−ピグマリオ−
ジャック&ベティの大冒険!
作者:出之
始まりの土岐
それは、彼が今までに経験したことがない、芳醇な香りだった。
例えるなら、牛乳のフロに身を浸しつつ、果実酒を味わうような。それも想像の産物ではあるが。
そしてこの感触!。
母の胎内でかつてこれと同じ安らぎと安堵を覚えていたのだろうか。
「ん?」
現実は。それほどに甘やかなもの、ではなかった。
「何しとんじゃこんぼけがー!!」
罵倒と同時に彼は蹴り飛ばされた。
体重が乗ったいい蹴りだった。眼前にお星さまがきらめく。
「……お」
女は、裸、だった。
ついさき程まで、その二つの豊かな頂に自分の顔面が埋没していたことを、今、彼は確信していた。握り拳と共に力説しても惜しくない確証があった。
「見るなー!!」
女は長い髪を振り乱し、両手で胸の辺りを押さえながら激怒する。
「あ、すまん」
彼は素直に詫びを口に慌てて後ろを向きつつ。
気付く。
「わ」
俺も。裸じゃn。
「わわ」
と狼狽しつつ、彼の内心はどこか覚めていた。
別に裸身でもいいじゃないか、と。
この反応はそこの女、娘と女の中らへんの、その、青女に引き摺られてもの。
おれは別に。
……おれ。
そして彼は再び気付く。
「おい」
背中に向け言葉を放った。
「な、なによ」
「あんた、誰だ」
そして、おれは。
「……ここは、何処なんだ」
三度気付く。
寒い。
「さ」
二人、同時に叫んでいた。
「寒ーいいいいいいい!!!」
絶叫。
無間の荒野、見渡す限りの大雪原にそれは空しく響き渡り、消えていく。
彼は反射的に動いていた。
「ぎゃ!何す」
背後から抱き付いて来た男をまた邪険に振り払おうとし。
思いも寄らぬ強靭な力に彼女は抱きすくめられる。
「あ」
「こうすれば少しはマシ、だろ」
密着した二人の体に、仄かな温もりが宿る。
「とにかく、だ」
男は辺りを見渡し、息を付く。
「何とかしないと、俺たちこのまま氷の柱だぜ」
「そ、そうね」
彼女も不承不承、同意の言葉を漏らす。
「ところで、貴方、何ていうの」
彼女の問いは不意だった。
「あー、それが、な」
要領を得ないが、実際そうなのだ。
「判らん」
「判らない?自分の名前が?!」
ああ、と男は力なく応える。
「名前どころか、ここが何処か、そして」
ああ、くそ。
「何で今、ここにいるのか、何処かからここに来たのか」
話始めると思いの丈は意外、流れるように溢れて出て来た。
「今まで何をして来たのか、これからどうしたいのか、あんたが誰なのか」
少し肩を落とし、締めくくった。
「何も、知らん、判らん」
気付くと、青女は振り返り、男を眺めていた。
その顔から感情は抜け落ち、何か、一種の神秘に触れた者が示す敬虔な表情が浮き上がっている。
その口が動く。
貴方も、なの。
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