factor6
「はぁああああ!」
「くっ……はっ!」
日々学生達が通過する廊下で、二人の英霊がしのぎを削っている。不可視の剣を振るうセイバーの動きに、肉体的に劣るライダーが鎖を使っての体術で肉薄する。その動きは英霊らしく人間の範疇を飛び越え、幻想の領域に踏み込んでいる。だが――
「――はぁ、はぁ……」
「……確かにあなたも強いですが、近接戦闘では私の方に分があるようですね」
元々一対一より多対一の戦闘が多かったライダーには、騎士として研鑽を積んできたセイバーの相手は荷が重かったようだ。体格差を物ともしない剣術で、一方的にライダーを攻め続ける戦い方。元々の霊格に差がある上に、得意な距離へ持ち込めない以上ライダーに勝機は無い。
「(糞、衛宮のサーヴァントがあんなに強いなんて計算外だ……一度引くしかない)……ライダー、一度引くぞ!」
「っ、わかりました」
そんな状況で撤退しない理由があるだろうか?今回の戦いで手に入れた情報を交渉材料として、他の参加者に同盟を申し込む方がより効率的……そう考えた慎二はライダーに撤退の指示を出す。
「な……待て、慎二!」
「待てと言われて待つ馬鹿は居ないんだよ!」
逃げる慎二を止めようとする士郎だが、そんな言葉で止まるほど彼は甘くない。そもそも撤退を考案した相手に対してそんな事を言っても意味は無く、早急に行動するのが最善だったのだ。こう言ったところが、彼の性格をよく表していた。
◆――――――◇
「……ライダー、結界を消して一回外に出るぞ。それで外の強い魔力を探知して、キャスターを――」
「っ!マスター、来ます!」
これからの事を話していると、ライダーが急に叫ぶ。その直後、慎二の頬を一本の剣が掠めた。
「ひ、ひぃい!」
「奇襲!?どこから――」
ライダーが次の襲撃を予想して周囲の気配を探るが、周囲には木々が立ち並ぶだけで人の気配はない。風で揺れる葉の音にかき乱され、対象の特定は困難だ。
「あ、あぁ……」
「マスター、落ち着いてください!」
慎二の方はと言うと、先程の攻撃で半狂乱状態に陥っていた。それもそのはず、剣が後2cmほど右にずれていたら左の頬が上下に分かれていた可能性がある。今までは基本的に安全な環境で生きてきただけに、奇襲の一撃でパニックになってしまうのも無理はない。
(敵はこちらを捕捉しているのでしょうが、気配が感じられない……アーチャーが遠距離から狙撃してきているのか、アサシンが気配遮断で近くにいるのかのどちらかですかね)
ライダーは自分の置かれた状況を再確認する。先程の攻撃は剣だった。だが先程戦ったセイバーは近接戦闘が主体であり、その戦闘スタイルから逃げる相手に対して剣を投げるようなことはまずしない。なので可能性として考えられるのは、
1.やや長い剣を扱うアサシン
2.剣を射出するタイプのアーチャー
3.イレギュラークラスのサーヴァント
これらのどれかだ。イレギュラークラスの場合は予測が不可能だが、どれにしてもライダー達の不利は変わらない。アサシンの場合はどこから来るかわからない奇襲に神経を集中させ無ければならず、アーチャーの場合は遠距離からの狙撃に気をつけなければいけない。ただでさえそれほど英雄としての霊格が高い訳でもないのに、肝心のマスターは正当な魔術師じゃない上に今は足手まとい。そんな境遇でこの状況を突破するのはまず不可能だった。
「……マスター、私が囮になりますからその間に逃げてください」
「え……な、何言ってるんだよ、オマエは――!?」
慎二が何かを言おうとした瞬間、閃光が周囲を包み込む。その状況から次に何が起こるのかを理解したライダーは、咄嗟に慎二を掴み自分の後方へと投げ込んだ。
「っが…何が――」
チュガガガガ ガキィィィン バチィ
閃光によって視界が奪われている慎二には、正確な状況がわからない。だが、この状態が危険な事くらいはすぐにわかる。先程のライダーの言葉と行動から、自分が居ると拙いと言うことを理解した。
「……ちゃ、ちゃんと帰ってこいよ!わかったな!」
それだけ言って、彼はすぐにその場から逃げ出した。まだ視界は戻っていないが、木々にぶつかることも気にせず走り続ける。自分自身に劣等感を感じながら……
◆――――――◇
「……マスターを逃がすことを優先するか、ちゃんと考えてるな」
「流石にあなたのような英霊を相手に防衛戦は不利ですからね」
二人の間には不思議な空気が流れていた。ただ殺伐としている訳でもなく、だからといって穏やかな訳でもない。一触即発ではあるが故に、お互いに一定の距離感を保ち続けているようだった。
「あなたが何の英霊かはわかりませんが、気配からして尋常ではない程の達人でしょう?そんな相手に隙を見せられるほど私は強くは無いのです」
「ハハハ、買いかぶりすぎだよ。僕は人間さ、ただの人間。君の考えているような達人にはほど遠い、卑怯で矮小な人間だよ」
青年は自嘲気味に笑いながらそう言った。その笑いからライダーは何処か悲しげな雰囲気を感じ取り、それに加え困惑する。何故彼はここまで【人間】であることを強調するのだろうか、と。
「さて、それじゃあ始めようか」
「……!」
青年が剣を構え、臨戦態勢へと移る。眼光は鋭く、先程まで笑っていた青年と同じとは思えない。彼の目を見ていると、心の奥底に眠るある感情が騒ぎだそうとするのをライダーは感じる。手に持つ剣は曲がりくねり、まるで蛇のようだ。
「はぁ!」
先に動いたのはライダーだった。鎖で繋がれた、杭のような短剣で一定の距離を保ちながら戦うのが彼女の戦闘スタイルだ。まずは牽制として、片方の短剣を相手目掛けて投げつけた。
「っとと、鎖付きの武器は射程が長くてやりづらいね……よいしょ!」
「なっ!?」
だが青年はそれをいとも容易く掴み、その勢いで鎖を一気に引っ張った。それによりライダーは体勢を崩し、大きな隙を晒してしまった。
「それ!」
チュガガガガ
そんな大きな隙を青年が見逃すはずもなく、間髪入れずに銃撃を放つ。鎖を使って防御するも、一瞬でも遅ければ全身に風穴が空いていただろう。
「くっ……ならば、これはどうですか!」
「!」
ライダーがそのバイザーを持ち上げ、自らの魔眼を解放した。視界に入れるだけで対象を石へと変え、例えそれが無効化されても重圧を与える強力な魔眼。だが――
「っ、馬鹿な!一体何処へ……」
たった先程まで気配は自分の正面にあったはずだ。だと言うのに、青年の姿が見えない。一体何処に行ったと言うのか。
「――基本的に魔眼って物は、視界から外れれば意味のない物だ」
「上にっ!?」
答えは単純で、ライダーがバイザーを上げる仕草をしようとした瞬間に垂直に飛び上がったからだ。空中からの声で居場所を特定するも、顔を上げる前にグレネードの一撃を受けてしまう。
「はぁあああ!」
「くっ……何のぉ!」
青年の斬撃を短剣で防ぎ、吹き飛ばされる勢いで一気に距離を取る。しかし彼が銃を持っている以上、距離を取ることはアドバンテージに繋がる訳ではない。あまり離れすぎると銃で蜂の巣にされる可能性もあるのだ。武器の射程で負けている以上、勝負が長引くけばまず勝てない。
「(こうなったら……)来なさい、ペガサス!」
「んっ?」
ライダーが地面へと手をかざし、魔方陣を展開。そこから巨大な翼を持つ白馬、ペガサスを召喚した。
「はぁぁああああ!『騎英の――」
どこからか取り出した黄金に輝く手綱を、召喚したペガサスに使おうとする。彼女のこの宝具は乗り物の性能を強化し、一時的に限界を突破した力を発揮させる。今召喚したペガサスに使えば、相当な破壊力を生み出すだろう。
だが。
「残念、そこで待ったを掛けさせて貰うよ」
タァン
一発の弾丸が、ペガサスに命中する。この程度の一撃ではペガサスを止めることは出来ない……ライダーはそう考え、ペガサスに手綱を掛けた。
次の瞬間、ペガサスが力を失いその場で横向きに倒れ込んでしまった。力なく震え、呼吸も荒々しいその姿はまるで病を煩った普通の馬の様だった。
「なっ……馬鹿な、何故いきなり!?」
「気を抜いたら、終わりだよ?」
掛けられた声によって、ようやくライダーは青年が眼前まで迫っていることに気づく。その手には、まるで炎を具現化したような剣が握られていた。
(拙い!鎖を使っ――)
「疾!」
手に持った手綱を離し、短剣に付いている鎖で防ごうとする。だが時既に遅く、無情にも剣は既に振り下ろされていた。袈裟懸けに切りつけられ、ライダーの身体からガクリと力が抜け落ちる。
「ぐっ…がっ……ごふっ」
「……流石にここまでやられれば、肉体を維持できないよね」
痛みをこらえバイザーを上げようとするも、既に両腕が上がらないことにライダーは気づく。どうやら予想以上に深刻な傷のようだ。段々と身体が消えていく感触が始まり、『座』へと戻るときが近づいている事を自覚する。
「……ふふ、負けてしまいましたか」
「へぇ、笑えるくらいには余裕があるんだ」
「元々、そんなに強い英霊ではありませんからね。恐らく早い段階で脱落するだろうとは思っていましたよ」
ライダーは笑いながらそう語る。確かに彼女は生まれた時代こそ神話の頃だが、その性質上英霊よりも怪物の側に近い存在だ。それを強引に英霊として召喚している以上、霊格の高い本物の英霊に勝てる訳がない。元々彼女は英雄によって倒されるべき者なのだから。
「結構肝が据わってるみたいだね。何か言い残す事はあるかい?」
「……あなたの真名を教えてくれませんか?戦った相手の名前くらい、知っていたいんです」
ライダーの目は真剣だった。彼女の知っているどんな英霊とも違う、異質な存在。彼の正体は一体何なのか……それだけはどうしても聞いておきたかったのだ。
「ん〜……まあ良いか。代わりにその短剣、片方だけ貰うね」
「別に良いですよ、そのうち消えると思いますけど」
青年は鎖の切れた短剣を拾い上げ、にこりと笑いながら聞いてきた。あんな物を持っていても意味なんて無いだろうに……ライダーはそう思った。
「ありがとう。……それで、僕の真名は――」
◆――――――◇
「はぁ…はぁ……」
鬱蒼とした雑木林の中を、間桐慎二が駆け抜ける。走っている途中に魔力のラインが途切れ、ライダーが敗北したと言うことがわかってしまった。
「糞、クソ、くそぉおおおおお!何でだ!僕は間違えてなんかいないはずだ!なのに、なんで!」
彼はその場で脚を止め、近くの樹木を殴り叫ぶ。確かに彼は戦術的に間違った采配をしたわけではない。それどころか、そこだけを見れば明らかに衛宮士郎よりも上だっただろう。
だが彼は元々魔術師ではなく、基本的には一般人の側に居るべき存在だ。そんな男がいきなり仮初めの魔術を与えられて戦えと言われても、そんな事出来るはずがないのだ。魔術師としての『戦い』を知らない彼は、あまりに恐ろしい『英霊』と言う存在を前に焦ってしまった。故に今回の無謀な状況に繋がるのだが、彼はそれを認められない。選民意識の強い彼に取って、自分は優れていなければならない。そうでなければ、魔術師としての才能のない自分に価値は無い……そう思っていたから。
「……そうだ、ライダーなんて弱い奴だったからだ!もっと強い英霊だったら僕が負けるはずが無いんだ!」
先程まで自分を守っていた相手に対してとは思えない悪態をつく。だが彼の精神は他者を見下さなければ自我を保てないほど歪んでいる。故に彼も心の奥底では、自分のために戦ったライダーにこんな事を言う自分を惨めに感じていた。
「……糞、力さえあれば……もっと強い力さえ――」
――汝、力を欲するか?――
「!?」
ただ自嘲気味に呟いた一言。その一言に予期せぬ答えが返ってきた。周囲には人影も気配も存在しない。しかし彼の意識はその声を認識し続ける。
――答えよ……汝、他を圧倒する絶対の力を欲するか?人を超え、魔の頂きへと至る滅びの力を欲するか?――
虚空より掛けられる数々の言葉。それは間桐慎二の中にある単純な欲望を刺激した。自己顕示欲、支配欲、そう言った暗い欲望が、謎の声により次々とわき上がってくる。歪みを抱えた彼の心は、それらの葛藤の末に一つの結論へと至った。
「……寄こせよ!僕は力が欲しい、他の奴の上に立つための力が欲しい!」
――……ならば我と契約せよ。汝が払うべき対価は『魂』……汝の魂を我へと捧げよ――
「ああ、くれてやるよ!だから――」
彼は半ば捨て鉢の状態だった。普通の精神状態の人間が、虚空から声を聞いた等という体験をすれば大なり小なり現実を否定するだろう。それをしなかったのは彼が魔術についてある程度の知識を持ち、また彼自身もそれを望んでいた心があったからだろう。
「僕に力を寄こせ!」
――良かろう、これより我は汝が分身。我が名は魔王アーリマン……聖杯の中に眠る同位体の導きによりて、この世に悪をもたらさん――
虚空の言葉が終わったとき、影が間桐慎二を包み込む。だが彼は笑っていた。自らの力に陶酔する狂った笑みを浮かべながら、間桐慎二はその姿を消した。
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