク
ラスが揃っている。
「やはり無理かな。戦わずに済めばそれが一番良いのだがね」
ジブラルタルから出る際に出した降伏勧告に対し、未だ相手からの返答は無かった。氷の大地に建造されたヘブンズベース基地。そこには未だ動きは無い。
そのヘブンズベースでは、ジブリールとロゴスの面々が忌々しげに集まった艦隊をスクリーンで見ていた。
「ふん、通告して回答を待つか。デュランダルはさぞや今、気分の良い事でしょうよ」
意気消沈して革張りのソファーに腰掛けるロゴスの老人達と違い、ジブリールは追い込まれたというような表情はしていなかった。彼らの中には、民衆の私刑
により、既に死んだ者もいる。
「だがこれで本当に守りきれるのか、ジブリール?」
ロゴスの一人が問うと、ジブリールは笑みを浮かべて得意満面に答える。
「守る? はっ! 何を仰ってるんですか!? 我々は攻めるのですよ、奴らを! 今日ここから! 我々を討てば戦争は終わり平和な世界になる? はんっ!
そんな言葉に易々と騙されるほどに民衆は愚かです。だが、だからこそ我々が何としても奴を討たなければならない!」
ジブリールは、まるで目が曇り、デュランダルに騙されている民衆を救ってやるかのような英雄的な使命感に燃えていた。それを聞いていた将校達も揃って頷
く。
「本当に取り返しのつかない事になる前に、この世界は奴とコーディネイター共のものになる前にです」
「確かにのう……我等を討ったとてただ奴らが取って代わるだけじゃわ」
「正義の味方や神のような人間などいる筈もないということを我々は知っていますがね」
所詮、デュランダルも欲望を持った人間でしかない。人間は誰もが自分が可愛く、自分の為だけに生きる。デュランダルも、自分達を蹴落として、世界を裏で
支配する地位に就きたいだけだと彼らは思っていた。
「準備が出来次第始めます。議長殿が調子に乗っていられるのも、もう此処までだ。格好を付けてノコノコと前線にまで出てきた事を奴にたっぷりと後悔させて
やりましょう……あの世でね」
自信満々にジブリールはほくそえんだ。
「インパルス……やっぱり凄いね」
パイロットスーツに着替え、出撃準備に入っているルナマリアがポツリと呟く。デスティニーに乗る事になったシンに代わり、彼女がインパルスに乗る事に
なった。
「扱えるかな、私に? シンみたいに……」
「ルナ……」
いつもは勝気なルナマリアらしくない態度に、シンは戸惑う。
「シンは……これでロゴスを倒したら本当に平和になると思う?」
「え? それは……」
口篭るシン。ロゴスは倒さなくてはいけない。そう思うが、いざ、ロゴスを倒すと平和になるか? と問われたら答えられなかった。そんなシンの反応を見
て、ルナマリアは微笑を浮かべる。
「シン……変わった」
「変わった? 俺が?」
「前までのシンだったら、絶対にロゴスを倒せば平和になるって信じて、突っ走ってたもん……何で?」
「何でって…………分かんないよ、そんなの」
自分でも余り変わったなどという実感が無い。
「ただ……もう手のかかる子供でいたくないって思っただけで……自分で何が正しいのか間違ってるのか……考えなくちゃいけないって……」
それでも今も何が正しくて間違っているのか分からない、と苦笑するシン。
「でも、アスランとメイリンを逃がしたのは……間違ってないと思う。ルナに悲しい思いさせなくて済んだから……」
何かを失い、悲しむのはもう自分だけで良い。自分の周りには、そんな思いをさせない。そう言った彼に、ルナマリアは、近づいて来て、彼の胸に額を当て
た。
「ルナ?」
「…………今のシンなら……あの人も満足してくれる……」
あの人、と聞いてシンの体が一瞬、震える。ルナマリアは、ポンポンと背中を叩いて安心させる。
「大丈夫……私は何処にもいかない。シンは私が守って上げるから」
『迷惑でなければ、シンを気にかけてやってくれ。どうも、アイツは守るより、守られる側の人間のような気がしてならなくてな』
そう言われた時、ルナマリアは分からなかった。少なくともシンは、誰かに守られるほど弱くない。沢山の敵を倒す強い力を持っていると思っていた。
だが、シュティルが死んだ時、子供みたいに後悔して泣くシンを見て分かった。彼が『守る』と言うのは、失う事を恐れているから。だから守ろうと必死にな
る。
そして彼は成長した。自分にとって大切なものだけなく、他人の大切なものも守ってくれた。憧れの人と肉親を殺さないでくれた。だから今度は自分の番……
沢山のものを失い、そして自分と周りの人達の大切なものを守ろうとする彼を守る。
「あの人に言われたからでも、シンに同情したからでもない……私が自分の意志でそうしたいって願ったから……ね?」
「ルナ……!」
シンは、今にも泣きそうになりながらルナマリアを抱き締める。ルナマリアもシンの背中に手を回す。
もう手離したくない。シュティルも、ステラも、ルシーアも、アスランも、メイリンも……家族や仲間、色んなものが自分から離れていった。今度こそ、今、
腕の中にある温もりを手離したくなかった。
そう思った時、シンは彼女の頭を引き寄せて、唇を重ねた。それが、もう離さないという証であるかのように。
ルナマリアも驚いて目を見開いている。やがて、シンは冷静になり自分が何をしたのかハッとなった。
「ごめん…………」
呆然となっていたルナマリアだったが、すぐに小さく笑った。
「ううん……」
「インパルスは絶対……俺が守る」
「シン……」
「でも……ルナも俺を守ってくれる…………何だか……嬉しい……」
そう言って笑いかけるシンに、ルナマリアも微笑んで頷く。そこへ、レイが入って来た。二人は、今さっきまで自分達がしていた事を思い出し、激しく動揺し
たが、レイには悟られなかった。
「「!?」」
突如、ドラゴネスのブリッジでは、リサとステラがビクッと硬直した。それに気付いたラディックが、不思議そうに尋ねる。
「あん? どうした、二人とも?」
「…………分からない……」
「分かりません……」
二人とも眉を顰めたまま答える。
「ただ……悲しい……辛い……嬉しいが……あった……」
「私は何故かムカつきました」
「はぁ?」
意味分からない――ステラは、いつもだけど――発言をする二人に、ブリッジの人間は首を傾げた。
<こちらヘブンズベース上空です。デュランダル議長の示した要求への回答期限まであと3時間と少しを残すところとなりました。が、未だ連合軍側からは何の
コメントもありません>
テレビでは、全世界に向けてヘブンズベースからの生中継が送られている。アスランは、その放送を見て目を細めた。
<このまま刻限を迎えるようなことになれば、自ら陣頭指揮に立つデュランダル議長を最高司令官としたザフト及び対ロゴス同盟軍によるヘブンズベースへの攻
撃が開始されることになるわけですが、此処は基地施設の他にも軍事工場を擁する連合軍の一大拠点です。開始されればその戦闘はどちらにとっても熾烈なもの
になることが予想されます>
「にしても、何の動きも無いッスね〜……」
そうロビンが呟いた矢先だった。防衛ラインである連合艦隊から、一斉にミサイルが発射された。
「敵軍ミサイル発射!」
ミネルバのブリッジにバートの叫び声が響く。
「ええ!?」
「何だと!?」
アーサーが素っ頓狂な声を上げ、デュランダルも驚愕する。全く何の対応も準備していなかった艦隊に容赦なく、ミサイルの雨は降り注ぐ。
「MS、MA群接近! 攻撃、開始されました!」
モニターには、大量のMSとMA群が映し出される。連合は、回答を待っている反ロゴス同盟に対し、問答無用で攻撃して来た。その余りの卑劣さに、タリア
は歯噛みする。
「何という事だ! ジブリール!」
「議長、これでは………」
「ああ、分かっている。やむを得ん。我等も直ちに戦闘を開始する」
「はっ!」
「コンディションレッド発令! 総対戦用意!」
デュランダルの言葉に将校達が頷き、タリアが指示を飛ばした。
<生体CPU、リンケージ同調率87%。システムオールグリーン>
雪山を割って、巨大な漆黒の機体が現れる。それに乗るスティング・オークレーは、楽しそうな笑みを浮かべていた。
<X1デストロイ、発進スタンバイ>
デストロイ……ユーラシア西部を破壊し尽くした、あの化け物がスティングという生体CPUを得て現れた。
「へへへ………さぁ行くぜぇ!」
ベルリンで救出された彼には、もはやファントムペインの記憶は無かった。ネオ、キース、ステラ、アウル、ルシーア……その全ての記憶が完全に消去されて
いた。
そして投薬と記憶消去により、彼の人格は完全に崩壊してしまった。ただあるのは敵を倒すというもの。彼に続いて、デストロイが四機、現れる。それらに
乗っているのも彼と同じエクステンデッドだ。が、彼にはそんな記憶は無い。彼に『仲間』などは存在しない。
スティングの目に、敵の艦隊が映る。
「おらああああああ!!!!!!!!」
雄叫びを上げ、円盤に付いている巨大なビーム砲、アウフプラール・ドライツェーンを放つ。閃光は海を駆け抜け、艦隊を飲み込んでいった。他のデストロイ
も同じようにアウフプラール・ドライツェーンを放って、艦隊を殲滅していった。
「ひゃははははは!! 最高だぜ、こりゃあ!!」
スティングは、その破壊力に愉悦に満ちた表情を浮かべていた。
「あれは……!」
あっという間に多くの戦艦が消滅した事に唖然となるブリッジ。タリアは、それがあのベルリンを始め、四つの都市を破壊した化け物である事に気付いて目を
見開く。そしてそこへ、バートが更なる叫び声を上げる。
「同型機5機確認!」
「ええっ!? あれが5機!?」
アーサーがそう驚くのも無理は無い。一機だけでもかなりの火力を持っているのに、それが五機も現れた。もはや絶望に近い感覚が彼らを襲った。
「ふははははは!!」
五機のデストロイにより、あっという間に多くの戦力を失った相手を見て、ジブリールは高笑いする。
「糾弾も良い! 理想も良い! だが、全ては勝たねば意味がない! 古から全ては勝者のものと決まっているのですからね!」
どれだけ卑劣な手段を使おうと、最後に生き残った勝者こそが歴史を作り上げ、正義である。民衆がどれだけ非難しようと、全ては力あるものに従うしかな
い。ジブリールは、この時、既に勝利を確信していた。
「直上にザフト軍降下ポット現出! ルート二六から三一に展開!」
今度は空からザフトの突撃部隊の降下を告げる報告が来る。が、ジブリールには動揺の色が見られない。司令官は落ち着き払って指示を出す。
「ニーベルング発射用意。現時点を以てニーベルングシステムの安全装置を解除する。退避命令を発令せよ」
「偽装シャッター開放」
すると、基地の外れにある雪山が割れ、地下から巨大なミラーの集合体が現れる。それはニーベルングと呼ばれる、ヘブンズベース最大の兵器である。
「照射角、二○から三二。ニーベルング発射準備完了」
その事を知らない上空では、降下ポッドからMSが出て来る。司令官は、それを見据えて命令した。
「発射!」
直後、ミラーの中心にあるアンテナから閃光が発射され、ミラーに反射して、上空へと放出される。すると、降下して来たMSは一瞬で閃光に飲み込まれて破
壊し尽くされた。
「降下部隊消滅……」
静寂に包まれるミネルバのブリッジにバートの声が響く。突然の奇襲攻撃、そして増援部隊の消滅。それらは自軍の戦意を失わせるのに充分だった。タリア
も、この戦い、敗北したと思っている。
「なんというものを……ロゴスめ!」
誰かが憎らしげに呟く。相手は、あの大量破壊兵器に加え、デストロイが五機。圧倒的に不利な状況だった。彼らを追い詰めた筈だったが、逆に追い込まれて
しまったのだ。
<艦長! 行きます!>
そこへ、待機していたシンが通信をかけてくる。後ろではレイとルナマリアも発進するつもりでいる。
「でも……」
「頼む」
戸惑うタリアの横でデュランダルが頷いた。彼も今の状況がどれだけ不利なのか分かっている筈だ。が、デュランダルの此処で退かないという決意の強い目を
見て、タリアは頭の中の撤退と言う文字を消した。
「デスティニー、レジェンド、インパルス発進!」
そして、彼女は命令に従い、発進の命令を下した。
「シン・アスカ! デスティニー、行きます!」
叫び、ミネルバからデスティニーが赤い光の翼を広げて発進する。それに続いて、レジェンドが暗灰色になって付いて来て、コアスプレンダーが空中で合体し
た。
「行くぞ!」
<ええ!>
<ああ!>
シンの言葉にルナマリアとレイが応える。
シンは真っ先に連合のMS部隊に突っ込み、ビームライフルを向ける。狙いを定めると、シンはビームを頭部と武器に当てて、戦闘不能にする。次々と襲い掛
かって来るウィンダムに対し、シンはコックピットを狙わず、ビームを撃った。
<シン! 何をしている!?>
その戦い方に対し、レイが怒鳴って来た。
「要はロゴスを捕らえれば良いんだろ!?」
<シン……>
<…………それで油断して撃ち落とされるなよ>
相手を舐めてかかってると思われようが、甘いと言われようが構わなかった。シンの目に、ルシーアが操っていたデストロイが映る。アレにも、きっと彼女や
ステラと同じような人達が乗っているのだろう。
「(俺はルシーアを殺せなかった……もう俺に、アレのコックピットを狙う事は出来ない……)」
ステラとルシーアだけを特別扱いするなんて出来ない。アレに乗っているのは、同じ悲しい理由で生まれた人間達だ。
ユニウスセブンでレンがテロリストに言った。
『憎んで復讐して何になる!? それで死んだ人間が帰って来るのか!?』
オーブが大西洋連邦と同盟を結んだ時、怒りで自分がオーブを滅ぼすとカガリを罵った時、彼女は言った。
『この同盟……私の力が足りなかったからと言えば、お前には言い訳にしか聞こえない。だから、どれだけ罵られようが構わなかった……だけど、お前、今自分
で何を言ったのか分かってるのか!? オーブの戦いで家族を失ったお前がオーブを滅ぼして……お前がお前みたいな人間を作るのか!?』
エリシエルがオーブに住んでいて、ヘリオポリスが壊滅した時、家族がいた。その事に対して問い詰めた時、彼女は言った。
『私は憎んで、殺して大切なものが返って来るなんて思った事ないわ。そりゃ一時はアスランやオーブが憎いとは思ったけど…………結局、私も戦場で憎まれる
事をしてるんだもの。そう思うと、何だか自分が酷く矮小な人間に思えちゃってね……マイナスな事ばかり考えてたら結局、自分をより不幸にするだけだって分
かったの』
今なら彼らの言った事が分かる気がする。自分は守る為に力を得た。その力で、また多くの命を奪って来た。自分の様な人間を、自分の手で作り出していたの
だ。
『ただ、一つだけ約束しろ…………力を得て、その使い方を決して間違えるな。“守る”事を言い訳にして、ただ怒りと憎しみだけで戦うような人間にはなる
な。“守る”という事は、お前が思っている以上に重い言葉だ』
シュティルが死んで初めて気付いた。シンは、薄っすらと笑みを零した。本当、馬鹿だ。失ってから気付くなんて、本当に馬鹿だった。
シンは、アロンダイトビームソードを抜いて、一気に斬りかかっていく。
「もうやめろ!! こんな事繰り返して……!!」
その時だった。ドクン、とシンの胸が高鳴った。
「(何だ……何か……来る!?)」
まるで心臓が握り潰されそうになる圧迫感。冷や汗が流れる。シンは、ハッとなって空を見上げた。すると、紫色の機体が猛スピードで降下して来た。
「(アレは……!?)」
その機体は、間違いなくシュティルを殺した機体だった。
「おお! キース!」
<やぁ、ジブリール>
突如、舞い降りた紫の機体。そして、通信をかけて来たキースに、ジブリールの表情が歓喜に彩られる。
「待っていたぞ! さぁ! 早く、その目障りなコーディネイターどもを始末してくれ!!」
<ああ……青き清浄なる世界の為、敵は倒さなくてはな>
そう言って、キースは通信を切った。低く笑うジブリール。もはや後は、勝利を待つばかりであった。
「レイ! ルナ! アイツは俺がやる! 二人は他を!」
<分かったわ!>
<油断するな……>
そう言うと、ルナマリアとレイはウィンダムを撃墜し、デストロイへと向かって行く。シンは、キースの機体――エンペラーへと突っ込んで行く。
アロンダイトビームソードをビームサーベルで受け止めるキース。すると、回線が開いて、キースの声が届く。
<ほう……シン君か>
「!? アンタ……ルシーアの!?」
シュティルを殺した奴が、ルシーアの父親であったキースに驚愕するシン。キースは、フッと笑みを浮かべた。
<あの抜き身の刃のようだった君が……何かあったのかな?>
「っ!」
<男子三日会わざれば刮目して見よ……か。これだから若いというのは面白い>
言って、キースはアロンダイトビームソードを弾く。
<私も予定まで、まだ時間があるのでね。君と戯れるのも面白いか>
「くっ!」
そうしてシンのデスティニーとキースのエンペラーは激しくぶつかり合った。
その頃、レイとルナマリアは、デストロイ相手に戦っていた。レイは既に一機、デストロイを堕としている。が、フォースインパルスでは、攻撃力に欠け、苦
戦していた。
ルナマリアもコックピットはなるべく狙わないよう心掛けていたが、相手が相手なので、そうはさせてくれない。
<ルナマリア! ソードに転換しろ!>
「え!?」
その時、レイからの通信が入った。
<一気に攻撃して叩く!>
「わ、分かったわ……」
ゴメンなさい、とルナマリアは心の中でデストロイのパイロットに謝る。そして、ミネルバにソードシルエットを飛ばすよう指示すると、すぐさま空中でソー
ドインパルスに換わる。
<ルナマリア! エクスカリバーを一つ渡せ!>
「え、ええ」
言われて、ルナマリアはエクスカリバーを一つ、レジェンドに投げ渡す。空中で受け取ると、レジェンドは一気にデストロイに斬りかかって行き、ルナマリア
もそれに習った。
「! 機影接近!」
その頃、ミネルバでは、バートが後方から別の機影が迫っている事に気付いて報告する。
「これは……ドラゴネスです!」
「何ですって!?」
「!?」
モニターに、戦場へと現れたドラゴネスが映し出される。突如、戦場に現れる海賊に皆が困惑する。そして、デュランダルはドラゴネスから発進した白銀の機
体を睨み付ける。
「(レン……此処でも私の邪魔をするか……!)」
「議長……如何しますか?」
隣でタリアが問うと、デュランダルは目を細めながら答えた。
「彼らは、先の戦闘で多大な被害をもたらした……故に敵として扱う」
もう、あそこにはかつての友人などいない。そう思うデュランダルだった。
「やっぱ来やがったか……クロー! 1〜5番! ってぇー!!」
迫り来るザフトのMSにラディックが指示を飛ばす。ドラゴネスは、ミサイルとバルカンで迎撃する。アスランは、ザフトと戦うには、まだ気が引けるのか眉
を顰めている。
その隣では、メイリンがデストロイと戦うインパルスの姿に注目していた。デスティニーとレジェンドにシンとレイが乗っているなら、インパルスに乗る人物
は容易に想像がついた。
「(お姉ちゃん……!)」
メイリンは、ギュッと胸の前で拳を握り締めた。
<うお〜い、一応、ラストの方はOSの書き換えが終わったぞ〜い>
そこへ、いきなりドクター・ロンが通信をかけて来た。どうやらレンに頼まれて、ラストのOSをナチュラル用に書き換えていたらしい。それを聞くや否や、
ステラが駆け出す。
「ちょ、ちょっとステラさん!」
「あそこに……シンがいる……スティングも……」
「は?」
「分かるの………いるって……」
そう言ってブリッジから出て行こうとするステラだったが、いきなりリサに腕を掴まれて引き止められた。
「? リサ?」
「私も行きます」
「え?」
「いい加減、シンさんの馬鹿さ加減には愛想が尽きてきましたから」
いつまでデュランダルの元でいい様に使われているつもりか……何でか分からないが腹が立って来たリサは、笑みを浮かべステラと共にブリッジから出て行っ
た。残ったアスランは、呆然と彼女らの出て行った跡を見つめる。
「どうするよ、お兄ちゃん?」
「俺は……」
ラディックに問われ、アスランは口篭る。このままシン達と敵対して、戦っても良いのか……アスランにとって本当に戦うべきものは彼らではなく、議長の言
う世界だ。アスランには分からなかった。
エンペラーと戦っていたデスティニー。その戦いは傍から見れば互角に見えたが、シンには明らかにキースが手加減しているのが分かった。
「くそっ!」
<ふふ……中々、面白かったよ、シン君。だが、もう終わりかな>
「何!?」
<シン君……君とは、もう少しゆっくり話したかったが、生憎、私には時間も無いし、私には私の戦いがあるのでね………君は君の戦いをしたまえ>
「何言って……」
言うや否や、キースはデスティニーを振り切り、あるMSに突っ込んで行く。そのMSを見て、シンは目を見開く。それはつい先日、自分の前に現れたレンの
トゥルースだった。
「やああああああああ!!!!!!」
ルナマリアのエクスカリバーが、デストロイのボディに突き刺さる。その巨体と火器で圧倒的な破壊力を持つデストロイだったが、MSと他の兵器が最大に違
う機動力という点では、ほぼゼロであった。
その為、懐に潜り込まれると脆く、陽電子リフレクターも、接近戦では役に立たない。
<やるじゃないか、ルナマリア>
デストロイを一機、撃墜するとレイの賞賛の声が届く。ルナマリアは、パイロットごと倒した事に対し、今は酷い罪悪感があった。初めて、戦場に出て敵を
撃った時、自分はとうとう人を殺したと思ったが、それは慣れると何とも思わなくなる。それが今では何て恐ろしい事なのかと思うようになった。
レイの賞賛も、今の彼女にとっては余り嬉しいものではなかった。何処か冷めた感じで答える。
「忘れてた? 私も赤なのよ」
そう言った時だった。別のデストロイが、インパルスに向かって手を伸ばして来た。ハッとなって振り返るルナマリア。デストロイの手が目前に迫ったその瞬
間、レジェンドが間に入りエクスカリバーでコックピットを貫いた。
スティングは体中がヤケに熱くなった気がした。目の前で消える映像、崩壊するコックピット。閃光のように真っ白になる中、彼は笑った。
「へ、へへ……俺の……」
その先は何が出るのか分からなかった。この機体は自分のもの、それとも自分の記憶……全てを真っ白にされた彼には分からなかった。
薄れ行く意識の中、スティングは視界の端に一機のMSを捉えた。
――スティーング!!
“知らない”女の声がした。
知らない?
いや……知っている。
太陽の光に良く光る金髪、放っておいたら危ないアイツ。
誰だかハッキリと思い出せない。
ただ、生きていると分かった事が嬉しかった。
ふと自分の後ろに、女みたいな華奢な水色の髪の少年の姿が浮かび上がる。腕を組んで、笑っている。
スティングは、先程までとは違う、温かみのある笑みを浮かべた。
アイツはアイツの幸せを手に入れた……もう、面倒を見てやる必要も無い。
あの世で、クソ生意気な仲間と一緒に見ていてやろう……スティングは静かに目を閉じた。
「ステ……ラ……」
「スティング!!」
レジェンドに貫かれ爆発するデストロイを見て、ラストのコックピットの中でステラが涙を浮かべる。あの機体にスティングが乗っていたと、彼女には何でか
分かった。それが今、死んだ。ステラはボロボロと涙を零し、嗚咽を上げる。
「!?」
ラストを動かしていたリサは、目の前にレジェンドが迫って来ていたのでハッとなる。
「くっ!」
レジェンドの撃って来たビームを避けながら、ビームサーベルを抜いて突っ込むと、レジェンドもビームシャベリンで対抗する。バチバチとビームサーベルと
ビームシャベリンの間で火花が散り、リサは突然、ズキッと頭が痛くなった。
「(な、何……!?)」
頭の中に知らない光景が浮かび上がる。
熱い炎、眩しい閃光、感覚の無い右腕……何で自分はこんな所にいるのか?
焼けた木と土のニオイが鼻をくすぐる。
「(これは……記憶?)」
兄さんと出会う前の。
MSで戦う事で何かを思い出しかけたのか。
リサがハッとなると、レジェンドがビームシャベリンを振り上げていた。
「(しま……!)」
やられる! そう思った時、彼女の脳裏に鮮明な映像が浮かぶ。
何かから逃げていた。誰かに手を引かれている。他にも誰かいる。
一人が外れた。次の瞬間、閃光に包まれた。
外れた一人は誰だ? 一緒に逃げていた人達は?
今にも思い出せそうだった瞬間、声が響いた。
<待て! レイ!!>
「! シン!」
「シン……さん?」
ピタッとレジェンドの動きが止まった。その声の主が自分達の良く知る人物で、デスティニーが自分達とレジェンドの間に入った。
<どういうつもりだ、シン?>
「シン! シン!」
スティングが死に、悲しみに打ちひしがれていたステラはシンが来て、顔を上げて何度も彼の名前を呼んだ。
<ステラ……やっぱり>
何がやっぱりなのか分からないが、シンの声は安堵していた。
「シン……ステラ……会いに来た……」
<もう……大丈夫なのか?>
「ええ、兄さんが治してくれましたよ」
ステラに代わり、すっかり頭痛の治まったリサが答える。
<どけ、シン。そいつ等は敵だ>
そこへ、レイの無感情の声が響いた。
<ま、待ってくれレイ! 違う! ステラは敵じゃない! もうロゴスとは関係ないんだ!>
<それでも海賊一味である事に変わりは無い。戦争が無くなって平和になるなら、どんな敵とだって戦うと言ったのは嘘だったのか?>
<嘘じゃない! けど、こいつ等を倒して本当に平和になるのか!? 戦争がなくなるのか!?>
「シンさん……」
あの感情的ですぐにキレ易かったシンが、妙に冷静なので驚いた。
<議長が敵と言ったんだ。なら、倒すべきだ>
<けど……!>
「! シンさん! 危ないです!」
<<!?>>
その時だった。基地に向かって、レンのトゥルースと戦っていたエンペラーが迫って来た。それと同時に、レンからの通信が入る。
<皆! そこから離れろ!!>
少し前、レンのトゥルースとキースのエンペラーが空中で激戦を繰り広げていた。他のMSをも巻き込んで両者のMSは上昇し、雲の上にまで到達する。
<いいMSだ……お前が設計したのか?>
「まぁね」
バスターライフルをエンペラーに向けて答えるレン。
<ルシーアを殺して己を保っている辺りは流石だな……>
その言葉に、レンの目が一瞬、細められる。
<さて……此処でお前と決着を付けるのも構わないが、我らの決着をつける場所は、やはりノヴァガーデンが相応しいか>
キースの口から出た単語に、レンの目が見開かれる。
「ノヴァ……ガーデン?」
<その為に、まずは一つ邪魔者を排除しよう。議長殿はお前に任せるぞ、レン>
そう言うと、エンペラーは踵を返して急降下していった。
「待て! キース!」
<いい加減、お前も目を覚まして欲しいものだ……我らが同胞の為にも>
そう言い残し、彼が向かった先にはヘブンズベース司令部があった。
「ええい! 何をしている!? キースは!?」
デストロイが全て破壊され、ジブリールは苛立ちの声を上げる。その後ろではロゴスの面々も不安な表情を浮かべていた。だが、ジブリールには敗北するなど
という実感は無い。
キースがいる。彼は期待を裏切らない。彼さえいれば勝利は約束されている。今までも、これからも。何よりも強い力はデストロイでも、ニーベルングでも、
月のレクイエムでもない。“未来の見える死神”……彼なのだ。
「エンペラー確認!」
「おぉ! 何処だ!?」
「う、上です!」
「何?」
その直後だった。振動が基地内を襲った。
「な、何だ!?」
すると、ガラス越しにあった司令部が天井から崩れていった。突然の事に驚愕し、ガラスに張り付くジブリール。完全に埋め尽くされた司令部の上を見上げる
と、エンペラーが陽電子ポッドをこちらに向けているのに気付いて、目を見開く。ロゴスの面々も驚いて、ソファからズレ落ちている。
「キ、キース?」
<やぁジブリール>
その時、モニターにキースの顔が映り、彼は冷笑を浮かべていた。
「な、何のつもりだ!?」
<青き清浄なる世界の為だよ……>
「何?」
<君が私を信じて親友だと言ってくれた時、とても嬉しかったよ……だが、悲しい事に君と私の歩む道は違うのだ。いずれ気付いてくれると期待していたのだが
ね……>
「キ、キース……何を……?」
後ずさりしながらキースの言っている意味が分からず、笑みを引き攣らせるジブリール。
<真に青き清浄なる世界とは我が同胞が生きるべき世界…………それは父の意志。そして、君達の様に、この美しい星を汚す存在は排除する事こそが母の意
志……我が友よ……君の事は永遠に忘れない>
「ま、待て……!」
<あの世で新たな世界を見ていてくれ……親友よ。さらばだ>
そう言うと、キースは司令部に向かって陽電子砲を放った。
「キ、キースウウウウウウゥゥゥゥ!!!!!!!」
閃光に飲み込まれながら、キースの名前を叫ぶジブリール。閃光は彼と共に、ロゴスをも飲み込み、巨大な爆発を巻き起こした。
「あぁ……」
炎上するヘブンズベース。デスティニーは、インパルスの手を引きながら呆然とその光景を見詰めていた。
レンが離れと言った次の瞬間、エンペラーが陽電子ポッドを切り離し、司令部に向かって一発目を放った。そして今、完全に司令部ごと破壊した。
あそこにいたロゴスのメンバーは完全に死んだだろう。アレで生き残っているとは思えない。シンは、呆然と見つめながら何でこんな事をしたのか、キースの
真意が分からなかった。
<兄さん……>
一方、レンは炎上するヘブンズベースを鋭い目で睨み付けていた。通信機から不安げなリサの声が響く。
「全部……シナリオ通りだよ……キースにとっても……私にとってもね」
<え?>
「キースはロゴスを滅ぼす事で邪魔者を排除した……次は私の番だ」
<兄さん?>
「もう引き返せないんだ……私も……キースも……」
そう呟き、レンはドラゴネスへと帰還した。
〜後書き談話室〜
リサ「ロゴスが滅びましたね〜」
マリュー「今の所、レン君やキースという人のシナリオ通りだそうね」
リサ「何を企んでるんだか」
マリュー「それにしてもシン君、大人になったわね〜」
リサ「まぁ……ちょっとは格好良くなりましたか」
マリュー「あら? 認めないの?」
リサ「私、あの人に思いっ切り殴られたんですけど?」
マリュー「あらら」
リサ「さて、次回はいよいよストライクフリーダム! 久々登場のハイネさんがバルドフェルドさんに代わって新たな機体を乗りこなします!」
マリュー「それにしてもシン君とルナマリアさん……若いわね〜」
感想
エンペラーガンダムと言うことになりますか、眼堕さんさすがです。
色々ボスっぽいガンダムの名前はありましたが、その中でもレベル高いです!
いや、まあ名前で全てが決まるわけでもないですが、SSの場合MSそのものの姿や武装は分りにくいので(説明しても)
どうしても、名前が強さのイメージに結びつきます。
ですので、エンペラーはそういう意味で良いと思います。
シンの成長は丁度いい感じですね。ルナマリアの方はどうなのか微妙ですが……
ただ、キラにしろ、戦争で実力があるから人を殺さず勝利するというのは、今一納得のいかないものがありますね。
戦争において人を殺さず勝利した場合どうなるのか、実は憎しみの対象とされる場合が多いです。
戦争ですし、コックピットを打ち抜かなくても死なないとは限りませんし、死んだ方がマシという事態も良く起こります。
半身不随だとか、両手足切断だとか、全身火傷になればズル剥けて皮膚が剥がれ落ちたり。
まだまだありますが、何にせよ殺さなければ戦争で正しいとは言えないと考えます。
そんな彼らは撃墜者の事をどう思うか言わずもがなですね。
それに、被害程度が小さければ当然次の戦争でもそのパイロットは刈り出されますから、その人たちはまた人を殺す訳です。
殺せば正解などとは言いません、ですが、殺さなければ正しいとは私には思えないのです。
というか、戦争でそんな事をするぐらいなら、戦場に行くより大元を叩いて戦争そのものを終結させる方が正しいに決まってますしね。
人を殺さず戦うなんていうのは綺麗ごと云々よりも実力の出し惜しみに見えて困りますよね(汗)
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