「む、来たかテスタロッサ。主なら寝室で寝ている。アキトもそこで寝ているから、勝手に連れて行け」
「そう…ありがとう」
応対に出てきてくれたシグナムへの挨拶もそこそこに、部屋の中へと突入する。
はやての部屋は廊下の一番奥、突き当たりの部屋だが…まさか、と嫌な予感が拭えない。
後で思えば、この時、私は後ろを見るべきだったのだ。
何故ならば、後ろにいたなのはとシグナムが親指を立てて頷き合っていたのだから。
「………え?」
部屋の中に踏み込んだ私の視界に飛び込んできたのは、ベッドの上で全裸のまま眠るはやてと…アキトさん。
はやての両腕に頭を抱かれながら眠るアキトさんは、まるで、子供のように穏やかな寝顔を浮かべていた。
だけど、今の私にはその状況を把握することが出来なくて。理解したくなくて。
私の大好きな人が、大好きな人を取ってしまった現実を、認めたくなかった。
「―――!」
胸が痛い。目の奥が痛い。
あふれてきた涙を拭うこともせず、私は部屋を、マンションを飛び出し、誰もいない場所へ向かう。
今は誰とも話したくなかった。話せばきっと、私は嫌な人間になってしまう。
もしそれがあの人にばれたら、あの人は私を嫌うかもしれない。優しいけど、わかってるけど、その不安が私を襲ってくる。
だけど、溢れ出る悲しみをこらえきることは出来なくて。
気がつけば、自室のベッドで泣き潰れてしまっていた。
カップリング記念SSエピローグ最終話「プロポーズの方法」
「フェイトさん、入ります」
「………」
ベッドの上で体育座りの姿勢で俯いているフェイトさんの隣に座り、その横顔を見つめる。
どうやらこれは重症らしい。恋の病という名の。
「…なのはさんからお話の方、聞きました」
「……」
「まぁ、正直な話を言わせてもらうと、貴女は馬鹿です。私だったら貴女のような行動を取りません。
尤も、貴女の場合は性格的な差がそういった行動に走らせてしまったのでしょうが」
「………」
む。少し反応しましたね。あまりアキトさんの恋人を傷つけるのは好むところではないのですが、仕方ありません。
私も馬鹿ですね、ホント。こんなことに協力することを了承した時点でわかっていたことなんですけど。
「…ホント、馬鹿。こんなことだからアキトさんは貴女に惚れてしまったんでしょうが」
「………!」
瞳の色、復活。頬の色、赤に変化。実に面白いですね、この人。ユリカさんと実に似てます。
しかしまあ、こちらを見つめながら呟くその仕草は、ユリカさんは持ち得なかった慎ましさを感じます。
「アキトさんが、私を…」
「アキトさんは、ユリカさんと付き合うようになってから本当に彼女との生活を楽しんでました。…私もいましたが」
「ユリカ…アキトさんの奥さん…」
「そうです。もう亡くなりましたが」
「あ……」
その言葉に反応し、眉尻を下げる彼女の様子は、何に対して何を思っているのか、私にはわかりません。
けど、言うべき言葉は決めてあるんです。
「フェイトさん。貴女は、ユリカさんの代わりじゃないです」
「え………?」
「アキトさんは他人の機微には敏いのに、自分の感情には疎いですから、また気づいていないだけでしょうが…。
でも、私にはわかります。アキトさんは間違いなく貴女自身を見て、貴女が好きになっているんでしょう」
「私自身…」
「ええ。ですが、あの人は結構モテますから早めに手を付けておいたほうがいいかもしれません。
エリナさんにイネスさん、リョーコさんあたりは未だに狙ってますから。他にも研究所の方でチラチラと女性局員の噂話を耳にします。
………それと、八神家の方々には随分人気らしいです」
「手、手を付けるっていっても…どうすれば…」
本当にどうすればいいのかわからない表情を浮かべ、おろおろする様子は見ていて愉快。
だけど、この人、本当に言ってる意味がわからないのでしょうか。下半身は既にフュージョンしてるのに。
あっと、下品な言葉遣いをしてしまってすみません。
ともあれ、最後のアドバイスでもしましょうか。
「結婚すればいいんです。それだけの事ですよ」
はやてとの一件を見られてから、妙に空気が重い。
しばらくは自宅に戻るのは止めた方がいいとはやてに言われ、強制的に拉致された。
俺の監視という任務のため、顔を合わせることは多いのだが、こちらから言葉を掛けてもまるで反応してくれない。
向こうが落ち着くまで冷却期間を置くべきだとルリちゃんに諭され、仕方なくこちらからも声を掛けることはなくなっていた。
とはいうものの、やはり…口にするのは恥ずかしいが、少し寂しい気分だ。
気がつけば、俺は彼女との生活に溶け込んでいたのだ。だからこそ、今の寂寥感は当然の事。
「ハハッ…君がそんな顔をするなんて、らしくないね」
「そうだな…」
久々に戻ってきた月で仕事を終えた俺を出迎えてくれたのはアカツキ。
深夜にもかかわらずスーツ姿なのは先ほどまで会議室にいたからだろう。
「新型の調子はどうだい?」
「悪くない。次世代型魔導兵器…シェルツェリア、か」
言いつつ、格納庫の奥に眠る黒い機動兵器に目を向ける。
シェルツェリア。アンスリウムの別名シェルツェリアナムから付けられた名前で、総合的な機体性能はアルストロメリアカスタムよりも高い。
完全な魔導兵器用として開発されたため、こちらの世界では使いようがないが、向こうではかなりの成果を上げると見た。
「ま、資金援助は惜しみなくしてもらってるからね。実際、少しずつだけど現場に投入されてきてるし」
「ああ」
「…それじゃ、僕はこれから地球に戻らなくちゃいけないからこの辺で」
「あまり働きすぎるな。お前にはこれからもネルガルのトップでいてもらわないと困る」
「?…アハハハッ!君も気の利いた事が言えるようになったんだ。いやぁ、今日はそれだけでも来た甲斐があったよ。―――それじゃ」
最後に笑いながら俺の肩を数回叩き、格納庫の出入り口に足を向けるアカツキは、本当に愉快そうな顔を浮かべていた。
ここに来て、俺はあいつにもここまで心配を掛けているのだと、そして、心配を掛け続けていたのだと申し訳ない気持ち半分、嬉しさが心の中に満ちて
きた。
ようやく周囲に目が行くようになったのか…本当に自分勝手だな、俺は。
「…ああ、幸せだな」
ポツリと残された格納庫の中で、1人呟く。
一時は世界に絶望して、世界を壊そうとした俺でも、今はこう感じることが出来る。
そのことがおかしくて、でも、悪くない気分だ。
「しかし、今日のフェイトは何だか変だったな」
「ふぇ?!…そ、そうですか…」
「いや、そういうフェイトも新鮮で嬉しかった」
フェイトと夜の海鳴臨海公園を歩きながら、海を眺める。
ようやく話をしてくれたと思ったらいきなりデートをしようだなんて…何だかなぁ。
まさかはやてとの一件で、別れることを決めたとか…ありうるだけに複雑な気分だ。
コートの下にナイフを隠すとか、マフラーの中にピアノ線とか、違う意味で別れるのも…。
手袋の下に機関砲とか…おっと、○フじゃないか。いまどきグ○はないな。
「…海、か」
「ユリカさんとは行ったことがないんですか?」
「ユリカとは…一度だけ行ったことがある」
いつか、地球で立ち寄ったな。その時にも色々と面倒なことが起きたが…今思えばいい思い出だ。
冬だというのに、ここの海を眺めているとあの時のことが頭に浮かんできた。
「戦争中だったのに…馬鹿騒ぎしてたな」
「あ……ごめんなさい、嫌なこと思い出させて」
「ん?…別にいい。気にしてない」
フェイトは誰にでも気を遣いすぎる癖がある。尤も、そういうことを気にする奴なら話は別だが、もう少し図々しさを持ってもいいと思う。
その慎ましさがフェイトのいいところなのだが、あまり面識がない人間にしてみれば、逆に距離を取られているんじゃないかと思われてしまうので
はないか。
「………」
「……ここの街は、平和だな」
「そうですね…この国は、平和です」
俺の本来の世界や、次元世界の多くでは争いが絶えないというのに…この矛盾が世界なんだろう。
だけど、その矛盾を受け入れたくない人間がいるのも、紛れもない事実だ。
その一つが俺という復讐者。復讐のために、自分の不満をぶつけるためだけに多くの罪のない人間を殺してしまった。
罪は消えることはなく、管理局の記録にも、俺の心にも、永遠に残る。
コートに包まれた体には、拭いきれないほどの返り血が滴っている。
「…また、1人で考え込んでる」
「………」
ふと、隣に佇むフェイトに視線を向ければ、彼女は寂しそうな顔でこちらを見つめていた。
「また、あの頃のことを思い出してるときの目をしてました」
「……そうか」
「そういう時は私に寄りかかってくださいって言ってるじゃないですか」
「そうだな…」
彼女の気遣いは本当に温かい。温かいが故に、俺と彼女の間に存在する認識の壁がある。
罪は共に背負うものと考えるフェイトに対して、俺の考えは真逆だ。
俺は、大きすぎる罪を大事な人に背負わせたくないのだ。たとえ、それがエゴだとしても。
罪を背負えば背負うほど、人は磨耗する。俺のように。北辰のように、壊れていく。
俺自身、気がつけば戦いの中で快楽を覚えるようになってしまった。
相手の命を散らす恐怖が、不満を解消するための快感に変わり、笑みが零れてしまう。
北辰もそうだ。奴の経歴を見たが、やはり人は罪を重ねるごとに変わってしまうのだ。
怖い。大事な人が、自分の届かない世界に連れて行かれるようで、怖い。
―――だけど、そろそろその考えを変えなければならないときが来た。
「………もう。だったら、わ、私がアキトさんの、そ、その考えを…変え
てみせます」
「…?」
まるで、こちらの心を読んだような言葉と共に、フェイトは自身のコートの懐に手を伸ばす。
「目を瞑ってマフラーを取ってください」
「ま、まさか本当に俺を殺す気か…」
「へ、変なこと考えないでください!」
フェイトの反応からすれば、どうやら俺を殺す気ではないらしい。
心中でないことにほっとしつつ、目を瞑ってマフラーを外して手首に巻く。
それを確認したフェイトは、目の上からバインドを掛けて完全に見えなくした後、こちらの首に手を回し、何かを掛ける。
………ネックレスか?
「じゃ、じゃあ、目を開けてください」
「…バインドを外せ、バインドを」
「ああ、ごめんなさい!」
バインドを掛けていたことも忘れているのか、彼女はかなり焦った声でバインドを解除する。
あまりにも動揺が激しい。何をしたのやら…。
そう思っているうちにバインドが外され、視界が露になる。
「し、締めすぎてませんでしたか?」
「少し…まぁ、気にするほどじゃない」
「あぅ…ごめんなさい…」
戻った視界の中にいるフェイトの顔は、まるでゆでられたかのように真っ赤だ。
冬の空に反比例し、その赤さは時折見せる羞恥の表情よりも濃い。
今首に掛けたものが原因なのだろうが…と思いつつ、それに手をやる。
「ネックレスか…――」
「―――」
ネックレスにぶら下がっている“それ”が目に入った直後、口がフェイトのもので塞がれる。
首の後ろにフェイトの腕が回り、こちらを放さないとばかりに力強く抱きしめてくる。
「………ア、アキトさん!」
「は、はい」
唇を離したフェイトは、真っ赤な顔のまま勢いよく声を張り上げる。
その勢いに圧され、こちらも背筋を伸ばして敬語で答える。
いつもならこんな俺の態度は見たことがないと笑うのだろうが、今のフェイトには余裕がないのが見て取れる。
俺はフェイトの焦った態度を見ていたせいか、少し余裕が出来ていたと思いたい。
ともあれ、フェイトはそのままの勢いで、俺の頬に両手を回し、至近距離に寄せる。
「う、浮気は禁止です。もし女の人と出かける場合は…その場合は、内容
を私に教える
こと」
「はい」
「月に一回、デ、デートしまひょ、しましょう」
「休みは重ねる」
「わ、私に料理を教えてください」
「………わかった」
「辛いことを思い出したら、絶対に私に言ってください」
「…ああ」
「泣きたくなったら、私の胸で泣いてください」
「………まだあるのか?」
何だか前置きにしては長いな。というか、いつまでも見詰め合っているとこちらも恥ずかしい。
俺の感情を先読みしたのか、今の言葉から気づいたのか知らないが、フェイトは最後に一度下を向いて、何度か深呼吸してから改めてこちらと向き
合う。
「さ、最後に一つだけ…」
「…どうぞ」
そして―――
「け、結婚しましょう…」
「………」
言ってしまった。言ってしまったよ、皆。
私の内心の混乱も知らず、真っ赤になっているであろう顔を見つめたまま、アキトさんは答えない。
そして、しばらくしてから俯き、黙り込んでしまう。
「…俺からも、一つだけ…約束してほしいことがある」
「………え?」
言葉の直後。顔を上げたアキトさんは、真剣な表情を湛えたまま、両の瞳から涙を流している。
その様子に私が呆然となった瞬間、私の体はアキトさんの腕に包まれていた。
「前にも言ったと思うが…俺を看取ってくれ、俺よりも長生きしてくれ
―――」
「!………」
それは、私の心を大きく、今までの人生の中で母さんに捨てられたときくらいに、揺さぶった。
同時に、もうこの人は耐えられないんだろうな…と、理解する。
―――ああ、そうだった。この人は、弱い人だった。
感情の起伏が他の人よりも大きく、同時に失い続けてしまった。
だから、人と別れることに人一倍臆病になってしまい、結果としてそれはこの人の人間としての根幹を形成した。
それは、今更治す事など到底不可能で、この事も含めて弱い自分を受け入れてほしいと、この人は言っている。
「…わかりました。アキトさんのこれからは、私が見守ってあげます」
「………ありがとう」
切ない。
この人の生き様は、切ないな…。
そんなことを思いつつ、彼の心に触れた私もまた、涙を流しながら。
冬の夜空の下、2人揃って泣き続けた―――。
<完>
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