漆黒の闇を切り裂くように現れた白銀に輝く機体。黒い翼から白い光を放つその姿は堕天使の様だ。

「フブキ……先輩?」

<どうやら無事のようだね、アスラン>

「な、何で先輩が此処に!?」

 驚愕するアスランに対し、レンはサラッと言った。

<それより早く逃げろ。此処は私が食い止めてやる>

「え? で、でも……」

<このまま逃げて海のもずく……じゃなくて、藻屑になりたいのか?>

 間違えてる辺り、随分と余裕を感じさせるレン。アスランは、少し考えたが、グフの踵を返し、その場から離脱した。




機動戦士ガンダムSEED Destiny〜Anothe Story〜

PHASE−25 葛藤と涙




「逃がすかな、シン! 追うぞ!」

<お〜っと! 行かせないよん>

 アスランの後を追おうとしたレイのレジェンドの前に、レンのトゥルースが立ち塞がる。レイは、邪魔するレンに表情を顰め、シンに指示を飛ばす。

「シン、お前はアスランを追え。俺は、この海賊を片付ける」

<え? でも……>

「今、此処で裏切り者を逃がせば、議長を信じて集まった多くの人々の思い無駄になるぞ!」

<!?>

 その言葉にシンはハッとなって大きく目を見開くと、アスランを追いかけようとする。その瞬間だった。

<!?>

 トゥルースが、大型のビームライフル――バスターライフルを一つに合わせ、二つの砲口から、凄まじいビームを撃った。その威力は、前のレンの乗っていた S2キャノンと遜色なく、雨雲が円状に消し飛んでしまった。

<行かせない、と言った筈だけど?>

<くっ……!>

 シンは、背中の長剣アロンダイトを抜き放ち、トゥルースに突っ込む。対するトゥルースも、バスターライフルを両肩の後ろに戻すと、高出力のビームサーベ ルを抜いて防ぐ。

「シン! どけ!」

<!?>

 そこへ、レイのレジェンドの背中にある八つの砲塔から一斉にビームが発射された。デスティニーは、後ろに下がってトゥルースから離れる。トゥルースは、 沢山のビームの間を縫うようにして避けながらレジェンドに接近する。

 レジェンドは火力を重視したMSの為、懐に潜り込まれたら不利になる。一応、接近戦用にビームシャベリンが搭載されているが、メインはあくまでもドラ グーンシステムによる遠距離攻撃だ。一瞬、彼はビームサーベルで突き刺されるかと思った。が、トゥルースは何もせずに急上昇する。

「(何!? …………その気になれば、いつでもやれるという事か……!)」

 何故、一思いにやらないのか? それは、本気になれば簡単に自分など倒せるという意味だった。レイは、ギリッと唇を噛み締めると、トゥルースに向かって ビームを連射する。

「シン! 早く行け!」

<あ、ああ……>

 同僚の珍しい怒声に戸惑いつつも、シンはアスラン達の後を追った。




「(やれやれ……)」

 レジェンドのビームを避けながら、視界の端にデスティニーを捉えていたレン。シンを止める事も出来る事は出来るが……。

「(アスランも少しぐらいなら持ち堪えれるでしょ)」

 まずは目の前の困った坊やの相手をする事に決めたレンは、相手に揺さぶりをかける言葉を放った。

「よ〜し、じゃあラウとどっちが強いか比べて上げよう」

<!?>

 その言葉を聞いて、回線越しにレイが動揺したのが分かる。レンはニヤッと笑みを浮かべると、両腰のプラズマビーム砲を放つ。レジェンドは、それを避ける と再び背後の砲塔からビームを撃って来た。

 レンは、それを避けるとビームサーベルを抜き放ち、レイもビームシャベリンを抜いてぶつかり合う。

「前に言ったね……自分の意志で動いたラウの方がマシだったと。君に、その意味が分かるか?」

<俺はラウ・ル・クルーゼだ……キラ・ヤマトなどという人の夢、人の未来などという愚かな狂気の為だけに生み出された存在を俺達は許しはしない!>

「君がラウね〜……その割に君にはラウほどの力強さは感じないね」

<!>

 ビームシャベリンを弾き、レジェンドと対峙しながらレンは話を続ける。

「アレも随分と荒んだ生き方をしてたけど、力強い意志があった。でも君には感じられない……君がキラ君を憎むのは何故だ? ラウが憎んでいたからか? つ まり君は自分の意志なんて存在しない……ただの人形だ」

<それが何だ? 俺の意志はギルの意志。ギルの望む世界が俺の望む世界だ!>

 そう言って、レイはビームライフルを撃つが、トゥルースの腕から発生したビームシールドで防ぐ。

「戦士は戦士として生きるっていうアレかい? まぁ悪いとは思わないけど、私としては勘弁して欲しいね〜……」

 そう言うと、トゥルースをレジェンドに突っ込ませた。ビームライフルで撃ち落とそうとするレイだったが、トゥルースがすれ違うと、翼から発生していた白 い光によって腕ごと切り飛ばされた。どうやら、あの光はビームソードと同じ類のようで、飛んでいるだけで相手を倒せる代物のようだ。

「君が戦士なら、戦争のない世界でどうやって生きるつもりだい? ギルバートに不要扱いされるんじゃない?」

<!?>

 その言葉にレイは激しく動揺する。デュランダルの目指す戦争のない世界。人一人に適した生き方をする戦争の無い世界。戦士は戦士、医者は医者、政治家は 政治家のように生きる世界。だが、戦士とは戦いの場でこそ、己の存在を示せる。では戦争の無い世界に戦士は?

 不要な存在……。

 そして、デュランダルは自分にとって不要な存在を容赦なく切り捨てる人物。

 レイは寒気がした。最も信じている人に切り捨てられるかもしれない、と。

「おやおや? 人形が何を怖がってるのかな? 人形は感情なんて持たず、ただ所有者の言いなりになるだけじゃないのかい?」

 レンの言葉が更にレイの動揺を強くする。

「確かに君の寿命は短い。だが、その世界に生きる僅かな間、不要な存在と切り捨てられ、怯えながら生きるかい?」

<違う! ギルは……ギルは、そんな事しない!!>

「何で?」

<だって……ギルは……ギルは……>

 普段の大人びているレイと違い、まるで子供みたいな彼の姿にレンは、フッと笑う。

「私は答えを知っている。だが、君に教えつもりは無い……君が人形である限りはね」

 そう言うと、レンはトゥルースを何度もレジェンドに突っ込ませる。ウイングビームソードにより残った腕と両脚を切り飛ばされる。

<ぐぅ!>

 両腕両脚を切り飛ばされたが、スラスターは生きているので海には落ちない。

「ま、君が苦しんで怯え暮らそうが私の知った事じゃないので……精々、ギルバートに裏切られないよう祈ってるんだね」

 そう言い残し、レンはアスラン達の方向へと向かおうとした。

<待て……!>

「ん?」

 が、レイに呼び止められ、動きを止める。

<何故……貴方はギルの世界を否定する?>

 レン程の才能なら、戦士としてでなくても医者でも学者でも何にでもなれる。そう問うレイに対し、彼はニヤッと笑った。

「そりゃグラビアアイドルは多い方に越した事は無いからね」





 新型機のデスティニーは、すぐにアスランのグフに追いつき、ビームを撃つ。

「やめろ、シン!」

 ビームを避けながら、アスランが叫ぶ。

<うるさい! アンタも俺から離れるのか!? アンタも……!>

「シン?」

 何か訴えかけるようなシンの声色にアスランは眉を顰める。

<裏切るな! 戻れ!>

 メイリンも、いつものような怒りに任せたシンと違う事に気付いたのか戸惑っている。今のシンは、まるで何かに縋ろうとしている様だった。その所為なの か、あるいは意図しての事なのかビームの照準が甘い。

 アスランは、シンに何かあったのかと思ったが、彼の言うとおりに戻る訳にはいかない。

「断る! 俺はこのまま戻って殺されるつもりは無い!」

 既にアスランはデュランダルにとっては不要な存在。基地に戻れば脱走罪とかで何の弁明を聞かれる事も無く始末される。メイリン共々だ。アスランのその言 葉に、シンは息を呑んで動きを止める。

「聞けシン! 議長やレイの言う事は確かに正しく心地良く聞こえるかもしれない! だが彼等の言葉は、やがて世界の全てを殺す!」

 モニターに映るシンの顔が驚愕で彩られる。隣にいるメイリンも目を見開いている。

<どういう……>

「議長は自分の思い通りにならない人間を認めない。俺は議長の言うように、戦士として戦えない! だが、素直に殺されるつもりも無い!」

<何言ってるんだ!? 議長は、そんな人じゃ……>

「議長にとって人間はチェスの駒だ! 一人一人が決められた役割を果たし、台本に沿った人生を生きる。確かに、それなら欲望も持たず、戦争は起きないだろ う……だが、その世界に生きるのは“人間”ではなく、“人形”だ! 世界という箱庭で生かされるだけだ!」

<それがデスティニープラン……>

「! フブキ先輩!?」

 突如、回線に違う声が割って入って来た。すると、グフの前にトゥルースが現れ、デスティニーと対峙する。

<良く辿り着いたね、アスラン>

<アンタ……レイは!?>

 レイと戦っていた筈のレンが此処にいる事に驚きを隠せないシン。

<生きてるよ。ただ、もう戦闘は無理だろうけどね>

<そんな……>

 デスティニーと同じザフトの最新鋭であるレジェンド。そして、それを操るレイが負けるなど、シンには信じられなかった。

「フブキ先輩、デスティニープランって?」

<昔、議長が話してたヤツでね……まぁ、その計画の内容は、アスランがさっき言ってたのと同じだよ。人はそれぞれ役割を持って生きる……ってね。余りにも 馬鹿らしくて最近まで忘れてたけど>

<馬鹿……!?>

 議長の志す世界が“馬鹿らしい”の一言で片付けるレンに、シンは絶句した。

<シン君は人形として生きたいんだ。じゃあ、あのステラちゃんは始末しても良いのかな?>

<ステラ……!?>

 突如、ステラの名前が出てシンは驚愕する。アスランとメイリンは、その名前が確か連合のエクステンデッドの少女のものである事を思い出す。

<彼女はシン君に会いたがってたけど、彼女はロゴス直属の戦士、君はザフト……議長の言う世界を認めるなら、ロゴスは始末しないとね。君の代わりに私がし てあげるよ>

<ま、待て! やめろ! ステラは違う! 違うんだ!>

<何が? 彼女は君が殺したアビスのパイロットと同じエクステンデッドだよ?>

 その言葉にシンの目が見開かれる。あの時、シュティルの事で頭が一杯だった自分は、アビスのパイロットを殺した。戦い始めた頃は、ステラと同じエクステ ンデッドだと意識していたのに、怒りで我を忘れて殺した。

<彼らは戦士として教育された。なら、戦士として生きるのが最も幸せなんじゃないか?>

<それは……>

 シンには答えられない。死を恐れていたステラは戦士として教育されたエクステンデッド。そして、あのアビスのパイロットと同じ……自分はステラの仲間を 殺した。その事がレンに指摘されて浮き彫りになり、シンは動揺した。

<おやおや? 君は議長の世界支持派でしょ? 何を迷ってるのかにゃ〜?>

 かなりネチネチとしたレンの言い回しに、アスランとメイリンはレンが悪魔のように思えて来た。また、レン自身、シンを精神的に甚振るのを楽しんでる節が ある。

<安心したまえ。ステラちゃんは苦しまないよう、楽にしてあげるから>

 そんな気はさらさら無いが、今のシンには本気に聞こえる。彼はハッとなって、背中のアロンダイトビームソードを抜いて、トゥルースに突っ込んでいく。

<やめろおおおおおおお!!!!!>

 上手くかかってくれたので、レンはニヤッと笑う。既にその笑みは主人公ではなく悪役である。

「シン! もうやめろ!」

 が、その間にアスランのグフが割って入った。

<あ、馬鹿……!>

<!?>

 その時、デスティニーは突如、急上昇し、グフを避けた。レンも、てっきりシンが突き刺すかと思ったが、そのままデスティニーは旋回して戻って行った。

<ありゃりゃ? どうしたんだ?>

「シン……」

 捕まえようと思えば出来た筈なのに、そうしなかったシンにアスランは眉を顰めるのだった。

<ちぇ……折角、返り討ちにして連れ帰って色々と調教しようと思ったのに>

 何の為に精神的に追い詰めてやったのか、と愚痴るレン。

「…………そんな、えげつない事考えてたんですか」

「鬼……」

 サラッと、とんでもない事を呟くレンにアスランは冷や汗を垂らし、メイリンもつい呟いてしまった。

<まぁ、良いや。アスランと……確かメイリンちゃんだっけ?>

「は、はい」

<悪いけど、こっちに移ってくれる。そのグフ、爆発させて偽装するから>

 そう言って、トゥルースが手を伸ばし、コックピットが開く。中にはレンガいる。アスランもグフのコックピットを開くと、まずメイリンに先に行くよう、 言った。が、不安そうな顔を浮かべるメイリンに、アスランは優しく微笑みかける。

「大丈夫、フブキ先輩は、信用出来るから」

 ミネルバにいた時、何だか掴み所の無い性格だったレンを覚えているメイリンは、不安ながらもトゥルースの手に乗る。風に飛ばされないよう、しっかりと指 に掴まると、アスランも飛び移って来た。そして、二人はトゥルースのコックピットに収容される。

「三人だと流石に狭いな〜……大体、アスラン。何でこの娘、連れて来たの?」

 レンを挟んで座るアスランとメイリン。元々、二人でも狭いのに、三人もいるので、更に狭くなってしまった。

「しょうがなかったんです……成り行きで」

「まぁ良いけどね……とりあえず、日本まで飛ぶけど良い?」

 東アジア共和国極東の島の名前が出て、アスランは眉を顰める。

「日本? アークエンジェルも日本にいるんですか?」

「いや、アークエンジェルはオーブだよ。日本には、ドラゴネスがいるんだ……志波コンツェルンの秘密ドックにね」

「志波コンツェルンって……あの大企業ですか!?」

「あっこのトップとは旧い友人関係なのよね」

 何でザフトだった彼が、プラントにまで名を轟かせる大企業のトップと知り合いなのか、アスランとメイリンは驚きを隠せない。

「そういえば、アスラン。エリィは? 彼女も一緒じゃないの?」

「フォールディア先輩なら、大丈夫です。恐らくオーブへ行くと思います」

「オーブ? どういう事?」

 首を傾げるレンに、アスランはフッと笑みを浮かべて答えた。

「まぁ俺より安全に脱出してますよ」

「なら良いけど……」

 言って、レンはグフを海面へと蹴り飛ばすと、バスターライフルを放ち、機体を爆破させた。




 後方の爆発を見て、シンは目を細める。アレは恐らく、レンが逃げる為のカモフラージュだ。アスランとメイリンは、無事にレンに保護されただろう。シン は、フゥと息を吐いて操縦桿を強く握り締める。

 あの時、アスランとメイリンの乗っていたグフが、レンの機体を庇う様に現れた瞬間、頭の中にシュティルが自分を庇って死んだ光景が蘇った。そして、アレ にはメイリンも乗っている。その瞬間、ルナマリアの笑顔が浮かんだ。その為、咄嗟に回避し、引き返した。

 レンがステラを殺すというのも、冷静になれば自分を動揺させる為の嘘だと分かる。

「(シュティルと……ステラの借りを返しただけだ)」

 あのまま戦い続ける事は可能だった。が、レンには、彼の仲間だったシュティルの事とステラを助けて貰ったという借りがある。かと言ってルシーアを殺した 事は許せない。シンは、今回、アスラン達を見逃す事で貸し借りはチャラだ、と心の中で呟いた。次に会う時、敵だったら容赦しないと心に決めた。

<シン……>

 その時、回線からレイの声が聞こえてハッとなる。前方から四肢をバラバラにされたレジェンドが弱々しくやって来たのに気付いた。

「レイ! 無事か!?」

<ああ……問題ない。それよりアスランは?>

「……………討ったよ。海賊には逃げられた」

 友人に対して嘘をつく事に歯痒いながらもシンは、彼を信じ切る事が出来ない。アスランの言った言葉が、何度もリフレインする。

『議長は自分の思い通りにならない人間を認めない。俺は議長の言うように、戦士として戦えない! だが、素直に殺されるつもりも無い!』

『議長にとって人間はチェスの駒だ! 一人一人が決められた役割を果たし、台本に沿った人生を生きる。確かに、それなら欲望も持たず、戦争は起きないだろ う……だが、その世界に生きるのは“人間”ではなく、“人形”だ! 世界という箱庭で生かされるだけだ!』

 アスランの言葉が本当だとすれば、自分は議長にとって思い通りになる人形、駒だ。軍人として、それは構わない。上の命令に従い、戦う。が、それが人生全 てとなると話は別だ。

「(自分で考えて、そして歩く……か)」

 少なくとも、自分の判断でアスランとメイリンは逃がした。果たして、それがどんな結果に結び付くのか分からない。が、シンは、ふと自分が小さく微笑んで いる事に気付いた。

「(笑ってる……俺……アスランとメイリンを殺さなくて済んだから……)」

 嬉しい、とシンは心の何処かで感じていた。

<良くやった、シン。お前は任務を果たした>

「…………ああ」

 レイのその言葉に現実に引き戻されたシンは、友を騙す罪悪感とアスランとメイリンを殺さなくて済んだ嬉しさの間で葛藤した。




「報告! グフ撃墜です!」

 アスランがメイリンと手を取ってグフを奪う映像記録を見ながら、報告が入って来た。タリアは、今、目の前の映像の中で生きている二人が、もういない事に 対し、激しい怒りを感じていた。

「デスティニー、レジェンド帰投」

「そうか、ありがとう」

「ただ、レジェンドが中破だそうです」

 それを聞いて、周囲がザワつく。デュランダルも信じられないようだった。新型機のレジェンドとレイ。幾ら、相手がアスランとはいえ、同じ新型機を操るシ ンと一緒になって、そこまでやられるかと思った。

「例の海賊が現れたようです。グフはデスティニーが殲滅しましたが、海賊には逃げられたようです」

「(レン……か)」

 例の海賊、と聞いてデュランダルは、目を細めた。かつて友と呼んだ人物。そして彼はミーアを通し、自分を敵に回した時点でD計画は崩壊する、と告げた。

 長年の夢。この混迷とした世界を救済する唯一の方法を崩壊する、と言ってのけた時、彼との微妙な友情も終わりだと思った。が、今尚、彼と敵でいたくない とデュランダルは思っていた。

 もう一人の友と同じく、自分と対等のレベルで話せる相手。もはや幻影でしか語る事の出来ない事を苦く思っていた。

「クライバー、事の次第を簡単に文章に纏めてくれ。連合側もあれこれ聞いて来始めているからな。これまでの経緯とこちらから調査隊を出すので現場海域へは 立ち入らないよう要請する旨を」
 
「分かりました」

 そんな自分の心情を気付かせず、すぐに指示を出すデュランダル。その際、タリアが睨み付けて来たのに気付いたが、別の指示を部下に出す。

「それと、メイリン・ホークには姉がいたな。彼女を呼んでくれたまえ。一連の事態を話さねばならんし、また聞かねばならない事もあるだろう。それは君の方 でやってくれるか?」

 早い話が、ルナマリアを尋問するという事だ。妹を失った矢先に。

「ミネルバの彼等の部屋を調べさせてもらうことになると思うが、グラディス艦長?」

「ええどうぞ。でもその前に、少しお話しさせていただきたいですわ」

 ずっと蚊帳の外扱いをされていたタリアは、憤りの声で答える。前途ある若者二人を何の弁明も理由も無く始末した事に対して怒っている。とてもアスランと メイリン、そしてエリシエルが、プラントに害をなすスパイだったなど思えない。タリアの、そんな心情を察してかデュランダルは苦笑して言った。

「そう睨まなくても。ちゃんとそうするつもりだよ、タリア。どの道、こちらも君にも話を訊かなくてはならんし……アスランは私が復隊させ、フェイスとまで した者だ。それがこんな事になって。ショックなのは私も同じさ」

 そう言ってフォローするが、タリアには、その言葉すら白々しく聞こえた。そこへ、デュランダルを呼ぶ兵士が声をかけてくると、彼は柔らかい声で言った。

「君にも迷惑を掛けてしまったな。本当に済まない。後で必ず時間は作るから君も少し落ち着いてくれ」

 まるで子供をあやす大人みたいな言い方に、タリアは更に苛立つのだった。

 その部屋の入り口の影に隠れ、濡れた服のままミーアは呆然となっていた。アスランが撃墜されたと聞いて、ペタンと座り込んで、膝に顔を埋めた。

 彼女には、アスランの言う事が理解できない。役割でも、人形でも、その人が幸せなら良いと彼女は思う。その役割を果たしておけば、アスランだって殺され る事も無かった。ミーアは、ただ、憧れの人がこの世にもういない事に対し、嗚咽を堪える事に必死だった。

「議長!」

 その時、執務室に兵士が一人、飛び込んで来た。

「エリシエル・フォールディアの消息が途絶えました!」

 アスラン、メイリンともう一人。スパイと言われていたエリシエルの消息が途絶えた事にタリアは目を見開く。

「そうか……至急、行方を捜してくれ」

「はっ!」

 デュランダルにとって現在、最も危惧していたのはアスランだ。彼らがキラ・ヤマト、ラクス・クラインと接触するのは避けたかった。エリシエルには彼らと 面識が無い。この先、彼女に出来る事はまずない。レンとの接触が危ぶまれるが、戦士としての能力はアスランと比べると、落ちる。デュランダルは、表面上だ けの命令を出した。



「メイリンが……」

 突然の事にルナマリアは、理解出来なかった。いきなり部屋に保安部がやって来て、聞かされたのはアスランとメイリンの脱走だった。そして、撃墜されたと 聞いて、何が何だか分からなかった。

「メイリンが何で……そんな筈ありません! あの子がそんな……」

 アスランがデュランダルを疑っているのは知っている。実際、自分もそんなに信じれていない。アスランが、いずれそうするだろう事は予測していた。が、メ イリンは……。

 アスランがメイリンを誑かす様な人とは思えない。きっと何が理由がある筈だが、ルナマリアには分からなかった。

「そんなの何かの間違いです! 絶対そんな……馬鹿な事を……!」

 彼女にはただ、そう言い続けるしかなかった。



「「おはようございます」」

 翌朝、シンとレイは出頭命令が出て、司令部へと訪れた。デュランダルは、デスクに座りながらも敬礼する二人を労う。

「おはよう。昨日は済まなかったね。いきなり大変な仕事を頼んで」

「…………いえ」

 いつものように淡々と感情を表さないレイだったが、何かいつもと様子が違う事に気付いたデュランダルは、眉を顰める。

「どうした、レイ? 顔色が優れないようだが?」

 そう自分を心配してくれるデュランダルに、レイはハッと目を見開く。昨日のレンの言葉が忘れられないでいた。自分は戦士。戦争の無い世界に戦士は不要。 ならデュランダルに切り捨てられる。その事が頭から離れなかった。が、レイは首を横に振る。

「いえ……ただ新型機を、あんな風にしてしまって……」

「ああ、それなら心配ない。整備班が寝る間を惜しんで修理してくれたよ。後で、礼を言っておいてあげると良い」

「はい」

「だが良くやってくれた。ありがとう」
 
「討ったのはシンです」

 そうレイが言うと、シンはハッとなり、デュランダルは彼に微笑みかける。

「そうか……大丈夫か?」

 仲間を討った事で、精神的に参ってないかと問うデュランダル。


「大丈夫……です。でも……」

「ん?」

「アスランとメイリン、何であんな事………」
 
「まだコクピットも見つからず何も分かってはいないが、こちらのラグナロクのデータには侵入された跡があったようだ」

「ラグナロク?」

 聞きなれない単語にシンは眉を顰める。デュランダルは苦笑いを浮かべながら答える。

「ヘブンズベース攻撃作戦のコードネームだよ。大層な名前だがね。ただその中にはデスティニーとレジェンドのデータもある」
 
「え?」
 
「侵入はそう容易ではない筈だが情報に精通している者がいればあるいは………」

「メイリンですね」

 レイの言葉に、デュランダルも辛そうに頷いた。

「彼はラクスを連れ出そうともした。 だがラクスは拒否し、それでこちらにも事態が知れたのだが。一体彼は何故、何処へ行こうとしていたのかな……?」

 アークエンジェルもドラゴネスも行方が分からないのに、と呟くデュランダル。

「ラグナロクの情報なら欲しがるところは一つです」

 そうレイが言うと、シンも分かったようにその名を出した。

「ロゴス……ですか」

「開戦の折、それだけはどうしても避けてくれと言って来てくれた彼だからこそ、私は信じて軍に戻した。それが何故? ロゴスを討って戦争を止めようという のが気に入らない?」

「(それは……)」

 ロゴスを討つ事自体は悪いとは思わない。ただアスランが軍を脱走したのは、デュランダル自身にある。シンには、今のデュランダルの言葉全てが芝居に思え て来た。

「心中はお察ししますがもう思い悩まれても意味のないことです。我々がいます、議長。困難でも究極の道を選ばれた議長を、皆支持しています」

 ロゴス好評の際、トラブルはあったが世界はデュランダルを認めている。その証拠が、この基地に集まった戦力だ。
 
「次の命令をお待ちしています」

「ありがとう」

 そうしてシンとレイは敬礼し、その場を後にした。




 ミネルバに着くと、シンはヴィーノがメイリンの死に嘆いているのが目に留まった。彼はメイリンと仲が良かった。ひょっとしたら彼女に好意を抱いていたの かもしれない。ヨウランは、そんなヴィーノを宥めていた。

 シンとレイは、誰とも会話を交わさず、廊下を歩く。アスランとメイリンの死が、艦内を暗い雰囲気に包み込んでいた。周りに嘘をつくのは、素直な性格のシ ンにとって、かなり良心が傷んだ。

「あ……」

 その時、反対側の通路からルナマリアが俯いてやって来るのに気付いた。シンは、思わず立ち止まり、ルナマリアも彼らに気付いて止まった。すると、レイは 無言でシンの肩を叩くと、その場から離れていった。

 ルナマリアも、すれ違ったレイに振り返り、彼の背中を見続ける。レイの姿が見えなくなると、ルナマリアは再び顔を俯かせ、シンの横を通り過ぎようとし た。すると、シンがポツリと呟く。

「殺して……ないから」

「…………え?」

 シンのその言葉にルナマリアは立ち止まって、大きく目を見開いて振り返った。全部、自分が背負うつもりだった。アスランとメイリンの死を偽り、デュラン ダルやレイ、仲間を騙しているという罪悪感も、恨まれる事も全て受け入れるつもりだった。

 だが、ルナマリアには出来なかった。このまま彼女にまで真実を隠すと、自分を同じ痛みを背負わせてしまう。家族や大切なものを失う痛みを、彼女にはさせ たくなかった。シンは、ルナマリアの方を振り返ると、細々と真実を語った。

「あのレンって人が……偽装したんだ……アスランとメイリンは……生きてる……殺してなんか……いない……」

「ほん……とう……?」

 瞳を潤ませ、ゆっくりと歩み寄って来るルナマリア。シンは、顔を俯かせて彼女から視線を逸らして答えた。

「最初は……討つつもりでいた。でも……グフを討とうとした時、シュティルとルナを思い出して……メイリンを殺したら……ルナが悲しむから……!?」

 次の瞬間、トン、っとルナマリアがシンの胸に飛び掛って来た。バランスを崩したシンは、壁に当たり、ルナマリアを支える。彼女は、額をシンの胸に当てる と、肩を震わせながら嗚咽を上げた。

「ありが……とう……ありがとう……」

 ただ泣きながら『ありがとう』と言い続けるルナマリアの背中にシンは、優しく手を回して抱き締める。シュティルが死んだ時、彼女は自分を優しく抱き締め てくれた。今度は自分の番だ。その時、シンの顔に微笑が浮かんでいた。

 それはきっと、後悔と悲しみで泣いたシンと違い、ルナマリアは喜びと嬉しさで泣いているからだ。多くの人を騙している事に対する罪悪感は確かにある。だ が、今、アスランとメイリンを殺さなくて良かったと思っている。それは、彼にとって初めて大切なものを守れたという実感なのかもしれなかった。




「これは……?」

 日本の志波家の秘密ドックへと連れて来られたアスランとメイリンは、そこで佇む一機の機体を見上げた。

「私が設計したWLMF−X88A“グリード”だ」

「グリード……欲望、ですか?」

「乗ってみるかい? 議長の望む世界を否定するなら」

 笑みを浮かべながら、アスランに問いかけるレン。欲望の名を冠するMS。確かに、欲望とは悪い意味に取られがちだが、人には必要なものでもある。夢や希 望と綺麗な言い方にして使用しているだけで、人間は誰しも欲望が無くては生きていけない。

 もし、デュランダルの望む世界で運命を神とするなら、それに立ち向かう悪役にはピッタリの名称かもしれない。自分は最後まで人間らしさを失いたくない。 が、アスランは少し戸惑う。このMSに乗って、戦士として戦うのが躊躇われた。

「先輩……もう少し……考えて良いですか?」

「構わないよ。好きにすると良い」

 時間はある、と微笑むレン。アスランも苦笑いを浮かべると、同じくドックに佇んでいるラストのコックピットからリサの怒声が響いた。

「ちょっとステラさん! いい加減にして下さい!」

「やだ! これでシンに会いに行くの!」

「何やってんの?」

 リサがピンクのTシャツに短パンを穿いたステラを、コックピットから引きずり出そうとする姿があり、レンは眉を顰める。ステラの胸には、貝殻に紐を通し て作ったペンダントが下げられ、手首にはハンカチが巻かれている。

「あ、兄さん! ステラさんが、ラストに乗ってシンさんに会いに行くって……止めてください!」

 アスランとメイリンは、あのステラが確か今にも死にそうだった連合のエクステンデッドである事を思い出し、驚愕する。誰の目から見ても、もう長くないと 思っていた少女が、あんな元気な姿をしているのだから無理も無い。

「お〜い、ステラちゃ〜ん。今の君は、普通のナチュラルと余り変わらんから、ラストに乗っても上手く動かせないよ〜」

「やだ!」

「聞き分けの無い子は注射するぞ〜」

 その言葉に、ビクッとステラは身を竦ませると、ガタガタと震えて背中に手を回す。

「いや……注射いやああああああ!!!」

「何、ブロックワードっぽく遊んでるんです?」

 もう洗脳も暗示も解除され、彼女の心を縛っていた『死』というブロックワードも同時に解除された。リサが、スリッパを取り出した、スパァンと小気味良い 音を立てて、ステラの頭を叩く。

「リサ……痛い」

 頭を押さえて、恨めしそうにリサを見るステラ。

「痛く叩いたから当然です。ほら! 我が侭言ってないで、戻りますよ!」

「う〜……」

 諦めの悪いステラに溜息を吐くリサ。

「じゃあさ、皆でヘブンズベースに殴り込みに行かない?」

「「「え?」」」

「?」

 唐突なレンの発言に、リサ、アスラン、メイリンが思わず声を上げ、ステラは首を傾げた。






 〜後書き談話室〜

リサ「あ、何気にシンさんとルナマリアさん、アニメより自然とイイ仲に……」

ネオ「作者が妹の仇と恋愛関係はな〜、だそうだからな。シュティルの事もあって、自然な流れを作ってみたようだ。それにシンルナは割と好きなカップリング だそうだ」

リサ「ちなみに作者さんの好きなカップリングは?」

ネオ「ガンダムシリーズで見ると、シロー×アイナ、だそうだ。唯一、子供が出来た主人公カップルだからな」

リサ「またマニアック(そうでもない)な……」

ネオ「ステラも随分と明るくなったな……そっちに保護してもらって良かったと思うよ」

リサ「暴れ回って手に負えませんけど……」

ネオ「早くオーブで再会したいような、躊躇するような……」

リサ「ところでアスランさん、今回、名前の出ました新しいもう一機、グリードに乗るんですか?」

ネオ「さぁな〜……けど、やっぱりアスランといえばジャスティスだろ」

リサ「イメージってものがありますからね〜……」
感想

さて、今回も眼堕さんかなり進めてきましたね〜

既に第三クールと言う事は、戦いは終盤へと向かっています。

ただ、ディスティニープランの次に何が来るのかもこの作品の楽しみの一つですね。


レンは新型機に乗り込みました、これからはリサと組むのかエリシエルと組むのかって言う所ですね。

盾の機体も楽しみかな?

でも、何と言ってもキースの機体がどんな化け物になるのか、これが楽しみですね♪


しかしロゴス……風前の灯だなぁ、デュランダルも最終戦闘の前に信用を勝ち得ていない部分も響くだろうし。

今後、キースの動き次第では、デュランダルは早々退場って事になるかもしれない所ですね。



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