「あ、暑……」

 生い茂る密林。強い日差しの中、麦わら帽子を被ったリサは一人、獣道を歩いていた。アフリカ共同体の未だ、人の手が加えられていないジャングル。途中、 大蛇に襲われかけたが、仕込み銃で始末したが、底なし沼にはまりかけた時はマジで焦った。そんな苦労をしつつ木々を掻き分けながら進むと、やがて大きな施 設が見えた。そして、その入り口の前では短い黒髪の白衣を着た深い緑色の瞳をした女性が、ベンチに腰掛け、赤ん坊を抱いていた。

「エリィさん!」

「あら? リサちゃん……どうしたの、こんな所へ?」」

 女性――エリシエル・レヴィナスは、リサに呼ばれて顔を上げると意外そうに尋ねた。



機動戦士ガンダムSEED Destiny〜Anothe Story〜 IN ナデシコ

PHASE−07  火星到着





「まぁ色々とあったんですが……とりあえず、その赤ん坊、何?」

 研究所の中に案内され――冷房が良く効いていて涼しい――、紅茶を出されるとリサは、エリシエルの腕に抱かれている赤ん坊を指して尋ねる。

「何って………可愛いでしょ?」

「いや、可愛いですけど………まさか、兄さんの……」

「そりゃ夫婦だし……」

 そうエリシエルが答えると、リサはキョロキョロと辺りを見回す。

「どうしたの?」

「いえ、コールドスリープの装置は何処かと」

「しないわよ!!」

「っていうか、兄さんの遺伝子残すなんて正気ですか!? 色んな意味で!!」

 ノヴァズヒューマン云々もだが、あの危険な人物の遺伝子を残すのは、子供の将来がかなり不安だ。エリシエルも、それは分かっているが、か細い声で答え る。

「私もそう思ったわ。でもこう……アレの遺伝子を残すのは本当に正しいのか、でも夫婦としての証は欲しいし……私だって色々と葛藤したのよ」

「はぁ……まぁ生まれてしまったものは仕方ありません。で? その子のお名前は?」

「ルシーア」

「また、お兄ちゃんに会わせにくい名前を……」

 もし会わせたら、ちょっと悶え苦しむかもしれない。

「それで……この研究所の責任者は?」

「ああ、今、街の方におむつ買いに行って貰ってるけど……会わなかった?」

 街にいた、と聞かされ、リサはドッと疲れた。街から此処まで歩きで――乗り物は道的に使えない――4時間近くかかる。が、会いに来た人物が、街にいると 聞いて、リサは言いようのない怒りを感じた。今なら自分も種割れ出来そうだ。

「代わりに用件聞いたげるけど……どうしたの?」

「はぁ……実は」

 リサは、エリシエルにアークエンジェルが火星へ向かって帰って来ない事を教えた。そして、エリスが火星に謎の建築物を発見した事を。最初は、信じて貰え ないとリサは思ったが、エリシエルは思った以上に真剣な表情で、エリスが撮った写真を見つめていた。

「エリィさん?」

「そっか……やっぱり、火星か」

「やっぱり?」

「ちょっと預かってて」

 そう言って、エリシエルは赤ん坊――ルシーアを押し付けて巨大なモニターのコンピューターを操作し始めるエリシエル。

「ルシーア……ですか。どうか、貴女は父親みたいな駄目人間になってはいけませんよ」

 駄目人間の代表ともいえる父親と、良妻賢母を絵に描いたような母親……何で、夫婦なんだろうとも思える。が、所詮は赤ん坊。ノヴァズヒューマンであろう が無かろうが、そんな事は関係なく、「あぅ〜」と声を上げてリサに向かって手を伸ばす。

「(赤ん坊って罪が無いのが罪ですよね……)」

 この可愛さは、もはや兵器と言っても差し支えない。すると、エリシエルが話しかけて来た。

「リサちゃん、コレ見て」

 そう言って、エリシエルがモニターに映し出したのは、幾何学模様をした四角い物体だった。何かの設計図のようで、かなり複雑な数式が細かく出ている。

「何です、コレ?」

「キース・レヴィナスが研究していたものよ……あの人が調べた所、一種の転移装置ね」

「はぁ?」

「転移装置……早い話が、物質をある場所から遠く離れた場所へ移動させる装置よ」

「いや、そんなの分かりますけど……」

「キース・レヴィナスは此処でロドニアの研究所以上に表に出せない研究をしていたみたい……クローンもその一つなんだけど、あの人がつい最近、更に奥深い 研究結果を発見したの……ナノマシン、転移装置……そして、特殊なフィールドを発生させる動力機関」

 それを聞いてリサは目を見開いて、その動力の設計図を見せられる。それは、エリスが残していった新型エンジンの設計図と丸っきり同じだった。

「この動力は、未完成だったから、あの人が代わりに完成させたの。その時、珍しく歯切れが悪そうに言ってたわ。『何故か、この機関、知ってるような気がす る』って……」

「兄さん、エリスさん、そしてキース・レヴィナス……ノヴァズヒューマンは、これを知っているんでしょうか?」

「更に驚くべき事に……キースは随分、昔に独自に火星を調査していたようなの」

「!?」

 その言葉にリサは驚きを隠せず、ジッとモニターに食い入った。まるで繋がっているかのようだった。ナノマシン、見た事の無い装置、転移システム……そし て火星。リサの中で一つの仮定が生まれ、それはエリシエルも同じようで、彼女らはアークエンジェルが突如、消えた理由を思い付いてしまった。

「全ては火星にあり……かしらね」

「急いでオーブに戻ってアークエンジェルを探さないと……兄さん、おむつ買うのに、どれだけ時間かかってるんですか!?」




 火星を目前にした所で、木星の敵に遭遇したナデシコはエステバリス隊とデスティニー、グリードを発進させた。デスティニーは前の戦闘で、長距離ビーム砲 が壊れた為、取り外されている。

<シン、ルナマリア。相転移エンジンと核エンジンのハイブリットエンジンが予想以上に機体にダメージを与えてるわ。少しの間は持つけど、機体に異変を感じ たら、すぐに戦線を離脱して戻りなさい。良いわね?>

「<了解>」

 エリスに注意され、シンとルナマリアは頷いてバッタの群れに攻撃を仕掛ける。その時、彼らの間を更に別のエステバリスが駆け抜けて行った。

「<え?>」

<うおりゃあああああああああああああああ!!!!!!!! 真のヒーロー、ダイゴウジ・ガイ様、登場!! 待たせたな、オメーら!!>

 鼻の骨が折れてフェイスガードをしているガイのエステバリスだった。

<別に誰も待ってねーぞ>

<ってゆーか、本当にパイロットだったんだ〜>

<勢い込むと死亡フラグが立つ……カエルが太った……脂肪フラッグ……ぷくく……>

<ガイ〜、怪我してんだから寝てろよ>

<しくしくしく……>

 散々な事を言われて泣き出すガイ。どうやら長い入院生活で、ちょびっとテンションが低くなったようだ。が、その辺は持ち前の根性でカバーする。

<くっそおおおおおおおおおお!!!!! 負けてたまるかーーーーっ!!!! ゲキガンフレアー!!!!>

 ぶっちゃけ、前のガイ・スーパーアッパーとか言うのと変わらない、ディストーションフィールドを纏った拳を向けて突っ込んで行く。

<ヤマダさん、張り切ってるね……>

「ああいう後先考えずに突っ走る人って、後で絶対に痛い目見るから勘弁して欲しいんだよな」

<アンタが言う?>

「……………」

 ルナマリアのキツいツッコミに、シンは無言で今までの自分を振り返る。やっぱり言い返せない。シンは、アロンダイトビームソードを抜いてバッタに突っ込 んで行った。

<(まぁ、ムキになって言い返さない辺り、成長したんだろうけど)>

 そう思いつつ、ビームランスでバッタを次々と突き刺して行くルナマリアは苦笑した。




 その後、敵のフィールドに苦戦したが、シンがアロンダイトビームソードにディストーションフィールドを纏わせて敵艦隊を撃沈し、火星への航路が取れた。

「前方の敵、80%消滅。降下軌道取れます、どうぞ」

 データを表示させ、それをミナトに渡すルリ。

「サンキュ、ルリルリ」

「?」

 ルリルリ、という妙な渾名で呼ばれ、ルリは一瞬、驚いた顔になった。

「さ、皆、用意は良い? ちょっとサウナになるわよ」

「その前にエステとMSの回収」

「とっくにやってるわ」

 ゴートが言う前に、ミナトは機体を艦に回収した。




「ふぅ」

 機体から降り、メットを取るとシンは、大きく息を吐いた。

「お疲れ」

 スッと、ドリンクを差し出されたので後ろを振り返ると、ルナマリアが笑顔で立っていた。

「サンキュ」

 素直に彼女の厚意に甘え、壁にもたれかかり、ドリンクを飲むシン。

「何か……変な感じだね」

「?」

 ルナマリアはシンの隣に立つと、天井を見上げながら呟いた。シンは頭に“?”を浮かべ、彼女を見る。

「人間じゃない相手と戦争してるなんて……」

「確かに……な」

 自分達の世界でもコーディネイターとナチュラルという違いはあっても、同じ人間同士で戦争していた。ルナマリアは、自分の手を広げて複雑な表情を浮かべ る。

「人間が乗ってなかったら……何も考えず倒す事だけを考える時があるの……それが……酷く怖い」

 戦いが好きな訳でも無いし、戦いたい訳でもない。勝ちたい、とも思わない。ただ、敵を倒す。人間が相手じゃないと、まるで機械のように敵を倒すだけに なってしまう自分がいると、ルナマリアは最近、思うようになった。

「私……前の戦争で、かなり普通の女の子からかけ離れちゃったね」

「まぁ……そうだな」

 シンは、その事を否定せず、ドリンクから口を離した。

「俺だって似たようなもんだし……孤児院で子供らと一緒に暮らしてる方が夢だと思う時だってある。現実の俺は、ずっと戦っていて……沢山、傷付いて……そ れで、いつか撃たれて死ぬ……ってな」

「…………戦争って、こんなにも人間を狂わせるのね」

「けど、俺達は実際、戦争する道を選んで沢山の人間を殺した。だから俺達はまだ死ねない……」

 今、此処で簡単に死んでは今まで命を奪って来た人々に対し、申し訳が立たない。自分達は、同じ過ちを繰り返さず、新しい明日を得る為に戦う道を選んだ。 それだけは、間違っていないのだと思っている。シンの言葉に、ルナマリアは小さく頷いた。

「よっ! な〜に、二人揃って、辛気臭い顔してんだよ!?」

「ぶっ!」

 その時、突然、背中を叩かれてシンが咳込むと、リョーコを始め、エステバリスのパイロットの面々が来ていた。

「シン君、凄いね〜。どうやったら、あんな強くなれるの?」

「流石は俺の一番弟子!! 見事だ!!」

「いや、いつから俺、貴方の弟子に……」

 大笑いして勝手な事をほざくガイに、シンは、表情を引き攣らせてツッコミを入れた。




「火星熱圏内、相転移反応下がりま〜す」

 ミナトが大気圏内に入った事を告げると、モニターに幾重にも連なる光の帯が見えたので、メグミが疑問を口にする。

「何、あれ?」

「ナノマシンの集合体だ」

「ナノマシン?」

「ナノマシン……小さな自己増殖機械。火星の大気組成を地球の環境に近づける為、ナノマシンを使ったのね」

 ルリの説明を聞いて、メグミは「ふ〜ん」と呟く。

「そう、今でもああして常に大気の状態を一定に保つと共に、有害な宇宙放射線を防いでいるのです……その恩恵を受ける者はいなくなっても………」

「ナノマシン第一層通過」

「そんなの、ナデシコの中に入っちゃってもいいんですか?」

 そう、メグミが尋ねると、ユリカがあっけらかんと答える。

「心配いりません。火星ではみんなその空気を吸って生きてたんですから、基本的に無害、おトイレで全部出ちゃいます。あっ、いけない………」

 女性がはしたないと、ユリカは口を押さえる。

「そうか、艦長も火星生まれでしたな」

 そうプロスペクターが言うと、何故かメグミが少し表情を暗くした。

「(ナノマシン……あんな精巧な……でもアレは……)痛っ!」

 ジッとナノマシンを見ていたエリスは突如、頭痛が起こり、頭を押さえて膝を突いた。

「エ、エリスちゃん、どうしたの!?」

「大丈夫……ちょっと立ち眩みよ……」

「気分が悪いのでしたら、医務室にでも……」

「いえ、もう収まったわ」

 そう言って、エリスは立ち上がり、再びナノマシンの帯を見つめた。ユリカは、エリスが大丈夫そうなのでミナトに指示を出した。

「グラビティブラスト、スタンバイ」

「良いけど……どうせなら宇宙で使えば良かったのに………」

「地上に第二陣がいる筈です。包囲される前に撃破します。ハッチ、敵へ向けてください」

 すると、ナデシコは縦に90°、転回する。




「「「「きゃあああああああ!!!」」」」

 当然、壁と床が入れ替わった格納庫では、ルナマリアとリョーコがシンに、ヒカルとイズミがアキトにしがみ付いて、悲鳴を上げた。

「ちゃ、ちゃんと重力制御しろ〜!!!」

「ル、ルナ! リョーコ! 首絞めるな〜!!!」

 男二人が叫んで文句を言うと、フェンスに掴まって、落ちるのを逃れているウリバタケが一言。

「くっそ〜……あいつ等、何て良い思いをしてやが……」

「うおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!」

 が、壁から壁に落ちていくガイの姿を見て、ウリバタケは『アイツとは、仲良く出来そうだ』と呟いた。



 ナデシコの放ったグラビティブラストは、チューリップごと敵軍を破壊した。

「敵影消滅、周囲30km圏内に木星蜥蜴の反応なし」

 こうして、ナデシコは何とか目的地の火星に到着した。



「これより、地上班を編成し、上陸艇ヒナギクで地上に降りる」

 ブリッジでは、フクベが今後の行動を説明する。

「しかし、何処に降りますか? 軌道上から見る限り、生き残ったコロニーは無さそうですが…………」

 ジュンが質問すると、プロスペクターが答える。

「まずはオリンポス山の研究施設に向かいます」

「ネルガルの?」

「我が社の研究施設は一種のシェルターでしてね、一番生き残っている確率が高い物ですから………」

「研究データと人命救助……どっちが優先なのかしらね」

 そうエリスが呟くと、プロスペクターが眼鏡を光らせて彼女に問い返す。

「何か?」

「いえいえ。企業にとって何より優先すべきは利益だから、お気になさらず」

 またもや腹の探り合いを始める二人に、ブリッジは異様な雰囲気に包まれた。

「では、地上班メンバーを………」

「あの、俺にエステを貸して欲しいんですけど」

 そうゴートが地上班メンバーを発表しようとすると、アキトが申し出て来て、眉を顰めた。

「何だと?」

「ユートピアコロニーを見に……」

「生まれ故郷の?」

 火星でアキトの家の隣に住んでいたユリカは、アキトの行きたがっている所が、彼の生まれ故郷だとすぐに分かった。そして、それを聞いて、フクベが僅かに 顔を上げる。

「あそこには何もありませんよ………チューリップの勢力圏です」

 愛用の計算機を操作しつつ、ハッキリと言い切るプロスペクター。

「分かってる……けど、見ておきたいんです」

「だから………」

 尚も食い下がるアキトを引き止めようとするジュン。が、そこでフクベが言い出した。

「行きたまえ」

 その発言に皆が、彼の方を見る。

「確かに、お飾りだが、私にも戦闘指揮権はある。そうだね、ゴート・ホーリー君?」

「し、しかし………」

「誰にでも故郷を見る権利はある……若者なら、尚更だ………」

「あ、ありがとうございますっ!!」

 アキトは、本当に嬉しそうに頭を下げた。と、そこで今まで黙っていたエリスが手を上げた。

「はいは〜い。私も行きたい所あるから単独行動しま〜す」

「何?」

「行きたい所?」

 ゴートが再び眉を顰め、プロスペクターが尋ねる。

「ちょっと極冠まで」

「極冠? はて、あのような氷しか無い所へ何を?」

「乙女の秘密……提督、私にも許可くれない?」

 そう言って、エリスは薄っすらと冷たい笑みを浮かべるとフクベに耳打ちする。すると、明らかにフクベは動揺し、目を見開いた。

「…………分かった、行きたまえ」

「提督!?」

「ありがと。じゃ、シン。デスティニー借りるわね」

 そう言うや否やエリスはブリッジから出て行った。

「提督、何を言われたんですか?」

 ジュンが問うと、フクベは答えずに帽子を深く被り、先程の彼女の言葉を思い返した。

『貴方が、此処で死にたがっている事を秘密にしてあげる』

 何で彼女が自分の目的を知っているのか分からない。が、自分の五分の一程度しか生きていない少女に、自分よりも遥かに大きな何かを感じた。




 ヒナギクが発進した後、アキトのエステバリスもユートピアコロニーへと向かった。何故か、メグミもアキトに付いて行ったようだ。エリスは、パイロット スーツを着て、デスティニーのコックピットに座る。

「エリス様、ちゃんと動かせるんですか?」

「失敬ね。これでも原付の免許持ってんのよ」

「いや、そうじゃなくて……」

「ほら、邪魔」

 そう言って、エリスはコックピットを閉じると、デスティニーを発進させた。大空を飛び立つデスティニーは、赤い光の翼を煌かせて極冠へと向かった。



「うわ〜あ、気持ち良い〜!!」

「…………」

 メグミは、走行しているエステバリスのコクピット上部から顔を出して正面から風を受けていた。エステバリスは一人乗りなので、自然とメグミはコクピット の背もたれに足を載せて立っている。

「アキトさんが住んでた所って遠いんですか?」

「え、ってうわっ!?」

 呼びかけられて、つい上を向きそうになり、慌てて止める。メグミの下にいるアキトは、油断して上を向くと、スカートの中が見えてしまい、困り果てた。



 オリンポス山の研究所に到着したヒナギク。ネルガルが自慢するだけあって、戦火の中、無事に残っていた。

「ダメね。もう何ヶ月も人の気配が無いって感じ」

 研究所の中は、埃まみれで人の気配一つ無かった。

「コンピュータも……死んでるな」

 シンが近くの端末を操作して呟くと、ヒカルが軽いノリで言った。

「やっぱ、とっくに逃げ出したんじゃないんですかぁ?」

 もっとも、このシェルターが最も安全と言うのなら、此処から出て行くのは、よっぽど奇特な人物だ。

「大体さぁ、こんな辺境で何研究してたわけ?」

「ナデシコですよ」

「「「はい!?」」」
 
 何気ないリョーコの呟きに、プロスペクターが答えるとシン、リョーコ、ヒカルが素っ頓狂な声を上げた。プロスペクターは意味ありげな笑みを浮かべて言っ た。

「ご覧になりますか? ナデシコの始まりを……」




 何とか生き残っていた動力を利用して、地下に繋がるエレベーターに乗り、シン達は研究所の最下層へと着くと、重々しく巨大な扉が開いた。

「火星に入植してから10年と申しますから……そうですなぁ、今から30年ほど前になりますか。『コレ』が発見されたのは……」

 完全に扉が開いて、目の前に現れた物体に、シン達は驚愕する。それは、損傷が激しく、原型を留めていないが、間違いなくチューリップだった。




「…………」

 アキトは足下に落ちていた、ボロボロのヘルメットを拾い上げた。周囲を見回すと、折角、着いたユートピアコロニーには、巨大なクレーターと突き刺さって いるチューリップ以外、何も残っていなかった。

「あの……聞いてもいいですか?」

「ん」

 ふと、メグミが尋ねて来る。

「艦長の家と、仲、良かったんですか?」

「……向こうは家系軍人で、こっちはただの学者だったし」

 別に家同士で仲が良かった訳ではない。ただ、年の近い子供二人が隣同士に住んでいた、というだけだった。

「でも、子供なら関係ないですよね、そんなの」

「そうだね……」

 頷いて、アキトは、ふとボロボロになったクレーン車を見つめる。そして、昔あったユリカとの思い出が蘇る。

『いけないんだぞユリカ、そんなことしたら!!』

 クレーン車を動かそうとするユリカを咎める自分。

『大丈夫だよぉ! 行けぇ! はっし〜ん!!』

『こらぁ! ユリカ!』

 そこで、クレーンが動き出し、止まらなくなってユリカは泣き出した。幼いアキトは、慌てて止めに入ろうと乗り込む。
 
『うわあああああん!!』

『くっそう!』

 必死にアキトは止めようとするが、子供ではクレーン車を止める事は出来なかった。

 その後、アキトは親に思いっ切り引っ叩かれた。そして、再び泣き出すユリカ。
 
「……結局、マシンを動かしたのは俺のせいになっちゃったけど、それは別に、ただマシンをコントロールできなかった俺が悔しくて……それで、こいつをつけ ちゃったのかな……」

 そう言って、右手の甲に浮かんでいるIFSの印を見つめるアキト。もっとも、その所為で、地球で仕事をクビになったりしたが。

「コックさんは」

「へ?」

「何でコックさんになったんですか?」

「ああ、それは……火星、飯が不味かったから」

「え?」

 余りにも意外な理由に、メグミはキョトンとなった。アキトは、ふと足元の土を掬い上げて、メグミに見せる。

「見てみなよ」

 言われた通り、その土を覗きこむメグミ。気持ち悪そうな顔になって悲鳴を上げる。

「うえぇっ……」

 土には、数匹の、白い芋虫らしきものが蠢いていた。

「……って何です、コレ?」

「ナノマシンさ」

「ナノマシン……って、さっきのお空に浮かんでた、あれ?」

「そ」

 あのキラキラ輝いていたものが、こんな虫の形をしているとは思えない。

「そいつらのお陰で、空気はまともになったけど……土まで良くなるわきゃないしさ。野菜、不味いんだ。でも、コックさんの手にかかれば美味しくなる……何 か、魔法みたいで。それで……」

「それで、僕もコックさんになるぞ、ですか?」

メグミの言葉に、顔を少し赤くしながらも頷く。

「うん、まあ……」

「あはっ、可愛い♪」

「か、かわ……?」

 可愛い、と言われて複雑な心境のアキト。

「でも……今はパイロットなんですね?」

「え、ああ、まぁ、ごめん。何か中途半端だよね、どれも……」

 恥ずかしそうに鼻を掻くアキト。が、メグミは首を横に振って叫んだ。

「そんな事ない! そんな事ないです!! アキトさん、頑張ってますよ!!」

「メグミ……ちゃん?」

「自信持ってくださいよ。ナデシコが此処まで来れたのも、アキトさんのお陰じゃないですか」

 シンやルナマリアもいたが、戦闘経験の無いアキトも、他のパイロット以上に頑張っている。

「頑張ってますよ」

 そこで、アキトはメグミの唇を見て、ついこの前、キスした事を思い出し、顔を赤くする。その時、地面が揺れた。

「うわああああ!?」

「きゃああああああ!?」

 すると、足元の地面に穴が空き、二人は落っこちて行った。

「いたたた……」

 お尻を摩りながらメグミは辺りを窺う。

「アキトさ〜ん、何処ですか〜?」

「ようこそ、火星へ」

「え?」

 突然、アキトではない女性の声がしたので顔を上げると、そこにはボロボロのマントとフードを被り、ゴーグルをした人物がいた。

「歓迎すべきか、せざるべきか……何はともあれ、コーヒーぐらいはご馳走しよう……」




 一方、エリスは火星の極冠へと辿り着いていた。分厚い氷に閉ざされた世界。つい最近、コールドスリープで眠っていた彼女には、余り良い感情が湧かない。

 自分達の世界とは違い、巨大なクレーターは無く、厚い氷で覆われている。

「やっぱり無理か〜」

 アークエンジェルで来た時のように、氷に覆われてはいるが、強力なディストーションフィールドにより、突っ込めなかった。エリスは、あの幾何学模様の四 角い物体を確かめたかったが、無理っぽいのでデスティニーを着陸させて、地面に降りる。

「ふぅ……」

 そしてメットを脱いで、大きく空気を吸う。大気中のナノマシンにより、地球と変わらない環境にしているのは、流石に驚いた。まさか、地球以外の星でメッ トを脱いで活動するとは思いもよらなかった。

「さて……何から調べ……!?」

 キョロキョロと周囲を見ていると、突如、キィンと何かを感じた。

「この……感じ……!」

 まさか、と嫌な予感がしてエリスは駆け出した。フィールドの張られた場所からおよそ、5km近く離れた氷の壁。エリスは息を切らして、膝を突いて座り込 むと、恐る恐る顔を上げた。そして、目を見開いてガタガタと震える。目を凝らさないと良く見えないが、エリスにはハッキリと見えた。厚い氷の壁の奥にあっ た“ソレ”を。

「何で……よ……」

 声を震わせ、呆然とエリスは氷の壁に拳を叩き付けると、唇を噛み締めた。

「何でこんな所にこんなものが……」

 ズルズルと力なくエリスは座り込んで、空へ向かって叫んだ。

「こんなものがあるのよーーーーーーーーっ!!!!!」

 彼女の慟哭は、氷の大地に大きく響いた。





 〜後書き談話室〜

リサ「え? 私? 引退したんじゃないの?」

ルリ「エリスさんが何やらシリアスってるので、代役です」

リサ「ああ、そう。ま、今回はエリィさんも登場。そして、兄さんとの間に出来た子供の名前はルシーア、ですか」

ルリ「おむつ買いに行ったりと、随分と尻に敷かれてるみたいですね」

リサ「ええ。まぁ、亭主関白とは思えませんけど」

ルリ「そして火星の極冠で、エリスさんは何を見つけたのでしょう?」

リサ「あのエリスさんが、あそこまで取り乱すなんて……信じられません」

ルリ「早くリサさんにお会いしたいですね」

リサ「はい、私もです。ところで今回は“バカばっか”は無しですか?」

ルリ「リサさんは真面目な普通の人ですから」

押して頂けると作者の励みになりますm(__)m

<<前話 目次 次話>>


眼堕さんへの感想は掲示板の方へ♪



戻 る

作品を投稿する感想掲示板トップページに戻る

Copyright(c)2004 SILUFENIA All rights reserved.