目を覚ますと、そこは知っている天井だった。


「……知ってる天井ね」


言ってからすごく後悔した。二番煎じじゃない、これ。
とりあえず布団から起き上がって体中をぺたぺた触ってみる。
体には怪我一つ無かった。

やはり、あれは夢だったんだろうか。それにしてはいやにリアルだった。
言い方が矛盾するけど、あれは本当にあった気がする。
ということはもう一人のあたしを今度こそ捕まえないと駄目なんだけど……。


「あのチート相手にどうしろって言うのよ……」

「あら、目を覚ましたのかしら?」


うーん、と頭を捻っていると、霊夢が障子を開けて入ってきた。
手には土鍋とお椀を乗せたお盆があった。


「あ、霊夢。おはよう」

「って言っても、もうお昼なんだけどね」

「え? ……うわ、ほんとだ」


ここから外の様子は分からないけど、柱の影とかを見るに確かにお昼ごろのようだった。


「えっと、あたしってどれぐらい寝てたの?」


意外と寝てる時間って短かったのかな、と思い、霊夢に確認を取る。
すると霊夢から予想もしていなかった答えが飛び出してきた。


「丸一日ね」

「丸一日!?」

「ちょっと、まだ寝てなさいよ」

「がぷっ!?」


がばっと起き上がろうとしたあたしを霊夢は再び布団に押し付ける。
割と背骨が痛い。無理やり押し付けられたものだから、衝撃が布団という緩衝材を貫くほど強かに打ち付けたらしい。

仕方ないので大人しく布団を被りなおすと、霊夢はあたしの体を少し持ち上げると、太ももにあたしの頭を乗せた。
どうやらこれは膝枕のようだけど、何のつもりだろう。


「あんたに御飯を食べさせるために決まってるでしょ」


そう言って霊夢はそばに置いた土鍋からお粥らしきものを小さなお椀に移して、蓮華で掬ってあたしの口元に運んできた。
大人しく口を開けてそれを受け入れると、温かい食感が口に広がる。
そういえばあたしが目を覚ます前に作ってたみたいだけど、分かってたのかな?

不思議に思って聞いてみると、


「勘よ」


と至極素っ気無く返ってきた。堪すごい。

それから次々と口に運ばれるお粥を一生懸命食べていると、霊夢が手を止めてあたしの顔を覗き込んだ。


「体の方は大丈夫かしら?」

「さっき霊夢に布団に叩きつけられたせいで背中が痛い」

「じゃあ、大丈夫そうね」


どこか安心したようにしながらもあたしの言葉を軽く流した霊夢は、再びお粥を運ぶ手を再開する。
しばらく霊夢のお粥を堪能して、土鍋からすっかり米粒が消えた頃、ようやくあたしは起き上がることが出来た。


「んで、魔理沙は?」

「今日も来てるわよ」

「そ、とりあえず一言言いたいから良かった」

「……ま、一言言ったくらいで反省する様な魂じゃないわね」


手渡された巫女服(相変わらず胸はきつい)を苦労しながら着終えて、二人で並んで居間へと向かう。
そこには勝手知ったるなんとやらといった顔で居座っている魔理沙がお猪口でお酒をぐいぐい呑んでいた。
あたしに気がつくと、お猪口をちゃぶ台においてこちらに手を振ってきた。


「よお、智香。昨日は悪かったな」

「魔理沙から先に謝るなんて、明日は雪でも降るのかしら」

「残念だが明日も多分晴れだぜ」


はっはっは、と笑ってまたお猪口にお酒を注いでまた呷る魔理沙。
徳利の中身が減るたびに霊夢の顔が不機嫌になっていく。どうやらとっておきだったみたいね。

立ちながらっていうのはアレなのでとりあえず魔理沙と向かい合うように座る。


「そこそこにしておきなよ。というか、あなた達未成年じゃないの?」

「未成年って何よ」

「まあ、少なくとも未成年云々は私達には関係無いな」


成程、昔に隔離された幻想郷では元服の年になったら呑めるのね。
さすが幻想郷。現代の常識は通用しないらしい。

当然というべきか、魔理沙にお酒を勧められたけど遠慮した。
さっきも言ったように未成年っていうのもあるけど、何より隣に座っている霊夢が不機嫌だったのが一番の要因だった。

結局、魔理沙が気が済むまで霊夢のお酒を堪能した後、改めて昨日の反省会をすることと相成った。


「さて、昨日の『弾幕ごっこ』は一発で終わってしまった訳だが」

「あなたの所為でしょ!」

「まあ、咄嗟に弾幕を出すことは出来なかったんだし、しばらくは防衛用に別のものを使わないと駄目ね」

「別のもの?」


あたしが不思議に思って首を傾げると、霊夢は立ち上がって、棚の中からお札のようなものを大量に取り出してきた。
ちゃぶ台の上に置かれたそれを見ると、やはりお札だった。

よく見ると、どうやら悪霊退散の類のお札のようね。
とりあえず念のために聞いてみる。


「それってお札?」

「そうよ。一応これを使えば弾幕ぐらいは消せるわ。多分気休め程度だけど」

「気休めどころかかなり世話になるけどな。使い勝手は良いし」


茶化すように魔理沙が割り込んできたけど、霊夢は綺麗にスルーして、あたしに束を渡して続ける。


「……これはまだ霊力を込めてない唯の紙切れよ。使えるようにするには使用者の霊力を込める必要があるわ」


……ちょっと待って。

昨日の弾幕だって出せなかったのに、お札に霊力込めろって、そりゃ無理じゃないの?


「……霊力なんて込められないよ?」


思わず、こんな返事を返したけど、きっと大丈夫だろう。
しかし、霊夢はそれですらばっさりと切り捨ててくれた。。


「あら、あんたは自分の神社でお守りとかお札作ったことないのかしら?」

「いや、確かにあるけどさ。そんなのでいいの?」


半信半疑で聞き返すと、普通に、そうよ、と返事が返ってきた。


「霊力を持った人がそういう事をすれば自ずとそうなるのよ。あなたが知らないうちに周りに癒しを与えていた様にね」

「霊夢は全然癒しを与えてくれないけどな」

「あんたは黙ってなさい。おせんべいあげないわよ」

「おっと、くわばらくわばら」


また茶化してきた魔理沙は霊夢に睨みつけられると、わざとらしく首を縮める。
まったく…、とぼやいた霊夢は続ける。


「話が逸れてきたわね。とりあえず普段お札とか作ってるようにやってみたら?」


そう言って霊夢はあたしにお札を押し付けてくる。
受け取ろうかと思って、数瞬悩んだ末、あたしは首を横に振った。
まさか断られると思っていなかったのか、霊夢の口がぽかんと開く。


「え? どうしてよ?」

「いやぁ、こういうのは自分で最初から作った方が良い気がして……」

「まあ、一理あるわね。じゃあこっちでどうかしら」


霊夢は棚にお札を戻した後、白い紙を取り出して渡してきた。
どうやら材質はさっきと同じお札で、未使用の紙らしい。

よし、これなら問題無い。いつも通りにお札を作れる。


「うん、問題無いよ。早速作りたいんだけど、墨と筆貸してくれるかな」

「良いわよ。朱もいるかしら?」

「あー、うん。あると助かるかも」

「はいはい」


若干めんどくさそうに返事をした霊夢は、別の棚から墨と硯と筆を取り出した。
さらにその下の段からも、朱と朱筆を取り出す。
そして、それらをあたしの目の前にドンと置いた。


「これで良いかしら?」

「うん、ありがと」

霊夢に礼を言って、あたしは墨と筆を取った―――



―――――



「ちょっと。何よこれ」

「何ってお札だけど?」

「私にもただのお札にしか見えないぜ」


数分後、出来上がったお札を囲んだあたし達三人の反応は1:2だった。
いや、だってどう見てもお札よね?作り間違えたはず無いし。

なのに霊夢はお札を摘まんで険しい顔をしている。


「ねぇ、どうしたのよ?」

「……ちょっと聞くけど、これ作った後何かするのかしら?」


沈黙する空気があまりにも耐えられなくて、遂に霊夢に声を掛けるとそんな質問が返ってきた。


「えっと、これを月のある夜に墨を乾かして、その後お神酒を振って、本殿に奉って一週間ぐらい安置して―――」

「どこまで霊力増強すれば気が済むのよ!? ただでさえこれ一枚でそこらの雑魚妖怪一発昇天出来るわよ!?」

「……まじ?」

「まじよ」


呆気に取られているあたしに、ため息を吐きつつも大真面目に答えるというある意味ミスマッチなことを霊夢はやってのけてくれた。
その後、霊夢がしてくれた解説によると、どうやらあたしの作ったお札は雑魚い妖怪を一撃で昇天させるだけの力があるらしい。

しかし、あたしはまだ肝心な事を聞いていないのだ。


「で、どうやって使うのよ?」


そう、使い方だ。一応霊夢が持っていたお札と同じものを作ってみたけど、どうやって使うのかが分からない。
どこかに貼り付けておくものではないようだし。

まさかこれを翳して何か言うとかじゃないよね?


「あらかじめ霊力を込めてあるなら翳して『霊撃』とでも言えば良いんじゃないかしら」

「うわぁ、アバウト過ぎるんだけど」


しかも大体予想通りの答えだ。気力が萎えてきた。


「物は試しよ。試しに行きましょ」

「だからってあたしの襟首掴まないでぇぇぇ!」

「はは、昨日の私のようだぜ」


無理やり結論付けた霊夢があたしの首根っこを引っ掴んで、ずるずると引き摺っていく。
そしてそれを見て笑いながら付いて来る魔理沙。あんにゃろいつか吹っ飛ばす。

今の状態では到底出来そうに無いことを考えながら、あたしはまたドナドナを口ずさむのだった。




―――――



十数分後、あたしは昨日と同じ場所に立っていた。
ただし、今回の相手は魔理沙ではなく、霊夢だ。


「さて、準備は良いかしら?」

「……こっちはオッケーですよー……」


張り切っている霊夢に、もうどうにでもなれって感じで力無く返事を返す。
いや、だって吹き飛ばされるのが確定なのに、張り切ってやれっていうのが無理な話だと思う。
すると、そんなあたしの心境を読み取ったのかどうか知らないけど、霊夢がとある提案を出してきた。


「大丈夫よ。智香がそこから動かなかったら当たらないように投げるから」

「それでも不安なんだけど……」


一発でも貰えばアウトなのに、絶対に当てないなんてよく言い切れるよね……。

霊夢がお札を構えたのを見て、あたしもお札を取り出す。
一応、霊夢が作った方だ。あたしが作ったお札は最後に試すらしい。


「それじゃ、行くわよ!」


掛け声と共にあたしに向けて無数のお札が降り注ぐ。
お札は霊夢が宣言した通り、あたしを避けて地面に突き刺さっていった。

霊夢のお札も無限ではないので、あたしもお札を構える。
確か、『霊撃』と言えば良かったのかな?

張り切ってあたしはお札を翳して叫ぶ。


「霊撃!」


…………。


「……あら?」


お札は見事に反応してくれなかった。
……あれ? 誰でも使えるんじゃなかったの? それともあたしじゃ何しても使えないの?

がっくりと項垂れるあたしに予想外の助けが飛んできたのはその時だった。


「おい、そのお札、もしかして未完成のやつじゃないか?」

「……え?」

「え? マジで?」


魔理沙があたしの持っているお札を指差してそう言ったのだ。
霊夢も弾幕の手を止めてこっちに来てお札を確認する。

やがて、深いため息を吐くと霊夢はそのお札を懐に仕舞った。


「……悪かったわね」

「てことは未完成のお札だったんだ」


じと目で睨むと、霊夢は明後日の方を向いて気まずそうに頬を掻いた。


「ま、まあ、一応私も持ってきてるからそっちを使いなさいよ」


ばつの悪そうな霊夢にお札を手渡され、練習は仕切り直しとなった。

再び霊夢が飛び上がり、お札の嵐が降り注ぐ。

今度こそ成功してほしいと願いつつ、あたしはお札を翳した。


「霊撃!」


直後、パァンという音と共にお札が弾け飛び、見えない衝撃のようなものが周囲にばら撒かれた。
放たれた衝撃は飛んできていたお札を悉く弾き返す。

効果のあまりの高さに思わず、おお、と呟くと、霊夢が何言ってんのよ的な顔でこっちを見てきた。


「あんたが作ったやつはもっと強いのよ? こんなので驚いてたら駄目じゃないの」

「初見でこんだけ強かったら普通驚くと思うけどなぁ」

「じゃあ使ってみなさいよ」


そう言って霊夢は懐からお札とはまた違うものを取り出した。

あれ、何か見覚えがある?

そう、それは魔理沙との弾幕の練習(という名の瞬殺ゲー)の時に見たような……。


「ま、まさか……スペルカード!?」

「私の勘だとあんたの霊撃札は弾幕を消すどころかそのまま相手に反撃出来るほどの代物だから、念のために、ね」

「いやいやいや、どう考えても霊夢がぶっ放したいだけだよね!?」

「ソンナコトナイワヨ」

「また片言!?」


本当にお願いだから誰かこの巫女何とかしてよ。
魔理沙の方に助けを求める視線を向けたけど、返ってきたのは眩しいぐらいのサムズアップだった。
くそう、またこれなの!? あなた達はあたしを苛めて楽しいの!?


「大丈夫だ。幻想郷ではよくある事だぜ」

「格好つけたように言っても駄目なものは駄目―っ!!」

「いいから行くわよ! 夢符『夢想封印』!」

「だから無理やりだってーっ!?」


かなり強引にスペルカードを発動してきた霊夢に、あたしは心の底からの叫びを上げた。
しかし、現実が変わるわけでもなく、霊夢の周りに浮かんだ三色の弾幕が大量にあたしに向かって飛んでくる。

しかも追尾弾!? 冗談じゃないよ! どこまであたしを苛めたいのよこの人は!
こーなったら、全力で抗ってやる! 何が何でもよ!

やけっぱちになって、あたしは自作のお札を取り出した。


「霊げぶっ!?」


叫んだ直後、発生した強烈な衝撃が周りの空間どころかあたしまでぶっ叩き、あたしの体は宙を舞う。
空中で逆さまになりながらあたしが見たものは、確かに事前に言っていた通り、霊撃で吹っ飛ばされたらしい霊夢だった。


「ぴぎゃっ!?」


直後、視界が反転して、あたしは地面に背中から落ちた。
落ちた時に変な声を出したけど、気にしちゃいけないと思う。

しばらくそのままの状態で倒れて、痛みが引いた頃に起き上がると、霊夢もようやく立ち上がったところだった。
立ち上がった霊夢は服についた埃を払うと、はぁ、と大きなため息を吐いた。


「……ねぇ、自分が吹っ飛ぶ程の霊撃なんて威力があるにしても程があるんじゃない? やっぱり制御できてないみたいね」

「うぅ……すみません」


しゅん、と項垂れていると、霊夢はまたため息を吐いた。


「良いわよ、別に。兎に角、この霊撃は改良の余地が有るわね。使うたびに吹っ飛んでたらあんたの身が持たないし」


確かにいざという時に使って自分も吹っ飛んでいては元も子もない気がする。
ただ、威力だけは確かなようで、遠くにいた魔理沙ですら吹っ飛んでいた。魔理沙ざまぁ。


「あいててて……。まさか智香の霊撃がここまでだとは思わなかったぜ……」


よっ、という掛け声と共に跳ね起きる魔理沙。割とこういう事には慣れているのか、随分とタフのようだ。


「意識して霊力を使うことは出来ないけどね」

「まあ、そこはそのうち何とかなるわよ。さ、戻りましょ」

「あ、待ってよ!」


要は無いとばかりに飛んで帰る霊夢をあたしと魔理沙は慌てて追いかけたのだった。




あとがき

どうも、ハンモロコです。

今回は弾幕が使えない智香の防衛手段についてでした。
一応、霊夢が誰でも使えるように作ってある霊撃を書き写しているので、霊力を意識的に操れない智香でも使える仕様です。
威力の差は作中にもありましたが、お札とかに霊力を込めるのはほぼ無意識です。
だから智香にも霊撃札を作ることは可能です。

ただし、霊力を制御できないため、必要以上に札に霊力が込められてあんな威力になっている訳です。

ちなみに霊撃は当然ボム扱いなので、何度も使う事はできません。よって智香はこれからも大体は耐久です。


さて、次回は霊夢の改良の成果……ではなく、ちょっとしたお出かけです。
そろそろ霊夢と魔理沙以外にも原作キャラを出したいところですね。

それではまた。

感想とか拍手とかお待ちしています。



押して頂けると作者の励みになりますm(__)m


<<前話 目次 次話>>

作品を投稿する感想掲示板トップページに戻る

Copyright(c)2004 SILUFENIA All rights reserved.