第八章 捜査開始





−ミッドチルダ地上本部・第二会議室−

「それでは、連続局員襲撃事件の捜査会議を始める!」

広い会議室の一番前に置かれた机(入学式や卒業式で壇上に置かれるような感じの机)で中年の男性が張りのある声で会議の開始を告げた。彼はフライゼン准将 といって、今回の捜査本部長を務める人物だ。15歳でキャリア試験に合格後、陸士部隊の隊長やミッド以外の管理世界の管理長官(各管理世界のトップ)など の様々な要職を歴任。現在は陸士部隊統括官に就いている。
会議室の中を見渡したフライゼン准将は腕を組んで座ると、口を開いた。
ちなみにはやて、リイン、美月は大量に並べられた机の列の最前列から3列後ろに座っており、美月の横にはギンガが座っている。

「それでは、事件の詳細な報告をしてくれ」

ギンガは椅子から立ち上がると、4件の事件の日時や状況などを報告し始めた。少しでも多くの情報を共有するために、重箱の隅をつついたような情報も報告す る。
彼女の報告を聞きながら、美月は会議が始まる前のギンガとのやり取りを思い出していた。



聖王教会から大急ぎで戻ってきた美月達。はやての捜査官室に寄る間もなく、そのまま会議室へと向かった。本来なら余裕の時間で帰れるはずだったのだが、夕 方の帰宅ラッシュに見事に引っかかってしまったのである。
会議開始10分前、息を切らして会議室に到着した3人をギンガは目を丸くして出迎えた。

「ど、どうされたんですか?」
「あ……ケホッ……大丈夫や……」

言葉のキャッチボールになっていない答えを言いながら咳き込むはやて。その横で美月も荒い息をはいている。リインは途中で妖精サイズになって飛んできたの で大して疲れていないようだ。
距離にして1km以上。体操服ならまだしも、着ているのは過激な運動には不向きな制服。それに履いているのは革靴ときている。長い距離を走るには適さない 恰好だ。
数回深呼吸をして息を整えたところで、はやてはギンガに念話を飛ばす。

〈あ、そうそう。通信で言うてたことやねんけど……実はカリムの預言書にな、今回の事件に関わる記述が現れたんよ〉
〈え?〉
〈『怨恨を晴らすべく幾人が立ち上がる。中つ大地の法の塔と数多の海を守る法の船に集いし類稀なる才能を持ちし者はその身を危に晒す』っていう文が〉
〈……〉

はやての話を聞いたギンガは顔が暗くなった。今回の事件も「一連の事件」程度の話で済めばいいのだが、カリムの能力『預言者の著書(プロフェーティン・ シュリフテン)』は大規模災害や大きな事件に関しての的中率は高い。それ故に管理局からの信頼も厚いのだ。
美月には念話の内容は聞こえていなかったが、ギンガの様子からはやてが何を話したのかは察しがつく。4人の間に妙な空気が漂い始めたところで会議開始の時 刻となり、冒頭の場面へと繋がる。



美月が回想している間にギンガの報告は終わり、会議はどんどん進んでいた。犯人の心理プロファイル、考えられうる犯行動機などが報告され、それを踏まえた 捜査方針と捜査方法が言い渡される。
そして、最後に捜査担当の区分が発表された。陸士部隊が中心の陸上捜査班、沿岸警備隊が中心の海上捜査班。更に犯人が別次元に逃亡する可能性も踏まえて、 次元港の検問を担当する捜査班も編成される。陸上捜査班のリーダーはフライゼン准将が兼任、海上捜査班のリーダーははやてが、検問捜査班のリーダーは本局 から派遣される執務官が担当することになった。
次元空間で自由に動けるのは本局なので、適材適所を実践したのだろう。これを聞いたはやては「前より少しは進歩したな」と感心する。

「一連の事件の被害者はいずれもレアスキル保有の局員だ。これは魔法技術を根幹とする管理局への挑戦と考えても過言ではない!かつてのJS事件のような事 態になる前に解決させるのだ!」

捜査への並々ならぬ熱意を語るフライゼン准将。このまま犯人を野放しにしておくのは局として示しがつかないのだろう。
美月が周りを見回すと、局員達からも熱意のオーラが漂っていた。同僚が傷つけられたのだから、当たり前と言えば当たり前なのだが。
フライゼン准将の演説を締め括りとして捜査会議は終了する。

「ふぁ〜〜〜……」

気が緩んだ途端、思わず欠伸が出てしまう。慌てて口を塞いだものの、はやてとリイン、ギンガにはしっかりと見られていた。
ニヤニヤと美月を見る3人。どうやら他の局員には見られていないようだが、ものすごく恥ずかしい。
指揮系統や捜査態勢の確認をするためにはやて達は部屋に戻ることにした。ギンガは捜査ですぐに出かけねばならず、別行動となる。
会議室を出ようとした美月達をフライゼン准将が呼び止めた。美月は先ほどの欠伸を注意されるのかと顔が強張ったが、どうやらそうではないようだ。准将は美 月を一瞥すると、はやてに顔を向けて話を切り出した。

「八神二佐、君を海上捜査班のリーダーにしたのは理由があってね。近く辞令が出ると思うが、君には海上警備部捜査指令の任に就いてもらうことになる。今回 はその練習と思ってくれたまえ」
「練習……ですか?」
「無論、練習といっても全力で任務に当たってもらいたい。今回の事件は局の威信にかかわるからね」
「重々承知しております」
「結構。しっかり頼んだよ」

美月はポカンとした顔で成り行きを見ていたが、はやてが敬礼して准将を見送ったので、慌ててそれに倣う。
そして、はやては何もなかったかのように踵を返して歩き始めた。くるくると変わる状況についていけず、行動がワンテンポ遅れる美月。パタパタとはやてを追 いかけるが、はやては何も言わない。
引っ掛かりを覚えた美月はリインに聞いてみることにした。

〈海上警備部捜査指令って、栄転ですよね?なのに……はやてさん、嬉しくなさそうですけど?〉
〈いつもそうなんです。はやてちゃんはレアスキル保有者の待遇もあって、昇進速度が速いというのは前にお話ししたと思いますが……これまで大っぴらに喜ん だことは1回もないんです。〉
〈え……〉
〈事情があったとはいえ、元犯罪者の自分がこんな待遇を受けていていいのかって思ってるんだと思います。〉
〈そんな……〉

美月は知る由もないが、かつてカリムや友人達は「はやては生き急いでいる」と言っていた。これがその理由。彼女は闇の書事件の真犯人という汚名を一切を受 け止める覚悟を固めている。言い替えれば、辛さを内に抱え込む癖があるということだ。
はやては多くの友人や仲間に恵まれつつも、立場的にはまだまだ孤独。そういった状況も関係しているのかもしれない。
当の本人はスタスタと歩き続けると、いつもと変わらない笑顔で2人を振り返った

「しばらく働きづめになると思うけど、根上げんとしっかりついてきてな」
「はい!」
「もちろんです!」

元気よく返事をする美月とリイン。しかし、はやての言う「しばらく」がどれほどの険しい道になるか美月だけでなく、はやて本人も予想がつかなかった。
しかし、その険しい日々が始まるのはもう少し先の事。





翌日、美月は地上本部にある交通教習センターにいた。目的は四輪自動車の免許を取得するため。
はやてに「今後は美月ちゃん単独で行動してもらうことも多なるやろから、移動の足として使えるようになっといたほうがええやろ」と言われたからだ。(ミッ ドでの四輪免許の取得可能年齢は日本と同じく18歳以上。しかし、局員であれば16歳から認められる。)
当たり前だが、実車を運転するのは初めての美月。ゲーセンなどでレーシングゲームはやったことがあるものの、それとは訳が違う。
はやてが気を使って仕事を減らしてくれたので、美月は心おきなく教習に集中……できなかった。それは雑念や煩悩にまみれていたという訳ではなく、はやてに 対する申し訳なさがあったのだ。
ただでさえ少ない美月の仕事。別に美月が無能だからという理由ではなく、はやてが美月が高校生であることを考慮して、美月に回す仕事量をセーブしているか ら。
はやてとしては美月のおかげで仕事が少し楽になる上に、育てがいのある可愛い女の子が増えて良いことずくめ。例え美月の仕事分を自分がやることになって も、リインと2人でやっていた状態に戻るだけなので大して気にしていないのだが、美月はそうは思わなかったようだ。
さらに、技能教習や学科教習で覚えなければならないことが盛りだくさん。前述のことも相まって、美月の頭はパンク寸前だった。そんな状態で初めての運転を すんなりとできるわけもなく、一時停止する度にエンストを繰り返すという状況。(ちなみに美月はMT免許取得を目指している。)
思うように車を動かすことができずに美月がセンターのベンチでしょんぼりしていると、しょんぼりという言葉とは一生無縁そうな人物に声をかけられた。

「こんなところでショゲてどうしたんスか?」

特徴的な話し方、ピンク色の髪を後ろで纏め、天真爛漫という言葉がピッタリの人物―ウェンディ・ナカジマだった。
美月はウェンディを見ると、力なく笑う。ウェンディとは魔導師ランク試験以来、頻繁に連絡を取り合う仲になっていたので、直接話すのはさほど久しぶりでは ない。
ウェンディは美月の隣に座ると、缶コーヒーを差し出した。折角なので、美月はありがたく頂戴することにする。
無糖のコーヒーを飲むと、ぼんやりしていた頭がしゃっきりしてくる。美月は軽い深呼吸をすると、ウェンディにポツリポツリと話し始めた。はやての心遣いは 嬉しいのだが、それが申し訳なくもあること。色々と気がかりなことがあるせいで教習に集中できないこと。
言葉を繋いでいく度に美月の顔が俯き加減が増していく。一通り話し終わると美月は視線を宙に向けて、溜め息をついた。

「頼っちゃえばいいじゃないスか」
「え?」

ウェンディが言った予想外の言葉に美月は目を丸くした。てっきり「じゃ、はやてさんに気を使わせないで済むように頑張るっスよ!」という言葉が出てくると 思っていたのに……
驚く美月を余所にウェンディは話を続ける。

「誰だって人に頼ることはあるっス。だったら、その時に思う存分頼っちゃえばいいじゃないスか」

前にも同じようなことを言われた気がする。はて、誰にだったろうか。
やがて、彼女の脳裏に1人の少女の顔が浮かんだ。ピンク色の髪を2つに括り、どこか抜けている雰囲気を漂わせている少女。ロストロギアの暴走で異世界に飛 ばされたときに現地で出会った少女だ。
「誰だって人の手を借りずに生きていけるわけじゃない」
彼女―夢原のぞみはそう言って美月を励ましてくれた。早いもので、あれから3ヶ月が経つ。

(私、成長してへんな……)

美月はそっと溜め息をつく。相変わらず落ち込んだままの美月を元気づけるようにウェンディが美月の肩をポンとたたく。
ウェンディの方に顔を向けると、彼女に頬をプニッと突かれた。

「ま、そういうところが美月らしいっちゃ美月らしいんスけどね……あんまり気負いすぎると良くないっスよ?」
「……せやね。ウェンディ、ありがと」
「お礼言われるような事はしてないっスよ。じゃ、アタシは用事があるんで行ってくるっス」

ニカッと笑って去って行くウェンディを見送ってから、美月は缶コーヒーに視線を落とした。呑み口から僅かに立ち上る湯気を見ていると、なんだか安らかな気 持ちになってくる。
残りのコーヒーを一気に飲む美月。コーヒー独特の苦みの余韻を感じながら、美月は呟く。

「頑張ろ……」

一方、美月と別れたウィンディはある人物に通信を繋いだ。画面に現れたのは茶色のショートヘア、バッテンの髪止めの人物―八神はやて。
はやては不思議そうな顔でウェンディを見る。

「ん?どないかしたん?」
「あ、いや……美月のことでちょっと……」

ウェンディは先ほど美月から聞いたことをありのままに話した。はやての気遣いが逆効果になっていること。それが気がかりで教習もあまり上手くいっていない こと。話を聞き終えたはやては目を閉じて何かを考えている。
余計な口を挟むのもどうかと一瞬思ったが、この際なので敢えて言うことにした。

「はやてさん、美月はあんまり人に迷惑をかけたがらない子っス。よっぽどのことがない限りは美月に任せてあげてほしいっス」

ウェンディの言葉を聞いたはやては目を開いた。
そして、静かに話し始める。その声には深い決意が漂っていた。

「私はあの子の上司。部下が何を考えててどうしたいかは分かってるつもりや。でもな、美月ちゃんに今以上の無理をさせるわけにもいかへんねんよ」
「……」
「あの子の本職は学生。はっきり言ってみれば、局員の仕事は余計なことなんよ」
「でも……」

「それじゃあ美月の立場がないじゃないスか」と言おうとしたウェンディを遮って、はやては話を続けた。
はやてだってウェンディの気持ちが分からない訳ではない。しかし、美月には学生であるが故に無理をさせられないのだ。

「あの子が自分の意志でやるって言うたことやさかい、無理に私は止めへん。でもな、あの子が体壊したら元も子もないんや」

まだ局員になって1年も経っていない美月にとって、今以上の仕事量は体に悪影響をあたえるはず。今は大丈夫でも、後々まで大丈夫とは言い切れない。はやて はそう言っているのだ。
かつて自分の親友―高町なのはは無理をし過ぎたために体を壊し、任務中に全治1年の大怪我を負った。治療中は勉強はおろか、まともに歩くことすらままなら なかったなのは。
そこまでいかないとしても、もうすぐ高校3年生になる美月が1日でも学校を休めば勉学への影響は計り知れない。あくまで最優先すべきなのは美月の学業。
それ故にはやては「はやてに気をつかわせたくない」という美月の思いに応えたくても応えられないのだ。

「……」

話の地雷を踏んでしまったような気持ちになり俯くウェンディ。
しかし、はやてはそんなウェンディを優しい眼差しで見つめた。ふわりとした笑顔を浮かべながら、はやては口を開く。

「別にウェンディを責めてるわけやないで。あくまで事実を言うてるだけや。ま、このことを頭の片隅に置いて、あの子に接してくれたら嬉しいけどなー」

いつも通りの優しい口調だったが、「美月ちゃんをミッドで守るんは私の役目や」という強い意志が感じられた。
気まずくなったウェンディは軽く頭を下げると通信を切った。
所変わってはやての特別捜査官室。通信が切れて、何も映っていない画面を見つめるはやて。彼女はおもむろに画面を消すと、溜め息をつく。
そして、デスクの引き出しをそっと開け、中からアルバムを取り出した。ページを捲るはやての顔が柔らかくなる。
なのはや金髪のロングヘアーのスタイル抜群の女性や八神家、スバルやギンガが写った数々の写真。それを見ながらはやては呟いた。

「機動六課、あの時はこないな風に部下との接し方で悩むことはなかった。何ていうんやろ……何もかもが初めての事ばっかり。美月ちゃんにとって初めてのこ とは、私にとっても初めての事なんやね……」

思い悩むような表情で呟いた後、彼女はパタンと音をたててアルバムを閉じる。
はやてと美月の関係はこの先、どのように変化していくのだろうか……





−ミッドチルダ地上本部・はやての特別捜査官室−

捜査会議から2週間後、はやての元に1枚の書類が届いた。

『八神はやて二等陸佐
 2月1日付で海上警備部捜査指令に任命する。
 1月31日 時空管理局人事部』

「はやてさん、おめでとうございます!」

まるで我がことのように喜ぶ美月。はやてが昇進に気乗りしない事情があると知っていても、やはり上司の昇進は嬉しいもの。
はやて自身も美月の祝福にまんざらでもないようで、はにかみながらも礼を言う。
しかし、リインははやての表情を真剣な眼差しで観察していた。はやてが書類に目を通したときに、一瞬だけ怪訝な表情を見せたのをリインは見逃さなかったの だ。
美月の視線がはやてから書類に逸れたのと同時にはやての表情が曇る。「何かある」そう思ったリインははやてに念話を飛ばした。

〈はやてちゃん、どうかしたですか?〉
〈怪しい……〉

すぐにリインの質問の意味が分かったのか、少し暗い声で返答が返ってきた。
返答の意味を分かりかねたリインは軽く首をかしげる。傍から見ると中々愛らしい仕草だが、話の中身を聞くとそうも言っていられない。
はやては表情を曇らせたまま、リインを見た。

〈今は捜査の真っただ中や。いくら練習云々って言うても、このタイミングで辞令出すか?〉
〈少し異例だとは思うですけど、はやてちゃんも勘ぐりすぎだと思うです……〉
〈うーん……〉

はやてはまだ怪訝そうな表情をしていたが、美月に見られていることに気付くと慌てて笑顔に戻る。
そして、まじまじと美月の顔を見つめると、1つの重大な決定を口にした。

「実はな、あの会議からずっと考えてたことがあってな。リインには捜査司令補オンリーで頑張ってもらうことにして、美月ちゃんには捜査官補として頑張って もらおうと思ってるんよ」
「それって……」
「捜査官補は美月ちゃんだけになるっちゅうこっちゃ。リインが抜けた分も頑張ってなー」

ウィンディとの会話では美月に今以上の負担をかけることをためらっていたはやて。それなのにどうして美月の負担を増やすことになる決断をしたのか。
その理由はまた後程明かされるであろう。

「ほな、今日も元気に……」

と、はやてが話し始めた瞬間、室内に異常を知らせる警報が鳴り響いた。3人は顔を見合わせて頷くと、すぐに部屋を飛び出していく。
これが長い長い1週間の始まりになるとは、このときは誰も気づかなかった。







〔あとがき〕
どーも、かもかです♪

公式のはやての海上警備部捜査指令昇進は新暦76年(SSM3にて言及)の前です。
作者がすっかり失念していたので、こんな時期になってしまいました…

ロストロギアの暴走事件については番外編「ありえなーい!?伝説の戦士との出会い」をご覧ください。


それから、お知らせがありまーす。
3月に研究会の事務局員に就任し、4月中旬から研究所の非常勤として働くことになったため、大学と仕事と小説と3股をかけることになりました。
ただでさえ少ない執筆時間が更に少なくなるので、定期的な更新が難しくなると思います。

目標としては大学卒業までにシリーズを完結させたいのですが、それも曖昧に…
頑張って更新していくので、これまでと変わらぬご愛読をよろしくお願いします♪



押して頂けると作者の励みになりますm(__)m


<<前話 目次 次話>>

作品を投稿する感想掲示板トップページに戻る

Copyright(c)2004 SILUFENIA All rights reserved.