anotherfactor
人気の無い森の奥深く、そこにそれは居た。腰から下と上半身の右側から黒い血を垂れ流し、残った左腕で必死に前へと進む。
――早く……あの小娘のところへ行かねば――
壮絶な形相の人型――アーリマンは呟いた。血走った目と荒い呼吸は、彼が追い詰められていることを示していた。
――奴らに見つかる前に……マグネタイトを手に入れ肉体を創らねば――
彼は衛宮邸を目指していた。セイバー達が撤退していった場所であり、こちらに来なかった三人が居るはずだと確信しているのだ。
――あの小娘の肉体に憑依すれば、奴の子供を乗っ取って新たな肉体に出来る――
彼は一目見て、桜と言う少女の特性に気づいた。あれは孵化器、次代の素体として使うための肉体を産ませるために調整された肉体であると。あれを利用すれば理想の肉体を手に入れるのも夢ではない。そのためにセイヴァーに命じて桜の肉体に巣食う蟲を浄化させたのだ。
――まだ終われぬ、この世界は神霊の影響が薄い……ここでなら我が理想が成就できる――
ある世界では、彼はある男に封印されていた。またある世界では世界の行く末を決める戦いに参加していた。どちらも彼の理想は砕かれ、無残な結末へと至った。しかしこの世界ならば、彼の理想を遂げる事も出来るはず。そんな微かな希望を抱き屈辱に耐えているのだ。
――コトワリが根本から違うこの世界でなら……他の神霊共が出張ってくることも無いはず――
この世界において、神霊が出てくるようなことは殆ど無い。新たな肉体さえ手に入れれば英霊の居ない魔術師など恐れることは無い。
――もう少しだ……あと少しで我が願いが――
「残念ながらそれは無い」
突如、後ろから声をかけられる。無数の疑念と恐怖を振り切り、アーリマンは後方へと球状の魔力を放った。
「話ぐらい良いだろ、物騒だな」
完全に虚を突いたはずの攻撃は、しかし容易く切り裂かれた。その姿は異様だった。派手な色彩のプロテクターと特徴的過ぎるバイザーを身に纏い、一本の剣を構えている。腕にはあのアーチャーのような機械を身につけ、腰には二丁の拳銃を下げている。アーリマンはその姿を知っていた。
――馬鹿、な……何故お前がこの世界に――
「どうした、鳩が豆鉄砲食らったみたいだぞ?」
男は嘲るように笑い、ゆっくりと歩を進める。必死に距離を取ろうとアーリマンは手を動かし、やがて木にぶつかり下がれなくなる。
――『造られた救世主』、『二人目の神殺し』……アレフ!――
「どちらかと言うと、ホークって呼んで欲しいんだがね」
アレフと呼ばれた男は、アーリマンの前に立つと首に剣を向ける。絶対に逃がさないという意思表示であり、勝利に確信を抱く自信の表れでもあった。
――ありえぬ、この世界に召喚されたのはあの三人と我のみのはず――
「『ロウ』先輩の最終宝具は知らないのか?黒幕面してた割に勉強が足りてないな」
アレフの指摘に、アーリマンが言葉を詰まらせる。確かに彼の確認できてない宝具を一つ持っているとセイヴァーは言っていた。だが反逆の意思が無かった故に放置していた。それがここで仇になるなど、彼にとってはあまりに予想外だった。
「死に方くらいは選ばせてやる、何がいい?銃でも剣でも、何なら好きな悪魔を呼んでやるよ」
――冗談ではないわぁ!――
最後の力を振り絞り、アーリマンが飛び掛る。振りかぶった爪がアレフの身体に触れるより先に、無数の肉片へと変えられた。しかしアレフは既に肉体の端から光へと変わり始めている。
「魔力供給無しじゃ、こんなところか。先輩達も居ないし長居は無用、ってね」
空へと伸びる三重螺旋に思いを馳せながら、アレフは光に変わっていった。
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