あたしが目を覚ますと、そこは見知らぬ天井があった。


「……知らない天井だ」


なんとなく言わなくちゃいけない気がして、ぽつりと呟いてみる。
というか、どうしてあたしは知らない天井の部屋で寝てるんだろ?


「……あ」


そうか、昨日歩いてたら『幻想郷』とやらに迷い込んで帰れなくなったところを霊夢っていう巫女さんに泊めてもらったんだっけ。

ふと外を見るとまだ薄暗い。この時期だと朝4時ちょっと過ぎといった感じだろうか。
別の場所で寝ても体は生活リズムをしっかり覚えているらしい。

もぞもぞと布団から抜け出し、近くに置いてあった巫女服を手に取って―――


「……ちょっと、なんで巫女服!?」


いや、あたしも巫女なんだから問題は無いのだけども。
つい条件反射で手を伸ばしてしまったけど、これって霊夢のと同じだよね?腋出し巫女服だよね?
サイズも胸周りが合わないのに……。


「……仕方ない。毎日同じ服はさすがに嫌だしね」


とにかく背に腹は変えられないので、あたしはおとなしく巫女服に袖を通した。
昨日にドロワーズとサラシは借りていたので下着云々はしばらく大丈夫だと思う。
とりあえず着替え終えたあたしはこれまた図ったように置いてある姿見に自分の姿を映してみる。

なんというか、妙にしっくり来るのが悔しい。相変わらず胸がきついけど。


「さて、全く別の場所だけど日課をいつも通りやろうかな」


まだ結ってなかった髪の毛をポニーテールに結ってから、うーん、と伸びをひとつして、あたしは部屋を出た。



―――――



あたしが朝起きてする事はまず最初に境内の掃除から。
中の掃除は基本的に後回しだ。


「参拝客に気持ちよく来てもらうためには、まず見栄えが良くないといかん。だから境内を先に掃除させるわけだが、かといって中を疎かにして良い理由にはならん。どちらもきっちりとこなせ」


とはじーちゃんの言葉だ。中は普通は見ないから、という事らしいが、正直どっちが先でもいい気はする。
まあ、体の方はすっかり覚えてしまっているけど。

裏に置いてあった箒と塵取りと籠を手に取ると、表の境内を掃き始める。
今の時期だと桜とかの花びらが割と落ちているので、適度にそれを掃いていく。まだ満開じゃないから、それほど量はないけど。
それが終わると箒を後ろ手に持って境内の砂利の部分を歩き始める。所謂ならしというやつだ。
左右両方済ませると、今度は手水舎の掃除に取り掛かる。
柄杓をちょろちょろと龍の口から流れている水である程度洗って、よく水気を切って竹の板の上に並べておく。
他に掃除が必要な場所も見当たらないので、掃除用具を裏に置いてから中の掃除に移る。

桶で井戸から水を汲み(手押しポンプのところには台所以外での使用は禁止と張り紙があった)、雑巾を絞り、拝殿、本殿、自宅の廊下の順に磨き上げていく。


「ま、ざっとこんなものかな」


大体2時間強だろうか。心なしかピカピカになった気がする神社を見て満足したあたしは朝食を作るべく台所へ向かう。
食料庫を覗くと、実はあまり食料が残っていない事に気がついた。


「お賽銭が無くて貧乏って言うのは本当みたいね……」


でも良く考えたらお賽銭が無いってことは収入0だよね?
霊夢はどうやって食料調達してるんだろう。

気にしても始まらなさそうなので、とりあえずある食材だけで作ることにした。
幸い味噌とか醤油とか調味料はそこそこあったから味付けに困ることは無い。

そうして、あたしは鼻歌交じりに朝食を作り始めたのだった。



―――――



「ふぁ……あら、随分と早いのね」


台所から良い匂いが漂い始めた頃、この神社の主がようやく起きてきた。


「うん、おはよう。霊夢」

「おはよう。そんなに気合入れなくて起きなくても良かったのに」

「もうこれがあたしの生活リズムだからね」

「ふぅん。『外』じゃ真面目にやってたのねぇ」


そんなやり取りをしながら、あたしは出来た料理をちゃぶ台に運ぶ。
メニューはシンプルに御飯と味噌汁と裏の森にそこそこ生えていたタラの芽の天ぷらだ。


「へぇ、もうタラの芽の時期なのね」

「これ見ると春を感じるよねー」


並べ終えたところで早速、朝食を頂く。
我ながら良い出来だった。うん。



―――――



朝食の後、あたしは霊夢に『弾幕』の出し方を教えてもらうことになった。

……のはいいんだけど。


「出ないなぁ」

「出ないわね」


そう、全く『弾幕』が出ないのだ。
一応手始めに自分の中にある霊力を感じるように言われて、四苦八苦しながらも感じるようにはなったんだけど、そこからが進まない。
その力を弾にして撃ち出す感覚で、と言われた通りにやってみるけど、全然弾幕の『だ』すら出ない。
力が動くのは感じるんだけどなぁ……。


「制御が足りないせいかしらね」

「しょ、精進します……」

「まあその心掛けはいいと思うけど、何か別の要因がある気がしてならないわね」


縁側に座ってあたしに指南していた霊夢はぶつぶつと独り言を呟いて、自分だけの世界に入り込んでしまった。
仕方が無いので、あたしは『弾幕』の練習を続けておく。

にしても本当に出ないなぁ。どうしてなんだろ。
精進が足りないのか、それとも霊夢の言う通り別の要因があるのか。
そんなことを考えた時、何かフラッシュバックでもするかのように頭の中に声が入り込んできた。


―――それはあなたが認めていないから。

え?

―――あなたが心のどこかでそれが出来るということ否定しているから。

ど、どういうことよ!?

―――あなたが自分で自分の幻想(ゆめ)を否定しているから。

幻想(ゆめ)? 訳分からない事言ってないでちゃんと教えてよ!

―――それはあなた自身で辿り着くべきところ。信じなさい、あなたの幻想(ゆめ)を……。

「ちょ、ちょっと!? どこ行くのよ!?」

「ど、どうしたのよ、急に大声出して」

「へ?」


いつの間にか大声を出してしまったらしく、縁側に座っていた霊夢が目を見開いていた。


「何かあったの?」

「いや、実はね……」


怪訝そうに尋ねてくる霊夢に、あたしは今あったことを全部話してみた。
話し終えると、霊夢はうーん、と頭を捻り、


「駄目ね。全然分からないわ」


お手上げだと言うように両手を挙げた。
霊夢でも分からないのか……謎は深まるばかりね。


「何が幻想(ゆめ)か分からないけど、とりあえずあたしが否定しているって言うのだけが今分かってる情報だよねぇ……」

「『弾幕』を出せるっていう幻想(ゆめ)を否定しているってことかしら?」

「そんな事言われてもあたしには全然分からないよ」

「まあ、無意識に否定してるなら中々治りそうに無いわね」


結構辛辣な意見を出してくる霊夢。仰る通りです。
無意識で否定しているなら、それを改善するのはかなり難しいだろうね。


「何なら実戦で試す?」

「謹んで遠慮させていただきます」


無理無理、絶対無理。
実戦でやれば、もしかしたらうまくいくかも知れないけど、駄目だったときはものすんごいハイリスクじゃん。

最悪“不慮の事故”で人生\(^o^)/オワタになりかねない。
それだけは絶対に避けたい……ッ!


「兎に角、今は地道にやってみるよ」

「そう? ……残念ね」


え、何? その残念そうな顔。
苛めたかったの!? あたしを苛めたかったの!? ねぇ!?


「ソンナコトナイワヨ」

「片言になってるし!?」


駄目だこの巫女早く何とかしないと。
どうしよう、と考えていると、表の方から足音が聞こえてきた。
そっちを振り向くと、奇妙な格好をした少女が箒片手にこっちに歩いてきていた。
それを見て霊夢が露骨に嫌そうな顔をする。


「魔理沙、また来たの?」

「うーっす、霊夢。お茶とお茶菓子貰いに来たぞー……って誰だそいつ?」

「 うちにそんな余裕は無いのだけど。……そっちの子は桜井智香って言って、『外』から迷い込んだ人間よ」

「『外』から? どうして送り返さないんだ?」

「送り返したけど、駄目だったみたいね。途中で戻されてきたのよ」

「へぇ、そいつは珍しいな」


奇妙な格好―――魔女っぽい黒い三角帽子に黒地に白いエプロンが着いた服の少女は、あたしの近くまで寄ってくるとあたしの頭からつま先までじろじろと眺めてくる。


「な、何よ」


ゾクゾクと背中を駆け上がる悪寒に自分の体を抱いて、あたしは少女から遠ざかる。


「ありゃ、嫌われちまったかな」

「あんたの第一印象が最悪に終わっただけでしょ」

「そりゃないぜ。私の第一印象は完璧のはずだ」

「その自信がどこから出てくるのか教えてほしいわね」

「私の心からだぜ」


黒白の少女は快活に笑うと、改めてあたしのほうを向いてウィンクしてきた。


「私は霧雨魔理沙。普通の魔法使いだぜ」

「あ、あたしは桜井智香よ。『外』で神社の巫女をやってる」

「へえ、お前も巫女なのか。霊夢と一緒だな」


お互いに自己紹介を終えたところで、話はあたしがしている事についてになった。
魔理沙はあたしと霊夢の話を聞き終えた後、うーん、と頭を捻って、ぽんと手を叩いて言った。

あたしにとってのある意味死刑宣告を。


「よし、それじゃあ私と弾幕勝負だ。何事も実戦が大事だぜ?」

「さっき断ったんだけどねッ!?」

「それは霊夢にだろ? お前に拒否権は無いぜ」


言うが早いか、魔理沙はあたしの腕を引っ掴むと、ずるずると引き摺って行く。


「霊夢助けてー!」


まだ死にたくないあたしは霊夢に助けを求めたけど、帰ってきたのはにこやかで冷たい返事だった。


「まあ死なないように頑張ってね」

「ばかやろー!」


魔理沙に引き摺られている間、あたしの頭の中でドナドナが流れ続けていた。



―――――



十数分後、そのうち本当にドナドナを口ずさみ始めたあたしは少し広い原っぱに連れてこられた。
目の前には魔理沙が準備万端とでも言うように箒と何か丸いものを手にしている。
後ろではいつの間についてきていたのか、霊夢が茣蓙を敷いてのんびりと見物していた。

見に来るくらいなら助けてよ。

そういう意思を込めて霊夢を睨みつけると、気まずそうに目を逸らされた。
あいつ、戦えるようになったらボッコにしてやるぅ。


「よぉし、私が『弾幕ごっこ』の基本を手取り足取り“実戦”で教えてやるからしっかりついてこいよ?」

「お、お手柔らかにお願いします……」


あたしの返事を聞いて、魔理沙は箒に跨って空を飛んだ。

……飛んだ!?

なんなの!? もはやここは何でもありなの!?
いや、『幻想郷』なんだからありなのかもしれないけどさ。
いきなりハードル高いんじゃないかな? 飛ぶなんて。


「あれ、どうした。飛ばないのか?」

「ナチュラルに飛ぶなんて言わないでよ! できないわよ飛ぶなんて!」

「ありゃ、これは困ったな……」


すーっ、と降りてきた魔理沙は困ったように頭を掻く。いや、困ってるのあたしなんだけど。
頭を掻きながら何か考えていた魔理沙は、仕方ないな、とため息を吐いて、その場で丸いものを構えた。

……ゑ? ま、まさか……。


「智香、飛べないなら地上戦でやるからな!」

「えー!? 私今戦わなくて済んだってほっとしてたのにぃ!」

「問答無用だぜ!」


私の魂の叫びを無視して、魔理沙がスペルカードを掲げる。
慌てて逃げようとしたけど、そのときにはもう遅かった。


「恋符! マスタースパーク!」

「さすがにレーザーは洒落にきゃあああああああ!!」


轟音と白い光に包まれて、あたしはよく分からないまま一気に意識を手放したのだった。



―――――



―――そこは、白い世界だった。

何にも無い、ただ白い世界。その中に、あたしは一人で立っていた。


「ふふ、こんにちは」


否、あたしともう一人の誰かが立っていた。


「あなたは誰なの?」


目の前の誰かはくすくすと笑うとひらりと一回転してからこっちを見て言った。


「あたしはあなたよ。初めまして? それとも久しぶりかな?」

「少なくともあたしはあなたとは初対面だけどね」

「まあ、そうよね」


もう一人のあたしはまた小さく笑うと改めてあたしを見た。


「さて、と。ここはどこか分かるかな?」

「分かんないから説明よろしく」

「即答!?」


実際分からないからしょうがないじゃない。
第一、目の前にあたしがいるなんて、その時点で訳が分からないわよ。

目の前のあたしは、ふぅ、と小さくため息をついた。


「ここはあなたの夢よ。まああたしの夢でもあるわけだけど」

「それで?」

「ちょっと反応薄くないかな? ……続けるけど、あなたがここでするべきことは、あたしを捕まえること」

「どうしてさ?」


いきなりここはあたしの夢だとかあたしを捕まえるだとか言われてもいまいちピンと来ないんだけど。
もっと詳しい説明が無いと全く分からないんですけど。

というか、あたしなんでこんな夢見てるんだろう。もしかしたら三途の川を渡る前に見る夢なんだろうか。
あのレーザーかなり凶悪だったしなぁ。


「あ、大丈夫。あなたはちゃんと生きてるよ」

「そうなの? やっぱり『弾幕ごっこ』っていうだけのことはあるのかな」


もうあたしの人生終わりか、と嘆いていると、もう一人のあたしから意外な事実を聞かされた。
一応、『弾幕ごっこ』用に火力は抑えてあるのか。助かった……。


「かもね。それで話の続きだけど、あなたがあたしを捕まえないといけない理由は、あたしがあなたの幻想(ゆめ)だから」

幻想(ゆめ)?」


どこかで聞いた言葉だ。


―――あなたがあなたの幻想(ゆめ)を否定しているから。

―――信じなさい。あなたの幻想(ゆめ)を。


そうだ、『弾幕』の練習をしている時に聞こえた声が言っていたんだ。
じゃあこれはもしかして、自分の幻想(ゆめ)肯定し(つかまえ)ろってことなんだろうか?


「概ねその通りね。それじゃ、始めましょう?」


そう言って目の前のあたしは宙に浮いた。

え? 浮いた!?


「ちょ、ちょっと待って!? あなたも飛ぶの!?」

「当たり前じゃない。あたしはあなたが否定した幻想(ゆめ)なんだよ?」


くすくすと笑って、地面に降り立つもう一人のあたし。
そうか。もう一人のあたしは、あたしの幻想(ゆめ)なんだから何でも出来るのか。

……もしかして。


「まさか……『弾幕』も?」

「もちろん。私だって簡単に捕まるつもりは無いよ。精一杯抵抗させてもらうからね」


そう言って、もう一人のあたしは辺りに大量に弾幕を形成する。
その弾幕1つ1つに威力が込められていることが素人のあたしでも分かる。
そういえば、霊夢があたしの霊力はかなりの量だって言ってた気がする。
なんかそれで納得してしまったあたしが恨めしい。


「さあ、鬼ごっこの始まりだよ。鬼はあなたね」

「っ……望むところ!」


言うが早いか、あたしはもう一人のあたしに向かって走る。
神社と学校との往復で体力はあるつもりだった。
障害さえ無ければあたしは数瞬で彼女を捕まえたかも知れない。

よく考えれば彼女もあたしなんだけど。

まあ、知れないっていうのはもちろん障害はあるわけで。


「ちょ、濃いって! この弾幕濃すぎ!」


走り出して一瞬で、あたしは弾幕の波状攻撃に晒されたのだった。
濃いとかそんなぬるいものじゃない。もはや壁だ。しかも分厚い。

やばいやばい、こんなの突破できないって!


「それっ、爆ぜてっ!」

「きゃあ!?」


もう一人のあたしの掛け声とともに、あたしのすぐそばを通り抜けた弾幕が爆発を起こした。
もちろんそんな至近距離の爆風をかわせるはずも無く、あたしの体は木っ端のように吹っ飛ぶ。
そして、こんな弾幕の壁の中でそんなことになるのはすなわち死を意味する。

見事に弾幕の壁に突っ込んだあたしは体中を弾幕に叩かれ、無様に転がっていく。

着ていた巫女服はあちこちが無残に破れ、素肌を晒している。
もっとも、その素肌も無残に傷だらけだけど。


「ほらほら、その程度で倒れたら到底あたしを捕まえられないよ?」


そんな状態のあたしに容赦なく弾幕を撃ってくるもう一人のあたし。
ってかほんとに容赦無し!? さっきと同じ濃さなんだけど!? 冗談きつすぎるって!

当然のことながらもう動くことが出来ないような体でさっきと同じ弾幕をかわせるはずも無く、あたしは為す術無く被弾してしまった。
夢だから痛みなんて感じるはずが無いのに、脳が痛みを感じているように信号を送ってくる。

あ、だんだん目の前が真っ黒に……。


「あれ? もう終わり? うーん、やっぱり始めはこんなものなのかな」


意識を失う前に聞こえたのは、残念そうなもう一人のあたしの声だった。




あとがき

どうも、ハンモロコです。

台風怖いです。なんか家の外をいろんなものが飛び交ってる気がします。
ご近所さんの家は倉庫が倒れてました。暴風って凄いですよね。

まあ、そんな世間話は置いておいて。

今回は前回に言っていた通り、弾幕の練習と超展開でした。
魔理沙が相手だと弾幕初心者は練習にならないと思ったので、即被弾にしました。

超展開のほうは、まあ、結局この後から引っ張ると思うのでご容赦下さい。
ちなみに始めに聞こえた声の主は知っている人なら予想してるかもしれませんが、それは後のお楽しみということで。


次回は、結局弾幕を使えない智香の為の自衛手段とは…的な話です。

お楽しみに。


※更新は大体隔週ぐらいになるかと思います。出来上がり次第、上げます。



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