エピローグ
喧騒の響く、平和な町並み。道を行きかう人々。それはある男が夢見て、得られなかったもの。
「しかしまあ人の多いこと。住めば慣れるんでしょうけど、逆に不便に感じるわ」
東京23区が一角、秋葉原。そこに遠坂凛は立っていた。二つにまとめていた髪を解き、大きく印象が変わっている。
「えぇと、次の路地を左ね」
彼女は今、ある店に向かっていた。手に持った地図には大きな丸が書き込まれている。
「まったく、何が限定版よ……」
あの聖杯戦争から五年。時計搭へと留学した彼女は今、ある講師に頼まれたゲームを買いに来ていた。その講師は日本の店舗限定特典が欲しかったのだが、諸事情により日本へと来ることが出来なくなってしまった。そのために帰省のタイミングが被った彼女に白羽の矢が立ったのだ。
「さっさと済ませて、皆に会いたいわ」
この買い物が終わったら、そのまま冬木に戻れる。桜が歓迎の準備をして待っているし、早く終わらせて休みたい。凛は無意識に歩みを速めた。
「この店ね」
特徴である幽霊の描かれた看板を見つけ、その店に入る。中は煩雑に商品の棚が設置され、通路はギリギリ一人が通れる程度の広さしかない。
「すみません、誰か居ませんか?」
店員が見当たらなかったため、奥に向かって声を張り上げる。しばしの静寂の後、奥の扉が開いた。出てきたのは緑と黒の着物を羽織った紅い目の男だった。
「すまんな、今店主が所要で外出していてな。用向きがあれば俺が聞こう」
「ええと、ここでこのゲームが買えると聞いたんですが……」
特異な風貌に戸惑いつつ、凛は雑誌のページを指し示した。
「ふむ、『アドミラブル大戦略・電脳戦略』か。本体同梱版でいいのか?」
「はい、ここって店舗特典付きますよね?」
「うむ、当店はアレキサンダー大王をメインにしたセットだな」
商品の内容を確認しつつ、会計を済ませる。大量の付属品が袋へと詰められていく。
「くく、またのお越しを」
「失礼します」
最後まで店員らしからぬ態度の男を置いて、店から出る。時計を見ると、まだ新幹線の時間まで間がある。
「……何か飲んでいきましょうか」
◆――――――◇
純喫茶サンジェルマン。古風な内装とこだわりのコーヒーを売りにする人気店である――
「前に氷室さんがオススメって言ってたし、ここに入ってみましょうか」
――と、友人から聞いていた凛は躊躇無く入店した。入ってみるとなかなかに盛況なようで、殆どの席が埋まっている。
「ご注文は?」
「ブレンドとサンドイッチをお願いします」
金髪オッドアイのウェイターに注文を伝え、店内を見渡す。店内にはカップルと思わしき客が多く感じる。白いスーツを着た男が女性と書類を交えて話していたり、銃のおもちゃを持った小学生くらいの二人が穏やかに談笑している。
「うん、結構おいしいじゃない」
コーヒーを飲みながら、携帯を開き写真のフォルダを開く。そこには桜が送ってくれた写真が映し出される。ハンチング帽とスーツに身を包んだ慎二を中心に士郎や一成に桜、それにセイバーやランサーとライダーが並んでいる。
あれから慎二は変わった。高圧的な態度はそのままだったが、積極的に街の情報を集めだした。困っている人が居れば士郎へと伝え、結果として問題が解決する。そんなことを続けるうちに周りから頼られる回数が増え、桜や一成も巻き込むようになった。また最後の聖杯が砕けた時、本堂に居た英霊達は何故か受肉していた。しばらくは衛宮邸で全員の面倒を見ていたが、徐々に経済状況への負担が大きくなっていった。そのためかつての英霊達を養うためにもと、慎二主導で探偵事務所を開いたのだ。もっとも業務は探偵というよりも万屋に近かったが。
「申し訳ない、相席のお客様をご案内しても良いですか?」
「ん、良いです――」
赤いスーツのマスターから声をかけられ、顔を上げる。そこには、彼女にとって見覚えのある顔があった。
「ではこちらへ」
「ありがとう、マスター」
緑のジャケットを着た少年は、穏やかに笑いながら席に着いた。それは彼女の知らない彼の表情で、今まで見た中で一番幸せそうであった。
「すいません、相席させていただいて」
「い、いえ……」
少年は申し訳なさそうに頭を下げるが、凛は動揺して対応が遅れる。眼前の少年は彼女の知る姿より圧倒的に若い。凛はその記憶との不一致に強い違和感を感じてしまう。
「と、ところで今日は何をしに?」
「ええと、友人と遊ぶ約束をしてて」
強引に話題を転換してみると、平和な言葉が返ってくる。楽しそうに友人達のことを話すその姿に、ふと疑問が浮かんだ。
「――今、幸せ?」
「……ええ、きっと」
少年は訝しむ様子も無く、微笑みながら答えた。その言葉に満足した凛は席を立つ。
「ありがとう、これで失礼するわね」
「はい、ありがとうございました」
背を向け店を出る。その姿を――アーチャーに良く似た少年が見送った。
◆――――――◇
時計搭の一室で、ロード・エルメロイ二世が葉巻を吹かしながら書類をめくっていた。
「ふむ……」
書類のタイトルは『宝石翁の呟き』。宝石翁が残した言葉をまとめた文書であり、その中の項目の一つを見つめている。
「報告の内容とも一致するか。まったく、信じられんな」
項目は一人の英雄について宝石翁が述べた記述をまとめたものだ。熱狂的な宝石翁の信奉者が収集し、時計搭へと提出したらしい。
「『ザ・ヒーロー』と呼称される英雄を宝石翁が確認し、その情報をこちらの世界へと伝えた。それが文書として編纂されたことによって架空の英霊として世界に認識されたのだろうな」
内容としては『ザ・ヒーロー』と呼ばれた英雄の生涯に始まり、無数の逸話を列挙した後その特異性について考察している。同一存在としては矛盾する記述が多く、複数人の伝承がまとめられて『ザ・ヒーロー』と言う英雄が形作られたのではないかという結論を出している。
「そして、宝石翁が渡した宝石とその付属物が召喚の触媒となったか」
遠坂邸の地下金庫から発見された虫の羽根のようなものは、妖精の羽根の可能性が高い。同様に発見された赤い欠片は『ザ・ヒーロー』が使ったとされる武器の一部だと推測される。これらの触媒がある状態で英霊を召喚しようとすれば、影響を受けるのは確実だろう。
「……さて、そろそろ休憩とするか。頼んでいたものも届いたしな」
書類に付箋をつけ、荷物へと戻す。机の脇に置かれたダンボールから小型のゲーム機を引っ張り出す。
「コミュニケーションプレイヤーか……操作性は良いらしいがどれほどのものか」
折りたたまれた本体を開き、電源を入れる。彼は携帯機でのこのシリーズは始めてで、どの程度遊べるかもまた楽しみにしていた。画面にいくつかの文字列が浮かび始める。
◆――――――◇
A door to the new world opened_
The sensation for which he left it keeps spreading_
I hope that you enjoy the different world_
Let's Survive_
◆――――――◇
世界に広がる新たな波紋。名も無き英霊が残したそれは、世界に一つの楔を打ち込んだ。
それは世界の基礎となり、新たな道を作り上げる。
それは一人の男の神への復讐かもしれない。
それは魂の入れ替わった男の奮闘かもしれない。
それは宿命を背負った子供たちの旅路かもしれない。
無限に連なる平行世界、何処から影響を受けるかは神とて知りえぬこと。
ただ一つ確定していることがあるとしたら――
「帰ろうか、パスカル」
「バウ!」
――『一人目の神殺し』の話は終わった、ということだろう。
あとがき
これで彼の物語は終わりです。
もしもこの世界に続きがあったとしても、
彼がそれを知ることはありません。
だから、この話はこれでお終いです。
長い間応援してくれた皆様、
私を支えてくれた皆様に感謝の意思を込めて。
ご愛読ありがとうございました。
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