前書き
この作品は東方Projectとペルソナシリーズのクロスオーバーです。オリジナル主人公の他、キャラの性格などが若干不自然に思われたり、戦闘が異なったりするかもしれませんのでご了承ください。
OP→『色は匂えど 散りぬるを』
登場キャラ紹介

名前:綾崎(あやさき)優也(ゆうや)
能力:仮面(ペルソナ)を付け替える程度の能力
備考:2011年4月にとある都市の田舎町に引っ越してきた高校1年生の少年。八雲紫と廃れた博麗神社で出会い、彼女によって幻想郷に招かれる。アルカナは世界。


名前:藤原(ふじわらの)妹紅(もこう)
能力:老いることも死ぬこともない程度の能力
備考:人里と迷いの竹林の狭間に住んでいる女性。蓬莱の薬を飲んだために不老不死という、人の道から外れた存在となる。戦うたびに怪我をする優也を永遠亭にまで案内する役が定着するかもしれない。アルカナは塔。コミュニティはなし。


名前:上白河(かみしらかわ)慧音(けいね)
能力:歴史を食べる(隠す)程度の能力、歴史を創る程度の能力
備考:人里の守護者であり、ワーハクタク。普段は人間の姿をしているが、満月の夜になると獣人に変身するらしい。人里に住む者たちを愛していることもあり、幻想入りして日が浅い優也のことを心配している。アルカナは法王。コミュニティは法王。

4、
名前:博麗(はくれい)霊夢(れいむ)
能力:空を飛ぶ程度の能力
備考:幻想郷の平和の象徴でもある博麗の巫女。外の世界とを分け隔てている博麗大結界の管理人でもある。幻想郷において起きる異変解決の専門家であるが、普段は巫女らしくない巫女の振る舞いをしているいたって普通の少女。アルカナは愚者。コミュニティは正義



―4月??日 ???―


 優也はゆっくりと瞳を開ける。
 そこは泊めてもらった慧音の家の天井ではなかった。現実の世界ではなく、一面が青一色の部屋。優也はこの場所を知っている。以前八雲紫という妖会によって幻想郷に送られる途中に通った部屋――ベルベットルームだ。
 何故またここに来たのかは分からない。視線を正面に向けるといつものようにソファーに座るイゴールとその隣に立っている従者のアリアの姿があった。

「お前たち……ってことは、ここはベルベットルームなんだな? でもどうしてまたここに……?」
「ええ、再びお目にかかりましたな」

 そう優也が言うと、それに答えるようにイゴールが応える。
いつものようにソファーに猫背の形で座り手を組んでいる。その隣には大きな辞書のようなものをアリアが抱えて立っている。以前来た時のような形だ。
 イゴールの言葉からして、彼らはまた会うことを予期していたかのようだ。
 ここに来るまでのことを思い出してみる。
 人里を襲った異形に対して殺されかけた時、突然謎の女性が現れ、彼女と共に異形を倒すことができた。その女性に対して慧音たちは一時警戒したが、害がないということで大事にはならなかった。そしてその後に酷い倦怠感と眠気に襲われ、意識を失ったということだった。
 あれは一体なんだったのか。そう考えているとイゴールが楽しそうに笑みを浮かべ、話しかけてきた。

「あなたは“力”を覚醒させたショックで意識を失われたのでございます」
「“力”って……もしかして“アルトリア”のことか?」

 優也の言うことに対して、相変わらず不気味な笑みを浮かべているイゴールは頷く。

「ほぅ……あなたが覚醒した“力”は“アルトリア”ですか。なるほど、興味深い」

 そう言いながらしきりに頷いている。何がどう興味深いのか、そこまでいうことがない
ので気になるところだ。
 手に入れた“力”――“アルトリア”とは一体何なのか。優也は尋ねてみる。

「その“力”は“ペルソナ”と呼ばれるものでございます」
「ペル……ソナ?」

 ラテン語で“仮面”を意味する言葉だ。その“ペルソナ”という力、何故自分にその“力”
が覚醒したのか疑問に思う。
 なら具体的にどういうものなのだろうか。すると説明するためにかイゴールは口を開く。

「“ペルソナ”とはもう一つのあなた自身のことなのです」
「もう一つの俺自身……?」

 一体どういうことなのだろうか。首を傾げる優也に対してイゴールは話を続ける。

「“ペルソナ”とはあなたがあなたの外側の物事と向き合ったとき、表に出てくる“人格”のこと……。様々な困難に立ち向かっていくための、いわば“仮面の鎧”とも言ってよいでしょうな」
「俺にとってそれが“アルトリア”だったということなのか……?」

 肯定するようにイゴールは頷き、さらに話を続ける。

「“ペルソナ能力”とは“心を御する力”……“心”とは“絆”によって満ちるものなのです。そのために他者と関わりあなただけの「コミュニティ」を築かれるがよろしいかと。“コミュニティ”こそ“ペルソナ能力”をより強くしてくれるでしょう。よくよく、覚えておかれますよう」

 念を押すように言うために分かりましたとただそう言うしかできなかった。

「さて……あなたのいらっしゃる現実では、すでに多少の時間が流れたようですな。これ
以上のお引止めはできますまい。今度お目にかかる時には、あなたは自らここを訪れるこ
とになるでしょうな。では……その時まで、ごきげんよう」

 イゴールの言葉を最後に優也の意識は遠のいていった。


 ―4月18日 人里―


 またなのかと思いながら優也は目を覚ます。
 最初に視界に入ったのは寝泊りしている慧音の家の天井だった。そして覗き込むようにしてそこにいたのは慧音と妹紅だ。
 二人は優也が目を覚ましたのを確認し、ホッとした表情を見せる。

「良かった、目が覚めたか」
「まったくいつまで寝てるんだよ。案外ネボスケだな」

 慧音は胸をなでおろし、やれやれと安心している。からかうように言う妹紅に対してうるさいと一言言う。
 あの時あった倦怠感などは既になくなっている。
 取り敢えずどれくらい眠っていたのかを尋ねる。

「もう一週間が経つよ。三日、四日経っても起きなかったから本当に心配したんだぞ?」
「本当に心配してたんだぜ? 特に慧音なんてずっと――」
「し、仕方がないだろ。あの時私がもっと早く戻っていればあいつらだって死ぬことはなかっただろうし、優也くんだって傷つくことはなかったはずだ」
「こんな風にずっと落ち込んでたんだよ」

 もう一週間が経っていたのかとどおりで身体が堅くなっているわけだと納得する。慧音が言うように、それだけ寝ていれば心配するのも当然だろう。
 あまりそのように心配されるということがなかったので少し恥ずかしさを感じる。
 それからやや重い話になる。
 慧音たちが人里を離れている間に現れた異形。妖怪なのかとも分からないその存在によって自警団の数人が帰らぬ者になってしまった。
 もっと早く戻っていれば。そう思い、誰よりも人里のことを考えている彼女が落ち込むのは当然のことだった。
残っていれば何とかなっただろうかとも考えた。
しかし森に入ったきり戻ってこない住民のことを無視することは彼女にはできなかった。
どれだけ慧音が人里を、そこに住んでいる住民たちのことを愛しているのかが少し分かったような気がした。
 供養はもう終わっているのかと尋ねる。
 それに対しては妹紅が頷いてくれた。
 優也は線香をあげることだけでもできるのではないかと考えた。ほとんど面識がない者たちであるが、それでも自分の事を守ってくれた者たちなのだ。感謝くらいはしないといけないと思ったのだ。

「是非ともそうしてくれ。彼らもきっと浮かばれるだろう」

 そうしてくれるとありがたいと落ち込んでいた慧音が小さく笑みを浮かべて言った。


―4月19日 人里―


 目が覚めた日は一日中布団の中にいて身体を休めることに専念した。
 一週間も眠っていたので疲れ事体はなかったがそれでも念には念をということで二人に強く言われてしまったのだ。
 反論したくとも抜け出したりしたら布団に縛るなどと脅してきたので仕方なくそれに従うことにした。
 翌日食事を終えてから二人に案内され亡くなった者たちの家に向かった。まだ経った一週間しか経っていないということで残された家族の様子はかなり酷く落ち込んでいるものだった。
 それを見てもっと早く“力”に覚醒していればと後悔の念を抱いた。
 しかしそう後悔しても意味はないとすぐに理解する。
線香を上げ、手を合わせる。
そこにいない者たちから励まされたような気がした。あくまでもそのような気であるが、そのような考えを持つというのは守るために戦った者たちを愚弄することと同義だと思ったからだった。
 線香を上げ、手を合わせ終わった優也は二人と共にその家々を後にする。
 すすり泣く家族のその姿を見て、何もして上げられない無力さを初めて感じた。胸が引き裂かれるような痛みを初めて感じた。
 各家を回りながら人里を案内してもらった。今日は寺子屋が休みだということで慧音も巡回のついでで二人と一緒に行動していた。
 そろそろお昼になるころだった。どこかで食事をしようとなり、食事処へと向かうことにした。

「いらっしゃい! おや、慧音先生に妹紅さん……それに、どちら様でしょうか?」
「やあ、店主。こちらは外来人の綾崎優也くんだ」
「もしかして……一週間前に広場の騒動に巻き込まれた少年って」
「ああ、コイツのことだぜ。今はぴんぴんしてるから大丈夫だ。なあ?」
「まあな」

 カランカランと音が鳴り、三人が店の中へと入る。音を聞きつけて調理場の方から顔を覗かせた男性が親しいように声をかけてきた。
 どうやらこの店の店主のようだった。
 慧音と妹紅のことを知っているのは人里の住民なら当然だろう。その二人と一緒にいた優也に対して誰だろうかという視線を向けている。
 挨拶と共に慧音が紹介してくれた。すると男性は何かを思い出したかのような表情を見せる。そして一週間前のことを切り出す。
 人里の住民たちにはほとんど被害はなかった。しかしその騒動において巻き込まれた数少ない人物がいた。それが外来人である優也だった。
 逃げ遅れてしまった少女を助けたということもすでに知られている。その後に気を失ってしまい、目を覚まさないと心配されていたが、目の前には元気そうな様子で立っている。
 テーブル席に座りながら妹紅がその少年が優也だと説明する。
 ただ一人の人間でしかないのにこうも噂が広がっていることに驚きを隠せない。狭い人里だからこそすぐに人の耳に入ってしまうのかもしれない。
 一週間前に終わった妖怪騒動。あれが果たして妖怪といえるものなのかは分からない。そう考えていると正面に座っていた慧音がスッとメニューの書かれたものを差し出してきた。その白く細い指がある一点を指し示していた。
 そのメニュー表らしきものに書かれていた文字――“特製蕎麦”。
 おそらくはこの店の名物か何かなのだろうと思う。

「ここの店は日中は普通の食事処として営業しているけど、夜になると居酒屋にもなるんだ。色んなメニューがあるけれど、私はこの“特製蕎麦”が気に入っている。結構人気なんだぞ?」
「なら私もそれでいい。お前はどうするんだ?」

 酒屋というものもいくつか人里の中にはあるらしい。しかしほぼ二十四時間営業というところはほとんどないのだという。
 そう言われると遠くの方にある部屋の中がチラリと見えるが、そこには夜通し酒を飲んで眠ってしまったのか赤色のツインテールに青い服を着た女性が眠っている姿があった。
 とはいえまだ未成年の優也にはほとんど縁のないものだ。どうでもいいと片付ける。
 その蕎麦以外にも色々なメニューがある。
 だがどうせ今日明日にはここから帰ることになるのだ。折角なのだからおいしいものを食べていきたいと思う。

「俺もそれでいい」

 受け取っていたメニュー表をパタンと閉じてもとの位置に戻す。
 慧音が声をかけ、やって来た店員に蕎麦を三つ頼む。
 注文を取り終えた店員が奥の方に戻っていく。料理ができるまで少し時間があるということでこれからの予定を考えることにする。
 優也としては早く戻りたいというのが本音だ。まったく知らない土地に飛ばされて、それも望んでいたわけでもない。
 それにこの世界に来てほとんど心休まることはなかった。知らない湖のほとりに落とされ、危険な森の中を歩く羽目になり、それを抜けたと思ったら悪戯好きの妖精たちにあわや殺されかけた。
 ようやく人里に着いたと思ったら突然の妖怪騒動。
 何故あの時現場に足を運んでしまったのか、今になっても優也には分からなかった。自分の意志からではなく、まるで何かに引き寄せられた、何か強い力に導かれるようだったのだ。
 妖怪のような異形に襲われ、傷を負った。
あそこまで傷を負ったのは初めてだった。正直怖かったし、逃げたくもあった。だが助けようと思った少女を見てどうしてもそうできなかった。
 そして最後にイゴールが言う“ペルソナ”という力に覚醒した。何故その力を手にすることができたのかはイゴールも教えてはくれなかった。“ベルベットルーム”に入ったからなのだろうか。しかしそんな素振りを二人は見せたことはない。あくまでも傍観しつつ、助言をしてくれる程度だ。
 “ペルソナ”について話をしている三人であるが、慧音たちにイゴールとアリアのことを説明しても姿のない二人を信じさせるのは難しいだろうということで省いていた。

「それにしても“ペルソナ”か……そんな能力は幻想郷じゃ見たことないな」
「外から来た外来人がふとしたきっかけで能力を得るというのは珍しいことじゃないが……。とはいえしようもないものがほとんどだけどね」

 “どこにいても北の方角が分かる程度の能力”や“天気が分かる程度の能力”などと戦闘にはまったく役に立ちそうなものではない。それにそのような能力を得たからといってこの世界に留まる外来人はほとんどいない。
 しかし優也の得た力はそのような能力と比べて明らかに戦闘に特化したものだ。
 慧音の“歴史を食べる(隠す)程度の能力”や妹紅の“老いることも死ぬこともない程度の能力”ともまた違い、完全に戦闘だけに特化しているようだと二人は考えていた。
 幻想郷的に言うならば“ペルソナを操る程度の能力”であろうか。

「“ペルソナ”とはもうひとりの自分自身だったな。ならどうして、あの時現れた“ペルソナ”は“女性”だったのだ?」
「さあな? 俺にも分からない」

 知らないことを説明しろと言われてもそれ以上言うことはない。
 もうひとりの自分と言われ、もしかすると自分は特殊な性癖でも持っているのだろうかとふと不安に思う。絶対にないと思いたい。
 二人に説明したことはほとんどがイゴールの言葉をそのまま伝えただけである。詳しいことなどは今度“ベルベットルーム”に行った時にでも聞いてみようかと思った。
 そんな優也に対して喫煙席であるためにタバコを片手に頬杖をかいていた妹紅が言う。

「まさかお前……女装――」
「そんなわけあるか! ふざけたことを言うな!」

 不安に思っていたことを的確に突かれ、思わず叫んでしまう。
 ニヤニヤと笑みを浮かべる妹紅。からかわれ、ぐぬぬぬっと唸るしかできない。
慧音はそんな二人を見てやれやれと言うように苦笑いを浮かべている。
 話をしていたために時間が来たのか料理が運ばれてきた。お盆に乗せられた三つのどんぶりの中には「特製蕎麦」と呼ばれているものがあった。
 幻想郷での数少ない楽しい思い出になるかもしれない。せめて味わうくらいはしないといけないだろうと思った。


―4月19日 博麗神社―


 昼過ぎに人里を出ていた優也と妹紅。二人は優也が幻想郷から外の世界に戻るために博麗神社を目指すべく、道を歩いていた。
 空を飛べれば苦になるような距離ではないのだが、優也にはそのような能力はないために仕方なく歩くことになっていた。
 妹紅にとっても日常的に空を飛ぶということはしない。基本的に“迷いの竹林”というところと人里の間を往復するくらいが行動範囲であるからだ。
 それ以外の場所に行くというのはあまりしない。
 というのもほとんどの場所をもう何年も前に訪れているために向かう必要性がなかったのだ。目的というものもない。
 こうして博麗神社の方に向かうのもいつ以来だろうか。そんな風に当の昔忘れてしまったものを懐かしむようにして歩を進めている。
 隣には優也がこの世界にきたときと同じ服を来て歩いている。護身用にか、慧音から渡された脇差が一本手に握られている。
 博麗神社に向かう途中何があってもおかしくはない。人里から離れた場所にあるために途中長い距離を移動しなければいけない。途中には獣道も存在し、当然のようにその辺りには妖怪たちが存在している。
 特に悪さをしない限りはその妖怪たちを討伐するようなことをしないためにいつの間にかその周辺は妖怪たちの魔窟のような場所に変わっていたのだ。
 さらにその博麗神社に住んでいる博麗の巫女の知り合いのほとんどが人外だということからなのかとても人里からそこに行こうとする勇気ある人間はおらず、当然のように獣道はさらに荒れているのだとか。
 何度か宴会に参加をしている慧音から聞いたことだった。
 その話の通り周りは手入れの行き届いていない獣道が続いている。いつ妖怪が現れてもおかしくはない空間である。
 とはいえそこらの妖怪に後れを取るようなへまはしない。妹紅はいざとなったら隣を歩く優也を守らないといけないなと思っていた。

「くそ……さっきから鬱陶しいな」
「気にしてたらきりがないぞ?」

 ぶつくさ言いながら歩く優也。顔に触れるようにして現れる枝を振り払う。空からの太陽の光があまり差し込まないためにやや薄暗い。とはいえ日中であるためにそれほど苦にはなるような状況ではない。
 もう何度目かの行動をとる優也よりも少し先を歩きながら言う。
 とはいえ妹紅も少しは手入れをしろと言いたい気分ではあった。いつも神社に足を運ぶ者たちが空から来るからいいものを、こんな荒れた道を歩きたがる人間がいるわけがないと貧乏生活を続けていると聞いている今代の博麗の巫女に対して呆れを感じていた。
 それでいてお金には人一倍意地汚いとくる。
 今回の依頼においてもお金をせびられる場合もないとは考えられない。普通ならそんなことを考えることはないのだろうが、今代の博麗の巫女に対する周りからの印象からしてそう考えざるをえなかった。
 ザッザッと地面を踏みしめる音が聞こえる。
 その音は二つ。いつもはひとつしか聞こえないということもあり少し気になる。脇差を手にわざと少しだけ鞘から刀身を抜いてみたりしている優也の姿が目に映る。こうして誰かと歩くのも久しぶりに感じる。
 ほとんどが慧音なので、他の、それも「人間」と歩くのは本当に久しぶりに感じる。それは自警団の手伝いを除いてのことだ。
 こういうのもたまにはいいものだと、そんな風に思う心がまだ自分にあるということを少し意外に思う。

「で、後どれくらいなんだ? 今向かってる博麗神社って」
「焦らなくてもすぐに帰れるって。この道を抜ければ後すぐだ」

 優也も一応体力に自信はあるほうだ。
 しかしここまで長い距離を歩いたことはない。それに歩く道の悪さもあいまってか普通の道を歩くよりも体力を奪われやすくなっていた。そのために疲れからか表情には出ていないが少し苛立ちが感じられる口調だ。
 そんな優也を宥めるように言う。視線の先には獣道の出口らしきものが見える。ぼんやりとであるが長い石段のようなものも見えなくもない。
 ようやく獣道を抜けた。一気に太陽の光が降り注ぎ、薄暗かったのから明るくなったために思わず目を細める。
 手を翳して日陰を作る。
 人里を出たときよりも太陽が相当動いているのが見て取れた。長い時間獣道を歩いていたのだと分かる。
 そしてさらに優也が向けた視線の先には上に向かって伸びているかなりの段数のある石段があった。ここまで歩いてくるのにかなりの体力を使ったというのにさらにこの数の石段を上らなければいけないとなり、内心辟易する。

「どうした? 後これを昇れば博麗神社だぜ?」

 隣に立つ妹紅が言う。
 これを昇りきり、そこにいる博麗の巫女という存在に頼み込めば元の世界に戻ることも可能なのだ。もうすぐなのだと疲れからか重くなった足に鞭を打つようにして歩き出す。
 長い階段を一段一段踏みしめていく。
 その一歩一歩がこの世界、幻想郷から離れていくようなものを感じさせてくれる。
 別段優也はこの世界に思い入れというものはない。ただ勝手に連れてこられて、とんでもないことに巻き込まれた。むしろ危険な世界なのだと思うくらいだ。
 この世界に住む者たちが嫌いだというわけではない。世界の時代というものが古いためなのかそこに住む者たちは互いに支え合っているように見える。
 しかし優也の住んでいたところでそのような姿はほとんど見なかった。
 ほとんどを都会で生活をしていためなのかあまりのそのような姿を見たことがなかった。見るといえば誰よりも上に立つために誰かを蹴落とすような者たちばかりだった。特に進学校ともなればそういうものが顕著だ。
 あいつよりも一点でも多くの点数をと……学校でも、塾でも、家においても。まるでお経を聞かされるかのようだった。
 そんな風に考えているといつの間にか頂上に辿り着いていた。目の前には大きな鳥居が存在している。そこには確かに“博霊神社”と刻み込まれている。やはり古い神社なのだろう。鳥居も少し年季の入っているもののように見えた。

「歩いてくるのってこんなにも大変だったんだな……いつもは空を飛んでるからすっかり忘れていたよ」

 妹紅の顔にも少しだけ疲れの色が見える。
 “人間”である彼女がどうして空を飛べるのかはこの際聞くことはしなかった。どうせ聞いたとしても後数分の内にはこの地から離れることになるのだ。聞いたとてなんら意味はないということで記憶の奥へと押しやる。
 ゆっくりと鳥居をくぐる。参道は綺麗に掃除されているようで、地面に落ちている周りの木々からの木の葉は隅の方にまとめられている。
 その先に拝殿と賽銭箱が見えた。拝殿のところに紅白の巫女服を着た黒髪の少女の姿があった。おそらくあの少女が博麗の巫女なのだろうと分かる。
 しかし見た目は巫女なのだろうが、よく見るとどうしてもそうは思えなかった。
 なにせ彼女は手元にお茶請けの煎餅の入ったお皿を置き、ゆっくりとお茶を啜っていたからだ。巫女がどのような仕事を日頃行っているか分からないが、それでも日中何もせずにお茶をのんびりと啜っているというのはないだろう。

「なあ、妹紅……あれが博麗の巫女なのか?」
「まあ、普通はそう思うよな……でもアイツが紛れもなく幻想郷の平和の象徴的な存在の博麗の巫女だ」

 呆れを珍しく表情に表している優也が妹紅に尋ねる。「だよな」と同意するように彼女も言う。
 この世界は外の世界と陸続きになっている。
 しかし八雲紫による現実と幻想の境界を分ける結界及び、この博麗神社を基点に張り巡らされている“博麗大結界”というものによって完全に分け隔てられた一つの世界として独立しているのだ。
 その「博麗大結界」の安定を担っているのが彼女であるはずなのだが。
 二人がそんな彼女に方に向かって歩いていく。境内の方でゆっくりとしていた彼女であるが、地面を踏みしめる音に気付き、二人の方に視線を向けた。


―4月11日 博麗神社―


 暖かな太陽の光が降りそそぐ。境内の屋根で遮られ、直接当たることはない。
そんな境内で一人の少女がゆったりとした時間を過ごしていた。
付近にはお茶請けの煎餅を入れたお皿、両手に持たれた湯飲み茶碗。冷たいお茶を飲みながらのんびりとしているこの紅白の巫女服を着ている少女こそ、この博麗神社の巫女である“博麗霊夢”である。
 特に何もない一日となりそうだと思っていたのだが、鳥居の向こうから地面を踏みしめる音が聞こえてくる。
 一体誰だろうかと思いながらも、特に興味を持つことなく黙々とお茶を啜る。
 その足音が近づいてくる。参拝か客か何かだろう。それにしてもこんなところまで来る参拝客が果たして人里にいただろうか。
 普通であればそれが可能になるように霊夢自身が博麗神社までの道を整備しなければいけないのであるが、面倒だということでまったく手をつけていなかった。
 確かにそうなるとほとんど収入がなくなる。だが幼い頃からの知り合いである妖怪からは定期的な収入というものは貰っている。もちろん妖怪退治や異変の解決などをした報酬的なものだ。最低限の“博麗の巫女”としての役割を果たさなければ今頃彼女は餓死していてもおかしくはない。当然それをその妖怪がよしとするはずもないが……。
 今回の参拝者がどれくらいのお賽銭を入れてくれるだろうか。そんな風に考えながらその足音のする方向に視線を向けた。
 そこにいたのは二人の男女だった。
 ひとりは白い髪にワイシャツとモンペを着ている女性だ。確か人里に住む妖怪退治をしている一人だったはずだと思う。
 もう一人は知らない少年だ。その来ている服装からしてこの世界のものではないというのが分かる。

 ――ハア……またなのかしらね。

 おそらく外来人なのだろうと思う。
 こんなことは久しくなかったが、やはり面倒だということには変わりない。
 この世界に来てしまう理由はかなり限られている。
外の世界に忘れられるか、何らかの力を持っているために結界を越えてしまうため。最も有力なのは彼女の知り合いの妖怪がその能力を使って連れて来てしまうということだ。
 大抵連れてこられる人間はその世界に対して絶望し、必要とされなくなった、いわば自殺願望者や社会不適応者である。
 目の前の少年が一体どんな理由でここに来たのかは分からないが、少なくとも霊夢にはそんなことはどうでもいいことだった。
 少し向けられる視線が気になる。
 大方巫女らしくないとでも思っているのだろうと考える。そんなこともまた彼女にとってはどうでもいいことだ。

「よお、博麗の巫女。ちょっと頼みたいことがあってきたんだけど、いいか?」
「良いか、悪いかの二択だったら――悪いわね」
「悪い? お茶を飲むのに忙しいのか?」
「そうよ。前から頼まれてた妖怪退治が解決したからやることがなくなったのよ」
「なら暇なんじゃないか。その頼みたいことだってお前にとっては本職のものなんだからな」

 白髪の女性が頼み込んできた。
 姿とは裏腹に彼女が纏っている雰囲気というのは相当な風格を誇っている。なんというのか年上の風格というものだろうか。
 姿が変わらずに年を重ねたみたいだ。
 話しかけられた霊夢であるが「フウッ」と小さく息を吐き、「今は忙しい」と言う。彼女にとって箱のゆっくりとした時間を邪魔されたくないのだ。時折やってくる“白黒魔法使い”や“年中酔っ払っている子鬼”、“厄介ごとを持ち込んでくる妖怪”などに邪魔されることがあるのだ。
 霊夢にとってこの時間こそ何よりも楽しみなのだ。周りからは妖怪を力でねじ伏せるために“暴力巫女”などと言われているが力があるのだから仕方のないことなのではないかとも思う。
 それにそれ位しなければまた暴れられる危険がある。自分には敵わないのだと分からせるくらいに徹底的にやるべきだというのが霊夢の心情的なものだった。
 「忙しい」と言われた白髪の女性。
 そうなのかと本当のことを知っているような表情を見せる。ああやはり楽しい時間は終わりを告げたのかと胸中でため息をつく。
 人里の住民を襲う妖怪がいるからと最近色々と動き回っていたがまったく手懸かりを得ることができずに難航していた。
 しかし昨日の内にそれが解決してしまったというのだからすっかり暇を持て余していた。
 だからといって自分から積極的に巫女の仕事をしようとは思わない。
 すると促すように白髪の少女が霊夢に対して再度話しかける。大方一緒にいる少年のことを外の世界に戻せというのだろうと霊夢は簡単に想像がつく。
 そうすることもまた彼女の博麗の巫女としての役割の一つなのだ。

「何よ、だったら手短に話してくれない?」
「やっとやる気になってくれたか。ほら、優也」
「ああ……」

 仕方ないと思い投げやりな感じに霊夢は言う。
 特にそんなことにいちいち注意してくることはない少女。隣に立つ少年――優也に話すように背中を押す。
 心なしか疲れている表情を見せている。
 おそらくここまで歩いて来たのだろうと思い、少しだけ同情した。とはいえ以前連れてこられた外来人たちは高速で空を飛んできたり、隙間による恐怖体験をしたりした者たちだった。
 一秒でも早く帰してくれと懇願されたのを覚えている。それだけその者たちの迫力にインパクトがあったのだろう。
 目の前に少年が立つ。
 黒い髪は全体的にややクセが目立つ。手入れが行き届いていないというわけでもない。目がやや細いために目つきが悪いようにも見える。しかし意識的に睨みつけているというわけでもなさそうだ。
 その腰には脇差のようなものがある。おそらく護身用にと持たされたものだろう。
 とにかく要件は一体何なのかと分かりきっていることを尋ねる。

「お前が“博麗霊夢”なんだな?」
「いきなり“お前”呼ばわりされるとはね……まあいいわ。で、何の用かしら?」
「博麗の巫女に頼めば元の世界に戻してもらえるというのを話で聞いた。悪いが元の世界に戻してもらえないか? もともと来たくてきたわけじゃないからな」
「別にそれは構わないわ。話からしてまたあいつね」
「……あいつ? まさか、八雲紫という妖怪のことか?」

 いきなり名前を呼び捨てで言ってきた。
 少し礼儀というのがなっていないのではないかと思ったが、いちいち小さなことを気にするつもりはない。
 どうでも言いというように要件を尋ねる。
 大方人里で自分のことと博麗の巫女のことを聞いたのだろうと思う。霊夢が幻想郷に迷い込んでしまった外の人間、優也のような外来人と呼ばれる存在をもとの世界に戻す役割を担っているからだ。
 案の定外の世界に戻して欲しいときた。
 それに優也がこの世界に迷い込んだ理由が霊夢の知っている妖怪の一人である八雲紫による仕業だったのだ。
 またなのかと呆れるようにため息をつく。
 彼女がこのようなことをするのは妖怪に対する食料的な目的のためと、もう一つは単なる暇つぶしという目的のためだ。
 連れてこられる者たちからすれば迷惑極まりない。
 連れて来る者である紫とは違って、霊夢は帰す者。連れてこられる者たちに対しては運がなかったわねと同情するくらいしかできない。普通ならば博麗神社に来る前に妖怪たちの餌になっていてもおかしくない。
 それでも生きているのは運がいいとしか言えない。
 目の前にいる優也もまた運よく人里に辿り着いたのだろうと思う。

「あいつがこんなことをするのはよくあることよ。運がなかったわね」
「まったくだ……」

 そう呟き深いため息をつく。
 それを見て戻さない限り何度もここにやってくるだろうと思う。この世界も別段悪くは ないように思う。外来人が全員もとの世界に戻るということはない。ごく僅かであるがこの世界に留まる者たちもいる。
 しかしほとんどが元の世界に諦めが付いてしまった者であるが。
 目の前にいる優也はそうではないようだ。何か目的があるのかは知らない。しかし戻りたいというのであればそれをとめる権利は誰にもない。ゆっくりとしたい時間を削られるわけにもいくまいと思い、霊夢は立ち上がる。

「しょうがないわね。仕事だからね、一応……」

 面倒くさそうに言う。
 そこで霊夢は優也に対して何かを請求するように手を差し出す。一体なんだというような視線でその手を見つめ、それから霊夢に視線を向ける。

「……なんだよ?」
「「なんだよ」……じゃないでしょ! お賽銭よ、お賽銭! 神社で何かをしてもらうのなら普通お賽銭を入れるでしょ! まさか無料(タダ)でやってもらおうとなんて思ってるんじゃないでしょうね?」
「なあ、妹紅……お金がいるのか?」
「らしい、な……。まさかここまでとは……」
「まじかよ……」

 その手が何を意味しているのか、優也には理解できなかった。
 そんな優也に対して霊夢は苛立ちのこもった声でお賽銭を要求する。それを聞いて優也と後ろに立っていた妹紅はそれぞれ呆気に取られた様子と呆れた様子を見せている。
 仕方ないと思い霊夢が指差している賽銭箱の前に立つ。中をチラリと覗き込む。そこには閑古鳥が鳴いているかのように小銭の一枚も入っていなかった。呆れを通り越して、彼女に同情の念を抱いた。
 尻ポケットから黒の革財布を取り出し小銭入れを見る。そこには数枚の硬貨があった。
 取り敢えず何かの縁なのだろうと思いながら五円玉を取り出し入れようとした――それを霊夢に蹴られることで叶わなかった。

「ふ・ざ・け・る・あああぁぁぁ!」

 わき腹に蹴りを受けた優也はそのまま横に飛ばされた。
 地面を滑るようにしてようやく止まる。
 いきなりのことに呆然とした表情を見せていた優也であるが、流石にあまり感情を露にしないとはいえ、今のは我慢ならない。

「痛っ……な、何をしやがる!」

 後頭部をぶつけたためか手を添えている。
 怒りを見せながら霊夢に向かって睨みを向けている。当然優也と一緒に来ていた妹紅もこのことに対しては理解ができないでいた。

「おいおい、今のは巫女のすることかよ……。あいつが何をしたっていうんだ? 賽銭だって入れようと――」
「何を……? たったの五円で外に帰りたいっていうの!? こういう頼みごとだったら普通もっと入れるでしょうが」
「むしろ金を取るだなんて今まで聞いたことないぞ? まさか今代の巫女から始まったルールなのか?」

 妹紅が呆れたように言う。
 彼女の言葉を遮るようにして偉そうに腰に手を当てて一気にまくし立てる霊夢。
 ここに来る前に二人で話していた霊夢についての噂というのは正しかったとようやく確信する。
 力があり、確固たる地位というものも自分と同い年くらいの少女とはいえ持っている。それなのにここまでお金に執着するのはなぜだろうかなどとは考える必要もない。
 蹴られた優也は服についたほこりを払いながら立ち上がる。
 ある程度理由を予想できたのでこれ以上怒る気にもなれなかった。
 良い意味でも悪い意味でも、少しだけだが霊夢のことを知れたような気がする。
 とはいえわざわざ参拝にお金を余剰に入れる必要性を感じない。
 お金の量で神社などに必要な信仰というものが集められるというわけでもないだろう。

「まあいいわ……どうせ定時収入がそろそろはいるでしょうし」
「なら俺は蹴られ損かよ……」

 疲れたように言う優也の言葉を無視して霊夢は歩き出す。
 その先にあるのは鳥居とさらに下に降りていくための石段しかない。付いて来ず、立っている場所から動こうとしない二人に肩越しから視線を向ける。
 その緯線の意図を汲み取ったのか、二人は視線をあわせ、取り敢えずというように歩き出す。
 鳥居の前に立ち霊夢は何かを呟く。長い呪文というのか、祝詞というのか。とりあえず元の世界に戻すための準備をしているのだということは分かる。
 何もない、ただの鳥居だったものの空間が捻じ曲がる。そしてまるで曇った鏡のようなものがそこに張り出されているのが見えた。
 作業を終えた霊夢が一息入れる。
 振り向いた彼女がその中に入るように言う。
 大丈夫なのだろうかというのが優也の本音だ。だがその中に入ればこの摩訶不思議な世界から帰ることができる。それを望んでいるのは確かなはずだ。
 確かな不安と期待を胸に優也は言われるがままに足を踏み出す。チラリとここまで一緒に来てくれた妹紅に視線を向ける。
 彼女も視線を向けてくれて、それからは「元気でな」というようなものが感じられた。
 真っ直ぐにそれを見つめ優也は正面まで歩み寄る。後はこの中に入るだけだった。
 だが後ろ髪を引かれるような、そんな感じがして思わず振り向いてしまう。この世界で起きたことは確かに“夢”ではなく“現実”なのだ。
 それにイゴールたちとのやり取りも気になる。
 “契約”と言われたそれから果たして逃げられるのだろうか。もともとそれを了承した覚えもない。勝手に押し付けられた、それを“契約”とは言えないのではないか。
とはいえ……もう、どうでもいい――。
 目の前の境界を通り抜ければ元の世界に戻れるのだから。ゆっくりと手を伸ばし、それに触れた――その時だった。

「っ!?」
「「なっ!?」」

 触れたその瞬間にその境界の奥から何かが飛び出してきたのだ。それが真正面にいた優也に体当たりを喰らわせる。突然のことにまったく構えることもできずに、まともに受けた優也はその場に倒れこむ。
 一体何が起きたのか。慌てて視線を向けるとそこには昨日人里に現れたものと同じようなとても生物とはいえない黒いスライム状の異形がそこにいたのだ。
 キョロキョロと自分が現れた場所を確認するように空洞状の双眸を動かしている。
 いきなり現れたことに三人は唖然として動くことができない。

「ちょ、何よあれ……まさか妖怪?」
「あれがお前に依頼していた妖怪の一種だ。でもなんで、確か昨日の内に討伐されたはずじゃ……」
「そんなことよりなんで結界から出てくるのよ。ええい、とにかくぶっ飛ばせばいいことよ」

 そう叫ぶと共に霊夢は巫女服の仲から数枚の御札を取り出す。巫女ということで浄化の札であろうか。
 それを現れた異形に対して投げつける。それらが異形に張り付き、光を放つ。

「これで終わり――」

 いつものように終わったと思う霊夢。
 しかし次の瞬間、獣の咆哮とも取れる声を上げた異形に張り付いていた御札が木っ端微塵に吹き飛んだのだ。
 まさかというように目を見開いて驚く。
 驚いている霊夢に対して一気に接近してきた異形がその二本の腕を叩きつけるようにして振り下ろしてきた。
 ハッとして慌てて空を飛ぶことでその攻撃を回避する。
 気が霊夢に向いている隙をついて妹紅が拳に炎を纏ってそれに殴りかかる。強烈なストレートがそれに叩き込まれ、ボールのように境内を跳ねる。
 怒ったように声を上げる異形。炎を放ってきたが妹紅にはまったく効果がない。
 きょろきょろと空を飛んでいる霊夢と拳を構えている妹紅の二人を交互に見る異形。背後から近づいていた優也には気付いていない。
 脇差の鞘から刀身を抜き取る。素早く両手で構え、上段から気合の入った一刀両断が振り下ろされる。
 その刃が切り裂いたのはその異形が横に逸れることで現れた地面だった。地面を数センチ切り裂いたところで埋まっている刃。それを慌てて抜き取ろうとする優也であるが、それよりも先に異形が腕を振り下ろしてきた。
 ――か、交わせないっ!?
 迫るその腕を見つめながら優也はそう思う。逃げ出すこともできたかもしれないが、まるで脇差と手が一体化したように離れなかったのだ。
 やられる――そう思った瞬間だった。
 足元から光の放流が現れ、突然の突風に攻撃を放とうとしていた異形が弾き飛ばされたのだ。
 慌てて頭上に視線を向ける。霊夢たちの視線もそこに向けられている。
 そこにいたのは白い羽を持った、文字通り天使のような姿の存在だった。

『わたしは「エンジェル」。共に往く覚悟なら出来ております……』

 その声が耳に入ってくる。
 助けてくれたのかと、あの時の“アルトリア”同様に優也の元から現れた存在――ペルソナ。
 その“エンジェル”のアルカナは正義。霊夢とのコミュニティによって生み出された二つ目のものだ。イゴールの言った言葉を思い出す。“ペルソナの力”をより強くするのは“コミュニティ”だということを。
 しかし何故彼女との間に“コミュニティ”が形成されたのか。まるでそれはこの世界に優也を繋ぎとめる鎖のようにも感じられた。
 ハッとして気付く。目の前に再び異形が迫っていたのだ。慌てて地面を転がるように襲い掛かってきたそれの攻撃を交わす。空と離れたところから霊夢と妹紅の二人が御札と火球による攻撃を放ってくる。
 それが異形を叩き、外れるものは地面を抉っていく。着弾音が無音だった博麗神社の周りに響き渡る。まるで小さな戦争が起きているような状況になっている。
 二人だけに任せるわけにもいかないと優也は新たに召喚した“エンジェル”に対して指示をする。

「“エンジェル”! “ガル”!」

 先ほど同様に突風が発生し、異形にダメージを与えていく。
 弾き飛ばされた異形が丁度良く妹紅の元へと転がる。それに対して上空にいる霊夢に対して送るようにサッカーボールを蹴るようにして蹴り上げたのだ。

「博麗の巫女、後は頼んだぞ」
「いらないわよそんなもの! ええい……神霊「夢想封印」!」

 空を見上げながら腰に手を当てて上にいる霊夢に対して言う妹紅。
 厄介ごとを押し付けられた霊夢はその張本人である妹紅に対して噛み付くようにして叫ぶ。
 迫っていた異形に対して仕方ないと言う様に一枚のスペルカードを取り出してそのスペル名を宣言した。
 色とりどりの光求が妹紅によって蹴り上げられた異形をその名の通り封印するかのようにして取り囲むように放たれ、その全てが着弾し、爆発した。
 異形は爆発と共に黒い靄となって消滅した。
 終わったのかと途端に静かになったことでそれを確信する。召喚していた“エンジェル”が空間に解けていくように消える。胸の辺りが一瞬だけ温かくなるのが分かった。おそらく初めて“アルトリア”が一枚のカードとなり、優也の中に溶け込むように入った時と同じなのだろう。
 終わったのを確認した霊夢が降りてくる。優也の元に離れていたところにいた妹紅も歩み寄ってきた。

「一体なんだったのよ、あれ。大結界から出てくるだなんて、全然異常なんて見受けられなかったのに……」

 自身が結界の管理者であるために異常を見つけられなかったことに少しショックを受けているようだ。
 顔にこそ出ていないが少しだけ纏っている雰囲気が重くなっているのが感じられた。

「取り敢えず倒したんだからいいんじゃないのか? それに――」

 もうそのような存在が結界から出てくる様子は見受けられない。それにそろそろ元の世界に戻りたい。その気持ちがはやったためか少し強引さを感じさせる言い方になってしまった。
 それを聞いて少し気分を悪くしたのだろう、ムッとした表情を見せる霊夢。それを見てしまったと内心思ってしまう。
 しかし一度出てしまった言葉を戻すこともできず、三人は離れていた鳥居のところにもう一度向かう。結界自体には異常は見られない。後は通り抜ければいいだけだと霊夢がもう一度結界の調子を確かめた上で言う。
 先ほどの異形の姿はもう見られない。ならもう安心だろうと思い、優也はゆっくりと手を伸ばし、結界に触れようとする。

「もう迷い込むなよな」
「分かってるさ……」

 触れようとした時、妹紅が後ろからからかうように言ってきた。
 ふと手を止め、望んで迷い込んだわけじゃないと、優也は疲れたようにため息混じりに呟く。
 外の世界ではどれくらいの時間が経っているだろうか。
 結界だけで分け隔てられているだけのこの世界。時間の流れまで変えることは不可能だと考えると優也自身は数日も行方不明になっていることになる。
 とんでもないことが起きているのではないかとふと帰るのが面倒くさく感じられた。
 だが留まる理由はない。誰が訳も分からない世界に残るなどという選択肢を選ぶだろうか。そこまで自分の人生を諦めているつもりはない。
 そう思いただ一言呟く。

「世話になったよ……ありがとう」
「へぇ、ちゃんと御礼は言えるんだな。感心感心」
「いくら御礼を言われても物は買えないわよ」

 そっぽを向きいつもとは少し違う素直なところを見せる。
 それをきょとんとした様子で見ていた妹紅は意外だと言うような妙な言い方で褒める。隣に立っていた霊夢は、折角の給金がたったの五円だったということにあからさまに不機嫌さを顔に表している。
 今度こそ本当にこの世界とお別れだ。
 色々あったが衝撃的過ぎて、優也にとっては少し刺激が強すぎた。確かに刺激を求めていたかもしれないが、この世界にいては胃もたれしそうだ。
 今までどおりの普通の生活に戻ろう。
 きっとこの結界を通り抜ければ全て元通りなのだ。そう、全て――。
 ようやく戻れるのだという安堵感と共に一抹の不安を抱いて結界の中へと消えていくのだった。




後書き
 ここまで読んでいただきありがとうございます。まだまだ序章に過ぎませんがこれからも読んでいただけると嬉しいです。
 今後も加筆修正を加えての投稿を続けていきたいと思います。作者が見落としているところもあるかもしれないので、発見した時にはお知らせしていただけると嬉しいです。
最後にここまで読んでくださったみなさまに最大限の感謝を。
 それでは!!

コミュ構築

愚者→???
道化師→???
魔術師→???
女教皇→???
女帝→???
皇帝→???
法王→上白河慧音
恋愛→???
戦車→???
正義→博麗霊夢
隠者→???
運命→???
剛毅→???
刑死者→???
死神→???
節制→???
悪魔→???
塔→???
星→???
月→???
太陽→???
審判→???
世界→???
永劫→???

我は汝……汝は我……
汝、新たなる絆を見出したり……
絆は即ち、まことを知る一歩なり。
汝、「法王」のペルソナを生み出せし時、
我ら、更なる力の祝福を与えん……

我は汝……汝は我……
汝、新たなる絆を見出したり……
絆は即ち、まことを知る一歩なり。
汝、「正義」のペルソナを生み出せし時、
我ら、更なる力の祝福を与えん……



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