factor22
深紅に染まる空、顔を出し始めた月。日没を目前としたこの時間に、柳洞寺の前に一つの集団が現れる。奇異な格好の集団であるが、ここ最近相次いだ不審な事件で人々はみな外出を自粛していた。その影響によりこの集団が人目に触れることはなかった。
「どうだ、遠坂」
「予想通りよ、結界の中はかなりの数の竜牙兵がいるみたいね」
集団、すなわちセイバー組は柳洞寺の内部を探査し、状況を確認する。前回来た時は門番であるアサシンがいたため、内部状況は欠片もわからなかったのだ。
「境内に大きな魔力が渦巻いているのは感じるけど、何があるかまではわからないわ」
「いえ、十分です。この階段を登り切った先にキャスターが待ち構えているのでしょう」
不可視の聖剣を握りしめ、セイバーが答える。聖杯をめぐる戦いの最終決戦が目前とあって、気合十分といった感じだ。
「確認するけど、私達の目的はわかってる?」
「セイバーとアーチャーでキャスターと雑魚を抑えて、その間に俺と遠坂で慎二を探すんだろ」
家を出る前に作戦の分担は確認してある。私達はサーヴァントと一緒に突入しこの戦いに終止符を打つ。その間のイリヤと桜は綺礼が守りつつ、教会で待機。あまりに単純なものであるが、役割を決めず動くわけにもいかない。おそらく結界内部じゃ念話も通じないだろうし、大雑把でも指標がないといざという時危ない。
「ええ……間桐君にはしっかりと話を聞かないといけないわ。それにアーチャーとセイバーなら敵のサーヴァントが多くてもある程度は対応できるはずよ」
既にアーチャーと旧知のサーヴァントが召喚されているのはわかっている。しかし勝負の結果勝利したのはアーチャーだし、キャスターならば強力な対魔力を持つセイバーの相手はきついはず。
「懸念事項だったアサシンが居ないのは気になるけど、これ以上相手に時間を与えるわけにもいかないしね。次にあの『宝具』を使われたら街がどうなるかわからないわ」
「発射の瞬間さえわかるなら妨害なり相殺なり出来るけど、逆にそれがわからないとどうしようもないからね。少なくともある程度の距離まで近づかないと僕じゃ止められない」
ある程度の情報をアーチャーから得られるのがありがたい。少なくとも相手一人の能力が分かればかなり戦いやすくなる。もっとも、後世の伝承によって能力が増えている可能性もあるが。
「……それじゃ行くわよ!」
◆――――――◇
「山門までの道中、竜牙兵70体。参道脇の雑木林からの奇襲3回、山門前面に15の多重結界。これらすべてを召喚した悪魔三体の犠牲で突破するとは……やはり君は強い人だ」
山門の無数の竜牙兵を薙ぎ払い、道中すべての罠を潜り抜けたセイバー達。山門を抜けたそこは神社の中というよりも、小さな教会の中のような雰囲気になっていた。こじんまりとして、清潔で……どこか排他的なその空気は、アーチャーのよく知る空気でもあった。
「――だからこそ、僕は君を許せない」
「やはり君が来ていたんだね……『ロウ』」
二人の間に奇妙な空気が流れだす。それは再び出会えた喜びと、出会ってしまった悲しみと、かつての因縁からくる怒りが籠った複雑な感情だ。
「君が秩序の軍勢を倒しさえしなければ、あの世界はもっと平穏だった……少なくとも洪水後の死者は格段に減っていたでしょう。君の無秩序な戦いはただ人類を窮地へと追いやっただけです」
「……好きに言ってくれるね、僕は天使の言葉を素直に信じられなかっただけさ」
何もかもが壊れた『あの世界』で、混沌と秩序の二つの勢力が争っていた。秩序の側の兵士――すなわち天使は心清らかな人々を救い、守ると主張していた。だがその基準は明確でなく、秩序側に不利益を出すような人間を謀殺しているという疑惑もあった。故にアーチャーは秩序側の言葉を信じられなかった。
「……失礼、今はあの世界のことは置いておくべきでしたね。『ヒーロー』君、君たちの探している少年は柳洞寺の本堂にいますよ……キャスターと一緒にね」
「……何?」
『ロウ』と呼ばれた男は左腕で本堂を指し示す。しかしその視線はアーチャーを見据え続け、他の人間が眼中にない。
「僕は君との決着以外に目的はありません。他の方々はご自由にお通りください」
「……一体何を考えているのですか?それにあなたはキャスターとして召喚されたのでは――」
「僕の目的はただ一つ、『ヒーロー』君との決着のみ。話をしたければ本堂のキャスターとしていただきたい」
セイバーの疑問に対し、『ロウ』は強い意志とともに答える。先ほどまで能面のようだった感情の薄い顔に静かな怒りが浮かび、言外に邪魔をするなと言っているようだ。
「早く行きなさい、始まれば周囲に気など配れませんからね」
「……わかったわ、行くわよ二人とも」
「しかし凛、これは敵の罠ではないでしょうか?やはりある程度固まって行動した方が……」
「そうかもしれないけど、コイツがキャスターで無いなら本物のキャスターが何かを企ててる可能性は高いわ。わざわざ本堂まで見せてくれるなら乗ったほうがいいわ……たとえ罠でもね」
そういってセイバーを説得し、本堂へと向かう。凛は一度だけアーチャーを見ると、少しだけ笑って駆け出す。
「……ふふ、信じてもらえたようで何よりですよ」
「相性で有利な状況を勝手に作ってもらってるんだ、利用しない手はないさ」
二人だけになった瞬間、先ほどまでの張りつめた空気に綻びが生まれる。一瞬生まれた穏やかな雰囲気は、後にくる凄惨な戦いを予感させる儚いものだ。
「さて……始める前に言っておかねばならないことがあります」
「ん?」
「実は――」
一瞬。本堂の屋根を超え、赤い影が音もなく降り立つ。片手に熱気溢れる太刀を握り、強い敵意でアーチャーを見据える男。彼もまた、二人の共通の友にして剣を交わした宿敵の一人。
「――召喚されたのは僕だけじゃないんですよ」
「久しぶりだな『ヒーロー』!話が長くて待ちくたびれちまったぜ」
◆――――――◇
本堂内は、異様だった。床には一定の法則に従って竜牙兵の残骸が転がり、壁には無数の血文字が描かれている。中央にはパーカーで顔の見えない男と、ローブを纏った女性が立っている。
「これは、一体……」
「慎二!お前一体何を――」
「黙れよ」
状況を呑み込めない凛と、間桐慎二であると即断し声をかける士郎。それら全てを、冷ややかな声が切り捨てた。
「衛宮ぁ、お前はどこまで僕の邪魔をすれば気が済むんだよ……お前が僕の思い通りに動いてれば今頃僕達が勝ってたってのにさ」
「間桐君、何を言ってるの……?」
「遠坂!お前もだよ、予想外のことばかりやりやがって……お前のサーヴァントのせいで僕は、僕はなぁ!」
自分勝手な言葉を並べ立て、喉を掻き毟りながら叫ぶ。首元には何本もの爪痕が刻まれ、日常的に自傷行為を行っていることがわかる。フードに隠れて顔が見えないが、煌々と輝く視線が二人を貫く。
「でも……僕は許すよ、お前達を許す!今までのことはぜぇんぶ水に流してさ、一緒に楽しくやるんだ。衛宮はもちろん、遠坂だって楽しく過ごせる。アハハハハハハハハハ、どうだい、いい話だろ?」
「し、慎二?」
急に上機嫌になり、明るい声色で笑い始める。先ほどまでの怒気を忘れたかのような豹変ぶりに、士郎達は強い違和感を覚える。
「なぁ、こっちに来いよ。一番偉いのは僕だけど、お前達にはその次の地位をやるよ……なんならお前らのサーヴァントも受肉させたって――」
「二人とも、下がってください……正気じゃありません」
なおも話し続ける慎二の前に、沈黙を保っていたセイバーが立ちふさがる。気持ちよく話していた慎二は水を差されたことが余程癪に障ったのか、顔をしかめて舌打ちする。
「正気じゃないのはお互いさまだろ、万能の願望器なんて信じて殺しあいしてるんだからさ」
「キャスター!貴様、彼にいったい何を――」
ここで初めて、セイバーは気づく。慎二の後ろにいるキャスターが、小さく震えていることに。フードに隠れ表情は見えないが、その唇は青ざめ頬もこけているように見える。
「それで、どうなんだよ!僕につくのかどうか!」
「……残念だけど、私達はあなたを止めに来たのよ。あなたの与太話を聞いている暇はないわ」
「……そうか」
気が抜けたように一言呟き、慎二が顔をあげる。それはまるで最後に残った何かを壊されたような、空虚で軽い声だった。
「始めろ」
小さな一言を呟いたとき、本堂の扉が閉まる。それと同時に血文字が輝きだし、赤い蛍のような光球が巻き上がる。
「間桐君!?」
「お前らが無茶苦茶やるんだったらさぁ……僕だってやらないと不公平だろ?」
光球は慎二のもとへと集まり、光に接触した服が消えていく。パーカーの下から現れたのは、膨大な数の令呪を宿す両腕と血管が膨れ上がった顔面。そして――
「お前、その体――」
――今こそ、復活の時――
――胸部に埋め込まれた異形の姿だった。
あとがき
つまらない上に長い雑魚線はカットさせてもらいました。
山門にも敵は居たよ、相手にならないけど!
とだけお伝えします。
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