「…なら、フェイトの母親として訊きます。貴方はフェイトのことをどう思っているの?」
「俺は……」
医務室の中で。
俺は、リンディ統括官と向き合いながら、フェイトに対しての想いを問われている。
隣のフェイトは、無表情の俺の横顔を若干の不安と期待の入り混じったような表情で見つめていて、どこか気恥ずかしい。
「俺は、フェイトのことが嫌いじゃない。だけど、好きかどうかはまだ、わからない」
「…だったら、何故フェイトの元にあそこまで急いで現れたのかしら?」
「それは…多分、自分にとって大事なものを失うのが怖かったからだ。
フェイトはラピスに似ている。ユリカにも、どこか似通っている部分がある。
だから俺は、フェイトが倒れたと訊いた時、頭の中が真っ白になった」
「……フェイトのことは恋愛対象として見てないということ?」
その言葉は、俺の心に波を立てた。
漣というには大きすぎて、津波というには小さすぎる。
「わからない。だが、今こうしてフェイトを心配する感情が好意から来るものなら、俺はフェイトが好きなんだろう。
ただ、それが好意から来るのか、それとも恩義から来るのかはわからない」
正直、戸惑っている自分がいる。
何故、ここまでフェイトを気にかけているのか。
僅かな期間とはいえ、同じ屋根の下で生活したからか。あの時救ってもらったからか。
ユリカやラピスの代わりだからなのか、それとも別の理由が存在するのか。
「…俺は一度、自分の感情の殆どを殺した経験がある。だから、今芽生えた心が好意なのかどうなのか、理解できていないんだ」
「アキトさん…」
「だったら、二人が付き合ってみたら?…それで貴方がフェイトに好意を抱いているなら、自然と仲が発展していくと思うんだけど」
「え、母さん?!」
「フェイト、私は今の関係はよくないと思ってるわ。だから、立ち位置を変えてみたらどうかと思うの」
確かに、今のままでは中途半端すぎる。
一度フェイトと関係を持ったとはいえ、俺は彼女に対して足枷にしかなっていないのかもしれない。
だから、今の半端な関係を終わらせて、きっぱり別れるか、それとも深い関係に発展していくのか、試さないといけないと思う。
「…わかった。フェイトとはこれから付き合せてもらう」
「え、アキトさん…?」
「俺は、今自分の中にある感情を理解しないといけない。これが単なる同情や依存なのか、それとも君を好きなのか…俺は、俺自身のためにも、自分を
変えない
といけない。
ユリカには申し訳ない気持ちもある。―――だが、だからこそ、俺はこのままじゃいけない」
以前だったらこんな前向きな考えは出来なかっただろう。
カップリング記念SS〜「明日」〜
ユリカが亡くなる前夜、俺はユリカと話をした。
ユリカは病室のベッドから星空を見上げながら、俺を待っていた。
「………おかえり、アキト」
「ただいま、ユリカ。ごめん、遅くなった」
「そうだよ。私怒ってるんだからね、プンプン」
「…ごめん」
ユリカが半身を起こしているベッドの淵に腰掛け、肩を並べて共に夜空を眺める。
星星に変化は全くないというのに、俺たちの関係はもう、終わってしまう。
「…もう少し、早く助け出せれば、結果は変わっていたな」
「………」
隣のユリカは、どうして体を起こせるのだろうと疑問を抱かざるを得ないほどにやせ衰えている。
ベッドの角度が大分上がっているとはいえ、そこから更に背中を起こすのことすら今のユリカには至難の業だろう。
「アキト。ルリちゃんのこと、お願い」
「…いいや、あの子には俺は必要ない。俺には、まだやることがある」
「……もう、止めようよ」
ユリカがその言葉を吐くのはなんとなくわかっていた。
それは不毛なことだと。そんなことをやるくらいなら、残された家族と共に過ごせと。
「それは、出来ない。これは、お前のための復讐じゃない。俺が納得できないから復讐するんだ」
「…自分の命すら削って?」
「そうだ。火星の後継者だけじゃない。人を嬉々として犠牲にする実験を続けるやつらを、俺は許すことは出来ない」
「………もう、止まらないんだね」
「止まらない。止められるものじゃない」
誰に何と言われようと、止まらないと決めた。
これは、俺自身への誓いだ。あんな地獄を、見るのはもうたくさんだから。
あんな地獄を作り出すやつらを、同じ人間として見たくないから。
そんな俺の言葉に、ユリカは眉尻を下げて哀しい笑いを浮かべる。
「だったら、もしアキトに大切な人が出来たら、どうするの?」
「……もう、そんなやつは出来ない」
「もしもの話」
「…わからない。ただ、俺は、その時は復讐から手を引くかもしれない」
それ以上剣を振るえば、その人が傷つくかもしれないから。
傷つけられるかもしれない。大事な人を守りながら戦うというのはそれだけ難しいことだ。
だから、今の俺には大事なものが何一つ存在しない。それは弱さに繋がりかねないから。
「だったら、アキトに大事な人が出来るのを、待ってる」
「……そっか」
俺にはそういう人が出来ないと思うが。
だけど、ユリカはそれを待って、望んで、逝った。
フェイトと付き合い始めてから3ヶ月。
未だ監視任務という名目で、フェイトは俺の傍にいる。
周囲には交際していることは伝えてあるので普通に接することが出来るが、時折嫉妬の視線を受けるのは仕方のないことだ。
現在俺は地上本部と本局の一部に試験的に配備された魔導兵器部隊の教官を務め、毎日その両方を行き来している。
魔導兵器が配備されてからは災害救助の場面や内紛鎮圧など、任務の効率化が大幅に進んでおり、こちらとしても嬉しい限りだ。
ウリバタケさんは一旦向こうに戻り、今はマリエル技官が整備班長代理として活躍しているが、やはりウリバタケさんには及ばないようだ。
特に教官組3機は武装や基本骨格の部分に試験的な試みが多く、整備の手間も群を抜いている。
俺たちもそれなりに整備を手伝ってはいるが、やはり再度ウリバタケさんの手が近いうちに頼られるだろう。
「…チィッ!」
『おらあああっ!』
リョーコちゃんの咆哮と共に、右斜め前上方と左後ろ斜め下、右真横からインコム2基と有線式ビームが迫る。
それをぎりぎりで避けつつ、充電していたフィン・ファンネルを再度2基展開、コの字に折れたそれで、リョーコちゃんのアルストロメリアカスタムの
両腕を辛
め取る。
同時に、右斜め前上方と左後ろ斜め下のインコムをライフルとサーベルで落とし、更に砲撃を行おうとしてきた右腕の線を切り落とす。
『まだまだぁ!』
「………!」
直後、こちらの視界に光ったのは膨大な魔力。フィン・ファンネルを引き剥がした直後にハイメガキャノンか。
ならば、とこちらも残っていたフィン・ファンネルを2基、上下に展開。そのままビームバリアを発生させ、ハイメガキャノンの直撃を受ける。
しかし、ハイメガキャノンの出力がまた上がったのか、こちらのバリアが耐え切れず、そのまま光に飲み込まれる。
『おっしゃあ!』
「まだだ…!」
失ったのは右腕だけ。おまけにこちらは今の隙にリョーコちゃんの背後に回りこんだ。
そのままビームサーベルでリョーコちゃんのバックパックからコックピットめがけて…直前で止める。
『チッ…アキト、そりゃ反則だぜ…』
「全力だって言ったのはリョーコちゃんだぞ?」
『いや、だってなぁ…オレは転送魔法が使い慣れてねえんだから…』
「慣れればいいだけの話だろ…」
緊張感を解き、ビームサーベルを解除。というかシミュレーターモード自体を解除する。
今のところ、1対1で負けはないが、やはりリョーコちゃんというべきか。適応力は物凄く高い。
尤も、アカツキに言わせれば「君は何を言ってるんだい?」と呆れた視線をもらった。嬉しくないな。
「じゃ、今日はこれから飲みに付き合えよ」
「まったく、どれだけ俺に奢らせるつもりだ?」
「いーじゃねーか………って、やっぱり今日はなしだ」
と、正面のシミュレーターに肘を乗っけて苦笑するリョーコちゃんの視線は俺の背後へ。
その視線を辿って後ろに振り向くと、シミュレーター室の入り口の自動ドアが開いており、その端に金色の髪が消えていくのが見えた。
「流石におめーらの邪魔はしねえよ。人の恋路を邪魔する奴は馬に蹴られて三途の川だからな」
「…ありがとう」
リョーコちゃんの気遣いに感謝しつつ、そこで分かれて廊下に出る。
と、ドアのすぐ傍の壁に背中を預けていたフェイトが僅かに頬を赤らめながらも微笑を見せる。
「お疲れ様です、アキトさん」
「ああ…」
それだけの会話。だけど、それはいつもどおりの会話。
研究所の廊下を進みながら、いつもの空気を味わう。
これが、俺たちの日常。
「そういえばもうすぐクリスマスですけど…こっちの方は仕事が詰まってるんですか?」
「ああ…量産化の第一段階は終わったけど、次は街の境界に警邏隊として一部配備する予定だからな。
首都防衛用の装備とはまた違った武装を換装しないといけない。そっちの武装を試して年内のうちに実験配備まで持ち込みたい。
エネルギーもただの魔力じゃなくて、AMFの効果を受け付けない戦闘機人用のエネルギーに変換しないといけないからな」
フェイトの運転する車に揺られながら、夜の高速を進む。
前方に映るクラナガンの光は、昼も夜も絶えることはなく、人々を出迎える。
「そうですか…」
「それに、フェイトはなのは達とパーティがあるんだろ。そっちに出る事を優先したほうがいい」
こっちはまだまだ、後数年は忙しいままだろう。
魔導兵器というグレーゾーンの存在を、如何に世間に認めさせるか。
幾ら効率化が図れているとはいえ、同時に魔導兵器は存在するだけで人に恐怖を与える存在だ。
「………ん?」
「どうかしました?」
「…いや、なんでもない。少し疲れてるだけだ」
軽い眩暈を感じ、額に手を当てる。
僅かに揺れた視界はすぐに元に戻り、眼前の高速道路を映している。
やはりここ数日は泊り込みだったから、疲れも溜まっているんだろう。
「根を詰めすぎないでくださいね」
「わかってる。教導とテストの両立は難しいな…着いたら起こしてくれ」
「はい」
やはりというべきか、フェイトの返事を聞いた直後、俺の意識は既に落ちていた。
「…まさか俺の風邪が移ったとか…そんなお約束は御免なんだが」
「うう…今日は久々にのんびりしようと思ってたのに…」
翌朝。起きてこないフェイトを気にかけ、フェイトの寝室に向かうと、彼女は真っ赤な顔でうんうん唸っていた。
どうやら風邪を引いたらしく、熱を測ったら38度を計測。今日が休日で本当に良かった。
ちなみに現在、俺はフェイトと暮らしており、ヴィヴィオとアイナさん、なのははマンションの隣の部屋で暮らしている。
反対側の部屋ではルリちゃんとハーリー君、それにサブロウタとリョーコが更にその隣の部屋で暮らしている。
「まぁ…たまにはゆっくりしておけ」
「ごめんなさい、今日は送れそうにないです」
「いや、気にするな。今日は地上本部の転送装置を使う。
それに、もしかしたら俺が移してしまったかもしれない。すまない」
フェイトの申し訳なさそうな口調に首を横に振りつつ、その頬に手を当てる。
その手の感触が心地よいのか、フェイトは僅かに瞳を細めてその感覚を享受する。
「でも、アキトさんも無理しないでくださいね…」
「わかってる。アイナさんに伝えておくから、今日は安静にしていろ」
それだけを伝え、さっさと準備を済ませて家を出る。
そして、地上本部に到着すると、研究所には直行せずにある場所へと向かった。
「あー…あー………」
吐き気が酷く、頭がのぼせた感覚に侵されている。
ベッドの傍の机に置いてあるデジタル時計を見れば、現在22時。
重すぎる首を動かして周囲を見渡しても、アキトさんが帰ってきた雰囲気はない。
今が山なのか、病状は著しく酷い。このまま溶けてしまうのではないかと思えてくるほどだ。
「アキトさぁん…まだぁ………?」
寂しい。こういうとき、誰かが傍にいないのは辛い。
呼べばアイナさんなら来るだろうが、今傍にいてほしいのはアイナさんではなく、アキトさんなのだ。
「アキトさ〜ん…アキトさ〜ん…」
吐き気が酷いと、声を出していないと気が紛れない。
唸りつつ、アキトさんの名前を延々と呼び続ける。一体何時になったら帰ってくるのか。
寂しいです。早く帰ってこないと、次のデートの時には全部おごらせますよ。
ああ、風邪なんて引くもんじゃない。元気だったらアキトさんの部屋を掃除して、クラナガンの高級レストランに予約を入れて、云々なプランを立てて
たのに。
それでそれで、夜景を見つめながらワインの杯を交わして、笑い合ったりしちゃって。
「…指輪のサイズ?」
「そうそう。今のうちに訊いておこうと思ってなぁ。いつかフェイトちゃんに訊かれるかもしれへんし」
「そういうことは大抵男からするものじゃないのか?」
「甘いで、のど飴より甘いで。そんなんは前時代的な考え方や。今は男女平等。つまりはプロポーズを待つ男性がいてもまったく問題ないわけや」
「………」
隣に座るはやての言葉に黙らされつつ、周囲を見渡す。
そこは酒屋。つまりは仕事明けに拉致されたということだ。八神家に。
何で俺はこんなところに…と悩む暇すら彼女たちは与えてくれない。
徳利に酒を満たし、ずいっとこちらの口元に向けてくるはやてはまるで、ちょっとストレスが溜まったから愚痴を聞いてくれと言わんばかりの上司のよ
うであ
る。
周りの席のヴィータ、シグナム、シャマルを見つめても、申し訳なさそうな顔で横に首を振られるのみ。
どうやら四面楚歌…いや、この場合は孤軍奮闘か。ともあれ、早くこの場を脱出して家に戻らないと…。
「で、結婚式はいつなん?…私ら忙しいからはよ決めてくれんと空けられへんよ」
「おい、誰かこの親父を放り出せ。というか早く家に帰してくれ」
「フェイトちゃんならなのはちゃんが面倒見たってくれてるからええって言うとるやん」
「いや…だけど」
「ふぅ…ビールがうめえ」
おい、そこの赤い子。ちょっとお前が盾になれ。
言葉を込めた視線を送っても、少女は見事に跳ね除ける。ああ、近いうちに弄くってやるから覚悟しておけ。
「結婚も今は考えていない。そもそも、俺たちはそこまでの仲じゃない」
「なるほど、テスタロッサとのことは遊びだと?」
「てめえ…いつも腕を組んでぶすっとしてるだけの巨乳剣士の癖して一々口出しするな。性交渉の経験もねえ売れ残り婆が」
「貴様…!」
おっと、いらだちすぎて少し本音が漏れてしまった。抑えろ抑えろ。
こちらに切りかかってきそうなシグナムをヴィータが留めている内にはやてとの話を続けるか。
「で、こんなところに連れてきた理由は何だ?」
「…まぁ、はよ結婚してほしいのは本音や。なのはちゃんがな、PT事件の時を思い出してまうからやって」
「冗談じゃないみたいだな。態々こんな日に俺を拉致するということは」
「そや。わかってくれたようで何より」
ようやく真面目な顔になって話し始める。最初からそうしろって。
と、突っ込みはここら辺にしておいて、どうやらフェイトの過去に関わる事らしい。
こちらも真面目に聴く必要がありそうだ。
「………あれ…?」
次に目を覚ましたのは翌朝。
体が大分軽くなった感覚を確認しつつベッドから起き上がると、パタッと音を立てて額から濡れタオルが落ちる。
どうやら誰かが診に来てくれたらしい。アイナさんかなのはか、それともアキトさんか。
「フェイトちゃん、起きてる?」
「なのは…うん」
と、そこでドアがノックされ、なのはが姿を現す。
なのはの手にはお盆が、その上におかゆが載せられており、ほかほかの湯気を立てている。
「おはよ、体は大丈夫?」
「あ、うん…ありがとう、なのは」
「ううん。それと、今日は念のためオフにしてもらったから、ゆっくり休んでいいよ」
「うん…」
なのはからお盆ごとおかゆを受け取りつつ、昨晩の事を訊く。
なのはの説明からすると、アキトさんは帰宅していないらしく、はやてのマンションに泊っているとの事。
…何だか嫌な予感がする。というか、普通だったら嫌な予感しかしないだろう。
ただでさえはやては異邦人であるアキトさんの世話を焼きたがる部分がある。それははやての元々の性格からしてそうなのだが…女としては複雑だ。
「迎えに行こう…」
「え?…ちょ、ちょっと、フェイトちゃん?!」
朝食を食べ終え、なのはと軽く話をした後、だるい体を引きずってベッドから出る。
唐突な行動になのはは若干驚いていたが、私が聞かないのを理解すると、着替えを手伝ってくれた。
やっぱり自分の恋人が他の女のところにいると不安はどんどん積もっていくばかり。
なのはとの雑談の最中も、私の頭の中はアキトさんで一杯一杯だった。
何だか、アキトさん中毒になっている気がしないでもない。…いや、今更か。
しかし、はやてのマンションで待ち受けていた光景は、私の想像を遥かに超えていたのだった。
<続>
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