第十章 優しい言葉だけではなく



−舞浜高校・2年C組−

「起立!礼!」
「ありがとうございましたー」

代議員(学級代表のこと)の号令で生徒が礼をし、授業が終了。と同時に教室が賑やかになる。
いつもと変わらん休み時間……のはずやねんけど。私―柴崎優奈はそうは感じられへんかった。
理由というか、原因は彼女―森山美月。
授業はとっくに終わってるのに教科書とノートを開いたまま、ポケーッとしている。
……やっぱりおかしい。
美月はしっかり者に見えて、時折天然さんな部分があるから、授業中に何か考え事をしてて、そのまま休み時間に突入なんてことはたまーにあった。
でも、そんなんが1週間以上も続いてたら誰でも気になるやん?
かと言って声をかけることもできず、私は昨日のことを思い出していた。





−昨日、チャットにて−

YUNA>そういえばさ、このごろ美月の様子おかしくない?
MISATO>え?どこが?
YUNA>ウチらと話してても、ずーっと上の空やもん
HARUNA>あー、確かに……
YUKI>言われてみたらやけど……そっとしといたげるのがいいんちゃう?
YUNA>そらそーかもしれへんけどさ、気になるやん
MISATO>でも、本人が隠してたいって思ってるから隠してるんやろ?無理に詮索せん方がええんちゃうん?
HARUNA>私も同感。気になるんは気になるけど、そんな無理矢理にはなぁ……
YUNA>でも、面白くないやん(爆)
MISATO>面白くないって……。優奈、あんた美月を心配してるん?それとも興味本位で言うてるん?f^_^;
YUNA>半々やね(笑)でも、みんなも気になるんやろ?
HARUNA>まあ、それは……(苦)
YUNA>ほんなら、あいつを使って聞き出そか〜
YUKI>あいつ?
HARUNA>どうやって?
MISATO>もう話題が「どうやって美月の隠し事を暴くか」なってる……(汗)
YUNA>とりあえず、みんな私の家に来てや。詳しい説明はその後にするわー





−30分後、柴崎家・優奈の部屋−

「…というわけなんよ」
「は?」

訳がわからないという表現が最もピッタリな顔で拓真が溜め息をついた。
拓真を取り囲むように(ウチ)らが座ってる。

「いや、あんたやったら何か知ってへんかなーって思って」
「俺は美月の保護者でも何でもないねんけど」

溜め息交じりに呟く拓真。
まあ、当然の反応やろな。いきなり呼び出されたと思たら、「美月の元気がない理由を教えて」と言われたんやから。

「そんなん知ってるがな。ただ、拓真やったらパパラッチまがいの事してそうやん?」

どう説明しようかと思ってたら、悠希がズバズバと切り込んでいく。
前半部分に関しては同意するけど、後半部分についてはちょっと言い過ぎな気がする。
まぁ、この際それは気にしないことにしよう。

「仮に俺が理由知ってたらどないするつもりなん?」
「え?そら相談に乗るに決まってるやん」

さっきのチャットでは「面白くない」なんてふざけたことを言うたけど、それは冗談。言いふらすなんていう悪趣味はないし。
ぶっちゃけ、拓真も気になってるんちゃうん?
てか、こーゆー言い方するってことはやっぱり何か知ってるっぽいな。

「……お前ら、アホやろ」
「は?」

ところが、拓真から出てきたのは期待した言葉とは全然違った。聞き間違いでなければ、今すっごい呆れられてる気がする。

「お前らに知られたくないから美月は秘密にしとるんやろ。それを察したれや」
「せやけど……私らが力になれるかもしれへんやん」

拓真が言ってることもわからへん訳やない。でも、それは何となく冷たい気がする。例え解決出来なくても、一緒に悩むことができるのが友達やと思うから。
そんな私の考えを見透かしたような言葉が拓真から発せられた。

「相談にのるのだけが友達ちゃう。時にはそっと見守るのも友達や」
「……」

どこかに視点を定めているわけでもない。ぼんやりと宙を見ながら呟く拓真。
私は何となく地雷を踏んでしまった気分になった。
拓真の言は自分の経験談に基づいて話しているように説得力がある。まるで私らが過去の自分の二の舞いにならないように諭しているかのよう。
結局、私らは美月の様子がおかしい原因を知ることなく、拓真を帰すことになった。

「……上司(おや)に似るとはこの事やな。一人で悩み事を抱え込むのは体に良ぅないで?」

優奈達に見送られながら、拓真がポツリと呟く。
その言葉の意味はもちろん、言葉自体を聞き取れた者は誰もいない。





−時空管理局地上本部・医務室−

優奈が教室で美月の心配をしていた数時間後、当の美月は地上本部の医務室にいた。
理由はシャマルのカウンセリングと治療を受けるため。聖王協会で死体を見た翌日からずっと、美月は欠かさず医務室に通って治療を受けている。
が、成果は芳しいとはいえなかった。
肉体的な病気の場合もそうだが、いくら優秀な医師の治療であっても心までをも治療することはできない。
どんな病気も最後は治療を受ける者の心の強さが鍵となるのだ。

「……」

診察室の椅子に座りながら、美月はぼんやりと宙を見つめていた。
いつもの暖かさと鋭さを兼ね備えた眼光はなく、それ以前に生気が無い。美月の心は荒んでいた。
未だに忘れることができない死体の記憶、美月を気遣ってのはやて達の心使い、それに対する申し訳無さと自分に対しての不甲斐なさ。様々な感情が入り乱れ、 美月は何をするにも集中できなかった。
当然、仕事が手につくはずもなく、はやてからは無期限の休暇を言い渡されていた。はやて自身、それが美月のプレッシャーを増やしてしまう可能性があること は百も承知。
しかし、現状ではあらゆる意味で戦力としてマイナス要素しかない美月を出勤させても大丈夫なほどはやての仕事も楽ではない。これは苦渋の決断だった。

「ごめんなさい、はやてちゃん……」
「シャマルのせいちゃう。これは私の考えが甘かったから起きた事態や」

間仕切りのカーテンの隙間から美月を見ながら話すはやてとシャマル。
このまま放っておいては美月が廃人になってしまう。しかし、現状を打破する策をはやては持っていなかった。
まさに八方ふさがり。と、ドアが開く音とともに診察室のに入ってきた人物がいた。

「……ウィンデ「一緒に来るっス」

美月がその人物の名を呼びおわるより前に、その人物は美月の腕をガシッと掴むと美月を部屋の外へと連れだした。
半ば連行にも近いその行為を目を丸くして見ていたはやてとシャマル。
美月を連れて行った人物の普段からは想像もつかないほど低い声のトーンに強い語勢、そして突然の連行行為。目の前で起きたこと全てが予想外過ぎ、しばらく ポカンとしていた2人だったが、我に返ると慌てて美月達の後を追った。





−時空管理局地上本部・戦技シュミレーション室−

「……」
「ウィンディ?」

美月は自分をここに連れてきた人物―ウェンディ・ナカジマに声をかけるが、彼女は美月に背を向けたまま。
答える代わりに彼女はライディングボードを取り出した。

「模擬戦」
「?」
「模擬戦するッス」
「悪いけど、そんな気分とちゃ「逃げるんスか?」……!」

踵を返して歩き出した美月の背中にウィンディの言葉が刺さった。いつもの美月ならそんな安い挑発には乗らない。そう……いつもの美月なら。
振り返り、キッとウィンディを睨む美月。そんな美月を冷たい金の瞳が見つめる。

「空戦AAランクの試験の時の決着、まだついてないっスよ」
「別に今でなくてもええんちゃうん?」
「負けるのが怖いんスね」

何とも安い挑発だが、この言葉に美月の中の何かがプチンと切れた。
無言のまま、トリニティをセットアップさせる。そして、トリニティの杖先をウィンディに向けた。
そして、数秒後。ライディングボードとトリニティがぶつかり合う激しい金属音が響いた。

「はぁぁぁぁぁっ!」
「甘いっスよ!」

トリニティを大きく振りかぶってウィンディに叩きつける美月に対して、ライディングボードで防ぎながら余裕の表情とともに言い放つウィンディ。
そして、身を翻して美月に蹴りを放つが、美月は素早く宙返りでかわす。
軽やかに着地した美月を狙ってエリアルショットを放つウィンディ。彼女の狙いに気付いた美月はとっさにプロテクションを展開、それを盾にウインディに突撃をかけた。
美月のプロテクションにウインディのエリアルショットが着弾。耳をつんざくような轟音とともにもうもうと煙が広がる。
その間にも美月の突撃は止まらない。うっすらと煙が晴れかけ、ウィンディとの距離が十分につまったのを確認できた美月は再びトリニティを大きく振りかぶる とウィンディ目掛けて振り下ろす。
再び、激しい金属音が響いた。
今度はウィンディが後ろに下がる番だった。いくら場数や素の実力に差があるとはいえ、突撃バカ(言い方は悪いが)となった美月の攻撃を受けきるのは容易いことではない。
本来なら後々の事を考えて温存しておくべき体力も全て投入して攻撃を仕掛けてくる美月。ウィンディはフッと笑うと素早くフローターマインを自分の前方にばら撒いた。
これで、そう簡単には突撃しないはず。しかし、ウィンディの目論見は見事に外れる。
先程と同様に宙返りでウィンディとの距離を取ると、呼吸を整えるのもそこそこに床を蹴ってウィンディ目掛けて突っ込む。そして今度はダガー・ブレードを発動させてトリニティを振りかぶる。

「うらぁぁぁぁぁっ!」
「こんっ……のぉ!」

雄叫びを上げながら迫る美月に呆れたような言葉を吐きつつ、ウィンディは後ろに飛びながら美月に向けてエリアルキャノンを放つ。放たれた砲撃は美月に命中。
さらにばら撒いておいたフローターマインが誘爆し、その衝撃波で美月は壁にたたきつけられた。
二人を追いかけてシュミレーション室にやってきていたはやてとシャマル。状況を呆然と見ていたシャマルが慌てて美月に駆け寄ろうとするが、はやてがそれを制した。
驚いたようにはやてを見るシャマルに対して、はやてはじっと美月を見つめたまま黙っている。
トリニティを杖代わりにしてよろよろと立ち上がる美月。そして、目を閉じてトリニティを構えた。
このままでは美月がボロボロになってしまう。そうシャマルが思った時、

「すぅ………はぁ……」

美月は一度深呼吸をすると、ゆっくりと目を開いた。その目にはいつもの眼光が宿っている。
それを見たウィンディはニヤリと笑い、はやては軽く頷いた。

「無数の砲口より放たれし海雀の弾丸、迫りくる驚異を凪ぎ払い、安穏の時をもたらせ!」
「Sparrow Shooter」

いつもの元気を取り戻した主に呼応するかのようにトリニティの宝石がきらめく。ウィンディもそれに対してエリアルショットのチャージを始めた。
5秒、10秒……本当は数秒だったかもしれない。そんな沈黙の後、2人は同時に動いた。
美月はスパロー・シューターを発射、ウィンディはエリアルショットを発射。互いの攻撃は2人のほぼ中間で激突、爆散した。
砲撃魔法同士が激突して生まれた爆風がはやて達の服の裾をはためかせ、煙がシュミレーション室に充満する。
と、はやてとシャマルの耳に何かと何かがぶつかり合う金属音が聞こえた。煙が晴れると、そこにはトリニティとライディングボードで鍔迫り合いをしている美月とウィンディの姿があった。
次の瞬間、美月はウィンディに対して回し蹴りを放つ。間一髪避けたウィンディはそのままライディングボードに乗って飛び始める。
彼女を追って美月も飛び始めた。それを見たウィンディはコースを美月の真正面に変える。
2人が交差した瞬間、激しい火花が散った。再び離れた2人はコースを変え、また交差して火花を散らせる。
繰り返すこと十数回。だが、勝負がつく気配は全くない。
しかし、互いの表情にはどこか楽しげな雰囲気が漂っている。

「はぁぁぁっ!」
「うおりゃぁぁぁ!」

成り行きを黙って見ていたシャマルは何故はやてが自分を止めたのか気づいた。
本来なら、はやてもシャマルのように止めようとして然るべきなのだが、彼女は敢えて静観していた。
それはウィンディの思惑に気付いたから。
普段は人懐っこい性格のウィンディが美月に安い挑発をしたのには理由があった。ウィンディはただ単に模擬戦がしたくて挑発したのではない。
お気楽な彼女だからこそとも言える美月への気づかいであった。
塞ぎこんでしまった時は別の楽しい事をして気を紛らわせるのが一番。そうやって生きてきた彼女は美月を模擬戦に誘うことで美月の荒んだ心を安らげようとし たのだ。
ウィンディの狙いは見事に当たり、美月はいつも通りの美月に戻った。それが証拠に現に初めは考えなしの突撃ばかりだった美月の攻撃も、今は相手の動きに合 わせた攻撃に変わっている。

(ありがとな、ウィンディ)

秘蔵っ子のピンチに優しい言葉しかかけることができずにいた自分。そんな自分を、そして秘蔵っ子―美月を助けてくれたウィンディに心のなかで礼を言いつつ はやてはシュミレーション室を出た。
せっかく2人が楽しんでいるのだ。何も言わずに去るほうが良いだろう。シャマルもはやての考えに気づき、クスリと微笑んで彼女の後を追った。
はやて達が去ったことなど関係なしに続く模擬戦。それは日付が変わるまで続いたのだが、結果は2人以外誰も知らない。










〔あとがき〕
どーも、かもかです。

あれ……ウィンディってこんな策士キャラやったっけ………?
というか、はやてが物凄いポンコツ上司になってる気がするf(^^;

兎にも角にも、美月最大のピンチ(今のところ)を乗り越えることが出来ました。
中々の難産でしたが何とか更新にこぎつけることができ、ホッと一安心しております。

戦闘描写に今ひとつ迫力がありませんが、これが現在の筆者の限界です。ご容赦ください。


さて、微妙に怪しいヤツが出てきましたね
この設定は移転前から大切に大切に暖めてきたネタなので、しっかりと描写していきたいと思っています。

では、次の更新でお会いしましょう(^^)ノ



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