factor5
\トウキョウ ギンザB2F\
「ま、参った!……なんて強さだ、兄貴って呼ばせてもらって良いすか?」
「……別に良いけど」
ある施設の地下で、先程まで戦闘が行われていた。大量の悪霊達が闊歩していたためか、周囲の空気は淀みきっている。その中央部に三人の人間が立っている。
一人は明らかに悪漢とでも言うべき姿をしており、先程まで他の二人と戦っていた様だ。彼はこの辺りの人間のまとめ役であり、ここからシナガワへと向かう人間から通行料を取って生活している。通行料と言っても相手によって値段を変え、ギリギリ払えるくらいの値を提示している。彼自身もそれなりに強い為、一種の門番の役割も果たしている。
残りの二人は、それぞれが異様な雰囲気を放っている。少年は寒々しい雰囲気を纏い、その手には異形の剣を握っている。その眼光は鋭く、ある意味虚無的に見えた。その横には暖かな雰囲気を纏う少女が控えており、少年の方を見つめ次の行動を待っている。
「少し聞きたいのだけど、最近何か変わったこととかがあったのかしら?なんだか上の方が少し騒がしかったわ」
「ああ、何でもスガモプリズンを襲撃したガキ共が居たとかで話題になってるんですよ。恐らくガイア教の奴らが集めたお宝を横取りするつもりだったんでしょうが、あそこをまとめてる悪魔に撃退されたそうですぜ。けどその襲撃の計画はかなり周到に練られたもので、もう少し力があれば成功したかもって話です」
少女と男が雑談をする中、少年は自分の周りに居る異形と戯れている。小さな妖精やたくましき獣を前にしていながら、その少年は楽しそうに笑っている。先程までの冷酷な雰囲気など欠片も感じさせない、晴れやかな笑顔だ。
「……ありがとう、それなりに有益な情報だったわ」
「いえいえ、姉さんの頼みとあれば何だってしますぜ」
「何よ姉さんって……○○○、そろそろシナガワへ行きましょう」
「……ああ」
少女に呼ばれ、少年が振り向く。少女の顔を見るその目は、先程までと同じ冷たい視線へと戻っている。周囲にうっすらと殺意を放ち、完全に臨戦態勢だ。
「うす、頑張ってください兄貴!」
「……それじゃ」
男に見送られながら、少年達は目的地へと向かっていった。
◆――――――◇
「……何、今の」
不可思議な感覚を身体に感じながら、私は目を覚ました。先程まで見ていた不可解な夢は何だったのだろうか?
「魔力のラインを繋いだ事による記憶の逆流?……だとすると、あいつの記憶なのかしら?」
夢について考察していると、ふとあいつのことを思い出す。よく考えると、夢の中に出てきた少年はあいつに似ていたような……
「気にしても仕方ないか……そういえば今何時――」
壁に掛けられた時計を見た瞬間、私はベッドから飛び上がった。時計の針はもうすぐ予鈴が鳴る時間を示そうとしている。早く用意しなければ一限目に遅れてしまうかも知れない。
「目覚ましは……止まってる?……どうしよう、今日は休んじゃおうかしら」
そう言って私は考え始める。学校では優等生として通っているから、今日は風邪と言うことにして休む事も出来るかも知れない。けれど、先程からずっと嫌な予感がして気分が悪い。
「……一応行っておこう。すんごい嫌な感じがするけど、そんな理由で休む訳にもいかないし……」
とにかく遅れても良いから学校へ行こう。もしかしたら学校の方で何かあったのかも知れないし。
◆――――――◇
「――何これ」
私が校門をくぐると、校舎を中心に大規模な結界が張られた。これほど巨大な結界は現代の魔術師ではまずあり得ないし、おそらくは誰かのサーヴァントが張ったのでしょうね。
「酷い瘴気……こんな結界を作れるのはキャスターくらいね。陣地を作りに来たか、それとも……って、あら?」
そこまで言ったところで、身体がぐらりと傾く。どうやらこの結界は人間の活動を阻害するようだ。倒れる寸前にアーチャーが実体化し、私を受け止める。
「大丈夫かい、マスター」
「ありがとうアーチャー……とりあえず校舎に向かうわよ。結界の基点は恐らく校舎内の何処かにあるはず……」
「わかった、それじゃ行こうか」
アーチャーが私を抱きかかえる。……確かに少し辛いけど、そこまでしなくても良いのに。
◆――――――◇
校舎の一角、階段前の通路。今ここに二人の魔術師が相対していた。
「慎二、これはオマエがやったのか?」
「仕方ないじゃないか、今回の聖杯戦争で呼ばれた奴らは化け物ばかり……僕が勝つにはサーヴァントに力をつけさせるしか無いんだ」
衛宮士郎の問いかけに対し、縮れ髪の魔術師――間桐慎二が答える。今の彼はいつもの調子で居るように見えて、とても焦っていた。昨日の夜に見かけた英霊達の戦いで自分の知り合いであり、便利な友人である衛宮士郎がマスターとして参加していると言うことを知る。そこで見た遠坂凛のサーヴァントに、何か言いしれぬ恐怖を感じたのだ。鉄塊のような巨漢の攻撃を避け続け、的確且つ冷徹に攻撃をするその姿はまるで死神のようだった。自分と自分のサーヴァントでは倒せない、そんな気分を味わったのだ。
「昨日オマエの戦いを見てたんだよ。バーサーカーって奴も相当強いみたいだけど、遠坂のサーヴァントは別格だ。このままじゃ遠坂に聖杯を奪われるし、共同戦線といこうじゃないか。衛宮のサーヴァントじゃ勝てそうに無いし、丁度良いじゃないか」
「そこまでして願いを叶えたいのか、慎二!」
「当たり前だろ?何のためにこの戦いに参加してると思ってるんだよ」
怒りを込めながら聞く士郎にたいし、慎二は当然だと言わんばかりに答える。前回彼が見た戦いでは、士郎のサーヴァントはバーサーカーに殆ど傷をつける事が出来なかった。それでも自分のサーヴァントと協力すれば勝てる可能性はある。彼はそう考えたのだ。
「そっちにも得はあるし、悪くない提案だろ?」
「……慎二、俺はこんな事をする奴とは組めない。俺の目的はこの聖杯戦争での犠牲者を少しでも減らすことだ。こんな風に関係のない人達を巻き込むんだったら、俺は……」
「……そうかよ、ライダー!」
交渉決裂と見るや、慎二は自らのサーヴァントを呼び出す。交渉が通じないならば、遠坂と組む前に排除しておかないと拙いと考えたからだ。実際遠坂凛は近々同盟を結ぶつもりだったため、その予想はとても正しい。
だが彼は一つ見逃していたことがあった。
「来い、セイバー!」
士郎の声と共に、鎧を身につけた少女が現れる。間桐慎二の失敗は、衛宮士郎のサーヴァントの力を過小評価した事だ。確かに彼女は先日の戦いでは目立った活躍をしていないが、霊格自体はアーチャーを遙かに上回る。その上クラスは『最優』の称号を持つセイバーなのだ。今回の様にすぐに行動するのではなく、相手の力量を見極めてから仕掛けるべきだったろう。
「……シロウ、目の前の相手は敵ですか?」
「ああ、撃退してくれ!」
果たして、彼女の姿を見てすぐに彼女の力量を推測出来る人間が何人居るだろうか?間桐慎二はその罠に掛かってしまったのだ。自らの思考が生み出す、油断という罠に……
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