無限航路−InfiniteSpace−
星海の飛蹟
作者:出之



第17話



 申し訳ありませんが、少し、休ませて下さい。

 無残に兄を亡くしたブリッジクルーの休職願いに、ユーリは掛ける言葉も無く無言で応じるしか無かった。
 トーロが併せて有給の消化を願い出る。いいよ行って来いよ。
 宜しく頼む。

 一方。

「短い間でしたが、お世話になりました」
「いえ、こちらこそ」

 イスモラーゼの若旦那も晴れて艦を降りる。
 海賊どもと日和った重役連はヘクトルベースの陥落と同時に胡散、最後まで居残った忠臣たちが彼を召喚した。
 海賊が経済活動を出来るわけもなし。企業買収の常道として目星い資産を投げ売られた残りカスでありガタガタの状態だが、なればこそ再建は急務であり、その主柱としても無二のエンジニアとしても、先代ジュニアの存在は必須とされて満場一致での凱旋、代表再任であった。
 カリオ自身は現場での興味深い日々のサンプリングと気楽な境遇、何よりユーリへの不義理の情もあったようだが、古巣の懇願とユーリ自らの快諾と祝福に心を決めたようだった。

 お世話になった。否。ユーリと共に仇敵を撃破し、自らの手で勝ち取ったのだ。

「当分はばたばたすると思いますが落ち着き次第、微力ながらお力添えさせて頂ければと存じます」
「願ってもありませんが、まずは御本所安堵に尽力下さいますよう」
「痛み入ります」
 今後の艦隊活動への可能な限りでの支援を約定し、カリオは去った。

 そして。

「いつぞやは派手に痛めつけて正直済まなかった。情報部、ディゴ・ギャッツェ、階級は中佐だ」
「お立場は存じております。ユリウス・クーラッドです」
 固く握手。
「“少佐”には申し訳無かった」
 それも任務だ、という顔でオムスが詫びを口にする。
 エルメッツ中央軍、第三会議室。
 以前のユーリであればその横面を殴り倒していたであろうが、ま、腹の底に収めいなす。
 些事にいちいち反応していては小なりといえ1個艦隊の運営などとても務まらない。
「造作掛けますがそれは遺族に直接お願いします。」
 この程度の皮肉はいいだろう。
「無論だ。十分な補償もする」
 強ばった顔と硬い声でオムスが応える。
 小僧、とその目が睨めつけるがユーリは笑いを堪えるトスカのいい顔を眺め無視。
 軽く咳払いをし、オムスはトトロスに目線を向けた。
 え、という顔に軽く頷く。
「……『ENR』のトトロス・ベーレです」
 え、とユーリも無防備な驚愕を晒した。
 確かそれは。
「事態は予想以上の規模なのだよ、ユーリ君」
 オムスが切り出す。
 大マゼランの介入を受けているのか。なるほどそれは大事だ。
「スカーバレルそのものは、急成長してる中堅の海賊組織であって、それ以上でも以下でもありません」
 諦めた様にトトロスが口を開く。いいのかよという顔つきで。
 問題はその策源が不明瞭な事なのです、と。
「外部、の存在を我々は危惧している」
 オムスの表情は真摯であり、一抹の焦慮すら滲ませていた。
 スカーバレルはあくまでその手先であり、使い捨ての尖兵に過ぎない。
 かも、しれない。

 そして、その正体は、未だ判らない。
 大マゼランすらもそれを把握出来ていない。

「であれば。事はスカーバレルに留まらない、その可能性は十分に高い」

 小マゼランは、正体不明の侵略を受けつつある……?。

 その時、ユーリはトスカの様子に気付いた。
 常であれば観客席で面白がる彼女が、このカオスに同席している。
 何をトンデモなという冷笑を浮かべ平静を装っているが、フェイクであるのが判る、それが感じられる程度に彼女と共に過ごし、成長もした。
 その目を覗き込むと、この子は! という軽い恥じらいが戻って来た。
 ユーリ。
 トスカの目が告げる。
 あとで、ね。
「それとして。私はいったい」
「それだ」
 オムスは元の調子で言う。
「貴官と艦隊にあっては引き続き小マゼランの安寧に御助力願えると、軍としては幸甚であるのだが」
 つまり、傭兵か。
「それは、光栄にして願ってもない事です。」
 オムスは満足気に深く頷き言葉を継ぐ。
「無論、十分な報奨は約束する。これは手付だ」
 選択の余地はもとより無い、そうだな?。艦艇ライセンスが刻まれたデジペが眼前にすっと差し出された。
 頂戴します。ユーリも平然とそれを受領する。

 戦艦か。

……維持出来るかしら。



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