巨大な城門に向かい、チルノとセラフは歩き出す。
その手には、ボールドウィンとトマスから手渡された武器が握られていた。

その侵入者を発見した、奴隷の兵士たち。
何故、一度仕留めた相手が現れるのか。彼らはそんな当然の疑問すら浮かばないほど、考える力を無くしていた。
もはや、一度仕留めたという感覚すら残っていないのかもしれない。
先頭の二人が、ただ純粋な殺意のみで二人へと距離を詰めた。

[……二体か。一体だ、やれるな]

「……当然でしょ」

武器を握り直し、以前したような掛け合いをする二人。
その時の結果を思い出して、チルノは少し笑いを溢した。
だが、今回は違う。自分への理解と、握った剣が、それを表わしていた。

段々と、彼我の距離が近づいていく。それにつれて、互いの進む速度も遅くなる。

そして、近距離と呼べる距離まで近づいた頃だろうか、奴隷兵の1人が奇声を上げて飛び出した!
一気に距離を詰め、一撃を入れるつもりだろう、その手は大きく振り上げられている。

だが既に、その眼前には、まるで予測していたかのように、斧槍が勢いを持って突き出されていた。

敵に深い傷を与えるための速度は、逆にその斧槍の傷を深くするための力へと変わる。
凄まじい威力となった斧槍は、あっさりと奴隷兵の体を貫いた。その顔から、完全に生気が抜ける。

だが敵は1人では無い、攻撃の隙を狙ってもう一人の奴隷兵の攻撃が迫る。
セラフは左手に持った鉄製の盾を構え、それを防いだ。
だが斧槍には奴隷兵の死体が刺さったままで、反撃には移れない。
さらなる攻撃を加える為か、奴隷兵は武器を再び大きく振りかぶった。

「……やっ!!」

その脇を、鈍く輝く一閃が走り抜ける。

チルノの振るったショートソードが、その鋭利な刃で、奴隷兵の胴体を横一文字に切り裂いた。
その様子を見届けて、セラフは奴隷兵の死体から乱暴に斧槍を引き抜く。

[……上々だな]
「こういうの、実は慣れてるしね……ん?」

生命力の限界に達した奴隷兵の体が、己の体を支えきれず背後に倒れこむ。その体から、光が浮かび上がる。
その光は四散したかと思えば、次は呼び寄せられるようにチルノの胸へと収まった。

「あ……」
その妙な感触に、チルノは自分の小さな胸を抑える。
異物が入ってきたような違和感だが、その光は暖かく、安らぎを与えるものだった。

[なるほど、それが「ソウル」か]
「これが……?」
セラフの推察を聞いて、嫌そうな顔を浮かべるチルノ。
実のところ彼女にとって、先ほどの感触はそれほど快いものでは無かったようで、
「セラフ、代わりに取ってよ」
彼女らしくもない悪態をつく。まあ、半分は冗談だったのだが。

[……ソウルの方からお前に向かったように見えたのだがな]
それが冗談である理由は、セラフの言葉そのままである。
別に彼女が望んで取ったわけでもない。ソウルが、チルノの方に集まって行ったのである。
理由は不明だが、セラフにはある程度察しがついていた。
妖精と機械では、どちらがソウルという言葉により近いか。もはや言うまでもないだろう。
チルノも単純とはいえ、その程度のことはなんとなく理解していたようで、

「……はぁ」

ため息で自分を無理やり納得させると、城門の方へと再び体を向けた。

そして。次から次へと向かい来る奴隷兵を打ち倒し、城門へと近づいて行く二人。
元より以前の敗北は、自分達の弱体化を認知できていないがゆえの、半ば不意打ちのようなものだ。
これもいつか、セラフが言った言葉だが……禄に食事も与えられず、十分な訓練も積んでいない、
その上まともな装備ですらない奴隷兵など、
研ぎ澄まされた彼らの前では、今の力であっても相手になるものでは無かった。
背中合わせの二人に、奴隷兵がまた1人と襲いかかり、また1人と斃れていく。

「セラフ、大丈夫?」

チルノの直剣が、奴隷兵の首筋を両断し。

[この程度では、相手にもならんな]

セラフの振るった斧槍が、奴隷兵の群を薙ぎ払った。

そして、彼らに向かう敵意が完全に消えた時。
数多くの屍を乗り越えて、二人が城門の目の前に立つ。
巨大な鉄格子によってその門は閉ざされている。

「……これ、どうやって開けるの?」
[恐らく、何処かに仕掛けが在るはずだが……回り道を探すぞ]

そのような正攻法が、結論になったのも仕方無かった。
この巨大な門を突破する力など、失われてしまっている。
言葉に頷きで返して、辺りを見回すチルノ。

右手側を見てみれば、これまた鉄格子で閉ざされた通路が見えるのみ。
次に、反対側を見る。そちらもまた鉄格子の掛かった通路が見えるが、その他に、行けそうな道を見ることが出来た。
それはすぐに曲がり道となっていて、その先は見えない。

「あっちに行ってみよ!」
そう言いながら、見つけた道を指さすチルノ。
[……その他の道も無い。行くぞ]
セラフもそれに了承すると、二人は左手側へと歩みを進めた。

そして、曲がり道に差し掛かった時。
何かが風を切る音を聞いて、セラフは盾を突き出す。
その盾を、勢いを持った鉄の矢が穿った。

「……っ!?」

盾から上がった、甲高い金属音と、弾けた火花に、チルノも状況を理解する。
盾に衝突し、勢いを無くした矢が地面へと落ちる。視線を上げれば、段差の上にその射手であろう、
奴隷兵とは段違いの装備を身に着けた兵士が、新たな矢をクロスボウに装填しているのが見えた。
その脇から、先程と同じような奴隷兵が飛び出す。
かの兵士は奴隷兵を指揮する立場なのだろう。だが彼は二人を害する様子を隠そうともしない。
あの神殿に居た男の言うように、あの兵士もソウルを奪われ狂人となったのだろう。
恐らく会話も出来ないだろうと判断すると、セラフはチルノに言葉を掛ける。

[私が奴隷兵を。射手を頼むぞ]
「うん」

短い言葉を交わすと、セラフは一歩前に出て、クロスボウを持つ兵士に注目する。
奴隷兵は同時にこちらヘと距離を詰めている。だが、まだ動かない。
クロスボウからの射線を切るように、セラフの背後につくチルノ。
となれば、その狙いはもやは読めていた。セラフに向かって、その矢が放たれる。

その矢を盾で防ぎ、火花が散る、その刹那。

瞬きすらも許さぬ速度で、セラフが踏み込みと共に、前方を一閃する。

[……行け!]

斧槍の重量によって断ち切られた、奴隷兵の屍を跳び越え、チルノが駆けた。
もはや装填など間に合わないと悟ったか、兵士はクロスボウを投げ捨て、懐の剣に手を伸ばす。
だが、その一瞬の隙でさえ、この瞬間では致命的な物となった。

駆けた故の速さが、その一撃を重くする為の力へと変わる。
チルノの持つショートソードは、その勢いのまま、兵士の胴体を貫いた。
なおも消えぬ勢いは、兵士の体を押し倒し、チルノの体に力を与え。
仰向けに倒れた兵士に、深々と剣が突き刺さった。

「……ふぅ……」
一瞬の内に凝縮された運動に、チルノは大きく息をついた。
しかし、実体ではなく、幻のような状態である彼女の行動に、セラフが生まれた疑問を問いかけた。

[……その体でも、疲労を感じるものなのか]
「え?まぁそうだけど……確かに、何かパッとしないなぁ」

彼に尋ねられて、チルノは改めて自分の疲労を意識する。
パッとしない、というのは、彼女にとっても、幻のような今の体が、肉体を持っている時と異なる事を表わしていた。
「体は妙に軽い感じなんだけど……おんなじ事したらおんなじぐらい疲れるかも」
笑顔を向けながら、チルノは己の感覚をそのまま話した。
[それならば、違和感も生まれるか]
チルノの言葉に、ある程度の納得をするセラフ。
対して彼は、そのような感覚は持っていなかった。そもそも、体の動かし方が生物のそれとは全くの別なのだ。

突き刺さったショートソードを引き抜くチルノ。
一呼吸置いてから、すぐ近くに見えた新たな道……城門を構成する部分の内部へと至る道を見据える。
[……城門を守備するための、兵士の拠点か。この先に仕掛けがある可能性はある]
「よし……じゃあ、行こ!」
そう宣言して、チルノは人一人分程度の通路へと体を入れる。
その羽が折りたたまれているのを見て、セラフも己の巨大な背部の推進器を意識した。

城門を構成する砦の、その内部を進んでいく二人。
セラフの推察通り、中は兵士の駐屯所のようになっており、簡素なベッドや机などが散見された。
だが、そこに居たのは考える力を失った狂人ばかりだ。
ろくな作戦も持たずに襲い来る者など、繰り返すようだが……彼らの敵ではなかった。

そして道なりに進んだ先で、再び野外に出た。
元より窓だった所をつなげたのか、その床は木製の、簡素な物であり、
かなりの高さであるというのに、そこに柵のようなものは無かった。
砦の内部で幾度と無く階段を登った景色に、チルノは思わず声を上げた。
「高っ……!?」
チルノが木の板で出来た床から身を乗り出す。その果てはもはや、肉眼で見ることは出来なかった。
それとは対照的に、セラフは砦の上部を眺めながら言葉を返した。
[内部を進む際に、随分と上へと進んだようだな。どうやら、屋上も近いようだ]
セラフが伸びる床の先を見る。緩やかな坂のようになっている床を見て、屋上までの道のりは短い事を理解する。
チルノも彼の視線を追い、同じ考えに達したようだ。その体を起き上がらせる。
「それじゃあ……後ちょっとだね!」
[そうだ。行くぞ]
セラフも、進むべき道の方へ、体の向きを変える。


それは偶然だった。
二人に全くそのような思いは無かったが、偶然にも、その行動は重なってしまった。

セラフの、背中から伸びる、巨大な推進器。
向きを変えた彼によって、それはチルノの、今まさに立ち上がろうとしていた頭部にぶつかる。

「あだっ!何すん……えっ……!?」

二人の、体躯の差は非常に大きい。

例え、事故のような、「その気」の無い行動でも。


その力は、チルノを床の外に押し出すに十分だった。

突然声色を変えたチルノに、不思議に思って振り返るセラフ。
彼の頭の回転の速さは、人間のそれを遥かに凌駕している。その状況を理解して、凄まじい速度で手が伸びた。
だが、その手がチルノを掴むことは無かった。

日常の感覚で、チルノの羽が動く。
だが、その為の力など、失っているのだ。

「わああああああぁぁぁぁぁぁ!!」

次の瞬間、叫び声と共に、チルノの体は谷底へと消えていった。

[しまった……]

セラフが体を急がせて、その姿を目で追いかける。
叫び声が消えていくに連れ、チルノの姿も段々と、見えない程小さくなっていく。
そして、谷底から小さな光が現れたのを最後に、彼の意識も光へと包まれていった。




意識が復活する。
場所は以前と同じ、城門前の広場。チルノが腕を組んで、彼を睨んでいる場面から始まった。
その機嫌は、どんな見方をしたとしても良いものではないのは確かだ。

「せーらーふー……!」

怒りの思いが込められたその彼女の目は赤く、目尻には涙が浮かんでいる。
組んでいるように見える腕も、よく見れば震えている体を抑えるようだった。
生まれながらにして飛べる事が当たり前である彼女である。落下死など、考えた事も無かっただろう。
初めて味わった恐怖に、耐えることなど出来なかったのだろう。ましてやそれが死の体験なのである。
例えセラフに大過はないとしても、ある程度の謝罪や慰めの言葉は必要だと言えただろう。

[当然だが、落下すれば命は無い、と言う事か。時間も惜しい、行くぞ]

だが、彼は兵器だ。そういった感情といった世界から程遠い場所に居た彼に。
そういった対応や言葉を望むのは酷というものであったかもしれない。
その言葉を後に、王城の方へと振り返るセラフ。
「ちょっと!何か言わなきゃいけない事とかあるでしょ!?」
その背中に、チルノの言葉がぶつけられる。

[無い。それとも、お前に対する謝罪の事か?時間の無駄だ]

セラフは、振り返りもせずに言い放った。
態度も、その言葉も、彼が反骨心やそれに類するものに支配されて出たものではない。
彼自身で判断した果てのものだ。彼が兵器であることを考えれば、そういった結論になるのも至極当然と言えた。

だが、チルノはそうではない。彼我との違いについても、よく分かっていない。
自分を軽視するようなその態度は、己を侮蔑したようなその言葉は、チルノの心を深く抉った。
そしてそれは、その奥底にある激しいものを、噴出させるに十分だった。

「セラフッ!!」

叫ぶように彼の名を呼ぶチルノ。
様子の急変したチルノに、セラフも踵を返してチルノを見据える。

[まだ何かあるのか]

「いっぱいあるわよこのばかっ!!無駄って何よ!
押したのはセラフじゃない!!ごめんなさいの一言すら言えないの!?」

言葉に合わせて、チルノの心が弾けるように昂ぶる。
その心が、怒りで満ちていく。

[ただの事故だ。全ての行動が悪く結びついた偶然。
ただそれだけの事を振り返って、得られるものなど無い。故に無駄と言っただけだ]
「それだけ!?よく言えるわねそんな事!!どれだけ怖かったかも知らないで!!」
[恐怖で足が竦んだのか?ならば行く必要など無い。怯えている者など、足手纏いだ」

だが、どれだけの言葉が飛び交おうが、互いの思いが通じ合う事は無い。

「はぁ!?何よそれ!!馬鹿にするのも大概にしなさいよ!!少しぐらいおかしいと思わないの!?」
[おかしい事など何も無い。お前が駄々をこねているだけだろう]

それも当然だったかもしれない。
元より、住む世界が、その存在が、真逆とも言える二人なのだ。
互いの価値観が、共通であるはずも無かった。

「いい加減にしてよっ!!さんざん人の事馬鹿にして!このばか!」
[こちらの台詞だ。何度も言うが、時間の無駄だ。
これ以上、この意味のない会話を続けるつもりはない]

その言葉を最後に、セラフは城門へと振り返る。
どうやら激怒したチルノでさえ、気にも止めていないようであった。
その様子に、チルノもついに掛ける言葉さえ見つからなくなって、

「……ばーかっ!!」
その背に思い切りそう叫ぶと、セラフを追い抜くように城門へと進んだ。

進む道に、二人に敵意を向ける者は居なかった。
元々守備を担当していた兵士を倒した事を考えれば、当然であるが、
それでも新たな兵士に会う事が無かったのは、幸運だといえるだろう。

一言も互いに言葉を交わさない二人。
自分が、どれほど多くの力を失っているのか。
だが感情的になってしまっていたチルノは、そこまで頭が回らなかった。
理由は違えど、セラフもそれを考えた事は無かっただろう。

確かに、大した苦戦もせずに兵士たちは蹴散らした。
それは、彼らの強さが、力を失った今であっても確かなものであるという証拠ではある。

だが、隣に立つ「もう一人」の強さを、二人は省みていなかった。

砦の内部の階段を抜け、城壁の上へと到達する二人。
その高さを示すように、風が吹く音が耳に入る。だがチルノの精神は、
その一欠片すらも、風に向くことは無かった。

二人の行く手である、城壁の上の道を阻むように立つ兵士。
鋼の鎧を身にまとい、立派な鉄製の盾と、長い直剣を携えた、まさに「騎士」と呼べる存在だ。
その頭を守る兜から覗かせる青色の目が、二人を捉える。
その視線から伝わるのは、明確な敵意であった。青目の騎士が、その盾を構える。

対して二人も、手に持った武器を構え直す。
[下がっていろ、邪魔だ]
「やだ。あんたがやられちゃったら面倒だし」
交わした言葉は、その意味はどうであれ、相手を案ずる思いは混じっていなかった。
先ほどの口喧嘩が、まだ尾を引いているらしい。

そして合図もなく、二人は青目の騎士へと駆けた。
同時に青目の騎士も走り出し、彼我の距離が一気に縮まる。
その間合いに入ろうかという時、青目の騎士は先手を取るように武器を振りかぶった。
セラフはその動きを捉え、一瞬の思考の後……敵の動きを予測し、チルノよりも一歩前に出て、盾を深く構える。
一歩、また一歩と、刹那の内に距離が詰まる。そして間合いに入った瞬間、
青目の騎士が、その直剣を振りぬいた。
振りぬくタイミングも、その剣閃の通り道も、全てセラフの予測通りだった。
だが彼は、一連の防御行動の最後……その剣を、盾で受けた時。
その時に、気付いた。見誤ったと。

剣に込められた、恐ろしいまでの剛力。
その衝撃を腕だけで受け止める事ができず、セラフの体が一歩分後ろへ下がる。
それを青目の騎士は見逃さず、更なる一歩を踏み込み、振りぬいた腕に力を込めた。
その眼前に、直剣が飛び込む。セラフと入れ替わるような形で前に出たチルノのものだ。
最早説明するまでも無いが、彼らの生命は繋がっている。例え諍いがあったとしても、相方を倒される訳にはいかない。
状況を理解した彼女の、咄嗟の行動だった。

だが青目の騎士は、それを左手の盾で難無く受け止める。

「っ!?」

チルノの行動は咄嗟が故の、鋭い行動だった。
だが、咄嗟が故に、危うさを孕む行動でもあった。
安定しない姿勢からの突き。それを防がれた。彼我の距離は、目と鼻の先と言っていい。
今こそ、その危うさが表面に出た瞬間だった。

振りかぶっていた右腕を、青目の騎士が強引に振り下ろす。
響く鈍い音。同時にチルノの顔面に激痛が走った。
凄まじい筋力によって、直剣の柄頭が振り下ろされたのだ。

「……いっ……だぁ……!!……げふぅ!!?」

激痛に悶えるチルノの、その腹部に、今度は盾が突き刺さる。
剣と違い、そこまで鋭利ではない盾は、チルノを引き裂きこそしなかったが、
代わりに鈍く、重い痛みを彼女へと伝えた。声も出すことも出来ずに、チルノの体が崩れ落ちる。
そして青目の騎士は、止めの追撃を加えるためか、再び剣を振り上げた。
それを止めるために、セラフの斧槍が突き出される。
目的に特化した、ただ敵を引きつける為だけの、牽制のための一撃である。
セラフは、その刃が通ることは期待していなかった。
故に、その一撃が通じる前、さらにその先の一手のため一瞬の内に敵を観察する。

頭部を見る。その青い目が、その端でこちらを捉えている。どうやらセラフの動きを発見したようだ。
構わなかった。彼にとって、敵が攻撃を防ぐのは前提だった。

胴体を見る。盾を持った方の腕が動く。恐らく盾で攻撃を防ぐつもりか、と、セラフは推察する。
これもまた好都合だった。傷を与えられるかは別としても、防勢に追い込めるのだ。
畳み掛ければ、チルノが立ち上がれるだけの時間ならば稼げるはずだ。

下半身の動きを見る。不自然な姿勢だった。
妙に大股で、足の先がそれぞれ別の方向を向いている。

チルノに攻撃を仕掛けようとしていたのだ、片方の脚がチルノの方を向いているのは当然ではある。

では何故、もう片方の脚がセラフの方へ向いているのか。
そして、青目の騎士がセラフを見てから、足運びを正す時間などあったか。

それらの答えが、不自然な姿勢の理由が推察出来た時。
セラフの思考回路に、警鐘が鳴り響く。

人の言葉で言うなら、しまった、と。

時間が進む。
突き出した斧槍を止める力など、セラフからは失われていた。

襲い来る斧槍に対して、青目の騎士が、まるで読んでいたかのように素早く振り返る。
両足の向きが揃い、セラフの方向へと踏み込まれる。

それと同時に、その勢いとともに、青目の騎士は盾を振るった。
目前まで迫っていた斧槍が、剛力を伴った盾によって弾かれる。
突き出した力を別方向からいなされて、セラフの体が大きくよろめいた。

[馬鹿な……]

その刹那。
青目の騎士が、凄まじい速さでセラフに向かった。
よろめいた体に左手の盾で殴りつけ、セラフの巨体を後ろに怯ませる。
そのまま盾から手を離すと、今度は右手の直剣を握ったまま、その柄でセラフの胴体を殴り上げる。
大きくバランスを崩すセラフ。背後に倒れそうになる体を抑える為、脚を動かす。
だが、もはや攻撃を受けれる体勢では無かった。また、それが出来るだけの隙を、これほどの強敵が与えようはずも無かった。
直剣を両手で持ち、青目の騎士がもう一度セラフとの距離を詰める。

そして青目の騎士は、その勢いのまま、セラフの胴体を縦一文字に切り裂いた。

体を構成する光を散らしながら、剣の勢いに負けて、セラフは登ってきた階段から落ちていく。

「セラフっ……!」
床に倒れたまま、呻くような声で、チルノは彼の名を呼びかける。
返事は無い。その安否を確認しようと、チルノがよろめきながらも立ち上がろうとする。
もはや、先ほどの諍いなど忘れきっていた。それは、窮地に陥る仲間を見て、彼女の本来の優しさが現れた故だろうか。
だが、全てが遅すぎた。その背後から、鎧の揺れる音が鳴る。

「……はぐぅ!?」
そしてチルノが振り向くよりも早く、鋭い痛みが、彼女を貫く。
同時に全身から力が抜けて、何かがチルノの体を浮かせた。

チルノの視界に、己の胸部を貫く直剣が映る。

その背後には、あの青目の騎士が立っていた。

「……あ…っぁ…」

もはやまともな声を出すことも出来ず、その傷口から光が四散し始める。
青目の騎士は致命傷を与えたのを感じたか、消え行くチルノの体を蹴り跳ばして、乱暴に剣から引き抜いた。
セラフと同じように、階段から転げ落ちていくチルノ。

もはや痛みさえ感じなくなった世界の中で、既に消えかけているセラフの体を見つける。
それが、「今回」の最後に見た光景であった。


「……ん……」
チルノが意識を覚醒させる。やはり目前にあるのは、巨大な城門だった。
感じていた激しい痛みも無い。まるで、遠い日の出来事のようだった。

そしてチルノは振り返る。
あの青目の騎士はとんでもない強敵だった。
チルノも妖精とはいえ人外の存在であるし、その妖精の中でも最高峰の実力者ではあると自負している。事実そうだ。
例え力を奪われた今であっても、人間に対して臆するつもりは全くない。
だがあの青目の騎士の強さは、その人間の中でもかなりのものなのだろうと、チルノでも察することが出来た。
そもそも、人間であるかも怪しいものではあるが……

だがともかく、唯一進める道の、その先を塞ぐようにいるあの騎士。
先に進み、実体と力を取り戻すためには、あの強敵を倒す他無かった。

チルノの頭の中では、青目の騎士との戦いがフラッシュバックしていた。
自分一人では勝てそうもない、まさしく強敵だ。だが、先に進む以外に道はない。
では、どうすれば勝てるのか?

(……うーん)

浮かない顔をしながらも、チルノは、効果的であろう事をあっさりと思い付いた。

だがそのためには、避けられない事がある。
単純だが、やっかいな。だが、青目の騎士に対抗できるであろう、唯一の作戦を執るために。

「セラフ、いる?」
相方の名を呼びながら、チルノは反対側へと振り向く。
何時ごろから居たのか、視界の中に佇んでいる彼が入った。
その声に応えるように、一瞬ちらと、セラフの頭部のカメラアイがチルノを捉える。

[健在だ]
そして彼らしい、短く、無愛想で、事務的とも言える言葉が帰ってくる。
今のセラフが何を考えているのか、当然ではあるがチルノに察する事は出来ない。
とはいえ、先ほどの言い合いもある。チルノが次に掛ける言葉に迷っていると、

[……強敵だった]
意外にも、先に言葉を発したのはセラフの方だった。
チルノの方に身体を向けると、彼は歩み寄りながら話を続ける。

[凄まじい筋力に加え、あの重装備を扱いこなすだけの技量も兼ね備えている。
先ほどの戦闘でも効果的な傷も与えられていない。その上、奴の陣取る地形を考えれば不意を付く事も難しい]
相変わらず冷静な口調で、セラフは敵の情報を淡々と述べていく。
だがその様子そのものは、普段自分から多くを語らない彼には、らしくないものであるといえた。

「恐らく単機での突破は不可能だ。ならば……」
そこまで聞いて、彼の意図を察したチルノ。

[力を貸せ。それが唯一の突破口だ]
結局セラフの行き着いた答えも、チルノのものと同じであった。

相方と、力を合わせる。ただそれだけの事。
だが統制の取れた連携は、時に、各々の力を加算する以上の結果を産み出す。

[不服かもしれないが、今は私情を捨てろ。私を利用していると考えても構わん。
どちらにせよ、お前にそれ以外の選択肢は無い筈だ]

ただ違ったのは、それに至るまでの工程であった。

セラフもまた、協力こそが唯一の道だという結論には至ったのだろう。
だが、先程の言い合いの後だ。友好的な関係は望めそうもない。
ならば、好き嫌いは置いておくとして、今はただ協力しよう。
彼の言い分はそういうことであった。
彼にしては珍しい、妙な饒舌も、チルノを取り敢えず従わせるためのものだったのだろう。

チルノはそれを理解すると、口の端を綻ばせる。そして、こう思った。

なんて、不器用なやつなんだろう!

まだ出会って短いとはいえ、多くの言葉を交わし、文字通り生死を共にしたセラフ。
ここまで来てチルノはようやく、彼の人格を理解することが出来た。
彼と交わした言葉を思い出しながら、チルノは口を開いた。

「……ばーかっ」

強行策とも言えるセラフに対する、チルノの出した答え。

[不服か……だろうな。だが、それ以外の道は無い筈だ]
「セラフ」

言葉を遮るような、チルノの声。
その声も、顔も、雰囲気も。一瞬の内に急変し、真剣なものになっていた。
その変化を感じ取ったか、続きを促すように、セラフが沈黙を守る。

「怒らせてもね、ちゃんと謝れば大体は許してくれるもんなんだよ?」
かつて激昂した程の怒りも、すでに消え去っていた。

[またその話か?以前に無駄だと……]

チルノの答え。それは、

「わざとじゃなかったのに、あんなに責めてごめんね」

兵器であり、堅物であり、無愛想である彼と。
「仲直りをすること」だった。

[何のつもりだ]
「……セラフは、許してくれない?」
彼女の単純な性格も、ここでは良い方向に働いたといえる
[……元から怒ってなどいない。怒る必要もなければ、
そもそも故意ではないとはいえ、私の過失であった事だ。だが……]
「なら……ほら!」
そう言うと、チルノは何かを催促するように小さい胸を張る。
彼女のこれまでの言葉から、その態度の意図を察すると、セラフは疑うように言葉を発した。
[……私を許すのか?理解出来んな。あれほどまでに激怒していたというのに]
納得出来ないという態度を見せるセラフに、チルノはもう一度、同じ意味の言葉を言う。
「だーかーらー!言ってるでしょ!おんなじ事にずっと怒ってる奴なんて居ないの!それにね……!」
そこで一旦言葉を切ると、チルノはセラフに一歩近づく。
彼の背は高い。それに、その胴体は高さが薄く縦横に長い、歪な形状をしている。至近距離では、彼女と視線が合わない。
チルノはちょっと表情を曇らせると、彼に新たな要求をする。
「……ちょっとしゃがんでよ。でかすぎ」
[……何が目的だ]
まるで悪態を付くような言葉を発しながらも、それに従って片膝立ちになるセラフ。
とはいえ、並の人間と比べても巨体であるセラフと、逆にかなり小柄であるチルノなのだ。
そうまでしてようやく、頭の高さが同じになる。

そしてチルノの視界の殆どを、彼の頭部が埋める。
今まで、遠目で彼の頭部が目に入る事はあれど、このように見つめ合う機会は無かった。
それは、背丈の大きな違いもある。頭部が下から見えづらい、彼の姿形故でもある。
あるいは、互いにそうしようとしなかったから、かもしれない。
赤い装甲に、後方に向かって伸びるレーダーアンテナ、そして、横一文字に伸びる細長いカメラアイ。
チルノが理解出来たのは、光るカメラアイが目であるという事だけであったが、
それでも彼女は、ようやく、彼を理解することができたという気持ちになった。
「……あのね、」
そうしてチルノは、もう一歩身を乗り出して、彼の頭部の左右両側に手を置く。
相手が人であれば、耳のあたりを押さえるように。相手の目を、しっかりと見るように。

「いつまで一緒に居ることになるか分かんないんだから。キライよりかは、スキで居たいよ」

それは、チルノの本心だった。
元より人懐っこい彼女である。1人よりも、誰かと共にいることを望む少女である。
その言葉は、チルノの他人に対する思いそのものだった。
[……何時まで、か。一理ある。悪い関係を築いても、良い結果は得られないだろう]
そして、その言葉に、納得したような様子を見せるセラフ。続けて、彼女に言葉を向けた。

[すまなかった、チルノ。今までの非礼に対して謝罪する。
私には「好き」や「嫌い」という感情は存在しないが……せめて、お前が私に対し良い印象を抱けるよう、最大限努力しよう]
「……うん!」
彼の謝罪の言葉に、チルノは笑顔でそれを許した。

こうして、彼らの心は再び、以前よりも強く繋がった。
もう一度、自らを阻み続ける城門を睨みつける。

[……見ろ。奴隷の兵士が再び配備されている。だが……]
立ち上がったセラフが、城門の前に展開している奴隷兵達を見て、それをチルノに伝える。
だが同時に、様々な違和感も察した。
空模様から見ても、最初に彼らを切り裂いてからそれほど時間は立っていないのに、城門に立つ兵士の数は多い。
それに、以前の兵士達の死体を処理した後も無い。
例え引きずってどこかに投げ捨てたとしても、死体の後には血の跡が残るはずだ。
それどころか、戦闘中に散らした血液の跡さえ無い。そして、それらを処理した痕跡も無い。

「うーん……あれ?あいつ……!」
チルノも目を細めて奴隷兵を眺める中で、ある1人の奴隷兵が目に留まった。
[どうした?]
その様子の意味を問うセラフに、チルノは指をさして、目に留まった兵士を示す。
「ほら、あそこに居るやつの服!」
その兵士の着ている服には、横一文字に切り傷がある。
チルノはそれに見覚えがあった。いや、もっと直接的な感覚……あの傷を作った、その感覚があった。

[先程、お前が仕留めた兵士か……生命反応は消滅していた筈だが]
彼女の発見を、セラフは実際に言葉にして発する。
「これも「古い獣」ってやつのせいなのかな?」
その不可解な現象の原因を、チルノはこの世界の異変の元凶である「古い獣」に求めた。
問いかけるような言葉ではあったが、それは答えが帰ってくる事を目的としたものではない。
[その可能性はあるが……原因がどうであれ、やるべき事は一つだ]
それを察したセラフは、その返答と共に、斧槍と盾を持ち直して歩み始める。
今度は彼に並ぶようにチルノも前に出ると、横目で彼の姿を捉えた。

「生き返るんなら、その度に倒せばいいだけでしょ!」
[その通りだ。行くぞ]

そして、その言葉を合図に、二人は同時に駆け出した。



「セラフっ!大丈夫!?」
立ちはだかる兵士たちを切り倒しながら、二人は再び砦を駆ける。
繰り返すようではあるが、力を失っているとはいえ、二人は人外である者達だ。
ただ考える事もなく、痩せ細った身体で斬りかかってくるだけの奴隷兵士など、何人集まろうと敵ではない。

[問題ない。背中は任せてもらおう]
数を頼みに戦おうとしても、剣戟の間に挟まる二人の声がそうさせない。
敵が正面ならば分散し、囲い込むようであれば、互いが互いの死角を守る。
単純な戦術ではあるが、元より戦闘力には雲泥の差があるのだ。
ただそれだけで、奴隷の兵士など、いないも同然の存在と化してしまった。

[今だ、行け]
「たああぁーっ!!」
となれば、奴隷よりも位の高い、彼らに対抗できる装備を持っている兵士の形勢は一気に悪くなる。
彼らは各所で、奴隷を指揮するように分散している。それ故に、奴隷を無力化されてしまえば、
彼らはほぼ1人で、彼らと相対しなければならない。
奴隷兵のように、圧倒的な戦力差からくる例外はあるものの、数の差からくる不利というのは、
相手の連携如何によっては、単純な数の比以上に深刻化するものだ。

[生命反応消失。次に行くぞ]
「うん!」
ましてや、一度の対立を経て、更に結束した二人であるのだ。
もはや、城を守る者達に勝機など無かった。

彼らの前に再び立ちはだかる、青目の騎士を除いては。

かの騎士は二人をその青い目で捉えると、威嚇するようにその場で大きく剣を振る。
そして盾を構えると、重い装備を身に着けているとは思えぬ速さで駆け出した。

「来たっ……!」
[奴の右手側に回れ。私が攻撃を受ける]

素早くチルノに指示を出すと、セラフもまた盾を構え、青目の騎士へと走りだす。
一瞬で詰まる距離。そして以前と同じように、間合いに入るその瞬間、青目の騎士は一瞬早く武器を振りぬく。
同時に、セラフの身体が弾けるように前方へと跳躍する。その先は、青目の騎士の間合いよりも近い距離……懐と呼べる場所だった。

次の瞬間、音が響く。
鉄がぶつかり合う音よりも、乾いた音だった。

そして以前とは対照的に、セラフは微動だにしていない。
それは、左手の盾に抑えられているのは、鋼の剣ではなく、それを持つ青目の騎士の手であるからだった。
如何に剛力とはいえ、予想以上に距離を詰められては剣を振る力も遥かに弱まる。
剣による一撃の瞬間に距離を詰め、青目の騎士に間合いの制御を誤らせたのだ。

とはいえ、セラフの持つ武器は長大な斧槍である。おおよそ至近距離で使える武器ではない。
防がれた腕を戻すと、青目の騎士は身を捩らせて左手を引く。攻撃の入れられないセラフに連打を仕掛け、崩すつもりなのだろう。
だが、セラフの注目点は既に青目の騎士には無かった。その視界の隅に、騎士の青い目とは違う、別の青い影が映る。

「たあっ!」
掛け声と共に、小さな青い影と剣閃が奔る。
同時に両手で持たれたショートソードが横薙ぎに払われ、鎧の隙間を縫って青目の騎士の脇腹を切り裂いた。
飛び散る鮮血が、チルノの髪を紅く染める。だがなお、青目の騎士は倒れては居なかった。

「……ガァアアアアア!!」

まるで獣のような雄叫び声を上げると、青目の騎士は更なる出血すら気に留めず、
自分の斜め後ろに居るチルノに向け、乱暴に剣を振り払う。
青目の騎士と背中合わせになるような形となって居たチルノには、不意打ちとも言える攻撃だった。
「……わぁっ!?」
その一撃は、彼女を象徴する氷の羽を引き裂き、その小さな背中に、薄くではあるが傷を作る。
身体を構成する粒子が、剣に引きずられるようにして四散した。
「痛っ……!」
苦痛に顔を歪ませながら、チルノが身体を翻す。

その視界の中には、絶叫と共に剣を振り上げる青目の騎士が見えた。
傷を負っている上であの攻撃が出来るのだ。この一撃を受ければ、致命傷になるのは目に見えている。
だが、それを見て、チルノの顔が変わる。それは、絶望の表情では無かった。
そして、言い放つ。

「……ばーかっ!」

青目の騎士の脚の向きは、そのどちらもチルノの方へと向いている。
もはや背後から迫る、セラフの攻撃を受け止めることなど出来なかった。

[……愚かな。判断を誤ったか]

響く鈍い音。まるで固まったかのように、青目の騎士の動きが止まる。
次の瞬間、セラフの斧槍が、その背後から青目の騎士を貫いた。

胸部を貫かれた青目の騎士の四肢から、一気に力が抜けていく。
だが、致命の一撃とも言える攻撃を受けてなお、青目の騎士はまだ生きていた。
今再び、剣を振り上げようとする青目の騎士の前に、チルノが立つ。
そして剣を両手で構えると、その腹部に全力で突き刺した。

胴体の二箇所に対して致命的な傷を負い、断末魔のようなうめき声と共に、青目の騎士は遂に絶命した。
その身体から完全に力が抜け、己を貫く武器に支えられるようにして宙に浮く。
それを確認すると、二人は貫いた武器に今一度力を込める。
そして一呼吸置いて、騎士の身体をねじ切るように武器が振りぬかれた。

身体を支えていたものを失い、青目の騎士の身体が地面へと落ちる。
乱暴に振り抜かれた武器は彼の身体を激しく引き裂き、その出血で銀色だった鎧は紅く染まっていた。
誰が見ても迷うこと無く、死んでいる、と判断できる身体だ。

その様子を見て、ようやく安心したチルノは、大きく息を吐き出した。
「……ふぅ……」
[仕留めたか。傷は問題ないか?]
その最中で、チルノに労りの言葉を掛けるセラフ。
以前の彼からは考えられない行動である。彼の変化に、チルノの表情も柔らかくなった。

「……うん」
[そうか。ならば先に進むぞ]
……とはいえ、やはり戦闘兵器の彼である。
一歩惜しい箇所があるのはご愛嬌といった所か。チルノは小さくため息をついた。
「……うん。行こっか」
そして再び笑顔を彼に向けると、明るい声で返事をした。

青目の騎士に阻まれていた道は、城門の内側へと続いていた。
城を進むことを目的とする二人には、正解ともいえる道であった。
目配せの後に無言で頷くと、チルノはその道へと歩みを進める。その耳に、金属のぶつかり合う音が聞こえた。

[……誰かが戦闘しているのか?]

その音からは、やはりそれが推測できた。
さらに進んでいく二人。そして、その目に写った者を見て、それは確信へと変わった。

「……セラフっ、あそこ!」
開けた場所に続く階段から、それは見えた。
階段を降りた場所から、数段の段差を経て、さらに下にある場所。
そこに、複数の奴隷兵に囲まれた騎士の姿があった。
神秘的な意匠の剣と盾には、きらびやかな装飾が施されており、その騎士が只ならぬ身分である事を察することができた。

「……誰かいるのか!?助けてくれ!!」
チルノの声が耳に届いたか、その騎士のものであろう、若い男の声が助けを求める。
その声の通り、数多くの奴隷兵に囲まれ、騎士は一方的な防戦を強いられているようであった。
騎士の様子を見て、二人は顔を見合わせる。

[行くぞ。数少ない話の通じる人間だ。協力しない手はないだろう]
「……よく分かんないけど、とりあえず助ければいいんでしょ!」

そして意見が合致している事を確認すると、二人は段差を次々と飛び降り、
騎士の居る場所へと到達する。
そして、なおも騎士へと殺意を向けている奴隷兵達の背後に立つ。

唯でさえ歯が立たない相手に、不意打ちを受ける形となった奴隷兵達は
ある者はその胴体を両断され、あるもの心臓を一突きで貫かれ、反撃も出来ずに斃れていった。

「……ありがとう、助かりました」
自分に向かう敵意が消え去り、落ち着いたのか、男は先程よりも丁寧な口調で二人に礼を伝える。
異形である二人に戸惑う様子は見せていない。窮地を救われた為に、そういった思いも消えてしまったのだろう。
ともあれ、話が通じる上に、友好的に接してくれるのであれば、二人には好都合であった。
[間一髪、と言った所か。少しでも遅れていれば危うかったな。騎士よ、お前の名は?]
名前を問うセラフ。話の通じる相手と敵対する意味など無かったからだ。
その言葉に、騎士は少し考えるように黙った後、口を開いた。

「……私は、ボーレタリアのオストラヴァ。この国で、騎士として務めていました」



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