「ホ〜レホレホレ!」
「いやああああああああ!!! ヌルヌルやめろ〜〜〜!!!!」
フクベに殴り掛かろうとしたアキトだったが、エリスに気絶させられ、気が付いたら椅子に縛り付けられて猿轡までされていた。最初は暴れたが、エリスが、
何故かウナギを出して服の中などに入れて、遊んでいる。
「いかなる理由があろうと、艦隊司令たる提督に乗員が手を上げるなんて、許されない! ユリカ……いや、艦長、厳重な罰を!」
ごく当たり前の事を言っているジュンだったが、傍から見ればアキトは、しっかりと“処罰”を受けているようである。肉体的、精神的にも。ちなみに、彼に
提督殺害を促したエリスは、アキトを落ち着かせる為の狂言という事でお咎めなしだ。と、いうか誰も怖くてエリスに罰を与えられそうにない。与えたら、逆に
三倍返しで酷い事させられそうだし。
「ジュン君……でも、アキトにお仕置きなんて………何がイイかなぁ?」
何やらアブノーマルな思考に入った様子のユリカ。ポッと頬を染める彼女とジュンに、プロスペクターが口を挟んで来た。
「まぁ、それもありましょうが、まずはこっちをご覧ください」
そう言い、ウインドウに火星の縮図を表示する。
「ナデシコが向かう北極冠、この氷原にはネルガルの研究所がありますので、運が良ければ相転移エンジンのスペアが……そういえばエリスさん」
「はい?」
「ぎゃああああああああ!!! ズボンに入れんな〜!!!!」
プロスペクターに呼ばれて振り返るエリス。その際に、アキトのズボンにウナギが入る。
「エリスさん、北極冠に行かれましたな。研究所の様子はどうでしたか?」
「研究所? あったかしら……」
あそこには、そんなもの以上に彼女の気を留めるものがあったので、道中に何があったのか詳しく覚えていなかった。
「提督」
キリッと表情を引き締め、ユリカはフクベの意見を尋ねる。
「エステバリスで先行偵察」
そうフクベは言うと、チラッともがいているアキトを見るのであった。
機動戦士ガンダムSEED Destiny〜Anothe Story〜 IN ナデシコ
PHASE−09 脱出
「はぁ、トロトロ走りやがって、どーもこの砲戦フレームってのが気にいらねぇな」
120mmカノン砲にミサイルポッドを装備した重機動装備をしたエステバリスのコックピットでリョーコが愚痴る。先には、ヒカルとイズミの0G戦フレー
ムのエステバリスが軽快に氷の上を移動している。
前線の中の前線で戦う事を信条としているリョーコにとって、援護重視の砲戦フレームは、気に食わないようだ。
「いーなー、お前らは。いーなー」
子供みたいに拗ねるリョーコ。
<一面の氷……氷はまいた…クックククク……>
一人、意味不明な事で笑うイズミ。が、ただでさえ寒い火星の極冠。イズミの下らない駄洒落で更に寒くなりたくないので、無視してヒカルと話を進める
リョーコ。
「んで? その研究所って何処だ?」
<さっきから地図照合してんだけど研究所なんて極冠に無いよ?>
困った様子で周囲の地図を出すヒカル。その時、イズミが今までのふざけた様子から一変して叫んだ。
<静かに! 何かいる…!>
<だからぁ、いきなりシリアスイズミにチェンジしないでキャアア!!!>
シリアスと普段のギャップが激しいの苦笑いを浮かべるヒカルだったが、突如、彼女の足元の氷が砕けて、エステバリスが尻餅を突いた。
<ムカつきぃ!>
「何だ!? 敵は何処だ、イズミ!?」
<見えない、見てる範囲にはいない>
周囲を警戒しながらイズミが答える。この吹雪でセンサーは余り使い物にならない。自らの勘で捉えるしかないイズミだったが、突然、真下の氷が裂け、オケ
ラ型の無人兵器が飛び出して来た。
イズミは、敵の六本足に取り付かれそうになるが、ラピッドライフルを突きつけ、撃ちまくる。すると、オケラ型ロボットは、イズミのエステを飛び越え、取
り付かれるのを防いだが、イズミのエステバリスも倒れた。
<リョーコ、ゴメン! そっちへ!>
氷の中の黒い影がリョーコへと迫る。
「来る!」
身構えるリョーコ。が、既に遅く、足元の氷が砕け、下からオケラ型ロボットが飛び出して来た。
「うあぁああああ!!」
遠距離攻撃がメインの砲戦フレームでは、敵の速い動きに対応されず、取り付かれて倒された。
「くそっ、だから砲戦フレームでは……!」
悪態をつくリョーコ。だったが、敵の口が開き、その中からドリルが出て来て顔色を変えた。キィィンと音を立てながら、ドリルはゆっくりと迫る。
「お、おい待てよ! やだ……やだやだぁ! イズミ! ヒカル!」
リョーコは、ハッキリと“死”を覚悟し、思いっ切り目を閉じて叫びかけた。
「シ―――」
突如、敵のロボットがイズミのエステバリスにより殴り飛ばされた。続いてヒカルのエステバリスがやって来て、ライフルを構える。敵は、反転して体勢を立
て直すと、飛び上がってドリルを突き出す。イズミとヒカルにライフルを撃たれ、幾つか足を吹き飛ばされながらもドリルを発射した。ドリルは、リョーコのエ
ステバリスの肩アーマーを貫いたが、120mmカノン砲を撃たれ、どてっ腹に大きな穴を空けて爆発した。
「ふぅ……サンキュ」
安堵の溜息を吐いてリョーコは感謝の言葉を述べた。が、途端にイズミとヒカルが意地悪な笑顔を浮かべて来た。
<何奢ってくれる?>
<えへへ、聞こえちゃったぁ>
そこでリョーコはハッとなる。あの時、つい叫びかけた人物の名前を思い出し、カァッと顔を赤くした。が、リョーコは慌てて反論する。
「バ……違うよ! アレは、アイツの機体だったら、こんな状況にはならなかったな〜って……」
<でも、シン君ってルナちゃんと付き合ってるんじゃないの〜?>
「だ、誰もシンなんて……」
<リョーコ→シン×ルナマリア………ふふっ。愛憎泥沼劇ね>
「テ、テメ〜ら〜……」
肩をプルプルと震わせるリョーコだったが、何も言い返す事が出来ず、ガクッと項垂れて怒鳴った。
「わぁったよ! 奢る! 奢るよ!」
<私プリンアラモード〜♪>
<……玄米茶セットよろしく>
二人の性格の悪さにリョーコは、激しく後悔するのであった。
「周囲をチューリップ五基か……」
ナデシコの作戦室にて、モニターに映された研究所を取り囲むチューリップの映像を見てゴートが苦々しく呟く。
「厳しいですね……」
ジュンの呟き通り、確かにこのまま研究所へ行って、チューリップが起動したらナデシコは一溜まりも無い。無謀、としか言い様が無いだろう。
「しかし、あそこを取り戻すのが言わば社員の義務でして、皆さんも社員待遇であることはお忘れなく」
「俺達に、あそこを攻めろって?」
ビジネス第一のプロスペクターの言葉に、リョーコが僅かに言葉に怒気を孕ませる。
今までの戦闘なら、グラビティブラストで全てが決まったが、前の戦闘で、それも絶対無敵の兵器で無くなってしまった。
「私……これ以上クルーの命を危険に晒すのは嫌だな……」
前回、自分の軽率な行動により、多くの命を失わせてしまった事もあり、ユリカは表情を暗くして呟く。その時、フクベが口を開いた。
「アレを使おう」
「「「「アレ?」」」」
フクベが示したのは、先程、発見された護衛艦クロッカスだった。
「考え直していただけませんか提督、危険です! 私が行きます!」
格納庫では、ウリバタケと整備班が、猛スピードでアキトのエステバリスの整備を行っていた。そして、パイロットスーツを着たエリス、アキト、そして防寒
スーツを着たフクベに、ゴートが説得している。
彼らは、これからクロッカスが正常に作動するかどうか確かめに向かうのだが、それには操縦経験のあるフクベが必要だった。そして、彼が護衛に指名したの
はアキトとエリスだった。エリスは、間違いなく艦内で一番、強い。また科学者だし護衛には持って来いだろう。もし、クロッカスの中に敵がいても彼女なら何
とかしてくれるかもしれない。が、クロッカスまで移動する際、エステバリスのパイロットを何故かフクベはアキトを指名した。
アレだけの騒ぎを起こして、何でフクベが彼を指名したのかは不明だが、提督を危険な場所へと向かわせる事に変わりは無く、ゴートが説得するが、フクベは
頑なに拒否した。
「手動での操艦は君には出来まい、それに、とりあえず調べに行くだけだ」
そう言うと、突然、アキトが不貞腐れた口調で言った。
「それはいいッスけど、何で俺が連れてかれるんすか?」
「罰だと思って貰おう」
皮肉タップリのフクベの言葉に、ムッとなるアキトにエリスはスッとウナギを取り出した。
「余り我が侭言うと、今度はケツにウナギ入れるわよ? 新しい趣味に目覚めても良いのなら、やるけど……」
「是非、お供させて頂きます!!」
ニヤッと怪しい笑みを浮かべるエリスに、アキトは冷や汗をダラダラと流して敬礼した。
ナデシコから発進し、クロッカスのハッチを開く。どうやら動力は生きているようで、ハッチは自動で開いた。アキト、エリス、フクベの三人はコックピット
から降りて、懐中電灯を手にしてクロッカス内部を探索する。アキトは、ライフルを持って、エリスとフクベの後に続く。
「これが地球で吸い込まれたのは確か二ヶ月ぐらい前ね……でも、これって明らかに、二ヶ月以上経ってるわね〜」
クロッカスの内部は、あちこち凍てついており、それは、二ヶ月やそこらではあり得ないほど、氷に覆われていた。
「ナデシコの相転移エンジンでも火星まで一月半かかったのにね〜……」
「チューリップは物質をワープさせるとでも言うのかね? あのゲキなんとかとかいうテレビ番組の世界だな」
中々、愉快な例えをするフクベに、エリスは笑う。
「あはは。ちょ〜っと違うかな。イネス博士から聞いたんだけど、チューリップから敵戦艦が現れる時、必ずその周囲で光子、重力子などボース粒子、すなわち
ボソンの増大が計測されてるそうよ。と、いう事はチューリップが超対称性を利用してフェルミオンとボソンの……」
イネスの説明をちゃんと理解出来ているエリスだったが、アキトには訳が分からず、欠伸を掻いた。と、その際、天井が視界に入り、天井に一匹のバッタが張
り付いているのを見つけて、大声を上げ、フクベの腰に飛びついた。
「うあああああああ!!!」
前に倒れこむアキトとフクベ。そこへ、バッタが飛び降りて来た。
パァン!!
ライフルを撃とうとしたアキトだったが、その前にエリスが銃を取り出してバッタに向けて撃った。そして、足を掴んで、思いっ切り振り上げると、天井に叩
き付けられたバッタの装甲の薄い腹の部分に連射して弾丸を撃ち込むと、バッタは床に激突して停止した。
「しっかりしなさいよ、護衛さん」
「う……」
ニヤニヤと笑みを浮かべて言われ、アキトは視線を逸らした。
「君は随分と実戦慣れしているな……」
「そりゃ〜、テロ対策とかに備えて、物心ついた時から戦闘訓練受けて来てますから」
ニコッと笑顔で言われ、フクベは素直に感心し、アキトに向き直る。
「私など庇う価値もないのだろう、無理することはない」
「体が勝手に動いただけだ……!」
「では、せめて銃の安全装置ぐらい外しておきたまえ」
そう言われ、アキトはハッとなってセーフティのかかっているライフルを見て唖然となった。
三人が行き着いたブリッジは照明のスイッチを入れると、暗かった部屋が明るくなり、クロッカスは息を吹き返した。コンソールを操作し、フクベはアキトに
言った。
「噴射口に氷が詰まっているようだ、取ってきてくれないか?」
「俺ッスか?」
「マーフィス、君もついて行ってくれ。彼一人では分かるまい」
そう言われ、エリスは一瞬、目を細めると頷いて、アキトと共にブリッジを出て行く。その際、彼女はフクベとすれ違い様に小声で言った。
「英雄が悪役を演じるなんてね……その芝居、乗ってあげるわ」
「…………感謝する」
「そんなに凍ってるか、これ?」
クロッカスの噴射口を見て、アキトが疑問を口にする。クロッカスの噴射口は、フクベが言うほど、凍っておらず、氷は殆ど溶けていた。その時、クロッカス
からフクベの通信が入る。
<エステバリスどけ! 浮上するぞ!>
「え!?」
突如、振動が起こり驚くアキト。すると、クロッカスが音を立てて浮上し始めた。
<アキト! ナデシコに戻りなさい!>
エステバリスの手に乗るエリスが叫ぶが、アキトは呆然とクロッカスを見つめていた。
「クロッカス浮上します」
「おお、十分使えそうじゃないか」
浮上し始めたクロッカスを見たルリの報告に、プロスペクターが喜ばしい感想を上げる。
「流石提督!」
ユリカも尊敬の眼差しでモニターを見つめている。が、そう思ったのも束の間。突如、クロッカスの砲身がナデシコに向けられ、モニターに険しい表情でフク
ベが映る。
<現在の状態なら、クロッカスでもナデシコの船体を貫く事は可能だ>
「え?」
「どうされたんです提督?」
あのフクベが冗談で、そんな事を言うとは思えない。呆然となるユリカと、フクベに問いかけるプロスペクター。
その時、クロッカスから、ある映像ファイルが送られて来た。それをルリが、簡単に報告する。
「前方のチューリップに入るよう指示しています」
「チューリップに? 何の為だ?」
クロッカスの傍にある口を開いたチューリップを一同が注目する。
「あのクロッカスの船体を見たでしょう、ナデシコだって、チューリップに吸い込まれれば……」
「ナデシコを破壊するつもりだって言うんですか!?」
「何のために?」
ジュン、メグミ、ミナトも訳が分からない様子で声を上げる。
<自分の悪行を消し去る為だ! 失敗は全部人の所為にして、また一人で生き残るんだ!>
火星のユートピアコロニーに、チューリップを落とし、少数の命を犠牲にして英雄になった様に、とアキトが怒りを孕んだ口調で叫ぶと、シンが、ギリッと唇
を噛み締めたが、誰も気付かない。
<じゃ、やっぱり私の言うように殺しておけば良かった?>
冷ややかなエリスの言葉に、アキトは本気でそう思いかけた。すると、クロッカスの砲塔が火を噴き、ナデシコの周囲に着弾する。
<クソ爺!>
悪態をつくアキト。その時、ふと、見据えた先のナデシコ上空の雲の隙間から、木星蜥蜴の戦艦隊が降下して来た。
<見つかったのか!?>
こんな時に、最悪の状況になってしまった。
「左145°、プラス80°、敵艦隊捕捉」
「二つに一つ、ですね」
「クロッカスと戦うか、チューリップへ突入するか」
木星艦隊と戦うという選択肢は無い。戦うだけ無駄である。
「じゃぁ、チューリップかなぁ」
ミナトが、軽い口調で言うが、プロスペクターが声を荒げて反論した。
「何言ってるんですか!? 無謀ですよ! 損失しか計算できない!」
まぁ、この場合の損失は命。チューリップに突入して、命の保障など何処にも無い。その時、ユリカが意を決してルリに指示を飛ばした。
「ルリちゃん! エステバリスに帰還命令を! ミナトさん! チューリップへの進入角度を大急ぎで!」
その指示に、シン以外が皆、驚愕した表情でユリカに注目する。シンだけは、笑みを浮かべ、ユリカを見据える。が、プロスペクターがそこで反論して来た。
「艦長! それは認められませんな! 貴方はネルガルとの契約に違反しようとされている! 有利な位置を取ればクロッカスを撃沈あぁ!」
が、再び振動が襲い掛かり、プロスペクターは体勢を崩す。そんな彼にユリカは、叫ぶように問いただした。
「ご自分の選んだ提督が、信じられないのですか!?」
「くっそぉ! くそぉ! くそぉ! くそぉぉぉぉお!」
格納庫に戻ったアキトは、コックピットが開くと飛び降りて駆け出した。ウリバタケが制止するのも聞かず。エリスは厳しい表情で見つめながら、ハァと溜息
を吐いた。
「ウリちゃん、後よろしく」
そう言うや否やエリスも、アキトを追いかけて走り出した。
「待てよユリカ! 何、考えてるんだアイツは!」
あんな極悪人の言葉を信じるなんて正気の沙汰とは思えない。アキトは、そう感じていた。
敵戦艦が続々とナデシコの後を追う中、チューリップに向かうナデシコを見ながらフクベは呟いた。
「それでいい、流石だな艦長」
「チューリップに入ります」
チューリップの花弁が大きく開き、中のゲートが露になる。外から見るだけで気分が悪くなるチューリップの中に、ミナトがボヤいた。
「ホント良いのかなぁ? 入っちゃって」
が、ユリカはフクベを信じ切っているようで、何も言わない。が、その表情は凛としている。
「クロッカス、後方についてきます」
「引き返せ、ユリカァ!」
その時、ブリッジにアキトが入って、叫んだ。
「何考えてんだ!? 今すぐ引き返せ!」
艦長席に駆け上がってユリカに叫ぶが、彼女は首を横に振った。
「クロッカスのクルーは皆、死んでいたよ! 俺達だってああなるんだ!」
「そうとは限らないわ、ディストーションフィールドがある」
と、その時、今まで現状を黙視していたイネスが割って入って来た。その言葉に、アキトの気勢が殺がれた。
「このまま前進、エンジンはフィールドの安定を最優先に!」
ユリカの指示が飛ぶと、アキトははっとして怒声を上げた。
「ユリカ!」
「提督は、私達を火星から逃がそうとしている……」
「馬鹿な! そんな事があるかよ!」
あくまでもフクベを信じ切っていないアキトに、シンはグッと拳を握り締めた。その姿が、かつて最も恨んでいた人物に対する態度を取っていた自分のものと
重なった。
「クロッカス、チューリップの手前で反転、停止しました」
「敵と戦うつもりか!?」
ルリにゴートが叫ぶ。クロッカスにはディストーションフィールドも、グラビティブラストも無い……あの大艦隊を相手にするなど無謀以外、何でもない。敵
艦から放たれた光弾は、容赦なくクロッカスを襲う。
「提督!」
「自爆して壊してしまえば、ナデシコを追ってくることは出来なくなる……!」
ルリも僅かに誤記を荒くする。
「どうしてそんなにいい風に考えるんだよ!」
その時、シンが艦長席まで駆け上がった。皆、余りに突然の事で対応出来なかった。シンの拳がアキトの顔面に叩きつけられ、ゴキッという鈍い音がブリッジ
内に響いた。
シンは、怒りに満ちた瞳で尻餅をつき、呆然としているアキトを睨み付ける。
「「シン……」」
ルナマリアとリョーコが唖然となって、声を揃える。
「な……何するんだよ、いきなり!?」
憤慨するアキトだったが、シンは彼の襟を掴んで怒鳴った。
「アンタが、あの人を恨む気持ちだって分かる! 俺だって国のお偉いさんの理念を信じて両親を戦争で亡くした! だから、俺はそいつ等を殺したぐらい憎ん
だ! 勝手な理念ばかりで……けど、その人達だって、国の理念を守る事が、国民を守る事に繋がるって信じてた! あの人達だって辛かったんだ! 国が焼か
れ、国民が犠牲になって……それでも、俺達が好きだったオーブを守ろうとしたんだ! 提督も同じだ………」
彼だって火星の人々を犠牲にしたかった訳ではない。だが、そうしなければ連合艦隊は全滅し、地球がより早く攻め込まれたかもしれなかった。だから、彼に
とっては苦渋の決断だったのだろう。そして、火星の人々を犠牲にした事を、ずっと悔やみながらも、周りから“英雄”などともてはやされ、苦悩していたのか
もしれない。そして、火星で逃げ遅れた人々を救出出来なかった今、ナデシコだけでも逃がそうとしているのだろう。
シンに強く睨まれるアキトは、彼から視線を逸らし、唇を噛み締めながら言った。
「そんな事、分かるかよ……」
「分かるわよ。あの人は、この火星で死ぬつもりだったんだから」
「!?」
その時、エリスがブリッジに入って来て、呆れた口調で言った。
「エリスちゃん! 提督が死ぬつもりって……」
「言葉通りよ。あの人は、火星の人達を犠牲にした罪を悔やんでいた。だから、償いとして生き残りの人達を助けた後、此処で死ぬつもりだった……」
もっとも、それが無理になったから、ナデシコだけでも地球に帰すつもりなのだろう、とエリスは肩を竦める。
「何でそんな事……」
「本人から直接聞いたから」
ニコッと笑顔で答えるエリスにアキトは反論出来ない。正確には、フクベの心が死を望んでいたから、なのだが。それ故に本心だとエリスには分かった。
「艦長、艦を戻しましょ」
「え?」
「どうやらアキトは、これが提督の自分だけが生き残る為の作戦だと思ってるみたい。なら、此処は戻って木星の艦隊と戦いましょう……ただし」
そこで言葉を一旦、区切るとエリスは鋭い目でアキトを睨む。
「アンタ、そこまで引き返せって言うんだから、当然、何とか出来るのよね? 私らの命、アンタ一人に預けてもOKな訳ね? 死んだら、どう責任取るのかし
ら?」
「え……?」
「それとも……ただ、提督の助けになるのが嫌だから、なんていう子供みたいな理由でクルー全員の命を危険に晒すつもりなのかしら〜?」
顔は笑顔だが、明らかに怒っているエリスに詰め寄られ、アキトは何も言えなくなる。全て図星だからである。
<マーフィス、その辺にしておいてやれ。彼にしてみれば、ワシは極悪人に違いないのだからな>
そこへ、フクベがエリスを制止する声を上げ、ユリカが叫んだ。
「提督、おやめください! ナデシコ、いえ、私には提督が必要なんです!」
自分達が生き延びる為に多くの命を犠牲にした。ユリカには、まだまだ、この老齢の先人から学ぶべき事は沢山あると思っていた。
「これからどうやっていくのか、私には何も分からないのです!」
目に涙まで浮かべるユリカだったが、フクベは穏やかな声で返した。
<私には、君に教える事など何もない。私はただ、私の大切なもののためにこうするのだ>
「何だよそりゃ!?」
シンの手を振り切り、強く問いただすアキト。が、フクベは怯まずに答えた。
<それが何かは言えない、だが諸君にもきっとそれはある。いや、いつか見つかる……!>
その時、木星の艦隊の攻撃強まり、画面が乱れ始めた。
<私はいい提督ではなかった、いい大人ですらなかっただろう。最後の最後で自分の我が侭を通すだけなのだからな。ただ、これだけは言おう。ナデシコは君ら
の船だ。怒りも、憎しみも、愛も、全て君達だけのものだ。言葉は何の意味もない、それは……!>
そこで完全に画面が消え、ユリカは叫んだ。
「提督!!」
敵の砲撃の雨により、クロッカスは爆発の中へと消えていく。
「戻せ!!!」
身を乗り出してゴートが叫んだが、ミナトも悲痛な声を上げる。
「だめ! 何かに引っ張られてるみたい!」
「チューリップは消滅した……」
ルリの言うように、外の光が完全に閉ざされ、ナデシコは完全に謎のい空間へと閉じ込められた。ユリカは、顔を俯かせながら、泣き叫びたい気持ちを抑えて
指示を出した。
「この後何が起こるか分かりません。各自対ショック準備……」
アキトは薄暗い食堂のテーブルに突っ伏し、ゲキガンガーの人形を突っつきながら呟く。
「仲間庇ってさ、死ぬなんて……凄ぇカッコいいけど……そんなの……自分に関係ないと思ってた」
ホウメイガールズも、そんなアキトを複雑な表情で見守っている。
「なのに、何でよりによってあんな野郎に……俺達。助けられなきゃいけないんだよ……! あんなのただの自己満足だ……ただの……!」
その時、ドカッと対面に誰かが座った。顔を上げると、そこにはシンが座っていた。ブリッジでの事もあってか、シンと目を合わせないアキト。が、シンは不
意に、ある写真立てを置いた。それに目をやると、写真にはシンと見た事無い青年が写っていた。
「家族を失って……俺を引き取ってくれた人です」
ふとシンが静かに語り出す。
「家族を戦争で亡くして、絶望の底だった俺に新しい温もりをくれた人……本当に兄みたいに思ってた。でも、ある日……俺を置いて何処かに消えた。俺は、そ
れを裏切りと思い込んだ。そして再会した時は……敵同士だった。でも、この人は……俺を庇って死んだ」
その言葉にアキトは目を見開く。
「後で分かった……この人は、俺の為に争いの無い世界を作る為に俺の傍から離れたって。でも、気付いた時には遅くて……貴方は、提督が本当に自己満足で死
んだと思ってるんですか?」
シンに問われ、アキトはギュッと拳を握る。
「死んでいった人達の為に無様に生きるより、あの人は生きている貴方の為に死ぬ事を選んだんですよ」
そう言われて、アキトはハッとなる。
死んでいった人の為に無様に生きても、既にこの世にいない人々には伝わらない。また、アキト自身が救われる訳でもない。フクベは、だからこそ生きている
アキト一人に償いたくて、彼を生かして地球へ帰そうと、自ら犠牲になってでも、そうしようとした。
「どっちが正しいかなんて分かりません……でも、少なくとも俺達や貴方は、こうして生きています。提督のお陰で……」
シンの会話を聞きながら、ホウメイは、ふとフクベの遺品であるアキト宛の遺書をポケットから取り出したが、シンのお陰で必要ないと思い、フッと笑って、
ポケットに戻した。
食堂の入り口でシンの話を立ち聞きしていたユリカ、メグミ、リョーコ、ルナマリアの四人。その中で、メグミは顔を俯かせて呟く。
「最初から死ぬつもりだったなんて……無責任すぎます」
「年取ってるから正しい事するなんて、それ自体思い違いなんだよ。いくつになっても、馬鹿は馬鹿なんだ……けど」
悪態をつきながらも、チラッとリョーコは写真立てを見つめているシンに目をやると、ルナマリアに尋ねた。
「なぁ、ルナマリア。お前、あの写真の奴、知ってんのか?」
「え? ああ、うん……知ってるわ」
答えながらも、ルナマリアは、その時の事を思い出したのか顔を俯かせる。
「厳しくて……優しくて……強くて……大きな人だった。私は、少ししか会った事ないけど……あの人が死んだ時、強かったシンが初めて弱く見えた……最期の
最期までシンを心配して、シンを庇って……」
そう言うと、ルナマリアは薄暗い天井を見上げた。
「シンは色んな人を恨んで、憎んで……そして色んなものを失って……ようやく気付いたの。憎いから銃を向けて、撃って、撃ち返されて……そんな事しても、
後に残るには虚しいだけだって……テンカワさんって、昔のシンと良く似てるからかな……シンはテンカワさんの気持ちが良く分かるみたい……」
だからこそ昔の自分を見ているようで許せないのかもしれない。そうルナマリアが苦笑いを浮かべて言うと、リョーコとメグミも複雑そうな顔をして、ユリカ
が暗い声で呟いた。
「でも、だったら私達はこれから誰に学べばいいんですか? 誰に学べば……」
その問いかけに答えるものはなく、虚空の中へと消えていった。
〜後書き談話室〜
ルリ「アキトさん、情けなさ過ぎです」
エリス「シンも成長したわよね〜」
ルリ「シンさんって、そんな辛い過去があるんですか?」
エリス「ま、殆ど自業自得っぽいけどね〜」
ルリ「そうですか……」
エリス「さて、次回は私達じゃなく、SEED世界がメインよ。レンが、ようやく本腰入れて動くみたい」
ルリ「ふぅ……少し休めますね」
押して頂けると作者の励みになりますm(__)m
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