イリヤの空、UFOの夏
あるいはちょっとしたトラブル
作者:出之
11.
「へ、へへ、お、おれさ」
少し足りなさそうな兵が大事そうに立写を撫でながら言う。
「いきなりひ、引っ張られてきたけど、で、でも」
立写を指差しながら。
「か、帰ったらけ」
ばかこんなとこでフラグ立てるな巻き込むなばか、は、旗がなんだ。
ぱしゃ。
突如血反吐を吐きながら声も上げずに兵が倒れていく。
銃声はない、マズルフラッシュも。
狙撃か。
いんかみん、めでぃっく、めーでぃく。
ぱしゃ。
肉眼でもセンサでも捉えきれない距離を置き彼は存在した。かるく二百は数える現地の老頭だ。テッティ。その前身は亀、であるらしいが陸上進出がその契機と推察されるものの、知性獲得の詳しい経緯はまだよく判らない。恐らくはいつもの、神の気紛れな一撃というやつなのだろうが。その姿はその、所謂、トレードマークのあたまのお皿が欠け落ちた河童、が一番近いだろうか。但し毛髪を含め体毛はない。そして背の甲羅はずいぶん小さく退化している。しかし近親憎悪かベイファスは彼らを被りビビりと呼びテッティも負けず裸族蛮族と遣り返す。
実際の彼らは名を成す傭兵も多い勇猛な種族だ。頑健な身体能力はベイファスをも上回る。しかし体長は平均して1mを越えない。頭身も4、5程度の寸詰まりのユーモラスなもので、その外観は何かと誤解の種でもある。
老頭は狙撃銃と一体化した照準筒を片目で睨みながらゆっくり少しずつ銃身を動かし、次の標的を求めた。
そして銃を静かに降ろす。視界内は狩り尽くしたようだった。
その黒に近い蒼色の狙撃銃から、蒼槍の狩頭の二つ名を持つ彼だった。前の紛争で100殺目くらいを過ぎた、ちょうど数えるのを止めた頃からそう呼ばれ始めた。彼にとってはどうでもいいことだったが。
だから、今期の紛争でも彼を知る者は早くから声を掛けた。だが今回、彼は頑なだった。思いがけず授かった初孫の為を思い、硬い決意を固めていた。
昨夜まで。
今の彼には再び、この禍々しい相棒しか残されていなかった。
裸族蛮族、全くその通りだ。彼は冷静に胸中で罵る。見栄っ張りで臆病で、練度は低い最低の軍隊、彼にはそう見えた。動く物は見境なく撃ち、狙撃者1頭にこうしてあっさり1個小隊を狩り取られる。
銃は皮肉なことにベイファスからの鹵獲品だった。テッティでもとりわけ短躯な、だが幸運にも強壮だった彼は与えられた装備に始め苦労させられたが、扱いに慣れると最高の銃だった。大雑把に表現すれば、標的の内部に原子反応を勃起させ散弾状の物を爆散させることで、破壊する。ただし威力は低い。しかし対頭用の狙撃には必要十分。
射程は見通し距離内無限遠。再装填に少しかかるが弾薬も原則無限。標的を見つける能力と隠蔽の慎重さ、そして殺す意思。これさえ揃えば誰でも狙撃手になれる。
この銃に生かされるおれがこの銃で殺す、か。
天をも呪っていた。
一度与えておいて喜ばせ、次いで悉くを奪ってみせる。
そうか、それが御意思か。
ならばおれは。殺して、殺して。捧げよう。
殺し尽くしてやろう、せいぜい受け取れ、天にまします我等が豚にも劣る何者かよ!。
不意に場違いな笑いの衝動が彼を襲った。その衝動に身を任せた。疲労を自覚しつつ。
暗い笑いを貼り付けながら次の射座を求め身を起こしたとき、彼に天の彼方から祝福が、呪縛からの解放がもたらされた。
砲撃管制士官は青く充血した眼で覗き込みながら素早くもう一度、監視筒を周回させ遂に、望むものを得た。空間作用波が次元を揺らした僅かな痕跡を。
みつけた。
全く似合わない酷薄な笑みを刻みつけ、躊躇することなく砲撃支援を要請する。セルヴ軍が降下させた貴重な砲兵戦力は過労で後送を出すほど商売繁盛だったが、このとき偶々キャンセルが出て手が空いていた。
昨夜の軌道爆撃が瓦礫の山に変えた街の一つ、まだ負傷者も生き埋めの住民も蠢くその一帯を砲火は無造作に耕し直した。
「どうだ。まだ少し廻せるぞ」
立ち込める粉塵越しに弾着を確認した彼女は、ちいさな笑い声と共にそれをやんわりと断った。
「効果十分。いい仕事を有難う、また宜しくね」
おうよ、という掛け声一つ。通信は終わる。
やったよ、と呟きながら彼女は遠方を見つめた。あの青槍をやったよ。
そして、倒れていった。
もし戻れたら。
ごめんね、わたしもどれないけど。
あなたは、がんばって。
かならず。
少し粗暴で、それに自分でいらついていて。でも私にだけは絶対優しかった彼。
彼に出会えて良かった。最後の力で微笑みを浮かべ、彼女も止まった。
総てが静止した光景は、既にこの星から命あるもの尽くが消え去ったかの錯覚を与えるものだった。
錯覚でしかないのは間違いない。とおく響いて来るのは疑い無く、闘争のみが奏でる無秩序なしかし力にだけは溢れた戦場楽曲のそれだ。
やがてこれだけは変わらぬ夜の闇が今日もしずしずと舞い降り、等しく穏やかに抱き取って行く。だが現代の戦争技術は夜が促す休息も跳ね除け、営々と回り続けるのだ。
なので日が落ちた宵のうち。
ようやく再攻撃の準備が出来た組を率いる組長の大旗は、思わず手にした通話器を少し遠ざけしげしげと見詰めた。
これは唯の通話器だ。当たり前だ。
奇異だったのは伝わった音声だ。
「撤収、でありますか」
一音ずつ区切るよう、飯を咀嚼するように聞き返す、否復唱する。
「その通りだ大旗」
「自分にはその、撤収、を命じられたように聞こえたのですが」
「その通りで宜しいのだ、大旗」
ツージンは辛抱強く繰り返した。
大旗は初めて気付いた声で更に問う。
「では、夜間攻勢は」
ツージンは思わず鼻を鳴らしそうになるが止まり。
「取り下げる」
なるべく平静を保ちながら続ける。
「だからといって漫然と退くな。最後まで敵の脅威で有り続けるのだ。但し、準備そのものは速やかに行え。回収予定は追って伝える」
そのまま一方的に通信を切る。
江嶋はその様子を顔も上げずただ耳と気配だけで確認していた。まあ今のところは従順らしいからよい。こっちはこっちで進めている。
かつて虫で集めた情報を現状に照合させているが……あまり役立ちそうにない。だがここから拾い上げるしかない。佳南とその作業を進め、なんとか目星をつけた江嶋は立ち上がった。
「宜しい、貴官はこのまま降下部隊の撤収指示を継続してくれ。副官を置いていく。詳細すり合わせを協議して決定するように」
「どちらへ」
ツージンは不意を衝かれた本物の驚きと共に尋ねる。
江嶋は地表を指差し。
「交渉相手を探しにいく」
ツージンは僅かに眼を剥いた。これはなんだ。作戦ではないのか。これではまるで政治ではないか。そんなもの我々の職掌ではないだろう!。
彼の直感はまた、正しい。
そして江嶋は、軍人である前に全権を委託された大使であり軍使であった。
少なくとも江嶋は、この事態を収拾する術の道具の一つとして、その自覚があった。
交渉相手を探す。
言葉にすれば一言だが無論、容易な作業ではない。
先の通り、手掛かりは前に虫で拾ったデータだった。
当時、セーフハウスと目星をつけた所は、既に総て軍が耕した後だった。
虫は、原則経路を伝い情報を得るので、状況がここまで混迷してしまうと余り役に立たない。普通の偵察センサと同様、ピンポイントに情報を得る道具としての運用は可能だが、今欲しいのはどこの情報を得るべきかのマッピングなのだ。
それでもまあ、ないよりマシなので。最新情報と当時の情報経路痕跡を丹念に辿っていくと、仄かに浮かび上がるものがある。江嶋と佳南はそれを地道に読み取って行き、彼らが現在の潜伏先/活動拠点としているポイントを何点かに絞り込んだ。
あとは江嶋が実際に現地で接触を試みる。
佳南は当然、心配したが。今度こそ江嶋に同行すると更にやっかいを引き起こすのはかなり明白だったので、軌道上、この旗艦に留まることに決めた。
「じゃ、行って来る」
「足耳」から艦載機を引き出し、何でもないようにいう江嶋に佳南は小さく頷いた。
「気をつけて」
「そっちもな」
出た。
旧式センサにはカスリもしない万全の不可視、ステルスで艦載機は飛ぶ。江嶋は何もしていない。完全なオートパイロットだ。
一つ目の目標近くに機は音も光も無く滑るように降りる。降り立った江嶋は、しかし聞こえてくる会話を聞いて落胆した。全員、唯の戦争屋だ。その意味ではまあ優秀そうだが、それだけだ。使えない。江嶋は引き上げながら後の面倒なのでその場で全員拠点ごと処分する。次は生体反応がなくスルー。次は……逆に穏健派の集まりだった。確かに穏健だが柔佳く剛を制すの類でもなく、これはただの仲良しクラブだ。やはり交渉相手にはならない。まとめて処分して次へ。
「なあ、このへんが頃合なんじゃないのか」
一頭が、やわらかい言葉遣いとは真逆の、強い決意を宿らせた目付きでいう。
その場の視線が集まった。
「頃合、どの辺がだ」
「攻勢限界だ」
端的に言い切る。
「確かに今回、準備に時間を掛けた、従来よりはな。だがそれでも発覚し、蜂起は前倒しになった。否。蜂起そのものを取り止める計画だったはずだ」
「それは裸が」
「現実を見ろ」
手を振る。
「奴らは帰らない。このままだと何もかも失うことになるぞ。もしこれ以上抗戦を継続し、仮に、仮にだ、勝利出来たとしてもだ。干上がり切った財布で何が出来る。飢えた民衆を抱えて、だ。今以上に悲惨なことになる。誰にでも理解出来るはずだ」
そう、誰にでも理解出来る。
だから、だ。誰もそれを見ない。
一頭の手が素早く腰に伸び。だが。
そのままぐにゃりと床に倒れた。
それでスイッチが入った、いや切れた、という様に。
彼を残し、その場の全頭がくたりとしてしまった。くたりと。
死んだ。
まるで通りすがりの死神が気紛れに鎌を振るいまくったように。
そこに江嶋はなに食わぬ顔で現れた。
「失礼」
おれがその死神だ、まるでそう宣言するように不意に出現したその異種族に、彼は不審以上の何かを覚えた。
「誰だ!お前は!」
威勢というより虚勢交じりの、怯えを隠せない声が誰何する。
「エジマという。軍使だ。決定権者と話がしたい」
しばらく顔を見合わせた後で。
「ここにはいないが」
男は慎重に言葉を選ぶ。
理屈ではない。こいつは、危険だ。
そうか、とエズマを名乗る異種の男は平然と受け流し。
「では君でいい。少し話そう」
死体、若い女だ、を蹴落とし、目の前の椅子に勝手に腰掛ける。
「おれは名乗った。君は」
「……ボーゼフだ」
少し躊躇い、応える。
「よしボーゼフ。君の認識は大体合致しているが、致命的に誤っている点がある」
ボーゼフは憑かれたようにエズマの次の言葉を待つ。
「我々には撤収する用意がある」
言葉を切り。
「君の態度如何では、だが」
ボーゼフは唾を飲み込んだ。
「なぜ僕、いや私なんだ」
ん、とエズマは見つめ。
「話が付きそうだから」
「それ以外は殺したのか。邪魔だからか」
んー、と相手は周りを見渡し、初めて気付いた顔つきで。
「ああ、随分死んでるね」
向き直り。
「寿命だろ?」
事もなげに言い切る。
ボーゼフは、奇妙な笑いの衝動が突き上げてきた。
「それで、何がどう私次第、なんだ」
江嶋は、今度こそ真剣な表情でボーゼフと向き合う。向こうからどう見えようと。
「軍隊てのはムダの塊だ。紙幣を焼いて湯を沸かし、風呂に入る様なもんだ。実際、今回の動員でこっちの財政も悲鳴を上げている。判るか」
「まあ、そうだろうな。徹底抗戦派の論拠もそれだ」
ボーゼフは首を回してみせる。
「だが同時に、結果を出さなきゃ退けん。これも、判るな」
ボーゼフは再び、今度は黙って首を回す。
「そこでだ。今後10周年期、君たちの寿命に照らせて出来れば100周期、安全を保障してくれ。そうすればいつでも俺達は喜んでここから引き揚げよう」
佳南は旗艦艦橋、司令官席の床に手足を投げ出し仰向けで転がっていた。胸にぽっかりと貫通創が開いているが、焼き切れているので出血は少ない。その容姿の美しいだけにどこか妖しく艶めかしい光景だが、残念ながら美醜への感覚が異なるベイファス種たちにはただの尾無しの雌が引っくり返っている、としか見えていない。
「こやつ等は賊だった。皇国が、我等が臣民が労苦で勝ち得た利権を不当に損ねる害毒に他ならなかったのだ。そうだな?異存はあるか」
「否!」
その場の全頭が一斉に応える。拒んで得する局面でもない。
一頭がすいと前に出、じゃこいつは私が始末しときます。言うが早いかつい先刻まで次席指揮官の素振りで派遣軍全軍を隷下に掌握していたつもりでいたその肉塊を、死体袋に放り込むと素早く退室した。余りに鮮やかな手際であったのでツージンも一瞬戸惑い、しかしそうなるとむしろ好都合にも、気付けばそんなもの始めから存在していなかったのだと、その場での合意はたちどころに醸成されていた。
次は、そう、確定している。
エズマを消す。
ツージンは眼下を見下す。例えそれこそ、この星を更地にしてでも。
「話は判った。少しだけ時間が欲しい、それと」
「それと」
ボーゼフは思い切って、さけんだ。
「軍使としての、証を見せろ。今すぐにだ」
江嶋はちょっと首を捻った。
「そいつは困ったな。うん」
指を鳴らす。
「こいつでどうだ」
凄まじい破壊音と共に、青白い火花を周囲に散らしながら巨大な何かが側壁を突き破り、出現した。煽りを受けホールは半壊する。
艦載機だ。
こんなものは確かに中央の産物だ。証としては十分だろう。
「乗れ。詳細を詰めよう」
が。
江嶋は不意に異変を察し、ボーゼフを衝き伏せながら自身も床に身を投げる。
建て残っていたホールが崩落する。
ボーゼフは笑い掛け、江嶋の手を引いて起こす。
「仲間割れか。撤収か徹底抗戦か」
江嶋は真顔で一瞬、怒りを表し。
「どうやらそうだな。佳南、おい佳南!!くそ、だから気をつけろとあれだけ」
どん。
砲撃が着弾。
ボーゼフを庇い江嶋は吹っ飛ぶ。
「エズマ?!」
「見てくれほどじゃない!、こっちは重装だからな」
上着は綺麗にふっとんでいたが、裸同然、ではなく黒光りするインナーを全身に着込んでいる。スキンタイプの戦闘強化服だ。佳南も同じものを着ているハズなんだが。それでもやられたか。
ツージン!!。
江嶋も容赦しなかった。
一時的に二人の笠になった艦載機を、地表を這うような高度で脱出速度を発揮させ周りから群がり集まる兵の群れに突っ込ませる。
プラズマ化した大気が紅蓮を放ち、衝撃波が吹き飛ばし、長く曳くブラストが残りを灼き尽くす。だが所詮非武装、活躍はそれほど長くはなかった。だが一山の死体を築き、極めて限定的だがこの戦場で主導権を掌握するくらいは十分に働く。
それでも散発的な火線が周囲から集まる。
「何ぼっとしてる、応戦しろ!銃は使えるな?」
「あ、ああ」
応えたボーゼフは手近の小銃を構えると、訓練されたものが示す慣れた姿勢と手付きで応射を始める。
それを見届けた江嶋は前進、さっき吹っ飛ばした部隊の装備を探る。分班支援火器を見つけ、両脇に抱え敵火点を一つずつ潰していく。が。
「伏せろ!!」
辺りの瓦礫と共に江嶋の体も宙に放り上げられた。全身をばらばらに引き裂く衝撃の中右手がもげる。即座に痛覚が遮断され痛みはないが痛い、利き腕を失った、戦闘力大幅低下だ。
同時に気付く。
当然だが標的はおれ一人か。
ならやりようはある。
這うように跳躍し、観測兵を探し、撃つ。
観測兵は大抵女性士官だ。
恋人も夫も子供もいるだろうが関係なかった。
支援火器の一連射で吹き飛ばす。
全力で動けるのは後何分だ。
まだか、佳南。
衝撃。
直接照準で野砲の直撃を受けた江嶋は更に左腕と、頭部も左半分を失いながら吹き飛ばされ、地面を何度も跳ねとばされながら叩き付けられる。
ツージン。
佳南。
さすがに意識が飛びそうだった。
その主を三度替えた派遣軍艦隊旗艦。
ばしん。
総ての探査系、索敵系、眼と耳が白目を剥く。一気に塞がれた。
「何事だ」
僅かな苛立ちを交えツージンが副官を問う。
「し、至近距離からの弾幕妨害です、あ。回線強制接続されました、来ます!」
佳南は「足耳」の戦闘司令室で仁王立ちになり、立体映像を叩き付けてきた。
「ウチの旦那は”あまあま”でどーしょーもないけど私は違うかんね!ツージン少長!非を認めて大人しく投降するか最後まで足掻くか、好きに選べ!!」
佳南は本気で激怒していた。それは用心の隙を衝かれまんまと”殺された”自身の間抜けさ加減もついでに上積みされている。
中央の技術に欺瞞されたのか、このおれが、という事実認識からして最早苦痛以外の何者でもなかった。この男の剥き出しの地金が鈍く光る。
震えながら無意識に舌を振った。そしてツージンは絶叫した。
「わた、私は間違っていない!正しいのは私だ!!私のはずなのだ、それを」
佳南はどこか疲れた顔でしかし鋭く、立てた親指を一閃。これは或いは宇宙共通のサインなのかも知れなかった。
旗艦ブリッジの内壁に沿うように幻の如く6体の影が出現し、その中ツージンは音も無く床へ倒れこむ。
「中央軍だ。抵抗するものは殺す」
威嚇ではなく、ただ法がここにあるを示す判決読み上げのような声が辺りを払った。
江嶋が唯一引き連れた増援、最も高い練度を誇る皇都親衛第一特殊藩群第一組第一特戟班。名誉称号である特戟の名乗りを許された、精鋭であることそのものを任務であるとするような部隊だった。
抵抗?冗談でしょ、という目つきで互いがちろりと舌を揺すると、ツージンに従うべき全頭がその場で即時に上半身を平伏し掲げた尾をゆっくりと振って回す。正直既に派遣軍の誰もがツージンが振りかざす、正当で攻撃的な戦理にうんざりしていた。撤収、邦に返してくれるというエズマの言葉は福音に他ならなかった。
あらら、ちょっとだけ可哀相かも、と思いながら佳南のその憐憫は1ミリ秒も続かなかった。傍らのミャウ一頭に振り返り。
「それにしても助かりました。改めて有難うございます」
礼に、反応は慎ましやかな一言だった。
「いえ、職責を全うできただけです」
佳南は黙って頷きつつ。
「でも、すみません、ただのその、事務方の方かと」
「いえ、ただの事務方にしておいて下さい」
江嶋のもう一枚の伏せ札、チチュカミはそう答えるとしかし、満更でもない表情でつるりと顔を一洗いしてみせた。
攻撃は今度こそ止んでいた。
「お、繋がった」
「あ、あなた?!大丈夫、生きてる?!」
「だからこうして通信してるんじゃないか」
安心させるように、慰めるように江嶋は囁く。
「ごめんなさい、私、ほんとうに殺されちゃって。チチュカミさんに蘇生して貰って、だから手間取って、御免なさい!!、わ、私が」
「いいから。大丈夫、大丈夫だから」
ちょっと軽く100回くらい死にそうだけど死にそうに痛いけど。
体組織が再生中で、痛覚は断続的に試験されがんがん来る。
しかし気絶する贅沢も彼にはない。そんな暇はない。
あやすようにいい、傍らに立つボーゼフに。
「ああ、妻なんだ」
そうか。ボーゼフは言った。私のは一週前に私を残して皆、死んだ。
「殺された」
江嶋は暫く無言で対した。
「大変、申し訳ない」
「いいさ。手を挙げたのはこっちなんだ」
全くそうではない口調でボーゼフがいう。
しかし頑丈だな。ちょっと賛嘆した口調のあと。
一転、妙に明るく。
「取り決めは以上でいいんだな」
「ああ、我々は退く。しかし君を通じて援助は続ける。君自身へを含めて」
江嶋はボーゼフを、見た。
「君がこの星の王になれ。我々はそれを全力で支える」
「裏切ったら」
江嶋はにたり、と笑い、告げた。
「今度こそ、全力で叩く。草木一本遺さず、最後の一頭まで刈り尽くす」
ボーゼフは、笑った。
「了解だ」
背を向け、誓う。
「この甲が落ちるまで、忠誠を誓おう」
テッティの背の甲羅は、主が死ぬとしばらくして剥げ落ちる。
ボーゼフが去ると詰め寄ってきたのは佳南だった。
「ツージンを赦すって、あなた、いえ司令、本気ですか」
私を殺した。言い募ろうとする佳南を眼で留めて。
「痛て、てて!!」
「きゃ、ごめんなさい!!」
ちぎり取ってしまった右腕を慌ててくっつける。
「左ももげたんだ、気ぃつけてくれよ」
「いやそうじゃなくて」
江嶋は真面目に佳南の眼を覗き込んだ。
「彼は優秀だ。彼の職掌の及ぶ範囲に於いて。それに、彼は間違っていない。私心で動いた訳じゃないんだ」
だが、暗い顔で吐息した。
「私は彼を赦す。しかし。一度軍に背いたものを、軍は赦さないだろう。その裁定に任せよう」
もちろん、極刑しかなかった。
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