前書き
この作品は東方Projectとペルソナシリーズのクロスオーバーです。オリジナル主人公の他、キャラの性格などが若干不自然に思われたり、戦闘が異なったりするかもしれませんのでご了承ください。
OP→『色は匂えど 散りぬるを』
登場キャラ紹介
1、
名前:綾崎(あやさき)優也(ゆうや)
能力:仮面(ペルソナ)を付け替える程度の能力
備考:2011年4月にとある都市の田舎町に引っ越してきた高校1年生の少年。八雲紫と廃れた博麗神社で出会い、彼女によって幻想郷に招かれる。ペルソナという力を得て、幻想郷にて起きる不可解な異変に立ち向かう。アルカナは愚者。召喚レベルは55。

2、
名前:霧雨(きりさめ)魔理沙(まりさ)
能力:魔法を操る程度の能力
備考:優也がアリスの家でであった魔法使いの少女。普通の魔法使いと自称している。アリスとは同じく魔法の森に住んでいることと魔法使いということで親交がある。優也が来る以前の幻想郷で起きていたいくつ者異変を解決している実力者でもある。アルカナは魔術師。コミュニティは魔術師。

3、
名前:アリス・マーガトロイド
能力:人形を操る程度の能力
備考:優也を魔法の森で介抱した魔法使いの少女。人形を操る魔法に特化している。最終的に完全な自立行動をする人形を作り上げることが彼女の夢でもある。アルカナは女教皇。コミュニティは女教皇



―4月11日 ???―


辺り一面が霧に包まれている。
博麗神社から博麗大結界を通り抜けてもとの世界に戻るために、優也は今もまだ道な
き道を歩いていた。
もうどれくらい歩いただろうか。
この空間に果たして時間という概念があるのかも分からない。もしあるとしたらもう
一時間以上は歩いたはずだ。
それだと言うのに未だにこの空間を抜ける事ができないでいた。
まるで迷宮に迷い込んだような感じだ
後ろを振り返ってもこの空間に入った瞬間から鳥居の姿は見えなくなってしまったの
で、おそらく向こうの方で霊夢が結界をとじたのだろうと思う。
この空間を抜ければ一体どこに繋がっているのだろうか。元の世界に戻れると言われ
ても、自分の知らないところに落とされるなどというのはごめんこうむる。
もう少しだけ歩いてみようと思い、少しだけ重くなっていた足に鞭打つように踏み出
す。
すると少し先に進んだ辺りから光が漏れ出しているのに気付く。もしかすると外から
光が差し込んできているのかもしれないと思った。
ようやく戻ってこられた。
ホッと胸をなでおろし、その光の中へと入っていった。


―4月11日 ベルベットルーム―


 意識を取り戻す。
 ゆっくりと目を開けるとそこは青一色という特徴的な部屋、ベルベットルームだった。いつものように悲哀を誘う歌声とピアノの旋律が流れている。優也はいつものように備え付けられている椅子に座っていた。
 いつの間にか来てしまっていたが、向こうに何か用事があるのだろうかと思う。目の前にはいつものようにイゴールと従者のアリアの姿がある。

「ようこそベルベッドルームへ……お待ちしておりました。いよいよあなた様のその力、使いこなす時が訪れたようですな」

 イゴールは真っ直ぐ優也の事を見ながら言う。
力というのはペルソナのことだろう。使いこなす時が来たということは、イゴールは外の様子が見えているということだろう。
 しかしふと疑問に思う。
これから外の世界に戻ろうとしているというのに何故ペルソナの力を振るう必要があるのだろうか。

「あなた様が迷い込まれた幻想が集まる世界。果たして何故生まれ、何のために存在するのか……残念ながら今のあなた様では到底答えを導き出すことはおできにならぬでしょう。だからこそ進まれる前に知っておかれるがよろしいでしょうな、ご自身の持つ“力の性質”というものを」
「どういうことだ……? 俺はもう幻想郷には用はないはず。元の世界に戻るのだからもうここに来る必要もないんじゃないのか?」

 イゴールはもはや優也にとっては関係のない幻想郷とペルソナについての話をし始めた。
 当然戸惑いを隠せない優也。
 すぐにもう必要ないのではないかと言う。
 だがイゴールは優也の言葉に対してそれはありえないという様に首を横に振る。

「あなたが幻想の世界に迷い込んだのはまた運命。そしてその運命の道を歩み始めておるのです。後ろには下がることはできない……そんな茨の道にあなた様は踏み入れてしまっているのです」
「俺はそんなこと……望んでない。ペルソナとか、コミュニティとか……確かに助けられたことは否定しない。でも俺にはもう、それは必要ないはずだ」
「以前お話した時に私が言った言葉を覚えているでしょうかな? 『我、自らが選択し、未来へと進まん。いかなる結末も受け入れん』……そしてあなた様はその契約を確かに認めなさっている。なあに心配めされることはございません。私たちもあなた様のお力になるように微力ながら協力させていただきます」

 遠回しに“不可能”だと言っているようなものだ。
 しかしイゴールとありあの表情には優也に対する同情というようなものは一切感じられない。
 優也はふざけるなと小さく呟く。
 望んでいない、求めてなんかいない。勝手に周りがそうさせているだけなのだと。まるで駄々をこねる子どものようにイゴールが言うその運命を否定する。
 だがいくら喚いたところでイゴールが言うようにもはや後戻りはできないのだろうともうすうす感じていた。
 その事実を突きつけられ、思わず立ち上がっていた優也は愕然とした面持ちで崩れ落ちるかのようにソファーに座り込む。
 口を開いたまま、目を震わせて視線を床に落とす。
 ありえない……こんなことがあっていいはずがない。
 どっと疲れが優也を襲う。額に手を当てて考え込むような姿勢を作る。とはいえそれについて考えたとしてももはや打開策はないだろう。
 ならどうすればいいのか。
 流れに身を任せていけばいいとでもいうのだろうか。

「悩まれるのは致し方ないでしょうな。そう、あなた様は占いというものを信じておられますかな?」
「……占い? いい結果が出たならば信じるけど、それ以外は別に。で、その占いがどうしたんだよ」
「そう焦りなさるな。まず手始めにこれからのあなた様の近し未来を占って見たいと思いましてな」

 そう言ってテーブルにイゴールが手を翳す。
 するとテーブルの上におかれたタロットカード。いつの間にかテーブルの上に山から抜き取られた数枚のそれを一枚一枚ゆっくりとイゴールがその細い手指でめくっていき、優也に見えるように置いていく。
 表面には何かを意味するようにアルファベットの数字と絵が描かれていた。
 まず始めにめくられたカードに書かれていたのは数字の“][”と絵柄の“月”だった。そして向きは“正位置”だ。

「ふむ、“月”のアルカナ、向きは“正位置”ですな……これはあなた様の未来に対する“危険な予感”を意味しておりますな」
「“危険な予感”って……もう十分に危険なことは体験してるんだが……」

 二枚目にめくられたカードに書かれていたのは数字の“T”と絵柄の“魔術師”だ。そして向きは“正位置”だ。
 それをまじまじと見つめ、イゴールは口を開く。

「“魔術師”のアルカナ、向きは“正位置”とな……これはあなた様にとって新たなるキッカケが見つかるという意味ですな。つまり良くも悪くも新しい出会いがあるということですな」

 危険な予感があり、そこで新たな出会いが待っているとのことだった。
 まったくもっていよいよ元の世界に戻りたいという思いが強くなる。
 そして最後にめくられたカード。“]\”の数字を持ち、絵柄に“太陽”が刻まれているカードが“正位置”で現れた。

「そして最後のカードは“太陽”のアルカナ。そして“正位置”ですな……ふむ、あなた様には確かに辛い未来が待っているやも知れません。しかし心配めされるな、これの意味している通り、あなた様には良き友、つまり仲間ができるでしょうな」
「良き友、仲間……まさかコミュニティのことか?」
「ペルソナ使いの視点から見ればそうやも知れませぬ。しかしあなた様という人間にとっても大切な者たちになりえる“可能性”があるということでございますな」

 イゴールが行った占いによれば優也がこのままもとの世界には戻れないということらしい。おそらく意識が現実に戻る頃にはまた幻想郷のどこかに倒れているのかもしれない。
 近し未来はかなり厳しそうだった。
 危険な予感。それは始めて幻想郷に来た時のようなもの以上なのか、それ以下なのかは分からない。それでも危険は避けられないというらしい。
 だが幻想郷に来たということは優也にとっては新たなキッカケのようなものらしい。その世界の住民たちとの出会いもまたこの占いに当てはまっている。
 そして優也にとって大切な友、仲間ができるということだ。
 以前イゴールに言われた言葉で、ペルソナを強くするのはコミュニティの力だというのがあった。
 もしかしてそのことについて言っているのだろうかと思う。
 するとイゴールが優也の言葉に付け加えるようにして言う。確かにペルソナの力を強くするためのコミュニティを指しているのは間違いないだろうと。だがそれ以外にも綾崎優也というヒトにとっても大切な存在になりえるかもしれないと言う。
 
「さて、あなた様はひとつの運命の渦の中に身を置いている最中。その運命の道を歩まれるに当たって“力の本質”について説明しないといけませんな」
「……“力の本質“?」
「あなた様の力は普通とは異なる特別なものだ。いわば、数字の零のようなもの……空っぽに過ぎないが、無限の”可能性“も宿る。あなた様は複数のペルソナを持ち、それらを使い分けることができるのです」
「無限の……”可能性“?」
「そして敵を倒した時、きっとあなた様には見えるはずだ。自分の得た”可能性の芽“が手札としてね。時としてそれらは酷く捕らえ辛いこともある……しかし恐れずに掴み取るのです。あなた様の力はそれによって育っていく……よくよく心しておかれるが良いでしょうな」

 ゆっくりと組んでいた手を組み替える。
 今の優也の中にあるペルソナは以前に召喚した”アルトリア“と小さなコミュニティを築いた時に現れた数体のペルソナたちだ。
イゴールの言葉から戦うたびにその「可能性の芽」つまりは新しいペルソナが見えてくる、そしてそれを掴み取ることで新しいペルソナを得ることができる。
ペルソナを得るということは新しい自分を得るということにもなるのだろう。

「さて、私も忙しくなりますな。次からはご自分の意志で扉を開けて、ここへ来られるがいい。その時こそ、私の本当の役割……あなた様への手助けについて、お話しましょう」

 優也はその言葉に対して黙って頷く。
 イゴールもそれを見て満足そうに頷いている。

「では、再び見える時まで……ごきげんよう」

 そうして再び眩い光に包まれ、一瞬だけ視界が真っ白に染まる。そして現実へと意識が引き戻された。


―4月11日 魔法の森―


 もう何度目であろうか。幻想郷に来てからもう四度目の気絶である。
 うっそうと茂っている草。空を覆うようにして聳え立っている木々が優也の視界に映った。地面に手をついてゆっくりと起き上がる。
 周りに視線を向けてここがどこなのかを確認する。
 少なくともここが外の世界ではないことははっきりしている。気絶する前にいたベルベットルームでのやり取りを思い出す。
 ――また森か……それに時間帯は夜? 最悪だな……。
 切り取られたように見える空はすっかり暗くなっていた。
 森は以前通った時のような叫び声は聞こえずただ虫たちの小さな音が奏でられているだけだ。それと時折吹く風が草を撫でて起きる乾いた音が優也の耳に入ってくる。
 座り込んでこれからどうするべきかを考える。
 このまま今日一日野宿するのが一番だろう。辺りに食べられるものはないので一食抜くのは致し方ない。寝る場所も探しに行くのは危険すぎる。少しばかり木の間隔が狭いところに隠れるようにしているのが一番だろう。
 取り敢えずよさげな場所を限定し、その場所に移動する。
 森だということからか遠くの方からフクロウの鳴く声が聞こえる。
 比較的静かな空間。
 しかしこの幻想郷は妖怪と人間が共生している世界。朝が人間にとっての時間であるならば、夜は妖怪の時間である。当然のように人間が妖怪の歩くようなところに出向くことはほとんどない。出向いたとしても人里においては自警団の者たちが一緒になることが義務付けられているのを以前のことで知っていた。
 ならこの森はどうだろうか。
 以前の森と同じかどうかは分からないが、あの時も人間の姿はほとんど見なかった。
 当然今の時間帯は妖怪たちが最も活発化する時だ。むやみに動き回らなくてもどこかで歩き回っている可能性も高い。そのためにできるだけ隠れやすく、木々の間隔が狭いところを選んだつもりだったが――
 ――俺って運がないのか……?
 隠れるようにしていた優也であるが、その近くに大の大人よりも背丈のある妖怪が一匹草木を分けながら現れたのだ。どうやら空腹のようで辺りに散らばっていた木の実を拾っては口に運んでいく。
――うっ……マズイ。
 口に含んでみたが、流石に生では食べられるものではなかった。今もその木の実の渋みが残っていて口の中が変な状態でいる。
 そんな木の実も平気で次々と大きな指でつまみながら口に運んでいく。あらかた食べ尽くしたようであるが流石にその巨体である。木の実だけではとてもではないが腹は膨れない。
 きょろきょろと何か食べるものはないかと視線を巡らせている。
 木の陰から少しだけ顔を出し、妖怪の動きを探っていた優也。少しだけ月の位置が変わっていた。そのためか、僅かに切り取られたかのような隙間から月の光が差し込み、優也の影を作り出していた。
 それを逃さなかった妖怪。
優也の近くにあった木に向かって太い腕を叩きつけてきた。
咄嗟にそこから飛びのく。妖怪の力によって真っ二つにされた木がメキメキと折れる音を立ててゆっくりと地面に倒れた。
 木々の間から飛び出してしまった優也と妖怪の視線が合わさる。数秒の間が空き、すぐさま動き出す妖怪。目の前に食料となる人間がいるので当然の行動だ。優也としては食べられるわけにも行かないのですぐさま立ち上がり、走り出す。
 どこに向かうわけでもなく目的地もない優也。
とにかく逃げ切るためには走るしかなかった。
だが相手は妖怪。
普通の人間である優也がいくら全力疾走したとしても相手が悪すぎる。鋭い爪を持った腕が優也の近くの地面を抉り、その衝撃でバランスを崩してしまう。
 しまった――そう思った時には既に優也の体は地面を転がっていた。慌てて立ち上がろうとしたが背中を妖怪に踏みつけられたために再び突っ伏す形になる。
 肩越しに妖怪の方を見上げる。
 月の光ではっきりと見て取れる。鋭い双眸からは獲物を求めている刈り取るものの視線が感じられた。
 このままではまずい。まさかまたあの力を使うことになるとは思わなかった。
 しかしこんなところで死ぬわけにはいかない。優也は必死に集中力を高め、そして叫ぶ――

「ペルソナアァ!」

 淡い光と共に優也の体の中から現れる様に召喚されたペルソナ――“アルトリア”がその手に握られた西洋剣で妖怪のことを切り飛ばす。
 咄嗟に後方に跳んだために傷自体は浅いようだ。“アルトリア”の表情が少しだけ苦々しいものであるのが見える。
 優也は妖怪から解放されたためにすぐさま立ち上がる。
 どうも自分はよく襲われる体質らしい。もしかすると不幸体質でも持っているのだろうか。それとも妖怪をひきつける何かがあるのだろうか。もしそうであるなら最悪としかいえない。
 そうしている内に再び妖怪が迫ってくる。肩を向けてショルダータックルの構えを見せている。直撃すればかなりのダメージを受けるだろう。
 受けるのはまずい、かわすしかない。

「……“エンジェル”、“スクカジャ”!」

 正義のアルカナのペルソナである“エンジェル”が召喚され、優也を緑色の光が包み込む。体が軽くなったような感じがする。
 迫っていた妖怪の攻撃を余裕を持って回避することができた。たたらを踏んだ妖怪に対して再び指示をする。

「チャンスか? “ガル”!」

 “エンジェル”が放った強烈な風が後ろ向きになっていた妖怪を包み込み、跳ね上げる。
 完全に不意打ちを受けた妖怪がその場に倒れる。大きな音が盛りに響き渡る。
倒れた妖怪が立ち上がろうとしているが完全に無防備な状態でいる。追撃のチャンスだ。
 優也は召喚していた“エンジェル”を一旦帰還させる。
 次に降魔させるペルソナをイメージする。光の放流と共にそれが出現した。

「こい……“ベリス”! “二連牙”!」

 馬にまたがった騎士が持っていた槍を鋭く突き出す。
 強烈な突きが連続して妖怪に直撃し、気絶したようにその場に倒れ伏した。小さく痙攣しているようだが、いつ起き上がるか分からないためにしばらく様子を見るために召喚させたまま黙っていた。
 数分が経ったが相変わらず妖怪は立ち上がる気配を見せない。どうやらもうしばらくは起き上がりそうにないようだ。
 しかしこんなところで気絶してもらっても困る。
 折角今日の夜寝る場所を見つけたばかりだというのに移動しなければ起き上がったこの妖怪に再び襲われる可能性がある。
 取り敢えず召喚させたままであった「ベリス」を帰還させる。
 ようやく一息が着ける。小さくため息をついた優也であるが、ふとどこからともなく視線を感じた。
 それはひとつや二つと言った数ではなく、まるで元の世界にあったあの廃れた神社に現れた女性――八雲紫が作り出した不思議な空間の奥にあった無数の目玉からの視線と酷似していた。
 まさかと思いながらも周りの気配を探る。とはいえ気配を探り当てるという術を持たない優也がいくら気を張ったとしても見つけ出すことなどできない。せいぜい感じている視線に気づくくらいだろう。
 こちらを観察するような視線だ。姿を見せないということはこちらに何かしらの干渉をする気はないのだろうと判断する。いくらペルソナという力を得たとはいえ、一つの世界を作り出した彼女に敵うはずはないと分かっていた。
 しばらくあったそれであるが、まるで空間に溶けていくかのように気配が消えた。
 気を張っていた優也もようやくかと思いながら肩から力を抜く。それと同時に背中に強烈な衝撃を受けると共に身体を真っ二つにされたかのような激しい痛みを感じた。
 ボールが跳ねるように地面を転がり、気にぶつかることでようやく制止する。
 一体何が起きたのか、一瞬分からなかった。
 だがこの場所が一体どんなところなのか、時間帯が一体いつなのか、そして優也自身の状態がどんなものだったのかをゆっくりと計算していくと当然の結果に行き着いた。
 優也をまるで不良たちが集団でリンチをするかのように取り囲んでいた。先ほど気絶させた妖怪と同じ種族なのだろう妖怪たちがいた。
 おそらく仲間が戻ってこないのを不審に思ったのだろう。近くに突っ立っていた優也が仲間を襲ったのだと思った彼らが当然のように攻撃を仕掛けて来たのだ。
 参ったと内心ため息をつく。
 優也自身、こんな状況に陥っているにもかかわらず酷く恐怖していないことに驚きを隠せなかった。
 普通の人間なら卒倒するだろうこの状況。これもまたペルソナという力を得たためなのだろうか。それとも元来それほど状況が変化しても慌てない性格が役に立っているのだろうか。
 とにかくこのままでは殺されるのがオチだというのは明白だ。
 無意識に手を腰に当てる。しかしそこには求めていたものはない。
 「ああ、そうか」と思う。
 元の世界に戻る以上脇差は置いていかないといけない。流石に銃刀法違反で捕まるのはごめんだった。
 結界を抜ける再に妹紅に返しておいて欲しいと手渡していたのだ。つまり今の優也は完全に武器のない武装無しの状態だった。
 戦闘で使えるのはペルソナの力だけ。先ほどの戦闘を合わせてもまだ三度ほどしかその力を行使していない。コミュニティを作り、戦う度に確かにペルソナは強くなっているのは分かるがそれでもこの数はかなり厳しそうだ。
 一体の妖怪が握り締めていた棍棒を振り下ろしてきた。避けようとするも背中に後ろにあった木が当たる。逃げ道がほとんどない。そうしている内にも棍棒が勢いよく迫ってくる。
 「仕方ないか……」と思い精神を集中させる。
 光の放流と共に優也の前に剣を持った騎士の少女が現れる。
 鈍い金属音が響く。輝くような黄金の剣で振り下ろされていた土色の棍棒を受け止めている“アルトリア”。力こそ拮抗しているように見えるが、その表情はやや苦しそうだ。
 能力的にもまだ相手の妖怪の方が上なのかもしれない。力任せの強引な攻撃で堅固と“アルトリア”のことを吹き飛ばす。
 木に叩きつけられた彼女と同じ痛みが優也に襲いかかる。
 ――なっ……、どうし、て?
 意味が分からない。戸惑いを隠せないまま優也は痛みに思わず膝をついていた。しかしそれを許してくれるような存在ではない妖怪たち。仲間が死んではいないとはいえ傷つけられたのだから当然のように怒りを持っている。優也の頭を鷲掴みし、そのまま近くに気に投げつけた。
 まるで骨が折れるような鈍い音と共に木が数本倒れる。地面に倒れ、地響きを起こす。額から血を流し、がっくりと項垂れている優也。
 降魔していた“アルトリア”は集中力が切れてしまったためにその姿を消していた。
 痛みと意味の分からない状況に思考が安定しない。意識も朦朧としてきている。このままでは本格的にまずい。
 だがどうすればいいのだろうか。
 動けないでいる優也に向けて再び太い腕を伸ばしてくる。集中しようとするも痛みで一瞬だけラグができる。それが一瞬の隙となり胸倉をつかまれ再び足の届かない高さまで持ち上げられる。息が苦しくなる。振り解こうともがき、その腕に手を添えて力を込めるがまったくうんともすんともしない。
 鈍い音が優也の首元から聞こえて来る。渾身の力で首の骨を折ろうとしているのだろう。息ができず次第に腕から力が抜けてくる。苦悶の声が漏れ、顔は青白く変わっていく。
 ――し、死ぬのか……俺は。
 今更になって今まで感じたこともない恐怖に襲われる。
 平穏な日常をただ流されるように過ごしてきた優也にとって、死とはまったくの無縁だった。
 だが今まさに死ぬ一歩手前まで来ている。
 この世界に来て初めて助けを求めたような気がする。誰でもいい、ただ今感じている死から逃げ出したい思いで一杯だった。
 いよいよ意識が途切れる寸前だ。
 その時だった。
突然優也を掴んでいた妖怪の後ろに立っていた他の妖怪たちに闇夜を切り裂くようにして飛んできた光球が着弾したのだ。その数は一つや二つではなく、次々と闇色だった森の中を色鮮やかなもので色付け始めたのだ。
 さらに森の奥の方から何かがいくつも飛び出してくる。空から降り注ぐ月光にきらりと煌めく何か。
 妖怪たちは突然の奇襲に慌てふためいている様子だ。優也を掴んでいた妖怪も後ろの状況に気が向いているようで少しだけ首を掴んでいる力が緩んだ。
 ――い、今だ!
 今はこの場を切り抜けることだけを考える。
 どこの誰かは知らないが助けてくれたのはありがたいと思う。もはや限界に近い精神で何とか集中力を研ぎ澄ませる。

「こんなところで、死ねるかっての! ペルソナアァ!」

 すばやく法王のアルカナのペルソナである“オモイカネ”を召還して、電撃属性の魔法である“ジオ”を放つ。頭上から雷が降り注ぎ、妖怪の脳天に直撃する。
 頭に直撃したために相当なダメージを受けたのだろう。ふらふらとたたらを踏んだ妖怪はその場に大の字になって倒れ伏す。小さく痙攣をしているのを見て命を奪うことはなかったのを確認する。
 殺してしまえば今後一切その妖怪から襲われる心配はないのだがどうしてかそれをする気になれなかった。
 ――くっ……まずい、な。
 正直身体を酷使しすぎたようだ。
 ボロボロの状態で無理やりに集中力をかき集めてペルソナを召喚したためにひどく精神的にも疲労していた。
 さらに妖怪たちに攻撃で体はボロボロの状態である。
 再び膝を地面につけてしまう。とても立てるような状態ではない。森の奥の方から何者かが地面を踏みしめる音が聞こえて来る。
 ゆっくりと確実にこちらに向かってくるのが分かる。
 敵か、それとも味方か。
 ――どうする……? もうペルソナを召還する余裕は、ない……くそっ!
 グラグラと頭が回るような感じが襲う。ついには手をついてしまい今にも地面にへばりつきそうなくらいだ。
 そんな優也を無視して森の奥の方から誰かが姿を現した。その誰かの周りには小さな物体がいくつも宙に浮いている。
 月明かりを浴びたその誰かは見た限り妖怪ではないようだ。ヒトカタをした何か。こちらに向けて視線を向けてきている。
 それは同情か、心配か、それとも呆れか。
 一体何者なのか、倒れている自分をどうするつもりなのか。優也はそれを知ることはできず、強烈な睡魔に襲われ、意識を失った。


―4月15日 アリスの家―


 一軒のレンガ造りの家が魔法の森にある。
 その家にあるとある一室には今も目を覚まさない少年――綾崎優也が眠っていた。
 額には包帯が巻かれ、布団で見えないが身体の方にも様々な処置が施されていた。まるで死んだように眠っている優也のことを周りで看病しているのは、何故か西洋人形たちだった。
 腰まである金色の髪の毛に、頭頂に赤や青のリボンをしている。同じようなドレスのような服を着た人形たちがフヨフヨと浮きながら、その部屋でせっせと働いていた。
 そんなかわいらしい人形たちの働く部屋にいた優也はようやくゆっくりと閉じていた瞳を開ける。
 最初に映ったのは慧音の家で見た木造作りの天井ではなく、白い自身の家でも良く見る天井だった。だがここが自宅ではないということは理解していた。何せ自分のことを覗き込む小さな女の子――人形がいたからだ。
 目をパチクリさせ、ここはどこなのかと確かめるために上半身だけ起き上がらせる。優也の胸辺りに立っていた人形たちがパッと散開する。近くに滞空し優也のことをジィっと見つめてきている。
 警戒か、それとも監視なのか。そのどちらかなのかは分からないが彼女たちが襲ってくる気配はないためにこちらも身構える必要はないと判断する。
 とにかくここは一体どこなのだろうか。それが優也にとってもっともな疑問だった。
幻想郷だというのは既に理解している。イゴールとのベルベットルームにおいてのやり取りで、このままでは元の世界に戻れないというのは既に分かっていたし、今すぐに戻ることも諦めていた。
 しかし最終的にはこの世界からもとの世界に戻るということは変わらない。ここは優也がいるべき場所ではないからだ。
 摩訶不思議な世界に飛ばされ、さらには不思議な力すらも宿してしまった。
こういった類が好きな者たちからすれば興奮するものだろう。優也はそういった類でいちいち興奮する方ではないが、知らず知らずの内に小さな好奇心にも似たものを抱き始めていた。
 そう考えていると部屋の外から廊下を歩く足音が聞こえてきた。優也と共に人形たちもその方に視線を向ける。
 部屋の前で足音が止まり、ドアノブが捻られ、そこから一人の少女が姿を現した。

「あら、目が覚めた?」

 その少女の容姿は人形たちと同じように金色の髪の毛、透き通るような碧い瞳を持っていた。髪の長さは人形たちよりも短い――肩辺りまであるショートカット。その頭にはリボンではなくカチューシャをしており服装は人形たちと同じようなドレスのような西洋服だ。雰囲気としては明るいというよりも知的で冷静なものだ。
 おそらく彼女がこの家の主なのだろうと思う。優也の周りにいた人形たちが不思議な声を出して彼女に向かっていく。

「シャンハーイ」
「ホラーイ」
「よしよし、ちゃんと仕事していたみたいね」

 まるで母親に向かっていく娘たちのような人形たち。そしてそんな人形たちをまるで母親のように優しく声をかけ、頭を撫でてあげている少女。柔らかな雰囲気をかもし出している、まるで本当の親子のようにも見えた。
 しばらくそうしていた少女であるが優也のことに気づき、人形たちから手を離す。人形たちも少しだけ寂しそうな表情を見せたような気がした。人形なのだから表情が変わるわけがないのだが、どうしたわけかそのように見えたのだ。
 少しだけ悪いことをしたかと内心そう思う。
 そう思っている優也の横になっているベッドのところに少女が近づいてきた。
その表情から表情はあまり読み取れない。
彼女の冷静な正確がそうさせているのかもしれない。優也もあまり感情というものを表情に出す方ではないが、彼女の方はそれが顕著だ。まるで人形のように白い肌、動かなければ人形だと思わざるをえないくらいだ。

「傷の具合は……その表情からしてまだ良くはなさそうね」

 彼女の言う通り、時々針で刺すような痛みが頭に走る。さらに全身が鉛のように重くなったような感覚があり、ひどく気だるく感じる。
 おそらく痛み事体は妖怪に攻撃された時のものなのだろう。
そしてだるさ自体はペルソナの力を使ったからだと思う。
いくら力に覚醒したからといってもその力を今まで使ったことはない。その力を行使するために無理やりに引き出した精神力。日常で行使する以上の精神力を必要とするペルソナ。当然のように満タンだったポリタンクから全ての水を抜き取ってしまえば中には何も残らない。
 必要量を未だによく分からないためにムラがあるのかもしれない。まだ最大で三体ほどしか召喚できないのもそれが理由なのかもしれない。
 起き上がっていた優也であるが彼女の手によってもう一度ベッドに戻される。

「あれだけボロボロだったのにもう起き上がれるまで回復したのね。なんていうか、凄いわ……」

 感心しているようで呆れている彼女。
 この世界に来てから眠れば大体回復してしまうようになった。傷自体も痛みがあるだけでもう数日もすれば治るのではないかと言う。
 しかし感じているように体のだるさというのはもう少し休まなければいけないのかもしれない。

「……お前があの時助けてくれたのか?」
「まあね。家の周りがやけに騒がしかったから何があったのか少しだけ見回りのつもりで来ただけだったんだけどね。びっくりしたわよ、一人の人間が妖怪に囲まれてたんだから」
「確かに……あの時は死ぬかもしれないって思った……」

 今思い出せば何故あの時囲まれたのに冷静に考えられたのだろうか。いやあれはあまりの恐怖に逆に頭が冷めてしまっていたのかもしれない。あの状況下にもう一度放り出されたら今度こそ悲鳴を上げて逃げ出しそうだ。
 だから今の言葉が最もな感想なのだ。
 目の前の少女は何故あんなところにいたのかと尋ねてくる。
 彼女も幻想郷に住むものであるのなら博麗神社からもとの世界に戻る事ができるのは知っているだろう。そのことを尋ねると当然だというように首肯した。
 優也は信じてもらえるかどうかは不安であるが、とにかくありのままを話すことにした。どうせ今の状態では動くことも、体が回復したとしても元の世界には戻ることができないのは分かりきっているのだ。

「俺は幻想郷の外の世界から来た……まあ、外来人だ」
「その服装やら、今の言葉で分かったわ。大方スキマ妖怪にでも神隠しにあったんでしょう?」

 ゆっくりと話し始める。
 彼女自身も何度か外来人を博麗神社に連れて行ったことがあるらしい。何故外から人間が幻想郷に来るのかは大体理解しているようだ。
 彼女が言う通り優也は八雲紫によってこの世界に連れてこられた。それが優也の望んだことではないにしても、彼女自身に何かしらの思案があったのかもしれない。
 あの森――魔法の森における監視の視線はおそらくこの世界で優也がどのように生き抜いていくか、まるで実験動物を見るようなものだったのだろう。
 自分でそう思うと嫌悪感を感じる。

「それでその様子だと博麗神社に入ったようね。でもどうしてあんな森に? いくら霊夢でもそんなことはそうそうしないと思うけど……?」
「俺は彼女に博麗大結界から外の世界に戻してもらえるようにしてもらった。そして確かにその大結界を抜けた……はず(、、)なんだ」
「“はず”って……なら今頃あなたは外の世界にいるはずでしょ? まさか大結界がおかしくなってたとか?」

 ありえないというような表情でいる彼女。幻想郷において博麗神社及び博麗の巫女というのは重要な存在だと聞いている。何でも博麗の巫女――博麗霊夢を殺してはいけないとのことだ。
 何故そうなのかは分からない。
彼女の命と幻想郷の存続が深く関わっているからなのだとしか想像できない。
 今の優也にとってそれは絶対的に関係のない、どうでも言いというようなことではなかった。
 何故幻想郷に送り込まれたのか。何故この世界においてペルソナの力に目覚めたのか。そしてイゴールが言う言葉が意味しているのは。この世界に留めようとしている何かがきっとあるのだと思う。

「あの結界に入る前に妖怪とは思えない何かが現れたのは覚えている。それを俺達で撃退して……ここにいたるってわけだ」
「その妖怪とは思えないっていう生物は今は置いておくとして。その話を聞いている限りではもう一度博麗神社の方に行っても意味はなさそうね」
「また潜ったとしても同じように別の場所に送られるだけだろうからな……今回はお前が近くに住んでいてくれたおかげで助かった。ありがとう」
「別にいいわ。ちょっと気になったくらいだからね。でも……ホント運がよかったわね」
「まったくだ……」

 この世界に来てもう何度死んでもおかしくない体験をしただろうか。
 今回ばかりは本当に死んだと思った。
 彼女曰く眠っている間も死んでいるようだったという。本当にどれくらい眠っていたのだろうか。
 彼女に尋ねてみるとかれこれ四日も寝込んでいたようだ。それでいて未だに身体のだるさが抜けないというのはどうしてだろうか。取り敢えず休む以外に治療法はないのは変わりない。

「私ができるのは本当に最低限のこと。魔法的に見ても私はそっちに特化しているわけじゃないから本当に見るくらいしか、ね」

 あれだけ傷を負っていたにも関わらず完治し始めているのは彼女の手当てのおかげであろう。素直にお礼を言う。

「別にいいわよ。目の前で死なれてもね……」

 そう素っ気無い言葉であるが、それには彼女なりの優しさというものを感じた。
 ふと思ったのだがお互いにまだ名前を言っていなかった。どうせ元の世界に今のところ戻ることができないのだから名前くらいはお互いに知っていてもいいのではないかと思う。彼女が優也のことをこの先覚えているかどうかは分からないが、優也としては知っている人が一人でも多くいればいいと思った。
 名前を尋ねてみる。
 すると彼女も「ああそういえば」というように忘れていたようだ。

「アリス・マーガトロイドよ。一応魔法使いをしているわ」
「魔法使い? まさか……って言っても妖怪がいるんだからいないなんて言えないよな」
「あら、意外とすんなり信じるのね」

 彼女の名前はアリス・マーガトロイドと言うらしい。
 容姿のように名前も優也の世界でいう西洋人のようだ。魔法などというものも聞いて確かに彼女が優也の世界にいたとすればヨーロッパ辺りにいてもおかしくはないと考える。
 魔法使いというので一体どんな魔法を使うのだろうかと思った。
 彼女の周りにふわふわと飛んでいる人形たちを見つめる。人形たちからは感情というものは感じられないが、それでも主であるアリスのことを大切に思っているのだというのは理解できる。
 もしかしなくともあの夜見えた小さな物体というのは彼女たちなのかもしれない。そうなるとアリス自身も戦える魔法使いというのだろう。
 あの数の妖怪たちを見た感じ傷一つなく倒してしまったのだろう。そうなると優也よりも実力は上ということになる。
 別段比べたくてしたわけではないがそれでも少しへこんでしまう。力をお互いに得て積み重ねてきた時間というものが違うのだから当然なのではあるが。
 アリスは優也が魔法使いというのをすんなりと受け入れたことを意外に思っていた。外来人にとってこの世界はありえないの一言に尽きるからだ。
 しかし優也は既に幻想郷というものを嫌というほどその身で味わっている。そのために外の世界の常識で測れないことであってもある程度のことはすんなりと受け入れられるようになっていた。
 毒されているのかもしれないとため息をつく。
 ところでと切り出してアリスが優也に尋ねてきた。まだ優也自身の名前を言っていなかった。

「ああ、俺の名前か。綾崎優也、ただの外来人だ」
「なら優也ね。私のことはアリスでいいわ」

 名前で呼ばせるのは彼女なりに優也のことを受け入れてくれたためであろうか。
 理由がなんにせよ、彼女からは優しさを感じた。
 話題を変えるためにふと尋ねてみる。
 アリスの周りにいる人形たちのことだ。

「この子達?」

 周りに佇んでいる人形たちを見つめながらアリスが言う。普通人形というのは人間が手で持って動かすか、操るための糸のようなもので操作するかのどちらかだ。
 しかしアリスの周りにいる人形たちはまるで自分たちで動いているように見える。誰かが動かしているわけでもなく、操り糸のようなものもない。不可視のものであればそれで仕方ないと思えるのであるが。
 アリスが言うに彼女たちはアリスの魔力を動力として動いているらしい。彼女たちが取っている行動は全てアリスが指示したもの。当然魔力が切れたり、その指示を完遂すると動かなくなるようだ。
 もう当然のことだというように話をするアリスであるが、優也からすればすごいの一言でしか表せないものだった。
 素直にそう言うと――。

「そ、そう……? そう言ってくれると嬉しいわね」

 あまり褒められたことがないのか、それとも外来人に褒められたのが珍しいためか少しだけ照れた様子でそう言う。
 何故アリスは人形を遣う魔法使いになりたいと思ったのだろうか。それこそ彼女が最終的に目指していることなのだろうが。
 彼女が魔法使いである根本のものであるためにあまり話はしないだろうと思いながらも尋ねてみた。
 すると以外にも彼女はそれを教えてくれた。

「私にはね、夢があるのよ」
「夢?」

 淡々とであるがその表情は先ほどまでの人形のようなものではなく人間らしく、希望に満ち足りたものだった。
 アリスの夢は完全に自立した人形を作り出すことらしい。それはまるで人間のように朝起きて、食事を摂り、普通にアリスの魔力供給も指示も無しに自分の意志を持って活動し、夜になったら就寝するなどをする人形のことらしい。
 思わず壮大な夢だと思った。
 なら今の人形たちはどうなのだろうか。それを尋ねてみると今の彼女の周りにある“上海人形”と“蓬莱人形”と呼ばれる二種類の人形たちはアリスの魔力供給と指示がなければ動けないものらしい。言葉もほとんど発せないためにまだまだ完成には程遠いらしい。

「子どもっぽいって……思った?」

 いきなりそう尋ねてきたアリス。別にそんな風には思わない。
 そもそも魔法使いが一体何を求めているのかも分からない優也にとって人形もその一つなのだとしか思っていなかった。
 しかしアリスからすれば自分の求めているものは子供っぽいのではないかというような不安があるらしい。当然諦めるつもりはない。しかしこのような森の奥にいるためにアリスの夢を知っている人物は少ないし、理解してくれる人物もそれ以上の少ない。

「別に、お前がそれを求めてるならそうすればいいってしか俺は言えないぞ? 魔法使い自体存在しているのを知ったのが今回初めてだし、それに魔法使いが何を求めてるかなんて知らないしな」
「確かに……」
「その……友だちとかっていないのか? 例えば、魔法使いの」
「いないわけじゃないわ」
「ならそいつは何て言ったんだよ?」
「それは――うん、「いいんじゃないか」って言ってくれたわ」

 そう尋ねられた優也に肯定も否定もする権利はない。
 アリスがそうしたいのであればそうすればいい。むしろ何か夢があるというのは羨ましいとも思える。
 流され続けてきた優也にとって夢を持っているアリスは羨ましいとも思えた。
 その言葉にアリスは小さく笑みを浮かべて呟く。
 この世界に魔法使いがいるのであれば友だちもいるのではないか。そう思って尋ねてみた。
 どうやら彼女にも魔法使い繋がりで友達がいるらしい。不安もあったのだろうが尋ねてみた時もあるようだ。
 どうだったのか尋ねてみた。
 その時の友達の言葉を教えてくれた。どうやらその友だちもアリスの夢を認めてくれているようだ。

「これからのことは取り敢えず身体を休めてからでもいいんじゃない? 帰れないのなら人里に家を借りればいいわ。そういう外来人もいないわけじゃないから」

 今のところ戻れないのが分かっている以上、もう一度博麗神社に行くことは意味の無い行為だと分かっていた。
 そうなると一旦人里に戻り事情を話した方がいいのかもしれないと考える。
 この事態を幻想郷の者たちがどう捉えるかは分からないが、アリスからすれば十分異常事態、異変ととってもおかしくはない。
 とにかく優也自身が動けるようにならないと意味がない。今日のところはもう一日ゆっくり休むべきだと判断し、もう一眠りすることにした。

「私は基本的に家にいるし、下で作業しているから。何かあったらこの子達に言ってくれればやってくれるから」
「ああ、悪いな」

 アリスはそう言うと部屋を出て行った。


 ―4月16日 アリスの家―


 翌日。
 昨日まであった身体全身に溜まっていただるさというのはほとんど抜けていた。起き上がるのにもほとんど無理することなくできた。
 ベッドから降り、五日振りに自分の足で立つ。
 人形たちに案内され二階の部屋から一階まで降りることにした。
 下に降りると丁度朝食を作っているアリスと視線が合った。

「だるさは取れたのね。体調の方はどうかしら?」
「なんとかな」

 テーブルの上には洋風の朝食が並べられている。
 普通魔法使いは食事などを摂らなくても生きていくことが可能らしい。だが人間だったときの習慣からか就寝もするし、今のように食事も必ず三食食べるようにしているようだ。
 ふとテーブルの上を見て疑問に思う。ここにいる優也たちの中で食事を取れるのは優也とアリスだけだ。人形たちの中で食事を摂れるようなものはいない。なら何故三人分の食事が用意されているのだろうか。

「ああ、それは――」

 優也の問い掛けに対してアリスが答えようとした、その時だった。
 突然外の方から誰かが中に入ってきたのだ。元気のいい、少女の声だ。

「アリスー、邪魔するぜー」

 どうやらアリスの知り合いらしい。
 もしかすると彼女が昨日言っていた魔法使いの友達なのかもしれない。
 中に入ってきた少女が現れる。白と黒のドレスローブを着て、大きな三角帽子を被っている少女だ。その姿を見ただけでも彼女が魔法使いなのだと分かる。極め付きにその手には大きな箒が持たれている。
 中に入ってきた彼女もアリスと共に見知らぬ少年――優也がいることに一瞬目を疑うような表情を浮かべる。口をポカンと開けた状態で数秒固まる。
 その表情から訝しげにこちらを見てくる少女。そして数秒優也の事を見ていたがようやく何かに行き着いたように笑顔で納得したような表情を見せる。
 輝くような笑みを浮かべ、親指を立てて彼女はこう言った。

「おめでとうなんだぜ、アリス。なんだよ水臭いな、いるならいるって言ってくれてもよかったじゃないか」
「ハッ!? 魔理沙、あなた一体何を言って――」
「アリスに彼氏(、、)がいたなんて私は知らなかったんだぜ。友達なんだから教えてくれても――」
「なっ!? あなた一体何言ってるのよ! 違うわよ、彼は五日前に森で倒れていたから介抱しただけよ。変な憶測を立てないで!」
「へっ? そうなのか?」

 突然何を言い出すかと思いきや、とんでもないことを彼女は口にした。あまりのことに優也とアリスは思わず噴き出してしまう。
 反論するようにアリスが叫ぶが、それを遮るように魔理沙という少女はさらに言葉を続ける。彼女自身悪い人間、魔法使いではないのだろうがマイペースで物事を進めるタイプのようだ。
 相変わらず二人が付き合っているかのような口ぶりで話を進める。ようやくアリスが魔理沙の話すのを遮って叫ぶように否定する。
二人の関係はただ“助けた”“助けられた”だけのものだ。
少しだけ優也がアリスのことを知ることができたくらいの仲である。魔理沙が言うような関係ではない。
 アリスが否定するのを聞いて魔理沙は「そうなのか」とこちらに対して尋ねてきた。優也もただ頷くだけでアリスの言葉を肯定する。対して魔理沙は心底つまらなさそうに唇を尖がらせている。
 彼女自身が“恋”という言葉をよく使うためにもしかしたらという彼女なりのセンサーが反応したのかもしれない。だがそれははずれであったために少しつまらないと感じていた。
 とにかくその話は終わりだとアリスは強制的にその話を終わらせる。
 仕方ないというように魔理沙は被っていた大きな三角帽子を取り、帽子掛けに引っ掛ける。
 優也はもはやどうでもいいというように先ほどのやり取りを忘れたかのように振舞う。
 三人がテーブルに着き、アリスの作った朝食を摂り始める。
 しばらくは誰も話をしようとしなかった。だが沈黙が痛かったのか、それとも静か過ぎるのが嫌いなのか魔理沙が口を開いた。

「そういえばお前、アリスに介抱してもらったって言ったよな? それ、どういう意味なんだ?」
「彼、外来人なのよ」
「ああ、なるほど。納得したんだぜ」

 パンを小さく千切りながらそれを口に運ぶアリス。
 魔理沙の質問に対して彼女がそう答えた。なるほどと納得する魔理沙。するとまた彼女が話しかけてきた。

「なら博麗神社に行かないとな」
「「っ!?」」

 やはりかと思う。
 そう思ったのは彼女と友だちであるアリス。魔理沙の知り合い、彼女自身は友だちだと思っている博麗の巫女――博麗霊夢に頼めばいいのではないかと進言してきた。
 普通ならそれでいいだろう。だが今回ばかりはそうはいってられない状況なのだ。
 しかし彼女にそのことを話すべきだろうか。目線だけでそれをアリスに伝えてみる。すると彼女もそれに気づいたようだ。
 彼女の答えは――否だった。
 確かに魔理沙は幻想郷における異変を解決するべき人物である博麗の巫女と共にいくつかの異変を解決していると言う実績がある。それが大なり小なり様々だ。しかし今回のことははく麗大結界自体に問題がありそうだと見える。そうなるとその結界自体に何も干渉のできない魔理沙に伝えたところで何ができるだろうか。そういうこともあってか適当に誤魔化すことにした。

「違うのよ魔理沙。彼は、ね」
「ああ、俺はこの世界に“留まる”つもりなんだ。だからわざわざ博麗神社に行く必要は、ない」
「うん? そうなのか?」
「ああ」
「……そっか。ならこれからは同じ世界に住むもの同士ってわけだな。私は霧雨魔理沙、普通の魔法使いだぜ。よろしくな」
「綾崎優也だ、よろしく」

 お互いに名前を言い合う。
 霧雨魔理沙という少女は魔法使いらしい。なんでもこの森――魔法の森の奥で霧雨魔法店という所謂何でも屋を営んでいるようだ。
 こんな奥のところに人間が来るだろうかと思う。
 ところで普通の(、、、)魔法使いとは一体なんだろうか。

「……まあ、あまり気にすることじゃないんだぜ」

 一瞬表情を曇らせた魔理沙がすぐに笑顔に戻ってそう言う。あまり詮索しない方がいいだろうと考え、それ以上それについて尋ねることはしなかった。
 話題を変えるためにアリスが尋ねてきた。あの夜に妖怪に襲われていた優也であるが最後の一匹だけは自身で倒した。
 何故ただの外来人が妖怪を倒すことができたのか。それが気になったようだ。それを聞いて魔理沙も興味心身な視線を向けてくる。
 この世界で妖怪に対して対抗できるのは何らかの能力を持っている者たちか、あるいは多少なりとも鍛えられている自警団くらいだ。
 とはいえ優也は自警団のように自らを鍛えるなどということはしたことがない。アリスも優也のことを介抱した時に持ち物に得物のようなものがなかったことから何らかの力を持っているのではないかと考えていた。
 外来人がこの世界に来ることで何らかの能力を発言させると言うことは珍しいことではない。しかしそれほど戦闘に特化したものとはいえないものばかりが普通なのだが、優也の場合は明らかに戦闘に特化したものだった。
 現物を見てもらった方がいいかもしれないと思い、試しにとあるペルソナを償還してみることにした。

「なら……「ユニコーン」!」
「「え……?」」

 優也がペルソナの名前を唱えると光と共に二人の前には純白の一角の獣――“ユニコーン”が出現した。
 アリスとのコミュニティである女教皇のアルカナに属するペルソナである。
 その美しい毛並みを持つ“ユニコーン”に二人はただ目を奪われている。魔法使いということもありある程度の知識はあるだろう。外の世界になんて既に物語などでしか残っていない存在だ。もしかすると幻想郷などにも存在するかもしれない。
 だが人里を見る限りでは日本風であるここ。西洋などの存在も引き込まれるなどということはあるのだろうか。
 そんなことを考えているとようやく口を開いたのは魔理沙だった。恐る恐るであるがその手を“ユニコーン”へと伸ばし、白い毛並みを撫でる。
 指の間をすり抜けるような柔らかな感覚が感じられる。「おおっ」と感嘆の声を漏らす魔理沙。彼女の様子を見ていたアリスもそれに習って撫でる。“ユニコーン”も別段気を悪くした様子もなくされるがままになっている。

「す、すげえぜ。何で“ユニコーン”が? まさか使役してるのか?」
「使役とはまた違う、と思う」

 ペルソナとは自身の心の鎧。その存在そのものを呼び出すのではなく、自身の心の海から幻想ではなく実体として召喚するものだ。
 それに「我は汝、汝は我」というように、その召喚されたものは優也自身の心の一部を表しているのだ。
 “神降ろし”とはまた違ったもの。神そのものではない。
 詳しいことは優也にも分からない。だが“ユニコーン”に始まり様々な神魔や英雄を償還することができるということだけが今分かっていることだ。
 ペルソナ――幻想郷では聞き慣れない能力名。そのことに二人は程度は違えど興味を持ったようだった。

「なあ、こいつ私に貸してくれよ。死ぬまでさ」
「無理。時間が経つか、俺の精神力が切れると自動的に消える。それに消えた後は俺に戻ってくるからな」
「そうなのか? なぁんだ……残念だな」

 残念そうに“ユニコーン”の毛並みを楽しんでいる魔理沙。もの欲しそうな視線は相変わらずそれに向けられている。
 少しだけ魔理沙のことを知ることができた気がする。




後書き
はじめましての方は、はじめまして。
 いつも読んでくださっている方は、ありがとうございます。
 泉海斗です。
 ここまで読んでいただきありがとうございました。
 今回の話は優也が幻想郷から元の世界に帰れないというものでした。途中にペルソナ4ともリンクさせてみたつもりです。
 この話の世界はペルソナ3FESとペルソナ4の世界です。2011年ということで、外の世界では番長たちが事件解決のために活動しています。
 今回は新しく原作キャラのアリス、魔理沙と出会わせました。少しずつですが各話で東方の原作キャラたちを登場させ、要所要所でコミュニティを発生させていくつもりです。
 またペルソナ3FESやペルソナ4とも少しずつリンクさせていきたいと思います。
 まだまだ先は長いですが、今後も読んでいただけると嬉しいです。
 楽しんでいただけるように、私も頑張りたいと思います。
 最後まで読んでくださった方々に最大限の感謝を。
 それでは!!

コミュ構築

愚者→???
魔術師→霧雨魔理沙
道化師→???
女教皇→アリス・マーガトロイド
女帝→???
皇帝→???
法王→上白河慧音
恋愛→???
戦車→???
正義→博麗霊夢
隠者→???
運命→???
剛毅→???
刑死者→???
死神→???
節制→???
悪魔→???
塔→???
星→???
月→???
太陽→???
審判→???
世界→???
永劫→???

我は汝……汝は我……
汝、新たなる絆を見出したり……
絆は即ち、まことを知る一歩なり。
汝、“魔術師”のペルソナを生み出せし時、
我ら、更なる力の祝福を与えん……

我は汝……汝は我……
汝、新たなる絆を見出したり……
絆は即ち、まことを知る一歩なり。
汝、“女教皇”のペルソナを生み出せし時、
我ら、更なる力の祝福を与えん……



押して頂けると作者の励みになりますm(__)m


<<前話 目次 次話>>

作品を投稿する感想掲示板トップページに戻る

Copyright(c)2004 SILUFENIA All rights reserved.