矢継ぎ早に報告が上がり、慌ただしかった局員が徐々に静かになっていく。
タイミングの悪さを嘆いていても仕方がない。自分に気合を入れるように深呼吸を一回すると、はやては顔を上げた。
「不明艦にはヴォルフラムが対応する。警邏の交代艦は一刻も早く出航、通常の警邏任務に就くように連絡して!」
「了解!」
局員が返事をした瞬間、別の局員から新たな報告が上がる。
「発進準備完了しました!」
報告を受けたはやてはリインに目で合図する。
リインはコクンと頷くと、息を大きく吸い込んだ。その直後、これまでにないボリュームのリインの大声が響いた。
「ガントリーロック解除です!」
リインの声とともに艦体各所を固定していたロックが解除され、ついに自由の身となるヴォルフラム。
そして、艦橋にはやての凛とした声が響く。
「ヴォルフラム、発進!」
空気を震わせる低音とともにヴォルフラムの巨体が浮かび上がる。僅かな振動を感じながらはやてはホッと息をつき、艦長席に座った。
とりあえず何事も無く発進できたことに安心しつつ、申し訳無さそうにはやては美月の方を振り返る。
「てことで美月ちゃん、いきなり出動になってしもた。詳しい機器の使い方はまた帰って説明するから出る準備しといてくれる?」
「はい?」
出港したところなのに出撃準備とはどういうことなのだろうか。
首を傾げる美月にリインが説明する。
「艦と聞くとどうしても砲撃戦をイメージするかもしれないですけれど、いきなりそんな物騒なことはしません。まずは穏便に臨検するですよ?」
「あ、なるほど……」
臨検の時点でそれなりに物騒な事態になっている気もしたが黙っておく。
はやては艦長席に座ると首をコキコキと鳴らしながらリインに声をかけた。
「私はここで指揮とらなあかん。リイン、美月ちゃんを案内したげてくれる?」
「はいです」
リインに先導されて艦載機発進口へと移動する美月。
着いた場所は倉庫のような雰囲気が漂う部屋だった。倉庫と違うのは何人かのオペレーターがおり、ウォータースライダーの直線コースのような2本設置されているということ。
「ここから出るですよ。普段はハッチから出るですが、今は急を要するのでカタパルトから射出でいくです」
射出と聞いて美月の頭にある光景が浮かぶ。
某ランスロットのようにカタパルトから射出される自分。顔が僅かにこわばり、腰が引けかける。
が、そんな美月をよそにリインはさっさと準備を始める。オペレーターに指示を出し、
「さ、美月ちゃんも準備するですよ〜」
「え、ちょま」
こうなることを予想していたのだろうか、リインの動きは素早かった。
美月をバインドで拘束し、そのままオペレーターに目配せする。
「森山補佐官、すみません!」
その声と同時にオペレーターが2人がかりで美月の脇を抱える。そのままズリズリとカタパルトまで運ばれる美月。
すみませんと言いながら顔ニヤけとるやんけ、と頭のなかで呟く。まぁ変に手荒に扱われるよりかはマシなのかもしれないが……
ちょちょちょ……と言いながら半ば無理やり射出台に載せられた。横でふよふよと浮きながらどこかしてやったり顔のリインが美月に声をかける。
「では行きましょうか〜」
「はい……」
まな板の上の鯉とはこのこと。
美月は観念したように溜め息に近い深呼吸をすると、トリニティをセットアップする。
そして、そのまま射出台の手すりをつかむ。射出台はウォータースライダーのコース―カタパルトに設置されており、恐らくは射出台ごと人間を放り出すのだろう。
この歳になってウォータースライダーもどきで遊ぶことになるとは思わんかった……なんてことを考えながら射出の衝撃に備える。
目の前にウィンドウが幾つか表示され、そのうちの一つにはやてが映しだされる。
「そしたらざっくりと状況の確認とかやってまうわなー。所属不明艦は依然としてミッド上空を航行中。っていうてもほとんど停止してるんやけど……」
「こちらからの呼びかけは?」
「もちろんやってるんやけど、まぁ当然ながら応答はなし。やから、リインと美月ちゃんの仕事は目視による不明艦の偵察」
「了解しました」
「はいです」
いつの間にか頭の上にチョコンと乗っていたリインが美月と同時に返事をする。
画面の中ではやてがニコッと笑った直後、射出台がかすかに揺れ始めた。まるで旅客機のタキシングのようだ。
「そしたらよろしゅうに。発艦!」
「はっkギェェェェェ……」
バシッと決めたかったのだが、はやての「発艦」の声と同時に美月の体が爆音ともにカタパルトを移動し始める。
たまにテレビで見る空母のカタパルトのスピードの比ではない、明らかに音速間近のスピードであっという間に空中に放り出された。
生身の状態ならそのまま地上めがけて真っ逆さまだが、今の美月はバリアジャケットに換装した状態。
2度目の奇声を発することもなく、カタパルトから射出された勢いを活かしたまま飛び始める。
〈ちょっと怖かったかもしれないですけれど、カタパルト射出方式は十分なスピードを得ることができるんです〉
〈な、なるほど……〉
「ちょっと」ではないような気もしたが、何も言わずにリインについていく形でそのまま不明艦へ向かって飛ぶ。
こちらからの呼びかけに応答しないということは相手は友好的ではないと考えるべきだろう。場合によってはそのまま戦闘になる可能性もあるが、その場合真っ先に危険にさらされるのは単独状態同然の美月とリイン。
もしものときは自分一人で自分の身を守らなければならない。
段々と大きくなっていく敵艦を見ながら、美月はトリニティを握る力が段々と強くなるのを感じていた。