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世界とはコインの表と裏のようなものだ。
正と負。光と闇(かげ)。陰と陽。
そしてまた、光の中に闇があるように闇の中にも光がある。
一部の例外をのぞけば、世界には絶対的な正義などなく、絶対的な悪もないという事だ。
救世主物語(仮)
第二節 覚醒T
「―――チッ」
怜は未だ唖然としている零を一瞥し、忌々しそうに舌打ちした。
「見た感じまだ第一段階(……)じゃねぇか。マジでコイツが俺と同じ存在(モノ)なワケ?」
その銀の髪をかき上げながら、隣に居る楓と名乗った少女に訊ねた。
「えぇ。まず間違いなく。あちらに正の従者もおりますし」
そして何故か鈴音をちらりと一瞥し、
「―――最も、まだ何も伝えていないようですが」
そう静かに続けた。
「成る程。そりゃ、まだ第一段階なわけだ。自分の力を理解できてねぇんじゃ、な」
ギリッ。
誰かが歯軋りした音が聞こえた。
零はびっくりしたように隣を見る。
そこには何時の間にか傍にひかえていた、普段からは想像もつかない形相で怜と楓を睨む鈴音の姿があった。
その姿に零は疑問を覚える。
これだけ激昂する鈴音の姿は見たことが無かった。
その様を見ていくらか調子を取り戻した零は、意を決して怜に話しかける事にした。
「第一段階だか第二段階だか知らねぇけど、一体なんのようだ」
そう言いつつそれとなく臨戦態勢に入る。
彼らの言っている事は全く理解出来ないし、鈴音が怒っている理由の見等もつかない。
変わりに、零は別の事は理解していた。
―――アレは、今の自分よりもはるかに強い、と云う事を。
相手は自然体だ。しかし隙が全く見当たらないのだ。
自分もそれなりに経験を積み、修羅場を潜って来たつもりだ。
恐らく相手は自分と同等かそれ以上の戦闘をこなして来たと見て間違いない。
零は息を呑んだ。同時に相手の強さが気になって来る。
今まで自分と同年代で同じぐらいの実戦経験を積んで来た者は初めてだったからだ。
「なぁに、ちょっとばかしお前達の実力を見に、な」
軽薄そうな笑みを浮かべた俊也が答える。
「慎司。お前は薫の護衛をしつつ能力を使って遠距離から攻撃してくれ」
瞬間、零は完全な臨戦態勢に入った。
そんな零の様子を見て正気に戻った慎司と薫が各々の武器を構える。
しかし実際の所、テレポート能力を完全に封じられている薫は殆ど戦力に数えられない。
その本領は能力を応用した物質転送術にあるので、座標指定が出来ても跳ばせない現状では接近戦が中心になってしまう。
それでは薫は全力が出せない。
それがわかってるからこそ、零はそう指示を出した。
二人が頷くのを見ると未だ憤怒の形相で怜を見る鈴音を見やる。
「鈴。落ち着け」
「零、様」
バツが悪そうに零を見る鈴音。
「お前が何を知ってるのかは知らないけど、今はここをどう乗り越えるかだけ考えろ」
「………はい」
零に諭され納得はするが、一瞬だけ自分がどういった存在かを知っている敵(…)を睨みつける。
「相談事は終わりましたか?」
怜を挟んで楓の反対側にひかえていた、楓と瓜二つの椿と名乗った少女が静かに聞いた。
「姉様も私も、そして無論怜様も。これ以上の時間の浪費は望んでいません」
「ちょ、俺は!?」
「………」
三人の更に後ろに居た葉月 俊也と名乗った青年が抗議するが、椿はちらりと一瞥するだけで他に何も言わなかった。
怜の傍にひかえている双子の少女達は、基本的に怜以外はどうでも良いのだ。
「貴方を含める理由がありまして?」
だからまぁ、ここまでの事を平気で言える訳で。
楓などは口を開きもしない。
「………お前さんの従者は相変わらず主人至上主義なこって」
「余計な情報を与えた貴様が悪い。最初にガイストなどと宣言する必要はどこにも無かった」
怜に言ってみるが効果なしな上に的外れな答えが返ってくる。
俊也は軽く溜息をついた。
そんな漫才の様な様子を見つつも零達は警戒を解かない。
道化のようで、しかし何処にも隙がない。
「ま、荒療治だがここら辺で第二段階(……)に覚醒して貰うか。でなきゃ、俺がつまんねぇからな!」
怜が吠える。
次の瞬間―――怜の体を黒い炎(…)が覆った。
(炎使い!?)
零は内心驚愕していた。が、それには無論理由があった。
「『TYPE-A』能力者だとは思っていたが。お前、風使い(…)じゃなかったのか!?」
―――俊也の後に出現した三人は、彼が使ったであろう黒い風によってその場に現れていたのだ。
黒い風から察するに、それは間違いではないだろう。
今現在彼が使っている炎も黒い事からの判断であった。
「っは! テメェもいずれ解るさ!!」
その直後、零に向かって炎弾が発射された。
着弾。
「グッ!」
辛うじてそれを避けた零は鈴音にアイコンタクトで合図をすると怜に向かって突っ込んだ。
その後ろから慎司の援護攻撃が来る。
「怜様が出るまでもありません。私がお相手いたします」
椿はそう言うと着物の袖から一つの鉄扇を取り出す。
どうやらそれが椿の武器のようだ。
「椿」
そんな椿を呼び止める楓。
「私がやる。椿の能力はあの女を相手にするのに最適だから」
「………わかりました、姉様」
怜は二人の会話に口をはさまず、その後ろで腕を組んでいる。
先制攻撃をした後は動かないつもりのようだ。
「―――行くよ」
楓が駆け出す。
(―――刀、か)
零は少女の腰にある物を見つめた。
一振りの刀。恐らく居合い術の使い手なのだろう。零はそう予想をつけた。
本人のスピードも申し分ない。
それに対しこちらは徒手空拳。
無手に対し刀。リーチの差から、若干こちらが不利か。
相手は既に抜刀の体制に入っている。
今から避けるのには無理があるだろう。
零は瞬時に判断すると、己の力に指向性を持たせ―――念じる。
ボウッ!
掌から出現した炎は剣の形をとる。
法則を無視するソレは、質量を伴って出現した。
ギィン!
一瞬遅れで飛び込んできた椿の刀を受け止める。そしてそのまま鍔迫り合いに。
だがしかし。
「まだ、甘い」
「ッ!」
鍔迫り合いの体制から一瞬力をゆるめ、相手がバランスを崩した所に蹴りの一撃。
自分から後ろに飛んで威力を殺したようだが、完全に殺しきれずに吹き飛ぶ楓。
地面をすりながら着地。次の瞬間には今一度零に向かってきていた。
油断しないように構える零。
「アンタ、実戦経験は少ないみたいだな」
図星なのか楓の動きが一瞬、硬直する。
心理戦ともいえない行為だが、そういった事の経験が不足している楓が動きを鈍くするには、これで十分だった。
時間にして数秒の事だが零にはそれで事足りる。
その隙に回りに炎弾を五発浮かべ、矢の様に放つ。
ズドォンッ!
硬直していた楓が動こうとした瞬間には既に眼前に迫っている。そのまま着弾。
―――しかし、煙が晴れた向こう側には、無傷(…)の楓の姿があった。
「ふぅーん。少しはやるね」
感心したように呟く楓。
硬直した時のままの体勢。
という事は、炎弾は抜刀術などで防がれた訳ではないらしい。
「能力か」
「正解」
「防御系………いや、それに類した能力か。どちらにしろ『TYPE-S』系の能力だな」
零がそう呟くと、楓は若干感心したように答えた。
「ふぅん、防御系とは言わないんだ」
「ん。まぁ障壁を張るタイプの能力は、基本的に自分だけに効果があるか、あらかじめ範囲が決まっているかのどちらかしかない」
「そうね」
「自分の目の前から一メートル弱の距離しか障壁を張れない、何て事はありえないだろう?」
楓の眼が鋭くなる。
「さぁ、それはどうかしら」
「………範囲が決まっているタイプなら、最低人二人分の広さは確保出来る。能力とはそういうモノだからな」
会話を続けるが両者に油断はない。
楓は何時でも抜刀できるように体勢を整えているし、零は周囲に炎弾を待機させている。
「お前の能力は、壁を任意の場所に出現させる物か、空間を固める物。違うか?」
今度こそ楓は驚嘆の声をあげた。
「たったこれだけの情報で良く解ったわね。……私の能力は空間を固定する力よ。さっきのは当たる直前に空間を固めて壁にしたの」
「………随分とあっさり認めるんだな」
「だって貴方には私の能力の有効範囲が何処までか、持続時間はどれぐらいか、なんてわからないでしょう?」
「ごもっともで」
会話中、試しに何度か炎弾を放ってはみたが、まるで効果はなかった。
楓は相変わらずの無傷だ。
「それにしても、良く見えてたわね」
「こう見えて視力は良い方なんだ」
零の額を冷や汗が伝う。
有効な攻撃法が見当たらない。
(……いくつか試してみるか)
零は攻撃法を変えることにした。いくつか別の攻撃法をピックアップする。
楓の空間固定の力が人体にも効果を及ぼすだろう、と云う可能性を考慮し、接近戦は却下。
となると、効果が持続する攻撃でまずは有効時間を見極めるか。
炎弾のように単発の攻撃では駄目だ。
「―――これならどうだ」
半身になり、左手を前に向ける。
丁度掌が楓に向く形になる。
瞬間、楓に向けられた掌から火炎放射器のように炎が噴出した!
慌てて回避行動に入る楓。
一瞬、零から注意がそれる。
その瞬間、爆発的なスピードで零が飛び込む。
十メートル弱の距離が一瞬で縮まる。
足の裏で炎を爆発させる事によって急激にスピードを上げたのだ。
楓の懐に飛び込み、抉るように右ストレートを繰り出す。
「疾ッ!」
「けほっ」
クリーンヒット。
インパクトの瞬間に炎を使って爆発を起こす。溜まらず吹き飛ぶ楓。
「今ので大体は解った。何も無制限に固定出来る訳じゃないな? 長くても数十秒ってところか」
先程避けたのは、長時間同じ場所を攻撃されると固定できる時間に限界が来るからだろう。
よろよろと起き上がる楓を見ながら確かめるように呟く。
「今のを見る限りオートで作動する、って訳でもなさそうだし。それなら対処のしようは幾らでもある」
キッとこちらを睨みつけてくる楓をみて一言。
「ようは、お前の意識を一瞬そらせば良い。それで能力はどうにでもなる」
零は簡単に言って見せるが、それ程簡単な事でもない。
この場合、相手が楓一人だったから出来た芸当であった。
二対一になれば簡単におおされる様な条件だ。
その様子をみて、後ろで構えていた怜が感嘆の声を上げる。
「第一段階の割には善戦するじゃねぇか。それだけ実戦経験があるって事か」
零の評価に若干修正を加える。
「……ぐッ」
衝撃が強かったのか、未だにふらつきながらも楓が立つ。
その様子をみて油断なく構える零。勝負はまだつかない。
◆ ◇ ◆ ◇
零が楓と若干零優位で戦闘を続けている中。
鈴音と慎司も激戦を繰り広げていた。
しかし、こちらは零とは違い劣勢である。
と云うのも、相手をする俊也と椿の能力が、鈴音達にとって相性が悪いモノだったからだ。
「チッ!」
慎司は薫を庇うように傍に居る為、接近戦は出来ない。
なので先程からサイコキネシスによる遠距離攻撃を試みているのだが、まるで効果が見当たらない。
それというのも、
「おいおい、この程度か?」
俊也が出す特殊な力場、防護障壁のようなモノに悉く防がれてるからだ。
しかもその効果範囲がまた出鱈目であった。
「認識出来る場所なら何処でも展開可能なのかよ……」
「Yes」
慎司の呟きどおり、この障壁は俊也が知覚するなら何処にでも出す事が出来るのだ。
これは薫のテレポート能力の効果範囲に似ている。
彼女のテレポートもまた、認識範囲か詳細を思い浮かべれるなら何処にでも跳べた。
「やっかいな……。あんた、デュアルかよ」
デュアル。
即ち、二つの能力を持つ存在の事だ。
ごく稀に二つ以上の能力を持って生まれてくる子供がいる。
そういった子供がデュアルと総称されるのだ。
「正解。俺の能力は元々『TYPE-B』の物限定のテレポート能力と『TYPE-S』の防護障壁を作る能力の二つだった」
「だった、だと?」
「そう。今の俺の能力は『TYPE-S』の防護障壁を‘操る’能力だ」
「……どういう事だ」
「簡単な事さ」
ピッと人差し指を立てる。
「テレポート出来るものを俺の作った障壁に限定し、それ以外には使えない様にする」
ニヤリと笑い、続ける。
「そうすればテレポート能力が強く(…)なる。限定条件で発動される能力になるからな」
慎司が息を呑む。
「つまり、能力を意図的に融合させた(…)のか!?」
「That's right」
慎司がした事は簡単だ。
テレポート能力を障壁を作る能力で作った障壁にのみ使用出来るようにする。
限定条件を定められた能力は、決めた条件下でしか能力が使えなくなる変わりにその分強力になるのだ。
つまり、そうする事で二つの能力を一つにしてしまったのだ。
そうすれば限定条件で強力になったテレポート能力で、任意の場所に障壁を出せるようになる、という寸法だ。
デュアルの強みはここにある。
こうやって二つの能力をあわせてしまえば、当然やり方によっては一つの能力を使う者より強くなる。
「まぁ今回は様子見だし、かなり手加減してやるからありがたく思え」
俊也はそう言うとニヤニヤとした笑みを浮かべた。
しかし悔しい事に、今の慎司には俊也に有効打を与える攻撃法はない。
俊也と慎司の戦闘は一方的に慎司が嬲られる結果になった。
一方鈴音の方はというと。
やはりこちらも能力の相性から苦戦していた。
「私と貴女能力の相性は良い。貴女は影を渡る力。私は影を‘操る’力」
無傷の椿に既に満身創痍の鈴音。
「貴女が影を渡ろうとすれば、私は影を操り邪魔をする」
鈴音が影に入ろうとすれば、椿の能力で影が動く。
影が動けば鈴音は影に入る事が出来ない。
何故なら、椿に操られた影が逃げるように動く(……)からだ。
しかもその影は実体を伴って槍のように鈴音を攻撃する。
鈴音の傷の全ては、そうした影の槍によって付けられたものだった。
能力の相性は最悪。
接近戦をしかけようにも、鈴音の武器は二刀の小太刀に対し、椿は影の槍と鉄扇を使い分けている。
鈴音は小太刀による接近戦をするしかないのに対し、椿は遠距離・中距離・近距離のどこにも隙がない。
接近戦に持ち込めればまだ鈴音にも勝機があったろうが、接近する事すら許されない。
圧倒的に劣勢であった。
「―――貴女では、私に傷をつける事は出来ません」
◆ ◇ ◆ ◇
戦闘が始まり、既にどれだけの時間が流れただろうか。
「はぁ、はぁ、はぁ」
荒く息をつく鈴音。
その姿は満身創痍といっても過言ではない。
勝負を優位に進めた零と慎司に守られていた薫以外は既に立っているのがやっとの状態。
「お前ら、トコトン弱ぇのな」
それに対し、怜達ガイストの面々には楓以外で満身創痍のものは居ない。
空間を固定する『TYPE-S』系の能力を使う楓。
影を操る『TYPE-S』系の能力を使う椿。
特殊な防護障壁を操る『TYPE-S』系の能力を使う俊也。
そして―――風と炎だけでなく、大地すら操って見せたTYPE不明の能力を使う怜。
零の炎は怜に相殺され、慎司のサイコキネシスは俊也の障壁により塞がれる。
薫のテレポートは楓によって‘薫が居る’空間を固定される事でキャンセルされ、鈴音が影を渡ろうとすると椿によって察知される。
まさに八方塞がりであった。
特に楓の空間を固定する能力は厄介だった。
攻撃を避けようとする瞬間に空間を固定されると、身動きが取れなくなり、結果相手の攻撃は確実にヒットする事になる。
とはいえ、相手が零だったので有効打は与えられてなかった。
これは零の戦い方が上手かったことに加え、一貫して楓ただ一人で相手をしていたからだろう。
そんな状況で零達に死人が出ないのにはいくつか理由があった。
一つは、楓の空間固定は一人ないし二人限定、そしてその効果も数十秒が限界だと云う事。そして零の相手を一人でしていた事。
もう一つは怜が接近戦を仕掛けて来ない事。
致命傷だけは避けられている事。
―――明らかに手加減されている。
「くそっ!」
荒く息をつきながら零が毒づく。
「俺が何で四つ(…)の力を操ってるのか、気になるか?」
その時、はじめて怜が動いた。
しかし零は怜の言葉に気を取られて動けない。
「………それは、その身をもって知るが良い」
ゾブッ
「―――え?」
ありえない速度(風)でありえない威力(炎)の貫手を放つ。
それは寸分違わず、零を庇って飛び込んで来た鈴音の体(…)を貫いた。
「待てよ、おい」
怜は零の声を意に介さず、ゆっくりと貫通した手を抜く。
「―――ごふっ!」
手が抜けた影響で、明らかに致死量の血を吐く鈴音。
傷口は炎の影響で焼け爛れている。
「すず、ね?」
「ご無事、でした、か?」
そう言って零を見る鈴音。
零に怪我がない事がわかると、鈴音はにっこりと笑った。
ガクン、と。糸が切れたマリオネットの様に崩れ落ちる鈴音。
零には一連の動作が全てスローモーションのように映った。
脳が理解する事を拒絶しているのだ。
ドシャッ
「―――ッ!」
ゆっくりと自分の血の海に沈んでいく鈴音。
その後ろで息を呑む慎司。
薫の顔などは既に真っ青を通りこして真っ白になっている。
赤い。赤い。赤い。赤い。真っ赤なナニカが眼に映る。
アカイ、アカイ、アカイアカイアカイアカイアカイアカイアカイ。
赤いナニカの中に倒れている、赤くなったナニカ。
―――ナニガ、ダレガ、アカク
ナッテイル?
「あ、」
うるさい。
「う、あぁぁぁ、」
黙れ。
「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
耳元で叫ぶな。
そこまで考えて、零は何がうるさいのかを知った。
あぁ、自分の叫び声がうるさいのか、と。
ヒュォォォォォォォォォ
叫びに呼応して、何処からともなく風の音が聞こえてくる。
ヒュォォォォォォォォォォォォォォッ!
風の音はだんだんと強くなってくる。
「あ゛あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
零を中心に風が集う。
風が所々帯電しはじめる。
この時点で既に、零は正気を失っていたと言えるだろう。
「怒りによってリミッターを外す。ま、最も簡単に覚醒させる方法だ」
怜は零の様子を見ても尚、淡々と話す。
「とは言え、流石と云うべきか。同時に二つの能力(……)を覚醒させるとは、な」
しかし良く見ると額に冷や汗を浮かべているのが解る。
この時怜は柄にも無く焦っていたのだ。
「風と雷か。また珍しい種類同士の覚醒だ」
もはや零が纏っているモノはただの風では無かった。
その風自体が帯電しているのだ。
「俊也、結界用意。楓、椿。撤退準備をしておけ」
怜は指示を出すと自分も体に黒い風(…)を纏いはじめる。
「オイ、怜! あれと撃ち合うつもりか!?」
「無論」
「いくらお前でも無茶だぞ!」
「無茶かどうかは試してみなければ解らんだろう。まぁ今のあいつで俺に勝てるとは思わんがな」
「それに、正気を失っている奴の攻撃など、恐るるにたらん」
そう言って更に強く風を纏う怜の表情は、間違いなく歓喜で歪んでいた。
強者との戦闘。それも、自分と同じ場所まで上ってこれる人間との。
怜はそれに歓喜していたのだ。
「がぁぁぁぁぁぁぁぁッ!」
「覇ァァァァァァァァッ!」
両者が腕を振るう。
激突する‘雷を孕んだ風’と‘闇を孕んだ風’。
一人の表情は憤怒と憎悪に染められ、一人の表情は歓喜一色に染められる。
ズドォォォォォォォォン!!!
―――決着は、‘相殺’という意外な形でついた。
<はははは! 次に会う時が楽しみだ!!>
そして煙が晴れた時には、既に四人の姿は見えなかった。
次の瞬間、緊張の糸が途切れたかのように零が倒れる。
使い慣れない能力を使った為に起きた代償だろうか。
(ゴメンな、鈴)
自分に走り寄って来る慎司の姿を見ながら、零の意識は急速に闇に沈んでいった。
◆ ◇ ◆ ◇
Sクラスの担任であり戦闘関連の教官でもある郁美がその場に到着した時点で目にした物は、
血の海に倒れ付す鈴音と、鈴音に縋って泣いている薫、そして気絶した零にその零の傍で呆然としている慎司の姿であった。
「九条さん、鈴音さんを治療できる?」
状況を把握した郁美は、念の為にと自分が連れて来ていた回復系の能力を持つ編入生―――九条 桃花に声をかけた。
「はい。微弱ですが息をしています。これならまだ治療可能です」
鈴音に縋る薫を引き離し、心音などを確認していた桃花が答える。
郁美は泣きじゃくる薫をあやしながら目線で指示を出した。
桃花は軽く頷くと、鈴音の体に手を沿え集中する。
その時点で、呆然としていた慎司がのろのろと鈴音に視線を向ける。
「ふぅぅぅぅぅ」
額に汗が浮かぶ。
「んっ」
傷口に添えられた手が発光しはじめる。
「………ふぅ。もう大丈夫です」
一分程そうしていたかと思うと徐に顔を上げて告げる桃花。
「流石ね。世界トップの治癒能力、ってのはだてじゃないってことね」
「いえ。それがおかしいんです」
治療が終わって息が穏やかになった鈴音を見ながら、桃花は首を横に振った。
「おかしい?」
「はい。私が治療する以前に、既に傷が塞がりはじめてた感じがするんです」
そう言ってちらっと鈴音を一瞥する。
「……もしかすると、ただの勘違いかもしれませんが」
そこで郁美と桃花の会話をぼーっと聞いていた慎司の目が限界まで開かれた。
「ももか?」
「はい♪」
ここにいる四人の最後の幼馴染である九条 桃花は、そう言って朗らかに笑った。
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