短いですが補足的な話です。
読まなくても本編に影響はありません。
factorpiece
天井の崩落だった。無数の瓦礫で左半身が潰れ、仲魔の妖精も羽根以外残らなかった。まだ思考力も息もあったけど、確実に死に至るであろう致命傷だった。
(COMP…無事なパーツは数えるだけしかないな……瓦礫の位置と出血量から見て……心臓も潰れてるか)
自分でも驚くほど、冷静に状況を認識出来ていたと思う。痛みもあったとは思うけど、随分前から痛みに慣れていたおかげで思考能力に影響はなかった。
「パスカル……こっちにおいで」
唯一崩落の影響から逃れていた愛犬を呼んだ。彼は傷を治す魔法を使えるからすぐにここから出られる。けれど――
「この…メモリーを『彼女』に持っていくんだ……」
―― その選択を否定する。
「パスカル…僕はもう疲れたよ。人のために戦って…人のために傷ついて……その人たちに切り捨てられた」
頭の中に浮かんでくる言葉が、次々と口から飛び出す。それは今まで理性という箍で堰き止められ、心の奥底に沈殿した膨大な不満が表面化したものだった。
「なんで僕が……何度そう考えたかわからない。彼らが僕を切り捨てたってことは……もう僕が居なくても大丈夫なんだろう」
ところどころ血を吐きながら、言葉を紡いでいく。死の間際だというのに、僕の中に人々への負の感情は欠片も浮かばず――
「――もう、僕を……休ませてくれ」
――ただただ、安らぎを求めていた。
「……」
主人の意思を受けた愛犬は、差し出された基盤を咥えて走る。その姿を見送った僕はこれで終わりだと安心した。
「――すまない、話をしたいんだがよいかね」
だから、その場に急に気配が出てきた時少し驚いた。崩落したときから自分以外に動くものなんてなかったから、てっきり全員逃げるか潰れたかのだと思っていた。
「……なん、ですか?見てのとおりもうすぐ死ぬところですが」
「君は人間が好きかね、嫌いかね」
『万華鏡』の中の光景のように、印象があやふやな老人が聞いてくる。意図は読めないし、不審なことこの上なかったけど、なんだか誤解されているようだから答えずにはいられなかった。
「好きですよ……じゃなきゃ、ここまで戦ってません」
「何故だね、君は疎まれ、恐れられ、裏切られたではないか」
「人間ってそういうものです。いい面も悪い面もあって、両方あって人間らしいんだから」
老人は少し意外そうな表情をしてから、納得したように笑った。そろそろ限界が近いのか、喀血で言葉が詰まることもなくなってきた。体内の血の巡りが止まり始めた兆しだろう。
「くく、そうか。君は人の善性だけでなく、悪性もまた同時に愛しているのか」
「そんな大仰なこと言ってませんよ……疲れてるので、帰ってくれませんか?」
瞼が重い。言葉を出すのも一苦労だし、思考も遅くなってきた。
「この宝石をあげますから……誰にもこの場所を伝えないで、ください」
懐に残っていた結構な量の宝石が入った袋を押し付け、老人が手にしたのを確認して、僕の意識は途切れた。
◆――――――◇
「ふむ、この段階だとほとんどの干渉が弾かれるか……早期に因子を取り除かぬ限り変化がないな」
男が目頭を押さえながらつぶやく。気まぐれに覗いた世界はあまりに陰惨とした結末へと繋がり、一人の人生を極端にまで変えてしまった。近似世界の観測結果から、特定因子がそろうと干渉出来なくなることもわかった。
「さて、あの観測世界へ繋がる因子は潰しておくとして……こいつはどうしたものか」
男の手の中には重量感を感じさせる袋が握られている。最後に観測した世界での物だが、強引に渡されたそれは屋敷一つ買えるほどの価値があるだろう。それだけでも面倒だというのに、ほぼ全ての宝石に血なまぐさい因果が絡んでいる。一か所に纏めておけば呪詛や怨霊を引き付けてしまうだろう。
「――そういえば、遠坂の娘の祝い事が近かったか」
ふと脳裏をよぎったのは、極東で一時期面倒を見たある男のことだった。研磨すれば装飾品に使えなくもない純度であり、宝石魔術の練習にも使えるだろう。本人にはそれほど才は無かったが、娘は聡明で優秀と噂で聞いた。因果に群がる魑魅魍魎も、宝石一つ分くらいなら何とかするだろう。
「形式上は師弟の仲だ、少しぐらい世話を焼いてやろう」
厄介ごとを押し付ける算段も付き、思考を元の問題へと戻す。手近な筆をとり三通の手紙を書きあげる。そこに書かれた署名は――
――Kischur Zelretch Schweinorg
◆――――――◇
それから遠坂永人が宝石を受け取るも、彼はその殆どを金庫に仕舞い込んでしまった。西洋邸宅である遠坂邸を立てる際に隠し金庫として地下に置いたが、『うっかり』取り出し口を作り忘れてしまい、遠坂永人が死去するとともに忘れられた。
あとがき
Q. つまりどういうことか?
A. 原因は宝石翁の気まぐれ。
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