factor23
壁に刻まれた血文字の光が赤から緑へと変わる。どこからか鼓動のような振動が本堂を襲い、間桐慎二が宙へと浮かぶ。キャスターは光の粒子となり胸の中央の顔に吸い込まれ、その異形を中心に無機質な『玉座』を作りあげた。
『嗚呼、これが異形の力か……僕が手に入れ、我が取り戻した力……』
『玉座』の中央、およそ顔に見えなくもないその場所に、間桐慎二の上半身がある。顔面の血管が破裂し、流れる血を拭うように自らの顔に塗り付ける。瞳孔はまるで針のように細くなり、狂気を孕んだ笑顔で敵対者を見つめる。
『ちっぽけだ……なんて矮小な存在なんだ……あんなものを恐れていたなんて……』
周囲の人間はその異様に気圧され、動くことも言葉を紡ぐことも出来ない。英霊であるセイバーでさえ、不可視の剣を構えた臨戦態勢のまま動けない。
『我は魔王であり邪神、そしてこの世すべての悪たる存在――』
少しずつ間桐慎二の肉体が『玉座』の内部へと沈み込み、肉体を覆うように頭蓋のような装甲が作り出される。
『――アーリマンである』
[悪神_アーリマンが_一体出た]
◆――――――◇
境内は地獄のような様相を呈していた。紅蓮の炎を纏った斬撃が三度放たれたと思えば、真空を生み出す嵐が頬を掠める。眼前を覆う業火が壁のように迫り、それを超えれば自然界にない白光が心臓を狙う。既に山門は巨大な篝火となり、美しかった庭園は見る影もなく引き裂かれていた。
「まだまだいくぜぇ、『マハラギオン』!」
鎧の男が一言唱えれば、その掌から膨大な量の炎が吹き上がる。敷き詰められた砂利が焼け、辺りを赤く染める。既に標的の男も放った男もその場には居ない。
「奔れ、『マハザンマ』」
何もない空へ向けて法衣の男が印を切る。刹那、空中に標的の男が現れその腕を竜巻が掠める。常人どころか英雄でも捉えるのが難しい速度の戦闘。この三人にとっては慣れ親しんだ戦闘速度であった。
「右に飛びました、追撃を」
「おう、あいつに召喚の隙なんざやらねぇよ」
二人の男――セイヴァーとアヴェンジャーがアーチャーを追い詰める。単独での戦闘力として考えれば、アーチャーは二人のどちらにも劣る。しかしアーチャーはその不利を覆す力もまた持っていた。それを知る二人は極力隙を与えず、一方的な攻撃を続ける。アーチャーは二人の攻撃によって完全に防戦一方の状態だ。
(まずいな、数がそろわなきゃあの二人には勝てないし……)
懐の傷薬で腕に応急処置を施しながら、アーチャーは考える。三人の中ではずば抜けた素早さを持つものの、攻防ともに劣るのが彼だ。その上悪魔を召喚するためには数秒ほど右腕が使えなくなり、左腕も動かせる範囲が狭まる。不自由な片腕だけで二人の攻勢を凌ぐのはまず不可能。しかし召喚しなければあの二人とまともに戦うことさえ出来ない。
「燃えろ、『明王化身・倶梨伽羅剣』!」
「『聖戦を終わらせる神炎』」
加えて、あの二人は何故か本来持っていない武器を宝具として持っている。召喚された霊器の関係からアーチャーには使えないが、あれらは彼の使った武器だ。これのせいで二人とも当時より攻撃力が跳ね上がっている。一人では凌ぎ続けることさえ難しいのが現状だ。
(攻撃の密度が濃すぎて長くは凌げない……何か機会を待たないと)
放たれる炎を纏った斬撃は、掠るだけでも激痛を走らせ動きが鈍る。貫通力の高い白光は当たってしまえば確実に致命傷となる以上、確実に回避しなければならない。全神経を動員して攻撃動作を察知し、放たれる前に回避に入る。こんな攻防が長く続けば、精神肉体ともに疲弊しきってしまう。
「一番はマスター達が合流してくれることだけど――」
既にこちらにイレギュラーが来ている以上、あちらに問題が無いと断言することは出来ない。少なくとも都合よく救援が来るなんてことは考えられない。それどころかあちらも窮地に陥っている可能性さえある。彼はそう考えて、次の攻撃に備える。
「――まあ、やれるだけやってみよう」
◆――――――◇
『どうした矮小なる者達よ、もっと全力で来るがいい』
アーリマンが吼え、無数の氷塊が降り注ぐ。セイバーが剣を振って弾き飛ばすが、直後巨大な火球が叩きつけられる。士郎や凛はセイバーのおかげで無傷だが、アーリマンへ傷をつけることも出来ずにいる。士郎ではそもそも質量の差で効かず、凛の放つガンドは着弾前に霧散してしまう。吹き上がる莫大な魔力によってかき消されてしまっているのだ。
『……つまらんな。所詮英霊と言えど人間、神に勝てる道理などないか』
「慎二ぃ!」
嘲るようにつぶやいたアーリマンに、士郎が飛び掛る。『玉座』の中央、慎二が沈んで言った顔らしき部位に強化した木刀を叩きつけようとして――
「衛宮君、ダメ!」
『……無意味』
――横合いから稲妻が走る。木刀は粉々に砕け散り、士郎はその反動で壁に叩きつけられた。
「ぐぅっ!?」
『貴様は何故、我に従わない。貴様の性格からして、聖杯など欲しがらないだろう』
「俺は…人を守るために、他の誰かに聖杯を渡さないためだ!お前は何で欲しいんだ、慎二!」
アーリマンの問いに、士郎が問い返す。半ばで砕けた木刀を捨て去り、よろめきながらも何とか立ち上がる。そんな士郎を見下ろして、アーリマンがその口を開く。
『我の目的はただ一つ、力の獲得』
「ち、から?」
『左様。我の力は本来のものより遥かに衰えている。故に我は聖杯を取り込むことで力を復活させ、ボクはその依り代になることで力を使えるようになる……互いの利害が一致した故、我々はこうして手を組んでいるのだ』
無機質な瞳が士郎を貫く。右の瞳は侮蔑と嘲りの色に染まり、左の瞳には純粋な悪意のみが映る。異形の中に眠る二つの意思、それが双眸に宿り眼光として放たれていた。
『貴様には理解出来んか……あるべきものが無いという恐怖は』
「慎二……」
『我にとって聖杯こそ鍵。聖杯を手にいれ、この世界のコトワリを支配する』
それは、間桐慎二を知る者からすれば違和感ある言葉だった。確かに彼は日々の生活の中にどこか鬱屈した感情を滲ませていたかもしれない。しかしこれほどまでに世界そのものに反感を抱いていたわけではない。士郎には何かによって、考えを歪まされたようにしか見えなかった。
『……さて、喋りすぎたか』
「そうね、おかげで準備は整ったわ」
直後、士郎は数歩ほど後ろに下がった。
◆――――――◇
宝石で五芒星を描いた魔方陣、それを石の種類をずらしながら九つ直列配置し同時に駆動させる。同属性の宝石が線で繋がり、五つに重なる螺旋を描く。それはまさしく砲身であり、弾丸が装填されるべき場所にはお父様の形見――アゾット剣がある。
「これだけ念入りに増幅すれば、あんただって無事じゃすまないわよ!」
いざって時のために持ってきておいた地下の宝石、それを盛大に使った増幅術式。五芒星は五大元素使いである私には相性もいいし、今これ以上の威力は出せない。
『戯けめ、我が何もせずいると思ったか?』
あいつの周りに魔力が渦巻く。多分、さっきみたいにこっちに何かを仕掛けてくる気なのだろう。
「そちらこそ忘れたか悪神、私が居る限り貴様の攻撃は通さない」
けれどこちらにはセイバーが居る。対魔力を持つ彼女が居ればほとんどの魔術は意味を成さない。場合によっては衛宮君もフォローに入ってくれるし、問題は無いはず――
『マハザンダイン』
――複数の、竜巻。剣で払うことも、盾になって防ぐことも難しい。一瞬防御体制に移ろうとして、その考えを捨てる。今私がすべきことは、二人を信じて全力で攻撃をすること。なら魔力を溜めるこの時間を削ることは出来ない。
「頼む、セイバー!」
「ええ――『風王鉄槌』!」
セイバーの聖剣を覆っていた風が開放され、暴風となって竜巻へとぶつかる。異なる気流が混ざり合い、竜巻はその力を失う。
「今だ、遠坂!」
「――ぶち抜けぇぇぇ!」
荒れる気流を引き裂いて、増幅された魔力を纏ってアゾット剣が放たれる。そのまま狙い通り顔らしき部位のある中央へと命中し、衝撃で後方の壁を破壊する。
『すまんな小娘』
煙が晴れての第一声は、なぜか謝罪だった。
『正直なところ、貴様のことを侮っていた。この一撃は慢心はいかん、という教訓とさせてもらおう』
流れる空気が変わった。そんな確信を抱ける言葉だった。確かに直撃し、顔面の右半分が消し飛んでいる。けれどその下に隠れていただろう間桐君は無傷で、より異質になったその姿を見せていた。目は虚ろに赤く染まり、顔面の血管が浮き上がり細かく脈動している。頭にはまるで王冠のような銀色の兜を被り、磔の形になるよう四肢が取り込まれている。
『これより我も全力を出そう』
――『玉座』が開き『獣』が生まれる。
あとがき
もしもアーリマンの姿がイメージ出来なければ、魔王アーリマンで画像検索してください。
座っているときが『玉座』、四つんばいが『獣』のつもりで書いてます。
あと慎二は魔神皇の第一・第二形態を混ぜたようなイメージです。
わかりづらかったら本当にごめんなさい。
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