イリヤの空、UFOの夏
あるいはちょっとしたトラブル

作者:出之



 12.目標地球

「50点」
 バイドは評した。
「傀儡を据えたのはいい。なぜ洗脳してやらん。それが互いの幸福だろうが」
 洗脳、ねえ。
「どうした。宗教なんぞよりよっぽどマシだぞ」
 言葉を切り。
「ところで、お前も見とくか」
「へ、何をです」
 バイドはイヤな顔をした。
「おれがお前に見るかと言えば一つしかなかろう」
 あ、ああ。江嶋も合点がいく。
「後学の為に、可能なれば是非」
「よし、ついて来い、銀央までブッ飛ばすぞ。」
 バイドの“足”は、足耳など及びも拠らない、50km級の重巡航艦だった。ようするに宇宙戦艦、艦隊の主力艦である。
「よし、お前ら、いくぞ!」
 そして江嶋は圧倒されていた。
 あの光が、総て戦闘艦だというのか。
 まるでそこに一つの星雲があるようだった。
 バイドは一瞥して一言。
「億は居るかな。兆は居らんだろ」
 億?兆?!。
 それは、戦闘員の??。
「ばぁか!」
 江嶋は頭から一喝を浴びた。
「艦の頭数に決まってるだろ。今まで何を見、どう学習してきたんだ」
 ここまで来ておれを失望させるなや。バイドは嘆き小さく鼻を鳴らした。
「なに、九割九部九厘無頭だ、コケ脅しもいいとこだって」
 げはは。
 そして怪訝そうな目つきで江嶋を見る。
「どうした、何故笑わん、今のは笑い処だぞ」
 艦隊、いや、艦雲が演習を開始した。
 太陽が1000個ほど爆発したような閃光がぼうぜんとしていた江嶋の眼を灼く。
 バイドは素早く遮光グラスを掛けていた。
 江嶋も慌てて支給されていたそれを付けた。その向こうからでも凄まじい光量が溢れて来ていた。
 高真空、宇宙空間で光線兵器の射線は発光しないので、放たれているのはレーザとかそういった類と既に違う何か、だ。
 一つ一つが惑星規模の標的が次々と消滅していく。
「ああ、ハリボテだが一応無垢だな」
 バイドが言語矛盾のような感想を洩らす。
「まあこのくらいの火力はなきゃおハナシにならん」
 砲撃、それを砲撃などという俗な用語で表現してよいのであればだが、それは威力を増したようだった。それは質的にも量的にも、言語の領域で表現可能な閾界を飛び越えた光景、というより世界、だった。
 江嶋も当然、その眼でみたことなどないのだが、連続するその一つ、一つが彼のビッグ・バンのような光芒が空間を歪め、引き裂き、爆滅させている。
用意されていた、こちらも艦雲に負けない規模の標的が、瞬く間、文字通り瞬きする間に総て消滅していた。
「ほう、次元撃縮空間作用場斉投射か。少しはやるな」
 いったい、バイドベインが何を言っているのか全く理解出来なかったが、少しだけ感心を示しているだけに彼は目の前の出来事を根源的にではないにせよ、戦術作戦運用的の基準に於いては十分、理解しまた自身、それを使える立場にいるのであろうことは推察出来た。こんな途方もないことを、実際の水準で、当然と。
 江嶋には、何が起きているのか、バイドベインが何を呟いたのかどう感心したのか、全くなにも、想像すら出来ない、正に別次元の存在だった。
 言葉にするなら、想像を絶する規模の破壊力が眼前にある、というところか。
 こんな文言の羅列、何の意味も持たない。一桁以上の数値を認識する術を持たない未開を全く笑えない。理解能力の貧困さに於いて両者は全き等価の関係にある。
 隣に立っているこの巨大なトカゲ男が、久しぶりに、いや初めて、遥かとおい存在に感じられた。
 こいつらは、地球外知性体なんだ。
 そのことを、腹の底まで沈み込むほどに実感した瞬間だった。
 そして、唯一、これだけは確かなことと把握出来る現実があった。
 は、はは、ははは。
 勝てねえ、この連中には勝てねえよ、佳南。
 太平洋の前線でご先祖さま達もかつて敵軍の偉容を前にそう言って笑ったに違いない、とそう思った。
 戻って少しして。
 江嶋は、相当なやんだ。
 佳南とも何度も相談した。
 しかし結論が出ない内に一月が過ぎ、半年が過ぎ。
 また一年が経過しようとしたとき。
 バイドベインの名代で、中規模艦隊を率い見事堅勝を収め帰還したその足で。
 遂に江嶋は申し出た。
「バイドベイン、すまない、貴方に頂いた恩義は」
「まどろっこしいな」
 バイドは一喝した。
 間を空け。
「邦に帰るか。それも佳かろう」
 つと、視線を外す。
「ま、お前もお前なりに良くやってくれた。本当だぞ」
 視線を戻し、言う。
「何でもいい、餞別だ、一つやろう。おれの女房以外なら何でもな。何がいい」
 短い挨拶を済ませ、退職恩給代わりにそれを受け取ると佳南を呼び出した。
「こっちは済んだ」
「こっちもいつでもいいわよ」
 江嶋が貰い受けたのは、もう完全に足として馴染んだ「足耳」一隻だった。
 二人で地球復興に必要と決めて買い付けた物資を、搬入する。
「目標、地球」
 なけなしのペイロードに、カーゴルームから通路にまで溢れる積めるだけの物資を抱え込むと、命名「K&T」号は静かに発進した。
 地球に関しての情報収集は、敢えてして来なかった。
 還るときには還るだろう。そう思いながら。
 或いはもう滅んでいるかもしれない、そう思いながら。
 敢えて、意識の片隅の、その外に置いてきた、今日まで。
 太陽系外縁に実結した直後その通信を傍受した。
「聞こえるか、江嶋三尉。応答せよ」
 内心驚愕しつつ、江嶋はワンコールでそれに応じた。
「感度明瞭」
 僅かなざわめき。
 続いてやや高揚した声が続く。
「私はDF本部付、特等一佐の相庭だ」
 江嶋はさすがに衝撃を受けた。
「相庭……一佐。昇進おめでとうございます」
 往信が少し遅れる
「……それは流石にムリだよ、江嶋さん。僕は五世です。あなたとのコンタクトに最適と見込まれて引っ張って来られたただのメッセンジャーですよ」
 声は苦笑を交えながら伝える。
 かつてケスラーシンドロームによる閉塞さえ案じられていた地球軌道はさっぱり片付き、捕捉した反応は唯一それのみだった。全長1.5Kの「K&T」はシャトルを収容し代わりに地球軌道を占位する。
 この存在に気付いた地上からものすごい数の呼び掛けが浴びせられたが江嶋はこれを無視……余りに煩わしいので弾幕妨害でその総てを沈黙させると、ようやく諦め……NASAだけがまだ唯一粘り強く発信を続けていたが無視し、五世との対談に臨んだ。
 互いに軽く頭を下げる。久しぶりだこの感触。
「その、何とお呼びすれば」
 全身で緊張を伝えながら五世が口を開く。
 確かに、あの相庭二佐の面影がどこかに残る、20少しの青年だった。だがかつての二佐に比べ、はるかに柔和な感触だ。
「江嶋でいいよ」
 ざっくばらんに応じる。
「では、江嶋さんと。まずはこれを」
 そう言い、彼は一片の封書を差し出した。
「初代から預かっているものです。江嶋さんとお会いすることがあれば必ずお渡しするように今日まで代々言い付かってきました」
 江嶋は手に取り、くるくると眺め回す。それほどの厚みもない。
 五世をみやり、確認する。
「ここで?」
「是非に」
 ぺりぺりと封を開け、眼を通す。
 万年筆による二佐らしい、硬い几帳面な字が並んでいる。
 黙って隣の佳南に手渡す。
 佳南も口を閉ざしたまま、食い入るように何度も文面を追っているようだ。


 拝啓

 久しぶりだな、江嶋三尉。いや、虚勢は止めましょう。良く戻ってくれました、江嶋様。貴方がこれを眼にする確率は低いと思いますが、私はこれを残すことにします。
 どこからにしましょう。
 まず、既に貴方もご存知の通り、私達の組織は、地球外知性体の一つである、ベイファスとの接触を果たしていました。当時、地球周辺で進行していた事態についても、私達なりの手法で、正直、かなりの確度で把握に成功していたと思います。
 あなたはこう、私達を糾弾するでしょう。お前達はそれを傍観していたのかと。
 弁解になりますが、私達もその能力の限りに於いて、最大限の努力は尽くしたつもりです。当初、件の実験機の落着地点は日本の関東平野中央にありました。
 私達はこれを迎撃しました。結果、実験機の軌道を逸らせることには成功しましたが、甲号と、正操作員である伊射野東雲一尉を喪失し、また副操作員であった伊射野佳南二尉も一時的に戦列を離脱しました。
 そして、事態そのものへの介入についてですが。これは、見送られました。
 まず一つ、その効果が疑わしいこと。地球を軸に4カ国軍が各々の意向で作戦するというのですが、私達はどこの誰にどのように懇願すべきだったのでしょうか。ましてや地球は彼らに認知された存在ではありません。ベイファスが持つ膨大な辺境資料のそのサンプルの一つに加えられているだけの存在です。また当時は、米国がナイナと接触済みであることも、迂闊にも私達は知りませんでした。もしかしたら、両国が協力することでなにがしかの成果は得られたかもしれませんが。
 次に、その結果が予想出来なかったことです。ベ国とズ国が、往時の米ソを彷彿させる険悪な関係であったことも、私達はベ国を通じて見知り得ていました。それ故、もしベ国になんらかの請願が可能であったとしても、ズ国の対応次第では更に事態を悪化させる可能性がある、最低最悪の場合、この地球という星ごと総てが消滅することすら有り得る。この可能性は私達を怯えさせるに十分なものがありました。怯懦を罵って頂いて結構です。しかし私達にも重過ぎたのです。
 最後に、過ぎた打算がありました。地球外に重大な脅威が存在することを広く世間に知らしめることは、またとない地球統一の契機と成り得ようとの、思えば浅慮でありました。外圧による変革を期待するのは、全く、我が民族の悪弊に他なりません。当時は結果、それを最悪の形で思い知らされました。雨降って、地、固まるを能天気に期待しながら、実際に招いたものは既にご承知通りの洪水による世界の滅亡でした。アルカの悪意に拠らない蹂躙と、ズィーグの、事態に歯止めを掛ける目的の威嚇攻撃で、脆弱な私達の文明は破局的な被害を蒙りました。
 我が日本もその余波を受け、諸外国からの影響で史上最大級の国難の中にあります。

 江嶋様。

 貴方がこれを眼にされるとき、或いは既に日本は滅びた後かも知れません。
 しかし、これを誰かが、貴方に手渡したということは、地球は、人類は、まだ生残している筈だと小官は未練します。
 日本は仕方ないかもしれません。
 しかし、地球は、人類は。
 否。銀河を広く見聞されて来た貴君のこと。もしや、人類は滅ぼす手間を掛ける程も無意味な、下等で下劣な存在であるやもしれぬかと、その一人として恥かしく思い、危惧も致します。
 しかしながらそれでも、小官は貴君に懇願したいのです。
 もし叶うことであるなら、地球をお救い下さい、御願いします。

 これは唯のわがままです。貴君は、貴君の正しきを行うことでしょう。
 ただ、その慈悲におすがりするだけなのです。
 出来ることでしたれば、何卒、宜しく、御願い申し上げる次第なのです。
 地球を、お救い願います。宜しく御願い申し上げます。

 そして伊射野様。

 江嶋様の近くで、貴方様も必ずやこれを御覧頂いていることと存じます。
 私達の手前勝手な都合で貴方方を産み出し、使い捨てに致しました。
 貴方方には、殊に貴方の兄上には大変申し訳ないことを。いや、詫びても詮無きことながら、末筆にて申し訳ないことながら、小官としては唯、お詫び申し上げる他術が有りません。誠に、心から申し訳なかった。赦しは請いません。一同を代表しここに謝罪申し上げる次第に御座います。

 もし、貴方方にて人類の盲が拓かれるなら。人類に幸多かれしことを切に願いつつ。

 敬具


 二佐が遺したのか。これを。
 江嶋はその書簡に、びりびりに引き裂き罵倒したい衝動と、号泣したい衝動の二つを与えられた。少し、目頭が熱くなった。愛国者であり、愛星者であった、そんな素振りなどカケラも示さずにいたかつての上官を想い。
 DFが存続していたことにはあまり意外を覚えず、むしろこれで当然と思える江嶋だった、が。本部の移設先には少しばかりの奇異を感じた。
 あんから、ってどこよ。
 トルコの首都である。
 トルコ共和国。欧州とアジアに跨り存在する領土面積的には大国、世界へのプレゼンス的には中小国の、だった、そして現今は中東勢力の欧州侵攻の玄関口として南から激しい圧迫を受け、北の欧州からは前進防御としてボスポラス及びその対岸を制圧され領土的にも見事弱小の地位に転がり落ちた、なかなかに不幸自慢が出来る境遇にある。
 そして、このような悲惨な状況にありながらこの国は最後まで自ら掲げた友誼を尊守せんと残されたなけなしの力を振り絞り、DFもまたそれに最大限の支援を与えていた。
 地球最後の日本の友好国家としての責務を。その保護を。
 日本の、日本人の保護、って、一体。
 激しい違和感を江嶋は解決すべく、五世に訊く。
「つまりその、日本はどうなったんだ」
「ないよ」
 江嶋は一瞬、日本語まで変化したのかと自分の耳を疑う。
 うん、ないんだ。指差し示しながらどこかさばさばとした声で五世は言う。
 江嶋もあぜんとして眼下を見下ろしていた。
 なるほど確かに、ない。日本はきれいに消滅していた。
 富士も当然、沈没もせず物理的な列島はあるべき場所に健在だったが。
 皇居が、ない。国会議事堂も。首都高もJRも通天閣も五稜郭も原爆ドームも熊本城もあれもこれもそれもとにかくこれが”日本だった”ものが何もない。あぁ何と表現すべきか、日本全土がかつて江嶋が闊歩していた”あの”歌舞伎町に作り替えられていた。
 当時それはエア・ピープルと呼ばれた。海、という城壁を持つ豊かな堅城目掛け、世界中から”持てる者たち”が難民となってなだれ込んで来ていたのだ。何もせず真水が確保出来る一点に於いてでさえそこは楽園だった。加えて日本は、コスト故に世界には普及しなかったが、国内の産業を総て水素エンジンに置き換えていたエネルギー、そして環境の超が付く優等国だった。ちっぽけな蒸気動力船に驚嘆し威圧され国策を力任せにねじり切られたその同じ国が、世界有数の空母機動部隊を編成し最強クラスの戦艦を進水させる。環境推進の提灯を掲げながら環境後進国と蔑まれていたその同じ国が、光より早く総ての列強を抜き去り彼方へ駆け去り気付けば世界中の排出権を一手に握りふと背後を振り返る。いつもの様に。
 しかして、相変わらず変事に弱い、弱かった、呆れるほどに。
 難民たちは日本本土上で原住民の意思とは全く無関係に割拠ししかも各間で抗争を開始し、また日本に橋頭堡を確保したことから更に本国から仲間を呼び入れた。電子兵装と無関係な大昔のホビーレストア機や博物館から引き出された骨董機体がグライダーを曳航しながら続々と日本に漂着した。自衛軍が正に自国民を護る為に各地で独自に防戦する以外に、変転し続ける事態に対し政治行政共に何の有効な反応も示せなかった。それは天変により首都の、東京の人材を失っていたから、だけの言い訳では済まないだろう。生活圏を略取され糧道を断たれ、日本人はその間にも様々な要因から減り続け、挙句少数部族に転落し吸収され、消滅した。本土からはほぼ完全に。
 そして片や。
 かつて統合まで漕ぎ着けた旧大陸は千千に乱れ、ばしばし国境線が引き直され各所が火を噴き、ECどころか合従連衡を繰り返す世界大戦以前までに退行していた。
 新大陸、合衆国はカナダを巻き添えに東西南北へ分裂し相撃、北米の影響及び支援が途絶した中南米は無法の一言に尽きる。
 中東は、一斉にイスラエルを踏み潰した後、西欧化の影響が強い組と原理派に別れ、これも激突していた。原理派内だけでも衝突が頻発する有様で。
 アフリカは……ここだけは以前とあまり変わらない。
 世界各地が好き勝手に戦い争う、第三次世界大戦、ならぬ大惨事地方対戦。
 電子を焼かれた故に、偶発核戦争だけは回避出来た事実を僥倖と慶ぶべきなのか。
 お前ら。本当に滅びを望むか。
 気分のままに。江嶋は地球を更地に戻し、佳南と二人でのイニシャライズをかなり真面目に思い悩んだ。食さえ保障してやれば人口なぞ。産めよ、増えよ、地に満てよ、後は野となれもとい、今度こそまっとうな種族を文明をこの手で。
 同時に情けなく、哀しくなった。
 足りんのか。それは何だ。
 致命的な欠落、それは何なんだ。食か、礼節か、技術か、知能か、愛か。それともそれ以外の何かなのか。
 だがしかし結局江嶋は諦めがついた。いんしゃらー。なるようになるさ。
 だから江嶋は、奴隷貿易による国力破壊についてもよく知らぬままに、まず最初にアフリカ復興へと着手してみせた。
 なぜだ。それが当然のように強い非難が、特に旧大陸を主軸に湧き上がった。独裁者エズマ打倒を掲げ、みるみる地表は、特に旧大陸は一つに纏まっていく。
 江嶋はその様子に手を叩き、笑い興じる、そうそう、そうなんだよなお前ら。WW2といいその後の冷戦といい、敵が出来たときは団結心の強いこと。
 が。
 遊びは終わりだ。教育してやろう。
 江嶋がポルトガルとフランス、それとオランダあとついでにグレートブリテン本島を地表から消してみせると、少し静かになった。よし、これで人類は自らを省みる羞恥と礼節についてをより深く学んだ筈だ、そうであって欲しい。
 娘と五世がいつのまにかデキていた。江嶋は素直にそれを祝福した。日本語教育の勝利だ、佳南の大手柄だ。全人類も挙げてそれを慶んでみせた。
 やがて江嶋にも孫が生まれた。
 孫だって。いつの間にかじじぃだよ参ったなオイ。
 抑齢処置により30直前で凍りついた自身の容姿を見下ろしながら、江嶋は当惑する。2、3千年はこのままメンテナンスフリーだと聞くが。
 孫を抱きかかえあやしながら、江嶋は淡々と指揮を執り続けていた。佳南以下家族たちも彼を支えよく従った。
 やがて地表で”エズマ教”が勃興し、キリスト教他既存の宗教の総てを駆逐し、世界はほぼ一色に塗り潰された。更に各国で自由の女神を凌ぐ巨大な”エズマ”像が建立され、しかもその大きさ、華美さが競われた。江嶋は暫くそれを眺めていたが、北米に築かれた最も巨大で最も壮麗なそれを、序幕式のクライマックスで虫1匹を送り、世界が見守る中半壊させてみせた。
 ”エズマ教”は即日解散され、各国の像も慌てて取り壊され、北米の半壊像のみが遺訓として残置された。江嶋は少し感心した。連中、ルールが判ってきたみたいじゃないか。

 トルコ・イスタンブール、日本人租界。
「ヤッタゾ!!バンザイ!!」
 これも自省と自戒か、否エズマが遣うからか。地表では日本語が一種のステイタス・シンボルとなっていた。プロジェクトに参加していた一人、ネイティブ・アメリカン。
 というか恥を学んだ新世代は、WAPSを筆頭にかつての持ち主にその土地を返還しアメリカと呼ばれていた土地を退去、消滅した、否消滅“された”旧大陸跡地を中心に海上プラットホームを構築しそこに引き篭もっており、合衆国は事実上今度こそ消滅していた、ので言語矛盾につき訂正……精霊の大地はシャイアン族のエンジニアが発したその歓喜は、コミュニケータに乗りいつもの様に超光速で世界を巡った。
 そして世界中から瞬時にして、1000を超えるオーダーの祝福の言葉が返された。同時に、世界各地に存在するコミュニケータを基点に、核爆発の様な勢いで幸福の情報が伝播する。「食糧安全保障省が『マジック・ボックス』の複製に成功したぞ!」
 土を入れれば食糧を、鉄を入れればコミュニケータを産み出す奇跡の箱。畏敬の念を込めて『マジック・ボックス』とのみ呼び習わされてきた、天帝エズマが上界から地表に投げ与えた星界の匠。それを人類の手により遂に先ほど、複製製作に成功したという。
 現状は“複製”と表現するには程遠い。
 容積はオリジナルの万倍以上の一大コンビナートであり、しかも投入するのは純度イレブン・ナインの純粋炭素で、さらにトン単位のインプットに対し吐き出されるのは数個のペプチドだ。またコミュニケータに関してはその動作原理ですらまだ全く不明。
 だが、一方の、理論実証プロジェクトとしての成果はこれで十分といえる。
 見てますか二佐、俺たちここまで来ましたよ。江嶋は胸中で一人告げた。
 どんどんぱふぱふー。もちろん、江嶋一家もこの日ばかりはお祭り騒ぎだった。
 というか。
 江嶋一家は既に100人の大台に乗っていた。江嶋は一度だけバイドベインに頭を下げ、手術システム一式と担当医を送って貰っていた。医者はS級AIだが。術式そのものは既に定型化していたのだ。
 あ、抑齢処置の、だ。家族は人間算式に増えていく。お忍びで地上に降りた曾ひひひ……孫達が、現地で咥えて連れ帰って来ていた。
 月か、火星への移住を本気で検討し始めている江嶋家だった。

 王とは。自ら望む者が就く座ではない。
 望まずとも担ぎ挙がられ投げ落とされる、呪われた席であるのだ。
 地球帝國初代皇帝、そして常任皇帝、エズマ。
 その名は史家たちに限らず既定事実として人々の。
 成らしめされた、地球人の額に、深く刻み込まれていた。

 了

 第二部「おそらくしんこくなダメージ」



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