無限航路−InfiniteSpace−
星海の飛蹟
作者:出之



第12話


 ユーリによる緊急出航の申し出に係官は好い顔をしなかったが強引に押し切った。
 軍の要請、という真逆の理由を持ち出して話を通す。
 後で中佐に何を言われるかは判らないが。
 彼は、正しい。
 ユーリの中で、理屈ではない彼の青年への信頼が醸成されて来ていた。
 何よりその乗艦が、今の彼が持つ力と才幹を雄弁に物語っている。
 ええと、識別不能、です。
 データベースをしばらく入念に読み込んでいたティータは、こちらに顔を上げ、首を傾げた。
 彼にも、その艦の素性は知れなかった。
 全く見覚えも馴染みもないフォルムのその巨艦は、或いは。
 自分達の、小マゼラン宙域の艦では、ない……?。
 今、ユーリ達が居る小マゼラン宙域。
 その隣には、名前だけは識っている、大マゼランが在る。
 まさか。
 ユーリは思い至り、驚愕に打たれる。
「あれは……大マゼランの艦……なのか……?」
 巨い。
 中佐の座乗している「サウザーン」級巡航艦より尚。
 重巡、いや主力艦に互するのか。
 バードは自らを言葉で語らない語れない。
 その座乗艦が、その者を、或いはその者が語る言葉の総てに成り代わる。
 歳の頃は、ユーリの一つ二つ上くらいだろう。
 だが今の彼との距離は、それこそ大小マゼランの間に横たわる間隙よりも広く深く、そこに刻まれている。その感触をユーリは感じ取っていた。
 その彼の言葉だからこそ。今、ユーリは素直に聞き入れる姿勢が取れている。
 少しして当然の様に、向こうから入電が来る。
 そして……。

<中央軍が本腰を入れて地方の海賊退治に乗り込んで来た。>
 回線の向こうでギリアスは続ける。
<ここまではええ、経緯もある。その後や>
 その後?。
<ええか。まずスカーのやつらがおかしい。こういう場合フツウ、どうする>
 問われてユーリが、ギリアスに突かれて生じたその違和感を言葉にする前に。
<そう。全面戦争を布告する、或いは少し温和しくしてみせる、なんらかの反応を見せるやろ、フツーは>
 確かに、そうだ。
<それが実際は、中央の動向に全く反応せんで漫然と構えておる>
 この星域は、おかしい。
 当初からあったもやっとしたわだかまりをギリアスが明快に説いていく。
<挙げ句に今回や。中央軍に必要な情報がばたばたと揃って総攻撃>
 ギリアスは言葉を切る。
<この一連の流れ、おかしい、思わん方がおかしい、違うか>
「それは、つまり」
 ユーリも口に出してみた。
「軍と海賊が、結託している、から」
<50点>
 短く評してみせ。
<そうしたことも、まあ、無いではない、やろな。でもホントは逆やねん>
 逆。とは。
<連中、軍を舐めきってるんや>
 話が繋がらない。
<ええか。今回の攻勢、実は仕掛けたのは連中なんや>
「……スカーバレルが?」
 確かにそれは逆だ。ええと。
<こういうことや。連中、潜入捜査官か、何でもええが、軍が欲しがる情報を自ら小出しして見せたんや>
 ユーリは思わず声を発した。
<それを軍は都合良く自分の手柄とカン違いした。で、今回の攻勢発動や>
 ギリアスは人の悪い笑いを浮かべる。
<釣り野伏せり、敵戦力の誘出撃滅作戦、てな。特に構えて見せなかったのはその伏線ちゅうことや。軍の動きに無関心で無能なアンポンタンのフリやな。アンブレラ、ベクター、どっちも連中が仕掛けた罠なんやで>
 俺らも得意やけどな、とギリアスは呟く。
 俺、ら?。
 ユーリはその言葉を留め。
 しかし確かに。ユーリは心身、深く頷く。そうせざる得ない。
 ギリアスが操る魔法の糸は、今までバラバラだったピースを綺麗に結い上げてみせてくれた。スカーバレルの深謀遠慮という実相を。
 だが。
「それでその。アングルは見えました有り難う。で、何か確証が」
 おずおずとユーリが問い掛けるとあからさまにシラけた顔で。
<あんなあ。そんなんあるワケないやろ。状況が見えた以上後は我が方有利に動くだけや>
 口ごもるユーリに。
<強いていえば、そうな>
 こつこつとこめかみを叩きつつギリアスが発した言葉は。
<勘、やな>
 勘。
 言語野の外周で無限に広がる洞察の燎原。
 かつて一度使おうとした指揮官の魔法。
 そして、今のギリアスには正しく相応しい。
 それ以上、今のユーリにはもう材料が無かった。
 ギリアスの圧倒的な度量に打ちのめされた、とも言えた。
 あ。と彼は思いつく。あと一つだけ。
「で、でも」
 まだ何か。ギリアスが少し顔をしかめ。
「何でそう、軍は簡単に。少し考えれば判りそうじゃないですか」
 あー。
 今度こそギリアスは正直、げんなりしてみせた。
<先生と生徒やないんで。アタマは生きてる内に使わな>
「すみません」
 ちっ、と口を鳴らし。
<もちろん、軍も判っとる。判らいでか>
 え。
<連中、プロやで。当たり前やんか>
 訳が判らない。
<都合がええんや。軍人ならそう考える>
「それで?!頭から罠の中に飛び込んで行くっていうんですか!自ら望んで!?」
<都合がええからな>
 ギリアスは嘯くように言う。
 やっぱり判らない。
 はあー。とギリアスは吐息。
<軍が今まで動かなかった理由、判るか>
 ですからそれは。
「こうして。本拠が判るまで力を温存して。で一気に」
<せやから50点やいうねん>
 うーん。えーとえーと。
<あちこち散ってる海賊艦をいちいち叩いて回ったらどうなる>
 それは。
<疲れるやろ、それ。でも住民から要請が来るからしゃあない。仕事やから。戦域軍は結果、それでへたってもて仕方なし、中央に救援を頼んだ>
 戦力分散、各個撃破の含意を匂わせつつ。
<だから。決戦の舞台に上がったんや。例えそれが敵の用意したもんでも、な>
「あ」
 そ、そうか。
 そういうことなのか。
 ユーリは再度、深く頷き。
 あれ。
 いや。それはまだ状況であって。
<理由か。まだ理由が欲しいんか>
 ユーリの気配にやや食傷気味にギリアスは言葉を繋ぐ。
<それはな>
 ギリアスはなんとも言えない、情けない表情を浮かべ。
<いっちゃあ、プロの矜持よ。罠ごと食い破る自信まんまんなんや、つまりぃ、軍もスカーを舐めきっとんや俺らは戦域軍とはちゃうてなお互いさまやでそこまで言わせんなよ恥ずかしい>
 あ。
 そ、そ、そういう、こと、なのか。
 ユーリも思わず一緒に赤面してしまった。
「さて、それでだね」
 隣でトスカが始めて、悠然と口を開く。
「こちらはウラのウラ、で正面を衝こうってのかい」
 ギリアスは、え、という顔で始めてトスカを見る。
<だ、誰や姉さん>
「トスカ・ジッタリンダ。クーラッド艦長の副官を務めています」
 澄ました笑顔と共に名乗り。
 ギリアスの顔の上で幾つかの表情が行き交った。当惑、逡巡、驚愕、羞恥。
<何や、ジブン、人の悪い>
 ギリアスは微苦笑。
<こんな参謀抱えとって。みんな判ってたんかい。これじゃおれ、アホ丸出しやがな>
「い、いや。トスカさんはトスカさんだから」
 と、少しひがめに意地の悪い女教師を睨む。
 いつからどこまで判っててそしらぬフリしてたんですか、トスカさん!。
 すると。
 1から100まで教えられてちゃ勉強にならないでしょ、とウィンクが返された。
「どうぞ、続けて下さい」
 別に美味しいところ取りするでもなく、トスカはボールを投げ返した。
 当初の自信に溢れた、尊大ですらあった態度は消え、ギリアスは言う。
<つまり……>



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