※今回の話は、ややグロい表現があります。苦手な方は注意してください。



第九章 確実に迫る影





−ベルカ自治区・聖王教会本部−

普段は厳かな空気が漂う聖王教会。しかし、今日は物々しい空気に包まれている。
理由は教会の入口に止まっている十数台の警邏車両。
ただ単に止まっているだけならマシなのだが、赤色灯を明滅させ、その周囲で大勢の局員がせわしなく動いている。普段見慣れない光景に教会附属の学校、St.(ザンクト)ヒルデ魔法学院の生徒は不安そうな様子だ。
そんな生徒達の傍に一台の警邏車両が到着した。

「難儀やなぁ……」

車から降りたはやては溜め息混じりに呟いた。いつもニコニコ顔のリインも深刻な顔をしている。はやては車内で聞いた報告を思い出し、ちらと美月を見た。
思いの外美月は冷静で、いつも通りの様子。
一安心したはやては美月に念話を飛ばした。

〈ほんなら生徒達に事情を説明しといてくれる?あくまでオブラートに包んでな〉
〈はい〉

神妙な顔で頷くと生徒達の元へと向かう美月。
だがその前にある人物に声をかけられた。

「あ、八神司令にリインそーちょー」

少し舌足らずの声で話しかけてきたのは金髪で右目が翡翠、左目が紅玉のオッドアイの少女。制服から判断するに初等科の生徒だろうか。
彼女の隣には長い髪をキャンディーの飾りがついたアクセサリーでツインテールに束ねた少女とショートヘアで頭の上にリボンをつけた少女がいた。

「ヴィヴィオ、久しぶりやねー。コロナちゃんも」

そう言葉を返しながらはやてはショートヘアの少女に目をやった。どうやらはやてとは初対面のようだ。
ヴィヴィオと呼ばれたオッドアイの少女が慌てて彼女の紹介をした。

「新しい友達のリオ・ウェズリーです!すっごい力持ちなんですよー」

紹介された少女がペコリと頭を下げた。
笑顔を見せる度に八重歯がチラッと見える。どうやらコレがチャームポイントのようだ。

「よろしゅうなー。私にも紹介せなあかん子がおってな、新しい補佐官の森山美月ちゃんや」

ニコっと笑う美月。こんなに年の離れた少女と話すのは久しぶりなので、自分も若くなったような気分になる。

「高町ヴィヴィオ、St.ヒルデ魔法学院の初等科3年生です!」
「コロナ・ティミルです。ヴィヴィオと同じ初等科3年生です。よろしくお願いします」

ふと美月の頭に何かが引っかかった。
高町?……どこかで聞いた気が……でもあの人は独身だったはず。そんな美月の疑問に答えるようにはやては口を開いた。

「お察しの通り、ヴィヴィオはなのはちゃんの娘やで」
「え?でもなのはさんは独身ですよね……?」

まさかあの年でバツイチなのだろうか。なんていう失礼な事も考える美月。
ヴィヴィオは少し気まずそうな顔をしている。
踏んではいけない地雷を踏んだのだろうか。やはり何か事情があってなのははバツイチなのか……と思う美月にはやてが真面目な顔で告げた。

「美月ちゃん、聖王って分かるよな?」
「はい」

聖王とは古代ベルカに覇を成した聖王家の当主。美月も入局したての時になのはの講義でサラッと聞いただけなのであまり詳しくないが。

「彼女、クローンなんよ」
「はい?」

はやての言っていることが分からず、キョトンとした顔の美月。一方のヴィヴィオの表情は暗くなる一方だ。

「ヴィヴィオ、聖王のクローンなんよ。」
「……そっか。ほな改めてよろしゅうな〜」

ヴィヴィオが暗い顔をしている理由が分かり、美月はもう一度ニコッと笑う。今度はヴィヴィオを励ます気持ちを込めて。
美月の思いを感じたのかヴィヴィオの顔がパァっと輝いた。その様子を見ていたはやてから念話が飛んでくる。

〈意外やわ。もっと面食らったような反応すると思っててんけど……〉
〈そら、クローンって聞いたときは一瞬ビックリしましたけど……彼女の出自がどうあれ、生きてることに変わりはないですよね?〉
〈そう言ってくれたら嬉しいわ。ヴィヴィオの事を素直に認めてくれへん人もおるからな……〉

ホッとした表情になったのも束の間、すぐにはやては険しい表情に戻ると続けた。
「実はちょっとした事件が起きてな。その捜査に来てん」
「事件……ですか?」

少し不安げな表情になるヴィヴィオ達。はやけは軽くウィンクをすると、明るい声で続けた。

「大丈夫や。犯人は捕まったし、私らがするのも現場検証だけやから安心しー」
「はーい」

流石はやて。ポーカーフェイスもお手のものだ。
リインもいつも通りのニコニコ顔で澄ましている。それに比べ、我らが美月は……

(何か楽しい事、何か楽しい事、何か楽しい事……)

と、お経のように心の中で唱えつつ、引きつった笑顔を浮かべている。
しかし、子供の純粋な目は誤魔化せないもの。

「あれ?美月さん、どうかしたんですか?」

見事リオに引きつった笑顔を見破られてしまう。
まずい。美月だけでなくはやてやリインもそう思い、リインが慌てて助け舟を出そうとする。が、リインが口を開く前に美月の口が動いた。

「実は初めての現場検証やから、ちょっと緊張しててな……」

美月自身、考えるより先に喋っていた。
よくもまあこんな出まかせを言えたものだと思うが、あながち嘘でもない。緊張しているのは事実だし、現場検証に来たのも事実だ。

「ほな、私らは行くから。勉強頑張ってなー」

何事も無かったかのようにはやてはふわりとした笑顔で会話を閉めた。
ペコリとお辞儀をした後、去って行く3人がある程度離れたのを確認してからはやては真面目な顔に戻る。

「さて……」

と、わざとらしく口に出した後、はやては美月の方を振り返った。

「これから見るんは本物のやつやから、テレビで見るやつとは桁違いに衝撃的や。下手するとしばらくご飯食べられへんかもしらへんけど……ホンマに大丈夫?」
「はい、覚悟はできてます」

真っ直ぐ見つめ返す美月の顔をじっと見て、ふっと表情を緩ませるはやて。そして、ポケットから白い手袋を取り出すと手にはめた。リインや美月もそれに倣って、手袋をはめる。
準備ができたところで、3人は関係者以外立ち入り禁止の赤い光線をくぐり、事件現場に着いた。

「っ……」

美月の目に飛び込んできたのは生々しすぎる光景だった。
彼女の視線の先に倒れている1人の男性。こめかみからは大量の血が溢れており、右手には拳銃が握られている。
遺体を前にして、3人はそっと手を合わせる。仏教が全く浸透していないミッドチルダでは異様な光景だが、日本の殺人事件の現場ではよく見られる光景だ。
はやては深呼吸を一回すると、遺体の各所を調べ始めた。頭部以外に目立った外傷は無く、こめかみの唯一の傷が致命傷であることを物語っている。右手に拳銃が握られていることから推測するに、こめかみの傷は拳銃によるものなのだろう。
ミッドチルダ(というより時空管理局が管理している次元世界)では質量兵器の使用は禁止されている。とすると、犯人は自分でこめかみを撃ち抜いた可能性が高い。
いくら犯罪者とは言え、同じ人間。自ら命を絶ったことにやるせなさを覚えつつも、はやては別の事を考えていた。
いくら質量兵器を禁止したところで完全には無理な話。わずかな監視の網を掻い潜って使う犯罪者がいる。しかし、それらは往々にしてマフィアなどの多数の裏のネットワークを持つ大きなグループのメンバーに限られる。個人の力で管理局の監視網を掻い潜るのは不可能と言っても過言ではない。
つまり、今回の事件は……

「大きな組織が関わってるっちゅうことやね」

はやては小さくため息をつく。よりにもよって聖王教会で事件を起こすとはどんな目的があるのだろうか。
一方、美月ははやての肩越しに遺体をちらちらと見ていた。見てはいけないものだと理解しつつも、心のどこかに好奇心がある。そして、遺体のハッキリと見開かれた目と視線を合わせてしまう。
遺体と2人っきりの世界に引きずりこまれたような感覚を覚えた。同時に耐えがたい不快感が吐き気となって美月を襲う。

「きゅう……」

か弱い唸り声とともに美月の体がヘナヘナと崩れ落ちる。彼女の異変に気付いたはやてが慌てて支えようとするが、美月の体ははやての身長の半分の高さにまで達していた。
と、美月の体ははやての腰より少し下の高さで受け止められる。彼女を受けとめたのははやてのもう1人の副官であり、美月の先輩にあたるリインフォースUだ。

「はわわ……美月ちゃん、大丈夫ですか!?」

リインに支えながら何とか立ち上がろうとする美月。しかし、一度体を襲った不快感は彼女の体から中々消えない。足に力を入れようとしても思うように力が入らないのだ。
軟体動物のようにヘナヘナとしている美月。すると、彼女の肩に誰かが手を回した。
美月の肩に手を回したのははやて。

「すみません……」
「気にせんでええよ〜」

俯いたまま呟く美月に対し、はやては笑顔で言葉をかける。
美月は知る由もないが、はやても初めて死体を見たときは腰を抜かしたのだ。その後、一ヶ月以上も白米を食べることが出来なかった。当時、はやては13歳という若さだったので尚更ショックが大きかったのかもしれない。
そのときはシャマルがアフターケアをしっかりと行い、無事回復することができたのだが。
美月がPTSDになってしまっては元も子もない。一刻も早く死体から離れさせるべき。そう判断したはやては美月の肩に手を回したまま木陰へと歩を進める。

「状況確認は私に任せて、美月ちゃんとリインは聞き込みをお願いできる?」
「はい」
「了解です」

捜査とはいえ、美月を死体の傍に連れてきたのは些か早計だったか。美月が力なく頷くのを見たはやては今更ながら自分のミスを反省する。
ヴィヴィオの事をすんなりと受け入れてくれたので、ひょっとすると……というささやかな期待があった。いくら口では大丈夫とは言っていても、実際に死体を目の前にしたら少なからずショックは受けるはずなのに。

「……」

美月の事は自分が守らなければいけないのに、その自分が傷つけてしまった。はやては左右に軽く首を振ると、深呼吸をする。
今は事件の方が重要だ。一先ず、美月の事はリインに任せて自分は死体の状況確認に向かう。
一方、美月は木に寄りかかりながらはやてを見送って、小さく溜め息をつく。死体の生々しさは自分の予想を遥かに超えていた。はやてはあんなものをしょっちゅう見ているのだろうか。
美月は何となくはやてと自分の差を見せつけられた気がしていた。この頃、少し成長した気になっていたのだが、その自信は容赦無く打ち砕かれてしまった。
パチンと自分の頬を叩くと木に体を預けながらヨロヨロと立ち上がる。
何故自分はこの仕事に就いたのか。それははやて達に憧れたから。憧れに追いつくためにもこんなところで立ち止まっていられない。
何より、はやての足を引っ張ってしまったという思いがある。
美月は未だ体を襲い続ける吐き気と戦いながらフラフラと一歩を踏み出した。そんな状態を見たリインが声をかけようとするが、美月の手を見て躊躇ってしまう。
彼女の手はぎゅっと握られ、吐き気となって襲ってくる恐怖と不快感に打ち勝たんとするようにプルプルと震えていた。
リインはその姿を自分の主ーはやてと重ね合わせていた。かつて、はやてが初めて死体を目にしたときも同じような行動をとっていたからだ。
年齢は美月の方が上だが、局員としてはリインが先輩。「後輩が困っているならば先輩が助けなければいけないのです!」という青春チックな事を考えながらリインはそっと美月の手をとる。

「さ、行くですよ♪」

優しく、力強く励ますようにニコッと笑うとリインは歩き出した。美月もそっと頷き、ぎゅっとリインの手を握り返す。
美月の初めての死体との対面は自分とはやて達の差を改めて認識することとなったのだった。





−ミッドチルダ北部・ミッドベルカ間連絡高速道(通称ベルカライン)−

それから3時間後。すっかり日は落ち、ベルカラインの交通量も日中に比べればはるかに少なくなる。
そんなベルカラインを地上本部に向けて走る車があった。

「うう……」

その車の後部座席に座るリインの膝枕で寝ている美月。うなされている上に額にはうっすらと汗が浮かんでおり、決して寝心地がよさそうとは言えない様子だ。ハンカチでそっと額の汗を拭うと、リインは美月の頬をなでる。
美月がうなされているのはリインの膝が堅いからとかそういう理由ではない。
あの後、リインと一緒に聞き込みを行っていた美月。実物を目の当たりにしてしまったため、聞き込みで聞いた情報でその時の状況が生々しく想像できてしまうのだ。想像したくなくても一度目に焼き付いた光景は何度がフラッシュバックする。
リインに心配されるたびに何とかごまかしていたが、気を張りつめ過ぎたせいで、彼女が自覚している以上に体は疲れていた。その証拠に、車が動き出すと同時に眠りに落ちてしまったのだ
恐らく、ショックが大きすぎて夢の中にまで死体が出てきているのだろう。

「……」

ハンドルを握ったまま、はやては黙って前方を睨んでいた。その表情には悔しさと自責の念が浮かんでいる。
自らの主の様子にリインはかける言葉が見つからず、美月の顔に視線を落としたままだ。

「……で、聞き込みはどうやった?」

注意して聞かないと分からないほどだが、僅かに苛立ちが滲んでいる声ではやてが口を開いた。
はやてが何に苛立っているかは容易に想像がつく。しかし、リインはあえて気づかないふりをしていつも通りの様子で答えた。
聞き込みで得られた証言を元に事件当時の状況を簡単に説明すると次のようになる。

@いきなり聖王教会本部に男が質量兵器(拳銃)を持ってやってくる。
A男は騎士カリムに会わせるように要求した。
B当然会えるはずもなく、警邏隊を呼ばれた男は自決した。

車のエンジン音と報告をするリインの淡々とした声だけが響く車内。

「……騎士カリムに怪我はなく、教会のシスターたちにも被害はないです」
「次は私かもしらへんな……」

リインからの報告を聞いたはやてはポツリと呟く。
今日の事件でカリムが狙われたことにより、犯人達が局員の魔導師ランクや役職を問わず、レアスキルを持つ局員全員を狙っている可能性が高くなった。
いくら高位の騎士といえども、はやても人間。不意打ちを受ければ、対処しきれない場合もある。
犯人達が次に誰を狙うのかは皆目見当もつかない。しかし、確実に言えるのは、この事件が局員連続襲撃事件というものではなく、ある種の陰謀じみたものである可能性がでてきたということ。
一体彼らの目的は何なのか。それが明確に分からない故、効果的な対策をとることもできない。
三人を乗せた車は高速道路を地上本部へ向かって走っていった。まるで、この事件の展開を暗示するかのような真っ暗な夜の中を。






〔あとがき〕
お久しぶりのかもかです。
論文や発表が立て込んでしまい、中々更新ができない日々が続いております(>_<)

実を言うとネタ切れでスランプだったりして…
ま、ゆるゆると頑張りますf(^^;

ではまた次章で



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