無限航路−InfiniteSpace−
星海の飛蹟
作者:出之
第二話
手にしたマネーカードがずしりと重い。
目にした事のない、或いは逆に日常の、宇宙的なスケールの数値がそこには刻まれていた。
「10000Mmp……」
口に出してみる。
「謝礼、だそうな」
渡したトスカは平然としたものだ。
入港して直ぐ、副長として自室で残務整理をしていたユーリの部屋に彼女が訪れた。
「あんたの功績だし、これは正統な報酬だよ。しっかり受け止めな、ユーリ」
「でもあれは……」
顔を上げるユーリに、トスカは被せる。
「私はやるつもりなかった」
「え……」
戸惑う少年に、船長の顔で彼女は告げる。
「いいかい。ああいう場面で指揮官は最悪の事態を想定するもんなんだ。もしヤツが、もっとアタマが悪くて、やけくそその場で対敵姿勢機動、腰を据えて対進戦を挑んで来たら、あんたはどうした」
「それは……」
ユーリは泳いだ目のままで。
「逃げます」
トスカは意地の悪い笑いを浮かべる。
「1.5Gの足で?。相手はあのとき8Gは出してたけどね」
「でも」
「そう、あんたは賭に勝ったし私もそれに乗った」
一転、明るく笑う。
「やったじゃないか。神サマからのボーナスだよ。素直に喜んどきな」
しばし、沈黙が落ちた。
「で、どうする気だい」
問いかけた。
「どう、とは」
トスカは鼻を鳴らし続ける。
「どっか物価の安いとこにでも落としてやろうか。それだけあれば一生食えるよ」
ああ、とユーリはいつもの、あいまいな笑みを浮かべる。
「そういう人生も、あるかもしれませんね、でも」
ぼくは、いやだな。
強い言葉で。
だってそうじゃないですか。ロウズだって、あそこで生きていくだけなら、出来たんだ。生きていくだけなら。それなら。
「ジャンクヤードから拾って来たコールドスリープを使って、有り金全部はたいて自分を輸出して、命賭けて、全財産使い果たして、航宙船に密航なんてしませんよ!!」
まあそうだわなとトスカも思う。
一息つき、彼は言葉を繋いだ。それと。
「妹が、居るんです。父に連れられて。どこかに」
母さんが死んだこと、伝えないと。
ふうん、なるほどね。
「自分のフネが、欲しいかい」
トスカの声に、ユーリはなさけないほどキョドってみせた。
「そ、それはもちろん宇宙に出た以上、誰でもフネは欲しいじゃないですか。でもこの年で……トスカさんもおかしいですよ。船長だってヘンなこと、云われてますよ。副長とか、まして船長だなんて」
ぶつぶつぶつ。
だがトスカは容赦しない。
「はっきりしないねえ。どうだい、やるのか、やらないのか!!」
「やります!!」
即答し。
あ。
「結構。艦長の資格、十分だよ」
せん……かん、ちょう?。
「あんた、これからも、もし見掛けたら助ける、つもりでいるんだろ?」
ああ。
「だったら船長じゃなくて艦長だね。あんたはハンター・キラーで生きるんだ」
「ちょ、ちょっと待って下さいトスカさん」
ユーリは両手を振り回す。
「フネは……フリゲートの1隻くらいなら買えるし、1年分くらいの経費も賄えるかもです、乗組員だってなんとか集まるでしょう。でもスタッフは!こんな若造の下でいったい誰が……」
にんまり笑うトスカ。
ユーリは気づき、次いで丁寧に頭を垂れた。
「ぼくの……私の艦に、乗って貰えないでしょうか。ミス・ジッタリンダ」
トスカは表情を改め、少年を見据える。
「ハンパな覚悟じゃ務まらないよ。とうぶん、胃に穴が開くような毎日が続く」
「はい」
そうかい。そこまでハラをくくってるんなら。
目を和ませ、応じた。
「承りましょうか。コマンダー、クーラッド」
差し出された手を、ユーリは両手で受け止め、包み込んだ。
「宜しく、お願いします!」
護衛艦アルク級
全長320m 乗組員220名
搭載兵装:10cm対艦レーザ・連装1基 8cm対艦レーザ・連装1基
仕様を決め、乗員招集の手配を依頼し、各種書類、手続きを進める中。
「そうだユーリ。艦名は?」
ああそれは、と少年は顔を輝かせる。
「前から決めてあったんです」
……ユキカゼ?。
うーん、とトスカ。
「ダメですか?」
「だめってーか。なんかヨワっちそうじゃない?」
「とんでもない!古の、伝説の不沈艦の名前、らしいんですよ」
じゃあ、トスカさんは?と尋ねられ。
「ヘルメッセンジャー、とかどうよ」
「それは……かっこいいけど、まだ早いですね」
まあいいか。じゃ、『ユキカゼ』ね。
艦長:ユリウス・クーラッド
一ヶ月の習熟航宙を経て、遂に艦はトトラスから抜錨する。
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