前書き
 この作品は東方Projectとペルソナシリーズのクロスオーバーです。オリジナル主人公の他、キャラの性格などが若干不自然に思われたり、戦闘が異なったりするかもしれませんのでご了承ください。



 紅の満月が空に上がった時、月明かりに照らされた吸血鬼の影が動き出した。
 その影が内包していたのは憎悪と嫉妬。五百年近くにも及び幽閉されていたことに対する思いだった。
 だがそんな彼女を救い出したのは、彼女を助けたいと思いながらそれができなかった家族同然の者たちだった。
 そして闇の中にいた彼女を救い出すための道標を示してくれたのはただひとりの外来人の少年だった。
 ひとつの罪から介抱された彼女に与えられたのは仲直りという救いだった。
 しかし罪はそれだけではない。その日、季節外れの桜が舞った。
 人々はその美しさに心奪われるようにして命をすり減らしていく。桜は命を貪るようにして喰らっていく。
 ひとりの女性が、仮面の舞踏者が、蓬莱の人形が美しき桜の木の前にて舞う。
 次なる大罪はいかなるものか……。

OPテーマ→凛として咲く花の如く
















 ―?月?日 ベルベットルーム―


「ようこそ、我がベルベットルームへ」

 大きなテーブルを中心に置き、ソファーがそれの周りを囲むようにしてある。
さらに以前は殺風景だった部屋の中にはさまざまなものが置かれている。
食器棚の中には新品同様のかなりの値が張りそうなお皿やコップなどが並べられており、床にはいつの間にか絨毯が敷かれている。
 別の棚には未成年であるために分からないが、高級そうなワインなどがずらりと並べられている。
 その一つのソファーに、やや背丈の低い老紳士が座っている。彼の名前はイゴール。このベルベットルームの主をしている人物だ。
 彼が人間ではないということは雰囲気で分かる。
だがこちらに対して何かをしようという意志は以前からは感じられない。むしろこちらに対して協力的な姿勢を見せてくれている。
 以前も気を失った時にこの部屋に来たことがある。
 優也の意志ではこの部屋にはまだ入ったことはない。
この部屋がどこから入るものなのか、それすら分からないからだ。
だが彼がこの部屋に呼び出す時というのは決まって何かがある前だった。
 なら今回も呼ばれたということは、また何かがあるということなのだろうかと思わず考えてしまう。
 折角穏やかなになったばかりだというのにと内心ため息をつく。
そんな優也の内面を悟ったのか、やや高い声でイゴールは小さく笑う。

「今回あなた様をここにお呼びしたのは以前もお話したことに関連したお話をするためであります」

 一体何だろうかと思いながらも耳を傾けたまま黙っている。
 こちらから尋ねても彼は自分のペースで話してしまうというのは以前までのやり取りでよく分かっていた。
 イゴールが今回読んだ理由は以前の話に関連したことを話すためだという。以前話をしたのはコミュニティやペルソナについてだった。

「お客様は今回の異変を解決なさったことにより、新たに星のアルカナを手に入れました」

 隣の小さなソファーに座っている彼の従者であるアリアがこちらに笑みを浮かべながら言う。
相変わらず人間離れした美しさを持つ女性だと思う。
彼女の膝元には開かれた分厚い本がある。そこには何かの写真が貼られている。しかしその写真は不思議なことにまるで小型のテレビのように動いているのだ。色は付けられていない、昔の白黒テレビのようだ。
 そんな分厚い本の上にキラキラと光の粒子を迸らせながら現れた一枚のカード。
その表面にはタロットカードでいう星のアルカナが刻まれていた。

「一人の人ならざる少女の運命を変えてしまうとは、いやはや実に面白い」

 相変わらず不気味な笑い声を上げる。
 人ならざる少女というのはフランドールのことだろうと分かる。だが運命を変えてしまうというのはどういう意味だろうかと思う。

「数多なる平行に連なる世界……そこには必ず運命の分岐点というものがございます」
「確か、以前も言っていた……」
「さよう、その運命の分岐点が一体なんだったのか、あなた様ならきっと理解しているはずだ。私からはそれ以上は申し上げられませぬ」

 なら話を振るなと言いたかったが、確かにその分岐点というものがどこだったのかは何となく理解していた。
 だが自分でなくてもそれはできたのではないか――そんな風にも思える。
 そんな風に考えていた優也に対してイゴールが言う。

「そこまでご自分を卑下なされるな。あなた様は真の絆を結ばれた。それはそう簡単にできるものではございません。それを成し遂げたご自分を誇ってもよろしいでしょうな」

 細長い指を組み直しながら言う。
 彼の言う通り、そうしても良いのだろうかと複雑だ。
 すると隣に座っているアリアが笑みを浮かべたままであるが、また別の感情を含んだ視線をこちらに投げかけながら言う。

「しかし油断は禁物でございます、お客様」

 その声には厳しさが見え隠れしている。
 もしかしたら彼女なりに心配をしてくれているのだろうかと、少しだけ自惚れた思考をしてしまう。そんな優也に対してぴしゃりというように彼女は言葉を続ける。

「未だに築かれた新の絆は数少なく、このままでは次の異変は厳しいでしょう」
「交友範囲を広げろと言いたいのか?」

 彼女の言葉を聞き、それからコミュニティの構築を進めろと言っているのだろうと自己解釈する。
それで間違っていないだろうと、雰囲気でそう思う。

「確かに……おお、そういえば先ほどのお話以外にもあなた様に伝えておかなければならぬことがございましたな」

 ついうっかりというように言うイゴール。
 見た目によらないなと思う。

「あなた様の前に現れたもうひとりの人ならざる少女についてでございます」
「フランと瓜二つだった……」

 そういえばあれは一体何者だったのだろうかと思う。
 彼女は自ら影と真なる我と言っていた。彼女が言ったことがフランドールの心の内に溜め込んでいたことなのだというのはその時のことで分かったが、何者なのかまでは分からなかった。
 視線を俯かせ、少し考えていた優也に対してイゴールが言う。

「あれは“シャドウ”――人間(ヒト)の精神の一面が具現化したものであり、同じく精神の一面であるペルソナとその存在は全くの同質の存在でございます」
「“シャドウ“……それにペルソナと同じ、か……」

 イゴールが言ったその言葉を繰り返すように呟く。
 あの時感じたペルソナと似た感覚というのはそう言う理由からだったのかと理解する。
だがひとつだけ腑に落ちないことがあった。
それは何故それらが同質の存在でありながら“シャドウ”の方は暴走しているのかということだった。
 優也の持つペルソナにはそのような兆候は見られない。同質の存在であるのにどうしてそうなのだろうかと思う。
 するとイゴールが。

「ペルソナと“シャドウ”……両者はほとんど同室の存在でありながら、双方の間には大きな違いがございます。それは至極簡単なこと――要はコントロールできるか否かの違いだけなのでございます」

 と説明してくれた。
 ふむと考えるように顎に手を添えるようにする。
 コントロールできるかできないか、それはつまり心を平常に保てるかどうかということなのだろうか。
 “シャドウ”が言う言葉は多少膨張されていたが確かにその本人がひた隠しにしていた感情というものだった。
フランドールの場合は小さな憎しみと嫉妬。
それが膨張されて激しい憎悪と殺意に変わっていたというのが紅魔館での異変でのことだった。
 ならばその“シャドウ”というのは誰にでもあるものということになる。
 そうなるとアリアが今後もこのような異変が起きることを示唆することから正直誰が起こすのか分かったものではない。
 幻想郷には人間だけでなく外の世界では幻想となってしまった存在が数多く存在している。それも実力の高いものから低いものまでさまざまだ。
低いものならまだましも、高いもの、今回のように紅魔館という幻想郷のパワーバランスを担っている箇所でそれが現れたりしたらどうなるだろうか。
 正直今回と同じ、それ以上のものになるだろうと思うとゾッとする。
 今回フランドールの“シャドウ”との戦闘以外でも殺されかけたのだから、今後も異変の度に殺されかけるなんてごめん被る話だ。
 そんな風に考えていた優也に対してイゴールが。

「心配めされるな。そうならないためにもこうして私たちが助力しているのですから。そしてこちらにあります、あなた様の心の海より生まれしペルソナの力が宿ったカード……私の最大限の助力として、これらを合わせてより強力なペルソナを生み出すことが可能でございます。しかしいくら心の海より無限に生み出すことができるとはいえ、あなた様の魂の器に収められるペルソナの数は限られております」

 顔に出ていたためか、安心させようとしているかのように声をかけてきた。
 彼の言葉は不思議と信じてみたくなる。
 無限に生み出される神話上の神魔や過去の英雄たちの形をなぞった姿の存在――ペルソナだがイゴールが言うように、優也がそれらをひとつの形として内包、憑依させることができる数は限られていた。さらに身の丈に合わないペルソナに関しては呼び出すこともできない。
 当然のことだと理解はしている。
 持つことのできないペルソナは再び心の海に帰るのかといえばそうではなく、アリアのその手にある分厚い本の一ページ、一ページに確かに形としてペルソナが管理されているのが見て取れた。

「そのために私がこうしてお客様の魂と同質の器を用意しているのです。こちらはペルソナ全書――お客様の生み出したペルソナをこうして管理しておりますのでご心配なさらず」
「ふむ、あなた様のいらっしゃる世界では、また時間が動き出したご様子。最後にご自身の今後を知るという意味で占いをしていきますかな?」

 そう言ってペルソナ全書を閉じ、その表面をまるで愛しむかのようにそっと撫でる。
それが自分の魂と同質の器だというのを聞いていたので、まるで自分を撫でられているかのように感じられ、少しだけむず痒かった。
 こちらにギョロリとした目玉を向けてきながらイゴールがそう言う。
 以前も占ってもらい、多少の違いはあったが概ね結果は当たっていた。不安を抱きたくはないが、備えあれば憂いなしというように心構えだけでもしておきたいと思ったので彼の提案に対して頷いた。
 イゴールがテーブルの上に手を翳し、横に振る。するとそこには数枚のタロットカードが定められた位置に置かれた。
 まずめくられた一枚は「隠者・逆位置」のカードだった。これは何かに対する疑い、真実を知ることができず、それが闇に葬られるということを暗示しているという。
 次にめくられた一枚は「運命・正位置」のカードだ。これは周りから認められる、よい方向への進展がされるということを暗示しているという。先ほどの「隠者・逆位置」のカードがやや不安を煽ったために、少しだけ胸が軽くなる感じがした。
 次にめくられた一枚は「塔・正位置」のカードだった。これは突発事故があるということを暗示しているという。これがやはり次の異変が起こるということを指し示しているのだろうと思う。
 そして最後にめくられた一枚は「恋愛・正位置」のカードだった。これは迷い解消ということを暗示しているという。つまり何か決断を迫られることになるのかもしれないと思った。
 総合してやはり今後も異変が起きるということには変わりはないとのこと。いつ何が起きても良いように、準備は怠らないようにと念を押された。

「旅路の先にある答えがいかなるものなのか……私たちもあなた様がそれを知るまでお供させていただきますぞ」

 そう言うイゴールの言葉は少しだけ心強く響いた。
 ゆっくりと意識が遠のくような感覚が襲う。
もう慣れてしまった感覚だ。
視界が狭まっていき、二人の姿が徐々に見えなくなる。
そして完全に意識がブラックアウトし、現実世界で優也は意識を覚醒させた。


 ―5月15日 人里―


 紅魔館での戦いで負った怪我はしばらく治療が必要だった。
 一応治療魔法によって応急処置は施されていたが、いくら魔女であるパチュリーでも医療方面は専門外であるということで永遠亭という迷いの竹林に存在する診療所のような場所を紹介された。
 永遠亭の薬師――八意永琳はパチュリーの持病である喘息の発作を抑える薬や、フランドールの狂気を抑える薬を提供してくれていた。
 月一で訪問してくれるのであるが、つい最近来たばかりであるためにこちらから出向かなければいけなかった。
 妹紅が竹林の案内人をしていると聞いたことがあったので紅魔館から家に戻った後、彼女に聞いてみようと思った。
 家に戻ってから数日。
 未だに腹部に針で刺すような痛みが残っていた。
やはり専門家に診てもらわないといけないだろう。彼女たちが施してくれた処置が悪いわけではない。どうしても手の届かない領域であるためにこれが限界だったのだ。
 それでもそれを施さなかったら今頃優也はどうしていただろうか。きっとこうやって動くこともままならなかっただろうと思う。
 だからこそ彼女たちには感謝しないといけなかった。
 布団から起き上がり、いつものように外にある井戸に溜められている水を使って洗顔をするために外へと出る。
 外に出ると太陽がすっかり上に上っていて、いつもと変わらない眩しい光を幻想郷に降り注いでいた。
 桶の中に一緒に入れていたタオルを濡らし、しっかりと絞る。ひんやりとしたタオルが顔にかぶせられ、ごしごしと顔を拭く。
 少しだけぼんやりとしていた意識がはっきりとしてきた。
 あの異変から翌日にそれを聞きつけた博麗の巫女である博麗霊夢と妖怪の賢者であり、この幻想郷の管理者である八雲紫が紅魔館へとやって来た。
 来た理由というのは今までにない異変だったというのを噂で聞いたためであった。
噂だというのは夜に起きた大きな爆発に鴉天狗が偶然気付いていたらしく、詳細は明らかではないというが新聞を号外として出したのを口コミで広がっていったためだとか。
もともと鴉天狗の新聞は信憑性の薄いものだというが異変ということもあり気になったということだった。まさか自分をこの世界に連れてきた張本人がくるとは思わなかった。
 最初に彼女と会った時。

「この世界は楽しいかしら?」

 などとまったく詫びる様子もなく言ってきた。
 表情は変えなかったが、内心では少しだけ苛立ちを抱く。

「さあな……」

 そう素っ気無く答える。
 だが彼女はまったく気にしている様子はなく、むしろ楽しそうに扇子で口元を隠し、クスクスと意味ありげな笑いを零す。
 まるでこれからも色々体験することできっと楽しいといってもらえるなどと考えているのかもしれない。
 それからすぐに異変について話し合われた。
 フランドールと瓜二つの存在が現れたということについて、一つはドッペルゲンガーという一種の存在なのではないかという発言が出された。
 この世界にいるのかどうかは分からないが、幻想入りしてもおかしくないという。
 だが彼女が言った言葉も気になった。

『我は影、真なる我』
『わたしは影、いつでもあなたの傍で見ているよ』

 それに彼女から感じられたのはペルソナやいつぞやのあの黒い謎の生物と同じものだった。何故そう感じられたのかは分からない。
 今までそのような妖怪などを見たことがないということもあり、紫や霊夢にも明確な答えを出すことはできないでいた。
 取り敢えずその異変についての話し合いで纏まったのは今までの異変とは違い、異変の首謀者と同じ姿をしている存在が現れるということ、そしてその存在は同じ能力、スペルカードを使えるということだ。
 明らかにその本人とはまったく違う雰囲気や思考をしているので見分けることはできる。
 だが違う思考というのは少し語弊がある。
 今回のフランドールと瓜二つの少女はフランドールの本当に思っているものがヒトガタとして現れた存在だという。
 そうなると本当自分というのは何なのかと疑問を抱いてしまいそうになる。
今こうして生きている自分が偽りで、本当の自分はもっと別なのではないのかと。
 話し合いが適当に纏まったところで再びこの世界に優也を連れてきた時に使ったスキマというものを出現させ、それの入り込んだ紫が顔だけを出して――。

「今後とも現れないとは限らない、のかしらね。取り敢えずいつものように異変解決はあなたの仕事よ、霊夢。今回は発生と終結の間隔が短かったから気付かなかったでしょうけど、次はきちんとしなさいね」
「言われなくても分かってるわよ!」

 と霊夢に言う。
 霊夢は少しだけムッとした表情でそれに答える。
心なしか優也に対して睨みつけるような視線を向けている。

「次に会う時は宴会ね。異変解決の立役者が来てくれないと盛り上がらないから、そこのところよろしく。詳しいことは霊夢にでも聞きなさい」
「……宴会?」

 などと突然飲み会みたいな話になる。
 今回の異変についてもっと詳しく話し合うためであろうか。
 そんな風に考えていた優也に対して霊夢が。

「幻想郷においては異変の後には必ず宴会を開くのよ。異変を起こしたものも、それを解決したものも一緒にね」

 と説明してくれる。
 ふと疑問に思ったことがある。

「敵同士……だったにもか?」

 優也はその疑問を尋ねてみる。
 この世界における異変というのがどんなものなのかは知らないが、首謀者と解決者がいるということは確かであるし、首謀者は何らかの考えがあって起こし、それを解決者によって潰されてしまう。
 そう簡単に仲直りすることができるものなのか。
 普通なら不可能だろう。
 だが――。

「一緒にお酒を飲んで、そして仲直りする。それで全てを解決するのが幻想郷のルールなの」

 そう言う風に説明してくれる。
 外の世界にもルールというものがあるように、この世界にもこの世界也のルールというものがあるようだ。
 しかし外とはまったく違うものであり、慣れていかなければ違和感でストレスがたまりそうだ。

「でも宴会はもう少し後ね」

 と、片目を閉じてこちらに視線を向けてきながら言う。
 やはり準備などが必要だからかと考えていると、

「あなたまだ怪我が完治していないんでしょ? 無理してこられても困るのよね」

 などと少し気遣ってくれているのかと思わせる。
 彼女自身はそんなつもりはなかったつもりだが、言う言葉は悪いが彼女は優しいのだとまた少し分かった気がする。
 取り敢えず、今日は永遠亭というところに行こう。なら最初に会いに行くべき相手は――。
 そう今日の予定を考えつつ、使ったタオルなどを持って家の中へと入っていった。


―5月15日 迷いの竹林―


ここのところ連日天気は晴れ渡っており、人里も賑わっている。
 太陽が南をやや過ぎた頃、優也は一通りの仕事を終え人里から離れている迷いの竹林へと足を向けていた。
 丁度入り口の辺り、そこには大きな岩が一つ地面を抉るようにして存在感を見せ付けていた。その岩を椅子代わりにして座っている女性がいた。
 藤原妹紅だった。
 彼女はいつものようにタバコを吹かして暇を弄んでいるようだ。
自警団の方も最近は人間の手に負えるようなものは出ていないということで彼女の役はほとんど回ってこないでいた。
 何度目かの白い煙を吐いたところで優也が近づいてくるのに気付いたようで、こちらに視線を向けてきた。
 すっかり短くなっていたタバコを一瞬にして指先から出した炎によってそれを塵に変える。
そしてよっこらせというように岩から降りた。

「遅かったじゃないか、待ちくたびれて一箱吸い尽くしたぞ」

 空になったタバコの箱を逆さまにしてそれを上下に振ってみせる。
中からは残りカスのような粉が少し零れるだけで、タバコの一本も残っていないのが分かる。
 だが責められてもどうしようもない。

「……吸いすぎだ。それに俺はいつ行くなんて伝えていないんだから遅いなんて言われても仕方ないじゃないか?」

 勝手に人のせいにされても困ると、そう言う優也。
 ウッと言葉に窮する様子を見せる。
退屈だったために、少しだけその苛立ちをぶつけてきただけのようだ。
 それでもここを離れずにずっと待っていてくれたようだ。
そのことに対しては感謝しなければいけないだろうと思う。

「暇だったからな」
「……そのようだな」

 ため息をついてそう呟く。
 もっと他にやることはないのか、そう尋ねてみる。
 この仕事や自警団の他にも時々寺子屋にて慧音の仕事を手伝うこともあるそうだ。しかしあくまでも補助であり、ほとんどは慧音がやってしまう。
 もともと貴族の娘であるために教養など、勉強の方はできるほうなので、何度も臨時などではなく本格的に教師をやってみないかなどと勧められてもいるそうだ。
 だが余り彼女は人を寄せ付けない。
 人里において名前は知られているが住民と話をしている姿などほとんど見たことがない。自警団においても多少言葉を交わすくらいだそうだ。
 何故そこまでして人と交わることをしないのか。
 聞いたところで自分に何ができるか、それ以前に何故そう思う必要があるのか。自分が足を突っ込むべきことではなさそうだと思い、それを尋ねるのをやめる。
 そろそろ行くかと妹紅が先頭になって迷いの竹林の中へと足を踏み入れて行く。
 中に入ると確かに一度入ったら迷いそうだと思ってしまうくらいに周りには同じような形をしている竹がうっそうと茂っていた。
 前後左右を見てもすべてが竹ばかり。ここに人里の者たちが個人だけで入りたがらない理由が分かる。
 先頭を歩いている彼女はもう何度もここを通っているために迷うことはないようだ。
どれだけの頻度ここを通えば迷うことがないのだろうかと疑問に思ってしまう。
 上を見上げても空がちらちらと見えるくらいで太陽の光も僅かに差し込んでいるくらいだ。それでも日中であるから竹薮も真っ暗というわけではなく、しっかりと周りの様子が見える状態だ。
 ここでもし戦闘が起きても日中の時間帯であれば何とかなりそうだと決して安全ではないこの辺りに注意を向けていた。

「ここにも妖怪はいるぜ? 弱い奴からそれなりにできる奴もな。大抵は迷った人間を見つけて食料にするんだ」

 と、優也の視線が回りに向けられていたのに気付いたためか、妹紅がそう説明してくれた。
 なるほどと納得顔で頷く。
 今のところは妖怪の気配はなさそうだ。声も聞こえず、比較的静かな空間が続いている。
 歩いている途中数日前にあった異変について妹紅が尋ねてきた。
 やはり鴉天狗の新聞を見てそれについて知ったようだ。

「同じ姿をする妖怪ね……また奇天烈な存在が幻想入りしたもんだな」
「そんな簡単に済まされる相手じゃなかったけどな」

 新しいタバコを口に銜えながらそう言う妹紅は指先から小さな炎を出してタバコに火を付ける。先端から煙が出始め、大きく吸い込んで、盛大に白い煙を吐き出す。
 うまいのかと尋ねると、人それぞれだろうと本人はまんざらでもなさそうに言う。

「確か吸血鬼の妹とそっくりだったんだろ? よく生き残ったな」

 感心した表情でこちらを見て言う。
 確かに生き残れたのが奇跡のように思う。ペルソナという力がなかったらそもそもあの時腹部に受けた怪我だけで死んでいたかもしれないのだ。そればかりはペルソナに感謝しなければいけない。

「それもペルソナのおかげってか? つくづく不思議な力だよな、それって」
「まあな、俺自身も完全に理解しているわけじゃないんだ。ただ戦闘には役に立つっていうことくらいだな」

 あとはコミュニティを築くことでさらにペルソナたちの力が強化されるということくらいか。
 こういう時にイゴールに聞ければいいんだけどな――。
 ベルベットルームに任意に行けないということでペルソナについて詳しく知っていそうであるイゴールに対して話を聞くことができない。
 まさか気絶をしなければいけないのかと以前は考えていた時もあったが、紅魔館での一件においてはそれがなかったためにそういうわけではなさそうだ。
 それからまたしばらく歩いていく。
まったく景色が変わらないために最初は新鮮さもあったその景色にだんだんと飽きが出てきた。
 そんな時突然にどこからか香ばしい香りが漂ってきた。
思わず立ち止まり、その香りを吸い込む。
何か甘い香りが混じっている。
この辺りで何か屋台などが開かれているのだろうか。
 しかしこんな人が好んでくるわけではない場所で開く者がいるのだろうかと疑問を抱く。
 すると妹紅が。

「ああ、この辺りで夜雀が開いている屋台だな。八目鰻を提供しているんだ、もちろん酒もな」

 と、説明してくれる。
 ああ、そういえば――寺子屋に通っている妖怪たちの中に夜雀妖怪のミスティア・ローレライがそうしていると聞いたことがあったのを思い出した。
なるほど彼女が……。
納得はできたがこんなところに人間が堂々と入ってはこないだろうという疑問を抱く。
妹紅に対して、その疑問を尋ねてみた。
この辺りには妖怪も出る。
そうなると一般の人間がこの辺りに入るはずもなく、それも夜になどもっての他だ。人里ではそれを禁止しているためにその屋台を人間は利用しないのだろうか。

「あいつは夜雀だからな。鶏肉が食われるのに反対するために屋台を開いてるんだ。人間が利用するというのはないな。大抵がこの辺りの妖怪や、鴉天狗だろうな」

 説明をしながら妹紅はタバコの煙を吐く。
 白い煙が空に向かって上っていき、消える。
 なお妹紅は趣味で焼き鳥屋を営業することもあるそうだ。それなりに客は来るそうで今度来るようにと誘われた。
 ミスティアとは仲が悪いのか――?
 などと片や鶏肉を扱う商売をし、片やそれを否定するために八目鰻を扱う商売をしている。そうなると二人の間の仲は悪いのではないかと思ってしまう。
 彼女の様子を見る限りではそうでもなさそうだ。向こうの方はどう思っているかは、聞いたことがないのでよく分からないが。
 今度行ってみるかな……。
 今は寄る必要もないだろうと判断し、先に進もうと進言する。
 どちらでもいいようで、「分かった」と答えると、またどこまで続くか分からない竹薮の中を進んでいった。


 ―5月15日 迷いの竹林―


 もうすぐ着くという妹紅の言葉。
 優也にはもうすぐというよりも永遠にこの景色が続くのではないかという錯覚すら覚える。実際にこの中に何も知らず入ってしまえばそのような状態に陥り、餓死するか妖怪の餌になるかのどちらかなのだろうと思う。
 運よく妹紅などに発見されれば助かる可能性もあるくらいだ。
 今までは密集するようにして竹薮が存在していたが、少しずつ開かれた場所も見られた。途中大きな焦げ跡のようなものが残った箇所が見えたが、おそらく妖怪が争ってできたものなのだろうと思い、特に気にすることはなかった。
 横に竹が並ぶようにして真ん中に手入れのされた道が続いている。
おそらくこの道を歩いていけば後は永遠亭に辿り着けるのだろう。
 ふとどこからか視線を感じた。
 以前の魔法の森における観察するような視線のようで、どこか楽しんでいるようなもの。あまりこそこそとされるのは好きではない。
 こちらに対して今のところ何もしてこないようなので、敢えて無視を決め込む。
 隣を歩いている妹紅も何となくそれに気づいているようだ。何気なく視線は地面に向けられている。
 何かあるのか――?
 相変わらず聞こえてくるのは二人が地面を踏みしめる音と時折妹紅がタバコの煙を吐き出す音だ。
 ふとそう思いながら優也は足を踏み出し――突然その地面が下へと飲み込まれた。
 あまりの突然のことに抵抗することができず、そのまま片足は何もない穴へと飲み込まれそうになる。
踏ん張ろうとしたもう片方の足も地面の表面で滑り身体全体が転倒してしまう。

「優也っ!」

 突然横から消えたように下にある落とし穴へと飲み込まれていく優也に気付き、慌てて手を伸ばす妹紅。
 何とか手を掴む。
一瞬だけ勢いに負けて一緒に落ちそうになるが、何とか踏ん張る。
 優也ももう片方の手で入り口付近を掴み、何とか転落するのを防ぐ。

「お、落とし穴……」
「またあの兎だな……相変わらず懲りないぜ」

 ゆっくりと下を見るとそこにはすべてを飲み込もうとしている真っ黒な底なしの穴があった。一体どうすればこんな深い穴を開けられるのだろうか。
 妹紅の引き上げてもらいながら何とか這い出ることができた。
 彼女はこの落とし穴を作った犯人を知っているようだ。

「兎?」

 何故そこで動物が出てくるのだろうか。
 そう呟くと。

「あーぁ、折角作った落とし穴だったのに引っかからないなんてつまらないね」
「そこか!」

 突然どこからか声が聞こえてきた。
 竹が密集しているあたりから聞こえたということで、掌に火の玉を作り出した妹紅が、それを投擲する。
 数本の竹をなぎ倒す。
 炎によって倒された竹が周りを巻き込んで大きな音を起こす。
土煙が舞い上がり、そこに黒い影が映る。
小さな影であるが、頭の辺りから二本の特徴的な耳が見える。確かにそれは兎耳である。
 先ほど妹紅があの落とし穴を作った犯人が兎だと言っていたので、その犯人がその影の主であり、先ほどからこちらに視線を向けていたのもその人物なのだろうと思う。
 しばらくしてようやく煙が晴れてくる。
 来ている服についた土埃を叩いて落としている少女の姿があった。
 だが彼女が人間でないのがその頭から見える特徴的なウサギ耳で分かる。
 やや癖のある黒い髪に、そこから二本のウサギ耳が見える。幼い容姿、瞳の色は赤色だ。ピンク色のワンピース姿が彼女のかわいらしさを引き上げて見える。
 こちらからの視線に気づいたようで、こちらを見てくる少女。
何やら考えている様子であったが、なにやらつまらなさそうな表情を浮かべながらため息をつく。
 いきなりそのような態度を取られた優也はただ唖然とし、黙っている。
 隣に立っている妹紅はまったく気にもしていない様子。
いつものことだと耳打ちしてくる。
いちいち気にしていてもしょうがないらしい。

「あいつが落とし穴の犯人、兎妖怪の因幡てゐだ」
「誰よあんた、人間? 妹紅が連れてきているってことは、永琳にでも用があるのかい? それと姫様には今は会えないだろうね」

 動物にも妖怪化するものもいるのを以前にあった鴉天狗で知っているのであまり驚きはしなかった。
 彼女の言葉に出てきた永琳という人物が営んでいるのがこの先にあるのだろう永遠亭であり、彼女が薬師であるというのはここに来る前に話に聞いている。
 だが姫様という存在については知らない。

「姫様?」

 と、思わず疑問を口にしてしまう。
 その言葉に対して露骨に反応を見せたのは隣に立つ妹紅だった。彼女の表情は少しだけこわばっているのが見える。
 そうさせるだけの何かが二人の間にはあるのだろうか。

「永遠亭に住み着いているヒキニートだ」
「ヒキ、ニート……」

 引き篭もりで、働いていない女性のことを言っているのだと理解するのにそれほど時間は掛からなかった。
 身内だろう人物を酷く言われているにもかかわらずてゐは妹紅に対して何を言う様子もない。彼女がここまで迷わずに案内してくれたということはてゐとも知り合いなのだろうと思う。
 自信のあった落とし穴をこうもあっさりと攻略されてしまっては楽しみがない。
 仕方ないと新しい罠を思いついたのかどうか、てゐは踵を返して竹薮の中へと飛び込んだ。

「今度はあんたのことをぎゃふんと言わせてやるんだから!」

 などという宣戦布告を受ける。
 これからこの竹林に入るたびに危険に警戒する必要があるのかと思うとため息が出る。肩を落としている優也に対してドンマイというように妹紅が肩を軽く叩く。
 視線を前方に向けると和式造りの大きな屋敷が見えた。
 おそらくあれが永遠亭なのだろう。

「目と鼻の先だな……行こうぜ」

 しゃがみ込んでいた優也は服についた土をほろい落とし、ゆっくりと立ち上がる。
 親指を向こうに向けている妹紅に同意し、ようやく着くのかと、軽いため息をついた。


 ―5月15日 永遠亭―


 中に入るためには目の前にある門を開けなければいけない。
しかしその門は硬く閉められており、流石に中には勝手に入るわけには行かないだろう。
 よく知っている仲の者であればそれは多少許されるかもしれないが、外来人である優也はそういう関係ではないので普通に門を叩き、誰かが出てくるのを待つことにする。
 門を数回叩き、向こうに向かって声を飛ばす。
 誰かが来るのを待つことにするが、いつの間にか隣にいた妹紅が離れた場所にある竹にもたれかかり、タバコをふかしているのが見えた。
 ここについてからすっかり口数が減ってしまった彼女。
 視線すらもこちらに向けず、ただなにかを考えているようなのであまり声をかけるのはよした方がいいと判断する。
 一分も経たないで門の奥から声がする。
 女性の声だ。
 ガチャリと門の鍵が開けられる。
ゆっくりと開かれた先にいたのはここに来る前にあった因幡てゐと同じように頭に兎耳があり、ラベンダー色の髪の少女だった。服装は何故かコスプレだといわんばかりのセーラー服。この手のジャンルが好きそうな友達が以前いたのをふと思い出す。狙ってやっているのではないかと、少し目を細めてみる。
 何か引かれていると見られたのか、目の前の少女は慌てて――。

「ちょ、ちょっとぉー! いきなり会って間もない人にそんな可哀相な目で見ないでくださいよぉー!」
「いや、だって……」

 そう弁解してくるが、どう見ても何かを狙っているようにしか見えない。
 こちらのやり取りにまったく見向きもしていない妹紅に対して、彼女は何かいってほしいなどと言っている。
 しかし軽くあしらわれている。
 とぼとぼと戻ってくる彼女、その様子からしてどうやら狙ってその服装にしているわけではなさそうだ。
 そもそもこの世界にセーラー服を着る必要のある学校というのは寺子屋しかあらず、彼女の容姿からして寺子屋に通うような年齢ではない。
 この世界の基準になりそうな時代が明治辺りであるから、そもそもセーラー服など存在するはずもないのだが。

「こ、これはれっきとした軍服です! あなたの考えているようなものではありません」

 それこそおかしいだろう……。
 そう普通に優也は思ってしまった。
どこの世界にセーラー服を軍服にするものがいるだろうか。
 もしいるとするならば、そのトップの奴は……。
 そのトップに立つ者の思考回路を疑うとともに、その被害に遭っている彼女と、軍服というので、他の仲間たちに同情の念を送る。
 それが視線に現れていたのか彼女は――。

「そんな目で見ないでください!」

 と、気付いたのか、涙眼で叫ぶ。
 彼女がそれ以外の服を着ないのは、そう言っているが以外に気に入っているのかもしれない。
 それ以上服装について突っ込むのはやめにする。
 そうしていると永遠亭に来た目的を忘れてしまいそうだ。

「そういえば今日はどうしてこちらに?」

 丁度そう思っていたところで彼女が聞いてきた。
 永遠亭に住んでいるということは彼女も医療関係者なのだろうか。
 取り敢えず紅魔館において起きた異変は知っているだろうという前提で、その異変で負った傷がまだ完治していないということと、それを専門医に診てもらうために来たと告げる。
 なるほどと頷く。
 どうやらこんな竹に囲まれた場所にも噂は広まっているようだ。彼女が背を向けてどうぞと一言、永遠亭の中へと案内しようとする。
 外でタバコをふかしている妹紅はどうするのか、門の外に顔を出し、尋ねる。

「私は行かない。適当に時間を潰しておくから、終わったら声をかけてくれ」
「……分かった」

 頑として中に入ろうとも、それ以上永遠亭に近づこうともしない。
やはり彼女とこの場所はなんらかの関係があるのだろうというのが分かる。
 だがそれを知る必要が優也にはない。
 好奇心は猫をも殺すというが、そうでなくとも本人の問題に頭を突っ込んでいくのは馬鹿か、善意の押し付けが好きな者くらいだろう。
 できるだけ早めに済んでくれれば良いと思いながら優也は少女の案内を受け、永遠亭の中へと入っていった。


 ―5月15日 永遠亭―


 コスプレとしか言いようのない服装をしている少女は鈴仙・優曇華院・イナバと言うらしい。長い名前であるので鈴仙と気軽に呼んで欲しいと言う。
 永遠亭の中は外から見た和式造り同様、中もそれと同じだった。
 だが時々見かけられる時代を先取りしたような、外の世界にもある機械が見えるなど少しだけアンバランスさを感じていた。
 パタパタとスリッパの音が二つ響く。
 奥の方に歩いていくと、そこには診察室と書かれたものがあり――。

「師匠、患者さんがいらっしゃいましたー」
『入ってもいいわよ』

 鈴仙が中に声をかけると、中からも女性の声が聞こえてきて、入室の許可が下りる。
 彼女から中に入るように促され、優也はそれに従い中へと入る。
 扉を開け、中に入るとそこは今までの和式造りだった永遠亭の印象を根底から覆すような場所だった。
 昔の診療所のような古ぼけたものではなく、最新医療機器などが奥に見えるなど、とても普通ではなかった。
 椅子を回転させ、そこに座っていた女性がこちらに視線を向けてきた。赤と青という二色に分かれた不思議な服に、同じようなナースキャップを被った銀髪の女性だ。その手には何やらカルテらしきものを持っており、今まで何かを書いていたようだ。
 彼女が八意永琳という薬師だろうというのはすぐに分かる。
 この永遠亭にいる者の中で、一番医療に関係していると思われる人物が目の前にいる彼女だけだったからだ。
 てゐが言っていた姫様という人物はまだ見ていないが、今は会う必要もないということで気にしない。
 彼女もまたこちらに対して観察するような視線を向けてきた。
 薬師――医療に携わる者としてのものなのか、それとも永遠亭というひとつのパワーバランスを担っている場所にいる者としてのものなのか。
 数秒視線をあわせる形になるも、すぐに視線を外し、カルテの方に向かう。入り口で立ち往生している 優也に対して、そこにある椅子に座るように言う。
 優也は一体なんだったのかと内心首を捻りつつも、言われた通りにそこにある丸椅子に座る。
彼女がカルテを棚に置き、また記入されていない真新しいものを取り出す。
椅子を回転させ、向き合う形になる。

「さっきは不快な思いにさせてしまったかしら? もしそうなら謝るわ、ごめんなさい。あなたについては鴉天狗の新聞で大体は知っているけど、やはり実際にこの目で見ないと分からないこともあるから」

 彼女がそう言って謝ってきた。
やはりここにも鴉天狗の新聞で噂が広まっているようだった。
彼女の言う通り、その新聞には優也のことや、不思議な能力ということでペルソナについて書かれているが実際にこの目で見ないと分からないこともある。
情報からだけでは相互の間に齟齬が起きたり、いくらでも捏造できるということでまったく違うものになったりしてしまう。
 そういうこともあり、彼女は先ほど視線を向けて観察するようなことをしてきたのだ。目は口ほどにものを言うというように、彼女は終始優也の目をじっと見てきていた。
それによって何を思ったのかは彼女にしか分からない。

「それで今日ここに来たのは診察をしに? 見たところ健康そのもののようだけど」

 下から上にかけてじっと視線を動かして観察する永琳が言う。
 紅魔館で怪我を負った時すぐに応急手当をしてもらったので目立った怪我はないのであるが、二度も貫通させられた腹の内部などまでは専門的な処置を施せていなかったので一応診てもらおうとしてきたのだ。
 それを伝えるとあからさまに呆れた表情を向けてくる。

「何でそうなったのよ?」

 二度も腹に穴を開けられるなんて普通はありえない。どれだけ相手に恨みを買われているのだと彼女は思っているようだ。
 ――あれ? 何故か誤解されている?
 ふとそんな風に感じ、頬をかく。

「まあ、恨まれているというよりも俺が二人を怒らせた……って言えばいいのか」
「紅魔館ね……確かに怒らせれば口よりも手が先に出そうなものが二人はいるわね。二度もそう貫通させられたのによく生きていたわね。それも噂の能力のおかげかしら?」

 永淋が言うのはレミリアとフランドールのことだ。フランドールの狂気を抑えるための薬を今まで彼女が処方していたという。
 薬でようやく抑えられていた狂気であるが、その異変ですっかり改善されたと聞いていたので内心驚いていた。それをやって見せた人物が目の前にいる。
 ――ペルソナ使い……神話上の神魔や英雄を操る者。まるであの子みたいね。
 彼女はもう何年も昔に師として育てていた一人の弟子のことを思う。彼女も同じような力を持っているのを思い出したのだ。
 見た目は普通の年相応の少年だ。
少しだけ雰囲気が大人びているというのか、変に達観しているのか不思議な感じだ。
それ以外はこれといって特徴はない。
彼女の弟子が持つような強者としての覇気というものもまるで感じられないのだ。
 こんな普通の少年があの吸血鬼たちを止めた? にわかには信じられないわね……。
 表情には出ずとも永琳は疑問しか抱けない。
 実際にその現場で様子を見ていれば信じていたかもしれないが、どうしてもそれはできなかった。優也よりだったら自分たちを破った博麗の巫女や白黒魔法使いの方がまだ強いのではないかと思うくらいだ。

「なら少し検査した方がいいわね。うどんげ、彼のことをレントゲン室に案内してあげて」
「分かりました、師匠」

 うどんげと呼ばれた鈴仙は優也の視線を受け、苦笑いを浮かべる。彼女の真ん中の名前優曇華院からの愛称だろうと思う。
 一度検査のためにレントゲン室に向かうために立ち上がる。
 数部屋隣りなので、鈴仙が戸を開けて待っている。中に入るとそこにもやはり科学の発展の恩恵である機械が存在していた。

「やはり意外ですか?」

 クスクスと笑いながら話しかけてくる鈴仙。
彼女が手渡して来たのは病院服だ。
すぐそこに着衣室があるのでそこで着替えながら彼女の問いに答える。

「幻想郷の文化は基本、明治時代だと聞いてるからな」
「そうですよね。ところで優也さんは月に人間が住んでいると言われて信じますか?」

 着替えが終わり、着衣室から出てきた優也に対してまた尋ねてきた鈴仙であるが、その質問に大して即答することができなかった。
 月に、人間――?
 何を言っているのだろうかと無言になる。月見の時に兎が月にいるという迷信を小さい頃に聞かされたことはある。
だがそれはありえないということを、年を重ねて理解していた。
それでも鈴仙は月に人間が住んでいると信じるかと聞いてきた。
 当然そのような態度を取るしかない。
 何も言わない優也を見て鈴仙は慌てた様子を見せる。

「外の人から見ればありえないことかもしれませんが、実際には――」

 と、彼女が言いかけたところで奥の方から声が聞こえてきた、永琳だった。

「いつまで掛かってるのかしら? そろそろ始めたいのだけれど、いいかしら?」

 こちらに対して急かすように言ってくる。
 これ以上待たせるわけにもいかず、優也は言われた通りレントゲンの診察機のベッドに横になる。機械の横では永琳が色々と機械を操作しているのが見える。ゆっくりとベッドが動き始め、診察機へと入っていく。
 異常がなければそれに越したことはない、そう思いながら黙って検査が終わるのを待つ。
 そして中に入ってから数分も経たずにまたベッドが動き、機械から出ることになった。

「終わりよ、結果はすぐに出るでしょうからもう一度着替えて部屋に戻って頂戴」
「それじゃあ、こちらでまた着替えてください」

 部屋を出ようとしている永琳が指示する。結果がどうなったのかを知る必要があるので取り敢えず頷いておく。
 鈴仙に案内され、もう一度着衣室で着替えをする。
 そこでふと先ほど永淋の言葉で遮られた鈴仙の言葉が気になり、尋ねてみる。

「ええっとですね、月というのはこの地上に比べて遥かに技術が進んだひとつの世界なんです。信じてもらえるかは分かりませんが、それは本当のことで、師匠や姫様はその月から来た月人――地上の言葉を使えば宇宙人なんです」

 予想もしていなかったが、常識の斜め上を行く言葉が彼女の口から出た。
 宇宙人というのはテレビで摩訶不思議の存在として何度も取り上げられるのを見たことはあるが、決して人間らしい姿をした者を見たことはなかった。どれもこれも不気味な形をしており、決して人間に対して友好的な存在ではないだろうと想っていた。
 だが彼女の話ではここの薬師である永琳や、まだ姿を見ていない姫様という存在は本当に宇宙人だと言う。
それを証明するものはないだろうが、この幻想郷という幻想となった者たちが集まってくる世界に来てからそれを頭ごなしに否定することができなくなっていた。
この世界では何が存在していてもおかしくはないと思うようになっていたのだ。
妖怪がいるなら、吸血鬼や魔法使いもいる、ほとんど未確認の存在であろう宇宙人ですらここにいておかしくないと思うのだ。
 先ほどとは違った反応を示している優也を見て鈴仙はさらに話を続ける。

「私は玉兎、妖獣――つまり獣が妖怪化した存在なんです。ここに来る前に会いましたか、因幡てゐに?」
「ああ、あのイタズラをしてきた女の子か」
「あの子も同じく妖獣、生まれた場所や時期というのはまったく違いますけどね」

 もう一度診察室に戻るための廊下を歩きながらそう説明してくれた。
 診察室に入るとすでにそこには永琳が戻ってきており、先ほど撮ったレントゲンを明かりに当てて診ていた。
 鈴仙が頷き、優也は永琳の前に置かれている先ほども座った椅子に座る。クルリとアームレスト付の椅子を回してこちらに視線を向けてくる。
 レントゲンにはまったく専門外の優也には分からない状態の自分の身体が写されていた。今の状態が悪いのか、それともそうでもないのか。
 黙って永琳の言葉を待つ。

「見たところ内臓の所々に治癒し切れていない箇所があるわね。魔法治療でしょうけど、必要最低限の処置はされているから大事には至らないでしょうけど。内部から直すために投薬治療。変な薬じゃないわ、ただ治癒力を加速させるだけのものだから」
「ということは、入院ということなのか?」
「たった数日よ。そこまで構える必要はないわ。それとも急がないといけない理由があるのかしら?」

 カルテにスラスラと何かを書き込みながら診断の結果を述べていく永琳。
どうやら大きな問題はないようだったのでホッとする。
それでも数日は入院が必要だと言われ何をするのかと思わず身構えてしまった。
 それを見て永琳は安心させるためか何をするのかを丁寧に説明してくれる。
薬師であり、彼女の持つ能力――あらゆる薬を作る程度の能力――それを使えば損傷した内臓の箇所の治癒力を通常の倍にまで上げることができ、数日で以前のように万全の状態になるとのことだった。
 入院するとなると玄関の外で待ちぼうけを喰らっている妹紅に対しても話をしなければいけない。ずっと待っていて今日明日は帰れないとなると彼女には悪い。
 永琳はカルテを書き終え、それをファイルに挟んでいくつものカルテや資料が並んでいる中にそれを納める。指示を待っている弟子の鈴仙に対して入院する病室の準備をするように言う。
返事をし、すぐさま診察室を後にする鈴仙。

「ということよ。悪いけど、数日はここに入院してもらうことになるわ」
「分かった。それについて妹紅に言ってこないとな」
「え、あの子は――」

 椅子から立ち上がり、妹紅に事情を話して来ると言う。彼女もここに泊まるかもしれないということで一応話をする必要があった。
 それに対して永琳は慌てて机に向けていた緯線を上げ、診察室から出ようとしている優也に向ける。
 この子、何も聞かされていないのかしら……?
 二人の間にある壁を表すように閉じられた診察室の扉。
今ここを出て行った優也は何故この場所が永遠亭と呼ばれているのか、その理由を知らない。
 知らないことに越したことはないけれど……。
 しかし長年の勘というものだろうか。永琳はその予想が外れるような気がしていた。
そして優也とはこれから長い付き合いになりそうだとも思った。
根拠はないが、ふとそう思ったのだ。

「取り敢えず危険な要素は医療的な面から見てなさそうよ、あの子」
「あらばれていたの? まあいいけど、わざわざ悪いわね」

 両端に赤いリボンのようなものがある裂け目が現れ、それが大きく広がって空間に穴がある状態になる。その中には無数の目玉があり、永琳のことを無数の視線が凝視している。それに対して何の感情も抱かない。もう何度も見ているためになんとも思わないのだ。そこから上半身だけを乗り出し、現れた女性――八雲紫。
 永琳が彼女に対してそう告げたのは、紫がテキトウに拾ってきた外来人であった優也が知らぬ間に不思議な力――ペルソナ――を手に入れ、それを使い幻想郷に起きる異変を解決したということから観察していたためだ。
 何百、何千と生きてきたがそれでも得体の知れない能力であるために、幻想郷に対して何か悪影響を及ぼすかもしれないという警戒感があった。
それに紅魔館での異変の今までとのものとの違いからそれがより強まっていた。
 いずれここに来るだろうと予想していたので永琳に対して医療面から優也について調べて欲しいと頼んでいたのだ。
不思議な力を有しているということで珍しい実験体が手に入るということもあってか永琳はそれを受けていた。
 だが結果として異常はなく、彼女としても少し期待はずれだったと落胆していたところだ。

「いたって普通の少年。若干の霊力……いえ、魔力の痕跡があったくらいね。多分それは話に聞いているペルソナのものなんでしょうけど」
「今のところ紅魔館での一見はドッペルゲンガーのような存在によるものってことで納得させているけれど、曖昧なままに終わらせたくないのよね」

 別紙に記述していたものを伝える。
 これといって目に付くような事項はなく、杞憂なのではないかと思ってしまう。
 そう言って紫は目を伏せながら、考え事をするように黙り込む。何を考えているのか、いつも彼女のその纏っている不思議な雰囲気によって分からない。
 彼女が不安になるのも分からなくもない。
 どんな生き物であっても未知の存在というものには多少なりとも不安を抱く。それが彼女にとって何よりも大切なこの世界に悪影響を及ぼしかねないとしたらなおさらだ。

「私にできるのはここまでよ?」
「分かってるわよ。今日だって色々回って調べたばかりなんだから。とは言っても全然手懸かりがないのよね……」

 そう言いながらため息をつく。
 どうやら今回の異変、彼女は解決したとは思っていないようだ。原因も分からない以上それを放っておくことはできない。
 いつもの異変であれば気にするほどのことではないが、今回はそれに当てはめるのは危険であると判断していた。
 これ以上ここに居座っても何も得られない。くるりと背を向けスキマの中に入っていく。ゆっくりとそれが閉まっていき、

「あなたたちも気をつけなさいね。相手は普通の存在とは限らないから」
「ええ、肝に銘じておくわ」

 一言忠告を残し、その場を去って言った。
 「一応ね」と彼女がいなくなった後、永琳はそう付け加えた。


 ―5月15日 永遠亭―


 夜、月が昇っている夜空を見上げている。
 数日入院することになって優也は用意されていた病院服に着替え、部屋から出て縁側にいた。
 ここは竹が切り開かれているのか、それとも最初から生えていなかったのか、空を眺めることができた。
 入院食が夕食として出されたが、それほど外とは変わらない普通の食事だった。いつもならやることがないということで布団に入ってしまっている時間であるが、どうしたわけか今日はなかなか寝付けなかった。
 しばらくゴロゴロと寝返りをうっていたが、それでもまったく眠気が起きないということで少し夜風に当たろうと外に出ていたのだ。
 結局一緒に永遠亭に来ていた妹紅は家に帰ってしまっていた。
 あの後診察室を後玄関付近で待っていた彼女に対して数日入院することになり、今日は帰れないと告げた時、彼女はそうかと一言言い、背中を向けて帰ろうとしたのだ。
 ここにくるまでに少し時間を掛けすぎてしまっていたので夜が近かった。
そのために泊まっていった方がいいのではないかと思って話しかけたのだが彼女はそれを頑なに拒んだ。その時の口調に力が込められていたのでどうしてとは尋ねる事ができなかった。
 やや雲に月が隠れてしまい、辺りが暗くなる。
 数秒後、ゆっくりとまた月が顔を出す。
月明かりが地上に降り注ぎ、小さなスポットライトの役割を果たす。
 そのスポットライトを浴び、ゆっくりとこちらにやってくる足音とその主がいた。
 誰だろうか。そう思い、視線をその足音の方へと向ける。
 そこにいたのは着物のようであるが、薄いもので寝巻きであると分かるものを着込んだ女性だった。
艶のある黒い髪は腰よりも長く、月光という名のスポットライトを浴びている彼女はまるで月姫のようにも見えた。
和風美人である女性が、こちらに笑みを向けながら歩み寄る。
 その美しさに思わず視線が釘付けになってしまい、動けない。
 そんな呆けている優也に対してイタズラ心のこもった笑いをひとつ零す女性。
 からかわれたということで、表情から感情を消す。いつもの無表情で女性のことを見つめる。

「こんな時間にどうしたのかしら?」

 気遣うように尋ねてくる。彼女が時々話しにも出ていた姫様という人物であろうか。確かにその不思議な美しさというものはそれ相応の気品というものも兼ね備えている。
 近くまでやってきた彼女も縁側にある手すりに身体を預け、空を見上げる。

「ただ眠れないだけ。ゴロゴロしていても退屈だったから夜風に当たろうとな」
「もしかして枕が替われば眠れないタイプ?」
「どこの修学旅行生だ? ――ってそれは違うけど……」

 ため息混じりに言う優也に対してからかうように言ってくる。
 何を言っているのか。決してそういうわけではない。からかっているようにこちらに笑みを向けてくる彼女もそこは理解しているだろう。
 そういえば鈴仙の言葉をふと思い出し、彼女ももしかして月から来た宇宙人、いわば月人なのだろうかと思う。

「あなた、外来人よね? 天狗の新聞で知ったけれど、この世界に来た感想は?」
「退屈はしていない……今はそんな感じだ」

 何も知らない間にこの世界に連れてこられ、ペルソナの力を与えられ、さらには戻れないという事実を突きつけられここに住むことを余儀なくされてから数日。その後には吸血鬼にあわや殺されるかというところまで怪我を負わせられ、さらには奇怪な異変に巻き込まれるという非日常を過ごしてきた。
 決して退屈などはしていない。
 今まで何度も転校などをするなど両親の都合に流されるままにこの前まで生きてきた。そこには自分の意思というものはまったくなく、ただその流れを逃さないように、それにあわせるようにして生きていた。その生き方は辛くはないが、決して楽しいものではなかった。
 だがこの世界では頼れるものは少なく、それもいつも頼りっぱなしにできるわけではない。そうなるとあらゆるものを自分でこなさなければいけなかった。生きるためにも知恵や蓄え、そして身を守るための力が必要だった。
 だから自分から動き、周りから学び取る必要があった。それは優也にとって貴重な体験であり、新鮮なものだった。
 もちろんそればかりではない。
紅魔館での出来事のように殺される危険に晒されることだって何度もあった。
 だがそれでも何とかなってきた。
 退屈などしていない。むしろスリルに満ちた生活を満喫しているといってもいい。もともと適応能力は高い方だと思っていたが、まさかこのような世界においてもその能力は通用したというのには正直驚きだった。

「……羨ましいわね」

 こちらに向けてくる瞳には本当に羨ましそうな感情があった。
 そう言う彼女はそうではないのだろうか。確かに迷いの竹林という決して人間が好き好んで来るような場所ではないために交流というのは少ないのかもしれない。
 髪に手を当て、その長い艶のあるそれを撫でる。

「こうも暇だと死んでいるのと同じね」
「……そんな大げさな」

 冗談のように聞こえるが、彼女の表情からはとてもそうは思えなかった。
 あれだけ美しいと見て取れた彼女から一気に生気が抜き取られたような死人のような感じがした。思わず背筋に寒気がする。
 突きを眺め、ため息をつく。儚さが見て取れ、思わず視線を彼女から外し、横目で突きを眺める。そこには大きな満月が存在しており、こちらをまるで大きな瞳のように見下ろしているようだ。
 その月にもうひとつの世界があるというのだから驚きだ。そして彼女がその月の姫様ということになればその不思議な美しさというのも頷ける。
 まるで触れてしまえば壊れてしまいそうだ。そんな彼女が視線に気づいたのかスッと顔をこちらに向けてきた。

「月を眺めているだけじゃつまらないわね。あなたが外でどんなことをしていたのか、教えてくれないかしら?」
「……外のことを? とても聞いても面白いとは思えない、むしろこっちに来てからのほうが充実している」

 向こうにいたときは彼女が言うような新でいるのと同じだったというような素振りを見せる。
それだけで彼女には伝わったのか、そうと小さく呟くだけだった。

「唐突に聞くけど、あんたは月から来た宇宙人だっていうのは本当なのか?」
「うどんげにでも聞いたのかしら? ええそうよ、私と付き人の永琳は月から来たいわば宇宙人かしら」

 と尋ねてみると、包み隠すことなくこうもあっさりと彼女は自身と永琳がそうであることを認めた。
 なら何故彼女たちは地上に来たのだろうか。そして何よりこんな人里から離れ、人との交流がほとんどない迷いの竹林の中に屋敷を構えているのだろうか。
 ひとたび中に入ってしまえば抜け出すことはほぼ不可能な場所である。まるで相手の侵入を拒むための要塞のようだ。

「何故地球に? 宇宙人だから地球の侵略なんかを考えているのか?」
「へっ? ぷっ、あはははっ! あ、あなた面白いこと言うのね。確かにそうしてしまえば一時期の退屈しのぎにはなるでしょうね」
「退屈しのぎって……あんた」

 冗談半分に聞いてみた。
 すると彼女はそれもありかもというように腹を抱えて笑いながらそう言うのだ。彼女の言う言葉も冗談のように聞こえて、それを本気でやり遂げてしまいそうな何かが含まれていた。
 月の科学が地上よりも発展していると聞いているが一体どれくらいの差があるのだろうか。この世界と外の世界では何百年という差があるだろうが。
 それよりももしも起きてしまったら戦争ものであろうに、それを退屈しのぎという彼女に恐れ以上に呆れを抱く。

「それでも月の科学をもってすれば数日で終えられるわ。でもそれを終えてしまえばまた以前の退屈な毎日がやってくる。そもそも月人に地上を征服するメリットはないわ」
「数日……そこまで差があるのか」

 それだけの戦力差に脱帽する。
 その差というものは外の世界のことを示すとは思えない。彼女たちが外の世界の月と繋がっているのならすでに見つかっているはず。
しかし優也が外の世界にいてテレビなどで月について見たことがあっても、決して別の世界が広がっているなどというものはない。
 もしかすると次元レベルで違っているのかもしれないし、幻想郷から見える月だけにそれが存在しているのかもしれない。
 しかし彼女のある言葉に引っ掛かりを覚える。
 それは――。

「それが終わればまた退屈な毎日が戻ってくる? メリットがないってどういうことだ?」

 文化が遅れているからであろうか。それ以外の何かがあるからであろうか。
 それ以上にメリットがないというのは何故か。
 領土を広めるためなどというメリットがありそうであるが、何故であろうか。

「地上はね、月に比べて穢れが多いのよ」
「穢れが……多い?」

 どういう意味だろうか。
 純粋に汚れているとでも言っているのか。
外の世界はそういえるかもしれないが、すべてがそうだとは言えない。
幻想郷はむしろ美しいといえる。外の世界から失われていったものがここにあるといっても過言ではないだろう。
 ならば月はここ以上に美しい世界と言うのだろうか。
 だが彼女の言うことは優也の考えていたこととは違っていた。

「この世界の生物は最終的には命が尽きるわよね。でも月に住む月人は違う。地上に住む生物が持つ“寿命”という概念を持たないの」
「なんだよそれ……つまり“寿命”があるということが穢れというのか?」

 その言葉に対して衝撃を受ける。
 優也の言葉に対して彼女は頷くことで肯定する。
 地上において生きとし生けるもの、それが全て月人からすれば穢れしかないというのだ。そこに住む人間も、妖怪も、妖精も、四季を彩る花々も、人の手によって育てられる作物も。
 それでは、月人は地上のものを見下している、下等なものだと見ていると言っているようなものだ。
傲慢な考え方に、さすがの優也もそれに対しては首を傾げる。
 だが彼女は――。

「それが月人の持つ考えよ。決して不死ではないけど不老ではあるわね」

 事実を包み隠さず、ただその通り言う。
 なら彼女は、彼女の付き人である永琳はどうなのだろうか。何故穢れていると思っている地上にやって来たのか。
 その疑問を彼女に尋ねてみる。
 彼女は少し考えるような素振りを見せ、そして――。

「私が地上に来たのはもうずいぶん前になるわね。まあ来た理由は単なる暇つぶし。月の都では姫として全然不自由のない生活をしていたけれど、返ってそれが苦痛だったのよね。だからためしに来てみたってところかしら」
「月の姫が勝手にか? それに穢れを嫌っているなら普通それは許されないことだろう?」

 月人が地上を穢れているということで嫌っているのなら、とてもひとりの姫である彼女が地上に行くことを許すはずはない。
 しかし彼女はこうして地上に存在している。何かしらの理由があるのだろうか。
 だがその理由が何か大きすぎるものであるように感じられた。穢れを嫌う月人が穢れていると言われる地上に居つくなど、普通ならありえないことだからだ。彼女たちは何かを隠している。それを知る権利があるのかどうかはどうとして、何となく気になった。
 また少しずつ雲が月を隠していく。
 光が遠ざかると同時に、隣に立っていた彼女がここを立ち去る音も聞こえて来る。姿も明かりが少ないためにぼんやりとしか分からない。
 去り際に彼女は――。

「外の人間はまだ愚かにも死なない、老いない身体を求めているのかしら?」
「えっ……?」
「そんな生き方、死んでいるのと同じなのに……」
「おい、どういうことだっ!?」

 外の人間が愚か? どういう意味なのだろうか。
 そして彼女の言う言葉にあった死なない、老いない身体――つまり「不老不死」ということなのか。
 ふと今までのワードがまるでパズルのように組み合わさっていくのか感じられた。
 “藤原”、“竹林”、“永遠亭”、“月”、“従者”、“姫様”、“不老不死”――それらが合わさり一つの物語が生まれる。
 そうそれは――。

「そうそう、言い忘れていたわ――私の名前は蓬莱山輝夜よ」

 そう言って彼女は光の届かない舞台裏へと消えていく。
 そうしてようやく優也の口から零れた言葉――それは。

「『かぐや姫』……『竹取物語』か」




後書き
ED→《東方Vocal》Necro Fantasia (REDALiCE Remix) / ネクロファンタジア

 はじめましての方は、はじめまして。
 いつも読んでくださっている方は、ありがとうございます。
 作者の泉海斗です。
 今話から第2章であります「暴食の妖桜」が始まりました。
 まずは第2章のプロローグの部分を投稿しました。前回の異変でようやく一つの新の絆を手に入れました。とはいってもゲームでいう召喚レベルが足りませんのでまだ使用することはできないのですが……。
 今後の異変のフラグやコミュニティの範囲を広げるために優也には少し幻想郷を移動してもらいました。とはいっても前回での異変で負った怪我の治療のためなのですが……。向かった先は最も信頼のある治療所である永遠亭。今作の永遠亭の役割としては、主人公たちの怪我の治療や回復アイテムの補充などです。永琳なら素でソーマなどを作り出しそうだと思いましたので、そのように設定しました。
 そして永遠亭といえばかぐや姫こと蓬莱山輝夜。
彼女の寿命や永遠というのも今章や第4章で関わってくるワードでもあります。この作品は世界観がペルソナ3シリーズやペルソナ4とリンクしています。外の世界では現在ペルソナ4の物語が進行しているということです。
 そのため二つの作品で登場した人物なども登場するかもしれません。物語にも関わらせるつもりなので、その辺りも楽しんでいただけると嬉しいです。
 まだまだ先は長いですが、今後も楽しんでいただけると嬉しく思います。
 最後にこの作品を読んでくださった皆様に最大限の感謝を。
 それでは!!


コミュ構築

愚者→幻想郷の民
道化師→???
魔術師→霧雨魔理沙
女教皇→アリス・マーガトロイド
女帝→???
皇帝→???
法王→上白河慧音
恋愛→???
戦車→???
正義→博麗霊夢
隠者→???
運命→レミリア・スカーレット
剛毅→???
刑死者→???
死神→???
節制→???
悪魔→射命丸文
塔→八意永琳
星→フランドール・スカーレット MAX
月→蓬莱山輝夜
太陽→???
審判→???
世界→十六夜咲夜
永劫→???

我は汝……汝は我……
汝、新たなる絆を見出したり……
絆は即ち、まことを知る一歩なり。
汝、“塔”のペルソナを生み出せし時、
我ら、更なる力の祝福を与えん……

我は汝……汝は我……
汝、新たなる絆を見出したり……
絆は即ち、まことを知る一歩なり。
汝、“月”のペルソナを生み出せし時、
我ら、更なる力の祝福を与えん……

前章の登場シャドウについて
名前 紅月の嫉妬・フランドール・スカーレットのシャドウ
出現理由 外の世界を知るレミリアたちに対しての嫉妬が殺意と憎悪に誇張されてしまった形。
アルカナ→星
打撃→耐
斬撃→耐
貫通→耐
炎撃→耐
水撃
氷撃
電撃
風撃
地撃
万能
神聖→無
暗黒→無
バステ効果→無*フラッシュノイズによる光は「弱」。
スキル&使用スペルカード
@アギダイン
Aマハラギダイン
Bブレイブザッパー
C吸血
D吸魔
禁忌「レーヴァテイン」
禁忌「フォーオブアカインド」
禁弾「過去を刻む時計」
禁弾「スターボウブレイク」



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