factor26
衝撃波と、閃光。二つの力で境内の炎は消え、周囲は静寂が支配していた。アーチャーは油断無く新たな武器を『再現』し、着弾点を見据えている。
「――っの、糞野郎がぁ!」
双方の直撃を食らったアヴェンジャーが叫ぶ。兜が半壊し、右腕は焼け焦げ、左腕は無数の裂傷で覆われている。
「まだ俺が居るだろうが!てめぇが傷つかなきゃ問題ないってか!ふっざけんじゃあねぇぞ糞がぁ!」
敵対者を燃やし尽くすような、激しい怒り。それに呼応するかのように右腕に握った剣が炎を吹き上げる。兜が力なく大地へと落ち、その下の顔が露わになる。
「――なんで」
――アーチャーと同じ顔が、そこにあった。瞳だけは紅に染まっているが、その顔立ちは紛れもなくアーチャーと同じもの。今までは兜と面頬によって見えていなかった為に気づけなかった。
「ちっ、兜がダメになったか」
「なんで、君が僕と……」
「はて、気づいていなかったようですね」
疑問をこぼしたアーチャーを見て、セイヴァーが頭の帽子を脱ぎ捨てる。そこには本来彼には無い筈の頭髪があった。よくよく見れば白い瞳は光を失っているが、やはりアーチャーと同じ顔であった。
「……さっきまでいつもの『ロウ』の顔だったはずだ!一体何が――」
「お前にしては察しが悪いな『ヒーロー』?」
「君の霊器、欠けているのでしょう?何が欠けているのか考えたことは無いのですか?」
自分と同じ顔をした、かつての戦友が語りかけてくる。アーチャーにとって悪夢のような光景。
「お前、中立の時の姿しか『再現』出来ないだろ?」
「おかしいと思いませんでしたか?君は混沌にも秩序にも染まりえたのに」
「確かにお前は中立の時が一番強いのかも知れねぇが、他の可能性が『再現』出来ないのはおかしいよなぁ」
「さらに言えば『彼女』が固有結界内だけとはいえ『再現』出来るのに、かつての僕達が『再現』出来ないのは道理が通らない」
「もし『再現』出来るなら、下手な悪魔より俺達の方が強ぇ。なのにお前は一度も俺達を『再現』しなかった……出来ないんだろ、俺達を『再現』するのがよ」
「これらの原因、わかりますか?」
畳み掛けるように、二つの同じ顔が代わる代わる言葉を紡ぐ。憤怒に染まる紅い瞳と、虚無の詰まった白い瞳がアーチャーを見据え問いかける。無数の疑問に対してアーチャーは口を開くことさえ出来ない。
「とても簡単なことですよ」
「お前の霊器が不完全なのも、俺達のこの顔も、これだけで説明できるぜ?」
二人の男が対照的な表情を浮かべつつ、アーチャーを指差した。
「お前の」「君の」
「「霊器の一部を吸収した」」
告げられる言葉がアーチャーの思考回路に届くまで、少しの時間が必要だった。その隙は千載一遇としか言えないもので、二人がそれを逃すわけも無かった。
「お前がこの世界に呼ばれるとき、抑止力が介入したのさ」
「それにより君の霊器は一つの軸を基点に三つに分けられた」
攻撃をしつつ、二人の話が続く。炎を纏った斬撃と、極光の砲撃。それらを避けるアーチャーの動きは精彩を欠いていた。
「分けられた霊器の内、最も本来の性質に近いお前が英霊として召喚された」
「残った秩序と混沌に偏った霊器は抑止力による影響を受けなくなり、遅れてこの世界に降り立った」
「主人格たるお前が居ない霊器は、何も出来ないただの力の塊だった」
「それに目をつけた魔王アーリマンが僕達の魂をこちらに呼び寄せた」
「俺達はそれぞれ性質の近かったお前の霊器を取り込んだ」
「こうして僕達はこの世界へとやってきた」
熾烈な攻撃と、凄烈な事実。二つの衝撃がアーチャーの思考を妨げる。
「元々君が存在しなければ、僕達は英雄になどなれなかった」
「そ、そんなことは無い!二人とも英雄として世界に――」
「そう、世界に選ばれた……お前のついででな」
「つい、で?」
考えたことさえない事象が、二人の口から飛び出した。アーチャーは今の今まで、二人と自分は同格の友であると考えていた。それを本人達によって否定されてしまったのだ。
「あの夢を憶えていますか、僕達が始めてあったあの夢を」
「あの時、まずお前が自分の意思で名前を名乗った」
「次に僕達がそれぞれ君の道中に居て、その後君によって名前を呼ばれた」
「わかるか?俺達には何も選択権が無いのさ。あそこで名前を呼ばれるまで、俺達に名前は無かった」
「君によって名が与えられ、その能力までも決められた」
「そしてお前と同じ旅をした、お前の意思に従ってだ」
それはアーチャーにとって、今まで気にしたことも無かった事ばかりだった。夢で名前を呼んだのは直感からで、能力は第一印象から感じたことを思っただけ。どちらも合っていたことは驚いたが、そういう夢だと思い気にしていなかった。
「俺達だって当時は何も思ってなかったがな」
「君の霊器と融合したことで、気づいたんですよ」
「気づいたって、一体何をさ!」
必死に攻撃を避けつつ、何とか疑問を搾り出す。
「僕達よりも『上位の存在』が居ることを、ですよ」
「俺達を操って、あの世界に干渉していた奴ら。俺達は『操作者』と呼んでるがな」
「君の『再現』という特性の根源、その一つと考えています」
「プレイ、ヤー?」
問いへの答えは、予想を遥かに超えた理解出来ないものだった。平行世界への召喚だけでも荒唐無稽だと思っていたが、それが可愛く思えるほどの無茶苦茶な話だとアーチャーは感じる。
「あの世界は『操作者』によって何度も繰り返されてるんだよ」
「それによって生まれた近似平行世界を再現することで、君の力は形作られている」
「そして俺達はその近似平行世界の中で、自分の性質に近い世界をお前の霊器から垣間見た」
「故にこのような結論に至っているのです」
一瞬の静寂。次にアーチャーが飛んだとき、本堂から金色の光が放たれる。上空へと伸びる光の柱は恐らくセイバーのものだと思えるが、今の彼にそれを確認する余裕は無い。
「俺達はアーリマンと取引した」
「魔王としてではなく、偉大な神としてこの世界に君臨したいというあの悪魔の願いを叶え」
「俺達は『操作者』を殺し、あの腐った因果を絶つ」
「そうすれば、僕達に連なる膨大な近似平行世界も消える」
「……なんでだ、なんでそこまでして『操作者』を殺そうとするんだ!」
あまりにも強い意志。その源泉は何処にあるのか。激しい攻防を続けながらも、会話は続いていく。
「もちろんあの最期が納得出来ないからだ」
「この一点に関しては僕と彼とで見解が一致しましてね」
「最期……あのときの戦いの結果が納得できないのか」
最後の戦い。あの聖堂での最終戦争は、確かに納得いかない戦いだったのかもしれない。特にアーチャーは仲魔を率いていたが、セイヴァーとアヴェンジャーは一人で戦っていた。一対一で戦えばあの結果は無かったかもしれない。
「違う違う違う!あんな戦いの結果なんざ些事だ些事!」
「もう一度やれば結果は変わるでしょうが、それよりもっと重要なことがあったでしょう?」
しかしアーチャーの予想はまたも裏切られた。あの戦いのことでないなら、二人の言う最期とは何のことなのか彼には見当もつかない。
「お前の最期だよ!」
「君の霊器を取り込んだ際に、君の最期を見ることが出来ました」
「なんでお前の最期があんな結末なんだよ!勝った筈のお前の方があんな結末なんて、俺は認めねぇ!」
「僕達に勝利した君の末路を見て、僕らは『操作者』の悪意を感じました」
「そして俺達が取り込んだ霊器は明らかに歪だ」
「秩序に寄った君の霊器は、民を導き消える救世主『セイヴァー』として」
「混沌に寄ったお前の霊器は、神や悪魔への復讐者『アヴェンジャー』として」
「「『操作者』への怒りを抱いていたとしか思えない」」
これもまた、アーチャーの想定を遥かに外れた回答だった。自分の最期に不満?そんなことを感じたことなど、彼には一度も無い。アーチャーは過程には少々の不満はあっても、結果には満足している。いくら霊器を分けられたといっても、その点は変わらないはずだ。
「そんなこと、感じたことなんて無い!」
「嘘だ!あんな結末に満足なんざするわけがねぇ!」
「あんな無意味な最期で、怒りを抱かないわけが無いでしょう」
(――そうか。彼らは同情しているんだ)
ようやく、アーチャーは二人の思考を理解した。彼らはアーチャーの人生を擬似的に追体験し、その結果を不当だと感じて、怒りを感じていると断じたのだ。
(きっと彼らが言っていたことのうち、いくつかは真実なんだろう)
夢の件などは、今まで気にしなかったのがおかしいくらいだった。二人の説明が腑に落ちる点が多かったのも事実だ。けれど――
「――僕の人生への文句なんて、見当はずれもいいところだね」
「はぁ?」
「……君は、あんな人生で満足なのですか?」
「少なくとも、僕は自分の最期が無意味だとも不満だとも思ってない」
アーチャーの言葉に、二人の動きが止まった。アーチャーとて、客観的に見て不幸なことが多かったのは理解している。だがだからといって、彼らの同情で人生そのものを否定されてたまるものか。アーチャーは強い意志を持って、その結論を否定する。
「たとえあの人生が全て誰かによって定められたものだったとしても!絶対に誰にも否定なんてさせない!」
「……そうかい」
「また、平行線なのですね」
アーチャーの言葉に、二人は始めて悲しそうな表情を見せた。それは先ほどまでの激情の裏返しであり、彼らの思いが否定されたことへの憐憫でもあった。
「お前と平行線になったんなら……やることは一つだな」
「もともと僕達は君を倒してでも、『操作者』を殺害するつもりでしたからね」
「ああ、長々とした議論はこれで終わりだ」
三人がそれぞれの武器を構える。燃え上がる剣は今の持ち主に呼応して火力を上げ、光を放つ銃はその照準をかつての主へと合わせた。そして神殺しの魔剣は、自らの主の手の中で静かに脈動している。
「始めよう、僕達の最後の時間だ」
その一言を皮切りに、三人の男が駆けだした。
◆――――――◇
「――アーチャー!」
境内へと凛達が現れたのは、一度目の『約束された勝利の剣』が放たれて十数分経ってからだった。境内は既に静まり返り、辺りには激しい戦闘の跡が残っているだけだ。
ふと林の方へと目を向けると、三人の男が見つかった。
一人は鎧を着た男だった。軽く見える鎧は既に一部以外は原型をなしていない。致命傷は左肩から袈裟懸けにつけられた刀傷だろうか。男はある木の根元に横たわっていた。
一人は法衣を着た男だった。まだ息があるのか、ぶつぶつと何かを唱えている。ちょうど脇腹の位置に炎のような剣が刺されており、その剣によって鎧の男の眠る木に磔にされている。
一人は機械を身に着けた男だった。法衣の男を刺した剣を握り、鎧の男を足蹴にして、涙を流したまま息絶えていた。心臓の位置に大穴が開き、首に一本の剣が刺されていた。
「……馬鹿よ、あんたたち」
凛が一言呟くと、三人同時に光へと変わり消えていく。消え行く光の粒子は渦を巻き、三重螺旋を描き上げる。それを見つめる凛の目から、一筋の涙が零れ落ちた。
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