factor7
静かな森の中で、何かが駆け抜ける音がする。風を切り、木の葉を踏みしめる音。鬱蒼と茂る森においてはそれほど珍しい物ではないが、日常的と言うにはいささか風を切る者の速度が速すぎる。その速度は明らかに人間が出せるモノではなく、かろうじて銃弾より少し遅い程度だ。
人間を超えた速度で動く、人間の姿をした存在……ここ冬木で行われている聖杯戦争のために呼び出された異端、英霊。その内の一体『アーチャー』が今、主の元へと向かっていた。
「……」
アーチャーは口を閉ざしたまま走り続ける。彼の目は空を見つめ、焦点が定まっていない。何か考え事をしているのだろうが、その姿を常人が見れば恐怖を抱くだろう。それほどまでに彼の纏う雰囲気は恐ろしかった。もし他の異形がここに居たとしても、彼の姿を見れば即座に逃げ出すだろう。
「……見えた」
やがて虚ろな目が捜し物を見つけ出す。辺りは闇に包まれていると言うのに、彼の目は数km先の主を正確に捉えている。それが彼自身が生前持っていた能力なのか、それとも後世に人々の間で語られた為に得た後天的なものなのかは他人にはわからない。唯一わかるのは、その力こそが彼を超常の存在たらしめていると言うことだけだ。
「――見つかった?」
「いや、とりあえずこの森一帯を探したけど痕跡が途中で消えてた。残念だけど、ここから追跡を続けるのは難しいと思う」
アーチャーが伝えるのは、彼自身の失態とも言える内容だった。彼の主――遠坂凛は先程、この森に逃げた間桐慎二の追跡彼に命じた。だが結局間桐慎二は見つからず、手がかりもつかめなかった。……だが、凛はアーチャーを咎めようとはせず、その場で何か思案していた。
「……逃げられたわね、一体どうやったのやら……まあ良いわ、家に戻りましょう。この分だと学校にはしばらく行けそうに無いし」
「わかった……それじゃ、失礼して」
そう言うとアーチャーは彼女を抱え、木々の合間を縫うように走りだした。
(……さて、これからどうしようかしら?)
凛はまず、今後の自分達の動きについて考える。幸いあの結界による死者は居なかったとはいえ、あれだけの人間が一斉に昏倒したのだ。最低でも数日は休校になるだろう。その間一体何をするべきか?
(一つは衛宮君と一緒に他のサーヴァントを探して倒すこと……けれどこれはダメね、衛宮君の協力が得られそうにないもの)
彼女が最初に思いついたのは、協力関係を結んでいるセイバーのマスターの事だった。だが彼はその性格上自分から打って出る様な事はしないし、したくないだろう。
(次に単独で他のサーヴァントを探すことだけど……今まで姿を見せていないのがアサシンとキャスターっていうのが痛いわね。下手に探索に出して分かれると私がアサシンに狙われるし、アーチャーがキャスターの罠に掛かるかも知れない)
アサシンはマスターを狙うタイプのサーヴァントであり、あまり長時間一人でいるのは拙い。ではキャスターはと言うと、拠点を作るタイプのサーヴァントである以上何かしらの備えがあるだろう。どちらも現段階で戦うのは得策ではない。
(ならアインツベルンの居城を探してバーサーカーを狙う?……無理ね、アーチャーの力なら勝てるかも知れないけど、他の連中に足下をすくわれる可能性が大きいわ)
バーサーカーはギリシャの大英雄『ヘラクレス』であるというのは聞いたのだが、前回の戦闘から考えると撃破は可能である……凛はそう考える。だが例え勝てたとしてもまだ参加者が残っている以上、奇襲・追撃の類があるのは確実。バーサーカーとの戦いで疲弊したところを狙われる可能性も十分にある。
(とすると、しばらくは動かずに様子を見るべきね。せめてアサシンをどうにかしないと動きづらくて仕方ないわ)
彼女にはこの膠着状態を打破出来る手札が無い……いや、あるかどうかがわからないと言った方が正しいだろうか。彼女のサーヴァントは何が出来るのかも不明瞭な状態で、まだどんな英雄かわかっていない相手が二組も居る。それはつまり、何が起こっても不思議ではないとさえ言えるのだ。
(ランサーもあれから姿を見せていないし……せめてアーチャーの宝具の数と性質を確認できれば……)
現状の彼女が不利な原因は、主にアーチャーの能力がわからない事だ。そこさえどうにか出来れば、もう少し有利に立ち回れるだろうが……
「――そういえばマスター、いくつか能力の閲覧制限が外れたみたいだ。もしかしたらサーヴァントと戦う毎に開示されていくのかもね」
「! それは本当なの、アーチャー!?」
「嘘を言う必要が無いからね。……今回開示されたのはスキル二つだね。多分もう見られるんじゃないかな」
唐突にアーチャーが切り出した話題に、彼女は即座に反応し聞き返す。当然だろう、この不利な状態から脱却出来る可能性があるのだから。彼女はすぐにサーヴァントのステータスを確認する。
◆――――――◇
スキル:
軍略 :A
・多人数戦闘における戦術的直感能力。自らの対軍宝具行使や、逆に相手の対軍宝具への対処に有利な補正がつく。
戦闘続行 :A
・名称通り戦闘を続行する為の能力。決定的な致命傷を受けない限り生き延び、瀕死の傷を負ってなお戦闘可能。
◆――――――◇
「軍略って……アンタ指揮官でもやってたの?その割には戦闘続行もあるし、前見た英雄殺しとかを考えると……前線部隊の隊長ってところかしらね」
「んー……多分それに近いと思うよ。詳細はわからないけどね」
開示された情報の中から、凛はアーチャーの過去を推理する。今アーチャーについてわかっているのは、
・近代の英霊である(少なくとも近代兵器を使っており、また自分でもそう言っていた)
・多数の英雄が居る状況で活躍した(でなければ英雄殺しなんてスキルはつかない)
・固有結界を保有している(効果はよくわからないが、かなり高名な魔術師の可能性)
以上の三つの事項である。これらの情報に、先程の会話から得られた前線で指揮をしていたと言う事を踏まえて考えるが――
(……全く予想がつかない……一体何処の何て言う英雄なの?)
そもそも近代の魔術師が表だって活躍することはまず無い。その上英雄が多数居て、近代兵器も使っていた時代なんてあったのかどうかも疑わしい。
「……もうアンタの正体を考えるの止めようかしら?どんなに考えても欠片も思い当たる人物が居ないもの」
「あはは……一応真名のヒントは見られたけどね。シナガワとかギンザの地名が出てきたから、多分僕は日本の英雄なんだと思う」
(!?)
アーチャーが何でも無さそうに話した内容に、凛は動揺を隠せなかった。昨日彼女が見た夢では、アーチャーに似た少年とそれらの地名が出てきていたためだ。
(あの夢と同じ地名……やっぱりあの夢はこいつの過去?……まだ確証は無いし、聞くのはもう少し証拠がそろってからにしましょう)
いかに疑わしくとも証拠がない以上、どんなに追求しても答えはわからないだろう。それどころかアーチャーの状態が悪くなるかも知れない。だから今は追求せず、アーチャー自身に思い出して貰うべき……それが彼女が出した結論だった。
「着いたよ、マスター」
「……ええ、ありがとうアーチャー」
思考を続ける内に、アーチャーが目的地へと到着する。凛は答えを追求できないもどかしさを感じながら、ゆっくりと自室のベッドへと向かうのだった。
ようやく書き上がりました。戦闘描写無いと時間かかっちゃうなぁ……
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